魔剣と始める、清く正しい健康的な復讐生活   作:げげるげ

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そういう時は酒をたらふく飲んで、眠るしかないのさ! 

竜闘気に関するあれこれは、例によって例の如く本編の設定から外れている可能性が多大にあります。心穏やかに、拳を構えて読んでいただければ幸いです。


第3話 誰しも『そんなことある!?』と叫びたい不運の連鎖を経験している

 魔剣イグニスには、いくつか特殊な機能が備わっている。

 基本的にはクッソ頑丈な長剣程度の性能だが、その他にも他者の生命、魔力を『略奪』する機能を有しているのだ。

 簡単に言ってしまえば、誰でも強力な暗黒剣を使えるようになる魔剣。

 それが魔剣イグニスである。

 スー曰く、《あくまでもそれは副次効果で、本来のコンセプトは違う》らしいが、暗黒剣が使えるようになるのは事実。

 初代魔剣所有者もまた、この機能を使ってスーにズッブシャアと暗殺を決めたわけだが、当然ながら相応のデメリットも存在する。

 それは他の暗黒剣使いと同じく、生命を略奪する際に味わう快楽だ。

 

 曰く、性交の数十倍の快楽。

 曰く、清廉な剣士でさえ殺人鬼に落ちる。

 曰く、暗黒剣士となった者は友すら快楽のために斬り殺す。

 

 ――――とまぁ、俗説も含めて色々と物騒な噂があるほど、快楽がヤバいらしい。

 辺境の田舎町ならともかく、王都などで公然と暗黒剣を使ってしまえば、それだけでお縄に付いてもおかしくないほどの厄ネタ剣技である。

 そんなものが誰でも使えるようになる魔剣なんて、今すぐ叩き折られた方がいい。

 ただし、それはあくまでもスーが憑依していない場合の魔剣イグニスだ。

 

《ぎひひっ! 我の意志で魔剣の略奪機能はオンオフ可能なのだ! 加えて! 機能をオンにした状態でも、快楽信号をシャットダウンすることも余裕! そう、全ては我を殺した竜殺しに対する嫌がらせとして獲得した管理権限なのだが……なーんか、奴からは感謝された。当時はその意味がわからずに困惑したが、うん…………別に無くて良いよな、快楽》

 

 スーが憑依し、呪われることになった魔剣は、むしろその呪いのお陰で逆に使い勝手が良くなっていたのだった。

 俺が普段、モンスターを斬り殺しても快楽を感じないのはそのためだ。

 普通に頑丈な剣として使った方が戦いやすいし。

 

《ただまぁ、快楽をある程度シャットダウンできるということは、理性的な『真人』を誕生させることも不可能ではないわけだが…………うん、社会的に致命的なデメリットなので、この方向性はアウトだ。やはり、鍛錬で力を授けた方が良かろう》

 

 何やらスーが物騒なことも言っていたが、それは早々に記憶から消しておくことにした。

 ただでさえ厄ネタが溜まっている魔剣だというのに、これ以上の厄ネタは要らない。

 

 ともあれ、だ。

 快楽のために殺人鬼になるつもりはないが、魔剣イグニスがそのように物騒な機能を有しているのは事実。

 そして、そのセーフティがスー単独であるというのは心もとない。

 これはスーを信頼していないわけではなく、俺が俺自身の理性を信用していないが故の懸念事項だ。

 仮に、何らかの理由でスーの管理権限が一時的に使えなくなった場合。

 あるいは、スーの意志が何らかの理由で休眠する必要があった場合。

 魔剣による略奪機能のオンオフが聞かなくなった場合。

 俺はその時、スーによるフィルター無しで暗黒剣の快楽を受け取ることになるだろう。

 そうなった場合、俺が快楽に溺れて殺人鬼に成り果てる可能性ある。いや、そうでなくとも、戦いの最中に慣れない快楽なんて浴びれば剣筋がぶれるのは必定。

 万が一には、備えた方がいい。

 大抵の場合、この世界ではその万が一が割とよく起こりえてしまうのだから。

 ――――というわけで現在。

 賃貸契約を済ませた屋敷の中で、暗黒剣の快楽に耐えるための訓練をしているわけだが。

 

《ふぉおおおおっ!!》

「ににょおおおおお!!」

 

 諸々の訓練の最中、俺がうっかり自害をしそうになったので、スーの肉体操作とマッジの森魔法によって拘束を受けている。

 脳からの電気信号はスーによって一部遮断。

 四肢は力強い蔓によって巻き上げられ、口内には舌を噛み切らないように急遽、マッジの黒衣の一部をぶち込まれている。

 

《あ、あっぶなかった! 危なかったぞ、貴様ぁ!! まさか他者を襲うよりも前に、自分の首に素手で魔力撃を叩きこもうとするとは!》

「コタロウさんの快楽の方向性って、自殺寄りなんですね!?」

 

 そう、暗黒剣の反動として、本来は他者を殺そうとしたり、他者を犯して快楽を得ようとするわけだが、俺の場合は何故が自害になっていた。

 どうやら、俺が『楽になろう』と理性が流れると、ノータイム自害を実行する感じになるらしい。

 まったく、我ながら軟弱な理性で困る。

 

「ほがほががががほ」

「あ、コタロウさんが何か言っていますよ、スーさん!」

《次は上手くやるから任せて欲しい、だそうだ。ええい、どこから来るんだ、貴様のその自信はァ!?》

 

 かくして、紆余曲折ありながらも、暗黒剣の快楽に耐える訓練は上手くいった。

 スーの記憶にある魔剣所有者の知識便りで、やや危うい場面もあったが、そこを上手くマッジがフォローしてくれたので何とか無事に訓練を終えたのである。

 万全には程遠いが、これで多少の生命力を吸った程度で動揺したりはしないだろう。

 うん、やはり持つべきものは信頼できる仲間だな!

 …………え? マッジに暗黒剣のことを教えてもいいのかって?

 確かに、暗黒剣の評判は前述した通り、血も涙もないクソ外道の剣である。ぶっちゃけ、禁忌指定されている剣技である。

 許可された一部の例外者以外は、使ってはいけない剣技だ。

 正直、通報されても文句は言えないものである。

 それでも、マッジに暗黒剣のことを明かし、協力を仰いだ理由は単純。

 信頼しているからだ。

 パーティーを結成してから『四カ月』、共に死線を乗り越えた仲間として。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 さて、前回から四カ月ほどの時間が経過したので、その間に起こった諸々の出来事を説明していこうと思う。

 

 まずは前世関係から。

 スーへの説明と証明は苦労することになったが、俺が異世界で過ごした前世を持つ人間だということは理解して貰った。

 科学知識だの、異世界の娯楽だの、適当に空想しただけでは出てこないような受け答えを何度かこなし、前世の知識の一部を実践したところでようやく理解だった。

 俺としては自分に前世があったところで、特にメリットもデメリットも無いだろうと考えていたので、正直、信じられなくでもいいとは思っていたのだが……一応、スーには誠実に対応した方がいいと判断したのだ。

 

《なるほど、異世界……ああ、そうか。そうなると、いくつかの疑問も……だが、あまり深く探求しない方が良いのだろうな》

 

 証明を終えた後、スーは何やらぶつぶつと考え込んでいたが、最終的には俺の経歴を認めることになった。

 そして、俺の発言が真実だと分かると、前世の知識にも興味を示し出したのである。

 俺としては、自分程度の前世の知識を知ったところで、何の意味もないと思っていたのだが、どうやらスーの考えは違っていようだ。

 

《ほほう? 世界を変えるような知識ではない? 商売に転用させるだけの知識でもない。結構、大変結構だ! それでも! 貴様の知識は個人レベルでは十分有用だとも!》

 

 妙にテンションが高いスーが説明するには、前世分の知識が最初から俺の中にあるというのは結構なアドバンテージらしい。

 確かに、考えて見れば俺がギルド職員をやれていたのは、前世で培った数学の知識があったお陰ではある。

 幼馴染が熱中症で倒れた時、素早く応急処置を済ませて周囲に褒められたこともある。

 要するに、個人レベルで通用するということは、こういうことなのだろう。

 世界や国家を変えるような知識ではなくとも、自分自身の生活を豊かにする程度の利益を得ることはできる。

 もちろん、前世と現世では大きく異なる部分があるということを忘れてしまえば、手痛い失敗が待っているだろうけども。

 

《さぁ、貴様の知識を洗いざらい話すのだ! 我が使えるものと使えぬものを仕分けてやろうではないか!》

 

 かくして、俺はノリノリのスーに対して異世界の知識を事あるごとに語ることになった。

 その内容のほとんどは単なる雑談であるが、好奇心が旺盛なスーが上手く合いの手を入れてくれるお陰で、自分で思っていたよりも前世の知識を引きずり出すことに成功した。

 ただ、やはり劇的に俺が強くなったり、周囲の環境を変えるような知識などは無いらしい。

 精々がいくつかの小技や初見殺しの奇策を生み出した程度。

 後は、マッジが恐るべき調合の技量によって『焼き肉のたれ~黄金の奴~』の再現に成功したぐらいである。

 

《ほう、面白い! 貴様の世界の歴史は面白いなァ! どんどん語るがいい!》

「いや、俺からするとこの世界の歴史の方が波乱万丈なんだが」

 

 なお、前世の知識を語る上で、必然とスーとの会話も多くなったので、親密度というか……思っていたよりも仲良くなってしまった。

 それはもう、四カ月も色々な話をしたものだから、割とスーという――餓竜王スタルヴェイグに対して情を抱いてしまっているのが困る。

 嫌うよりはマシだろうが、復讐を終えた後に肉体を渡す相手と親しくなり過ぎるのも、俺としては複雑な気分だった。

 うん、前世関係の出来事はこれぐらいだろう。

 

 

 次は肝心要の自己鍛錬に関して。

 とりあえず、俺は四カ月の間に魔剣所有者の技能を大体写し終わった。

 無論、全ての技能を使えるわけではない。得た要訣を完全に理解しているわけでもない。ただ、最低でもあの覆面男――恐るべき傭兵と再戦する際、一方的に殺されない程度の技量は身に着けたつもりだ。

 

 毎日の素振り、走り込みは当然として。

 休日は知り合った冒険者の中でも、高い戦闘技術を持つ人に模擬戦闘をして貰って。

 仲間たちと多くの死線を乗り越えた。

 具体的には四度ほど死にかけて、四カ月の間に起こった大襲撃というイベントもどうにか凌ぎきることができたのだ。

 ここまでやって、多少なりとも成長していなければ悲しすぎる。

 ただ、鍛錬は万全というわけでもなく、懸念事項も一つある。

 

《むーん……やはり、龍属性の魔力を使う程度ならば大丈夫だが、竜闘気を使うとなると難しいな。竜装憑依の状態ならばともかく、貴様は竜闘気を練り上げても、いざ使うとなると体に負荷がかかってしまう》

 

 それは竜闘気の運用についてだ。

 まず、大前提として俺の肉体はスーによって改造を受けている。スーの龍属性が上手く馴染むように、俺の肉体は遺伝子レベルでの書き換えが行われているらしい。

 そんなことできるの!? と驚かれたかもしれないが、俺だって四カ月経った今でも半信半疑である。

 なんでも、これはスーの力と言うよりは、スーが魔剣イグニスの本来の機能を使っているからこその改造らしいのだが……ともあれ、今の俺は竜人っぽい何かに変貌中のようだった。

 竜闘気なんて代物が曲がりなりにも使えるようになったのは、そのためだ。

 しかし、当然ながら純正の竜人とは色々と劣る部分が多い。

 四分の三が純人種で、四分の一が竜人種という感じの性能だ。

 故に、竜闘気を俺が使おうとすると激痛と共に、肉体が自壊し始めるのだ。

 一瞬だけの行使ならばともかく、とてもではないが長期の戦闘には使えない。

 

《ふぅむ。これ以上の改造を施すとなると、やはり因子が足りぬ。古龍を一体ぐらい暗黒剣で食えば、あるいは……》

 

 一応、竜闘気を十全に使えるような強化プランもあるらしいのだが、それ自体が自殺行為に等しいものなので遠慮させて貰っている。

 俺はまだ死ぬわけにはいかないし、そもそも報酬として肉体を与えなければならない身の上だ。

 焦りは感じるが、鍛錬に安易な近道は存在しない。

 今後も可能な限り、効率的に鍛錬を続けていくとしよう。

 

 

 最後に、仲間のことに関して。

 出会い方としては凄くあっさりしたものだったのだが、あの三人との縁は続き、今では固定パーティーとしてギルドに登録するぐらいには関係が深まっている。

 

 黒衣の魔女っ娘であるマッジは、王国でもかなり僻地の田舎から出て来た魔法使いである。

 使用している魔女魔術は、形式こそ古めかしいものの、その内容は決して現行のものにも劣っていない。

 光属性の火力重視の魔法。

 森属性の搦め手重視の魔法。

 マッジが扱う魔法は主にこの二つだ。

 基本的には後方で火力のある攻撃を放ちつつ、時折、敵へとデバフをばら撒く戦闘スタイルである。

 一人の前衛として、素直に頼りにできる後衛の火力型の魔法使い。

 それがマッジだ。

 ただ、本人の意識として戦闘はあくまでも生きていくための手段であり、その本領は魔法薬の調合なのだとか。

 実際、マッジが調合する傷薬はとてもよく効くので助かっている。

 

 金髪碧眼の魔法戦士であるリリカは、ゲーフロン学園の卒業生だ。

 特に何事もなく、平穏無事に学園を卒業した後、王都でふらふらと就職先を探しているところ、マッジと遭遇。マッジから『一緒に冒険者になりませんか!?』と誘われて、『なんだか面白そうだから』という理由で受けたのが、二人がコンビを組むきっかけらしい。

 このエピソードの通り、リリカは気分屋で大雑把な部分も多いが、意外と情が深い。特に、マッジとはそこそこ長い付き合いらしく、二人のコンビネーションは阿吽の呼吸だ。

 そして、気分屋な性格のリリカであるが、戦闘でのスタイルは堅実なものだ。

 風魔術を使って空気を圧縮し、それを魔道具のバッドで打ち出す風の砲弾。

 魔導具のバッドをそのまま振るい、風圧と共に打撃を叩き込む近接戦闘。

 風を用いた間合いの探知に、瞬間的に空を足場とする移動方法。

 自分の出来ることを出来る範囲できっちりとこなして、少しでも相手を削っていく。

 一撃必殺ではなく、打撃を積み重ねて勝利するタイプの魔法戦士だ。

 背中を任せるには十分な力量を持った中衛であり、俺も戦闘中に何度もその堅実さに助けられている。

 まぁ、強いて難点を上げるとすると、薬草採取やら店での雑用など、地味な仕事が続くと『派手な仕事がしたぁーい!』と露骨に機嫌を損ねることぐらいだ。

 

 赤銅色の巨躯を持つ拳闘士であるタイザンは、桜皇から渡航して来た家出少年だ。

 何やら地獄のような実家で、『チキチキ☆同期殺し合い卒業パーティー!』みたいな蟲毒をやらされそうになり、出奔して来たという流れらしい。

 そんな物騒なことをやらせようとする実家から、よくもまぁ無事に逃げ切れたものだと感心したが、よくよく話を聞いてみると、その関心は戦慄に変わった。

 タイザンは出奔する際、止めようとする監視役の武者を全て殴り倒してから脱走したのだ。

 無論、運が良かったのもあるだろう。弱冠十四歳のタイザンでは、流石に達人クラスの相手と戦うのは不足である。

 ただ、それでも、蟲毒なんて物騒な真似をやらせようとする実家とやら用意した監視役だ。相当の実力者たちだったはずだが、それらを単独で殴り倒せるのは凄まじい。

 そう、事実、タイザンの戦闘能力は凄まじいものだ。

 絶大なる身体能力により、大型の魔物の突進をじかに受け止めて、そのまま引きちぎることも可能。生半可な斬撃や打撃は、頑強な皮膚と筋肉で無効化。人間大の生物ならば、大体渾身の魔力撃を放てば、それだけで爆発四散させる。

 怪物――否、人型の怪獣と呼んでも差し支えがない身体能力だ。

 もっとも、メンタルはパーティーの中でも一番脆弱であり、戦いに怯えてしまう傾向があるのが唯一にして最大の弱点なのだが。

 このメンタルの所為で、桜皇から王国に来るまで随分と苦労したらしい。

 そんなわけで、タイザンはパーティーで一番の巨躯だが、一番下の弟分という扱いになっている。

 

 

 俺はこの三人と『ワンダリングモンスターズ』という固有パーティーを結成した。

 何の因果か、パーティーリーダーはこの俺である。

 なんだかんだ一緒に戦っていく内に、俺が仲間たちを指揮することが多かったため、自然とそういう流れになってしまったのである。

 正直、俺程度の人間がパーティーリーダーをしていいのか? という懸念はあるが、他の三人があまりリーダーに向いていない気質のため、消去法で認めざるを得なかったのだ。

 とはいえ、なし崩しではあるものの、リーダーは仲間たちの命に責任を持たなければならない。俺個人としても、もう二度と仲間の命を失うのは嫌だったので、精一杯リーダーとして頑張らせて貰っている。

 そう、とても、とても頑張らせてもらっている。

 

 森林食らいの亜竜との死闘。

 泥沼を広げる狂化大精霊の討伐。

 近隣を闇に閉ざそうとする超巨大機巧の破壊。

 大襲撃中に現れたマローダー集団の駆逐。

 

 都合、四度ほど全滅の危機があった我らがパーティーであるが、辛うじて俺が死にかけるだけで被害を留めることに成功している。

 いや、別に死にたがっているわけではない。割とガチの全力で戦った結果がこれなのである。仲間たちを守り抜くことはできたが、自分の未熟で死にかけてしまっただけだ。

 そして、死にかける度にマッジによる治療を受けているので、必然と関係と信頼が深まることになったわけである。

 暗黒剣の訓練を手伝ってもらうことになったのも、マッジが俺の肉体面を心配しての提案だったのだ。なお、その時の俺は『女の子が危ない真似をするんじゃない』と断ったのだが、マッジから笑顔で『うるさいです、咲かせますよ?』と脅されたので素直に好意を受け取ることにした。

 マッジは基本的に善良な女の子だが、決して怒らせてはならないのだ。

 

 ともあれ、我らが『ワンダリングモンスターズ』は外連味が溢れるネーミングでありながら、堅実かつ意欲的に依頼をこなしたおかげで、この四カ月で全員がBランクにまで到達した。

 中々に早い昇格ではあるものの、それ相応の死闘――もとい実績を上げたという自負もあるので、素直に仲間たちと胸を張っておくことにしよう。

 

 

 これが俺と仲間たちによる四カ月の出来事。

 中々に波乱万丈だが、冒険者としては充実した日々を送っていたと思う。

 

 

 ――――まだ、復讐相手の居場所は見つからない。

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

「せいやっ!」

 

 気合を込めたタイザンの声と共に、衝撃波を伴った拳が放たれる。

 あまりの威力に周囲の空気を乱し、避けたとしてもその余波で傷つく。そんな圧倒的な力が込められた拳。

 ――――逆に言えば、衝撃波が生まれる程度の未熟な拳。

 

「甘いよ、タイザン!」

 

 その拳をリリカが弾き上げる。

 バッドを用いた打ち上げ。打撃によってタイザンの力の向きを操作し、流れるように攻撃を逸らす一撃。

 

「うわぁっ!?」

 

 その一撃に、タイザンはたまらずたたらを踏む。

 自らの拳の威力が高すぎるが故に、強靱な体幹すら崩してしまう。

 

「せぇーのっ!」

 

 その隙をリリカは見逃さない。

 バッドを短く持った最速の構え。

 打ち込む打撃は、リリカによる特殊な打法による攻撃。

 

「一打入魂!」

 

 振動を伝わらせる魔力撃。

 衝撃よりも振動を相手の肉体へ伝わらせて、内部にダメージを与える技だ。

 故に、この技によって与えられたダメージは相手の防御の一部を無視する。

 

「ごほっ!?」

 

 強靱な肉体で守られているはずのタイザンは、リリカが放った一撃によって膝を地面に突いた。流石のタイザンとはいえども、肉体の内部に振動を叩き込まれてしまえば、相当のダメージは避けられない。

 もっとも、これはあくまでも模擬戦闘なので、リリカの方もきちんと手加減は出来ている。

 タイザンが悶絶しながら腹を抱えていても、吐血をしていないのなら問題ない。

 

「はい、一本。タイザンは素で頑丈な分、相手の攻撃を避けるのを諦めるのが早いよね。その所為で避けられる攻撃も、ここは防御でもいいや、って妥協しているんだと思う。もちろん、大抵の攻撃はタイザンには通じないだろうけど、こういうのもあるから警戒は怠らないようにしようか」

「げほげごほっ……は、はいっ! 頑張ります!」

 

 膝を突くタイザンに手を伸ばし、リリカは明るい笑みを浮かべた。

 うん。気分屋ではあるものの、やはりリリカの面倒見の良さは本物だ。自らの手の内を明かしながらも、後輩をきちんと育ててくれる冒険者というのは貴重である。

 風来坊の気質があったとしても、リリカはやはりいい冒険者になるだろう。

 …………と、いけない。ギルド職員時代の癖で、ついつい余計な思考を。

 

「いい返事だ、よろしい! でも、次は私とコタロウが試合をする番だから、次は審判をよろしくね?」

「はいっ!」

 

 などと朗らかな気持ちで模擬戦闘を観察していると、リリカがこちらに挑発的な視線を向けて来た。

 バッドを肩に置きながら、ちょいちょいと俺を手招きしている。

 

「さぁて! 次はコタロウを叩きのめしてあげる!」

「中距離だったら、普通に俺がボコボコにされるだけだと思うけど?」

「近接距離だったら、私が負け続きだから勝ちたいの!」

「割と相性の問題だからなぁ、これは」

 

 俺は肩を竦めながらも、魔剣イグニスを手に取った。

 その後に行われた模擬戦闘の結果はあえて語らないが、一応の弁解として、スーの補助なしの自力でやっているので不正はないことは理解していただきたい。

 

 

 諸々は俺がスーと共に購入した賃貸物件だったのだが、値段の割には無駄に大きい屋敷と、草木が生え放題の広大な庭がくっ付いて来た。

 過去にヤバい実験を行っていた魔法使いの拠点らしく、魔法使いが討伐された後でも、その不気味さや危険性を嫌って、中々買い手がつかなかった物件なのだ。

 ぶっちゃけ、幽霊屋敷と言われても仕方がない有様だったのである。ほとんど捨て値での賃貸交渉だった。

 もちろん、無策でそんな事故物件を選ぶほど愚かになったつもりはない。

 この物件は屋敷の一部を研究室として提供することにより、森属性と魔法薬の知識を持つマッジによって安全確認を済ませてある。

 それはもう、現在では荒れ果てた庭がきちんと整備され、こうして仲間たちと模擬戦闘ができる余裕がある程度には真っ当な住処となっている。

 少なくとも、幽霊屋敷と街の人々から言われなくなったのだから、マッジ様様だろう。

 …………なので、庭に温室と作りたいという要望も、可能な限りは通していきたい所存です、はい。

 

「みなさーん、昼食の時間ですよー!」

 

 と、噂をすれば影だ。

 リリカやタイザンと模擬戦闘をしていると、リリカが訓練の終了を告げた。

 朝から真面目に訓練と模擬戦闘を繰り返した俺たちは、控えめに言っても腹ペコである。

 素直にマッジの後に続き、屋敷内にある食堂へと赴いた。

 

「今日も三人ともたくさん動いたと思い出したので、あっさりスープとがっつりの肉料理にしてみました。きちんと手を洗った人から、どんどん食べてください!」

 

 すると、食堂のテーブルの上にあったのは『ごちそう』だった。

 見た目こそ、野菜と少しのベーコンが入ったスープに、魔物肉の甘辛炒めと普通の料理に見えるかもしれないが、マッジの料理は特別性なのである。

 

「んんんーっ! 美味しい! やっぱり、マッジの料理はサイコーだよ!」

「ううっ、傷ついた体に染み渡る美味しさだぁ……」

 

 リリカとタイザンは、料理を口にするとすぐさまに賞賛の言葉を紡いだ。

 そう、マッジの料理は特別に美味しいのだ。

 マッジの手にかかれば、魔物肉だろうとも干からびかけた野菜だろうとも、あっという間に美味しい料理へと早変わり。正直、前世も含めてここまで美味しい料理は中々味わったことがないと思ってしまうほど、マッジの料理は美味しかった。

 

「ふふふっ、そうでしょう? 今日のお二人の疲労具合を予想して適度な塩分量を心掛けましたから! 後、疲労回復のために、スープには貝類から取った成分を使っているんですよ?」

 

 その上、きちんと栄養も考えられている。

 元々、魔法薬を作る都合のためか、几帳面できっちりしているマッジの料理は、その効能も計算された上で、その日その日で最適なメニューに変わるのだ。

 まさしく、文句なしの素晴らしい料理だろう。

 ――――料理中、試験管やら謎の実験器具を使って食材を加工している以外は、何の文句も見当たらない料理だった。

 

「いよっし! たくさんマッジのご飯を食べて! 次は絶対に私がコタロウに勝つ!」

「あれ? また負けたんですか? リリカさん」

「ぐふっ!」

「わわっ! すみません、リリカさんがそこまで気にしているとは思わなくて!」

「うう、いやいやこの場合は私が悪いというか、コタロウが強い」

 

 などと絶品料理に舌鼓を打っていると、リリカとマッジの視線がこちらに向いていることに気づく。

 

「ん、何かな? この肉はあげな……いや、一欠けらでもいいなら」

「違う、違う! やー、そうじゃなくてね? コタロウって特に読み合いが強いっていうか、剣を構えてからの駆け引きが凄く上手いじゃん? 実際、今日の私なんかいいように手玉に取られてばっかりだったし」

「そんなことはない。割とこっちもギリギリだった」

「んんー、そう言って貰えるのは嬉しいけど、実際にはまともに有効打も与えられずに、私は負けちゃったわけで」

 

 悔しさと不可解が浮かぶ表情で、こちらを見つめるリリカ。

 ふむ、これはいわゆる相性の問題で、特に力量差は関係ないと思うのだが、どうやら本人はそうは思っていないらしい。

 

「あのさ、何かコツとかあったりするの? 駆け引きとか読み合いが上手くなる感じの。あ、もちろん、知られたくない手の内だったら言わなくていいんだけど」

「まさか。仲間に知られたくない手の内なんてあんまりないさ」

「少しはあるんだ……」

 

 当然、少しはある。

 暗黒剣とかそこら辺。

 

「とはいってもコツかぁ? 強いて言うなら相手のことを良く観察することかな?」

「観察かぁ。私も普通にやっているつもりだけど」

「もっと、もっと深く観察するんだ」

 

 俺はリリカへとお手本を示すように、じっとリリカの碧眼と視線を合わせる。

 合わせた視点から、段々と外側に広げるつもりで観察範囲を拡大。視覚以外のも、聴覚や嗅覚などの他の感覚も意図的に『尖らせて』いく。

 

「眼球の動き。呼吸の回数。心臓のリズム。筋肉が動く音。その他色々をしっかり観察」

「ううっ」

「すると、段々と相手の動き、何を考えているのか、そういうことがなんとなくわかって来るような気がする。そこまで行くと相手の動きが読みやすくなる……はい、あっち向いてホイの開始ぃー。俺の指とは違う方向に首を動かしてー、はい、あっち向いてホイ」

「んむっ!」

「ホイ」

「うひゃっ」

「ホイ」

「なんで???」

 

 すいすいすい、と指を動かしてリリカの首が動く方向を的中させていく。

 リリカとは既に何度も冒険を共にして、呼吸は大体わかっているので、このぐらいは簡単だ。

 

「これが読みの技術ね。観察力を鍛えて、何度も練習すればリリカもできるようになるよ」

「ほんとぉ?」

「本当、本当。じゃあ、次はフェイント……相手を動かすための技術なんだけど。これは具体的にどうするのかと言えば」

 

 再度、俺はリリカの碧眼を覗き込む。

 けれども、次は観察のためではない。視線を合わせて、こちらの意志を相手に感じ取らせ易くするためだ。

 感情や思考。その他、相手に『読み取れている』と錯覚させるためのあらゆる材料を、視線を通して伝わせて。

 

「ホイ」

「あっ」

 

 相手の意識を引っ張るつもりで、虚を突く。

 すると、何気ない指の動きに合わせて、ついつい一緒に首を動かしてしまう。こういう事態も起こるのだ。

 

「フェイントのコツは視線。人間っていうのは視線を合わせると、本能的に相手から何かを読み取ろうとしちゃうからね。そこにこう、栞を挟むような気持でフェイントを挟む」

「…………んん?」

「実践の場合だと体の動き、その虚実も交えて『伏線』となるものを仕込んでおいて。相手の呼吸と合わせて、虚を突くようなタイミングで意識を引っ張る。すると、相手を動かしたり、相手を驚かせて身を竦ませたりできるわけなんだ」

 

 リリカは俺の説明を噛み砕こうと、むむむと頭を悩ませたが、やがて「ぷはー」と大きく息を吐いた。

 

「私、そういうの苦手かも?」

「いや、感覚的な説明も多かったからなぁ。暇があったら教導本でも書くよ」

「え!? それは流石に悪いって!」

「ははは、どうせ新人にも色々と教えないといけないし。ついでだよ、ついで」

 

 何やら珍しく神妙な顔つきのリリカに、『気にしないでくれ』と何度も言葉を重ねる。

 偉そうに言っても、所詮は前世で培ったあっち向いてホイが源流の技術だからね? こう、新人に指導する時もそうだが、まるで武術の極意でも教わるつもりでかしこまるのは辞めて欲しい。

 これはそういうのではなく、あくまでもちょっとした小細工程度なのだから。

 いくら読み合いが上手くとも、実力差があれば負けてしまう。

 強くなるためには、やはり地道な鍛錬しかないのだ、うん。

 

「そういえば、コタロウさんは午後からCランクに上がったばかりの人たちの引率でしたっけ?」

「そうそう、大襲撃後は色々と危ないからな」

 

 食後のデザートを持ってきたマッジが、ふと思い出したように俺へと訊ねる。

 そう、俺はこの後、パーティーではなく単独での依頼が入っているのだ。

 依頼内容は新人冒険者パーティーの引率。

 大襲撃後はモンスターの生息地がごちゃ混ぜに乱れていることが多く、不測の事態が起きやすい。そのため、一定以上のランクの冒険者に対して引率依頼が来たりするのだ。

 俺は情報収集のため、そういう依頼は積極的に受けていくことにしている。

 

「じゃあ、傷薬は大目に用意しておきますね」

「助かる。いつもすまないな、マッジ」

「えへへ、お互い様ですよぉー」

 

 そして、普段の冒険の際もそうだが、マッジには特に世話になっている。

 暗黒剣の訓練もそうだが、傷薬の手配やら、食事を作りに来てくれたりと。本当に助かっているのだ。一応、手配してくれる薬にはきちんと金銭を支払っているし、時間が空けばお礼にマッジをレストランなどに誘うようにはしているが……恩義は返しきれているとは言えない。

 今度、マッジと共に雑貨屋に行って、何か好きなアクセサリーなどをプレゼントさせてもらう。物で恩義を返すなんて無粋な真似をするつもりはないが、贈り物に日ごろの感謝を込めるぐらいはしてもいいはずだ。

 

「ええと、リリカさん。僕の邪推かもしれないですけど、多分、マッジさんって?」

「あー、コタロウはがっつかないし、冒険者の中だとかなりの紳士というか……超ストイックマンだからね。魔法薬の研究にも理解があるし、なんだかんだ魔法トークにもまともに付き合えるだけの知識もあるし」

「じゃあ、後はコタロウさん次第って感じですか?」

「でもなー、コタロウは朴念仁っぽいからなぁー」

 

 なお、仲間たちのこれ見よがしのトークは聞こえないことにしている。

 …………いずれ消える存在なんだ。無駄に期待を持たせるのは良くない。

 

《うむ。コタロウは本当にそういうところがどうかと思うぞ?》

 

 俺は食堂の壁に立て掛けた魔剣を手に取ると、そのまま廊下の方へと放り投げた。

 スー、契約内容に文句はないけど、お前だけには言われたくない。

 

 

 

 交通事故に遭うつもりで靴を履く人間は居ない。

 前世的な例えで申し訳ないが、これが一番しっくりくる説明なんだ。

 アルコールを服用しながら、自動車を運転するわけでもなく。

 寝不足のまま、自転車に乗るわけでもない。

 十全に整えた健康によって、正しく機能する集中力を持って歩いていく。

 こんな条件でも、不意に交通事故に遭ってしまう可能性はある。

 それはどうしようもないことだ。

 どれだけ注意していても、偶然という名の理不尽が不幸をもたらすこともある。

 ――――でも、流石にこれは酷過ぎると思うんだ。

 

「全員、即座に街に戻ってギルドに連絡。俺は殿と務める」

 

 うんざりするような気分で魔剣を構え、俺は背後に居る新米冒険者たちに指示を出した。

 

「で、でも! コタロウさん!」

「こいつは! こいつは駄目ですよ!」

「一人だけで相手なんて無茶だ!」

 

 新米冒険者たちは俺を気遣ってか、逃げることに躊躇っている。

 その優しさは十分買うが、残念。状況判断がなっていないぜ、新米ども。

 

「うるさい、足手纏いだ。俺を死なせたくないのなら、さっさと逃げろ」

「「「――――っ!!」」」

 

 短く罵倒吐き捨てて、威圧を混ぜた視線を向ける。

 すると、ようやくこの状況を正しく理解したのか、新米冒険者たちはじりじりと警戒しながらも、この場から離脱していく。

 追撃はない。

 幸いなことに、俺の眼前に居る脅威は新米冒険者たちを追撃しない。

 不幸なことに、俺の眼前に居る脅威は油断して注意を逸らしてくれない。

 

『キ・キ・キ』

 

 短く高音の鳴き声は、威圧でも警告でもない。

 眼前に居る脅威――――古龍が戦闘態勢に入ったことを示す、殺害宣告だ。

 

「それでスー。勝てると思うか?」

《勝てなければ死ぬだけだ。さぁ、下剋上を始めるぞ》

 

 例えるのならそれは、鱗を持つ一本角の馬だった。

 大きさは五メートル程度。亜竜や大型魔物よりも小さく、他の古龍に比べても小さな体躯の持ち主。

 雲を連想させる鬣と、銀色の鱗を持つ美しきモンスター。

 それが古龍種、キリンだ。

 単独で街や集落を絶滅させることが可能な絶望の一つである。

 

「まったく、なんて事故だ」

 

 どうやら俺は、今からこいつと戦わなければならないらしい。

 

 

◆◆◆◆

 

 

【視点変更】

【古龍キリン】

 

 

 

 『まったく、なんて日だ』とキリンに言語があったのならば、そう吐き捨てるだろう。

 そもそも、始まりからついていなかった。

 

「ナユタ様のために、その腹を捌かせて貰おうか!」

 

 山脈の奥深くで眠っていたキリンを起こしたのは、周囲の環境を顧みない大爆発。

 大魔法数回分に匹敵するほどの威力を持ったそれは、キリンの鱗をいくらか焦がしながら、大変にキリンの機嫌を損ねた。

 その上、待ち構えていた二十人ほどの人間たちが殺しにかかって来たのだから、もはや気分は最悪。鬱陶しい人間どもを焦がしてやろうと雷を放てば、どいつもこいつも雷属性に対する耐性を持った装備の者ばかり。

 更には、二十人ほどの人間たちの中に、キリンの命を奪いうるだけの実力者が混じっていたのだから、まさしく泣きっ面に蜂という状況だっただろう。

 

 結果として、キリンは死闘せざるを得なくなった。

 古龍という立場に居ながらも、まだ若い個体であるそのキリンには、『準備を重ねた二十人の戦闘部隊』を一蹴するだけの実力は無かったのである。

 故に、死闘となった。

 何度も戦場を変えて、周囲を破壊しながら、長い時間をかけて――ようやく、キリンは実力者も含めた二十人ほどの戦闘部隊を壊滅させたばかりなのだ。

 ただ、なんとか勝利を得たキリンだったが、傷は深い。古龍と言えども死にかけた状態で山脈に戻るには、かなりハードな帰り道になるだろう。

 そのため、少しばかり近場の沢で休憩を取っていたところなのだ。

 体力を回復させて、そのついでに近場の人間どもの集落を滅ぼして。

 もう二度と、こんな鬱陶しい真似をしないように駆除してから、万全を喫して山脈へと戻ろうと考えていたところなのだ。

 そんな時に人間たち――コタロウと新米冒険者たちが現れたというわけだった。

 

 即座に、雷を放って攻撃しなかったのは、単に消耗していたため。

 逃げていく新米冒険者たちを見逃したのは、コタロウから、つい先ほど戦った実力者と似たような気配を感じたため。

 

『まず、こいつを殺してから残りを片付けよう』

 

 キリンの思考を人間のものに例えるのならば、このようなものになる。

 消耗しているから、厄介そうな人間を最初に殺す。

 次に、どうでもいい人間どもを殺す。

 暢気な遊びなんてやらない。つい先ほど、人間たちによって散々苦渋を舐めさせられたばかりなのだ。

 キリンは剣を構えるコタロウに対して、黒焦げにするには十分過ぎるほどの雷を放つことにした。

 

 ――――ドンッ!!!

 

 稲光の後、空気を破裂させんばかりの轟音が響く。

 それは雷。

 古龍であるキリンが放つ、自然のそれに極めて近い一撃。

 音よりも速く、一度放たれれば回避不能であるはずの一撃。

 

「……ふぅー」

 

 それをコタロウは斬っていた。

 斬り払っていた。

 少なくとも、黒焦げにはならず、歩法によってキリンとの距離を縮めている。

 だから、キリンは迎撃よりも先に驚愕してしまった。

 先ほどの戦闘部隊のように、装備で耐えるのではない。剣で斬り払って見せたのだ。そんな芸当、古龍の短くない生存期間の中では初めてだった。

 

 無論、これは種も仕掛けもある手品に過ぎない。

 コタロウは雷を斬ったのではない。雷が放たれるよりも先に、剣を振るったのだ。

 魔法剣によって、周囲の空間を一時的に『斬り変える』ために。

 

「役に立ったぜ、前世知識ぃ!」

 

 それはコタロウとスーが開発した小技の一つ。

 雷の属性の魔術を少しでも崩すために開発した、魔法剣。

 相手のターゲッティングを邪魔するように、魔法剣によって雷が通りやすい道を、斬撃として空間に引いておく。

 これにより、あたかも斬り払ったように見えるぐらい、放たれた雷が進行ルートを変えたのである。

 そして、キリンが驚愕に固まっている僅かの間で、コタロウは既に近接戦闘可能な間合いまで踏み込んでいた。

 距離を縮めて、時間を稼ぐ。

 その役割を問題なく果たすことができた、

 

「《――――竜装憑依》」

 

 だからこそ、竜の時間が始まる。

 餓竜王スタルヴェイグの下剋上が始まる。

 

「ぎひひひっ!」

 

 キリンは突如として、眼前の人間が『別物』になったことを感知した。

 さながら、いきなり人が竜に変わったかの如き威圧の変化。キリンはその変化に脅威を見出し、詰められた距離を離そうと四本脚に力を込める。

 

「まずは、一本」

 

 だが、その判断は遅い。遅すぎる。

 餓竜王スタルヴェイグは己よりも強い竜を殺し、食らって来た竜殺しの竜。

 更には、その身に刻まれた経験は初代魔剣所有者――竜殺しの技術。

 ならば当然、キリンが脅威を感じる前に前足の一つでも切断できてもおかしくない。

 例えその前足が、頑強なる鱗に、凝縮された筋肉の鎧。金剛の如き骨で構築されていたとしても。

 

「さぁ、食らっていこうかァ!」

 

 竜殺しによる『痛恨』の一撃は、それを前提とした上で、竜を――古龍を斬るための技術なのだから。

 

『クゥルルル!』

 

 四本の足の一つを断たれたキリンは、驚愕よりも先に怒りを覚えた。

 狂乱するが如き怒り。

 それを示すために、膨大なるオドによる奔流が周囲のマナを支配し、数多の雷撃で周囲一帯を焼き払わんとしていたのである。

 

「おい、食らうと言ったぜ?」

 

 ただし、その攻撃は強制的にキャンセルされてしまう。

 餓竜王スタルヴェイグ――スーが、斬り落とした後の傷口から、暗黒剣をぶち込んできたことによって。

 

『――――っ!!!』

 

 内臓に直接口を付けて、そこから血肉を啜られるような不快感と苦痛。

 それをぶち込まれたキリンは、雷を纏いながらひたすらに暴れた。

 幼子が地団駄を踏むが如き、合理の無いただの暴れまわり。けれども、それを古龍が行えば、相手に意図を感じさせない死の暴風だ。

 まともな戦士ならば、下がってから隙を見つけて斬り込むことを選ぶだろう。

 

「は、は、はァ!!」

 

 だが総じて、竜殺しに挑む者たちにまともな者など居るはずがない。

 スーは死の暴風の中で、笑いながら剣を振るっていた。

 竜闘気を収束させた剣で、鱗と肉を切って。

 暗黒剣で傷口を犯す。

 時折、キリンの肉体と接触して肉体が吹き飛びそうになっても、竜殺しの技術がそれを補う。軽傷をかすり傷に。重傷を軽傷に。竜闘気を纏っているからこそ可能な受け身と回避術であるが、スーは確かに死の暴風を乗りこなしていた。

 

「ぎひひっ! 糧にしてやるぜぇ、貴様もなァ!」

 

 初手で古龍の足を奪い、鱗や肉を斬り穿つスーの姿はまさしく圧倒的だ。

 そう、傍から見ればそう感じるだろう。

 古龍すらも圧倒するほどの強者なのだと。

 それは間違いではないが、正解とも言い切れない。

 何故ならば、古龍とエンカウントしてから今まで、その全ての瞬間がスーとコタロウにとっては綱渡りの連続だったのだから。

 初手の雷切? あんなものは手品だ。二度目が成功するわけがない。

 キリンの足を切断? あれはキリンの不意を突いたからできた芸当であり、今後の戦闘であそこまで綺麗に決まることはあり得ない。

 死の暴風を乗りこなすだけの技術? 死にかけの古龍相手ですら、ダメージレースで先に力尽きるかもしれないのに?

 

 確かに、圧倒しているように見えるだろう。

 事実、キリンを翻弄して戦っているだろう。

 けれども、逆を言えば――――そうしなければ、即死してしまう相手なのだ。

 古龍という、災害級のモンスターは。

 

『クォウ』

 

 そして、キリンは痛みと不快感の中、それに気づいた。

 ほんの少しでもうまく攻撃を当てれば、それで勝てる相手だと。

 ――――そんな風に驕れば、このまま削り殺してくる相手だと。

 人間の集団と死闘を繰り広げた経験があるキリンだからこそ、この場で覚悟を決めた。

 自らを食らおうとする、この『小さな龍』を殺すには、こちらも死力を振り絞るしかないと。

 

『クォオオオオオッ!!』

「――――ちぃっ!」

 

 キリンは嘶きの如き咆哮を放つ。

 直後、歴戦の勘によってスーは背後へと力強く跳んだ。

 先ほどまでは接近戦をしなければ死ぬという勢いだったというのに、躊躇わずに跳んだ。

 だが、それは紛れもなく懸命な判断である。

 

 ――――ギギギギンッ!!

 

 スーが跳び退いた直後、キリンの周囲には見上げるほどの氷柱が発生したのだから。

 しかも、それで終わりではない。

 氷はキリンの肉体を鎧の如く纏い、欠損した足を補うかのように義肢を象る。

 

「二重属性のキリンとはな、レアどころの話ではないぞ」

 

 不敵に笑うスーの眼前には、『武装した古龍』が居た。

 氷の鎧に身を包み、その上から更に雷を纏うキリンの姿があった。

 当然、この規格外には理由がある。

 氷の力自体は、キリンが本来持っている物ではない。偶発的に手に入れた、外部の力であり、リソースである。

 キリンはこれを使いこなせておらず、今回のように二重に発動させれば、肉体が秒読みで壊れていく。

 それでも、キリンはこの力を発動させることを決めた。

 つい最近、それで死闘を勝利したばかりであるが故に、そうしなければならない場面があると理解しているのだ。

 だからこそ、次に放つ一撃はキリンにとっての全身全霊だ。

 氷と雷を纏い、最高速で眼前の敵を轢殺する。

 ただそれだけの思考で、キリンはスーと相対していた。

 

「ふむ、これは死地だな」

 

 キリンの覚悟を受けて、スーもまた窮地を悟る。

 覚悟を決めた強者ほど厄介なことはない。

 軽々と殺せるはずの者に対して、全身全霊を尽くすのだ。

 ならば当然、弱者側の小細工など通用しない。

 

「でもまぁ、そんなのはいつものことだよなぁ! ぎひひひっ!」

 

 故に、スーもまた全身全霊で相対する。

 切り札は一つ。

 暗黒剣で古龍を切り刻んだことにより、辛うじて発動可能となった技。

 スーと初代魔剣所有者である竜殺しが得意した、格上殺しの魔法剣だ。

 

『――――っ!』

「ぎひひっ!」

 

 睨み合ったのは一瞬。

 一息でキリンは最高速へと達する。

 己の肉体だけではなく、眼前に並べた無数の氷柱から発する電磁力。それによって推進を受けているのだ。

 余計なことなどは考えない。

 迷いなく、一つの砲弾となって眼前の敵へと吶喊する。

 

 ―――――ザンッ!!

 

 そのはずだった。

 スーが振るった魔法剣から、周囲のマナを狂わせる紫電が放たれなければ。

 

 それは魔法殺しの魔法剣。

 竜闘気と雷属性を混ぜ合わせ、己のオド以外の魔力を狂わせる絶技。

 紫電狂乱と名付けた――――自爆にも繋がる技である。

 

『ギ』

 

 それはさながら、自壊する砲弾のようだった。

 氷は砕け、雷はあらぬ方向へと飛び散り、義肢を象ることもできずにキリンの肉体は地面を転がる。

 自らが加速させた分のエネルギーを、もろに肉体に受けながら。

 あらゆる部位の骨が折れ、肉が割け、角すら折れて。

 ――――周囲を巻き込む破壊を纏ったまま、スーの下へと転がって来る。

 

「ぎひひっ!」

 

 もはや予測は不可能。

 狂ったマナによる破壊は、当然、スーにも襲い掛かる。

 氷の破片が体を刻み、竜闘気を纏わなければ次の瞬間には、感電死してもおかしくない地獄の中、スーはキリンを待ち受ける。

 

『クォウ!』

「らあっ!」

 

 そして、キリンの死に物狂いの突進と、スーが振るった魔剣の軌跡が重なった。

 

 

【古龍キリン ノックダウン】

【視点変更 → コタロウ】

 

 

◆◆◆◆

 

 

 まだ生きている。

 幸運にも、俺はまだ生きている。

 不運にも、キリンはまだ生きている。

 四肢は動かせる。回避のために左足の肉が削げたが、動かせる範疇だ。

 魔剣もまだ握れる。

 だが、スーの反応は無い。恐らく、竜装憑依状態で無理をし過ぎたのだろう。今の状態で、スーからの補助は期待できない。

 

『ク、オ』

 

 キリンは首を半分ほど裂かれた状態で、それでも生きている。

 あれだけ散々生命力を吸い取ったというのに、傷口はじわじわと目に見えて塞がっていく。

 猶予がどれだけあるのかわからないが、キリンが雷か氷の行使が可能となれば、その瞬間に俺は死ぬ。

 今の俺には曲芸をやる余裕もなく、魔力も生命力もほとんど底を突いている。

 恐らくは、今の状態でキリンを傷つけられる攻撃は一度が限界だろう。

 そう、『今の状態』ならば。

 

「ああ、訓練しておいてよかったぜ」

 

 故に、俺は魔剣を振るう。

 スーによって制限を受けない状態で、暗黒剣を振るう。

 キリンの傷口――首のそれを広げるように刃を差し込む。

 

 ――――瞬間、脳髄に釘でもぶち込まれたような快楽が走り抜けた。

 

 それは至上の快楽。

 それは禁断の果実。

 生命を啜るという行いは、女性の肉を貪る快楽とは比べ物にならない。

 この快楽を求めて人殺しに走るというのも、理解できた。これで強くなってしまうのだから、ある意味、麻薬よりも性質が悪い。

 

「――――竜闘気、全開」

 

 故に、俺はその快楽を否定する。

 全身がばらばらに弾けそうな痛みを持って、自戒とする。

 俺は今、何のために生きている?

 快楽を貪るためか?

 安堵を得るためか?

 違うだろう……違うだろうが!

 

『クォ、オ』

「喚くな」

 

 首を断たれないため、藻掻こうとするキリン。

 この状況でも、古龍ならば道連れを前提として俺を焼き殺せるかもしれない。

 だが、そんな死にざまは許されていないのだ。

 俺はこんな程度の痛みで楽になってはいけない。

 

「紫電」

 

 痛みの中、俺は竜装憑依の中で感じ取った技術を再現する。

 竜闘気と雷属性を混ぜ合わせ、周囲の魔力を乱す一撃を。

 

「狂乱」

 

 スーと竜殺しが得意とした戦法――その本来の使い方を、再現する。

 

『ク、オオ』

 

 魔剣を伝わせて、対象の内部を紫電で焼き殺す。

 耐えたとしても、対象のオドを狂わせて魔力を暴走させる。

 本来、強者である竜を殺すために鍛え上げられた、弱者の剣。

 それが紫電狂乱という技術だ。

 今はまだ、俺では扱いきれない技術だ。

 けれども、数秒。それだけの間、キリンの動きが止まりさえすればいい。

 

「こぉおおお…………せいっ!」

 

 呼吸と姿勢を正して。

 刃筋を立てて。

 力でも速さでもなく、技術でキリンの首に剣を振り下ろした。

 

 ――――キンッ。

 

 一瞬の切断音の後、どさりと俺の足元に生温かい物体が転がる。

 斬り落とした後の切断面からは、キリンの血流がポンプのように足元に流れていた。

 

「運が悪かったな、お互い」

 

 小刻みな痙攣を繰り返すだけで、何も言わなくなったキリンの頭部。

 本来は殺せるはずも無かった強敵を相手に、俺は吐き捨てるように告げた。

 どうせなら、俺ではなくスーに殺されたかっただろうに、と。

 身勝手な憐みを込めて。

 

 

◆◆◆◆

 

 

 後日談。

 結論から言えば、俺は復讐を果たすための手がかりを手に入れた。

 キリン討伐後、合流した仲間たちやAランク相当の冒険者たちが、大量の死体を見つけたのである。

 そして、その中には俺の見知った顔の死体もあった。

 幸運なことに、そいつはモンスターにも食われず、顔を損傷することなく死んでいた。

 だからこそ、そいつが俺の村を襲った襲撃犯――その中でもヤバいと感じた人物だと判別することができたのだ。

 

 数十人規模の死体。

 その中に紛れ込んだ復讐相手の死体。

 状況から考えるに、俺がキリンと戦う前に、この集団がキリンと戦っていたと判断するのが妥当だろう。

 ただ、この戦闘は偶発的なものではない。

 戦闘痕跡は明らかに、場所を移動しながら長く続いている。キリンから逃げるのではなく、キリンを追い立てるかのように。

 

 そして、キリンの腹部からは一つの『指輪』が発見された。

 そう、『指輪』だ。

 恐ろしいほどに凝縮された水属性のマナ結晶によって、形作られた指輪である。

 しかも、マナ結晶だけではなく、何か判別不能な金属も混ぜ込まれており、その所為で異常なほどの頑丈性があった。

 相当な業物による一撃か、相応の研究機関による解析がなければ、傷一つ付けられないほどに。

 明らかに、尋常ではない代物だ。

 キリンが二重属性を使っていたのも、恐らくはこの指輪の影響を受けていたためだろう。

 

 加えて一つ、俺は思い出したことがある。

 俺の村を滅ぼした奴の一人が――包帯で顔を覆った男が、確かに言っていたのだ。

 『指輪』は手に入れた、と。

 

 キリンの腹部から出て来た指輪。

 俺の村を滅ぼした集団。

 この二つに何の関係性が無いと切り捨てるには、色々と噛み合う要素が多すぎる。

 少なくとも、何らかの手掛かりとして考えるには十分過ぎる事実だった。

 従って、俺はまずギルドにこの事実を報告。

 指輪に関しては、危険物であることを主張して所有権を放棄。ギルドから調査機関へ回されることになったのである。

 この貢献により、俺は多少なりともギルドから情報を受け取れる立場になった。

 指輪と、俺の村を滅ぼした集団――エリュシオンと名乗る奴らの情報を。

 

 後はその時を待つだけだ。

 曲がりなりにも、死にかけだろうとも古龍を討伐した実績のお陰か、俺は既に、その権利を手に入れている。領主の軍、腕利きの冒険者たち。彼らと混ざって、エリュシオンを殲滅するための権利を。

 故に、後は決戦の時に備えて、ひたすらに研鑽を積むだけである。

 そのためにはまず、いち早くキリンとの戦いで負った傷を治すことが肝心なのだが。

 

「…………あの、マッジ?」

「はい、なんですか?」

「なんで俺の体をベッドに縛り付けているの?」

「暴れたら困るからですよ!」

 

 現在、控えめに言っても重傷を負っていた俺は、マッジによって自室のベッドに縛り付けられている。

 しかも、マッジの手に持っている薬品の色が明らかにヤバい。

 人類が接種可能な飲料の色を越えている気がする。

 だって、なんかボコボコいってるもん。マッジが素手で持てる温度なのに、なんか泥の色をした薬品は泡立っているのだ。

 

「あ、暴れないから拘束を解いてくれないかな?」

「駄目です。スーさんから《健康のためだ。思いっきりやってくれ》と言われていますので」

「…………ちなみに、その薬は塗り薬?」

「飲み薬ですが?」

「味は?」

「大丈夫! よく効きますよ!」

「味は?」

「大丈夫! きちんと認可されている薬品です!!」

「…………竜闘気――」

「逃げてもいいですけど、その場合、私は泣きますから。思いっきり泣きますから。リリカさんにもタイザン君にも言いつけますから」

「…………ありがたくいただきます」

 

 そして、一人で無茶をしたクソ馬鹿野郎であるこの俺に、マッジからの治療を拒否できるだけの資格などあるわけもなく。

 

「おぼぼぼぼぼおががぁ!?」

「ごっくん! はい、ごっくんですよ!!」

 

 しばしの間、健康と引き換えに、味覚の地獄を味わうことになったのだった。




●原作付きの奴ら

・古龍キリン
 雷と氷属性のキリン。
 『モンスターハンター』のキリン。
 なお、作者は中学生の頃にモンハンを三時間ほどやって心が折れた経験がある。
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