零奈との再会を果たした日の晩のことである。
いつものように家族共用の居間の壁際で自習をしている風太郎、けれどその様子は普段と違っており、
「風太郎の奴、またか」
「うん」
後ろで見守る勇也とらいはは、最近もこんな感じの風太郎を見たなとデジャブしていた。
結局、その時の原因がなんであったのかを勇也とらいはは知らないのだが、時期的に言えば二乃からの告白を受けた直後の風太郎のようであった。
虚ろな目で一心不乱にノートに書きこむ様は、自習に打ち込んでいるようでまるで集中できていない。
こうなると話しかけない限りはこちらの会話などまるで聞こえていないのは前回で学習しているが、それでも二人は声を潜めて話す。
「今度は何が原因だ?」
「もしかしたら私のせいかも……」
「なに?」
「私、お兄ちゃんに二乃さんをデートに誘うように言ったんだけど、それで帰ってきた時にはあの様子だったの。もしかしたら二乃さんと何かあったのかも」
「らいはのせいじゃねえよ。それが本当でも、アイツがだらしないだけだ」
「でも──」
「よっしゃ、親の仕事リベンジだな」
勇也は立ち上がると風太郎の後ろへ立つ。
「おい風太郎」
「んあ?」
ボケた顔の風太郎はペンを止めて振り返る。
勇也はしゃがみ込むと、母性さえ感じさせるように優し気な顔で風太郎へ目を合わせる。
「お前の気持ちはよくわかる。こういう時って、辛いよな」
「またこの流れか。悪いがそっとしといてくれ」
「二乃ちゃんとなんかあったんだろ」
「……言いたくない」
「意外かもしれないが、俺はお前の母親と結婚したことだってあるんだぜ。らいはや二乃ちゃん以外のお嬢ちゃん達より、恋の相談に乗ってやれるかもしれないぜ」
勇也の言い様から、気持ちはわかるなんて言ったくせに事情を察せていないのは伺えた。
だが、前回のように当て推量で話を進めようとした時とは違う雰囲気に、風太郎は少しだけ心を開く。
「らいはには聞かれたくない」
「だそうだ。悪いけど先に風呂に入っててくれ」
「なにそれー!? 私だってお兄ちゃんの心配してるのに!」
「男同士の話ってやつだよ。ほら行った行った」
「ぶー」
娘相手だというのに容赦なく追い払うように手をシッシッ、とする勇也。
らいはは膨れながら着替えとバスタオルを手に取ると、言われた通り脱衣所の方へと消えっていった。
風太郎へと向き直る勇也。しかし風太郎の方は壁の方を向いたままであった。
勇也は風太郎のそんな姿勢を咎めようともせず、話を続ける。
「これでいいか」
「ああ」
「じゃあ話してみろ」
「……」
風太郎はどう説明したらよいか、一瞬だけ今日の出来事を思い返した後、結論から簡潔に話すことにする。
「今日、五年前に京都で会った子とまた会ったんだ」
「……! お前が勉強するようになったきっかけの子か」
短い説明だったが、それだけで勇也は誰のことを言っているのかピンときたらしかった。
元々、風太郎は勇也に負けず劣らずのやんちゃな少年であったが、ある日を境に振る舞いを一変させた。
それが五年前京都で会い、そして今日また再開した少女、零奈である。
髪の色を黒く戻し、今まで馬鹿にしていた勉強をするように風太郎を急変させた当時は勇也にもずいぶん驚かれたものだった。
当時の出来事まであまり詳細には話していないのだが、それでも勇也にとっても風太郎を変えたという劇的な記憶が脳裏に焼き付いているらしい。
「お前に会いに来たのか?」
「そうらしい。しかも、その、今日久しぶりに会ったばっかだってのに……別れ際に告白された」
「……ほう」
風太郎は最後の一言を言いながら勇也の顔を横目で見た。
返事をする勇也の目は真剣そのものだが、元々鋭い目つきが更に細まっている気がした。
「それでお前の返事は?」
「何も言えなかった。返事を言う前に帰っちまった」
「なら質問を変える。なんて返事をするつもりだ?」
「……」
「即答できねえか」
言いながら勇也は少し残念そうにうな垂れた。
「もう一個質問だ。二乃ちゃんのことが好きだって話、あれは嘘か?」
「嘘なわけあるか。俺は本気で──」
「ならその子の返事だって一つしかないだろ。それに答えられない理由はなんだ?」
そう問われ、風太郎の脳裏に過ったのは零奈ではなく、二乃の方であった。
昼間、散々悩んだことだ。お嬢様である二乃と自分が付き合うのは不釣り合いではないのか。
そしてそこに現れた零奈という存在。
はっきり言えば、風太郎は零奈のことを──
「俺はあいつのことを、特別な存在だと思ってる。親父の言う通り、俺に変わるキッカケを与えてくれた人間だから」
だが、と続ける風太郎。
「二乃に対する気持ちとも違う、と思う。この気持ちはどちらかと言えば感謝の気持ちだ。くだらねえ人間だった俺に、道を示してくれた。だから──」
「だからその気持ちを無下にはしたくない、と。なるほどな……ならよ」
「?」
一転して、明るい言い方に切り替える勇也に、風太郎は疑問気に顔を向けた。
勇也は口調だけでなく、顔さえも快活な笑みを見せる。
「いっそ乗り換えちまうか!」
「……はぁ!?」
「その子も大事な子なんだろ! なら義理でも何でもいいから、その子と付き合っちまった方がお前のためにも──」
「本気で言ってんのか親父!」
勇也の言葉を遮り、風太郎自身も気づかぬうちに、勇也の襟元を掴んでいた。
先ほどまで覇気のない顔をしていた風太郎の豹変に対して、それでも勇也は動じることはなかった。その代わりに。
「ああ、大マジだよ」
再び一転、笑みが消え、真剣に風太郎の話を聞こうとしていた真面目な顔へと戻った勇也であったが、さきほどと違う点があるとすれば怒気をわずかに感じさせるるようであることだった。
「お前がそんなふらふらした気持ちのまま二乃ちゃんと付き合おうってんなら別れちまえって言ってんだよ」
「……!」
風太郎が目を見張った。
勇也が言わんとしていることを理解したからだ。
自分は今まで、自分の事情や気持ちでばかり、零奈に対してどう返事をするかを考えていた。
いや、二乃のことを考えなかったわけではないが、そこには感情というものよりも先に将来の事とか、自分と付き合ってるということで二乃がどういう風に周りから見られるかとか、そんなことばかり考えていた。
そんな風太郎の浅ましい思慮を勇也は軽々と看破して、最も大切なことがなにかを示したのであった。
勇也から手を放す。シャツの襟もとは風太郎の貧相な腕力であっても、かなり力が入っていたことを示すかのように皺が残ったままだった。
それを直すこともせず、勇也は立ち上がると押入れを開け、何やらごそごそとし始めた。
少しして、何か手に持ったまま再び風太郎の前に座る勇也。
風太郎の前に持っていたものを差し出してくる。
「これ見ろ」
「写真か……ずいぶん昔のだな」
受け取った風太郎は写真をまじまじと見た。
すぐに目についたのは勇也だった。けれどかなり若い。高校生くらいだろうか。
その他にも同年代のものと思われる2名の男女と、もう一人風太郎の目をもってしても世間一般では美人と評価されるのだろうという女性が立っていた。
「そいつは俺が高校を卒業したぐらいのころのやつだ。残しといてよかったぜ」
要するに個人的に取った卒業写真らしい。
言いながら、風太郎が持っている写真の上からおかっぱ頭の眼鏡の青年に指を指す勇也。
「ここにいるのがマルオ、二乃ちゃん達の父親だな」
「親父とあいつらの父親って同じ学校だったのか」
これがあいつらの父親か、初めて見た。と思いつつ写真を眺める。
「まあな。そんでこいつは下田……いや、どうでもいいやつだ」
そう言われ指さされているのは勇也に負けず劣らずの金髪をして、右目に泣きぼくろがある少女だった。
「ひでぇ言い様、友達じゃねえのかよ」
「友達だから"どうでもいいやつ"だって言えるんだよ。ダチの少ないお前にはわからねえか」
「うるせえ」
「それで、この人が俺たちの先生だ」
最後に、美人の女性を指さす勇也。
続けて説明してくる。
「そして、二乃ちゃん達の母親だ」
「──!」
直後、写真を眼前まで寄せて写真を凝視する。
確かに、言われてみればどことなく似ているような気がする。人相の見分けなど得意でないし、人とコミュニケーションも取ってこなかった風太郎にはその程度しか分からないのだが。
「話すと長くなるんだがな、この写真の少しした後、先生はあの子たちを産んだ」
「……ってことは、この人は学生と付き合っていたのか?」
父親もまだ学生姿で映っているということは、そういう事だろうと予測する。
いつだったか、五月が自分達の親について意を決して話をしようとしたことがあったな、と思い出した。
確かに、そんな事情があれば言いづらいだろうし、学生間での恋愛にも慎重になるだろうと合点がいった。
けれど、そんな合点は風太郎の勝手な想像でしかないらしく、
「いや、ここに映ってるやつ……めんどくせえな、マルオって名前なんだが、マルオとは別の男との子だ」
「……どういうことだ?」
「二乃ちゃん達五つ子と、今の父親は血は繋がってないってことだよ」
「!」
息を飲んだ。
風太郎は一度だけ、マルオという彼女たちの父親と話したことがあった。
電話越しだが、家庭教師の初日に本当に五つ子全員の教師を一人でやるのかという確認のための電話だ。
あの人が、義理の父親?
だとしたら、本当の父親は何をやっているのだ。
その答えを勇也は話す。
「先生が結婚した時、それは盛大に祝ってやったさ。ここにいる全員、先生のことはマジで恩師だと思ってるからな。だが、結婚してすぐ妊娠した先生のお腹の中の子が五つ子だと分かった瞬間、
「なっ……!」
「それからだよ。先生の人生がおかしくなっちまったのは。口癖のように『自分の人生は間違いだった』って言って、途方に暮れてたあの人に寄り添えたのは、当時から先生のことが好きだったマルオだけだった」
ここまで話が至って、ようやく話の核心が見えた気がした。
男性側の不義理によって失意に沈んだ二乃の母親。
単純な比較ならば状況は圧倒的に二乃と自分の事情の方が軽いが、由来する原因は同じで
「先生もしばらくして病気で亡くなっちまってな、そっから後の事とか、マルオと先生がどうだったかなんてことは俺は知らねえ。ただ一つ、ここに映ってる全員の共通認識はただ一つ、"死んでもあの野郎は許さねえ"だ」
だからな、と続ける勇也。
「親がガキの恋愛に首を突っ込むべきじゃねえかもしれないが、五つ子の嬢ちゃん達が相手なら話は別だ。お前が中途半端な気持ちのまま二乃ちゃんと付き合って、あの子を悲しませることになるくらいなら、さっさと別れちまえ」
「……!」
話は終わりだ、とでも言わんばかりに風太郎の手から写真を奪うようにして取ると、再び押入れの奥へと戻す。
対して風太郎は、写真を見るためにうな垂れていた姿勢のまま、ただじっとしていた。
そんな様子の風太郎に、間の無くらいはが風呂から出てくるであろうと、自分の風呂の支度をしながら勇也は言う。
「風太郎」
「……」
「お前は陰気で自己中で、俺に似ずにイケてない野郎だが」
「……おい」
「お前がくだらない男だったら俺は最初っからお前と嬢ちゃんが付き合うのに反対してる」
「……!」
「だから俺と嬢ちゃんと、嬢ちゃん達の母親、零奈先生を失望させることをするなよ」
「え……」
顔を上げる風太郎。
今、この父は聞き捨てならない単語を口にした。
同時に、風太郎の脳裏にある仮説が立てられる。
もしもそれが本当だとしたら──
プルルルルッ
勇也の電話が鳴った。
思考が強制的に中断され、意識が電話の方へと向けられた。
風呂の準備をして立っていた勇也がすぐさま電話を取る。
「もしもし、上杉ですけど────なんだよ、お前かよ」
向こう側が話しているのか、黙ったまま目線をチラリと風太郎へ向けてくる。
「ああ、いるぞ。ちょっと待ってろ……風太郎、噂をすればだな」
「は?」
「マルオからだよ。雇用主としての連絡らしい」
そう言って、携帯を差し出してくる。
受け取った風太郎はそのまま携帯を耳に当てた。
「お電話代わりました、うえす……息子の風太郎ですけど」
『すまないね、君の電話番号を聞いていなかったから、代わりに君の父親経由で連絡させてもらった。後で君の連絡先も控えさせてくれ』
「構いません」
電話越しに響いてくるのは抑揚がいまいち欠けた平坦な声だった。
以前にも電話越しに話したことがあったから、間違いなく二乃の父親だと分かった。
さっきの会話から、勇也と同じ写真に写っているのも見たし、その割に勇也のことを妙な言い回しするなと思ったが、自分に対してだから気を使った言い回しをしているのだろうか。
『急ですまないが、連絡事項だ。君の生徒の一人でもある、一花君のことだが──』
「期末試験のテスト期間は来週からだが、馬鹿のお前達が悠長に構えている暇はない。今日からはみっちり教えていくぞ」
「今までだって十分詰め込んでたじゃないですか……」
勤労感謝の日の二日後、土曜日にいつも通り風太郎は家庭教師に我が家に来ていた。
二乃以外の姉妹達はテーブルを囲むように座っている。
二乃だけは、風太郎の斜め後ろ、キッチン側に背もたれが向いているソファに足を組んだ状態で座りながら、後方彼女面をして眺めていた。
テーブルの上を見れば、大量の紙束が用意されている。
先ほど、到着が遅れて心配をした五月が、外の廊下で気絶したように眠っている風太郎を見つけた時にどうやらこれが原因だったということを聞いたらしい。
この紙束自体に思い入れはないものの、流石にこの日何があったのかは二乃も覚えていた。
五月と大喧嘩をした日だ。
あの頃はまだ、自分は風太郎を家庭教師として認めていなかった。
だというのに、徐々に受け入れられ始めている風太郎が嫌になり、いつまでも意固地になって抵抗している自分の方が間違っているのではないかという疎外感を感じていた。
何より、あの頃はまだお母さんが生きていた頃と同じような姉妹であり続けることに執着していた自分自身に対してもコンプレックスを抱いていた。
鳥の巣から巣立っていくひな鳥のように変わっていく姉妹達の後を追えず、変わらないのではなく変われない自分は、このまま人間として腐っていってしまうのではないかと考えていた。
そんな、フラストレーションが蓄積されていた時期に、この紙束と風太郎の遅刻をきっかけに五月と揉め、爆発した。
そんな、憎らしくも思い出深い紙束とも、勉強などせずとも卒業できる今の世界では無関係だと思うと少しだけ懐かしいという気持ちがわいた。
目の前では風太郎が紙束を姉妹達に配っている。
A4のプリントをブロックごとに縦と横で交互に積み重ねているのは、姉妹ごとにセット分けしているせいだろう。
セットの数は4つ。そこから推測されるに、一花にもまだ授業するつもりなのかもしれない。
先日の祝日、一花は自分と三玖にした話と同じ話を、同日の夜に四葉と五月にもした。
皆、驚いてはいたものの感情論以外では止める理由もなく、また一花の意思も固いこともあってか話し合いはあってにしても、仕方ないという結論に至った。
二乃も、どんなことが原因で一花の休学が早まったのかまでは知らないが、夢を邪魔したくないという気持ちは前世や、花火大会の時から変わっていない。
だから止める理由もないのだが、なまじ前世というパラレルの可能性を知ってしまっているせいで『休学などしなくても女優としてやっていける』ということが引っかかってならなかった。
これは余談であるが、この時一花が休学を決心してしまったのは四葉の行動によるものである。
林間学校の二日目、まだ二乃に協力的であった四葉は倉庫に風太郎と一花が閉じ込められ、何らかの問答の末にスプリンクラーでびしょ濡れになることを知っていた。
そのため、風太郎が風邪をひかないようにと事態を回避するために、倉庫の施錠前の点検を徹底したのであった。
本来であれば、閉じ込められた風太郎と一花は、倉庫内の会話によって一花は学校に対する
そうして、どうにかして二乃は一花に休学など不要であることを伝えられないかと、今日に至るまでにも何度も考えていたことを再び思案していた時だった。
「これはお前の分だ」
「えっ」
目の前で紙束のセットを配っていた風太郎が、そのうちのワンセットを二乃に渡してきた。
硬直する二乃。
「でも、セットは四セットしかないんじゃ……」
「……? 一花、こいつらに話してないのか?」
確認するように、一花へと向く風太郎。
「ううん、ちゃんと話してあるよ。でもそっか、フータロー君にも伝わってるんだね。逆に私達が知らなかったや」
一花は一枚、隣に座る三玖から紙を取る。
「てっきり私の分もあると思ったんだけどな……そういうことなら、関係ない私は勉強のお邪魔ですし退散するよ」
言いながら、一花はテーブルに手をついて立ち上がった。
姉妹達の視線が集中する中、階段を上っていく。
その光景を見送りながら、二乃が風太郎へと問いかける。
「一応聞いておくけど、フー君も一花のことは受け入れてるの?」
「……電話でお前の親父さんから聞いただけだからな、一応後で本人にも確認してみるつもりだ」
「仮に、一花の休学の意思が固かったら?」
「どうしようもないだろ。花火大会の時とは違う。ここで止めればあいつの将来に差しさわりが出る」
「そうよね……」
風太郎の回答は模範的なものだし、一花以外の姉妹達の総意とも同じだった。
二乃自身、今回は流石に諦めている。
風太郎の今の言葉を聞いたところで、この前のように"そんな奴"などという風には思わなかった。
仕方ないことだと結論付けると、続けて手元の紙束に目を向ける。
「で、これはなに?」
「だからお前の分だって」
「あんた私に勉強は教えないんじゃなかったっけ?」
ぶっちゃけ、風太郎が振り向いてくれた今、わざわざ嫌いな勉強をする理由は二乃にはないと思っている。
けれど、そんな二乃をよそにして風太郎はといえば勝手に顔を赤くしながら、
「お、お前と俺は、その……そういう関係になろうとしてるわけだし……あれから俺も考えてな、お前が望むなら協力ぐらいしてやろうと思ったんだよ」
「なっ……!」
つまり、風太郎の言い分を通訳するとこうだ。
『俺はお前のことが好きだから、勉強好きのお前のために一肌脱いで、これからは勉強を手伝ってやる』
(遅いわよっ!!)
紙束を丁寧にテーブルに戻してから、二乃は頭を抱えた。
(なんで! どうして私の作戦はこうもことごとく上手くいかないのよ!? これからはちょっとくらい成績落としたって卒業なんて楽勝なんだから、今まで自習なんかで無駄にした分遊び倒そうと思ってたのにぃ!)
などと、心の中で絶叫する二乃の心境など知るわけもなく、続ける風太郎。
赤面のまま、開き直ったかのようにふんぞり返ると、
「一応あれだ、お前の分だって家庭教師代はもらってるからな! 今まで給料泥棒をした分、お前にはしっかり個別授業をしてやる! 学力だって他の馬鹿共とは違うしな!」
(いらないっ!!)
という言葉を思うだけに留めて、すんでのところで飲み込んだ。
遅すぎる初めて決行した作戦の成功は、状況が変わったこの時の二乃にとってはやはり失敗以外の何物でもなかった。