二乃の人生二周目フー君略奪大作戦   作:真樹

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2_二度目の出会い

 今朝、自分が高校生の頃の姿へ戻っていたことに気が付いた後、二乃は昔の記憶を頼りに二度目の旭高校への転入のあれこれを無事に済ました。

 かつて通っていた通学路。かつて通っていた学び舎。そしてかつて通っていた教室。

 二年生のころは姉妹全員別々のクラスへ割り当てられていたから、昼食の時間までは一人でじっくり考えることも出来た。

 

「ねえねえ、中野さんって前はどんな学校だったの!?」

「そのネイルお洒落だねぇ、お店でやってもらってるの?」

「他のクラスにも転校生が来たって噂あるから覗いてきたんだけど、中野さんとすっごく似てたよ! もしかして姉妹!?」

 

 二学期初日からの転入というわけでもないため、転入初日から容赦なく始まる授業と、その間の休憩時間は転入生にとって恒例行事のクラスからの質問攻めを受けたりもしたが、それどころでなかった二乃は適当にいなしていた。

 何より、質問をしてくる顔ぶれも懐かしいとは思うものの全員知っている顔だ。中にはちゃんと仲良くしていた女子だっている。そんな子達を相手に、初対面として接さなければいけないのが億劫だった。

 

(正直に話したいけど、言ったら間違いなく電波ちゃん認定されるわよね……)

 

 朝起きた時点では、自分が本当に生まれ変わったかどうかということ自体、半信半疑であった。もしかしたら壮大な夢を見ていただけなのではという可能性すら考えた。

 しかしこうして改めて転入してきた学校や、そこに通う生徒たちが自分の記憶と一致するともなれば、夢ではないのだと嫌でも実感させられる。

 仮に予知夢だとしても、高校二年の二学期から二十三歳までというのは予知しすぎにもほどがある。

 やはり自分の記憶の中にある飛行機事故も本物で、そこからどういうわけか現在まで戻ってきたと考えるのが、納得はいかないが辻褄が合うのであった。

 そうして考えているうちに昼食の時間となった。

 朝は混乱していたが、この時間にもなれば多少は冷静さも取り戻していたし、何より朝のHR前に分かれたっきりだった姉妹達と顔を合わせられるのは自分にとってもありがたかった。

 

「お待たせしました」

 

 既に自分含めて四人が席についている中、最後に五月が合流してきた。

 トレイには山盛りの昼食たちが乗せられており、注文に時間がかかった五月が自然と最後になったのだろう。これは前の学校の時からそうであった。

 しかし、テーブルの上にトレイを置いた五月がなかなか着席しない。何事かと五月の顔を見れば、五月の目線は自分の頭を通り越して後ろの方を見ていた。

 直後、五月が意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「すみません、席は埋まっていますよ」

(誰に向かって話してるのかしら?)

 

 当然の疑問に、二乃は五月の目線に釣られるように振り返る。

 そして視界に飛び込んで来たのは、これまた知っている顔だった。

 

(フー君!)

 

 立っていたのはフー君だった。相変わらず貧相なメニューをトレイに乗せて立っていたフー君もまた、記憶のフー君と比べて若かった。

 

(かわいい……!)

 

 思わず出た感想だった。

 今は何とか高校二年生を演じているが、中身は二十三歳だ。どうしても見る目が精神年齢に引っ張られてしまう。

 一瞬、まじまじとフー君の顔を見てしまったが、対してフー君はと言えば気まずそうな顔をしながら踵を返すと席を離れていった。

 さきほどの五月の発言から察すると、どうやら自分たちの席に用があったらしいのだが、なんの用だったのだろうか。

 

(この時ってまだフー君のことどうでもよく思ってたから全然覚えてないわ……!)

 

 おそらく五月と何かいざこざがあったようではあるが、流石に何があったかは聞いていないし、聞いていたとしても覚えていなかった。

 せっかくフー君とも再会できたというのに、話すタイミングを失ってしまったと考えていると、意外にも次にリアクションを取ったのは一花であった。

 

「あれ? 行っちゃうの?」

「! ……そりゃ……」

「席、探してたんでしょ? 私たちと一緒に食べていけばいいよ」

「食えるか!」

(一花、ずいぶん積極的にフー君に絡むじゃない……)

 

 目の前で繰り広げられるやり取りからして、おそらく一花もフー君と初対面のように見えるが、その割にはやけに突っかかるなと感じた。

 しかし、あの様子はフー君本人に興味があるというよりは、新しいオモチャを見つけたという目なのも長年の姉妹の付き合いから察せた。

 考えている間にも話の矛先は五月へと向けられており、どうやら五月とお近づきになりたいなら自分が協力しようかと一花が提案しているところであった。

 しかしそのやり取りも短い間のもので、一発フー君の腰へビンタを決めると一花は席へと戻ってきた。そして何事もなかったかのように食事を再開する。

 

「おいしー」

「ここの食堂、レベル高い」

「前の学校にはこんなのなかったよね」

 

 口々に食事の感想を言いながら食べている中、自分はと言えば未だにフー君を目で追っていた。

 フー君は記憶の中でもいつも座っていた二人用席に着席すると、食事を始めるでもなく頭を抱えていた。

 考え事だろうか、と様子を見てると、視界の隅に落し物があることに気が付いた。目を凝らすと、四つ折りの紙のように見えた。

 ちょうど同じタイミングで気が付いたらしい。四葉が見つけるなり席を立ちあがると紙の方へと歩いていった。

 

「あれ? このテスト用紙誰の?」

(テスト用紙! もしかしてフー君の!)

 

 そう言えばさっき一花に腰を殴られていたのを思い出す。もしかしたらその時に落ちたのかもしれない。

 チャンスだ、と率直に思った。あれを届けるフリをすればフー君と話す機会を作れる。

 姉妹達は既に事故の記憶がないことはそれとなく探りを入れて確認を取れている。フー君にも前世……と呼んでいいか微妙だが、とにかく前世の記憶が残っていないか確認がしたかった。

 二乃も席を立つと四葉の後ろに立つ。

 

「貸しなさい、四葉」

「え、二乃……?」

「どうせさっきの冴えない男子が落としたんでしょ。突き返して来てやるわ」

「別に、二乃がわざわざ行く必要もないと思うんだけど……拾っちゃったの私だし」

 

 四葉の言うことはもっともだ。しかし、二乃もただの親切心ではなく、別に目的があってやろうとしているのだから何とか理由をひねり出す。

 

「アイツ、五月にちょっかいかけようとしたらしいじゃない。四葉が行って絡まれるようなことがあれば見過ごしておけないわ」

「二乃の言う通りですね。二乃なら何かあっても引っ叩いて帰ってきそうですし、四葉、二乃にお願いしたらどうですか?」

「……うーん、わかったよ。じゃあ二乃、お願い」

 

 四葉からテスト用紙を受け取った二乃は念のため用紙を開くと、答案の名前を確認する。『上杉風太郎』と、間違いなく書かれた100点のテスト用紙だった。

 ただのテスト用紙のはずなのだが、それを見ただけで二乃は自分の心が少し跳ねる気持ちになったのを感じた。

 あの事故の時、死も覚悟せざるを得ない状況の中でフー君から聞けた最後の言葉は自分たちに酸素マスクを付けるように指示を出してくれた言葉だった。そんな会話とも呼べない会話が彼との最後の会話なのかと心残りになっていたから、またこうして話せるというだけでも嬉しいのだった。

 テスト用紙を持った二乃がフー君の前に立つと、持っていたテスト用紙を机の上に置いてやった。

 しかし、リアクションはない。目を閉じたまま頭を抱えているフー君はこちらに気が付いていないようだった。

 

「ねぇ」

「……」

「フー……上杉」

「……」

「ちょっと! こっち見なさいよ!」

「うおっ!?」

 

 少し大きめの声を出したところでようやく気が付いたフー君はやや仰け反り気味にこちらを見てきた。

 

「やっとこっち見たわね」

「……! なんで俺の名前を知ってるんだ?」

「名前を呼ばれたことを知ってるってことは一回はわざと無視したってことね。やめた方がいいわよ、そういう態度」

「質問に答えろ」

「……あんたに届け物よ。次からは気を付けなさいよ」

「俺の答案か……」

 

 フー君はテスト用紙を受け取ると、少し腰を浮かせてズボンの後ろポケットへとしまった。

 その後、特に何を言うでもなく冷め始めている白米の食べ始めようとしたところで、二乃が呼び止めた。

 

「何か言うことがあるんじゃないのかしら?」

「……何だ」

「お礼よ」

「金ならないぞ」

「いらないわよ!? 私をカツアゲかなんかだと思ってるのかしら!? ……そうじゃなくて礼の一言も言えないのかって話よ!」

「いちいちこんなことでいいだろ」

「こんなことって……!」

 

 内心で二乃の堪忍袋はすでに決壊寸前であったが、そういえば初めて会った頃のフー君はこういう奴だったという昔の記憶が自分を宥めてくれた。

 自分が何をしにここに来たのか思い出す。フー君と話をしに来たのだ。

 なのにフー君の言う通り、こんなしょうもないことで口論になどなってしまえば本末転倒だろう。

 ここは事実として年上でもある自分が、大人になろうと一つ、心の中で深呼吸をした。

 

「そうね、あんたの言う通りどうでもいいことね」

「お前は五月と違って物分かりがいいな。友達のアイツもお前を見習ってほしいものだ」

「……色々言いたいことがあるけど、今はいいわ。それよりあんたに聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ?」

「あんた、墜落するくらいのレベルの飛行機の事故に遭遇した経験ってあるかしら?」

 

 二乃の質問にフー君は目を丸くした。予想外の質問だったのだろう。

 数舜の後、驚いた顔から呆れた顔へとフー君は表情を変えた。

 

「お前が何を知りたいのかは知らないが、そんなことに出会っていたら今頃俺はこの世にいないぞ」

「そう、無いのね。参考になったわ」

 

 聞きたいことを聞き終えた二乃は一旦退散すべくフー君の席を後にしようとする。

 しかし、去り際でふと、四葉のことを思い出した。

 

「ああ、そういえばさっきあんた気が付かなかったみたいだけど、四葉も私たちの席にいるから後で顔を出しておいてあげなさいよ」

「四葉? ……誰だ?」

「え?」

 

 フー君のリアクションは予想外だった。記憶では二年の時、フー君と同じクラスだったのは五月のはずだ。

 なのでこの世界では四葉とフー君はまだ学校で会話をしたことはないかもしれないが、二乃は前世の記憶で四葉とフー君が小学生の頃に出会っていることを聞いていた。

 二人は約束なんかもしていて、それがフー君が勉強を頑張るキッカケだったとも聞いているから、てっきり四葉のことも覚えているものだと思ったのだが。

 

(もしかして……覚えてない、どころかフー君は今の時点では四葉のことが好きじゃない?)

 

 それまで転生に関してばかり考えていた自分の思考が、一気に恋愛方面へと切り替わる。

 てっきりフー君は昔の約束を引きずったまま、四葉のこともずっと好きだったのだろうと考えていた。

 実際にはフー君が四葉のことを好きになった理由など、聞こうとしてもはぐらかされてばかりで確認が出来た訳ではないのだが、それでもずっとフー君は四葉のことが好きだったからこそ、かつての自分や三玖の再三のアプローチにもなびかなかったのだと思っていた。

 けれど、どうやら違うらしい。少なくとも今は四葉もまた、自分達姉妹と同じスタートラインに立っているのかもしれない。

 

(だとしたら、フー君が別の誰かを……私を好きになる可能性もあるかもしれない……?)

「おい、どうした?」

「え? ……ああ、いや、何でもないわ。今言ったことも気にしないで」

 

 急に四葉という知らない人間の名前を出されて首をかしげているフー君を後に、二乃は足早に席へと戻る。

 席まで歩いている途中、二乃は考えていた。

 フー君との会話で、姉妹とフー君の中で事故の記憶を残しているのは自分しかいないことは確認できた。何故自分だけがこんな状況になってしまっているのかは依然として不明のままだが、考えたところで仕方がない。なってしまったからには、二度目の高校生をやるしかないのだと覚悟も決まった。

 そんなことよりも、もっと重要なことが判明したのだ。

 

(フー君は誰のことも好きじゃない)

 

 逆に四葉が約束を覚えているのは知っている。フー君のことを好きなのもだ。

 それとなく四葉の方を見て見ると、自分たちが何を話しているのか気になっているようで、遠巻きにこちらを眺めていた。

 姉妹の中で、誰がいつフー君のことを好きになったかなんてことはいちいち知らない。

 それでも、こんな最初の段階からフー君のことを好きになっているのなんて、四葉以外にはいないだろう。

 

 そう、前世の世界であるならばだ。しかし今は自分がいる。

 

 自分だってこの世界ではフー君とはたった今、初対面を済ましたばかりのはずだが、気持ちは違う。

 自分の中には前世から積み上げてきたフー君への想いがある。

 四葉に譲ると決めた後も、消えることなく燻り続けていたその感情は、今という新たな燃料が投下されるやいなや今まで消えていたのが嘘のように再び燃え上がり始めたのを自分でも感じていた。

 罪悪感はある。このまま自分の感情が赴くままに舵を切れば、四葉の恋が散ってしまうだろうという罪悪感だ。

 しかし、この罪悪感は初めてのものではない。かつて自分がフー君を好きだと自覚した時、当時は三玖がフー君のことを好きだと知っていたが、やはり同じ罪悪感を持ちながらも、三玖を蹴落としてでも自分が幸せになると決めたのだ。

 だまし討ちをしようというわけではない。今は間違いなくフー君は誰のことも好きではないのだ。だからフー君が誰を好きになるかは、この世界のフー君次第なのだ。

 

(だったら私は、今度こそ、私のことを好きになってもらう……!)

 

 席に着いた時点では、こちらを見てくる四葉を前に、二乃は内心でそう決めたのであった。

 




※二乃は五月と大喧嘩した時に、風太郎が零奈(約束の子)を好きだったかもしれないという話を聞かされていますが、この話のタイミング(23歳)になった今となっては忘れています。
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