二乃の人生二周目フー君略奪大作戦   作:真樹

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15_二度目の伝説④

 自分に化けてフー君を連れ去った五月を探して、二乃はゲレンデのビギナーコースを滑っていた。

 なるべくゆっくり、周囲を見渡しながら滑っていると途中で、起伏のある斜面を視界が捉えた。

 二乃は起伏の近くまで来たところで止まった。

 起伏自体はそれほど隆起しておらず、起伏同士も広く間隔が取られている。初心者の上達を促すために意図的に仕掛けられた難所なのだろう。

 止まった位置から改めて周囲を見渡す。

 上から滑ってくる別の客とぶつからないように気を付けながら周辺を見渡すも二人の姿は見えない。

 けれど諦めずに、今度はコース脇の林へと目を向けると遠巻きに二人組が見えた。

 コンタクトをしてはいるものの、それでも平均よりは視力が劣っている二乃の目ではその二人がフー君と五月であるかまで区別がつかない。

 仕方なく少し近寄ったところで、やはり探している二人であることが確認できた。

 予想通り、五月は自分の変装もしている。

 怒鳴りつけてやろうと腹を立てて更に近寄ろうとしたところで、しかし目の前の二人の様子がおかしく二乃は足を止めた。

 そして次の瞬間、二乃からすれば信じられない光景が目に飛び込んできたのであった。

 

 

 

 

 時刻は少しだけ遡る。

 "五月"に連れられてビギナーコースを滑っていた風太郎は案の定、難所の位置で体勢を崩し転倒した。

 少し後ろで風太郎を見守りながら滑っていた五月が慌てた様子で近くに止まる。

 

「ちょっと大丈夫!?」

「くそっ、やはり無理だったか……ここまで順調だったからあの凸凹のところもイケると思ったんだが」

「無理しないでよ! 怪我したらどうすんの!」

「わりぃ、だが大丈夫だ……ふんっ!」

 

 尻もちを付いたままだった風太郎は、言いながら尻の近くに持ってきた足を踏ん張って立ち上がった。

 麓でレクチャーを受けていた頃は散々転んでは起き上がっていたため、この動きにもいい加減慣れてきていた。

 けれどもこの動き、やるようになってから知ったのだが結構腹筋を使う。

 既に何度も同じ動作をしているせいで筋肉痛になりかけているお腹では、立ち上がるのに少し気合が必要だった。

 腕を額に寄せ、今の動きで浮かび上がった汗を乱暴に拭う。

 

「ちょっと疲れちまった。脇で少し休憩していいか?」

「しょうがないで……しょうがないわね! 向こうで休みましょ。ここじゃ他のお客さんの邪魔になるわ」

 

 五月の後に続いて脇の林へと移動する二人。

 そこまで移動するとスキーを脱ぎ、近くへと置くと自分も座り込んだのであった。

 五月も座り込んだ風太郎の前に生えている木に、スキーを履いたままよりかかる。

 それから五月は手袋を外すと、冷えた指先を温めるように、はーっ、と息を吐いた。

 

「まったく、ここまで滑れないなんて想定外だったわ」

「……お前が滑るって言い出したんだろ」

「そうだけど! まさかここまでとは思わなかったのよ」

「練習の時であの様だったんだ。俺は本番に強いわけでもないし、こうなるのは目に見えていたと思うがな」

「自分が滑れない側だっていうのに随分と偉そうじゃない」

「客観的に自分を評価できてると言ってほしいものだな」

「ああいえばこういう……!」

「それで、ここに連れてきた理由は何だよ?」

「え?」

「話したいことがあって俺を連れてきたんだろ」

 

 いつものような言い合いに発展しかけたところで、風太郎の方から意図的に話題を切り替える。

 いや、本題へと切り替えたと言った方が正確だろうか。

 風太郎は、滑れない自分を五月が連れてきたのには何か、他の姉妹には聞かれたくない話があるからだと考えていた。

 今、人気のないコース脇の林にいるのは風太郎がいるのは自分の実力不足によるものだが、もしも最後まで滑り切れていたとしたら再びリフトに乗せられていたかもしれない。

 そうして五月が言い出すまで何度も滑らされるくらいなら、ここで聞いてしまおうという腹であった。

 五月が真面目な表情へと変えて言う。

 

「あな……あんたに聞きたいことがあるわ」

「……」

「告白の返事、今聞かせてもらえないかしら?」

「何故だ? 今日の夜にはもうキャンプファイヤーだ。今でも後でも変わらないだろ」

「今私が知りたいからよ! それじゃ駄目かしら!?」

「駄目だな。もっとちゃんとした理由を説明しろ」

「好きな人の気持ちを聞きたいっていう理由以外ないでしょ! ちゃんとした理由って何よ!?」

 

 徐々に語調が強くなっていく五月に反して、風太郎はあくまでも淡々としていた。

 感情的になられるとマトモに会話もできなくなりそうだと考えた風太郎は、仕方なくまだ確証はないが"思っていたこと"を打ち明けると決め、立ち上がる。

 

「お前の言う通りだ。告白をした側は返事を貰えるまでずっと不安になってるって四葉にも言われたしな。だから、本当に聞きたいんだったら今この場で返事をしたって構わない」

 

 そう言って、風太郎は五月へと近づき、目の前に立った。

 それと同時に手を五月の顔へと持っていく。

 

「う……フー君……!?」

「だが、返事を聞いていいのは"あいつ"だけで、"お前"が先に聞こうってんならキチンとした理由を説明しろって言ってるんだよ。"五月"」

 

 風太郎の手は五月の顔を通り過ぎて髪を掴むと、そのまま掴んだ"ウィッグ"をはぎ取った。

 同時に、ウィッグの中に収められていた五月の本当の髪が、抑えられていたものがなくなり飛び出した。

 

「──!!」

 

 信じられない光景を見たように目を見開く五月。

 

「ほら、正解だ」

「何故、私だと……あ、絆創膏……!」

 

 五月が自分の指先を見た。

 五月の指先には現在、何も貼られていない。けれど本物の二乃は昨日、飯盒炊爨の最中に包丁で指を切ったため、自前の派手な絆創膏を貼っていた。

 誰が見ても一目で付けていることに気づくほどの柄のそれを、五月は付けずに素手を風太郎の前へと晒してしまったのであった。

 けれど、五月の呟きに対して風太郎は──

 

「何のことだ?」

 

 と短く返した。

 五月が再度、驚いて顔を上げて風太郎を見る。

 

「え、違うのですか? だってあなた、昨日の夜も今日の午前中だって、二乃と一緒にいたじゃありませんか。それで指に貼ったあの派手な絆創膏に気がつかなかったのですか?」

「気がつくも何も昨日はあいつ全身仮装してたし、今日だってずっと手袋してたから指なんて見えん」

「そんな……では、どうして……」

「ただの消去法だ。三玖と四葉はずっと一緒に行動してる。片方だけ別行動するとは考えづらいし、何より二乃本人が追って行ったからな」

「ですが、なら一花は──」

「一花かお前かは正直堪だった。ただ、時々お前は俺のことを呼び辛そうにしてたからな。一花ならもう少し上手く化けるだろうと思ってお前にヤマを張ったら当たったようだ」

 

 風太郎の答えに五月は一度、納得したように頷いた。

 けれどもまだ腑に落ちないことがあるようだ。

 

「確かにあなたの推理は正しいかもしれません、けれどやはりまだ分かりません」

「何がだ」

「あなたの考えは、"二乃以外の誰であるかを当てる"という思考の巡らせ方を初めからしていなければ成り立ちません……何故私が二乃ではないと?」

「それは……」

 

 そこで風太郎は一度言葉を切って、前髪を少し触れた。

 けれど黙ったのも少しの間で、風太郎は前髪を弄りながら言った。

 

「なんとなくだ」

「は?」

「何となくだが、一緒にリフトに乗ってる時辺りからお前が二乃じゃないように見えたんだよ」

「……!!」

 

 今度こそ、五月は言葉を失った。

 信じられないものを見る目は先ほどと同様だ。

 けれどそこに秘められた感情は驚愕だけではなく、わずかな光さえも宿っているようで──

 

「……あなたには、すでに"ある"のですね」

「あ? あるって──」

「上杉君」

「……なんだよ」

「先ほどの質問ですが、なかったことにしてください」

 

 五月が言いながら、深く頭を下げた。

 

「あなたの持つ答えが何であろうと、二乃へと伝えてあげてください」

「……言われなくてもそうするつもりだ」

「それでは、戻りましょうか。ゆっくりで構いませんから、今度は転ばないようにしてくださいね」

「分かってる」

 

 風太郎はそう言いながらスキーを再び履く。

 五月も頭を上げると、コースへと戻ろうとして林の外へ向いた時、腕を組んでこちらを向いている人影に気が付いた。

 二乃だ。

 向こうも、こちらの話が終わったのを見届けたからか、歩み寄ってくる。

 

「話は終わったかしら?」

「二乃、何故ここに……」

「堂々とフー君を連れ去られたら探しに来るに決まってるでしょ」

「ですがあなたは上級者コースの方に──」

「ああ、あれね。嘘よ。フー君を連れ去るのなんてあんたしかいないんだから、ビギナーコースの降り場から電話して鎌を掛けたら、あんたの居場所なんてすぐに見当がついたわ」

「……あなたも本当に頭が良くなったのですね……まったく、一体どういうわけなのでしょうか。今日は私、完敗です」

 

 そう言って肩を落とす五月。けれど負けたというわりに五月の表情は晴れやかなものだった。

 対して二乃は一部始終を見てたはずだというのに、自分に変装をしていた五月のことには触れもせず、怒っている様子さえなかった。

 

「ま、今回はあんたの変装を見破ったフー君に免じて大目に見てあげるわ」

 

 チラリとこちらを目線を一瞬向ける二乃。

 

「ただし、今日の夕飯はおかずを一品献上すること」

「ぜ、全然大目に見てくれていないではありませんか!?」

「そのくらいで許してあげるって言ってんだから感謝しなさい」

「私にとっては死活問題ですぅ!」

 

 いつの間にやら普段通りの空気にシフトし、話しながら林の外へ歩いていく二乃と五月。

 二乃がこちらへ振り返ってくると、笑みを浮かべながら言った。

 

「ほら、フー君も早く来てよ!」

 

 

 

 

 フー君が見つかったことを三玖と四葉へ報告した後、二乃達は宿泊施設へと戻った。

 夕方になる頃までは入り口の近くで雪遊びをしていると、一人でずっと楽しんでいた一花も戻ってきたので皆で戻ろうという流れとなる。

 けれど、建物に入ろうとしたところで二乃は四葉を呼び止めた。

 

「さっきの電話の続き、いいかしら?」

「うん」

 

 姉妹達とフー君へ先に部屋へ戻っているよう伝えてから、二乃と四葉の二人は宿泊施設の入り口から離れて人気のない場所へと移動した。

 そこで立ち止まると、向かい合うようにして二人は立った。

 

「あんたのおかげで今日は助かったわ。ありがとね」

「上杉さんが無事に見つかってよかったよ」

「そうね。あんたが勇気を出してくれたおかげよ」

「……」

 

 黙る四葉。その表情には叱られる子供のようなシュンとした雰囲気が混じる。

 けれど、四葉自身がバラしてきた以上、そしてキャンプファイヤーが目前まで差し迫ってきた今である以上、二乃も聞かないわけにはいかない。

 

「花火大会の日、あんたは私の"創作ノート"を見たわね」

「うん」

「でもあんたは、本当に創作だと思わなかった。そういうことよね?」

「あの時は本当に作り話だと思ってたし、疑うって言ってももしかしたらって思ったぐらいだったんだ」

「でも、あの中身を知っているのと知らないのじゃ、私のしてきたことへの見え方も変わってきたわけね」

「……元々、二乃が急に凄く頭が良くなったり、急に現れた男の子のことを好きになっちゃったり、変だっていうのは姉妹皆で疑ってたんだ」

 

 それには身に覚えがある。

 まだ今の世界に戻りたてのころ、姉妹達が自分を除いて家族会議をしていた現場を目撃した。

 四葉が話を続ける。

 

「でも結局理由はわからなかったけど、あのノートに書かれてることは部分的にだけどどんどん本当になっていくし、二乃のおかしいと思ってたところも辻褄が次々合っていくし、あれに書かれている内容は本当に未来の事なんじゃないかって思い始めたんだ」

「そして、とうとう疑いが確信に変わった時、あんたはフー君に手紙を渡した」

 

 林間学校の前日、風邪をひく可能性を予見されていた彼に対して二乃は風邪薬を、四葉はそれを飲むよう誘導する手紙をそれぞれ彼へと渡していた。

 

「上杉さんに渡す服のお会計が終わった後、小瓶を入れる様子が見えたから、上杉さんがらいはちゃんの学校の人から電話を貰ってる時にこっそり袋の中身を確認したんだ。そしたらノートに書いてある通り本当に薬が入ってたけど──」

「それしか入ってないから、後追いで手紙だけ入れてくれたってわけね……おかげでそれも助かったわ」

 

 一つずつ、答え合わせをしてくかのようにお互いに相手のしたことを当てていく。

 昨日の晩、つまり林間学校二日目の夜のことも四葉は話してくれた。

 肝試しの後、フー君はキャンプファイヤーの準備のため丸太運びに駆り出されていた。

 力仕事が嫌であった二乃は施錠係の四葉か他の生徒が戻ってくるなり倉庫へ飛んでいく予定であったが、予想外にもフー君は閉じ込められることもなくあっさりと戻ってきた。

 この時には四葉が全てを知っていると気づいていた二乃は、四葉が何か手を引いたのだろうと予想を立てていたが的中であった。

 全ての答え合わせを終えた後、二人は一度黙った。

 それから少しして先に沈黙は破ったのは二乃の方であった。

 

「最後に確認させて。四葉、あんたはフー君のことをどう思ってるのかしら」

「……それもノートに書いてあったんじゃないかな」

「あれはあくまでも、私にとっての過去の話よ。今のあんたの気持ちを知っておきたいのよ」

「どうして?」

「あんたが私の、ライバルだからよ」

 

 一つ、四葉は息を吐いた。

 

「バレてるなら、言うしかないよね……二乃の言う通り、私は上杉さんの事、好きだよ。ずっと、ずっと想い続けてる」

「……そう」

 

 ようやく聞けた。

 四葉に未来から来たことがバレていることを知ったのは、この林間学校が始まってからであるが、そもそも四葉を意識しながらフー君へ再びアプローチし始めたのは、この世界に来た時からであった。

 ずっと、もしかしたらこの世界では何かの拍子で五年前にフー君と四葉は出会っていなかったかもしれない。四葉はフー君のことが好きではないかもしれない。

 だとしたらどれほど自分の気は楽になるだろうかと、そんな希望的観測を胸に残しながらそんなわけはない、甘えるなと否定し続けてきた。

 そして真実を知り、やはり史実通りであると確認できた今、二乃は自分の推理を四葉へ披露する。

 

「どうせ、私の恋心を知ったから自分の気持ちを隠そうとしたんでしょうね。ただでさえノートを見られた時点で、三玖もフー君のことを好きになってるってことは私もあんたも知ってたんだもの。あんたまで入ってきたら私が苦しむとでも勝手に心配したのかしら? だとしたら余計なお世話よ」

「余計って、私はただ二乃に幸せになってほしくって──」

「自分の心を押し殺してまで? それが余計なお世話だって言ってんのよ」

 

 一歩、四葉へ詰め寄る二乃。

 

「あんたが彼のことを好きだろうと関係ないわ。私は、私の恋のために彼を手に入れてやるわ……でもね、私もあんたと同じなのよ。彼が好きであることと同じくらい姉妹の皆のことが好きだから、卑怯なままゴールしたくないのよ」

「二乃……!」

 

 四葉の目が見開かれる。

 二乃の言葉が琴線に触れたかのように、目尻に涙が浮かび始める。

 

「正直今更かもしれないわ。私はもう彼に告白だって済ましてるんだもの。後は答えを聞くだけの今になって、あんたの気持ちを確かめようとする行いは、もしかしたらただの自己満足で卑怯なことをしてるのかもしれないわ」

「そんなこと、そんなことないよ……!」

「なのにあんたは、そんな風にフー君を想っているのに、それでも私に手を貸してくれた。自分の気持ちを隠すだけじゃなくね……そこまでしてくれたのは、前の学校のことでも引きずってるのかしら?」

「私があの時皆を不幸に巻き込んだのに、私だけが幸せになっちゃいけないと思ったんだよ」

 

 何故三玖ではなく自分に手を貸してきたのかにも、おおよその予想はついている。

 丸々というわけではないが、二度目の人生を送っている分、二乃が報われるべきだとでも考えているのだろう。

 何度も言うが、それが余計なお世話だというのだが、三度目は四葉へは言わない。その代わりに──

 

「教えてくれてありがと。でも私はあんたほど甘くはないわよ。恋敵がみすみす譲ってくれるというなら、ありがたくチャンスを掴みに行かせてもらうわよ」

「うん、二乃はそういう性格だもんね。私は、大丈夫だよ」

「私がフー君と結ばれた後で……後悔なんてするんじゃないわよ」

「……うん」

 

 四葉と話しながら自分でも少し言いすぎているのではないかという気はしていた。

 けれどこれくらいハッキリと宣言しなければ自分の気が済まなかったからしたのだが、四葉の決意も想像以上に固いらしい。

 あっさりと四葉の手助けしようとする二乃の考えさえも、肯定してくれた。

 そしてそんな四葉の答えは、二乃の中に浮かんでいたもう一つの可能性さえも否定してくれた。

 今こうして腹を割って話している今でさえも、四葉に確認できないでいること。

 もしもそれが真実であったなら"あまりにも残酷"な可能性が否定された。

 だからこれでようやく、二乃は胸を張っていう事ができるようになった。

 

「四葉」

「うん」

「私は"風太郎"のことが好きよ」

「……うん」

「手伝って、くれるのね?」

「……もちろん」

 

 四葉が借りた漫画のように、自分が少年漫画の主人公のような性格なら、四葉には『お前も頑張れ』みたいなことを言っていたのだろう。

 だけど自分は強かで、いつも虚勢を張ってるだけの弱虫で、だから四葉の"余計なお世話"でさえも利用しようとしてしまう。

 疑念が解消され心が晴れるはずの今でさえ、一抹の自己嫌悪を引きずりながら、それでも四葉の優しさに感謝することにしたのであった。

 

「それじゃあそろそろ戻りましょう。キャンプファイヤーが始まっちゃうわ」

 

 

 

 

 

 二乃達が泊っている宿泊施設の部屋。

 そこからは校庭の様子が一望できるように見えた。

 日は完全に暮れ、今は夜だ。

 一足先にキャンプファイヤーは点火だけされており、外だというのに部屋の中よりも煌々とその周囲を照らしていた。

 キャンプファイヤーの周辺には、既に何人もの生徒が集まっている。

 その群衆の中には、一人佇むように立つフー君の姿もあった。

 

 二乃はその光景を、部屋から姉妹達と見ていた。

 皆は今、自分の動向を気にしている。

 そんな姉妹達の視線を一身に受けながら、窓から目を離すと姉妹達へと向く。

 

「それじゃあ、行ってくるわね」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 姉妹の中で唯一、明るい表情をした五月が返事をしてくれた。

 他の三人は、言葉では表現しづらい神妙な面持ちをしている。

 若干の後ろめたさはあるものの、二乃はこれが今の自分の結果だと受け止めて、姉妹達の横を通り過ぎた。

 その瞬間、後ろに引っ張られる感触がした。

 

「え?」

 

 振り返ると、すれ違い様に三玖が洋服の裾を掴んでいた。

 指先で摘まむようにして掴むその手は、振り払おうとすれば簡単にできそうではある。

 

「離して、三玖」

「……」

 

 けれども三玖は離さない。

 

「離しなさ──」

 

 この後に及んで、自分の邪魔をするのかと怒鳴ろうとした瞬間、三玖の顔がようやく目に入った。

 それと同時に、喉元まで出かかっていた怒声はピタリと止まり、引っ込んでいった。

 三玖は、今にも崩れ落ちそうなほど悲し気な表情と共に涙を浮かべて、黙ったままだった。その目線すら、二乃を見ることができていないでいる。

 

(……!)

 

 そこでようやく二乃は理解した。

 三玖が何をしようとしているのかを。何を考えているのかを。

 

 

 

 三玖は、自分でも何故こんなことをしてしまったのかと、二乃の服を掴みながら動揺していた。

 自分は今、本当にまっすぐ、駆け引きなど一切なしに二乃を引き留めようとしてしまっている。

 それが間違っていると理解している。

 行かせてあげるべきだと理解している。

 ただ、ここでこの手を離したら、フータローを二乃に取られてしまう。

 五月から聞いた。さっきフータローは、五月が変装した二乃を"二乃ではない"と見分けたと。

 それがフータローの気持ちにどんな意味を持たせているのか、自分達姉妹ならば皆知っている。

 

 愛があれば、私たちは見分けられる。

 

 まだ自分は何もできていないのに。

 まだ自分の恋は、始まったばかりだというのに。

 なのに自分は二乃の邪魔しかしていない。一花に協力までしてもらって、自分は何をしてるんだろう。

 

(最悪……死んじゃえばいいのに……!!)

 

 だけど、それでもどうしても、ここで離せば終わってしまうと考えると、手が離せなかった。

 

「三玖」

「っ……!」

 

 二乃の呼び声にびくりと体が跳ねる。

 次の瞬間にはビンタが飛んでくるかもしれないと、目をギュッと閉じた。

 けれど、そんなことはなく再び──

 

「三玖、こっちを向いて」

 

 二乃は心底、優しい声で再びこちらに話しかけた。

 その声に、三玖は目を開けると二乃の顔を見た。

 

「……!」

 

 三玖の瞳に映った二乃は、微笑んでいた。

 優しく、とても恋敵に邪魔されている人物のする表情ではなかった。

 絶句する三玖に優しく二乃は言う。

 

「手を離して」

「や、だ……」

「私の手を握って」

「……え?」

 

 言って、二乃は自分へ手を差し出してきた。

 どういう意味か分からなかった。

 ただ、その二乃の行動に自然と服から手は離れ、言われた通りに二乃の手に触れた。

 そうして気が付いた。

 

「あ……」

 

 二乃の手は、震えていた。

 触れられた二乃は、三玖へと言う。

 

「あんた、もうフー君を私に取られるって決めつけてるみたいだけど、まだ答えは出てないのよ?」

「……!」

「もしかしたら私、泣きながらここへ戻ってくるかもしれないわ……そんな未来を想像したら、私だって凄く怖いわよ」

 

 その言葉に、かつて一花とした会話が思い出される。

 

『でも、もし断られたら?』

『凄く悲しいね。もしかしたら気まずくて告白する前にすら戻れなくなっちゃうかも』

『やだね……』

『うん。だから告白するのって凄い勇気がいるし、二乃はそれを覚悟して告白したんだと思うよ』

 

 その覚悟の結果が今、出ようとしている。

 三玖はようやく理解した。

 自分などよりも何倍も、何十倍も二乃は怖いのだと。

 何もしてない自分は、このまま何もしなければフータローを好きのままでいれる。

 それは良くないことだけど、自分の恋が終わりはしないのだ。

 けれど二乃は違う。勇気を出して行動して、その答えが泣いても笑ってもこの後出て、そしてもし失敗したらそこで恋が永遠に終わってしまうのだ。

 それだけの恐怖を二乃は今耐えている。

 耐えながら、なおも邪魔をしている自分にさえ微笑んでくれている。

 

(二乃は……強いんだね……)

 

 どうして姉妹でこんなに心の強さに差が出てしまったのだろうと、羨ましくなった。

 それに対して自分がすべきことは、こんな邪魔なんかではないだろと、少しだけ二乃から勇気を貰えた。

 だから三玖は、二乃から手を離すと、二乃を抱きしめた。

 

「……帰り、待ってるから……どんな結果でも待ってるから……」

「ええ……」

 

 そう言って二乃は、三玖から体を離す。

 改めて二乃の顔が見えるようになると、二乃も泣いていた。

 ただ、涙を流しながら三玖を見据えて、いつものような強気を見せようと笑みを浮かべようとして、だけど上手くできなくて、そんな二乃の顔が心の中を全て語っていた。

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

 

 三玖とも別れ、二乃はキャンプファイヤーが開催されている校庭へと出てきた。

 フー君が振り返る。

 

「おう」

 

 短く返事をする彼の隣に二乃は立った。

 キャンプファイヤーは今回の林間学校の目玉ということもあり、周囲にはたくさんの生徒たちがいた。

 自分達はそんな集まりから少し外れたところにいる。

 自分達の話など、誰も聞いていないだろう。

 それを確認してからか、フー君も話し始めた。

 

「ずっと考えてたんだ。お前に告白されてから、好きって言う感情が何なのかを。恋人なんてものが俺に必要なのかを」

「……」

「正直言って、俺たちはまだ出会って三か月も経ってない。そんな短い期間で、人が人を好きになることができるのかとも思ってた」

「思ってたってことは、答えは出せたの?」

「お前のおかげだ、二乃」

「え?」

「お前が恋という感情を直球でぶつけてきてくれたおかげで、教科書の端から端まで覚えるしか能がない俺に、新しい景色を見せてくれた」

「……! それって──」

「そしてそんな感情を俺にぶつけながら、お前は家庭教師としての俺を助け、更には姉妹達の可能性まで見せてくれた。恋愛と勉強と、家族を守ることさえやってのけちまうお前はきっと、俺の理想なんだと思う」

 

 だからと、彼は続けた。

 

「そんなお前に俺は憧れた。そんなお前が、好きだ。二乃」

「……ずっと、その言葉をずっと待ってたわ……フー君!」

 

 直後、彼へと抱き着いた。

 彼は受け止めて、抱きしめ返してくれた。

 答えを聞くその瞬間まで、おびえるほどに怖かったフラれてしまうかもしれない恐怖が、嘘のように晴れていく。

 代わりに私の心に、触れ合った彼から聞こえてくるびっくりするほど大きなドキドキとした音が響いていく。

 全てが、報われた。そう胸を張って言えると思えた。

 

「だが」

「え……?」

「まだお前とは付き合えない」

「何で!?」

「俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある」

「やらなきゃいけないこと……?」

「俺はまだ、お前のように恋と勉強を上手く両立できないかもしれない。それが俺だけの問題ならいいが、俺はお前の姉妹を、あの馬鹿達を卒業させてやらなきゃならない」

「……!」

「だからお前の隣に立つのは、その後でもいいか?」

 

 そう言う彼の目はまっすぐで、驚くほど力強くて、断れるわけがなかった。

 困った時、怖くなった時、苦しい時、いつだって私を助けてくれた王子様のような彼が今、同じ目をしてあの子たちを助けようとしているのだから。

 

「ええ」

 

 だから答えも自然とでた。

 大丈夫、私はいつまでだって待てる。

 あなたにとっては三か月かもしれないけど、だって私はもう、五年も待っているんだから。

 後もう少しくらい、全然余裕よ。

 でもその代わり、今だけは──

 

「その時になるまで待っててあげるから、だから、今夜だけは一緒にいましょう」

「ああ」

「……それじゃあ、踊りましょうか。"フー君"」

 

 "私"はそうして、彼へと手を指しだす。

 とはいえ、ダンスの作法など知らない彼は、土壇場で予習だけはしてきたのか所作だけは正しい動きで、でもぎこちなく私の手を取った。

 そんな姿すら愛おしくて、待てるといった矢先だというのに、彼が隣に立ってくれる日が待ち遠しくて。

 だから私は、ちょっとだけフライングして、彼と付き合い始めてからにしようと思ってたことを心の中で始めるのであった。

 これからよろしくね。"風太郎"。

 




 後書きです。
 まだ続きますので、これからもご拝読何卒よろしくお願い致します。

 ここから先は感想などのお礼と、これまでの執筆のお話と、これからの展開のちょっとしたアナウンスとなります。
 作者がただ喋るだけの場所ですので、読み飛ばしていただいても次話以降の理解度に影響はございません。

 まずはお礼からさせていただきます。
 読んでくださった全ての方々へありがとうございます。
 いただいた感想、評価コメント、ここすきまで全部確認しており、日々読み返しては励みにしております。
 二次創作は公式の供給だけで足りない者が自身の飢餓を防ぐために作るものだと世間一般では言われており、私も例に漏れずその一人なのですが、それに加えて少しでも皆様の余暇を潰せる存在となれればよいと考えています。
 ですので、いただいたリアクションは大変どれも励みになっておりますし、私の作品を待ってくれている人がいるという実感も得られております。
 今後もお気軽に感想等々いただければと、恥を忍んでお願いさせていただきます。
 ハーメルンの規約に逸脱しなければ見抜いた伏線の指摘や、一言だけのコメントなんかも全然OKでございます。
 どんな内容でもすごく喜びますし、厳しい指摘の時はちょっとだけ泣いて次へ活かしたり活かさなかったりします。
 すべて次の話、次の作品への糧とさせていただきます。

 続いてこれまでの話についてです。
 まずはここで話の区切りがよいので1章が完結ということで、章分けも15話投稿と同時に追加させていただきました。
 元々この作品はストーリー全体だと2部ぐらいのボリュームの予定でして、次の章で完全に終わります。
 また、書き始めた当初はタイトルから察していただけるかと思いますが明るく、ギャグ多めの作品で書こうと考えており、実際書き始めた当初は4話の二乃が風太郎作の実力テストで大誤算をかますくらいまでを出だしとして考えていたので、そこまでは明るい雰囲気でいれたかなと思っております。
 ただそれ以降の話しについては、私は手癖で書くとシリアス寄りになるらしく、不穏な雰囲気は皆さまへも伝わってしまったかなと思います。
 なので毎話結構無理してギャグシーンを入れたりしてたので、滑ってるのは目をつむるとして雰囲気壊してないかなとかは不安だったり……
 とはいえ、それを差し引いても手放しで絶賛とまでは行きませんが、私自身面白い作品がかけたかなと自惚れたりしています。
 
 最後に今後の展開ですが、聡明な皆さまは全てお見通しかと思いますが、本作はまだ林間学校が終わったところであるにもかかわらず、原作の先のストックをかなり消費しています。
 これは意図的でして本作の性質上、時間軸が進めば進むほど原作のストーリーからかけ離れていくと思っているので先んじて好きなシーンは使わせていただいてたりします。
 今後も今と変わらず、原作にあったイベント(修学旅行など)なども交えつつ、オリジナルストーリーの比率が上がるんじゃないかなと思います。
 また、話の方針としてももう少しシリアスに比重が寄るかなとも思いますので、ギャグ作品として期待されてる方がいらしたらすみません。
 それと、多分読まれてる方で一番気にされてるのが完結するかということでしょうが、安心してください。ちゃんと終わります。
 最終回のストーリーはできていて、中間がふわっとしてるくらいが今の構想なので、ネタ切れ起こしても話数が少なくなるだけで失踪はないと思います。
 というかそもそもこの作品始めるにあたって書きたいエピソードなんかはほぼほぼ2章に詰まってるので。1章はほぼアドリブで書いてました。
 投稿頻度もオリジナル多めになるので多少下がるかもですが、そんなに変わらない予定です。
 というか最近がほぼ毎日投稿なので我ながら仕事しながらなのに頑張ったなとか、やっぱり自惚れてます。
 (最初のころなんて五日に一話投稿とかありましたし)

 次回は幕間を1本入れて、2章が始まります。

 長々と話しましたが、後書きは以上でございます。
 私の作品が、少しでも五等分の花嫁の盛り上がりに貢献できればと、皆さまを少しでも楽しませればと思いながら書いていきますので何卒お読みいただけますようお願いいたします。
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