二乃の人生二周目フー君略奪大作戦   作:真樹

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30_二等分の約束 ~最後の作戦が四葉の場合~

「ピアスあけるのはいいが、何で片方だけなんだよ」

「私の勝手でしょ。一花だって片方だけなんだし」

「でもお前、結婚式には母親の形見の両耳用ピアスつけるって言ってたじゃねえか」

「それは……もう片方は先約が決まってるのよ」

「ピアスあけるだけで先約って──」

「つべこべ言わず早くしなさいよ! 結構怖いんだから!」

「へいへい」

 

 

 

 五年後

 上杉家在住の住宅、その一階にて営業している喫茶店『なかの』。

 風太郎との結婚式の今日、二乃は久しぶりにこの場所へと訪れていた。

 前世の頃とは所々様相が異なり、やや地味な見た目になった店の扉を押し開けた。

 扉に備え付けられたベルが鳴り、カウンターの人影がこちらを向いた。

 

「いらっしゃいま……二乃、来たんだ」

「久しぶりね、三玖」

 

 店内ではカウンター裏で三玖が店番をしていた。

 店前の看板は『OPEN』となっていたにも関わらず三玖以外に人影はなく、閑古鳥が鳴いている有様であった。

 二乃はそんな店の中へと入っていくと客席へと腰かけた。

 

「相変わらず一人でやってるのね。もう三年目でしょ? そろそろ人を雇ってもいいんじゃないかしら?」

「イジワルのつもり? お店の状況見たらわかるでしょ」

「大真面目よ」

 

 現在『なかの』は三玖一人で経営をしている。

 結局この世界でも三玖は料理の道を選んだ。

 対して二乃は高校生時代に嫌になるほど勉強をしていたおかげもあって風太郎、武田と同じ大学へと進学したのであった。

 まあ、進学できたというだけで入学後に学ぶことになる初めての勉強内容にはついて行くことすらままならず、進学と同時に東京で同棲を始めた風太郎に家庭教師の延長をしてもらい何とかギリギリ単位を落とさないようにする日々となってしまったのだが。

 それでも何とか卒業でき、現在は都内で就職をしていた。

 前世と同じ進路を選び、三玖と一緒に『なかの』を営んでいくことも考えた。しかし、そのためには地元に残り高校卒業後は風太郎と遠距離恋愛をしなければならなかった。

 せっかく同じ大学に通い、羽振りの良い就職先も選べそうなのだ。ガッツリ稼いで上杉家の借金を返す手伝いをすることにしたのであった。

 今でも自分のお店を出したいという気持ちはあるが、それは生活が落ち着いてからでいい。

 

「今は四葉とらいはちゃんが手伝ってくれてるから大丈夫」

「あの子達だっていつまでも手伝えるわけでもないでしょ。二人とも嫁いで行っちゃったりしたらどうするのよ」

「その時は……考える」

「事前に考えておきなさいって言ってるのよ……まあ」

 

 二乃は頬杖をつき、少し目線を逸らした。

 

「本当に大変になったら手伝ってあげてもいいわよ」

「二乃……」

 

 顔を赤らめながら言う二乃に対して、三玖は僅かにほほ笑んだ。が、すぐに無表情へ戻すと、

 

「それはやめた方がいい。フータローのお父さん、実は結構二乃からの仕送りもあてにしてるってらいはちゃんが漏らしてたから、二乃が仕事辞めたらきっと泣いちゃう」

「情けない義父親!」

 

 その時であった。

 入り口の扉が再び開き、ベルが鳴った。

 二乃と三玖の二人が扉を見ると、残りの姉妹三人が揃い踏みで立っていた。

 

「わ、二乃早いねー」

「上杉さんは一緒じゃないんだ?」

「さきほどらいはちゃんから連絡がありました。上杉君なら上にいるらしいですよ」

「あんたたちも久しぶりね。私はさっき風太郎とこっちに来たばっかりよ。お義父さんにも後で挨拶しないといけないから、一瞬抜けるわ」

 

 入ってきた三人も店の中に入ると四葉が二乃の左隣へ座った。一花と五月は二乃が座るカウンター席の真後ろにある六人掛けのテーブル席の、二乃と四葉に一番近い席へ座った。

 三玖が軽く何か食べるか確認すると一同が揃って頷いたため調理に取り掛かかる。

 

「三玖も久しぶりだね。お店も大繁盛のようで」

「そのくだりはさっきやったわ」

「ありゃ、被っちゃいましたか。じゃあ詰まらない話を聞かせちゃったお詫びにこのお店も紹介しちゃって──」

 

 一花はスマホを取り出して、何か操作をし始める。

 けれど、それを静止するように三玖。

 

「待って。一花の人気にあやかればお客さんも絶対増える。とっても嬉しいけど今はまだ遠慮しとく。最近は常連さんも増えてきたんだ。こんな設備の整った場所を貸してくれたお父さんのためにも……もう少しだけ自分の力だけでやってみたい」

 

 そう話しているうちに四人前のサンドイッチができたらしく、三玖は取り急ぎ二皿を両手に持つと一花と五月の前へ配膳した。

 それと同時に、一花がおもむろに立ち上がると三玖へと抱き着いた。

 

「うーん自慢の妹! どこに出しても恥ずかしくないよ! また私が体調崩しちゃった時はよろしく」

「あれも……もう遠慮しとく……」

「冗談。お互い頑張ろうね」

「うん」

「一花が売れなくなったら、ここで雇ってあげたらいいんじゃない?」

 

 かつて一度見たやり取りに思わず懐かしさを感じながら二乃がぶっきらぼうに言うと、一花が微妙な笑みをこちらに向けてきた。

 

「あっちは可愛くないなー」

「でも一花だったら私も気を使わなくていいかも」

 

 と、三玖も肯定する。その未来を想像しているのか顎に指を当てた四葉と、瞬く間にサンドイッチを消費し終えた五月が指を舐めながら言う。

 

「でもそしたら元女優とその姉妹がいる店ってことで、お店の人気凄いことになりそうだねー」

「そんなに混雑したら結局一花が働いてもまだ人手が足りなくなるかもね」

「そうだ! いっそのこと姉妹全員で働くなんていうのはどうかな!」

「それも悪くないかもだけど、四葉あんた、せっかく自分の夢を叶えた五月にまで仕事辞めさせるつもり? それに五人で同じところで働きなんかしたら、収入も五等分よ?」

「う、二乃が上杉さんみたいなことを……」

「二乃もずいぶんフータロー君の色に染められちゃったみたいだねぇ」

「染め……一花、ちょっと言い回しが親父臭いよ」

 

 窘めるように言う五月は、それから一つ溜息をついた。

 カウンターへ戻ろうとする三玖へ五月は空になった自分の皿を渡し、再び姉妹達に目を向けると、二乃のある一点で視点は止まった。

 

「あれ、二乃。もうピアスホールあけてるの?」

「あ、ほんとだ。お母さんのピアス付けてるじゃん」

 

 五月の言葉に一花も反応し見ると、確かに二乃の左耳にはピアスが付けられていた。

 四葉も同様に二乃の耳へと視線を注ぐが、カウンターを背に180度席を回転させて一花と五月の方を向いている二乃の姿は四葉からは右側しか見えていなかった。そこで、四葉も席を立って二乃の左側に回り込み、右耳と見比べた。

 

「でも左耳だけなんだね。もう片方のピアスは一花が持ってるのは知ってるけど、両方ともあけとけばよかったのに」

「あんたにあけてもらうためよ」

「──!」

 

 一瞬、面食らった顔をする四葉の様子に気づかず、二乃の背後のカウンター越しで首をかしげる三玖。

 

「四葉に?」

「あ……ま、間違えたわ! あんた達によ!」

 

 取り繕いもせず思わず漏らしてしまった本音を隠すように慌てて訂正する二乃に、一花が意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「とか言って、実は片耳あけた時点で痛すぎてギブアップしただけだったりして」

「あら、バレちゃったかしら」

「ふーん、あっさり認めちゃうんだ。二乃ならこういうからかいは怒って誤魔化しそうだけど」

「それだけ大人になったってことよ」

 

 なにせこちとら精神年齢28のアラサーなのだから。

 

「それより一花、持ってきてくれたわよね」

「もちろん」

 

 一花は頷くとカバンからこぶりのピアスケースを取り出し、蓋を開けて見せた。

 一組のピアスを収めるくぼみの一つだけに収められたピアスは、二乃がつけているもの対の物である。

 今日、ようやくまた一組に戻るのだ。

 二乃が立ち上がって言う。

 

「それじゃあ時間もあんまりないし、やっちゃいましょ」

「本当にあけてすぐつけるの? 結構痛むんじゃ」

「どっちみちやらないと間に合わないもの。覚悟の上よ、五月」

 

 そう言うと、二乃を中心に姉妹達が集まった。

 一花は肩を、三玖は左手を、五月は右手を、そして誰が先導したわけでもなく自然な流れで四葉がピアッサーを手にしていた。

 チラリと四葉へと目線を送ると、意図を理解してくれたらしい四葉が薄く微笑んだ。

 

「四葉……お願いね」

「……任せて。それじゃあ、0! でいくからね!」

「仕返しのつもりかもしれないけど、それ予告なしでやられたらあんたのこと多分蹴ってたわ」

「何の話?」

「何でもないわ。三玖」

「それじゃあお姉ちゃんの合図でみんないくよー。せーの」

 

「二乃、結婚おめでとう!」

 

 

 

 

 風太郎との結婚式には、姉妹四人とも出席してくれた。

 前世は最後の五つ子ゲームをやるために参加できなかった式だ。

 式の日取りが決まったころ、二乃から一度姉妹達に五つ子ゲームをやらないかと話をもちかけたことがあった。

 あの頃は自分含めてノリノリだった姉妹達であったが、この世界の場合はといえば、

 

『ゲームもなにも、フータロー君とっくの昔に二乃のこと見分けられるしさぁ』

『私達が惚気られる様を見るだけになるのが目に見えてる。普段から甘い空気はお腹いっぱいなのに』

『みんながいいなら私も別に!』

『私は上杉君には何も心配してないから』

 

 という反応だった。

 やってみたいと思う気持ちがあったせいなのか、つくづく二周目の人生は思い通りにならないものだと思った二乃であった。

 そして式も終わり、続けて披露宴に向けてのお色直しの時間。二乃一人だけがいる新婦の控室にノックの音が響いた。

 

「どうぞー」

 

 まだウェディングドレスを着たまま鏡台に座っていた二乃が力なく返事をした。

 返事に反応して、扉が開かれると廊下からは風太郎が入ってきた。

 

「あれ、どうしたの?」

「四葉がお前と俺に話があるって言ってきてな。ほら、入れよ」

「あはは、お邪魔しまーす」

 

 風太郎が一歩、更に部屋の中へ入ると、扉の影から続けて四葉が姿を見せてきた。

 緊張気味にというか、愛想笑いを浮かべながら部屋に入ってくる四葉に、二乃は少しだけ目を細めた。

 ここに来て話とは、何だろうかと。

 

「そんなに警戒しないで二乃、悪いことを考えてるわけじゃないから」

「どうだか。土壇場で心変わりしたあんたのことよ、さっきの式で心境に変化があったって驚かないわ」

「お前ら何の話だよ」

「あんたには関係のない話よ」

「関係ないって……多分あれだろ、高校二年から三年へ上がる春休みの時の──」

「具体的に思い出さなくていいじゃない! あれは誰にとっても大変な思い出なんだから」

「よくないね! 結局あの後、ろくな説明だってなかったじゃねえか!」

「いや、それなら四葉のことを説明したじゃない……!」

 

 当時の思い出は本当に、今思い返しても痛みの伴う記憶である。

 苦い顔をする二乃だが、そんな二乃の様子に気づかずか、気づいても無視してか風太郎がヒートアップして話す。

 

「あれが説明? あの時はそうでもしないと事態の解決ができなさそうだか付き合ってやったが、お前達二人が何か隠し事をしているのは分かってる」

 

 何より、と風太郎は続ける。

 

「二乃。お前から散々好きだって言われてきたんだ。四葉が俺に向けてきた感情が本物かどうかくらい、俺にも分かる」

「……!」

 

 風太郎の言葉に、二人して目を見開く。

 

「この際だから俺も言いたいことを言わせてもらう!」

「何よ!」

「上杉さん、すみません私が悪かったですから話はここまででいいです。披露宴だってこの後あるんですし、二乃と空気が悪くなったら──」

「あの時俺は、俺を取り巻く状況の中で結局何も知らないまま、何もできずに全部終わっちまった……すまなかった」

「……!」

「今でも俺はお前達二人がどうしてあの頃、あれほど過激な行動に出たり、そうなるほどの感情を持ってしまったのか知らない。今となっては知っているあの時の一花や三玖の俺に対する気持ちと比べても、お前達二人は少し……度が過ぎていた」

「……」

「それを今更教えろとは言わない。知りたい気持ちはあるが、あの時散々聞いても教えてもらえなかったからな……それに、女には秘密が付き物、なんだろ?」

「風太郎……」

 

 五年前、フー君と風太郎は別人だと四葉と結論付けてからというもの、違いを感じる瞬間はますます顕著になっていた。

 上杉風太郎という個人の人格は16歳ともなれば完全に形成されているが、やはり経験値がものをいうコミュニケーション能力などでは歴然とした違いがあった。

 無論、フー君が風太郎に劣っているという話ではない。ただ違うというだけの話だ。

 そして今、二乃と五年という月日を共に過ごした目の前の男は、面倒くさい女の言い訳というものでさえ自分の考えに組み込めるほどに成長していると、二乃は実感した。

 

「あの時の俺は無力だった。お前達がなんで俺なんかを好きになってくれたのかも、何が理由で姉妹同士でそんなに争うことになってしまったのかの理由も分からない。今だって知っている知識の量で言えば大差ない。ただ、それでもあの時のお前達は、お前達二人だけでそれを乗り越えた」

「それは違います。上杉さんだって私のためにたくさんのことをしてくださいました」

「だがそれが適切だったという手ごたえが俺にはなかった。あの時はふがいなくて少し自分が嫌になったりもしたが、今なら心の整理もついた。お前達とも向き合える気がする。だから、すまなかった」

 

 そう言って言葉を切ると、風太郎は頭を下げた。

 そんな風に考えていたのかと、二乃も何も言えなかった。四葉も同様の目をしている。

 風太郎の言う通り、結局転生のことは四葉と二人だけの秘密にして誰にも打ち明けてはいない。

 打ち明けようと考えたこともなかったし、だから疑われていないと思っていた。だけど風太郎は推測すら立てられていないが、その片鱗に感づいているということなのだ。

 いずれ、話さなければいけない時が来るのかもしれない。

 風太郎の言葉にこれからのことを考えさせられていると、風太郎が頭を上げた。

 

「俺が言いたいことはこれで全部だ。それで四葉の話ってのは?」

「うぇっ!? あの、えと、本当にそんな大した話じゃないんですけど──」

 

 

 

 

『宴もたけなわとなりましたが、そろそろお時間のようです。最後に新婦から親御様へ、感謝を込めたメッセージです』

 

 披露宴もつつがなく進行された。

 姉妹達や招待した学校の友達とも楽しく話し、料理を食べた。

 そんな中、披露宴の主役である新郎新婦へ挨拶へ来た人々が一様に、風太郎を見て苦笑したのだけが今後のもの笑いの種となりそうであったが。

 

 式場の人の進行により、舞台に立つ二乃と風太郎。

 会場の明かりは落とされ、二人に一筋のスポットライトが当てられた。

 その光の中、二乃は用意していたメッセージが書かれた紙を持ち、脇に立つ風太郎は二乃の口元へマイクを寄せた。

 二乃が読み上げるため紙へと目線を落とす。長文のメッセージの中、ある一点に横線が引かれ、その上に新しい文章が書いてあった。

 先ほどの控室であった四葉と風太郎とのやり取りの後、急遽変更した部分だ。

 

『お父さん、そして天国のお母さん。私が今日、この日を迎えられたのは二人がいたからに他なりません。

 お母さんは私が小さな頃にいなくなってしまいましたが、その教えと愛はいつまでも私の中に残っています。

 そしてお父さん。私は、突然のことを受け入れられなくて、姉妹の中でも一番、お父さんに反抗してしまいました。

 だからこそ、与えられている愛情を知った時の感激は計り知れないものでした。

 お父さんが、私のお父さんになってくれたこと。今は、ありがとうという気持ちしかありません。

 

 そして姉妹にも、改めて感謝します。

 長女の一花は、私の唯一のお姉さんです。

 一花がいてくれたから甘えられたり、競い合ったりして、そんな最中は私は私のままでいられました。

 そんなお姉さんが、私は大好きです。

 

 三女の三玖は、妹というよりも友達のように接してきた間柄です。

 私は今、こうして夢を叶えていますが、私のもう一つの夢を三玖も三玖自身の夢として叶えてくれています。

 そんな三玖の姿は、私に頑張る勇気を与えてくれています。

 

 四女の四葉は、姉妹の誰よりもまっすぐで、時には転んで大けがをしてしまったこともある、手のかかる妹です。

 信念とも呼べるそのまっすぐさに、時には姉妹全員が振り回されてしまったこともあります。

 けれど何度転んでも立ち上がって、前へ進んで行こうとする背中に、姉でありながら私は進むべき道を示してもらっています。

 

 末っ子の五月は、ちょっと頑固で、慎重で、私とは正反対です。

 だけど、本当は不器用なだけで本心では、常に私達を心配してくれていることを知りました。

 ぶつかり合ってしまうこともあったけど、その度に五月の優しさを感じました。

 

 姉妹の皆がいなかったら、私の人生は全く別のものになっていたでしょう。

 五つ子ということが重荷に感じたこともあったけれど、その何倍、何百倍も楽しい時間を過ごしてきました。

 私は、みんなと五つ子の姉妹として生まれることができて幸せでした。

 普通の家族とは違っていて、人から見たら少し変わっているのかもしれませんが、

 私は、そんな家族が大好きです』

 

 

 

 

 

「さっき新婦の控室を通りがかった時、お父さんと上杉さんの話を聞いちゃったんだ」

 

 話は披露宴前の、新婦の控室へと遡る。

 

「それで思ったというか、やってみたいことを思いついたの」

「やってみたいこと?」

 

 本題を言わない私に、二乃が首を傾げた。

 上杉さんも同じように見てくる。

 

「上杉さん、私に一発ビンタをさせてください!」

「はぁ!?」

「何言ってるのよ!」

「ドラマとかであるじゃん! 義理のお父さんが娘をもらわれて行く時、激励に新郎を殴るやつ! 二乃なら見たことあるでしょ!」

「そりゃ、あるにはあるけど……あれはあくまでドラマだし、あんたはお父さんでもないでしょ! だいたいこの後披露宴なのにあとが残ったらどうするのよ!?」

「いいぞ、やってくれ四葉」

「風太郎!?」

 

 二乃が目を見開いて風太郎を見る。

 正気か、と呼びかける視線に対して、上杉さんは至って真面目に返事をする。

 

「今の話の流れで、おふざけでいうような奴じゃないだろ四葉は。きっと何か、こいつにとって必要なことなんだと思う……そうだろ?」

「……流石上杉さん。何でも正解しちゃいますね」

「四葉……?」

「でも二乃の言う事ももっともだから、二人のお許しをもらえたらって思ったんだけど……ダメかな?」

「……」

 

 それから二乃はしばらくの間長考をした。

 いや、考えているというよりは上杉さんの頬を凝視しながら二十面相をしていて、時々顔を洗えば落ちるか、とかファンデで誤魔化せないかとか唸っていた。

 そのまま時計の秒針が何周かした後に、ようやく渋々と口を開いた。

 

「四葉」

「うん」

「あんたがそれで、これから前を向けるなら……いいわ」

「……ありがと……それじゃ上杉さん、歯を食いしばってください!」

「まさか今日に限ってそんな言葉を言われると思わなかったな……」

「喋ってると舌噛みますからね!」

 

 上杉さんの言う通り、まさか勢いでこんなことを言っているわけではない。

 結局、二乃にも内緒にしていたが私は今日、この日まで風太郎のことを諦められていなかった。

 上杉さんに風太郎を重ねることだって、しょっちゅうあった。

 そんな上杉さんと二乃が仲良くしている姿を見て、嫉妬の気持ちが胸の中を常に渦巻いていたけど、時間が過ぎていくうちにそれだけじゃないことに気が付いた。

 二乃に嫉妬する気持ちと同時に、そんな二人を祝福したい気持ちも確かに存在していた。

 そしてそんな二つの心の比率は、徐々に入れ替わっていって、結婚式で見た二人の姿のおかげでやっと天秤は逆へと傾いた気がした。

 だから私はようやく、前を向ける。

 風太郎を忘れることは一生ないと思う。

 だけど私が私の、これからの人生を生きていくために区切りを付けないといけない。

 だから上杉さんには悪いけど、そんな私の心を受け止めてもらうのだ。

 私の心に区切りをつけるために。大好きなお姉ちゃんを取っていく目の前のこの人に喝を入れるため。

 私は目をつむる上杉さんに手を振り上げた。

 

「行きますよー!」

 

(さようなら、風太郎。二乃をよろしくお願いします、上杉さん!)

 

 

 

 

 

 2023年5月5日

 この日、上杉風太郎と中野二乃改め、上杉二乃が夫婦となった。

 この年の明日、5月6日は新たな季節の始まりだ。

 二十四節季における立夏と呼ばれるこの暦は、夏の始まりを意味している。

 新たな家族として、ますます愛を燃え上がらせていくであろう二人にはふさわしい門出と言えるだろう。

 そんな、夏の始まりは同時に、一つの季節の終わりでもある。

 この日、一つの春が終わりを迎えた。

 

 

 

 

「ねぇ二乃。結局風太郎も他の姉妹も戻ってこなかったね」

「多分これから戻ってくることもないんでしょうね。だってもう、あの事故の日だって過ぎちゃったわけだし」

「二乃と上杉さんの新婚旅行の日程、一応様子見したらあっさり何事もなくあの日を超しちゃうんだもん」

「何残念そうにしてんのよ。よかったでしょ」

「もちろん! ……でも、もうみんなには会えないのかな」

「それなんだけど、ちょっと思ったのよね」

「何?」

「ほら、私ってこっちにきてから、あんたから新しいタイプの漫画を色々借りたじゃない?」

「うん、異世界転生とかね」

「魔法とかがある異世界なんていうのは今でも信じてないけど、私達がこんな目にあってる以上、もしかしたらあの子達は別の同じようなとこに行っちゃったんじゃないかなって思ったり」

「平行世界みたいな?」

「それそれ」

「どうかな……確認のしようもないし」

「でも、そう信じてた方が気が楽じゃないかしら。あの子達は死んじゃったんじゃなくて、どこか別のところで生きてるってね」

「風太郎もそうなのかな」

「かもしれないわね。意外とそっちの世界の四葉と付き合ってたりして」

「うわ、自分を相手に嫉妬するの何かやだな……」

「私達だって風太郎とフー君が別の人だって気づけたんだもの。きっと大丈夫よ」

「大丈夫って……二乃みたいに分かった上で付き合うパターンかもしれないよ?」

「三玖みたいなネガティブ思考しないの」

「ねえ、私達って次ってあるのかな?」

「何よ。また昔みたいな馬鹿やるつもり?」

「違うよ! ただ、もし次があるなら、その時は風太郎に会えたら……なんて」

「当てにしない方がいいわ。それに私達は今を生きてるんだから、今を大切にしなさい」

「流石、勝者の余裕だね」

「……恋愛で私達は、敵でも味方でもないわよ。ただ今回は私が選ばれた……それだけよ」

「二乃?」

「漫画も馬鹿にできないわ。フー君にも教えて貰ったことのないことを知れたんだから」

「?」

「この世界には時間の線みたいのがあって、違う歴史を送るたびに分岐して、新しい世界が生まれる」

「パラレルワールドだね」

「その世界の数だけ、私達五つ子はいて、風太郎もいる」

「フィクションと現実の区別は付けた方がいいよ?」

「水差すんじゃないわよ。で、きっと私達と風太郎はきっと毎回出会うんだわ」

「……ああ、そういうこと」

「そ、きっと私達はその度に彼のことを好きになって」

「彼は私達五人の誰かを好きになる」

「次またその時になったら」

「また勝負よ。四葉。約束よ」

「二人だけの約束だね。でも風太郎ばっかりずるいな、私達は五分の一でしか選ばれないのに風太郎は毎回なんだもん」

「仕方ないわ。だって私達は彼にとって、五等分の────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~エピローグ・新たな作戦がフー君の場合~

 

 話はずっとずっと昔へ遡る。

 まだ二乃が事故の後、転校初日へと戻った頃。

 二乃達がいる場所とは似ているけど違う、別のどこか。

 

「焼肉定食。焼肉抜きで」

「はいよ」

 

 久しぶりのその注文をすると、食堂のおばちゃんは慣れた手つきで白米とみそ汁、お新香を出してきた。

 俺は受け取ると自分のトレーに載せて、その場を離れた。

 ウォーターサーバーで水を汲むと、周囲を見渡した。

 あの頃、自分の固定席にしていた場所は空いているが今日はそこに用事はない。

 ぐるりと見渡した中で、見慣れた五人組がいる場所を見つけた。

 

 すぐさま俺はその席の方へと足を運んだ。

 状況は大体分かっている。

 あの日、突如として我が身に降りかかった災難によって俺は昨日の晩、すなわち五月が転校してきた日の晩の自宅へ戻ってきた。

 大変な錯乱のしように親父とらいはにはずいぶんと心配をされたが、四葉のおかげでかなり助けられた。

 あいつと東京で同棲しているころ、大学の勉強の息抜きの時、自分の好きなものだからと強引に読まされた本の中にこんな展開があったからだ。

 あんな本でも人生の役に立つことがあるのかと感心させられた。

 

 そんな経緯もあり、今日この日の俺の行動は既に計画済みであった。

 早足で五人の集団の元へ近づくと、ちょうど席に到着したばかりのアホ毛の女がこちらに嘲笑気味の顔を向けてきた。

 

「すみません、席は埋まっていますよ」

「そうか、だが今日はお前に用があるわけじゃない。五月」

 

 五月の脇をすり抜け、四人掛けのテーブルにお誕生日席のように無理やり座っている最奥のリボンの傍に立つと、トレーを机の上に置いた。

 気が早っているせいか、トレーを置いた時にガチャンと音がなってしまった。

 リボンがこちらを驚くように見てくる。

 

「あの……何の御用で──」

「四葉」

「え、何で私の名前知って…………! ……もしかして、風太郎く──」

「お前に大事な話がある」

 

 きっと俺はまた、長い夢を見ることになるのだろう。

 

 

 

 ~Fin~

 




あとがきです。

この度は『二乃の人生二周目フー君略奪大作戦』を最後までご覧いただきありがとうございました。
終盤はかなり重い話もありましたが、お付き合いいただき本当に感謝しております。
本作は結局、原作の結末を否定するような形にはなってしまいましたが、原作に対する不満といった所謂アンチ・ヘイトが目的ではないことをまず第一に弁明させていただきます。

投稿をし始める前、最初にネタを思いついた時はもっと気楽に原作知識のある二乃がその知識を活用して無双したり、バタフライエフェクトに振り回される話のつもりでいました。
しかし、いざ二乃と風太郎が結ばれてみると四葉の存在が気がかりになり、2章もやろうという方針となりました。
本作タイトルのコミカルさと本編のシリアス具合がアンバランスなのはそのせいです。

2章を考えるにあたって直前まで揺れているところもありました。
四葉を二周目ではなく、三周目以降にするという案もありました。2章以降の四葉の暗躍の背景に深みを与える役割となる要素です。
ただ、どのパターンも四葉の悲壮具合が上がる以外メリットがなかったので不採用にしましたが。
以下は例なのですが、かなり鬱な話というか、この場合はアンチ・ヘイトタグがなってしまいますねってお話なので不快な話を読みたくない方は次の空行後のブロックまで飛ばしてください。
・例えば三周目で本作と原作の間に一周挟んでいた場合、四葉は「自分は人生の絶頂で打ち切られたのに、二周目は他の姉妹が最後まで幸せに暮らす様を見せつけられた」としてより一層闇が深まります。(念のため書いておくと、本作は二周目二乃が全力フォローしたので仮に本作四葉が三周目突入してもマシなはずです)
・逆に原作改変し、原作前に一周し、原作を二周目、本作を三周目にした場合は「既に自分は姉妹から一度風太郎を奪っている。二乃に同じことをされても文句が言えなかった」といった具合に四葉に罪の意識を植え付けることが可能です。
・後、一番最悪なパターンとして四葉がn周回目、つまり何周目かわからないぐらい周回してた場合です。人生の絶頂期である高校から新婚旅行までの幸せを経験した四葉が、何度も同じ幸せを甘受するために飛行機事故さえ利用して姉妹もろとも意図的に戻ってるパターンです。これやったらアンチ・ヘイトタグ確定ですし、作品自体への敬意や愛も無いので当然やめました。



本作を少し掘り下げると、本作は原作イベントの全国模試以降をすっ飛ばしています。
これは特段二乃と四葉の風太郎を巡ったあれこれが無いから書かないのですが、ちょっとだけストーリーを考えています。
例えば一花が風太郎が彼女持ちと分かって修学旅行でちょっかいを出すプチシスターズ・ウォーとか、三玖が原作のように風太郎に教えられて成長するのではなく姉妹の助けで自信を身に着けていく過程とか、五月がより一層母を強く意識し無堂とバチったりとかですね。
その辺全部ひっくるめて、最終話の二乃のメッセージにしました。
なのであの手紙には実は、29話と30話の間にも原作外のイベントがたくさんあったと思ってもらえるだけで嬉しいです。

また、エピローグは人によっては蛇足と思われてしまうでしょう。
私はあってもなくても派なのですが、二次創作でやらせていただいている以上は二、四以外の原作姉妹や風太郎をただ事故に巻き込ませて殺しておしまいってのは、原作を楽しませてもらった身として恩を仇で返すような行いなので書きました。
なのでこれだけ明言しとくと、他の三人もどっかで生まれ変わって元気にやってます。
読者様の解釈に委ねるのではなく、こうやって明記することで救われる方もいるかもしれませんので。

後、その他にも一行一行やっぱり書いた身としては語りたいことは無限にあるのですが、でもでもわりかし結構伝えたいことは全部作品に詰め込めたので、作品内で語り切れたのは自画自賛ですがとっても誇らしいです。
最終話のエピソードまで、1話投稿時点で構想できた状態で執筆したので伏線はてんこ盛りです。気が向いてお時間がある時に、二周目の閲覧をしていただければこれ以上嬉しいことはありあません。

さて、次回作の話ですがストーリーを本格的に考えているわけではありませんが、書きたいテーマなんかは思い浮かんでいます。
・ベタなやつだとマルオの過去話。零奈先生の出会いから五つ子の引き取りまでですね。ただ零奈先生という死人が確定で出るのと無堂という男の存在がいるので、私が今回のノリで書くと暗い話になりそうだなぁとか思ったり。
・他だと原作後ifってことで、風太郎の大学生編ですね。大学生になった風太郎に襲い掛かる苦難をお世話になったお礼にと、姉妹が助けに行く話とか。具体的なのは何にも考えてないですが。
・ネタ系だと五つ子ガールズラブなんかも書いてみたいです。五つ子の相関が一花は五月を、五月は四葉を、みたいにグルっと一周するような感じで姉妹間だけで恋愛しちゃうやつ。GL以外にも倫理的にスレスレだったりするので、これをやるならギャグでやりたいですね。



長々と書きましたが、あとがきすらここまでお読みいただきありがとうございます。
最初っから話は固まっていたとはいえやっぱりアウトプットは大変で、沢山の感想などリアクションのおかげでここまで漕ぎつけられたと言っても過言ではありません。
なので大変感謝しております。
もし、皆さまがよろしければこの後まだの方は高評価、お気に入り登録、感想などいただけると嬉しくもあり、次作への活力となります。
好きだった回など書いていただけると、今後の参考にもなります。


最後に宣伝です。
ハーメルンに存在する下記作品は私の投稿作品です。

・中野家if ~アナザーエイジストーリー~
もしも三玖がオタクだったら、もしも四葉だけ幸せを謳歌する中で他の五つ子達はアラサーになっても喪女だったら、みたいなシチュエーションのギャグ短編作品です。
超スローペースでエンドレス更新してます。
https://syosetu.org/novel/324827/

・五つ子旅館殺人事件
完結済みの短編。五等分の花嫁と名探偵コナンのクロスオーバーです。
コナンが結婚翌年の五つ子と風太郎が宿泊するスクランブルエッグの温泉旅館に訪れたらという話です。
事前にお伝えしておくと、五つ子内から被害者と犯人が出る殺人事件が起きますので、理解のある方のみご覧いただきたい閲覧注意作品です。
https://syosetu.org/novel/323355/

・五等分の名探偵 - コナンと五つの難事件-
上記短編の後、リクエストをいただき書いた五等分の花嫁と名探偵コナンのクロスオーバーの原作沿い作品です。
諸事情で更新を停止しており、再開の予定はありません。
一応ストーリーの構想だけは最後まであるので、連絡いただければ最終話までのプロットを現在もご連携しております。
中途半端なのでオススメ度は低めです。
https://syosetu.org/novel/323727/


さて、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
またどこかでお会いできればと思います。
本当に、本当にここまで読んでいただきありがとうございました。
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