二乃の人生二周目フー君略奪大作戦   作:真樹

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23_王手

 1月3日 冬休み最終日

 結局クリスマスに風太郎とのデートを終えて以降、彼と顔を合わせることはなかった。

 単純に風太郎がバイトに勉強と忙しい中で、()()()()()()()()()()()()二乃が積極的に誘うことが憚られたためだった。

 二乃側からは風太郎が連絡をくれればいつでも飛んでいく心構えだったのだが、二乃のスマホが彼からの連絡で鳴ることは一向になく、まだまだ風太郎は女心の理解に対する精進が足りないわねと、上から目線で評価を下していた。

 それに加えて、前世のように家を飛び出してもいなかったため、年明けは父のマルオに連れられ中野家の実家へ赴いていたため、初詣でも風太郎と会うことは叶わなかった。

 そういえば、その時のマルオは自分に対して何か言いたげにこちらを見てくることが多かった気がするが、結局何の話かは分からなかった。あの父が娘に対して煮え切らない態度を取るのは中々ないため、若干の引っ掛かりが二乃にも残っていた。

 

 そうしているうちに今日へと至り、本日家には現在、二乃だけが残っていた。

 一花は女優の仕事らしい。芸能人はサービス業よろしく、人々が休みの時こそ仕事が立て込むものらしい。

 三玖と五月は新年を記念したホテルビュッフェへと出かけている。五月との外食は二乃も比較的よく行くのだが、今日は三玖が目を付けていたイベントに五月が便乗したという形だった。二乃も同行したかったが、残念ながら金欠により断念せざるを得なかった。

 未だにクレジットカードの使用停止は解除されていない中、二乃は先日の風太郎とのクリスマスデートに向けた洋服の新調などで奮発しすぎたのであった。

 少なくない額のお小遣いはもらっているが、それでも今は懐が大分寂しい状況だった。しかし後悔はない。

 四葉はバイトらしい。風太郎も一緒なのかもしれないが、シフトは店長が決めているらしく分からないとのことだった。

 というわけで話は戻り、二乃は自宅で暇を持て余していたためお菓子作りに勤しんでいるのであった。

 

「ふんふふーんふーんふーん♪」

 

 鼻歌を歌いながらシュークリームの生地をオーブンプレートへ絞り出していく。

 何を作ろうかと思った時、初めて風太郎(あの時はキンタローだったが)と一緒に作ったのがシュークリームだったことを思い出してのチョイスだった。

 もう二週間近く前だというのに、未だに大成功を収めたクリスマスデートの余韻から抜け出せず、上機嫌な二乃であった。

 その時、玄関の方から扉が開く音がした。

 時計はまだお昼を少し過ぎたくらい時刻を示しており、誰が返ってくるにしても早い時間だった。

 リビングへと近づいてくる足音に、二乃は手を止めずに大きめの声で話しかける。

 

「おかえりー、何よ忘れ物ー?」

 

 そのすぐ後、廊下とリビングを隔てる扉が開けられる。

 奥から姿を見せたのはスーツの男性。

 

「ただいま、二乃君」

「パパ!? おかえりなさい。今日はお仕事もういいの?」

「君に用があってね。他の子たちは靴が無かったが、出かけているのかい?」

「う、うん、しばらく帰ってこないと思うけど……」

「そうかい、だったらちょうどいい。少し話をする時間をもらえるかい?」

「いいけど、お菓子作り掛けだから、区切りのいいところになるまで待ってもらってもいい?」

「構わないよ」

 

 元々いつ帰ってくるのかも分からないマルオだが、予想外の帰宅に困惑しながらも二乃は作業を再開させる。

 生地を並べ終えた後、忘れずに霧吹きをしてオーブンへ入れる。

 手を洗った後、コーヒーメーカーの電源を入れる。タンクに水、熱湯の排出先に紙フィルターを敷き、戸棚から取り出したコーヒー粉を専用のさじで二杯と少し入れる。抽出が終わるまでの時間でトレーを出し、二人分のコーヒーカップと、自分用の大量のミルクと砂糖を用意し、少し待った。

 苦い飲み物は苦手な二乃だったが、喫茶店を営んでいるうちに砂糖を大量にぶち込めば一応飲めるようになったのであった。時々、店に顔を出してくれるマルオと一緒に飲んだりしたこともある。

 当時の記憶が蘇りつつある中、コーヒーの抽出が終わった。取り外しができるタイプのステンレスポッドとトレーをそれぞれ両手で持つと、マルオが待つダイニングテーブルへと向かった。

 

「お待たせ。それで話ってな……何その目?」

 

 言いながらマルオの対面の席に座る二乃だったが、対するマルオはややかっぴらいた目でトレーを凝視していた。

 

「……いや、君がこんな風に気を聞かせて飲み物を淹れてくれるとは思いもよらなくてね」

「少しはレディとして気を利かせられるようになっただけよ」

「これも、上杉君の教えかね?」

「──!」

 

 唐突な彼の名前に、目を見開くのは今度は二乃の番であった。

 マルオは隣の椅子に置いていたカバンから一つの封筒を取り出すと、中身を摘まみ出しトレーを避けるようにしてテーブルの上へと置いた。

 置かれた物は一枚の写真。映っているのはクリスマスデートの時の二乃と風太郎だった。二乃の人差し指が、風太郎の唇に触れている瞬間であった。

 自分の大切な思い出が、父とはいえ他人の懐から出てきたことに脳が沸騰する。

 

「何これ隠し撮りじゃな──」

「これは学校の関係者から送られてきたものだ。見られたくないのなら人目に付く場所での振る舞いには気を付けるべきではないのかね?」

 

 怒鳴ろうとした二乃。けれどその反応が分かっていたかのように遮って説明をするマルオの言葉は正論であり、言い返せなかった。

 テーブルの前で手を組むマルオ。

 

「単刀直入に聞こう。君と上杉君はどういう関係かね?」

「それは……」

「答えられないような間柄なのかね?」

 

 ジッと、二乃の反応を少しも見逃さないように目を細め、もはや睨んでいるとさえ形容できる眼差しを向けてくる。

 その目に、嘘をつけば状況が悪くなると判断した二乃は、極力状況が悪くないよう言い方にだけ気を付ける。

 

「私とふうたろ──上杉君は、付き合ってはいないわ。約束をしているから」

「約束とは?」

「上杉君が家庭教師の仕事をやり切るまで、私たちは付き合わないことにしているの。お互いの気持ちは確認し合った上で、誠実な向き合い方をしたいから」

「なるほど、良い判断だ。では家庭教師をやり切るまでとは具体的にはいつまでのことを指すのかい? 僕が彼に提示したノルマは『君たちを卒業させる』ことなのだが、高校卒業後まで待つつもりかい?」

「……! それは……!」

「まさか赤点を取らなくなった程度のことを指しているわけではないだろうね?」

「……」

 

 その通りであった。

 いくらなんでも赤点を取らなくなってすぐに、とまではいかずとも留年の心配がなくなればいいくらいのつもりでいた。

 そして、そんな判断基準さえ二乃の独断であり、実際に風太郎と認識を合わせているわけでもない。

 つまるところ、具体的には決めていなかった。

 マルオが話を続ける。

 

「まあいいだろう。今の話はあくまで、君と上杉君の関係を僕が認めたという前提の上に成り立つ話だ。重要なのはもっと前のところにある」

 

 マルオは続けて、カバンから新たに二枚の紙を取り出す。

 写真と並べて置かれたそれは、コピー印刷したもののようで画質はかなり荒い。紙にはそれぞれ、五つ子のテストの点数を複写したと思わしき写真が印刷されていた。

 

「これは転入してから今日までで二度行われたテストでの、君たちの成績だ」

「……!」

 

 また一つ、二乃の心臓が高鳴る。

 中間試験のテスト結果が出てくるのは非常にマズイ。何故ならばあの時自分は、父に合格したと嘘を吐き騙しているからだ。

 事実、紙面に印刷された点数には嘘であったと証明するように、中間テストの時の二乃以外の姉妹の赤点ラインを下回る点数がまざまざと印刷されている。

 

「僕は中間テストの時、君から姉妹全員で五科目全てに合格したと聞かされたと記憶しているのだが、あれは君じゃなかったのだろうか?」

「いえ……私が言いました」

 

 最早言い逃れのできない気まずさに、文字通り叱られた子供のように口調すら普段通りでいられない。

 

「二乃君も知っているはずだが、僕は今君が通っている学校の理事とは顔見知りだ。自分の家の娘の点数ぐらいなら、聞けば直接確認できる」

 

 だが、とマルオは続ける。

 

「それでも今までこのことを指摘してこなかったのは、何より嘘を吐いたのが君であったからだ。姉妹のことを最も気にかける君が、姉妹ではない上杉君のことを庇うような発言をしたのだから何か意味があってのことだと思っていた」

「その……あの時、ああいう風に言ったのは──」

「だがもしその意味というのが、君から上杉君に対する単なる個人的な感情が起因するものであったのだとしたら、少々僕は君を買いかぶっていたようだね」

「……!」

 

 マルオは写真の上に指を置く。

 

「改めて説明してもらおうか。君が嘘を吐いた理由と、一度目ならず二度目のテストでさえ姉妹全員の赤点回避ができていない状況で、君と彼がこのようなことをしている合理的な理由を」

「……」

 

 二乃は答えられない。

 全てマルオの言う通りであるからだ。

 今の世界に来てからの、二乃の行動のほとんどは風太郎のためにしてきたことだ。

 風太郎は真面目にやってくれている。自分の気持ちよりも、仕事への誠意を優先して今だって付き合っていないのだ。

 なのに、どうして上手く行かない? 

 何故よりにもよって一番最悪な部分が切り抜かれて写真という形になっているのだと、運命というものを呪いたくなってくる。

 今の世界ではまだ、二乃が知らないだけでなければ風太郎とマルオに直接の面識はないはずだ。仕事のやり取りくらいは電話でしているかもしれないが、元々仕事を取ってきたのは風太郎の父、勇也だ。

 だから契約上の甲乙はマルオと風太郎かもしれないが、実際にビジネスの取り交わしをしたのだって勇也のはずだった。

 つまり、マルオから風太郎への印象というのはプラスでもマイナスでもなく、ゼロだ。

 ただ純粋に、娘に近づいてきている男だからというどう頑張ってもマイナスにしか転じない要素に対して、サイコロを振ったら6が出てしまったかのように最も悪い状況となるよう倍掛けされてしまっているのだと二乃は状況を読んでいた。

 だからこそ、答えられない。

 合理的な説明を、などとマルオは言っているが言葉の裏では"自分を納得させてみろ"という酷く曖昧な問いかけをしてきているのだ。

 そんな都合のいい答えを二乃は持ち合わせていなかった。

 黙り続ける二乃に、ため息を一つ漏らすマルオ。

 

「残念だ。君ならもしかすると、納得のいく答えを聞かせてくれるかもしれないと思ったのだが」

「待って! それでも彼はちゃんとやって──」

「社会に出たことがない君には分からないが、ビジネスの世界では結果が全てだ。何より彼は、娘が父に嘘をつくようになってしまうほど、君たちを堕落させてしまうらしい。これ以上、僕が彼を雇用し続ける理由はないだろう」

「──!」

 

 逃れることができたと思っていた、風太郎が家庭教師を辞任するという運命が、形を変えて舞い戻ってきたかのようだった。

 

「来期からは別の家庭教師に変える。彼は解雇し、二乃君、君との学校外での接触禁止を言いつける……守らないようなら、転校だってあり得ることを覚悟しておくことだね」

 

 言い終えると、二乃が入れてくれたコーヒーをカップに注ぎ、ブラックのまま一息で一杯分を飲み干す。

 まるで娘の淹れてくれたコーヒーだから無駄にはできないというように、飲み干したカップに一瞬目を寄せた後……対面ではうな垂れたままである、その娘に対しては目もくれずに立ち上がり、再びリビングを出て行ったマルオであった。

 

 

 

 

 新学期となった。

 始業式しかない初日は休み時間もほとんどなく、二乃が学校で風太郎を捕まえることができたのは放課後になってからだった。

 

「風太郎!」

「二乃か……」

 

 廊下で呼びかけると、風太郎からの反応はしょぼくれたものだった。

 

「お前の親父さんから連絡があった……俺は」

「私もパパから直接聞いたわ……ねえ、これからどうするの?」

「分からん。復帰の条件を言われたわけでもないし、クビにされた原因が成績だったらやりようもあったんだが……」

 

 考えながらも、苦い顔をする風太郎。

 昨日の昼過ぎのやり取りによって、マルオが風太郎との関係に確信を持ったのだとすれば、風太郎に解雇の連絡が行ったのはその後だろう。

 そんな短時間では流石の風太郎でも対策は思いつかないようだった。

 風太郎が困っているなら、自分がしっかりせねばと二乃は気を張った。

 

「とにかく、パパの考えを変えさせる案を出しましょう。私達、学校の外じゃ会っちゃいけないなんてことまで言われちゃったんだから……このままだと私達……」

「ああ、考えておく」

「考えておくって、今一緒に考えてくれるんじゃ──」

「お前たちの家庭教師がなくなった分、家の収入が落ちた。別のバイトをして補填しなきゃならない」

「は……?」

「幸い一花との個人的な契約までは親父さんにバレてないらしい。あいつを卒業させるためにも、俺もあいつの事務所にも金を払い続けなきゃならねえし、とにかく金が足りないんだ」

 

 すまない、と申し訳なさそうにしながらカバンを背負いなおす風太郎。

 風太郎の言い分も理解できるものではあった。自分が風太郎と姉妹を同列で扱うくらい大事に思っているのと同じように、風太郎にとってだってらいはの生活を守らなければならないのだろう。

 元々風太郎は家庭教師以外のバイトだってしていた。それを割のいい家庭教師という仕事が入ったから辞めている。

 そして今はそれがなくなり、唯一残っている清掃のバイト代さえ一花との約束を守るために消えている。

 つまり、上杉家の収入は現在、これまでと比較して純粋にマイナスとなっているはずだ。風太郎が別の仕事を探すことが優先になるのも頷けるのであった。

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ一花との契約を切ってしまえばという考えも思い浮かんだ。

 しかしそれは即座に二乃の中で否定される。そんなことをしたって心残りが残るだけだし、風太郎と胸を張って付き合えなくなる。

 一花と一緒に卒業したいという気持ちだってある。

 

 ならば自分がバイトを始めるというのはどうだろうか、と続けて思案する。

 REVIVALは今バイトを募集しているだろうし、そこで得た収入を一花の事務所に支払う分へ充当し、風太郎の収入はそのまま上杉家のものとすれば──

 

(ダメね……結局新しいバイトを見つけるって案が形を変えただけよこれは。風太郎との時間が作れなくなるって問題は解決できてないわ)

 

 何より、時間を作ったところで学校外で会えるわけでもないし、会ったところですることは頭を捻ることだけだ。

 それならば一緒に居なくてもできる。

 今、無理やり学校外で会おうとすることは、バレれば転校させられるかもしれないというリスクがある。それが二乃だけなのか、姉妹だけなのか明言はされていないが、姉妹達ならば全員付いてくると言い出しかねない。

 だから言葉だけの接触禁止命令だが、今は従うしかないのだった。

 ここまで考え、今はとにかく上杉家の家系の問題をなんとかするという目の前の問題を解決することしかやはり思い浮かばなかった。

 八方塞がりという言葉が脳裏をかすめたが、そんなはずはないと頭を振った。

 

「分かったわ。パパを説得させる方法は私も考えてみるから、今は風太郎は自分のことを何とかしなさい」

「すまん」

 

 それだけ言うと、風太郎は二乃を後にして帰宅していった。

 

 

 

 

 次の土曜日、マルオが新しく見繕ったという新しい家庭教師が早速訪問してきた。

 リビングの座敷テーブルに並ぶ一花以外の四人と、四人と二階へ上がる階段の間に置かれているダイニングテーブルに座る一花。

 そして、座敷テーブルとテレビの間に立つ眼鏡をかけたスーツの女性。

 

「私が今日からお嬢ちゃん達に新しく勉強を教えさせてもらう、下田ってもんだ。よろしくな」

「よろしくおねがいします」

 

 快活な声で自己紹介をする下田という女性とは対照的に、やや暗いイントネーションで挨拶を返す姉妹達。

 二乃以外の姉妹達にも、風太郎の解雇の話は行き届いていた。

 当然のように、マルオを抜いての家族会議だって即座に行われた。

 けれども有効な案は出ず、唯一四葉が提案してきた、

 

『だったら、全員で別の家へ引っ越しちゃうなんてどうかな!』

 

 という案さえ一蹴された。

 おそらく、例のノートで知った前世での出来事を元に言っているのだろうが、あの時とは状況が違った。

 前世では自主的に家庭教師を退任した風太郎だったが、それに合わせてマルオから言いつけられているのは『家への侵入の禁止』だった。

 実質的な姉妹達全員との学区外での接触禁止を言いつけたつもりだったのだろうが、マルオの什麼生に対する姉妹達の説破は『なら自分達が家を出る』という一休さん顔負けの屁理屈であった。

 しかし今回は二乃が名指しでの、はっきりとした接触禁止という明言なのである。

 それ故、二乃以外の姉妹からすれば風太郎は家庭教師を辞めただけ、一花に至ってはノーダメージなのだが、それでも解決策はないかと頭を捻ってくれた。

 しかし、シンプル故に、姉妹達でさえ答えは出なかった。

 そして現在へ至り、本心では納得がいっていないまま新たな家庭教師を迎えた結果の反応であった。

 

「なんだよお嬢ちゃん達、全員根暗か!? マルオの陰気が移ってんじゃねえだろうな!? かぁー、やだやだ」

「……あの」

「なんだいお嬢ちゃ……ちょい待ち、えっと、二乃ちゃんだな」

 

 おずおずと手を上げた二乃に対して、下田は手帳を確認してから名前を言い当ててきた。おそらく見分け方がメモされているのだろう。

 二乃は下田が自己紹介で名乗った時から気になっていたことがあった。確か遠い記憶だが、前世では五月が教職になるために世話になった人も同じ名前だった気がする。

 自分がまったく知らないところでの話だし興味もなかったから聞かなかったのだが、何故五月があれだけ慕っているのかだけは気になっていた。

 その答えとして、今さっきの下田からマルオへの言い様に一つの可能性が見えた。

 

「下田さんは、父とはお知り合いなんですか?」

「ああ、同級生だな。ついでに、私の前任だった小僧の風太郎だっけか? あの子の父親の勇也もな」

「!」

 

 下田の回答に驚いたのは、二乃よりも他の姉妹達だった。

 二乃はある程度事情を知っていたが、姉妹達からしたら寝耳に水の話だったであろう。

 二乃も、マルオと勇也が元々顔見知りだということは知っていた。その輪の中に下田もいるということだけは初耳だった。

 

「ま、そんなわけで勇也んとこが駄目になっちまったから私のところに話が来たってわけよ。身内にばっかり仕事の話持ってくるって、お嬢ちゃんらの父親友達少ないんじゃねえのか?」

「それは、私たちにはわかりませんが……」

 

 ずけずけと聞いてくる下田に、困り顔で応対する二乃。

 けれど、三人が顔見知りだとすれば、もしかしたら知っているかもしれないと思い、二乃は気になっていたことを聞く。

 

「勇也さん……風太郎のお父さんからは家庭教師の交代のことで、下田さんに何も連絡ってなかったんですか?」

「二乃ちゃん、それ聞いちまうか」

「え……」

 

 問いかけに頭を押さえるフリをすると、顔をしかめる下田。

 

「連絡なんてレベルじゃねえさ。あの日、私に家庭教師の話が来た時は勇也、後は当事者だった風太郎君の三人でマルオの勤務先へ話しに行ったんだよ」

 

 それもまた、初耳だった。

 

「やばかったぜ、勇也の野郎怒鳴りちらかしやがって、あんなにキレてるあいつ見るのはそれこそ高校以来だったぜ」

「……」

 

 その光景は、二乃にも想像できた。

 元々今回の話ははっきり言えばマルオの私情による契約の強制的な打ち切りだ。

 前世では風太郎からの希望による退任だったが、今回はマルオ側からの理不尽な解雇通知にあの勇也が黙っているとは思えなかった。

 

「それでもまあ話は何とか今の形に落ち着いたし、その後は風太郎君と私で引き継ぎもしたよ。だからお嬢ちゃん達の学力も大体把握してる……んで思ったんだけどさ」

 

 下田は少し離れて様子を見ていた一花へと目を向けた。

 

「一応私は次女から五女までの四人を教えることになってるんだけど、二乃ちゃんはめっちゃ頭良いし、代わりに教えなくていいって言われた長女の一花ちゃん? あんたの方が勉強した方がよさそうなんだけど、教えなくていいのかい?」

「あはは、私は学校を休学してますので……」

 

 急に話を振られ、困ったように手を振る一花。

 よもや、今も裏でこっそり風太郎から勉強を教えて貰っているとは言えまい。

 

「まあ、お嬢ちゃん自身がそういうならいいんだけどさ……さて、長話しちまったな。そろそろ授業を始めさせてもらうぜ。お嬢ちゃん達のお母さんに教わった分、お嬢ちゃん達相手でしっかり恩返しさせてもらうよ」

「お母さん……!」

 

 反応したのは五月であった。

 

「あの、お母さんに教わったって……下田さんはもしかして──」

 

 その後、授業はなおも始まらず、五月からの質問によって下田から零奈の昔話が前世の時同様に説明がされたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 僕の名前は武田祐輔。

 旭高校に通う二年生であり、学年二位の実力を持っている。

 人から言わせればこの順位は凄いことなのかもしれないが、僕自身は決して納得ができていない。

 何故ならば僕は、この学校に来てから一度もある人物に勝てたことが無いからだ。

 上杉風太郎。万年学年一位の男。

 僕は日々、この男を超えるべく切磋琢磨しているが成果は実を結んではくれない。

 というより、上杉君が毎度全テストで百点を取っているということらしいから、僕は彼を二番に追い落とすことは難しく、できても同率一位になることだろうと考えていた。

 そんな彼が最近は様子がおかしい。

 学校が終わればまっすぐ帰宅していたはずなのに、今では図書室に入り浸って転入生の女子達と駄弁りあっている。

 様子からして勉強を教えているらしいが、彼らしくも無ければ勉強が捗っているようにも見えなかった。

 このままでは自分は上杉君の堕落によって目的を達成してしまう、そう考えて入手した彼と転入生の子の一人がクリスマスの日に一緒に外出している写真を父へと送った。

 それからというもの、彼は元通りになった。

 まっすぐ帰宅し、それ以外の時は勉強をしている。

 今でも時々、写真の子と話している姿は校内で見かけるが、図書室に入り浸ることもなくなった。

 これで彼は元通りになり、めでたくというべきか、悲しむべきなのか、僕は()()()()()の学年末テストでも二位に終わった。

 勝負に負けたが、きっとこれで良かったのだと思う。僕は僕の実力で彼に勝たなければならないのだから。

 そう、思っていた。

 テスト返却の次の登校日、彼は変わらず一位を取ったとは思えないほどに、見るからに落ち込んでいた。

 僕は僕自身、彼の恋路を邪魔したという認識はしている。彼にとっては辛いことだろうし、恨まれる覚悟もあったのだが、全ては彼のためだと思っていた。

 だけど、その日の彼はどうにも様子がおかしかった。

 もしかしたら、例の子にフラれてしまったのだろうか。

 僕もまた、彼と同じように勉強にまっすぐだった人間のため失恋の辛さというものを実体験していない。

 けれどきっと、乗り越えられるものだと思っていたのだが、この世の終わりのような顔をしている彼を見ると段々と自信がなくなってきたのだった。

 だから僕は話をすることにした。

 上杉君にではない。

 あの写真の提供者にだ。

 放課後の時間を使って、僕は彼女を呼び出した。

 

「君の言う通り、父へ貰った写真を渡したが本当に良かったのかい? 上杉君の相手は君のお姉さんでもあるんだろう? 中野四葉さん」

 

 彼女は僕の問いに、苦し気な顔をしながら答えた。

 

「あのままでは上杉さんはきっと、私達が勉強を邪魔したせいで学年一位じゃなくなってしまいます。それは武田君にとっても、あまり良くないことですよね? だから、これでいいんです」

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