魔剣と始める、清く正しい健康的な復讐生活   作:げげるげ

1 / 8
うおおおおおっ! 転生! オリ主!! ただし、ポンコツ世界! みたいな!!


第1話 転生したところで貴様は所詮凡人よぉ!!

 俺は今、Aランクの冒険者と対峙していた。

 顔に獣の爪痕がある彼は、『死線潜り』の異名を持つほど、数多の戦場を乗り越えて来た戦士だ。

 種族は純人種。

 年齢は三十代の半ばなれども、その鍛え上げられた肉体に衰えは見えない。

 魔獣の皮鎧を纏い、卓越した魔法剣の使い手である彼は、紛れもなく一流の戦士。冒険者の中でも、上澄みに位置する戦闘特化のAランクだ。

 

「ぐ、う……」

 

 そんな彼――グルカは、俺の眼前で額から汗を流していた。

 呼吸も荒く、かつてないほどの窮地に陥っていることは明白だろう。

 だが生憎、俺は手加減などしない。俺は俺の役割に従い、例え顔見知りの相手だろうとも、そう、自分の師匠が相手だったとしても手を抜かない。

 確実に、仕留める。

 

「これで終わりだぜ、グルカ」

 

 俺は指先をグルカの顔に向けて、勝利を宣告する。

 

 

「――――あっち向いて、ホイ!」

「ぐぁあああああああ!! なんで引っ掛かってんだよ、俺ぇえあああああああ!!?」

 

 

 宣告通り、俺の指先は勝利への軌跡を描いた。

 グルカの呼吸を読み取り、意識を合一させて、その先を読み切ったのである。

 これこそが、俺が転生者である証。

 前世から引き継いだ、俺自身の二十数年に渡る研鑽の証。

 あっち向いてホイ、世界大会第一位の力だった。

 …………え? チートはないのかって? チート??? ちょっと知らない言葉ですね。現地の世界の言葉を話して頂きたいですねぇ!

 というわけで、そういうのはマジで無い。

 多分、転生したのも何かの偶然とかだと思うし。

 

「んんあああああああああ!! フィオナちゃんの『ニーソックスに色々ぶち込みプレイ予約券』がぁああああああ!! これを逃したら半年待ちなのにぃいいいいい!!!」

 

 ちなみに、たった今、無様極まりない声で泣いているオッサンはこんなんでも本当に強いです。大型のモンスターを単独であっさり狩って来るし。上級魔具を装備した盗賊が相手でも、大して苦戦することなくぶち殺すし。

 うん? 俺が戦ったらどうなるかって? ふふふっ、三十秒ぐらいは頑張って凌げるけど、その後は普通に死ぬよ! もちろん、この俺がね!

 

「はい、それじゃあ今日のチャレンジは終わりです。この予約券は転売防止のために破棄しますので悪しからず」

 

 ともあれ、実戦では勝てなくても前世ではあっち向いてホイの世界一位の俺である。いくら戦闘特化のAランク相手でも、そう簡単には負けはしない。

 所詮はお遊びに過ぎない賭け事ではあるが、勝利は勝利。

 目の前で打ちひしがれているグルカだけではなく――周囲の野郎共にも聞こえるように宣言する。

 

「おい、マジかよ、コタロウ!?」

「そりゃあ無いぜぇ!」

「破棄するぐらいなら、俺に売ってくれよぉ!!」

 

 喧しい声を上げる野郎どもは、獣の耳を持つ者や、まだ少年と呼んでもおかしくない年齢の者、頭部から角を生やしている種族の者と、多種多様な有様だ。

 けれども、彼らには一つ、共通点が存在する。

 ――――冒険者。

 モンスターの討伐から、店の雑用まで請け負う何でも屋。

 彼らは誰もが冒険者であり、そして、俺はそんな彼らを相手にする職業なのだ。

 

「だったら、自分で稼いで娼館に予約を入れなさい。雑用からモンスターの討伐まで、まだまだ仕事は余っているぜ?」

「「「いや、もうちょっと手持ちがなくなるまでダラダラしたい」」」

「はっはっは、この駄目人間どもめ!」

 

 冒険者ギルドの職員。

 荒くれ者たちを相手にしながら、店の掃除や料理の配膳。後は時々、経理も手伝ったりするだけの…………ああ、そうとも。

 どこにでもいる、何の変哲もない凡人が、この俺――コタロウという転生者なのだ。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 凡人の自分語りほど退屈なものはないので、前世のことは手短に済ませよう。

 前世の俺は、退屈で平凡な人間だった。

 家族構成はやや複雑で、両親の離婚やら、義妹が三人ほど居たりはしたが、だからと言って何か面白いことがあったわけでもない。

 ドラマのような出来事が現実に起こっても、意味が無い。

 当事者である俺が、退屈で平凡な人間ならば、そこから物語は何も始まらないのだ。

 普通に学校を卒業して。

 普通に就職をして。

 サラリーマンをやっていた二十代後半で、『何か』があって俺は死んだ。

 死んだ当時の記憶は覚えていないが、恐らく、階段を踏み外したとか、その程度の死因だと思う。俺という人間は恐らく、死因も面白味もないような人間だろうから。

 

 …………え? あっち向いてホイ、世界第一位の話?

 いや、それはまぁ、その……うん。確かに、それだけは俺の人生で、唯一面白味のある話かもしれないけど、話のベクトルが一気におかしな方向にすっ飛ぶというか。

 あっち向いてホイを極めるために、筋骨隆々な坊さんと一緒に山籠もりしたエピソードとかも話せるけど、それはそれで話が長くなるから一旦置いておこう。

 転生の話にはあんまり関係ないからね。

 まぁ、いつか酔っぱらった時の暇つぶしにでも語ることにするさ。

 

 ともあれ、俺は何の因果かこのファンタジー世界……ファンタジー? たまに狂信者系のサイボーグとか、ロボットみたいな奴とかも出てくるけど…………まぁ、広義的にはファンタジー! という感じの世界に転生したわけだ。

 転生した肉体は、純人種の男子。

 前世の記憶を思い出したのは、五歳頃の出来事である。

 俺の両親は共に、それなりに腕の立つ冒険者だったのだが、大襲撃と呼ばれる災害に巻き込まれて死んだ。

 恐らくは、俺みたいな非戦闘員を守るために死んだ。

 無尽蔵に湧き上がるモンスターを食い止めて、他の勇猛なる冒険者たちと共に死んだ。

 その時のショックで、俺は前世の記憶を取り戻したのだろう。

 ただ、悲劇と共に前世の記憶を取り戻したところで、それは所詮、平凡な男の記憶だ。

 何の役にも立たない。

 有効活用できそうな現代知識なんて、平凡な男が蓄えているわけもない。仮に、そんな知識があったとしても、俺が上手く扱えるわけもない。

 そもそも、この世界はそんなに簡単には出来ていない。現代知識が流出しようとも、その程度で異変が起こるような脆い世界ではない。むしろ、一部の知識や技術力は、前世の世界を凌駕するぐらいだ。

 

 だから、前世の記憶を取り戻したところで、俺は平凡な人間のままだった。

 孤児となった俺は、両親の友人であった冒険者ギルドのマスターに引き取られて。

 そのまま面白味も無く成長し、十六歳となった今ではギルドの職員として働いている。

 それが、コタロウという転生者の経歴だ。

 ありふれた経歴だ。

 そうとも、この世界――いや、この王国では大して珍しくもない話だろう。

 他国がドン引きするほどに、モンスターが常に溢れ続けて。

 それを殴り返すために、数多の戦士や修羅たちが日々修練を積んでいるような国家だ。

 両親を亡くした子供ぐらい、きっとありふれている。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 俺の住んでいる村は、トーティスという名前だ。

 さほど広くもない田舎の村であるが、近くに大きな河川があるおかげで豊かな畑を持つことができている。加えて、河川には草食性の川魚――鮎に類似している――が居るので、動物性たんぱく質に困ることは無い。

 畑で獲れた野菜とパン。それに川魚を添えた定食が、このトーティスでは名物のようなものだ。もちろん、都会のレストランに出てくるような料理には負けるが、前世の経験で舌が無駄に肥えている自分でも満足できる程度には、この村の食事は美味しい。

 そして、食事が美味いということは、食事を出す場所にはよく人が集まるということである。

 例えば、うちの冒険者ギルドとか。

 

「あぁん!? テメェ、今なんて言ったぁ!?」

「ああ、何度でも言ってやるぜ! ロリ巨乳は邪道だって言ってんだよ!! ロリに! 巨乳があるのは! 違うだろうが!! 膨らみかけ! 発展途上! 青い果実! だからこその美しさがあるんだろうがァ!!」

「馬鹿野郎ォ!! ロリと巨乳! 闇と光! 二つが合わされば即ち、最強! そんなことも理解できないのかよぉ!?」

 

 うちの冒険者ギルドは酒類と簡単な料理ぐらいは提供している。

 そのため、冒険者共は仕事をする予定が無くても、酒場となっている一階にたむろして、このような喧嘩騒ぎも起こしたりするのだ。

 ただまぁ、口喧嘩程度なら問題ない。

 多少殴り合うのも良いだろう。

 

「バランスが悪いだろうが、バランスがァ!!」

「はぁ!? ロリ相手にしか欲情しないお前の人生ほどアンバランスじゃねぇよ!」

 

 問題があるとすれば、今みたいに店の備品が壊れかけているようなパターンかな!

 いやぁ、はっはっは! 昼間から猥談で盛り上がるのも、それで喧嘩するのも良いけれど。そこから更に問題を起こすとなると、店員として仕事をしないといけなくなるなぁ。

 具体的に言えば、やたら頑丈な掃除用のモップでこいつらの尻を叩かなくてはならない。

 まぁ、二人ともモンスター討伐もこなす冒険者であるが、所詮はCランク。酒で酔っ払っている状態ならば、俺程度でも十分ボコボコにすることはできるだろう。

 

「くぉらぁあああ!! 店内で暴れたら駄目でしょー!!」

「「ごぶべっ!!?」」

 

 などと俺がモップを構えていると、キンキンと少女の声が響いた。

 次いで、何か色々な物を巻き込んで人間二人が吹き飛ばされたような衝撃音が耳に入ってくる。

 俺が半ば確信を持って、音が鳴った方向へと視線を向ければ、そこには床に倒れ伏す馬鹿野郎が二人と、その巻き添えになって割れてしまったテーブルが一つ。

 

「ふんっ! これに懲りたら、店の中で暴れないこと! いいね!?」

「「い、いや、お前の方が暴れて……」」

「いいね!?」

「「…………はい」」

 

 そして、倒れ伏す馬鹿野郎二人を説教する、犬亜人の少女が一人。

 藍色の髪と獣耳を持ち、身長は若干十四歳にして俺よりも遥か上。二メートルには届かないものの、目線を合わせるには少しばかり背伸びが必要な体躯だ。しかも、身長に応じて胸や尻もデカいのだから、視線の行き場に困る肉体である。

 そんな成長期真っ盛りの犬亜人の少女は、俺を見かけると満面の笑みを浮かべた。

 さながら、ご主人の帰りを察知した大型犬の如き、アホ面スマイルだった。

 

「コタロウ、たっだいまぁー!」

「ごっふ」

 

 たった今、ギルド職員の俺をダイナミックタックルで轢いたアホ娘の名前は、アリシア。

 この村の出身で、俺とは幼馴染の関係になる。

 

「ふっふーん! どう!? 喧嘩している奴らをきちんと止めたよ!? ねぇ、偉い!? アタシってば偉い!?」

「テーブルの弁償代を払って、今すぐ俺を離せばとても偉いぞ、アリシア」

「わかったぁ!」

 

 ご覧の通り、大変懐いてしまっている幼馴染である。

 小さい頃から子犬感覚で構っていた所為か、大きくなってからも親愛のスキンシップが過剰なアホ娘に育ってしまった幼馴染である。

 

「ねぇねぇ! コタロウ! 今日はいつ頃上がりなの!? いつ頃遊んでくれる!?」

「今日は店を閉めるまで働く予定だから、アナザー幼馴染やグルカに遊んでもらいなさい」

「グルカ師匠はもう娼館に行ったから無理!」

「あの師匠は性欲に忠実過ぎる……」

 

 アリシアは全身全霊で好意を示してくれる可愛い幼馴染であるが、今のところ、それに応えるつもりはない。

 そもそも、俺は今回の人生で誰も愛するつもりなんてないので、さっさとアナザー幼馴染にアリシアを引き取りに来て欲しい所存だ。

 

「おい、アリシア。テメェ、村の入り口から全力疾走するのを止めろ。テメェの全力疾走は人を殺す恐れがある」

 

 俺の願いが通じたのか、ギルドの入り口からアナザー幼馴染が入って来る。

 どうやら、アホ娘を追ってここまで走って来たらしい。

 

「ちゃんと避ける! ちゃんと避けるもん!」

「阿呆! そういう問題じゃない!」

 

 アリシアをきちんと叱ってくれるアナザー幼馴染。

 彼の名前はヴォイド。年齢はアリシアと同じ十四歳。

 種族もアリシアと同じ犬亜人であり、けれども背丈はアリシアよりも小柄だ。純人種の十四歳よりも更に小柄。外見年齢だけならば、十歳ぐらいだと勘違いする者もいるだろう。

 

「コタロウみたいな純人種に当たったら! 本当に! 危ないだろうが!」

「いたっ! いたっ! 小突くのやめてよぉ! なにその変な構え!」

「武術だ! つーか、お前は頑丈過ぎて、腰を入れて叩かないとダメージどころか痛みすら感じないだろうが!」

 

 けれども、その小柄な肉体はアリシアよりも素早い。遥かに素早い。目にも留まらぬ速さでアリシアを翻弄し、反省するまで小突いている。

 こうしてじゃれ合っていると、年相応の子供に見えるかもしれないが、二人はこれでもランクBの冒険者である。

 仕事をする時は、流石にきちんとしているし、俺よりも遥かに強い。

 それどころか、この王国でランクAの冒険者になれる可能性を秘めた人材だ。

 この村一番の冒険者にして、ランクAの冒険者。

 グルカが師匠として、二人と一緒のパーティーで鍛え上げている程度には、期待の新星なのだ。そう、幼馴染であってとしても、俺とは違うのだ。

 

「はいはい、わーかりましたぁー! 気を付けますぅー!」

「テメェはほんと、その図体に似合わないクソガキっぷりがよぉ!」

 

 だから、二人の足を引かないように、そろそろ距離を取っておくべきだろう。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 冒険者という職業に憧れが無かったと言えば、嘘になる。

 何せ、ファンタジー世界で、しかも異世界転生だ。わかるだろう? その上、両親はそれなりに腕の立つ冒険者。

 自分に期待してしまう境遇は、ある程度揃っていたわけだ。

 けれども、それは所詮都合の良い妄想に過ぎない。

 格闘技の漫画を読んでいる時、自分がなんとなく強くなっているような気分になっているのと同じような理屈だ。

 根拠のない、青臭い万能感。

 自分だったらきっと、Aランクの冒険者にだってなれるのだと、幼い頃の俺は奮起したのである。

 …………まぁ、今から考えれば、現実逃避でもあったのかもしれないけど。

 

 ともあれ、俺は期待を胸に、それなりに頑張ったわけだ。

 両親の遺品である魔具を扱えるように訓練を重ねて。

 魔具を付けていない時、モンスターや盗賊に襲われた場合も考慮して、徒手空拳での訓練も重ねて。

 ギルドマスターである養父の伝手で、グルカに剣術の指導も頼み込んだ。

 辺境の村で冒険者を志す者の中では、俺はきっとかなり優遇されていた立場だっただろう。

 実際、最初に一年ぐらいは上手く行っていた。

 十三歳から冒険者を初めて、最初の半年は地道に下積みと雑用。

 時々、モンスター討伐にパーティー単位で挑戦したりなど、順調な躍進をしていたと思う。

 Cランクまではあっという間。

 Bランクに到達するのも、あと少しというぐらいには上手くいっていた。

 調子に乗っていた部分もあったが、村の外は次々とモンスターが湧き出る危険地帯だ。仕事の際は油断なんてしている余裕は無い。

 だから、挫折したのは単なる俺の実力不足だ。

 そう――――亜竜五体にドリブル(比喩表現)をされて死にかけたのは、俺が弱かったからに他ならない。

 いくら仲間を逃がすために殿を引き受けたといっても、もう少しやりようがあったはずだ。

 なんとか三十分ぐらいは粘ってみたが、恐らく、グルカや他の冒険者たちが救援に来なければ、俺はその時に命を落としていただろう。

 その事実に、俺の心は折れて、以降はギルドの職員として働くことになったのだ。

 心身ともに、こんなに弱い俺が冒険者を志すこと自体が間違いだったのだ。

 幼馴染やグルカは『いや、亜竜五体に囲まれて生き延びている奴は普通に素質がある』と言われたが、これは俺でも分かる。ただのお世辞だ。気を遣ってくれたのだ。

 

 

 俺は俺の弱さ故に、冒険者を諦めた。

 死ぬのが怖かったから、冒険者から逃げた。

 養父の伝手でギルドの職員として就職し、今は真面目さだけを取柄として仕事をしている。

 前世知識のお陰で、経理のチェックを任されてはいるものの、真面目に勉強すれば誰にでもできる仕事だ。

 厨房の手伝いも。

 ギルド内の清掃も。

 大体、誰だってできる事しか俺には出来ない。

 ……え? じゃあ、あのあっち向いてホイは何だったのかだって?

 あれはうちのギルド限定のミニゲームというか、冒険者たちのテンションを上げるために、週一ペースで行われているイベントだ。

 ギルド職員の俺にじゃんけんで勝てば、食事無料券をプレゼント。

 そして、俺の得意分野であるあっち向いてホイで勝てば、豪華景品をプレゼント。

 参加資格は、前者でも後者でも酒を一杯頼むこと。

 泥沼を避けるために、挑戦権は一回のイベントに一度まで。

 じゃんけんの場合、俺の勝率は精々八割程度なのと、参加資格がワンドリンク制なので、このイベントはそこそこ人気である。

 なお、あっち向いてホイはほとんど負けなしであるが、たまにやたら強い冒険者も出てくるので侮れない。

 つい最近も、三下口調で防御力が薄そうな格好の冒険者に敗北したばかりである。

 一時間の死闘の末、見事の景品の最高級霜降り肉を奪われてしまった。

 凡人極まりない俺であるが、あっち向いてホイに関してはなけなしのプライドがあるので、次に会ったらリベンジする予定だ。

 

 

◆◆◆◆

 

 

「お先に失礼します、ギルドマスター」

 

 終業後、俺は養父に声をかけてからギルドを後にした。

 もう既に、村の中でも暗い。手元のカンテラが無ければ慣れ親しんだ道でも歩くのに苦労するだろう。

 だが、夜道は危険でも俺の宿はすぐそこにある。

 養父からは、ギルドで寝泊まりしても構わないと言ってくれているが、俺もそろそろ自立しなければならない年齢だと主張して、借家で一人暮らしさせて貰っている。

 ちなみに、家賃は冒険者時代の貯金とギルド職員としての給金で賄っているので悪しからず。

 

「……なんだかなぁ」

 

 夜道を歩きながら、誰にも聞こえない声で俺は呟く。

 現状に不満があるわけじゃない。むしろ、今の俺はかなり恵まれた人生を送っていると言ってもいいだろう。

 孤児だった自分の面倒を見てくれる養父。

 こんな自分を慕ってくれる幼馴染たち。

 スケベだが、頼りになる師匠。

 本当に、とても恵まれている。

 だからこそ、俺はふと思うのだ。

 この恵まれた人生は本来、コタロウという肉体の持ち主が受け取るべきだったのでは、と。

 俺みたいな奴が、何かの原因で転生してしまった所為で、本来の魂の人生を乗っ取ってしまっているのではないかと。

 ああ、分かっている。こんなのは考え過ぎだ。

 単なるネガティブ思考に過ぎない。

 それでも、ふとした瞬間に思うのだ。

 何故、自分なんかが転生してしまったのかと。

 

 

「やぁ、こんばんは」

 

 

 だからきっと、罰が当たったのだ。

 不運を呼び寄せてしまったのだ。

 恐らくは、特大の不運を。

 

「お兄さん。何か辛そうな顔をしていたけど、どうしたの? よければ、ぼくに悩みを話してみないかな?」

 

 いつの間にか、俺の道を遮るように、一人の少女が立っていた。

 カンテラの光によって浮かび上がる姿は、一見すると善良な少女に見えた。

 三つ編みに束ねた銀髪に、その上に乗せられた帽子。闇夜に溶けるような黒のドレス。

 何より特徴的なのは、聖母の如き朗らかな笑みと、清涼なる声だ。

 その微笑みを向けられれば、どんな悪党も心が温かくなるだろうし。清涼なる声には、一欠けらの悪意や敵意が含まれていない。

 例えるのならば、眼前の少女はどこまでも透き通った清流のような存在だった。

 

 ――――――むせ返るほどの死臭を纏っているというのに。

 

「…………君は、誰だ?」

 

 手持ちの武装の有無と、相手の力量差を即座に判断。

 結論、戦闘は論外。

 最善は逃走。

 対話によって隙を生み出すための時間を稼ぐ。

 

「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね」

 

 俺の警戒に気づいていないのか、それとも歯牙にもかけていないのか。

 眼前の少女は、花が咲くような笑顔で告げる。

 

「ぼくはナユタ。ナユタ・スイカだよ。この村にはちょっと探し物に来たんだけど、思ったよりも時間がかかったからこんな時間になっちゃたんだ」

 

 眼前の少女――ナユタは、四葉のクローバーでも探していたような口調だった。

 だが、違う。

 この濃厚な死臭は、殺している。

 直近で……この村で! 既に誰を殺して来た後の臭いだ!

 

「そろそろ合流しないと皆に怒られちゃうけど、でも、だからと言って目の前で困っている人を見捨てていい理由にはならないよね。よければ、ぼくに悩みを教えてくれない?」

「…………俺が、そんなに悩んでいそうに見えたか?」

 

 怒りを噛み殺し、隙を探る。

 呼吸を読み取る。

 仕掛けを準備する。

 

「うん。君はとても『かわいそう』に見えたんだ。自分の存在に悩み、苦しんでいる人の顔をしていたんだ。だから、ぼくは君の力になってあげたい――」

 

 今だ、と意識するまでもなく、手元からするりとカンテラを落とした。

 さりげなく、手元が緩んだと思わせるほど自然に。

 

「ん?」

 

 がしゃん、という音と共に、光源がズレる。

 ナユタの視線が動く。

 その意識の間隙を縫うように、俺は疾走を開始した。

 目的地はギルド。

 養父はギルドマスターでありながら、元Aランクの冒険者だ。まずは合流し、危険人物の存在を即座に報告すべきだろう。

 

 

――――キュガッ!!

 

 

 俺の推定の甘さを咎めるように、ギルドの建物が吹き飛んだ。

 正確には、内側から『何者かが消し飛ばした』のだろう。

 大魔術か、それに匹敵するような何かの破壊の顕現。

 

「……あ」

 

 その光景を目のあたりにした瞬間、俺は否が応でも理解してしまった。

 あれは養父と何者かの戦闘の痕跡だ、と。

 そして恐らく、養父は負けたのだ。

 あの破壊の一撃によって、建物ごと肉体を消し飛ばされて。

 そうでなければ、判別不能となった血肉が周囲にまき散らされる現象の説明ができない。

 

「――――っ!」

 

 呆けたのは一瞬。

 感情は、今すぐにでも養父を殺した何者かに償いをさせてやれと叫ぶが、冷たい理性がそれを切り捨てる。

 無駄に死ぬのは許されない。

 薄情な俺の理性は、闇夜に潜んでこの場から離脱することを選んだ。

 

 

 

 何故、戦わなかった?

 殺されるからか? 無意味だからか? だが、本当に養父に対して情があるのならば、死ぬのを承知で仇討に望まなければならなかったんじゃないか?

 

――――不要な思考をカット。生存に向けて最善を尽くせ。

 

 状況。

 村が襲撃を受けている。

 恐らく、特級でヤバいのが三人から五人程度。

 それと、それなりに戦闘訓練を受けた黒衣の集団が、恐らく五十人以上……いや、六十七人程度。

 顔の判別は難しい。

 暗闇による補正の他に、黒衣の集団は白い仮面で顔を隠している。

 特級でヤバい奴らの顔は顔を隠していないが故に、その容姿を覚えることができた。

 だが、生存は依然として困難。

 何故ならば、この襲撃は明らかに計画されたものだからだ。

 風の魔術を使った、消音結界。

 訓練された大多数の集団。

 養父を――ギルドマスターすら屠る、卓越した戦闘力の持ち主が数人。

 これはほぼ確実に、村全員を皆殺しにするための布陣だろう。今は闇夜に紛れ、襲撃者たちの視線を掻い潜っているが、何時かは見つかる。そして、殺される。

 逃げ切ることは不可能だ。

 

「コタロウっ!」

 

 聞き慣れた声と、身に覚えのある気配が数人。

 即座にその方向へ進むと、アリシアとヴォイド、グルカの三人パーティーが完全武装の状態で黒衣の集団――その数人グループを駆逐し終えていたところだった。

 

「良かった、生きてた! 怪我は!?」

「大丈夫だ。だが、ギルドマスターが殺された。そして、特別にヤバい奴が最低三人は居るから、避難指示を――」

「無駄だ。恐らく、俺たちの他に生き残りは居ねぇ」

 

 馴染みの顔に会えた安堵を、グルカによって告げられた事実が凌駕する。

 トーティス村。

 俺の故郷。

 ほどんどの住民は顔見知りばかりで、隣の家のお姉さんだって、今度子供が――カット。思考を切り捨てる。

 苦悩するなんて贅沢を自分に許しはしない。

 この三人を生かして、村から脱出する。

 それ以外の思考なんて、今は必要ない。

 

「おい、コタロウ! 顔色が酷いぞ!? 本当に怪我をしてないんだろうな!?」

「大丈夫、問題ない」

 

 ヴォイドから心配の声をかけられるが、今は本当に問題ない。その程度の些末を問題にするわけがない。

 

「グルカ、警戒が薄いルートは見つけてある。ヤバい奴が集まってくる前に、一点突破で包囲網を食い破ろう」

 

 俺はこの中でも一番死地を経験したであろうグルカへ、逃亡ルートを提案する。

 いくらこの幼馴染二人が才能に溢れていて、戦闘特化のAランク冒険者が居ようとも、流石にこの場は分が悪い。

 一刻も早く村を脱出して、近場の街へこの事態を報告するのが最善だろう。

 

「いや、そうするには少し遅かったみてぇだな」

 

 だが、そんな俺の楽観を否定するように。

 グルカの嗅覚を肯定するかのように。

 

「――――ごめんね?」

 

 ヤバい奴、ナユタが姿を現した。

 まるで、穢れを知らぬ善人みたいな顔。

 誰かの死を悼むような聖者の顔。

 だが、その背後には――年端も行かない子供たちの死体が転がっている。

 

「ぼくがもっと強ければ。ぼくがもっと上手くやれば。君たちの悲しみを、もっと少なくすることが――」

 

 三人の冒険者は、妄言なんて聞かない。

 即断即決。

 アリシアは怪力を活かした剛剣。

 ヴォイドは速度を生かした高速剣。

 グルカは雷属性の魔法剣。

 三つの剣技が、有無を言わさずに外道に報いを与えんとする。

 

「駄目だ、逃げろっ!」

 

 だが、三人が飛び出した直後、俺は感じ取ってしまった。

 ナユタではない。

 もう一人の何者かが放つ悍ましい殺気を。

 

 

「吠えろ、才牙ども」

 

 

 既視感のある脅威。

 とっさに身を伏せたのは、最善の回避行動だった。

 ――――俺にとってだけの、最善だった。

 

「…………あ」

 

 暴風の如き剣技。

 烈風を伴った、無数の剣閃。

 それは、Bランクの冒険者二人を殺すには十分な攻撃だった。

 ――――ばらばらになった胴体。

 ――――誰の手だ? 誰の足だ?

 ――――頭が転がっている。

 

「あ、あぁ」

 

 駄目だ、切り捨てられない。

 この激情は、切り捨てられない。

 

「『指輪』は手に入れた。遊んでいないで、さっさと生き残りを殺せ、ナユタ」

「タカオ、ぼくは遊んでいないよ。何時だって、真剣だ」

「尚更、性質が悪い」

 

 見る。

 仇を見る。

 ナユタともう一人。

 包帯で顔を覆った、『無数の武具』を周囲に展開する、男の姿を見る。

 殺せなくても、せめて一太刀。

 後に続く誰かが、こいつらを殺しやすくなるように。せめて、せめて、何か相手の一部を道連れにして――――。

 

「後は任せたぜぇ、馬鹿弟子」

 

 殺意を消し飛ばす衝撃。

 手加減の上で、ただ俺の体を遠くまで飛ばすことを目的とした蹴り。

 かつて、訓練の際に何度も受けた衝撃に、俺の思考は冷静さを取り戻す。取り戻してしまう。この場における最善を、思考よりも先に体が実行してしまう。

 

「それでいい」

 

 グルカの声が背後で聞こえた。

 激しい戦闘音は、段々と遠ざかっていく。

 

 また、切り捨てた。

 もう、何も残っていない。

 

 

 

 潜む。隠れる。進む。

 見つける。

 

「ごがっ」

 

 ごきん。

 殺す。

 装備を剥ぐ。

 黒衣と仮面を身に着けて、平然と歩く。

 他の大多数の模倣。

 周囲の流れに係合するように歩き、馴染み、最低限の準備を整える。

 

「おい、お前。何をしている?」

 

 黒衣の中に、勘のいい奴が一人。

 とっさの逃亡。

 背後から放たれる銃弾は当たらない。

 躊躇いなく、崖から飛び降りる。

 村の外まで続く川に飛び込む―――と見せかけて、風属性の魔術を発動。

 落下途中に、自分の体を壁に何度も叩きつけて、位置エネルギーを減衰。

 河川ではなく、その両脇の細い道へと着地。

 近くにあった岩を川に投げ入れて、少しでも騙し通せる可能性を上げる。

 後は……後は?

 

「隠れる。敵に見つからない。野営する。モンスターから逃げる。近くの街に連絡。可能な限り、情報を他のギルドに伝える。それが最善」

 

 ――――後は?

 

「…………殺す」

 

 ――――殺せるのか?

 

「…………」

 

 ――――殺せるのか? 弱いお前(自分)に。

 

「ぐ、ぎ、う、う、ううう」

 

 益体も無い自問自答を繰り返し、俺は足音を殺して歩く。

 切り捨てろ、不要な思考は切り捨てろ。

 もう、何も残っていないんだ。

 尊ぶべき他者も、自分自身すらも。

 何もかもを失ったんだ。

 だったら、無能のゴミである自分でもできることをやれ。

 ここで殺されるなんて真似は許されない。死ぬなら、最低限のことをやってから死ね。自分で死ね。

 グルカに、後は頼むって、言われただろうが。

 

「俺は、俺は……何のために」

 

 やめろ、しゃべるな。

 不要だ、黙れ。

 やるべきことだけをやれよ。

 

「何のために、生まれ変わったんだ?」

 

 うるさい。

 

「力があれば違ったのか?」

 

 うるさい、死ね!

 

「漫画、みたいに。小説、みたいに。アニメ、みたいに。俺に、力が。誰かを守るだけの力があれば、もっと、もっと……」

 

 黙れよ! 逃げたのはお前(自分)だろうが!! 

 冒険者から! 幼馴染から逃げて! 弱いままだったのは、お前(自分)の所為だろうが! だったら、だったらもう――――。

 

 

《力が欲しいか?》

 

 

 自虐交じりの自問自答を打ち切ったのは、外部からの声。

 あまりにもテンプレートな呼びかけ。

 

《力が欲しいか? その憎悪を正しく刃にする術が欲しいか?》

 

 幻聴なのかもしれない。

 だが、今の俺にとっては縋れるものは、その声だけだった。

 

「…………あぁ」

 

 声がする方角は直ぐに見つかった。

 細い道から別れた先にある洞窟――その手前にある、カモフラージュされた石のドア。岩肌をくり貫くようにして作られた、僅かなスペース。

 そこには、やたら頑丈そうな長方形の箱が一つ。

 鍵は、かかっていない。

 

《ならば、我を掴め》

 

 箱を開けると、そこには一振りの長剣があった。

 鞘は無い。

 ただ、剥き出しの刀身には、解読不能な古めかしい文字が刻まれている。

 普通の剣ではない。

 恐らく、これは魔剣だ。

 

《契約を結べ》

 

 しかも、意思がある。

 紛れもなく、これは特大の厄ネタだろう。掴んだ瞬間、ろくでもない末路に落ちていくのが関の山だ。

 ああ、けれど、それでもさ。

 

《さぁ! 貴様の意志を示せ!》

 

 俺にはもう、躊躇えるほどに大切なものなんてないんだ。

 だから、俺はその魔剣へと手を伸ばして――――。

 

 

◆◆◆◆

 

【視点変更】

【悪党C:エリュシオン所属】

 

 

 

 背後から撃ち込んだ銃弾を躱しているんじゃねーよ、と悪党はため息を吐いた。

 生き残りが一人、厄介な奴が包囲網の外に出てしまったのだ。

 

「この高さならば、死んだのでは?」

 

 部下の一人が楽観的な意見を言っているが、悪党の勘はそれを否定している。

 

「音が不自然だった。何度か壁に体をぶつけて減速したのかもしれん。ついでに、落下速度と水没のタイミングがおかしい。川の中に入って死ぬならともかく、川の脇を歩いて逃げようとしているのなら、殺さなければならん」

「了解しました」

 

 悪党は己の勘に根拠を付けて、部下たちへと捜索命令を出す。

 視界の悪い中、村の外と内側の境界線上という、非常に危うい領域での捜索。

 悪党自身はともかく、部下たちの何人かは魔物の奇襲に遭って殺されてもおかしくない。

 だというのに、部下たちはあっさりと了承した。

 命令の意味を理解していないわけではない。

 自分が死ぬかもしれない、という条件を飲み込んでなお、命令に従っているのである。

 ――――つい半年前までは、ただの盗賊だった悪人どもが、だ。

 

「全ては、楽園のために」

「幸福なる世界のために」

「我が身はその礎とならん」

 

 ぶつぶつと、『教え』を繰り返しながら部下たちは動く。

 盗賊だった時よりも、遥かに真面目に。

 教団の訓練で習った通りのセオリーに従い、崖下の捜索を始めた。

 

「…………末恐ろしいねぇ」

 

 そんな部下たちの背中を眺めながら、悪党は悍ましさに身震いをした。

 ――――エリュシオン。

 ナユタ・スイカという教主を中心とした宗教団体。

 この世界に不朽の楽園を構築するという題目の下、殺戮を肯定する、紛れもないテロリスト集団だ。

 そこまではいい。

 そこまでは王国でも良くある『積み上げられたクソ』の一つに過ぎない。

 異質なのは、悪人すらも魅了する異常なナユタ・スイカのカリスマである。

 

 元々、悪を為す人間というのは堕落的な人間が多い。

 我欲を貫くために倫理に背くわけでもなく。

 破滅を覚悟で己の武を証明したいわけでもなく。

 狡猾なる知性で、目的を果たすために自覚的な悪を為すわけでもない。

 そう、大抵の悪というのは、『楽だから』で流される屑で構成されている。

 気合の入った悪人など滅多に居ない。

 悪人同士が徒党を組んだとしても、冒険者や兵士たちに敵わないのはこのためだ。

 堕落的な悪人は研鑽なんてしない。真面目に勉強なんてしない。楽な方に流され、誰かの言葉に従い、衝動的に悪を為す。

 当然、こんな奴らが強くなれるわけがない。

 徒党を組んだとしても、まともに連携の練習なんてするわけがない。

 だが、ナユタ・スイカの手にかかれば、そんな屑どもでも半年でご覧の有様だ。

 

「足跡を発見しました」

「警戒を続けます」

「魔術の発動準備をします」

 

 いかなる悍ましい洗脳を施したのか、悪人たちは『真面目な信者』へと変貌した。

 毎日の訓練にも文句を言わない。

 勝手な行動を取らない。

 奪わない。犯さない。

 ただ、楽園の礎になることこそが、至高の快楽。

 高尚な目的のために動くことに比べれば、下賤の欲望など粗悪に等しい。

 ――――とまぁ、このような異常者に成り果てるのだ。

 

「わかった。陣形を保ったまま、捜索を続けろ。くれぐれも油断するな。逃げている奴は、教主様とタカオでも捉えきれなかった『ヤバい奴』だ。奇襲に注意しろ」

「「「了解」」」

 

 三人の部下が声を揃えて返事をする様を眺めて、悪党は再び溜息を吐く。

 五年以上、王国で悪党として生き延びていた勘が告げているのだ。

 エリュシオンはまずい、と。

 厄介な追手から匿って貰うために入団したが、このままだと自分もいつ正気を失うかわからない。

 だが、逃げようにもタカオが居る。

 エリュシオンの殺戮者が居る。

 あれには勝てない。

 あれからは逃げられない。

 高名な冒険者パーティーですら、あれは単独で壊滅させたのだ。自分如き三下の悪党がどうにかできる相手ではない。

 従って、逃亡に関する思考はここでいつも打ち切られる。

 

「ったく、殿があったとはいえ、なんで逃げられてんだよ、あの生き残り」

 

 しかし、今日は違っていた。

 タカオとナユタ。

 二人の怪物から逃げ切ろうとしている何者かが居る。

 背後からの銃弾を、平然と避けて見せる『ヤバい奴』が居る。

 悪党の経験上、こういう奴を逃すとろくなことにならないことは知っていた。

 だから、殺さなければならない。自分が生き残るためには、皆殺しを完遂させなければならないのだ。

 エリュシオンから逃げることに関しては、その後で良いだろう。

 

「…………おい。生真面目な部下ども。報告が遅くねぇか?」

 

 そう、全ては後回し。

 余分なことは後に考えるべきなのだ。

 

 

「――――ぎひっ」

 

 

 部下三人の死体の上に立つ、『何か』から生き延びた後に。

 

「ちぃっ!」

 

 狂乱と混乱。

 仮面の魔道具による『暗視』により確保された視界の中、悪党は見た。

 殺された部下三人の死体を。

 ――――ミイラの如く乾燥した、『生命力を奪われ切った死体』を。

 

「くそが、死ね!」

 

 暗黒剣。

 命を直接奪い、啜り、快楽とする外道の剣。

 そのような知識が、悪党の中にあった。

 故に、悪党は躊躇うことなく、銃器に込められた弾丸全てを撃ち込んだ。

 狭い道。

 両脇には岩肌。

 逃げ場はなく、適当に乱射しでも当たるだろう位置関係。

 

「魂の籠っていない、粗悪な銃弾だ。当たるに値せんなぁ」

 

 だというのに、当たらない。

 するりと歩いて。

 最小限の動きで。

 悠々と悪党の眼前まで、そいつはやって来た。

 平凡な顔つきの純人種族。

 どこにでもいるような容姿の少年。

 先ほどまで、自分たちから逃げ回っていたはずの獲物。

 そいつが、とても恐ろしい気配のする『剣』を構えて、悪党を見ている。

 

「ぎひっ」

 

 笑っている。

 強者の笑い方だ。

 食らう側の笑い方だ。

 

「くそっ! くそくそくそっ! なんで、なんでこんな怪物が!」

 

 喚きながらも、悪党は頭の中でどこか冷静だった。

 銃器に弾は残っていない。

 あちら側の剣の間合い。

 掠るだけで生命力を奪う、暗黒剣。

 ――――悪党は勘が良い。

 その勘が告げている。

 

「さぁ、食事を続けようか」

 

 今、この時こそが、自分にとっての終わりなのだと。

 

 

 

【悪党Cロスト】

【視点変更 → コタロウ】

 

 

◆◆◆◆

 

 

 後日談。

 俺は何とか包囲網を潜り抜けて、近くの街まで辿り着くことができた。

 その後はとにかく報告。

 まずは逃げ込んだ街のギルドへと詳細を報告。

 その後は、探索に特化した冒険者たちに護衛されながら、トーティスまで戻って事実確認。

 ――――村は燃えていた。死体は全部黒ずんだ塊になっていた。

 村の全滅は認められた。

 当然、報告者である俺はしばらくの間、『報告者を装った主犯ないし共犯』の可能性が薄れるまで拘束を受けることになる。

 いっそのこと何かの罪に問われて、そのまま処刑されてしまいたかったけれども、領主から派遣された人員は優秀だった。

 俺が『何かしらの隠し事をしている』ということも含めて情報を全て引き出して、その上で俺は解放されることになった。

 隠し事は村の全滅に関わっていないことから、対処すべき問題ではないと判断したのだろう。

 そのことを指摘され、供述を求められたのならば全てを話すつもりだったが、俺個人への追求よりも、襲撃者たちの捜索を優先したようだ。

 当然だ。

 この俺の情報など、何の価値にもならない。正しく、有能は判断だ。

 事実、俺の隠し事も、これから俺がやろうとしている事も、王国に対して害を為すことではない。放置して正解だ。

 

 

《では、契約の確認だ》

 

 事情聴取を全て終えた後、俺は宿屋の一室で魔剣と向き合っていた。

 

《我は貴様に力を与える。怨敵を滅ぼし、復讐を遂げる力を。そのために、我は全身全霊で貴様に尽くす。忠実な従僕のように、貴様の命令は全て受け入れよう》

「――――そして、俺は復讐を果たした後、この肉体をお前に譲渡する」

《ただし、肉体の譲渡の後、我は貴様の定めた倫理と道徳を遵守する。これに背いた場合、我は即座に自害すること……まぁ、これに関する定めは後々細かく決めていくとしよう》

「俺としては王国の法に則って、悪党や外道として振る舞わなければそれでいいんだけど」

《契約は曖昧だと力を失う。きっちりと定めておくべきだ》

「ああ、それもそうだね」

 

 魔剣。

 絶体絶命の際、俺を呼び寄せた魔剣。

 こいつの素性はまるでわからない。

 何故、あの箱の中に収められていたのかも。

 何故、俺を選んで呼びかけたのかも。

 けれど、確かなことがある。

 この魔剣は、俺に力を与えるものだ。

 無意味な俺の命に、意味を与える存在だ。

 だからこそ、俺は契約を結んだのである。

 後は任せた、と言ってくれたグルカとの約束を果たすために。

 

《ともあれ、無事に生き延びたことだし、早速、貴様に力を与えよう》

「…………ああ、頼む」

 

 例えその結果、俺自身がどのような有様になろうとも。

 負債が全て俺に圧し掛かるのなら、それでいい。

 優しい誰かや、生きるべき誰かの害にならなければ、それでいいんだ。

 

《では、我を手に取れ》

「はい」

《その状態で床に這いつくばれ》

「……はい」

《――――今から、電気マッサージを開始する!!》

「はい???」

 

 そう、それでいいはず……なんだけど、ううん?

 

《ぎひひひっ! どうだぁ!? 今まで数多の所有者の疲労を解して来た我の力はァ!?》

「あ、良い感じです、はい」

《だろう?! だが、まだ終わらん! この後は正しいストレッチ! その後は筋力を上げるためのトレーニング! 良質な肉を作るための食事ぃ! 一部の隙も無く、貴様の生活を管理してやろう! 鍛錬という絶大なる力を与えるためにな!!》

「…………あの、そういう感じですか?」

《そういう感じだ!》

「あの、てっきり……こう、寿命を削る系の邪悪な力とかを与えられるのかと」

《邪悪系の力は使い勝手が悪いし、社会的にアウトだろうが》

「はい、仰る通りです」

《そもそも、自分の物になる予定の肉体の寿命を削ったりなんかせんわ。完全なる健康のまま、きっちり鍛錬していくから、サボったりなんかするなよ!》

「はい、絶対にサボりません」

《無意味なオーバーワークも禁じるからな!!》

「…………はい」

 

 どうにも、俺が契約した魔剣というのは、一般的なイメージとは異なる感じの奴みたいで。

 

《睡眠時は貴様の脳波を操作して、疲労が最大限に回復するようにしてやるからな! 悪夢に悩まされる猶予も与えん!!》

「あれ? 俺って命を賭けて復讐する予定……あれ?」

《別に復讐者が健康でも良いだろうが!》

「あ、はい」

 

 俺の復讐は、思っていたよりも清く正しい健康的なものになるようだ。

 




●原作付きの奴ら
・ナユタ・スイカ:
外道回答者。
『まちカドまぞく』の那由他誰何。

・タカオ:
夢惨輪廻。
『ワールドエンブリオ』の鷹尾劉生。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。