ホテルから出てきた二人を目撃した後、二乃は重い足を引きずりながら帰宅した。
今さっき通ってきたというのに、帰り道の記憶が無い。頭の中は何かを考えているということもなく、ただぼんやりとしたままだった。
ただ、体が染み込んだ動きを繰り返すだけかのように、エントランスでカードキーを差し込み、エレベーターに乗り、玄関の鍵を開けた。
玄関に入り靴を脱いでいた時、脱ぎっぱなしのスニーカーが目に入った。四葉の靴だ。
途端に、つい先ほど見た光景が脳裏で再生されふつふつとした気持ちが沸きあがる。
マンションに入るとリビングでは五月がテレビを見ながら大福にかぶりついていた。
入ってきた二乃に気づく五月。
「おかえりなさい、二──どうしたのですか! ずぶ濡れじゃないですか!」
未だ豪雨の中を走ったせいで濡れてしまった服は乾いておらず、五月が慌てて立ち上がった。二乃の脇をすり抜けて脱衣所からタオルを取りに行こうとする。
対して二乃、五月のいう事には反応せず、俯いたままボソリと呟いた。
「……四葉は?」
「えっと、自分の部屋にいますけど……って、二乃!?」
返事を聞くなり二階へと向かった。
靴下も雨で濡れたままのせいで二乃が床を踏んだ後には足跡が残っていた。
四葉の部屋に着くなり、二乃はノックもせずに勢いよく扉を開けた。
「わっ! な、なに!?」
中では四葉が机に向かって漫画を読んでいた。しかし、いきなり入ってきた二乃に肩を跳ねあがらせて驚いていた。
無言のまま四葉の目の前まで近寄っていく二乃。
その様子に困惑しながらも四葉が立ち上がるなり、二乃は四葉の胸倉を掴み机の隣に鎮座している本棚へと叩きつけた。
四葉が背中を打った拍子に、棚からは何冊かの本が落ちた。
突然の仕打ちに対し、四葉は驚き、冷や汗を一筋垂らしながら恐る恐る口を開く。
「二乃、どうしたの?」
「どうした? それはこっちの台詞よ……私と一緒に生まれ変わってきたくせに、何でずっと黙ってたのよ……!」
「……! なんで二乃が知って……!?」
目を見開き、震える声でそう問いかけてくる四葉。まるで自分のことがバレるとは微塵も思っていなかったかのような口ぶりに二乃は虫唾が走った。
四葉に対し怒声を上げようとした時、部屋の外からも慌ただしい音が二つ聞こえてきた。一つは階段を駆け上がる音。もう一つは隣、三玖の部屋の扉が勢いよく開けられる音。
続けて廊下から五月が部屋へ飛び込んで来た。すぐ後ろでは三玖も控えている。
「大きな音がしましたが何事で──二乃、何をしているのですか!」
「邪魔しないで五──」
「待って五月!」
詰め寄る二乃を引き剥がそうとした五月であったが、それを静止したのは意外にも四葉であった。
二乃を羽交い絞めにしようとしていた手を止め、五月は四葉を見る。
「悪いけど、二乃と二人だけにさせて……大事な話してるところだから」
「とても話し合いをしていた様には見えません……せめて私達もこの場にいさせてくれませんか?」
「お願い、五月。三玖と下へ行ってて」
「……何かあれば、すぐに呼んでください」
納得していないようだが、それだけ言い残すと五月は部屋の外へ出て行く。
去り際に扉を閉めて行ったが、最後まで二人は心配げな目をこちらへ向けてきていた。
階段を下る音が聞こえなくなるまでジッとした後、話を続けんと二乃が言う。
「今まで裏でコソコソやってきたのがバレたくせに、ずいぶんな態度じゃない……正妻の余裕ってやつかしら?」
「余裕なんて、ないよ……離してくれないかな。苦しいよ」
「……」
四葉に言われるまでずっと掴みっぱなしだった襟首は、段々力が入っていたようで半ば首を絞めるようになっていたことに、言われて気が付いた。
苦情を言ってくる四葉の言い方すら、上から目線の余裕のように感じてしまった二乃は、舌打ちをしてから手を離した。
「はっきり聞くわ。風太郎が家庭教師を辞めることになったのは四葉、あんたの仕業ね」
「……うん」
「そんなことをした理由は、私と風太郎を会えなくさせること……それと、あんたが旦那を取り戻すため……そういうことよね?」
「…………うん」
一つ一つ、四葉の反応を伺いながら質問をしていく二乃に対して、四葉はずっと俯いたままであった。
「……あんたが本当に前の世界にいたころの四葉だったら、こんなことする気持ちも分からないでもないわ。でもあんた、私を応援してくれるって言ったじゃない。あれは嘘だったの?」
「嘘、じゃなかったよ。あの時は本当に二乃と風太郎が結ばれてほしいって思ってた」
「なら何で今になって──」
「キャンプファイヤーの時だよ」
「──!」
「あの時、二乃と風太郎が何か話した後、二人で踊り始めたのを、部屋から見てたんだ。そしたら、それまでずっと抑え込んでた気持ちが抑えきれなくなったの」
「抑え込んでって、何でそんなことするのよ? 私が戻ってきたって分かって時点で話してくれれば良かったのに」
「言えないよ。二乃が、皆が死んじゃったのは私のせいなんだよ……?」
「四葉……!」
ここにきてようやく二乃は四葉の意図を理解した。
この世界に来るキッカケとなった飛行機事故。あれを自分のせいだと四葉は思っているようであった。
二乃は即座に首を横に振った。
「あれはあんたのせいなんかじゃないわよ! 誰も予想なんてできなかった、運みたいなものよ!」
「でも、行先を決めたのは私なんだよ!?」
「それがなによ! 仮に旅行の行先が私の希望したところになって同じ目に合ったとしても、あんたは私のせいだっていうつもり!?」
「それは……」
そんなわけがない、という顔だった。
貧乏くじを引いたのが自分だったから、自分のせいだと四葉は思ってしまっているだけなのだろう。
普段ならば、四葉らしい、の一言で済んだかもしれないが今回ばかりはそれで済まない。
「勝手に自分のせいだって決めつけて身を引いたのに、土壇場になったらやっぱり彼を渡したくないですって? 半端なことしてんじゃないわよ! あんたが最初から正直に言ってくれてたら……私は、こんな思いを……」
しなくてよかったのに。とは声が途中で震えてきて最後まで言えなかった。
二乃は、今こんな状況になったからこそ、四葉の気持ちがわかってしまうのだった。
風太郎から愛されることの幸せを。彼に胸を張って好きだと伝えられる喜びを知ったからこそ、それを失うことが堪らなく恐ろしい。
だから、裏でコソコソしてでも彼を取り返そうとした四葉のことも、悪いことをしていると断じれない。
何よりそんな自分の嫉妬深さは昔から知っていた。高校の修学旅行の時、三玖と仲良く回る彼の背中に思わず飛びついて川へ突き落してしまったことだってあるのだ。
降ろした手が握りこぶしを作って、行き場のない感情を発散することもできずに震えた。
「あんた言ったわよね!? 彼のことがどれだけ好きなのか、この想いの強さを見ててほしいって! こんな事になるのがあんたの想いなの!?」
「ちが、私は、本当に二乃のことが──」
「あんたがすぐに打ち明けてくれてたら、私は退いてたわよ!」
「私は二乃に幸せになってもらいたかっただけだよ!」
「私は四葉に幸せになってもらいたいと思ってたわよ!」
同時に同じことを言い合う二人は、二人揃って顔を上げて互いを見合った。
四葉だってきっと嘘ではない。どちらも姉妹のことをちゃんと想いやっているはずなのに、どうしてこんなことになるのか。
四葉が最初から話してくれていれば。
あんな事故さえ起こらなければ。
私が、彼のことを好きにさえならなければ……
そうして考え、どれもたられば話に過ぎず、結局四葉は起きてしまった出来事に対して四葉らしく対応してきた結果が今なのだろうという考えに至った。
だから今まで話してきたことは、四葉にも落ち度はあれど責めようとも思えない。そんな考えであった。
だけど、一つだけ許せないことがあった。最も直近での出来事だ。
その一点だけは、ずっと二乃の中で煮えたぎるような感情が渦巻き続けている。
「彼を取り戻したい気持ちは理解してあげられるわ……でも、自分の体を使うなんてどういう品性してるのよ」
「体……?」
「とぼけないで。今日、風太郎とあんたがホテルから出てくるところを見たわよ」
「──! 待って二乃! それは違う!」
「何が違うのよ! 気づいてなかったかもしれないけど、私はしっかり見たわよ! 見せつけるように彼の腕に抱き着いてるあんたの姿を!」
「お願い話を聞いて!」
「あんた達新婚旅行が初めてだったんでしょ!? それがなに、一回シたらもう恥ずかしいことはないって? だからってそんな、他の姉妹じゃできないような手段を取るなんてどうかしてるんじゃないのこの淫ら──」
バチンッ、という激しい音と共に頬に熱い感触が響いた。
視界が同時にブレ、それが四葉のビンタによるものだと理解できたのは数舜遅れて後のことだった。
対する四葉は、手を出した側だというのに辛そうな顔をしている。
「ごめん。でもお願い、ちゃんと説明をさせて」
「……ありがと。今ので目が覚めたわ。よくわかったわよ、あんたがどういう奴なのか」
「二乃!」
「うるさい!」
吐き捨てるようにして、体を反転させて部屋の外へ出ようとする二乃。
途中、四葉が肩を掴んだが振り払った。さっき引っ叩かれた手前、こっちも加減をせずに手を振りかぶると当たりこそしなかったが、拍子で四葉が尻もちをついた。
その光景を尻目に、手を貸すこともせず、むしろ駆け足で部屋を飛び出すと階段を駆け下りた。
一階でテレビも付けず神妙な面持ちをしていた三玖と五月が驚いたように見てくる。
「二乃、どうしたのですか!」
「──!」
返事はしない。
二人をすり抜けてリビングを飛び出すと、そのまま勢いでマンションを飛び出した。
あんな気持ち悪いやつと同じ家に一秒だって一緒にいたくなかった。
勢いのまま外へと出た二乃は、あて先も決めずに体力の限界まで走っていた。
そしてその行先はと言えば、意図的に決めていなかったにも関わらず自然と風太郎の家へと向いていたようだった。
ただ、タクシーを使ったって五千円近くかかる距離を二乃の体力では一息で行けるわけもなく、その手前の商店街通りで底を付き、立ち止まっていた。
その時であった。
「二乃?」
「え……?」
風太郎の声がした。
膝に手を着き、俯いて呼吸を整えていた二乃であったが顔を上げれば確かに彼がいた。
普段着に着替えており、手ぶらの彼は疑問気にこちらを見ている。
「お前、こんなところで何やってるんだよ? ……ていうか、少し濡れてないか? まさか夕方の雨に降られてそのままなんじゃ」
「あ……」
その通りである。
ここに来るまで雨に降られた服のままだったが、流石に時間も経てば多少は乾いていた。
「何やってんだよ! 春になりかけっつってもまだ寒いだろ!」
そう言いながら自分の上着を脱ぐと、風太郎は近寄ってきた。
自分にかけてくれようと服を持った手を上げた瞬間、しかし二乃はホテル前で見た光景が脳裏を過ってしまう。
「いやっ……!」
寄せられた手を二乃は払いのける。
自分の手がぶつかり、持っていた服が地面に落ちた。
困惑した目を風太郎はこちらに向けてくる。
「なっ、どうした、お前?」
「ちが……ごめ……」
咄嗟に出てしまった自分自身の行動に、二乃は怯えるような目を浮かべるも言葉が上手く紡げなかった。
それが今頃になってようやく感じ始めた寒さ故か、はたまた風太郎に対する嫌悪感故か、二乃には分からなかった。
ここに至って二人の行動は周囲にも気づかれ始め、やや注目を集め始めた時であった。
風太郎の後ろから別人の声がした。
「待たせたな。会計くらい中で待ってりゃ良かったのに」
「あれー? 二乃さんだ。こんばんわ!」
勇也とらいはだった。二人はファミレスの出入り口から出てきたところだった。
そういえば前に聞いたことがった。上杉家は貧乏だが、たまの贅沢で近所のファミレスで外食をすることがあると。
二乃の記憶では今日は上杉家にとって何か特別な日ではなかったと思うが、テスト前の期間だし風太郎に発破をかける会だったのかもしれない。
二乃の存在に最初に気づいたのはらいはだったが、続けて勇也もこちらを見てくる。そしてすぐに二乃の服装と落ちた風太郎の服を見て、顔色を変えた。
「こんばんわ二乃ちゃん。俺たちは今出てきたところだから見てねんだが、風太郎が何かやっちまったか?」
「……いえ」
「そうか。なら、ここで立ち話もなんだ。俺たちも帰るところでよ、良かったら寄っていくか?」
半ば強引に勇也に連れられ上杉家へと二乃はお邪魔することになった。
家に到着するまでの間、風太郎は何度か話を聞こうとしてくれたが上手く返せず、重たい雰囲気が続いていた。
部屋に上がると、らいはの勧めでとにかくシャワーで体を温めることと服を着替えることにさせられた。
替えの服はどうにかできるとのことらしい。
浴室から上がると、脱衣所には別の服が用意されていた。ところどころキツイところはあるが、女性ものの服だった。
元々来ていた服は既に洗濯機にかけられていたようだし、乾いた服を着た今となってはまたあのじっとり濡れた服を着る気にもなれなかったので、大人しく借りることにした。
居間へ入ると、上杉家の三人ともくつろいでおり勇也が目を向けてきた。
「お、上がったか。嫁さんの服残しといてよかったぜ」
「これ、お母様のなんですか……」
上杉家に何故成人女性向けの服があるのかと疑問だったが、そういうことか。
風太郎と四葉の一件もあり、思考がそういう風に向きやすくなっているということもあり一瞬、如何わしい出所かと勘繰ってしまっていたため安堵した。
二乃は勇也の前に正座をすると、三つ指をついた。
「急にお邪魔した上、大切な奥様の服までお借りしてしまい、ありがとうございます」
「いいってことよ。捨てるに捨てられず箪笥のこやしになってただけだしな。こうして役に立つならあいつも喜んでくれるだろうよ」
そう言って、ガハハ、と豪快に笑う勇也。
けれどそれもつかの間、一転して神妙な顔つきになる。
「で、落ち着いたところでなんだが、良かったら話してくれねえか?」
「え?」
「町の中で会った二乃ちゃん、あの様子はただ事じゃなかったぜ。風太郎とも妙な空気になってたみたいだしな」
「……」
話しながら風太郎を横目で見る勇也。
この場に至るまでに何度もコミュニケーションに失敗している風太郎は、話は聞いているようだが気まずそうにしているだけだった。
黙ったままの風太郎を勇也は咎めることもせず、話を続ける。
「ここにはガキだが女のらいはもいる。男の俺らじゃ話せないことなら、一旦席を外したっていいからさ」
「酷い言い方をするお父さんは後でお説教として……二乃さん、私も二乃さんのこと心配してます」
「それは……」
説明はできない、というのが正直なところだった。
これまで何度も話す機会があっても話していない転生のことを皮切りに、息子である風太郎を姉妹で取り合っているとはいえるはずもない。
だからこの場は誤魔化すように言う。
「姉妹と喧嘩をしただけです。理由はその、色々ありまして……ごめんなさい。詳しいことはお話しできません」
「……つまり、家を飛び出してきたってわけか」
「……はい」
「家に帰るつもりは?」
「ありません」
「じゃあ泊まるあては?」
「……」
「まいったな」
短いやり取りだが、要するに文無しの家出少女というのが今の二乃の状況だと理解し、勇也は渋い顔をした。
豪快な性格の勇也のことだ、本来であれば事情も聞かずに泊まっていけと言いたいところだろう。
けれど今回は相手が二乃だから当惑しているはずだ。
未だ解除されていない風太郎と二乃の接触禁止令。無視したとしても、万が一マルオにバレれば面倒事は必至だろう。
バレた先で引き起こされる展開というのも、良くて怒られるだけ、最悪転校という話に広がれば意外と責任感のある勇也を後悔させてしまうかもしれない。
それでも悩んでいるということは、バレずに泊めてあげられないか、或いはマルオを説得する言葉を探しているのかもしれない。
だから二乃は先手を取ることにする。
実際、考えながら宿泊先にも一つ心当たりが思い浮かんだ。
「あの、やっぱり泊まる先があることを思い出したので、今日はこれで失礼させていただきます」
「ん、そうか?」
「はい。お洋服だけは後日洗濯してお返しさせていただきます」
「一応なんだが二乃ちゃん、確認だけどよ」
「何でしょうか?」
「あてがあるってのは嘘じゃねえよな?」
「はい。長女の一花が仕事先のホテルに泊まっているので、こっそり泊まらせてもらいます」
「連絡はこれからか?」
「……そうですけど」
「ふむ」
すると勇也は一度、顎に手を当て考える素振りをした。
おそらく一花は一人部屋に泊まっているだろうからベッドを共有することになるが、それは然程抵抗感はない。
勇也が気にしているのは万が一、一花に連絡がつかなかったり断られた場合や、そもそもこっそりと言ってる時点で一人分の宿代しか払ってないところにもう一人忍び込むことが問題と考えているのだろう。
事実、思案を終えた勇也は財布を取り出すと一枚の万札を取り出し突き出してきた。
「宿代と電車代、これで足りるか?」
「親父! んな大金」
「っるせぇ! お前は黙ってろ!」
「……!」
金銭のやり取りとなるや否や口を挟んだ風太郎を、勇也は一喝した。
本物の元アウトローの怒声は、直接言われたわけではない二乃ですら思わず背筋を伸ばし、ビリビリとしたものを感じさせた。
事情を何も知らないはずだというのに、何故そんなに強く風太郎に当たるのかとも思ったが、今の一声の後では言い出せなかった。
ただ一人、声を上げた当人である勇也は一喝する前と何一つ変わらない、こちらを慮る様子に戻ると札を二乃の前に置いた。
対して、二乃は三つ指をついたままであったが、更に深々と頭を下げた。
「上杉君のお父様……お心遣いありがとうございます。このお金は後日、父に借りましてでもお返しをいたします」
「いらねえよ。それよりお姉さんのところまでは一人で行くんだろ。女の子の夜の一人歩きはあぶねえし、ましてや今のお前さんは少し危なっかしい。気ぃ付けろよ」
二乃を送り出した後、勇也は
あの様子の二乃に心当たりはないこと。二乃と勇也が会話している間に、裏では五月とメールでやり取りをしていたらしく、どうやら四葉という四女と喧嘩をしたらしいということだけは聞けた。
頭を一度かくと、今度は自分の携帯を取り出す。それと同時に脇で様子を眺めるだけだった風太郎へ呼びかける。
「風太郎よぉ、こういう時、年は食いたくねえって思っちまうな」
「息子にする愚痴かよ。それに何だ急に」
「あんな様子のお嬢ちゃんを見ちゃ、俺だって何とかしてやりてえ。だけど俺は大人として、親として正しいやり方でしか動いてやれねえ。きっとこのやり方は二乃ちゃんは喜んでくれねえだろうな。お前はしっかりやれよ」
「……だから、なんだよ」
最後の風太郎の言葉には反応せず、通話ボタンを押す。
数度のコールの後、聞きなれた男の声……マルオの声が電話の向こうから聞こえる。
『何の用だ』
「今うちにお宅の子が来たぜ。次女の二乃ちゃんだ」
『ほぉ……』
電話越しのマルオの声が一段低くなる。
『それは二乃君が僕との約束を破ったということかな? だとしたらお前が告げ口とはらしくないじゃないか』
「ちげえよ、道端で拾っただけだ。確か姉妹の娘と喧嘩して家を飛び出したとか言ってたな」
『初耳だね』
「やっぱり何も知らねえか……安心させるために先に言っとくが、長女んところのホテルに行くとも言ってたぜ。大事な娘なら目を離すんじゃねえよ。尋常じゃねえ様子だったぜ、あの子」
『というと?』
「風太郎を見て怯えやがった。うちのガキにはこれから詰めて吐かせるけどよ、もし何にもボロが出なかったらお前んとこの家庭内で何か起きてるぜ」
『今の話ではお前のところの息子が元凶としか思えないのだが?』
「だからそれをこれから確かめるっつってんだろうが。安心しろ、こういう時にちゃんと仕事するのはお前も知ってんだろ」
『あまり学生のころを思い出させるな。お前のせいで頭痛の種が何個できたと思ってる』
「懐かしいだろっ」
『ふざけるな……だが、連絡してきたことには礼を言っておこう。僕も後で娘たちとは話してみる』
「仲直りさせてやれよ」
『……近々、家族旅行を考えてたところだ。それを有効活用するさ』
そこで電話は切れた。
勇也も携帯を耳から話すと、しまい直して風太郎へと向き直った。
対して風太郎、今の電話でのやり取りが全て聞こえており滝のような汗を顔面から流していた。
「と、いうわけだ」
「待て! 俺は何も知らねえ!」
「本当かどうかはこれからわかる。安心しろ、大事な息子だから加減はしてやる。お前は何もやってねえってことも俺は信じてる」
「信じてるならその拳は何だよ!?」
言いながらポキポキと指を鳴らし、風太郎へと距離を詰める勇也。
その日の晩、一晩かけて風太郎への尋問は執り行われたという。