上空で見とれるほど鮮やかな大輪を咲かせた打ち上げ花火は、口論へと発展していた二乃と五月の二人を無理やり現実へと引き戻した。
二乃の肩を掴み詰め寄っていた五月も、花火の閃光と少し遅れて響く破裂音に我を取り戻したように空へと顔を向けた。
「あ……」
「これ以上は周りの迷惑になるわ。店へ行きましょう」
「待ってください……せめて、あの人のことだけでも」
すでに歩き始めていたが再び足を止める二乃。
振り向かないまま、一つ溜息をついた。
「あのね……あんた、あの男のことなんか今更知ってどうするつもりなのよ?」
「それは、お母さんに謝ってもらいたくて──」
「謝る? お墓の前にでも連れて行って土下座でもさせるのかしら?」
「……」
「そんなことをしたって誰も喜ばないわ。むしろ、お母さんだって顔なんて二度と見たくないんじゃないかしら」
「……!」
五月がハッとした顔をした。自分の行いによって母親がどう思うかなど考えていなかったという顔だ。
既に亡くなっている以上、真実を知る者はいない。
しかし二乃の言っていることが正しいと、理解した様子の五月。
二乃に対しての反論はなく、ただ俯きそれ以上は何も言わなかった。
後ろ目でその様子を見届けた二乃が言う。
「もういいかしら、さっきから周りの視線が痛いわ。早く行きましょ」
「……はい」
足を止めていた二乃がゆっくりと歩き始めると、五月もその後に続いた。
「みんな帰ってこないね」
「ですねー」
「だねー」
屋上から二乃と風太郎の二人を見つけた五月が店から飛び出した後、三玖、四葉、らいはの三人はぼんやりと時間を潰していた。
待っている間に花火大会も始まってしまった。
三人がいる店の屋上席は丸テーブルの四人席が点々と設置されているようなスペースだった。食事は下の階から運ばれてくるシステムらしく、テーブル以外は何もない閑散とした空間は花火を見ることに集中しろとでも言わんばかりであり、その一角にある席に全員座っていた。
「お兄ちゃんまで勝手にいなくなっちゃって、本当にごめんなさい」
「らいはちゃんが謝ることじゃない。勝手にいなくなったフータローが悪い」
「でも一花が言ってた二乃と上杉さんの急用って何だったんだろうね?」
「四葉、あれを信じたの?」
急用というのは一花が姉妹達に説明した嘘であった。
いくらなんでも二乃と風太郎の二人が一遍に消えれば疑われるのは間違いなく、誤魔化そうとしてもボロが出る可能性が高かった。
そのため一花は、早々に店へと案内し姉妹達に目を光らせる作戦を取っていたのであった。
三玖は二乃と風太郎が消えた時点で、二人が別行動をしていることも、一花がそれに手を貸しているのも見抜いていたのだった。
(私だって、フータローと一緒にお祭り回れるなら回りたいのに……)
一花が目を光らせている以上、三玖は気づいていながらも二人を探しに行くことが出来ず、結局店まで来てしまったのだった。
そしてそんな一花も、店に到着してしばらくした後の頃にはいつの間にやら姿を消していた。一花が消えた理由も誰も知らないらしかった。
先ほどからこうして三人でぽつりぽつりと誰かが何か喋っては、すぐに話題が途切れるという状況を繰り返している。
四葉だけを相手にすれば会話など途切れないのだが、らいはのことを考えるとどうしても話題を選ばざる得ないのだった。
「らいはちゃんの方こそ、いきなり知らない私たちと一緒にされちゃってつまらないよね」
「全然そんなことないですよ。花火もすっごい綺麗だし、私楽しいです!」
「そっか、いい子だね」
「本当に、らいはちゃんはいい子過ぎです! やはりここは私が上杉さんと結婚して合法的に義妹にするしか──」
「四葉……!」
三玖から見た四葉の発言には他意がないことは分かっている。この子は純粋にらいはを義妹にするための手段を思い付きで口走っているのだろう。
けれど、分かっているのにささくれ立つこの気持ちは、どうやら気持ちとして声に乗っていたようで、四葉はこちらを見るなりハッとした顔をした。
「じょ、冗談だよ冗談! あははは!」
汗をかきながら露骨な作り笑いをする四葉。しかしそのすぐ後に「あ、そうだ」と何か思いついたように声を上げた。
「だったら三玖が上杉さんと結婚したらいいんだよ! それでも義妹になるし!」
「え……えええ! ……私が、フータローと……!?」
思わぬ方向からの四葉からの打ち返しに、今日一番の声が出る。
確かに自分は"フータロー"のことが好きかもしれないし、四葉から言われて悪い気はしない。
しかし結婚までは流石に考えてもいなかった。もし自分が結婚するとなれば、朝起きればそこにはすぐ"フータロー"がいて──
「三玖さんとお兄ちゃんが結婚したら、四葉さんから見た私って姪とかになるんじゃないですか?」
「あ、それもそうですね。でも義理の姪なんてあるんですかね……あんまり聞いたことがないですし……」
正しくは義姪(ぎてつ)と呼ばれる言葉が四葉の考えている関係に該当する言葉なのだが、当然四葉では思い浮かばないらしい。
しばらくぶつぶつ言いながら考え込んでいると、屋上へ上がってくる階段から二人の影が昇ってきた。
二乃と五月だ。
「ごめん、遅くなったわ」
「とりあえず二乃を連れてきました」
その二人に気づいた四葉が顔を上げる。
「あ、二人ともお帰り! もう二乃! 勝手にいなくなるなんてひどいよ!」
「花火が終わるまでに帰ってきたんだからいいでしょ。それと……三玖は何してるのかしら?」
「あ、三玖はさっきからトリップしてて。三玖ー、帰っておいでー」
「そんなフータロー、もう二人目の子供なんてまだ早────ハッ!? 私とフータローの子供は!?」
「あんたも、少しは自分の気持ちを隠そうとしなさいよ……」
「あ、二乃」
しばらく放置されてしまったせいで大分話が進んでいたらしい妄想を打ち切られ、ようやく二乃達が合流してきたに気づく三玖。
半目で三玖を見る二乃。慣れた様子の四葉。
来て早々らいはの隣に立った五月達二人だけは、三玖の独り言も聞こえていなかったようで、なんの話かと首をかしげていた。
その時、らいはがキョロキョロと周りを見た。特に階段の方へと目を向けた後で、疑問そうな声で──
「あれ、お兄ちゃんは一緒じゃないんですか?」
と訊いてきた。
三玖もらいはに言われてようやく気付いた。
そういえば元々、五月は風太郎と二乃が二人で行動しているところを屋上から目撃して追いかけにいったのだ。
てっきり二人を捕まえてくるものだとばかり思っていた。
その疑問に二乃が答える。
「はぐれちゃったのよ。人混みに飲まれちゃって」
「えー!?」
らいはが驚きの声を上げた。
確かに花火大会開始のアナウンスが流れた時、店の外では客たちが大移動を始めていた。あれに飲み込まれたのならはぐれるのも致し方ないのかもしれない。
しかし、だとしたらマズいのではないかと三玖は思った。
「フータロー、お店の場所知ってるの?」
「あ、そうだよ! お店の場所って二乃と一花しか知らなかったんでしょ!? 上杉さん一人っきりじゃお店に来られないんじゃ」
「だから帰ってきたのよ。悪いんだけどらいはちゃん、あいつに電話してくれないかしら。繋がりにくいかもしれないけど、何度か試してほしいの」
「あ、はい。わかりました」
三玖の心配に対して、既に答えを持っていたらしい二乃。
確かに最近は風太郎と顔を合わせる機会が増えてきた五つ子達であったが、連絡先を知る者は未だ誰もいない。
いや、二乃ならば手に入れていてもおかしくはないのだが、こうしてらいはに頼みに来ているからには知らないのだろう。
二乃に言われ、らいはは携帯を取り出して電話をかけようとする。
しかし、通話ボタンを押す直前でらいはは顔を上げると二乃を見た。
「二乃さん、電話も試してみますけど、ダメだった時のためにもう一つ試したいことがあるんですけど、お願いできますか?」
「試したいこと?」
「はい、多分すぐに見つかると思います。付いてきてください!」
するとらいはは二乃の手を引いて店の外へと繋がる階段を降り始めていったのだった。
『花火大会をご覧になっているお客様の中より、お呼び出しをいたします。上杉風太郎様。上杉風太郎様。ご家族の方が運営テントにてお待ちです』
次の花火を打ち上げるまでの準備時間の隙間を縫って流れるアナウンスに風太郎が顔を上げた。
「俺の呼び出し? そうか、その手があったか。あいつらの誰かからいはが気が付いて呼んでくれたんだな」
それまで方向も定まらず闇雲に祭り会場を練り歩いていた風太郎であったが、一転して運営テントの方へと歩く方向を変えた。
ずっとうろついていたおかげで場所は分かるのだ。
どうにかしてみんなと合流しようと必死になっていた風太郎だが、合流する当ても見つかると安心し、先ほどの出来事を思い出す。
二乃とはぐれた後、人混みに押されて無理やり場所を移動させられた風太郎が最初に見かけたのは一花の後ろ姿であった。
店の場所を知らない風太郎はあやうく迷子になりかけたと安堵し、一花に近寄って肩を掴もうとした瞬間、風太郎の手は一花とは別人物に捕まれたことによって止められたのだった。
『君、誰?』
風太郎の腕を掴み、そう呼びかけてきたのは見知らぬ男性だった。
鼻の下と顎に短く切りそろえられた髭をたくわえ、髪を七三分けの40代に差し掛かったかどうかの外見をした細い目の男性。
(あんたこそ誰だ!?)
風太郎と一花の間に割って入るように立つ男性の奥で、一花は気づいていないはずがないにも関わらず、風太郎から目を逸らしていた。
『一花ちゃんとどういう関係?』
『え?』
(関係……?)
困惑する風太郎。
第三者に問われることで、ふと今まで明確に考えたこともなかった自分達の関係というものを思案する。
突然の問いに戸惑う風太郎は、無意識に考えをそのまま口に出してしまう。
『俺は……その……友……教師……関係者……』
いくつもの関係性を示す言葉を自分たちに当てはめてみては、どうもしっくりこずに次へ次へと言葉を連想する。
そしてその中でとりあえず"間違ってはいない"と思った言葉を見つけた。
『知人、そうだ。知人だけど』
ようやく答えられたと顔を上げる。しかしその視線の先では、既に男性と一花の姿は消えていた。
周囲を見渡すが見当たらない。
そんなに自分は長い間黙り込んでしまっただろうか。
『あれ……知人ですけどー!?』
せっかく考えたというのに何故聞いてくれない。
そんな虚しさを抱えながら思わず叫んだが、その意図を誰かが汲んでくれることもなく、結局風太郎は店の場所も分からず一人で祭り会場を彷徨うこととなったのだった。
一花は自分に気が付いていたはずなのに、なぜ何の反応も返してこなかったのかも気になる。
とはいえ情報も無さすぎる現状で答えが出るわけでもなく、悶々としているうちに運営のテントが見えてきたのであった。
テントまである程度近づくと、中で受け付け用に置かれている長テーブルの前でらいはと二乃が立っていた。
「あ、お兄ちゃんやっと来た!」
同じタイミングでらいはも風太郎に気が付いたようで手を上げた。
二人の前まで到着すると、らいははくるりと回って立っている角度を90度変えると、長テーブルの向こう側に立っている受付の女性へと頭を下げた。
「お兄ちゃんと会えました。ありがとうございます」
「どういたしまして。妹さん、しっかりされた子ですね」
「ええ、まあ」
らいはのお礼をにこやかに受け止めた女性からの、らいはへの誉め言葉に風太郎は前髪を弄りながら頷いた。
「彼女さんも、彼氏さんが見つかって良かったですね」
「誰が彼氏よ!?」
続けて二乃へと話しかけてきた女性に即答する二乃。
そのやり取りに先ほどの男性との会話が思い出される。
(そりゃ恋人なんてのは間違いなく違うだろうな……)
「ただの知り合いですよ」
ヤケに取り乱している二乃の代わりに答えてやる風太郎。
対する女性は少し笑みを引きつらせた。そしてその直後。
二乃からは足を踏まれ、らいはからは背中を叩かれた。
「いって!?」
「こらっ! そういう言い方は傷つくんだよ!」
「らいはちゃんナイス」
二乃が小さくグッジョブしていた。
「じゃあなんて言ったらいいんだよ!?」
「知らないわよ。他人との関係なんて自分で勝手に決めればいいわ」
「それで俺は今怒られたんだが……?」
「じゃあ不正解ね、お生憎様」
「自分で決めろって言われて決めたことが不正解って理不尽なんだが!?」
「ちなみに教師と生徒って言っても足踏むから」
「やっぱり答えがあるんじゃないか!?」
「そうよ。どうせあんたの中にももっとちゃんとした答えがあるはずなんだから、頭をひねりなさい」
そこまで話した時、女性から次の人を案内するからずれるように案内があった。
三人は頭を下げると、場所を移動した。
テーブルの前から少し離れた三人。二乃がスマホを取り出すと、画面を風太郎へ見せてきた。
「ここ、店の場所よ。今ネットが繋がりづらいから、今見て覚えなさい」
「お前が連れてってくれるんじゃないのかよ」
「その予定だったけどはぐれちゃったんだもの。同じことがないとも言えないわ」
「それもそうだな」
風太郎はスマホの画面をのぞき込む。表示されているのは店のHPだった。建物のすぐ近くまでは来ているはずだから、この際住所や地図はあてにならないだろう。
代わりに建物の外観が映っている写真が掲載されているため、それで覚えることにする。
その間、口頭でも二乃は現在位置から歩いて向こう方法も教えてくれた。
一通りの話を聞き終えて、スマホから目を離そうとしたその時、二乃のスマホが震えた。点灯状態の画面の上部には、チャットの出だしを表示させる通知も表示される。
一花からだった。
『風太郎君の後ろにある建物の影にいるんだけど、二乃だけこっち来れない?』
直後、風太郎は勢いよく後ろ振り向く。
チャットに書いてある通り、2軒の建物の隙間にある裏道で一花がひっそりと立っていた。
どうやら風太郎の体が壁になっていたようで、二乃のスマホを覗き込んでいたとは知らなかったらしい。
突然振り向いた風太郎に驚いて一花は顔を逸らした。
「どうしたのよ、突然後ろなんて向いて……って、一花から連絡届いたじゃん。あんた人のチャット勝手に見るんじゃないわよ!」
「自然と目に入っちまったんだから仕方ないだろ」
そう言って風太郎は一花の方へと歩き出そうとする。
「待ちなさい。あんた読んだ上でそういうことしようとするの、ほんとデリカシーないというか、人の意図を汲まないわね。一花は私にだけ来いって言ってるのよ」
「だが──」
「だがじゃないわ。わざわざ名指しで呼び出すってことは、聞かれたくない話があるってことよ。ここで待ってなさい」
風太郎を引き留めた上で、二乃が代わりに一花へと歩いていく。
本当であれば風太郎も先ほどの男性の件などを聞きたかったのだが、二乃に言いつけられた手前、待たざるを得なかった。
二乃が裏道へ入ると、一花は胸を撫で下ろした。
「良かった、フータロー君は連れてこないでくれたんだ」
「あんたのしたことを説明してくれると思ったからよ」
冷たく言い放つ二乃を前に、一花は「うん」と静かに頷いた。
「私からも話があるの。単刀直入に聞くわ。私はあんたに上杉と二人きりの時間を作ってもらうようにお願いした。そのために店の場所も教えたし、抜け出す時に合図も送ったわ」
「うん、私のアイコンタクトにも気が付いてくれたよね」
姉妹達から抜け出す時、二乃は一度一花と目が合っている。
その時に一花はウインクを投げてくれたのだが、やはりあれは任せてという意味のアイコンタクトで間違いないようだった。
しかし、問題はその後だ。
「あんたは確かにあの子達を店へ連れてってくれたわ。だけど花火大会が始まる直前、あんたは一人で抜け出した。そのせいで五月が屋上から私を見つけて追いかけてきて大変だったのよ?」
「あちゃー、見晴らしがいいからあのお店を借りたのに、裏目に出ちゃったんだね」
「ふざけないで。花火大会が始まろうとしたあのタイミングであんたも消えたってことは、つまり"そういうこと"よね。弁明があるなら聞かせて頂戴」
一花へと問いかける二乃の内心では、様々な思いが渦巻いて腸が煮えくり返りそうになっていた。
無論、その中には信じてお願いした一花から裏切られたという気持ちもあったが、最大の理由は自分自身の至らなさであった。
三玖がフー君のことを好きだと知った日から、これで失敗は何度目だろうかと数えるのも嫌になっていた。
花火大会が始まる直前は人が混雑するから、はぐれてもみんなで花火を見れるように店の場所を伝えておいたのに、結局姉妹だけで満足してフー君達には伝えず、結果はぐれて迷子にさせてしまった。
フー君とはぐれる原因となった一花も、三玖の件で自分が考えている以上に他の姉妹達の中に恋心が芽生えるのは早いと知ったはずなのに上手く活用できなかった。
どちらも同じ失敗を繰り返しているのだ。
(自分の学習能力の無さに嫌気が差すわ)
だから一花に抱えている怒り全てをぶつけるのは八つ当たりだとは自覚していた。
しかし、一花も約束を破っているのもまた事実であるからこそ、多少は文句も言ってやろうと怒っているのだった。
前世だと一花は即答でフー君が好きだと回答してきた。確か全国模試の頃だっただろうか。
今はそれよりかなり前であるため、多少フー君への気持ちも育ってないかもしれない。
回答の中身は知れているが、どの程度かを図ろうと固唾を飲んで一花の反応を待った。
けれど、その一花の反応はと言えば──
「え、そういうことって?」
キョトンとした顔だった。
「は?」
「え、ごめん。話が見えないんだけど、二乃は私が約束を破ったから怒ってるんだよね?」
顎に手を当て、考えながら伺うようにして確認する一花。
「そうよ! おかげで私は結局あいつとマトモに花火を見れてないのよ!?」
「そうだよね。二人っきりの時間を作れなくて怒ってるんだよね?」
「だからそうだって言ってるじゃない!」
さっきから同じような質問を繰り返す一花に、二乃の怒りのボルテージが上がっていく。
この後に及んで回りくどい話し方で煙に巻こうとしているのだろうか。
自分の知る一花は小賢しい手は使うが、往生際の悪い人間ではなかったと思うのだが、と考える二乃。
だから逃げることが出来ないよう、二乃から本題を口にしたのだった。
「あんたが私との約束を破ったのは私とフー君がはぐれた隙に、あんたが上杉と二人の時間を作るためでしょう!?」
「えええ!? 何でそうなるのさ!?」
「とぼけるんじゃないわよ! あんたも上杉のこと好きなんでしょ!?」
「私が!? ……え、全然そんなことないけど?」
「…………は?」
こちとらさっきの五月との口論以上の火力でバトルするつもりだったのに、頭から冷や水をかけられた気分だった。
一花がフー君を好きではない? いやいや、そんなわけがなかろう。
「じゃ、じゃああの子達にも黙ってお店を抜け出したのはなんでよ……?」
「うん。二乃を呼んだのは、その理由を話そうと思ったからだよ。迷惑かけちゃったからちゃんと私の仕事のことを説明しておこうと思ってなんだけど」
「仕事……?」
仕事というのが何のことかはわかる。
この当時、自分達姉妹は知らない話だが、一花は少し前から駆け出しの女優業を既に始めていたらしい。
前回ならば祭りの後の日に確か教えてもらったはずなのだが、それを今この場で打ち明けてくれようとしているとのことだ。
何のために?
仕事が原因で二乃との約束を破ってしまったからだ。
「なら、あんたフー君のことは好きじゃないの……?」
一花が少し噴き出して笑った。
「フー君って、何その呼び方。二乃、一人の時はそんな風にフータロー君のこと呼んでたんだ。まあいいけど、私はフータロー君のことは別に好きじゃないよ。良い奴だけど、子供っぽいし私はそんなにって感じだよ」
「あ、そう……」
(つまり、私が一人で勝手に勘違いしてたってことなのね……)
肩の力が抜けた。
恋敵が減るのだから、これほど安堵できることなど早々ないだろう。
「だいたい私たち会ったばっかりだし早いって話したばかりじゃん……まあ、四葉のチクリのおかげで三玖もなのはさっき知ったけど」
「そうね……」
「まあその事は、恋する当事者たちにお任せするとして、私も自分の筋を通すために二乃に説明するとね、仕事っていうのは──」
「一花ちゃん見つけた!」
一花の声は男性の声で遮られた。
同時に、通りの提灯の光が差し込む裏道に、人影も映る。
通りに背を向けていた二乃が振り返ると、見たことのある顔がいた。確か一花の所属している事務所の社長だ。織田とかいう名前だった気がする。
「やばっ!」
織田はズンズンと通りへ入ってくると、二乃など眼中に入っていないようで横を通り抜け一花の手を掴むと引っ張った。
「こんなところで何やってんの! 言い訳は後で聞くから、早く走って!」
「あの、分かりましたからそんなに強く引っ張らないで……!」
一花も観念したように引っ張られながら織田にへとついて行く。
顔だけ二乃へ振り返ると、掴まれていない方の手だけで顔の前で合掌のようなポーズをし、ごめんの意を示してきた。
二乃からすれば仕事の正体は知っているわけだし、自分の勘違いだったことも理解したので、このまま行かせてもいいのではないかと思った。
この時、二乃は恋敵が減ったという安心感から完全に油断していた。
通りに出れば、誰がこちらの様子を見ているのかを失念していたのだ。
そして、その判断ミスによってまた一つ、運命は史実を辿ろうとする。
「待てよ」
風太郎が一花の手を取った。
一花の目が見開かれる。
その一花の変化を、二乃は鋭敏に察知した。
何をそんなに焦っているのか、鬼気迫る形相で風太郎を睨む織田。
「なんだ君か……君はこの子の何なんだ!?」
「俺は……」
このやり取りには覚えがある。さきほどテントで自分とした会話だ。
「俺はこいつの」
あの時自分は何と言った。何と答えるようにフー君に助言した?
「こいつらの」
知り合いなんて言い方ではない、もっと自分たちの関係を適切に捉えた言葉。その言葉に縛られ、飛び越えようとしている言葉。
「パートナーだ、返してもらいたい」
その時に見せた一花の表情を、二乃が忘れることはなかった。
同じ顔だからこそ、ああ、自分はこんな顔をして恋に落ち始めたのだろうと客観的に見れたからだ。
惜しむらくは、今生では見たくない自分と同じ顔だった。