二乃の人生二周目フー君略奪大作戦   作:真樹

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9_自分にできることって

 花火大会も終わり残暑も穏やかになり秋が顔を見せ始めた頃になると、図書室の一角で行われている姉妹達の勉強会は他の利用者にとってもお馴染みのものとなってきていた。

 最近新たに変化があったことといえば制服が冬服に衣替えしたことと、勉強会の面々に一花が加わったことだった。

 前世では、この当時の二乃はまだ放課後の勉強会など顔すら出しておらず誰が参加しているかなど知らなかったのだが、こうして参加している顔ぶれを見てみると一つの共通点が見えてくる。

 

(何が授業よ……全員フー君狙いじゃない……!)

 

 自分も同じ目的であることを棚に上げて二乃は内心で吠えた。

 実際のところは一応他の姉妹達の場合は勉強も真面目に取り組んでいるため、純度100パーセントの不純な目的で参加しているのは二乃だけなのだが。

 新メンバーとして参加するようになった一花は、勉強会が始まってからというものその表情はやや困惑の色を示していた。

 

「えっと、この空気は一体どうしちゃったのかな……?」

「え、何か違うかな一花?」

 

 一花のぼやきに顔を上げる四葉。四葉は一花の発言の原因にまったく気づいていないらしい。

 現状の勉強会で参加しているのは五月以外の姉妹全員とフー君の五人だ。

 五人は片側に三脚ずつ椅子が設置されている六人用のテーブルを使用している。

 一花はそのテーブルの真ん中の席に座っている。

 反対側の真ん中の席には、常識的に考えれば家庭教師であるフー君が他の姉妹をフォローしやすいよう座るはずだが、今日はそうではなく空席だった。

 そのため、隅の四席に一花以外の四人は座っているという状況だ。

 そして、何故そんなよくわからない配置になっているかといえば、これは先ほどから繰り返されている会話なのだが──

 

「ねー二乃ー、ここ教えてもらいたいんだけど」

「なんで私に聞くのよ四葉! 家庭教師がいるんだから教えてもらいなさいよ!」

「だって目の前に二乃いるし、上杉さん今一花を教えてるから──」

「なら私が一花に教えるわ。席の隣だし。ほら交代、教えてあげなさいよフー君!」

「お前が勝手に教えんなよ…………まあいい……三玖、四葉、真ん中邪魔するぞ」

「じゃ、じゃあ私がフータローの席行くよ」

「いや、本当に邪魔だから言ったわけじゃないんだが……」

 

 といったやり取りと席替えが繰り返されている。

 状況としてはこうだ。二乃が四葉を避けており、フー君が二乃を避けており、三玖がフー君を避けている。

 祭りの前まではこんなことにはなっていなかった。そしてこの状況を完全に理解している者も誰もいなかった。

 比較的状況を一番理解できているのは、おそらく二乃だろう。

 

(フー君はきっと、私のことを意識してくれているのよね)

 

 祭りの帰りに告白した後、二乃自身から言った事でもあるが返事はもらっていない。

 そのせいもあってか、翌日以降のフー君の二乃に対する接し方はかなりギクシャクしたものとなっていた。

 この世界では初めて受けた告白だから、どう接したらいいか分からなくなっているのだろう。

 二乃は告白の順番だけは前世でも同じで姉妹の中で最も早かったため、フー君からこういった対応をされるのは二度目であることから避けられてもそれほど不安にはならなかった。

 

 三玖の様子がおかしい理由は知らない。

 知らないが二乃なりに予想を立てるとすれば大方、自分の告白に触発されてフー君への接し方を変えるべきか考えすぎて悩んでしまっているのだろう。

 これに関しては三玖自身の問題なので、自分でどうにかしてもらいたい。

 協力はできないが自分を追い込みすぎたりして本当にまずいと感じれば多少助言をしてあげてもいいのだが。

 

 最も問題なのは四葉だ。

 今日が勉強会初回の一花は除外するとして、他の面々の中では四葉だけが唯一いつも通りなのだが、二乃にとっては"いつも通りすぎて"怖いのだった。

 

(あのノートの中身、四葉は本当に私の想像の話だと思ってくれてるのかしら……?)

 

 最近書くことを習慣にもしていた前世での出来事を思い出し、忘れないように書き綴っていたノート。

 それを見た四葉の感想は、二乃の創作物だと思っているとのことだった。

 確かにそう考えるのが普通なのだが、見られた側の二乃としてはどうしても不安が拭い切れないでいる。

 

(もし四葉にバレてないとしても、このままじゃ逆に変に思われるわ)

 

 実際、自分だけのせいではないだろうが既に一花の様子からして、四葉以外にも自分も挙動不審に思われ始めているだろう。

 四葉の件はこちらから確認することもできない問題のため、とにかくもっと自然で普段通りの振る舞いとなるよう努めるしかないと、バレないよう小さくため息をついた二乃であった。

 

 

 

 

 

 同日の晩、夕食も終えて後は寝るだけの時間になったころ三玖はリビングのソファで一人テレビの前に座っていた。

 電源のついたテレビで流れているのはやや深夜よりのノリでMCのお笑い芸人が進行をしているバラエティ番組。

 別に三玖が見たくてつけているわけではない。ただ音が欲しくてスイッチを入れたらやっていただけである。

 当の三玖本人はテレビ番組自体はまったく見ておらず、ずっと考え事をしていた。

 昨日の帰り道に二乃がした告白がずっと頭から離れない。

 それが気になって、今日の放課後は風太郎を避ける様な振る舞いをしてしまった。

 

(嫌われてないよね……?)

 

 考えたところで答えが出るわけでもない不安が湧き上がる。

 正直言って、三玖はまだ自分の気持ちを自覚して日が浅い。それに初めて経験することということもあり、この想いが世間一般で言う恋というものなのかも自信が持てなかった。

 いや、正確には持てなくなっていた。

 

(私には二乃みたいに告白する勇気なんてない)

 

 仮に自分が告白したとして、風太郎がそれを受け入れてくるビジョンが三玖にはまったくもって想像できない。

 風太郎は自分達姉妹のことをどう思っているのかもわからないし、考えたところで出会ってからの日が浅すぎて『なんとも思ってないだろう』という結論しか出なかった。

 それは二乃も同じはずだろうが、きっとあの性格だから告白できてしまったのだろう。

 

(フータローはなんて返事するのかな)

 

 三玖は少なくとも、自分が告白した場合よりは可能性があるだろうと考えている。

 どういうわけか知らないが転校してからの二乃は驚くほど勉強が出来る。風太郎とは話も合うだろう。

 接し方だって最初から友好的だった。この点は四葉も同じなのだが。

 極めつけは昨日の花火大会だ。途中で五月が割って入ったらしいが、少なくとも花火が上がるまでは一緒に祭りを回っていたはずだ。三玖にはない、二人きりの楽しい時間を過ごしたという実績もある。

 どれも決め手ではないが、自分が風太郎に対してそうであったように風太郎の琴線に触れる何かがあれば、二乃のことを好きになってしまっているかもしれない。

 今日会った限りでは風太郎は二乃に対してよそよそしくなっていたが、あれはどういう形であれ意識してのことなのだろう。

 

 そして、話を最初に戻すとそんな状況で二乃は既に告白を済ませている。

 返事はいらないと言ったが、それは"今は"というだけの話だ。

 二乃はより一層アプローチをかけて、可能性を高めてから返事をもらうつもりなのだろう。

 昨日と同じように、何かのイベントにかこつけて風太郎との時間を作ろうとするならば、直近で予定されている学校の催しごとを利用するだろうと予想される。

 三玖はスマホを手に取るとカレンダーを起動した。

 二学期の行事は一応予定に入れているため確認する。

 今月末辺りには中間テストがあって、その少し後には林間学校だ。後はまた期末テストがあって、冬休みに突入するだけ。

 この中でめぼしいイベントと言えばやはり林間学校だろう。三日間もの期間を学校外で行われるこの催しごとは、様々なオリエンテーションも用意されている。

 流石に三日全て使うということは二乃でもないとは思うが──

 

(いや、二乃だし……)

 

 ありえなくもない話かもと考えを改めた。

 このままいけば自分は何もすることもなく、風太郎を二乃へ持っていかれかねない。

 そう考えると胸が締め付けられるような思いがしたが、それでも自分が風太郎を誘おうという勇気はまだ湧いてきてくれなかった。

 

「どうしよう……」

 

 今までずっと頭の中で考えているだけだったが、とうとう言葉として漏れ始めた。

 ソファの上で体育座りすると、膝の間に頭を乗せる三玖。

 その時だった。廊下の方から足音が聞こえてきた。少しして一花がリビングへと姿を見せた。

 パジャマを着て首にバスタオルをかけており、秋口のまだ湿気もやや高い季節だというのに肌からは湯気を立ち昇らせている様子から、ずっと風呂に入っていたようだ。

 自室に戻る途中であろう一花はリビングへ入るなり三玖を見つけた。

 

「どうしたの、三玖?」

「何でもないよ」

「何でもない人はそんな恰好をしないよ。悩み事だったら、お姉ちゃんが力になるけど」

「……」

「話せない?」

 

 優しい口調で訊いてくる一花。

 話すべきだろうかと三玖は思案する。

 自分の気持ち。二乃への葛藤。そして学園祭。全て打ち明かせば、きっと一花は協力してくれるだろう。

 自分などより遥かに社交的な一花ならば、もしかしたら想像もつかないような案を出してくれるかもしれない。

 三玖だって二乃のことを邪魔したいわけじゃない。足を引っ張るのではなく、自分にもチャンスがほしいだけなのだ。

 ただ、二乃のように度胸がない、それだけだ。

 けれど、今話を聞こうとしてくれているのは一花だ。二乃でも、風太郎でもない。

 だったらここで相談することは、告白なんかよりもずっと楽なはずだ。

 

「あのね、一花」

「うん」

「協力してほしいの──」

 

 

 

 

 

 三玖が一花と話しているころ、風太郎は自宅でいつものように自習をしていた。

 寝る前の時間のため部屋の中央に置かれている机は壁際に寄せられており、布団が川の字に敷かれている。

 それ自体はいつもの風景なのだが、この日に限ってはその様子を風太郎の後ろで、布団の上に座ってる父の勇也とらいはの二人からすれば異様に見えていた。

 一心不乱にノートに書きこむ姿は集中していると表現しても間違いではないのだが、目がやや虚ろであり何か得体のしれないものに取りつかれているのではないかと疑いたくなるような有様だった。

 六畳一間の同じ部屋なので聞こえないはずがないのだが、風太郎の後ろで二人は声を潜めて話す。

 

「風太郎のやつどうしたんだ? ゾンビみたいだぞ」

「朝からずっとあの調子なの。昨日お祭りで一緒にいた時はあんなんじゃなかったんだけど……」

「ははーん、さては風太郎のやつ、五月ちゃんから告白でもされたか?」

「五月さんに!? ……何で五月さん? 他にも姉妹の人たちいっぱいいたよ?」

「いや、俺は五月ちゃんとしか会ってないから相手は適当だけどよ。風太郎があんなんになるのなんて、慣れてねえ女絡みか財布落とすかくらいだぞ」

「でも告白されたら普通喜ぶもんじゃないかな?」

「それもそうだな……ってことは、フラれたか」

「お兄ちゃん好きな人できた上にフラれちゃったの!?」

「こういう時こそ、親の仕事ってやつだな」

 

 勇也は立ち上がると風太郎の後ろへ立つ。

 

「おい風太郎」

「んあ?」

 

 ボケた顔の風太郎はペンを止めて振り返る。

 勇也はしゃがみ込むと、母性さえ感じさせるように優し気な顔で風太郎へ目を合わせる。

 

「お前の気持ちはよくわかる。こういう時って、辛いよな」

「何だよ急に」

「お前の様子が変だから心配してやってんだよ。らいはから聞いたぞ。昨日の祭りの後からおかしいんだってな。大体何があったか想像できる」

「親父……」

「俺は誰よりお前を知ってる、お前の父親だぞ」

 

 風太郎の目に光が宿る。

 まるで暗雲が立ち込めた空に光明が差すように、目に宿った一点の光から徐々に風太郎の表情そのものも生気を取り戻していく。

 その様子を見て、勇也はやっぱりか、という顔をした。

 

「告白してフラれたんだろ。しかもその様子だとキスでも迫って引っ叩かれたか」

「誰だその息子俺の知らない兄弟がいるみたいだな」

「なに外れか!? おい、らいは! 違うって!」

「えー!?」

「そっとしておいてくれよ!?」

 

 馬鹿らしくなって再び机に向き直る風太郎。

 だがおかげさまで先ほどまで頭の中を埋め尽くしていた二乃のことが少し薄らいでくれた気がする。

 昨日の出来事が強烈過ぎて、何度も二乃から言われた言葉を繰り返していた。

 そしてそれは態度にも出ていたのは自覚している。

 

(今日は禄に二乃の相手してやれなかったな……) 

 

 図書室での勉強会は二乃だけ自習をしているのだが、それでも詰まった時には多少フォローはしてやっていた。

 しかし今日はそれさえできず、本人への申し訳なさと給料泥棒をしたような気になってしまい二重の罪悪感で肩が重くなっていた。

 まもなく中間試験だ。流石の二乃でも困る部分が出てくるかもしれない。自分がこのままでは仕事に支障が出かねない。

 そう考えた風太郎は立ち上がると、玄関へと歩き始めた。

 

「こんな時間にどこ行くんだ?」

「散歩だよ。頭冷やしてくる」

 

 そう言って靴に履き替えていると、チャイムの音が鳴った。

 

「客か? こんな時間に?」

 

 呟いてからちょうど靴に履き終えたこともあり、すぐさま玄関の扉を開けた。

 訪問客の正体は五月だった。いつもの制服姿ではなく私服を着ている。

 扉を開けるなり目が合うと、五月の方が目を丸くした。

 五月が家を訪ねてきたのはこれが初めてではなく昨日も給料を渡しに来たのだが、その時はこんな非常識な時間ではなかった。

 

「え、上杉君!?」

「五月か。お前が鳴らしたんだろ。何驚いてんだ」

「鳴らした直後に出てくるからですよ! 驚きました!」

「ちょうど出かけようとしてたからな」

 

 五月が風太郎の足元を見る。外履きの靴を履いているのを確認する。

 今五月を応対しているのは我が家の狭い玄関だ。来客の相手をするくらいなら靴に履き替える必要もない。

 それを向こうも理解したようで、再び目を合わせてくる。

 

「どこかに御用が?」

「ただの散歩だ」

「ならちょうどいいです。少しご一緒してもいいですか?」

「なんでだよ」

「あなたに話があるからです」

「……わかった。ちょっと待ってろ」

 

 風太郎は振り返ると、らいは達もこちらを見ていた。

 声は聞こえているだろうが、半身をずらして五月の姿も二人に見えるようにする。

 

「聞こえてたな。こいつと少し出かけてくる」

「えー、五月さんせっかく来たなら上がっていけばいいのに」

「ごめんなさいらいはちゃん。また今度ゆっくりさせてもらいます」

「風太郎、うちは門限はないからな」

「どういう意味だよ……」

「上杉君のお父さん! 何を言ってるんですか!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ五月に対して、豪快に笑う勇也。

 

「そんなかたっ苦しい呼び方じゃなくて、お父さんでもいいんだぜ五月ちゃん!」

「そのように呼ぶ筋合いはありません!」

「冗談だよ冗談! んなことさせたらマルオに殺されちまう! 風太郎、あんまり遅くなるなよ。後、五月ちゃんをなるべく家の近くまで送ってやれ」

「最初っからそのつもりだよ。ったく」

 

 当たり前だが生まれた時からの付き合いであるこの親だ。全部冗談というのが本当で間違いないだろう。

 しかし発言そのものが不謹慎であることは風太郎でも流石にわかることだった。

 こういうところが自分にも遺伝しているから、よく空気が読めないなどとクラスメイトから言われるているのだろうかと考えるとほんの少しだけ恨めしく感じる風太郎であった。

 

 外へ出た後、元々予定していた散歩ルートを変えて五月を家へ送り届けるルートを歩いていた。

 学校の制服は冬服へ衣替えしたとはいえ、日中はまだ上着を着ていると汗ばんでくるこの時期だが夜になると気温も大分下がっていた。

 昼間のノリで薄いシャツ一枚で部屋を出た風太郎であったから、震えるほどではないが少し肌寒く感じた。

 横目で五月を見ると、家に来た時からそうであったが眉を吊り上げ怒っているような、緊張しているような顔をしている。この顔が崩れたのは玄関でらいはを相手にした時だけであった。

 街灯と月明かりだけが明かりの夜道、気温と五月の雰囲気も相まって妙な緊迫感を感じていた。

 並んでしばらく歩いていたが、先に口を開いたのは五月からだった。

 

「率直に聞きます。あなたは二乃のことをどう思っていますか」

「な、なんだよ急に」

 

 現在進行形の悩みの種である人物の名前を出され、やや挙動不審になる風太郎。

 昨日の出来事は姉妹達全員に見られている。風太郎以外が気にしていても不自然ではなかったが、その問いの答えは二乃にすべきであって、五月にする義務はない。

 どういう了見で五月が訊いてきているのか真意が読めなかった。

 

「お前に答えることじゃないだろ」

「それは……そうですが」

「それとも二乃から代理で訊いてこいとでも言われたか?」

「いえ、それは違います」

 

 それだけ答えると五月は再び黙りこんだ。

 

(じゃあ何なんだよ)

 

 内心で一人ごちる風太郎。

 どう思っているか、そんなことは自分だって知りたかった。

 その答えが出ないから今こうして悩んでいるのだというのに。

 しかし、考えても答えが出なかったことに関して、これ以上今ここで掘り下げても仕方がない。

 話の内容の重要さもあって、適当に返事をすることもできない。

 となれば、別の観点から話しをした方がいいと風太郎は考える。

 

「お前は姉妹のそういった話に興味があるのか? だとしたらもう少し遠慮ってものをした方がいいと思うが」

「違います! そんなゴシップ好きではありません!」

「ならどうしてそんな事訊くんだよ」

「それは……私たち姉妹には、男の人を慎重に選ばなければいけない理由があるからです」

「釣り合う相手じゃないと父親が許さないとかか?」

「それも違います。お父さんならそう言うことを言い出す可能性もなくはないのですが……」

「なくはないのか」

 

 流石はお嬢様だと思った。風太郎からすれば、五つ子が住んでいるマンションは一体どれだけの収入があれば購入が可能なのか見当すらつかない。

 けれども自分たちには一生縁のない場所なのだろうということだけはわかる。

 その経済事情から中野家がかなり裕福であり、そういう上流階級の人間たちは自分とは違う価値観や基準で交際相手を選ぶこともあるだろうと想像できた。

 そういえば五月の父親が何の仕事をしているのかもしらないということにも気が付いたが、他所様の事情であることに加え、思ったほど興味もわかなかったため聞かないこととする。

 話しを五月が続けてくれる。

 

「事情というのは、お母さんの方なんです」

「母親? 確か、お前たちの母親って──」

「ええ、五年前に亡くなっています。ですが、母の生き様を考えると、私はどうしてもキチンとした男性を選ばないといけないと思っているんです」

「それは、経済的な意味でか?」

 

 だとしたら自分は落第間違いないだろう。

 けれども予想外にも五月は首を横に振った。

 

「いいえ、お金は関係ありません……いや、関係なくはないのかもしれませんけど……」

「歯切れが悪いな。昔に何かあったならハッキリ言え」

「言いづらい事情だってあるかもしれないじゃないですか! どうしてあなたはそうデリカシーがないのですか!?」

「くっ……!」

 

 だが必要な話なんだろう、という言葉は火に油を注ぐだけなのは目に見えていたため、ぐっと飲み込んだ。

 風太郎から見ればどう考えても、たった今拒絶された過去の出来事がこの話のキーになっているとしか思えなかった。

 五月もそれを分かってか、風太郎を叱りつけた後黙ってしまったが、様子からして言うべきか否か悩んでいるようだ。

 歩いているうちに五月の家も近づいてきた。

 これ以上は家の前で話すことになり、今度は姉妹達に聞かれる可能性が出ると踏んだ風太郎は無理にでも回答を引き出そうと決めた時、同じことを考えたのか五月がキッっとした表情で向き直ってきた。

 

「すみません、お待たせしました。やはりこれを話さなければいけなさそうです」

「ああ」

「実は、私たちの父は──」

 

「あれ、上杉さんと五月だ」

 

 五月の言葉は最後まで聞こえなかった。

 第三者の声によって遮られたからだ。

 風太郎と五月、二人が同時に振り向く。聞いたことのある声だからすぐに分かったことだが、四葉が五月の家の方角に立っていた。

 五月と同様、私服を来た四葉。荷物は持っておらず、手ぶらだった。

 

「上杉さんこんなところでどうしたんですか? 五月と一緒にいるってことは、うちに何か御用ですか?」

「散歩の途中で五月とバッタリ会ってな」

「そうですか、邪魔をしたようですみません」

「四葉は何をしにここへ?」

 

 相当驚いたのだろう。震えた声で訊く五月。

 

「私は少し走りに出ていたんです」

「そうか」

 

 先ほどの心配が現実になった。他の姉妹と遭遇した以上はこれ以上話はできないと考える。

 一瞬、五月がこちらへ視線を向けたが嘘を付いた理由を察したのだろう、五月も頷いてくれた。

 

「ところでさ五月、何かお話し中だったみたいだけど?」

「……! いえ、そんな大した話じゃないですから大丈夫です!」

「ふーん、そっか。上杉さん、五月を送ってくださったんですよね。ありがとうございます。家はもうすぐそこですので、後は私が代わりますよ」

「ああ」

 

 風太郎から見た四葉は"いつも通り"だ。

 だがそれでも何かが違うような気がする。それが今の四葉に対する風太郎の率直な感想だった。

 しかし確信のないそれを確認する術もなかった。

 それまで並んで歩いていた五月が風太郎の先を行き、四葉へと並ぶ。

 踵を返し風太郎へと向き直ると、五月は一度お辞儀をした。

 

「上杉君、こんな夜分に付き合ってくださりありがとうございました」

「おう」

 

 押しかけたのに、とは言わなかったのは四葉が隣にいるからだ。

 

「それじゃあ上杉さん、また明日学校で」

「また明日な。五月も」

「はい」

 

 最後に二人への別れを告げた後、風太郎は自宅への帰路についた。

 

 

 

 

 

 風太郎を見送り、姿が見えなくなったころ、未だに五月と四葉はその場で立っていた。

 五月は先ほどまでの風太郎との会話を思い出していた。

 本当は自分たちの血の繋がっている方の父親の事情を全て伝えるつもりだった。

 五月としては彼にそれを理解してもらった上で、今後の彼の行動を見て判断しようと思っていたのだった。

 だが結局言えず仕舞いで終わってしまった。

 

「ねえ五月」

「何でしょうか」

「さっきの話が何だったのかは分からないけど、二乃の邪魔をするのはやめてあげようよ」

「……!!」

「五月が心配してることもわかるよ。でも、上杉さんはきっとそんな人じゃないと思うんだ」

 

 四葉の物言いは、本当に話が聞いてなかったのかと疑いたくなるほどであった。いや、おそらく本当は多少聞こえていたのかもしれない。

 そして、何故か四葉の言っていることは二乃の肩を持つ側の発言だ。

 四葉は元々姉妹には協力的であることに加え、風太郎に対しても肯定的に捉えている節がある。

 二乃の側に立って考えているのには納得がいった。

 

「そうは言いますが、ここで決断を誤れば結局不幸になるのは二乃なんですよ?」

「……」

「二乃だけではありません。そんなことになれば私たち姉妹だって悲しみます。だから私は──」

「きっと大丈夫だよ」

「なぜそう言い切れるんです?」

 

 自分と比べて四葉が楽観的な性格なのは分かっている。

 しかし、母の苦しむ姿は姉妹全員が大なり小なり見ているはずだ。

 あの光景を見れば、嫌でも忘れられない記憶になる。

 その上で、四葉がこうもあっさり大丈夫だと言える理由が五月には分からなかった。

 

「お母さんは一人だったけど、私たちは五人だから。二乃が困った時には助けてあげようよ。だからきっと、二乃なら"今度こそ"大丈夫だよ」

「失敗してもお母さんのような最後にはならないということですか……私としては、そうなる前に防ぎたいのですが」

「ほら、二乃って今頭いいじゃん。もしかしたら私たちが思ってるよりもっとずっと先のことまで考えて行動してるのかもしれないよ」

「……」

 

 学力とパートナー選びは関係ないとも一瞬考えたが、言わなかった。反論にしても明確な根拠もなく、自分の感想の域を出ないと思ったからだ。

 それよりもずいぶんと四葉は二乃のことを評価しているのだな、と四葉は感じた。

 確かにここ最近は放課後の時間は図書室で勉強している時間が増えているらしい。その場には風太郎も同席している。

 もしかしたら自分が知らないやり取りがそこであったのかもしれないと五月は考えると、これ以上は手札の少ない自分が丸めこまれかねないと考え会話を終えることにする。

 

「分かりました。昨日の今日です、私もまだ驚きから立ち直っていないのかもしれません。もう少し考えてみることにします」

「そうしてあげて」

「帰りましょうか。実は先ほどから少し寒くて」

「私も、汗がすっかり冷えちゃったよ」

「帰ったら熱いシャワーを浴びたいですね」

「うん」

 

 二人で頷くと、ようやく家へと歩き出した。

 歩きながらスマホを取り出すと、電話帳を起動する。表示させたのは風太郎の番号とアドレスだ。

 今日、食堂で食事をしている時に彼が連絡先の交換を持ち掛けてきたのだ。他の姉妹とは図書室で先に済ませているらしい。

 らいはのアドレスもセットという条件に、欲しくもないのに渋々手に入れてしまったその電話帳情報を、電話を掛けるわけでもなく一瞥する。

 風太郎と入れ替わって四葉と二人で歩く残りの帰り道。五月の頭の中では先ほどの会話の続きだけは多少考えていたのだった。

 結局、風太郎がどういう男性なのかを分かったわけではない。

 四葉の言うように、二乃がそこまで計画立てて行動をしているとも言い切れない。

 やはりどこかで、彼という人物を見極める必要があるのかもしれないと、結論を出したのであった。

 

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