二乃の人生二周目フー君略奪大作戦   作:真樹

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29_風太郎ゲーム ~最後の作戦が二乃の場合~

 あの日、二乃と風太郎の二人が私を助けてくれた後、旅館へ戻るなり旅行はすぐに中止となった。

 二乃と風太郎は病院へ送られることになり、出発の直前に二乃は姉妹達に対して、四葉は悪くない、キチンと説明したいから今は四葉を責めないでほしいとだけ言い残していった。

 そのおかげもあってか、それ以降に四葉への叱責も追及もなく、ただどう接したらよいか図りかねる姿を見させられる時間が過ぎて行った。

 そうして、旅行の日から一週間が経過した、土曜日。

 三年生の新学期も始まった後の最初の休日。

 

「上杉さんが、私とおでかけ……?」

「ああ、お前の用事がなければだけどな」

 

 家の前まで来ているから出てきてほしいと連絡を受け、一階エントランスの自動ドアまで行くと風太郎が待っていた。

 インターホンで呼ぶのではない辺り、まだ家の中にいる姉妹達に秘密で、ということだろうか。

 どういうつもりなんだろう。

 

「ダメですよ、二乃にヤキモチを焼かれてしまいます」

 

 あの日から一週間、私は一度も笑えてない。

 学校には何とか行けているけど、ただそれだけ。

 ずっと頭の中ではあの頃の風太郎との思い出を想像しては、落ち込むのを繰り返していた。

 だから今、こうして風太郎を目の前にするのもちょっと嫌だけど、これまで散々迷惑をかけてきたのだから心配させるような姿は見せられない。

 なるべく明るく、普段通りの私に見えるように努めて返事をした。

 

「二乃になら許可をもらってる。ほら」

 

 風太郎が携帯の画面を見せてきた。確かにそこには二乃のアドレスから『風太郎と楽しんできなさい』という、自分宛のメッセージが書かれていた。

 携帯から顔を上げて、風太郎を見る。

 

「わかりました。ですがもう一つご質問です……どうして私をお誘いに?」

「それは……」

 

 風太郎の言葉が詰まらせた。

 口元を片手で覆い、目線を斜め下へ逸らすとその場で考え込んだ。

 風太郎の性格からして、考えなしで行動するとは思えなかったし、考えてなかったならハッキリとそう言う。それに二乃に許可をもらっているなら浮気目的なんてこともないんだろう。何より風太郎の気持ちの向き先は、この前しっかり確認している。

 

「わかりました、言えない事情があるのですね。とりあえずはご一緒させていただきます……私は上杉さんにも、大変なご迷惑をおかけした身ですから」

「そ、そうか……」

「はい、どこへでもお供しますよ」

「なら早速行くか」

 

 

 

「……ここは」

「好きなものを好きなだけ頼んでいいぞ。今日は俺のおごりだ」

 

 最初に風太郎に連れられてきたのはファミレスだった。それも私が知っている店。

 あの頃の風太郎と、付き合い始めてから初めての二人だけのおでかけで来た場所。

 どこへ連れていかれるのかと不安だったが、普通過ぎる場所にこの後で何か予定があるのだろうかと、再び疑問に思う。

 それにだ。

 

「おごりって、無理しないでくださいよ。上杉さんのご家庭の事情は知っているんですから」

「ん、お前に話したっけか」

「日ごろの上杉さんを見ていればわかります」

「そうか」

 

 風太郎と相談しメニューを決めると、店員を呼んで注文をした。

 店員と話しているのは風太郎であったため、その隙に私はグルリと店内を見渡した。

 店内には私たちの他にもまばらにお客さん達がいるが、年頃の女の子四人組の影は見当たらない。

 どうやら他の姉妹達がついてきているというわけでもないらしい。

 注文を終え店員が立ち去ると風太郎がこちらへ向き直った。

 

「どうした、四葉?」

「あ、いえ、なんでもありません。知り合いを見たような気がして」

「そうか。いたのか?」

「気のせいでした。それより上杉さんこそ、さっきの注文の時にクーポンを使い忘れていませんか?」

「あー、本当は使いたかったんだけどな……」

 

 そう言うと、風太郎は窓の外を見て気まずそうに頬を掻いた。

 まただ、さっきと同じで何か困ったような顔をする。だからこれ以上聞くことはやめることにした。

 

「では話題を変えましょう。もうすぐ修学旅行ですね」

「その前に全国模試があるだろ」

「それはまあ、そうですけど……やはり三年生の一学期最大のイベントといえば修学旅行の方ですよ」

「俺としては全国模試も一大イベントなんだけどな……」

「それで?」

「それでって?」

「二乃とはどういう旅行にするご予定なんですか?」

「まだ班だって決まってないからあいつと一緒に回るかはわからん。そもそもお前ら姉妹で班を組むだろ」

「それは、どうでしょうか」

 

 とてもそんな流れになるとは思えなかった。

 私がしたことはもう、二乃だけじゃなく他の姉妹達にだって伝播している。今更仲良くしましょうと、仮に私が贖罪のため奮起したとしても、受け入れてもらえる未来も考えられなかった。

 むしろ二乃と風太郎が二人の班を作るというのが、自然な想像だった。

 

「高校生活で一度しかない修学旅行なんです。やはり二乃は、上杉さんと回るべきですよ」

「まあ、どうするかはその時になってから考えればいいだろ。あいつの意見だって聞きたいし、案外、お前も班に入れるって言い出してくるかもな」

「そんなの、あり得ません」

「なぜそう言い切れる?」

「当り前じゃないですか。この前のことをお忘れになったわけじゃないですよね?」

「二乃も言ってただろ。お前は悪くないって。お前のしたことは確かに大勢の人間を巻き込んだことだったが、それは全てそうしなければならない理由があったからだろ」

「その理由を上杉さんは知らないじゃないですか。知らないのにどうして二乃の言葉を信じられるんですか」

「……」

「まただんまりですか……わかりました。これ以上この話はやめましょう」

「やけに聞き分けがいいな……」

「それだけのことをしたんです。私は」

 

 

 

 あの後すぐに料理が届いた。ファミレスの料理提供の早さは日ごろからありがたかったが、今日ほど感謝した日はなかった。

 黙々と料理を消化するだけの時間が過ぎ、食べ終わる頃には風太郎は次の場所へ案内すると言い出した。

 続けて案内されたのは、図書館だった。

 

(ああ、そういうことか……)

 

 ここまでくれば、一つの可能性が想像できた。

 このデートプランは二乃が組んだものなのかもしれない。

 落ち込む自分を励ますために、あの時のデートを再現させているのかもしれない。

 だとしたら二乃は、随分と残酷なことをしてくれると思った。

 こんなことをされれば未練は強まるだけだというのに。

 

「顔色悪いぞ、大丈夫か?」

「え? あ、すみません。少し考え事をしていただけです。何でもありません」

 

 ここでも適当に話をして時間を潰した後、次の場所へ移動するのだろう。

 そしてその場所が、あの公園であったなら間違いない。

 かつて風太郎と二人で訪れた、風太郎にとって思い入れのある場所。だけどこの時代では一度も連れて行っていない場所。

 知らないはずの場所へ上杉さんが私を連れて行ったら、間違いない。

 自分の思い出を利用されているような気がして、二乃に対して少しだけ土足で踏み入られたような気持ちが沸いた。

 でも、私は受け入れるしかない。

 あんなことをしたのだから。

 やり方を間違っていても、二乃が私を想ってしてくれているのなら、私は受け入れ従うしかないのだろう。

 だから私も、その作戦に乗ってあげることにする。

 あの頃は確か、進路の話をしただろうか。

 

「そういえば、進学活動もそろそろ本格的にやらないといけませんね」

「お前からそう言ってくれるとは……! ついにやる気を出してくれたか!」

「私は元々やる気でしたよ! ただ少しおばかだっただけで」

「少し?」

「イジワル言わないでください!」

 

 言いながら一冊、本を手に取る。

 

「もし私が進路を考えるなら、私はやっぱり誰かのサポートをして支えることが自分に合ってると思います……例えば、スポーツインストラクターを目指すなんてどうでしょう」

「いいんじゃないか? お前らしい、長所も生かした職業だと思う」

「まあ、私の夢はもう諦めざるを得ないから、この選択ってのもあるんですけどね」

「……」

「二乃の夢はもう聞きましたか? やはり自分のお店を開くんでしょうか。ケーキ屋さんとか、喫茶店とか」

「ああ、あいつ料理上手いもんな。でも確か、俺と同じ大学を狙うって言ってたぞ」

「え?」

 

 初耳であった。

 元々進路の話など風太郎がいない場所で姉妹達から上がることなどそう無いのだが、それでもてっきり二乃も前と同じ道を選ぶのかと思っていた。

 だけど確かに、言われてみれば今の二乃ならば東京の大学だって目指せるかもしれない成績を出している。

 元々姉妹の中では成績アップの速度は早かったし、今の時代では目的は不純であれど風太郎に迫るほど勉強漬けをしていた。

 狙おうと思えば、狙えるのかもしれない。

 ただそうなると、三玖の進路がどうなるのかなど気になることも出てくるのだが、考え始めるとキリがなくなりそうだった。

 とにかく二乃がそう決めているのなら、良いことなんだと思う。

 今日何度目かわからない、自傷行為に近い言葉を言うために口を開く。

 

「では上杉さんと二乃が二人揃って合格し一緒にいれることをお願いして、私は千羽鶴でも折ってさしあげます」

「……それは快気願いのためのもんだろ……」

 

 その後もしばらく、他愛もない雑談をしていた。

 二乃が私を楽しませようとしているなら、言いなりになってみせようと。

 実際、久しぶりに何気なく話す風太郎と話す時間は悪いものではなかった。ただずっと裏で二乃の影がチラついてしまうことが気がかりだったのともう一つ、言い知れない違和感を抱えていたのだが。

 そして日が暮れ始めた頃、風太郎が移動すると言い出し、最後に連れて行ってくれた場所はやはり、あの公園だった。

 

 

 

 風太郎から例の公園へ向かうとメールを受け取った時、二乃は公園の近くのカフェで時間を潰していた。

 連絡を受けるなり、二人よりも一足先に公園に入るとブランコの柵に腰かけて待った。この時、二乃はいつものハンドバックではなく肩掛けの鞄を下げていた。

 少し遅れてから二人も来た。

 四葉の横には風太郎もいる中、二乃と四葉が目を合わせる。

 

「来たわね」

「……やっぱり二乃が仕組んでたんだね」

「仕組んでたって、人聞き悪いわね。あんたにあの頃を思い出してもらおうとしてもらっただけよ」

「なら、二乃がここで待ってるのはおかしいんじゃないかな? 私の記憶だとこの場所に二乃はいなかったよ」

「それは、あんたに話があったからよ」

「そっか、もう一つ聞いていい?」

「なに」

「なんでこんなことするのかな……怒る権利なんて私にはないけど、思い出に踏みいられた気がして正直今、腸が煮えくり返ってるんだけど……!」

 

 二乃は目線を少し下げる。四葉の手は固く握りしめられ、震えていた。

 どれほどの怒りを抑え込んでいるのかと、二乃は想像しても図れずにいたが、全ては分かった上で仕組んだことだ。

 四葉へと返事をする前に二乃は、風太郎へと目を向けた。この後の予定も既に話している。

 

「風太郎、悪いんだけど」

「分かってる……お前らの話が終わるまで、聞こえない位置まで離れていればいいんだな」

「ええ」

「……大丈夫なんだな?」

「信じて」

 

 風太郎には四葉のことについて部分的に事情を説明している。

 それは転生にまつわる部分だけを秘匿し、四葉が何故あれほどの凶行に及んだのかという説明の仕方であった。

 だからここから先の話を風太郎には聞かせられない。風太郎には四葉を前へ向かせるために、二人だけで話をしたいのだと伝えている。

 これからどんな話がされるのか風太郎は知らない。知らないけども、四葉の様子に不安げな目をしながらも、二乃のいうことに従って公園の隅へと移動していった。

 再び二乃は、四葉へと向き直る。

 

「あんたには悪いことをしたわ。大切な思い出に土足で踏み入るような真似をしたんだもの。私だって怒るわ」

「なら、どうして……!」

「必要なことだったからよ」

「説明になってないよ!」

「……その様子だと、気づいてないのかしら。いえ、そんなわけないわよね」

「……?」

「あんたと彼が付き合い始めてから初めてデートした日と同じルートで今日は行動してもらったわ。当然、あんたはあの時と比べる瞬間が何度もあったはずよ」

「……うん」

「風太郎を見て、何も思わなかったの? そもそもこんなことをするずっと前から、違和感はあったはずよ」

「どういうこと……?」

「私は今日、あんたに風太郎を本当に諦めてもらうために、風太郎にも協力してもらってあんたとデートしてもらったわ」

「そんなの……無理に決まって──」

「もう一度言うわ。私は風太郎を諦めてほしいだけ。彼じゃないわ」

「────」

「愛があれば、見分けられるはずよ」

 

 二乃が言葉を切って、四葉の反応を待った。

 対して四葉は、その目を大きく見開かせ、二乃を凝視していた。

 その様子からして、二乃が何を言っているのか理解できているようであった。

 だけど二乃は何も言わない。もう問いは全て投げたから。

 後は四葉がなんて回答するかだけだったから。

 そして四葉はしばらく沈黙を続けた後、上空へと仰いだ。

 

「ああ……やっぱりそうなんだね」

「……」

「彼は、上杉さんは……」

「……」

 

「あの頃、私達が好きになった風太郎とは、別の人なんだね」

 

「……ええ」

 

 それは二乃もまた、この世界に来てから感じ始めた違和感だった。

 最初のうちは小さかった違和感は、日が経つにつれて大きくなり、やがてクリスマスの日に確信へと変わった。

 二乃と風太郎の出会いの日、あの日から既に史実とは大きく異なることばかりしてきたおかげで、風太郎の中に積まれていった経験というものは前世の頃とは違っている。

 そんな、前世のフー君とは違う人生を歩んだこの世界の風太郎はもう、二乃から見れば別人と言って差し支えなかった。

 自分でも何を言ってるんだとも思う。前世も今の世界も、どちらも彼は同じ上杉風太郎という同じ人間だ。

 でも同じ母親から、同じ遺伝子を持って、顔まで同じで生まれてきて、歩んできた人生によって形成された性格だけが違う風太郎を別人じゃないとするなら、私達五つ子はどうなるのだろうか。

 私達五つ子の違いと、前世と今の世界の上杉風太郎の違いは何だろうかと考えると、別人だとしか二乃には思えなかった。

 そう考えた時、二乃は自覚してしまった。

 クリスマスの日、自分はフー君以外の人間を愛してしまったのだと。

 フー君以上に彼を愛してしまったのだと。

 だから彼から手を差し伸べられた時、そのことに気が付いた瞬間に涙が溢れた。

 

 目の前の四葉を見る。

 今四葉は、過去のフー君の姿を追って風太郎を自分のものにしようとしている。

 だけど彼は、風太郎は四葉が欲しがっているフー君とはベツモノなのだ。

 それに気が付いてほしくて、二乃が信じる四葉が本当にフー君を愛しているなら気が付けるはずだと信じて、今日という掛けに出た。

 四葉はフー君と風太郎を見分けてくれた。

 そして同時に信じている。同じ顔の人間を、長い月日を得て相手の仕草、声、ふとした癖を知ることによって見分けるという、そんな愛とも呼べる想いによって自ら彼を見分けたことで、彼女の中に踏ん切りがつくことに。

 

「四葉。私はフー君が好きだったわ」

 

 だけど今は。

 

「でも風太郎のことは、愛してるわ……あんたはどうなの」

「私も愛してたよ……今だって愛してるよ……上杉さんじゃない、あの頃の風太郎を……!」

「だけど、過去に囚われれば生き残った私達に待っているのは悲しい未来だけよ……だから私たちは諦めないといけないわ。フー君のことを」

 

 四葉だけじゃない。自分だって踏ん切りをつけないといけない。

 そして示さないといけない。四葉より先に。

 四葉よりも傷が浅い私が手本になるように。

 

「風太郎は私を選んでくれたわ。だから私も選ばないといけない」

 

 あの学園祭の夜、五人の中から一人を選んでくれたフー君のように。

 持っていたカバンからハサミを取り出すと、刃の部分の包みを外す。

 

「もちろん私は、風太郎を選ぶわ。彼じゃなくてね……見てなさい四葉」

 

 そう言うと、四葉がこちらを見た。

 手に持ったハサミを首の後ろへ持っていき、もう片方の手で髪をひとまとめにする。

 あの日、転生なんていう非現実的な出来事のせいで取り戻して、そのまま長いままにしていた髪。

 かつての同じようなことがあった。好きになった人が実は存在しない人間で、あの人のことを諦めるためにまるで漫画の王道のように失恋を乗り越えるために髪を切ったことが。

 察した四葉が、驚く顔をする。

 遠くを見れば、風太郎も同じ顔をしている。

 そんな視線が集まる中、二乃は自分の髪を切り落とした。

 

(だけど私は四葉教えてあげることしかできない。きっと私の言葉じゃ四葉には届かない……だから、風太郎)

 

 

 

 目の前で二乃が髪を切った時、きっと二乃は本当に風太郎を諦めようとしているのだと理解した。

 無残に地面へ散らばった髪をそのままに、二乃は遠くで様子を見ていた上杉さんへ合図を送った。

 その合図を見て、再びこちらへと歩み寄ってくる。

 近くまで来た上杉さんは、二乃と地面の髪を交互に見て、困惑していた

 

「……予定通りに話はできたのか?」

「ええ、言いたいことは全部言えたわ」

「そうか……四葉」

 

 地面への一瞥を終えた後、風太郎は優し気な声でこちらへ呼びかけた。

 

「何でしょうか、上杉さん」

「俺は今日、お前と会う前に二乃へ協力するためお前のことを色々と聞いた」

「……どんなことでしょうか」

「お前は俺とよく似た奴と出会い、大切な約束をしてた。だけどそいつはもう死んじまって、お前はそいつと俺を重ねてるかもしれないと」

 

 一度だけ二乃を見た。上手くタイムリープのことを隠して説明してるつもりらしい。

 

「そいつと俺は、そんなに似てるのか?」

「……ええ、それはもうそっくりですよ。まるで双子みたいです。お顔だけじゃありません、性格だって同じじゃありませんが似てはいるんです」

「案外本当にドッペルゲンガーなのかもしれないな」

 

 冗談めかして風太郎はそう言うと、少しの間黙り込んだ。

 このタイミングで二乃が呼び戻したということは何か話したいことがあるのではないかと、疑問気に二乃を見れば、不安と期待が入り混じっているような顔で二乃もまた風太郎を見ていた。

 もしかして上杉さんのアドリブ待ちだろうか。

 すると、風太郎が考えながら発言するかのようにたどたどしく口を開く。

 

「その、なんだ。お前にはもう散々振り回された後だ。今更何を言われたって構わん……だから、お前がそいつとの過去にケジメを付けて前を向けるなら、代わりになれるか分からんがお前の気持ちを言ってみろ」

「……」

 

 それはつまり、先日の温泉旅行の続きをやれということだろうか。

 そう考え、即座に自分自身で意味合いが違っていることに気が付いた。

 あの頃はまだ、風太郎と上杉さんを同じに見ていた。

 今は上杉さんに、風太郎へ残した想いを言えばいいというだけである。

 まるでボートの上で一花の休学について上杉さんと相談していた時、上杉さんが私に対して何もリアクションを期待してないけど、ただ考えを整理するためだけに話したかのように。

 そんなことをして、何の意味があるのかと馬鹿馬鹿しく思った。

 やはり風太郎ならそんな回りくどいことしないと、そう思った時にはまた一つ上杉さんが別人に見えているのだと自覚した。

 二乃を見た。

 上杉さんがアドリブで話しているなら、こんな意味の無い事をさせるんじゃなくてもっと良いこと言えとか怒るのではないかと。

 だけどそんなことはなく、腕を組んだままこちらを見ているだけだった。

 今日は一日、風太郎と二乃の言いなりの日だった。

 こんなことで私の想いが晴れることはないと思うけど、今は言う通りにする。

 何を言えばいいのか未だに定まっていないけど。

 上杉さんの前に立った。

 

「風太郎」

「呼ぶの、俺の名前でいいのか?」

「うん、大丈夫だよ」

「……」

「私は風太郎との大切な約束を今でも覚えてるよ」

 

 それは誓いの言葉。

 

「私は今でもその約束を守ろうとしてるよ」

 

 健やかなる時も 病める時も

 喜びの時も 悲しみの時も

 富める時も 貧しい時も

 これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い

 その命ある限り、真心を尽くす誓い。

 

「だけど、君がこの世界のどこにもいない今、この約束は私を前へと進ませてくれないらしいの」

 

 だから。

 

「君のことは忘れない。でも、君との思い出にも頼れない……だから、今度こそ、自分で自分の価値を探しに行くよ」

 

 そう、自分でも驚くほどに自然と出てきた言葉の後、私は目の前の人へキスはしなかった。

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