クリスマスというこれ以上ないほどデートに最適な日に幸せそうにケーキを頬張る風太郎と二乃の、少し離れた斜めの位置にある席にて、二乃を除いた姉妹たち四人は見守っているのであった。
尾行するのだから変装の一つくらいすればよいものを、普段通りの服装をしている四人。
テーブルの上には一人一つずつ注文したケーキと、物足りないであろうからと五月が追加で注文したクッキーが並べられている。
つい先ほど、姿勢を正すようにして顔を上げた風太郎がこちらを見てきて慌てて顔を伏せたところであった。
「今のは危なかったね」
「もしかしたらバレたかも……」
「上杉さん意外と周りを見てることあるからね」
「ですが、こちらに来ないということは見逃してくれているのかもしれませんね」
付かず離れずの距離を保ち、二人の会話までは聞こえなくても一挙手一投足の動作は見逃さんと目を光らせていた。
その中でも特に目を光らせて見ているのは──
「ずいぶん熱心にお二人を見守りますね、四葉」
「……二人を邪魔できないか考えてる」
「わ、四葉らしくない爆弾発言。なになに? もしかして二乃に嫉妬かなぁ? そういうことだったらお姉ちゃんが相談に乗ってあげちゃうけど──」
「だって二乃、この前のテストで私が一番点数悪いからって山のような宿題渡してきたんだよ!? なのに自分は上杉さんと遊びに行くなんて不公平だよ!」
「それは自業自得。声も大きい」
そう言いながら三玖。クッキーを一つ取ると、四葉の口へ詰め込む。
「むぐっ!?」
「後、邪魔するのもダメ」
「あの、差し出がましいことかもしれませんが、三玖こそこのままでいいのですか?」
おずおずといった様子で申し出てくる五月。
「私は恋愛といったものには疎いので林間学校の日に二乃をキャンプファイヤーへ送り出す時になって、ようやく三玖の気持ちを知りました。姉妹で同じ人を好きになってしまい、今はこうして見守るだけなのは、その……辛くはないのですか?」
「もちろん、つらい」
五月の問いに対して、けれどまっすぐ答える三玖。
その目線は、五月に向けられておらず、今も幸せそうにケーキを食べる風太郎と二乃へと注がれていた。
「私は、私にもっと勇気があったらもっと違う結果になったかもと思ってる。二人を見ると、心がささくれ立つような感覚もする。だけど……あれは、二乃が頑張って掴み取った結果だから、邪魔はしたくないし、目を逸らして逃げるようなこともしたくない」
「ですが、それだけでは三玖、貴女があまりにも──」
「目を背けないのは、敵をよく知るため」
「え?」
「私は諦めてない。まだ諦めたくない。いつかチャンスが来た時、フータローが私を見てくれるようするために、私はあの二人の行く末を見届ける」
「それは、二乃から彼を奪うということですか?」
問われ、ようやく三玖は五月へと向いた。
瞳の奥に見える感情は、優しさ。つい先ほど、"敵"という言葉を口にしたとは思えないほど穏やかで、ほんの一さじの悲哀の色も宿っていた。
五月へ向いた三玖は、問いに首を横へ振って否定する。
「そんなことはしない。姉妹でそんなことをしたって、悲しいだけだよ」
「……」
「……」
「私が攻略するのはあくまでフータロー。いつか、私が城攻めをしても良い時が来るまで、今は虎視眈々と待つだけ」
だからそれまでは、と続ける三玖。
「私は二乃の背中も押さないし、邪魔もしない」
ケーキ屋を出た風太郎と二乃が次に向かったのは植物園であった。
流れで選ばれたこの場所だが、道中で水族館や室内遊戯施設(通称:ラウワン)などもあった。しかし、二乃の反応が興味がないとは、また毛色の違ういまいちな反応を見せたために第三の案として選ばれた。
冬の真っただ中であるクリスマスでも、温室の中では季節に関係なく色とりどりの花が咲き乱れていた。
「ここにして正解だったわ。すごく綺麗ね」
「……ああ、そうだな」
花壇の傍にしゃがみ込み、一つ一つの花々を眺める二乃。
一歩後ろで、風太郎も花を見ていた。ただ、純粋に花の観賞を楽しんでいるとは言い難く、どちらかと言えば花の前にいる二乃含めての光景に目を奪われていた。
そのせいもあって、思わず生返事をしてしまい二乃はジト目を向けてきた。
「まあ、フー君が花の良さなんて分かるわけないわよね……」
「は? 俺だって花に対する審美眼ぐらい持っているが?」
売り言葉に買い言葉で思わずイラついた言い方をしてしまう。
けれど二乃、そんな風太郎の様子などどこ吹く風で、更に挑発するように言う。
「なら、私に似合うと思う花って言ったらどれかしら? 綺麗なものが見分けられるなら当然選んでくれるわよね?」
「あ、当たり前だ! ちょっと待ってろ!」
そう言うなり、肩を怒らせて園内を歩き回めた。
普段であればぽつりぽつりとしか人影はない園内だったが今日に限っては雰囲気がよく、暖かい場所であることからデート先として選ばれているようで、カップルの姿がそこかしこに見られた。
しかし、それでも元々の集客数が多くないこともあってか混んでいるという程ではなく、すれ違う人を避けることもないままいくつかの花を見て回った。
そうしてしばらく見て回った結果。
(どれがいいかさっぱり分からん!)
実を言えば、いや言うまでもなく二乃の言う通り、風太郎には花の良し悪しが分かるような目は備わっていなかった。
せいぜい花が大きいのか小さいのか、花の色が濃いのか薄いのか、その程度しかわからない。
品種すらいちいち手前に建てられている看板を見なければ区別がつかないほどであった。
けれど、その中でふと視界に止まったものがあった。
このまま選んでいても、自分の知識の無さでは二乃を置いたまま園内を一周しかねないと危惧した風太郎は直感に掛けることにする。
「こっちに来てくれ、二乃」
「……見つけられたの?」
二乃の元へ戻ると、一声かけると、再び元の花の場所へと向かう。
その途中、風太郎の後を続く二乃はどうせ成果なしで返ってくるだろうという読みが外れたらしく、期待と羞恥が入り混じった表情をしていた。
花の前まで来た二人。二乃の前には土から生えている五枚の花弁を携えた紫色の花たちが広がっていた。
不安げにしながら、風太郎は二乃の反応を待つ。
しばしの間、選ばれた花を眺めてから、二乃は振り返る。
「スミレって……フー君もしかして、私のコートの色に似てるから選んだ?」
「あ……だから、見覚えがある気がして目に留まったのか」
一人で納得する風太郎に、呆れてため息を吐く二乃。
「そんなことだと思ったわよ……もしかして花言葉とかで選んでくれたのかもなんて、期待しただけ損だったわ」
「花言葉……?」
「何よその反応。いくらフー君でも花言葉自体知らないなんて言わないわよね? 雑学みたいなもんなんだし、勉強できるなら知っててもいいくらいなんだけど」
「ぐっ……」
無論、花言葉がどういうものかぐらいは知っている。花の種類や色ごとに特徴を捉えた象徴的な言葉がつけられているというやつだ。ただ実際は同じ花でも複数の花言葉があったり、人によって主張が変わったりと安定しないもので、風太郎から言わせれば占いに近い眉唾ものというイメージだった。
しかし、知識の問題と言われると、風太郎としては少し堪えるものがあった。
以前は三玖に戦国時代の知識で負けたこともあったが、あの時の敗北感に近い。花言葉などはそもそも教科書にはカテゴリ自体載っていない項目だから、あの時ほどショックでもないのだが。
結局、自分で選んだにも関わらず堪えられない風太郎に、にんまりとした笑みを浮かべる二乃。
「なら私が授業してあげるわ。花言葉は乙女の履修科目の一つなんだから」
「そんなの聞いたことないんだが……」
「だから、乙女のって言ってるじゃない。いい? スミレの花言葉は『謙虚』よ」
「お前とは一番縁遠いやつだな」
「だからあんたが花言葉で選んでくれてないってすぐにわかったのよ」
一つ言い返せば一つ反撃される。
さほど二乃も機嫌は悪くしていないようだが、今この場における言い合いでは自分が敗北を認めるまで一方的な展開が続きそうで風太郎はたじろぎ、そっぽを向いた。
すると目線を逸らした先でスミレの看板が目に入った。
見た目で決めた風太郎だったが、よく見れば看板には品名の他に説明も記述されており、その中には花言葉も書かれていた。
(こいつ、これを見たから話せたんじゃ……いや、それは捻くれすぎか)
即座に自分の考えに叱責を入れる。
そもそも今の言い合いに発展したのは自分が原因である。花への知見がなくても、今日という日なのだから興味があるように振る舞い、二乃が楽しめるようにするのが自分の役目であるはずなのに、それを怠ったのが原因だ。
それくらいができて初めて"リードする"というやつだろうというもの。
故に、せめて自分が選んだやつぐらいは知っておこうと看板に目を通すと、スミレには他にも花言葉があるようだった。
誠実。それがもう一つの花言葉だった。
(初めからこっちを言えば言い返されずに済んだろうに、二乃のやつ)
何かと恋愛模様に結び付けがちな花言葉において、"誠実"という言葉は、やや意訳が必要だが"謙虚"よりは二乃に合うだろうというのが風太郎の感想であった。
まっすぐ自分に感情をぶつけてくるその在り方は、"愚直"という言い方が最も適切なのだろうが、ポジティブな捉え方をすればそのようになるのだろう。
自己評価であるから二乃自身は自分では"誠実"とは思っていないだけかもしれないが、もし二乃が"誠実"というもう一つの花言葉を知っていて、かつ自分をそのように思っていない、或いは自分から言い出すのが恥ずかしいと思っているのであれば、その有り様こそ"謙虚"なのかもしれない。
「フー君? ごめん、怒らせちゃった?」
少し熟考しすぎたらしい。
いつの間にか威勢が良かったはずの二乃が、上目遣いでこちらをのぞき込んできている。
先ほどまでのやり取りは他人から見れば口論と受け取られるかもしれないが、自分達にとっては日常茶飯事なやり取りだ。
事実、二乃本人も本気で怒っている素振りはまるでなかった。
けれど子供のじゃれ合いが加減を間違えて本当の喧嘩になってしまうように、ラインというものはある。
黙り込んでしまった自分に、どうやら二乃はラインを越えてしまったのではないかと心配しているようだった。
だから風太郎は大丈夫であることを示すと同時に、先ほどまで頭の中でしていた反省を挽回しようと意を決すると、手を差し出した。
「大丈夫だ。気にするな」
「えと、フー君この手は……?」
「ここから先は屋外だからな……その、冷えるだろ。だから、その、また握っといてやるよ。お前の手」
「──!」
リードするつもりで差し出した手であったが、我ながらへっぴり腰な言い方になってしまったと逆に恥ずかしくなった。
それでも気を強く奮い立たせると、二乃のリアクションを見てみる。
(え……?)
二乃はと言えば、驚いたように目を見開いて、差し出した手を見て固まっていた。
(そんなに俺が男らしくするのは似合ってないか!?)
二乃の驚く姿にこそ、驚かされる風太郎であった。しかし、風太郎の驚愕はそれだけで留まらなかった。
頬を一筋、涙が二乃の目から流れ落ちたのであった。
(え……え!?)
まったく予想していなかった。
何が原因で二乃をそうさせてしまったのか、風太郎には理解できなかった。
思わず、出していた手がぶるぶると震え始め、思考は二乃を喜ばせようとしていたのから、泣かせてしまった原因への分析へと切り替わる。
考えるが、やはり答えは分からず、狼狽すらし始める風太郎を前に二乃は慌てて目をぬぐった。
「ごめん! これはその、何でもないの! ありがとフー君、お言葉に甘えるわ!」
早口でそう言ってから二乃は手を取ると、やはり顔を見せないようにして屋外へと歩き出していった。
結局あの後、屋外の観賞ゾーンを巡っているうちに二乃の様子は元に戻り、あの時の涙が何が原因であったかも説明はしてくれなかった。
ただしきりに『フー君のせいじゃない』とだけ説明し、それ以上は聞いても答えてくれなかった。
植物園を出るころになると日はとっぷりと暮れており、繁華街はより一層クリスマスムードの盛り上がりを見せていた。
けれども風太郎たちがいる場所は街中ではなく、その出入口である駅前だった。
元々、二乃と二人で決めていたことだった。
「今日は楽しかったわ。本当はもっとフー君と一緒にいたいけど、まだ付き合ってもない私達にとって今日はつまみ食いみたいなものだもの。ここから先はあの子たちの赤点を超えさせてからにするわ」
「家まで送らなくていいのか?」
「らいはちゃんがご馳走用意して待ってくれてんでしょ? 私のせいで冷めさせるようなことがあったら申し訳ないわ」
「お前の家もクリスマスパーティするんだったな」
「ええ、クリスマスはいっつもあの子たちと旅行に行ってたから、家でパーティするのはちょっと新鮮なの」
「お前抜きであいつら夕飯の準備できるのか?」
「そこはまあ、デリバリーにしてもらってるわ……クレカ止められちゃってるから自腹なんだけど……」
徐々にボリュームを落としながら話す二乃の言葉は、風太郎には後半以降が聞こえていなかった。
ただ、それほど重要なことでもないであろうと風太郎は「そうか」とだけ短く返した。
その代わりに、帰ろうとする二乃へ今日ずっと聞きたかったことを口にする。
「なあ二乃」
「ん、なに?」
「お前が俺を好きになってくれた理由ってなんだ?」
「ああ、それね」
今日だけで何度目かもわからない決心した上での問いかけに対して、やはり飄々とした様子の二乃。
そして、あまりにもあっさりと答えてくる。
「気が付いたらよ」
「気が付いたらって……きっかけくらいあるだろ」
「そりゃあるにはあるけど……何よフー君。ケーキ一緒に食べた時の話だけじゃまだ不安なの?」
「それは……」
図星である。
風太郎は自分自身のどんな部分に、二乃が価値を見出してくれているのかわからないことが、堪らなく不安であった。
だが、二乃はそれに答えてくれようとはせず、代わりに自分の唇に指を当てた。
「でも秘密。これだけはちょっと、言えないわ」
「……なんでだよ」
「拗ねないで。女には秘密が付き物なのよ。でも不安にさせたままなのも可哀そうだし、答えの代わりに──」
言いながら、唇に当てていた指を離すと、風太郎の顔へと寄せていき、そのまま風太郎の唇へと当てた。
「クリスマスプレゼント」
「──!」
「直接の方が良かった?」
「ば、おまえ……!」
慌てて飛びのく風太郎。
その様子を見て、ケラケラと二乃は笑った。
「やっぱり恋は攻めてこそよね」
「お前植物園辺りから変だぞ!? 妙に澄ましたことしやがって──」
「今日一日リードしてくれたお礼よ。おかげで私、"風太郎"のこともっと好きになったわ」
「え、は……お前、呼び方」
「バイバイ! 運が良かったら初詣で会えるかもね!」
最後まで混乱させられ続ける風太郎を放置して、そういうと二乃は颯爽と駅の中へと消えていった。
車の中で、男は足を組んで正面を見据えていた。
黒塗りのリムジンの後部座席、そこが彼の定位置だった。
街頭の光が流れていく中、車内に運転手との会話はなくエンジンの駆動音とタイヤの音だけが響き続ける。
そこに、男の懐が発信源で一つの音が加わった。スマートホンのバイブレーションの音だ。
「……」
男はスマートホンを取り出し、通知をタップする。
新着メールの知らせであり、差し出し人は『旭高校理事 武田氏』と書かれていた。
メールを開くと、短い一文と共に、一枚の写真が表示された。
『息子から連絡がありました。写真の子は中野さんのご息女ですよね?』
写真は駅前にいる二乃と、どういう成り行きか知らないが二乃に唇を触れられている上杉の息子の姿が映っていた。二人の背景には、クリスマス真っただ中であることが疑いようもないほどに賑わっている繁華街の様子まで映っている。
「ほお……」
思わずこぼれた声と共に、マルオの元々細い目が、一段と細まった。