魔剣イグニスの初代所持者がどんな人間だったかと言えば、《とにかく不器用な馬鹿女》だったらしい。
純人種であったというのに身の丈は二メートルを超えて。
筋骨隆々の五体から振るわれる剣閃は、稲妻の如く。
当時、魔具なんて便利な代物がまだ満足に流通していない中、魔剣ならざる『ただの剣』で魔人を倒すような規格外の強さを持っていたらしい。
そんな彼女がどのような経緯で、魔剣イグニスなんて物を手に入れたのかは不明だ。
スーに語ったこともなく、スーもまた彼女の記憶を漁れるような権限なんて無かった。
わかっているのは、彼女がその魔剣を用いて餓竜王スタルヴェイグを殺したという事実だけ。殺した理由、その背景なども彼女は語らなかったらしい。
ただ、殺された本人であるスーはこのように考察している。
《どうせ売られる子供を憐れに思ったのだろう。別に、餌や奴隷にするわけでもなく、単なる部下として育てたかっただけなのだがなぁ……まぁ、普通は食われるとでも思うか》
スーが当時、防衛契約を結んでいた集落から徴収しようとした子供たち。対価として差し出す予定だった子供たちの誰かを憐れんだのだろうと。
大方、姉妹や兄弟の別れを見て、暗殺を決意したのだろうとスーは語っていた。
《もっとも、我を殺したことで魔人どもから守っていた集落のほとんどは壊滅することになったがな。当然、そんな騒乱の中、年端もいかぬ子供たちが生きていけるわけもなく。結局、助けた子供もすぐさま死んだ》
その結果、引き起こされたのは、餓竜王スタルヴェイグという頭目を失った者たちの騒乱。
騒乱の隙を突いた魔人の襲撃。
考え足らずの強者が行った暗殺は、より多くの人間の命を奪う顛末になったらしい。
《ああ、嗤ったさ。その時の我は思う存分嗤ったさ。まさか、ここまで馬鹿だとは思わなかったからなぁ! ぎひひひっ、せめて誰かに相談すればよかったものをなぁ!》
つまるところ、魔剣イグニスの初代所有者とは『そういう人間』だったのだ。
誰かを助けようと動き、誰も助けられないこともある。
他よりも抜きん出た力がある癖に、その力の使い道が不器用過ぎる。
殺す才能は溢れんばかりにあるが、助ける才能は皆無だった人間。
それが、竜を殺し、魔人を殺し、数多くの下剋上を果たした初代所有者である。
《奴の末路も傑作だったぞ? 自らが助けた子供に毒を盛られて、それでもその子供を助けようと最後まで藻掻いた。人質に取られていた子供の親を助けて、敵対していた悪党どもを根こそぎ皆殺しにして。結局、自分は解毒が間に合わずに死んだ。ちなみに、その子供が二代目の魔剣所有者となったわけだが、普通に才能が無かったからすぐさま死んだ。奴に憧れて剣士を志したが、才能が無いから魔物に食われてすぐさま死んだ》
間違いなく、歴代の魔剣所有者の中では最強の実力者で。
間違いなく、歴代の魔剣所有者の中でも群を抜いた大馬鹿者。
《魔剣は二代目の死体を回収に来た者たちに拾われた。その中の一人が、三代目の魔剣所有者となるわけだが、その話は本題じゃない。肝心なのは奴が馬鹿だったということだ》
そんな初代のことを、スーは度々語る。
戒めるように。
懐かしむように。
《強いだけでは駄目だ。優しいだけでも何も手に入らん。コタロウ、貴様も何かを手に入れようとするのならば、きちんと考える事だ。強くて優しくとも、頭が悪ければ意味がない》
自らを殺した怨敵のことを、どこか憐れみながら語るのだ。
◆◆◆◆
眼前には金髪碧眼の少女が立っている。
体躯は小柄。手足は細い。魔具は付けずにほぼ生身。ワンピースのような貫頭衣と、両手で構える細身の剣のみが、少女が身に着ける異物だ。靴は履いておらず、素足のまま草木が生い茂る地面を踏んでいる。
「では行くぞ」
少女は短く告げて、俺の視線から外れる。
姿を見失ったかと思うほどの滑らかな踏み込み。しかも、かなり位置が低い。小柄な体躯を活かし、俺の腰よりも更に低い位置で剣を構え、こちらに踏み込んでいる。体重移動が恐ろしく滑らかであり、素足であるのに地面を滑るような動きだ。
「しぃっ!」
鋭い呼気と共に少女が放つ剣閃は、どれもが骨のスキマや足の筋を狙ったもの。
加えて、剣速が尋常ではない。優れた早撃ちの技術の持ち主だ。
だが、俺は既にその技術の要訣を学んでいる。この少女ほどの剣速は出せずとも、その防ぎ方ぐらいは導き出せる。
「ふっ!」
息を吐き出し、剣閃に合わせる形で踏み込む。
躊躇いは不要。
必要なのは、剣を構えること。
下段に構えた剣は、低空にして高速の剣閃を弾いていく。
問題ない。どれだけ速くてもそこには重さが足りていない。故に、その速度に惑わされず、まずはきちんと剣を構えることが肝心なのだ。その速さについて行こうと対抗すれば、少女は待っていましたとばかりに、自分の得意な戦法を使い続けるだろう。
――――ギギギギンッ。
刃が重なる音が幾つも響く。
剣技がぶつかる音が何度も響く。
意識しなければ呼吸すらも忘れ去ってしまいそうな、濃厚な時間のやり取り。
俺と少女。
互いの剣をぶつけ合う場所は、屋敷の庭先と風情が無いが、剣を振るのに十分な空間があれば、剣士のやり取りはそれだけで足りる。
「ここだ」
「――――っ!」
そして、数分間のやり取りの後、俺は少女の呼吸を読み切った。
最初から読み切ってさえいれば、どれだけ剣の速度が早くても関係ない。
少女のタイミングを逸らすように踏み込み、剣を滑り込ませて剣閃を横に流す。
ギィン、という刃が滑る音が鳴った後、更にそこから俺は切っ先を少女の喉元へと突きつける。油断なく、動く余地など与えぬように。
「ようやく一勝……でいいか? スー」
「ぎひひひっ! ここまで見事に一本を取られちゃあなぁ!」
少女――スーへと勝利宣言をしたのだった。
古龍を魔剣イグニスで斬り殺したことにより、俺は明確に強化された。
まず、竜闘気の扱いに困らなくなった。
以前は一瞬の発動以外は、常に肉体が自壊するリスクを負うような技術であったが、今の強化された肉体ならば、そのようなことは起こらない。竜闘気を全開にする時、多少なりとも体が軋むだけで、きちんと収束して扱うことも、エネルギー砲のように打ち出すことも可能となった。
ただ、流石に紫電狂乱を常時発動させるには修練が足りていない。
竜装憑依中ならば、スーが紫電狂乱を自在に扱えるようになったらしいが、そうでない場合は精々数秒間持続させるのがやっと。それも、発動後は数十秒間のインターバルを待たなければ、次の発動ができないという未熟さだ。
俺が肉体を操作している時は、紫電狂乱はここぞという時の決め技として扱った方がいいだろう。
次に、魔剣に格納されているスーが疑似的に外部に顕現できるようになった。
龍属性の生命をたっぷりと食らったおかげか、疑似的に化身を生み出す技術を会得したらしい。そのおかげで、歴代の魔剣所有者を再現しての修行が可能となったのである。
正直、俺としては肉体の強化よりも、魔剣所有者たちと組手ができるという環境になったのが嬉しい。
スー曰く、《再現度は精々六割が限度》らしいが、それでも俺が咀嚼した技術の本家本物を体験できるのだ。自分がどれだけ駄目で、これからどうやってそれを矯正すればいいのかを自覚しやすくなる。
少しずつでも、明確に強くなることができる。
今の俺にとっては、それが何よりも嬉しかった。
「よし、もう一本やろう、スー」
「馬鹿が、焦り過ぎだ」
「ぐえっ」
―――などと、意気揚々とスーに組手を頼み込み続けていた俺であるが、今現在、マッジ特製の縄で拘束されている。
マッジが開発した『魔力の動きを阻害する植物で編んだ縄』であるため、竜闘気が練りづらく、脱出には相応の時間がかかるだろう。
そして、スーがその時間を待ってくれるわけもなく、俺は屋敷の庭先で美少女に足蹴にされるという貴重な体験をしていた。
一部の男性からは羨まれそうなシチュエーションかもしれないが、安心して欲しい。
割とガチでスーが体重を込めて踏みつけてくるので、とてもそんな余裕は生まれないから。
「なぁ、おい。前にも言ったよなぁ? 我は前にも言ったよなぁ? オーバーワークは認めないってよぉ!」
「はい」
「なのに貴様は、毎日毎日、一日中我に相手をしろと……盛りのついた犬か!?」
「すみません、ご近所に違う意味で取られてしまうので、声量を抑えてください」
「そっちの意味で取られた方がまだマシだわ! もう既に、ご近所からの貴様への評価は『修行しすぎで気持ち悪い馬鹿』だぞ!?」
「でも、この世界だと割と珍しくないのでは?」
「そういう! 問題ではなく! 体が壊れると言っているのだ!」
「肉体が強化されたから平気だもん!!」
「強化された肉体でも壊れるような修行だから、止めてんだよ、馬鹿が!」
細い足にも関わらず、竜闘気を込めて蹴りをしてくるので大変痛い。
こちらも竜闘気でガードしなければ、危うく骨にヒビが入るところだ……はっ、もしかしてこれは新しい修行になるのでは!?
「…………」
「あっ」
そのようなことを考えているのがバレたのか、こちらを見下すスーの顔がとても怖い。
「さて、化身を調整せねばな。ふむ、生殖器ぐらいなら今の我でも内部再現は可能だろう」
「あの、スーさん? 何故、俺を玄関の方へと引きずって行くのですか?」
「はははっ。喜べ、中で出しまくっても妊娠しない便利な女だぞぉ?」
「喜べない! 喜べない! そういうことに喜びは感じない! つーか、その肉体で俺とエロいことをするのは、歴代の魔剣所有者に対する侮辱では?」
「安心しろ、こいつは生涯処女を貫いて死んでしまった憐れな奴でな? 死に際には、我に『もしも自分の肉体を再現するなら、イケメンとエロいことをしまくって欲しい』と願いを託されている……恐らく、今がその時だろう」
「俺はイケメンではありませーん! 美形スキルはついてませーん!」
「安心しろ、記憶が正しければこの肉体の持ち主は、大分貴様の外見が好みだったはずだ」
「何が安心!?」
俺は引きずられながらも、必死に内部で竜闘気を練り上げようとする。
早く、早く! 寝室にまで引きずられるまでに、俺は竜闘気の扱いを一段階上の領域まで会得しなければならない!
そうでなければ、待っているのは清くも正しくもないドスケベ生活だ! エロいことは嫌いではないが、そういうことをしている暇があったら、今の俺は修行がしたいのだ。
「さぁ、『指輪』の詳細が届くまではエロいことをしまくって、貴様を骨抜きにしてやろう」
「やだぁ! 仇をぶち殺すための修行がしたぁい!」
「はいはい、わかった、わかった――――マッジも呼ぶから我慢しろ」
「仲間を巻き込むなぁ! というか、どういう文脈の流れ!?」
「女を抱けば強くなるぞ?」
「そういう強くなる方法は嫌なんだよぉ!!」
結局、俺は丸一日休息に当てると約束することで、ドスケベ生活から逃れることになった。スーからは『唐変木』と罵られたが、そういうことは本当に遠慮したい。
…………今更、誰かに情を抱くような真似はしたくないのだ。
◆◆◆◆
ギルドの調査機関が『指輪』を調べたところ、『さっぱりわからない』ということが判明した。
少なくとも、近場の研究施設では解析しきれない。何せ、大精霊数体分のマナが結晶化して凝縮しているという厄介な代物だ。どんな手法で安定化させているのか理解できないうちに手を出せば、属性災害によって『陸で津波に押し流される』ということもあり得てしまう。
故に、ギルドはもっと王都に近い街の研究施設に『指輪』を移すことになった。
こちらの地方では最も大きい研究施設だ。優秀な学者が何人も常駐しているという噂も聞いている。そこならば『指輪』について新しい事実が知れるかもしれない。
――ということで、我らワンダリングモンスターズが『指輪』の輸送依頼を受けることになったのである。
ちなみに、割と重要そうな依頼を何故、俺たちBランクの冒険者パーティーが任されたかといえば、一つは信頼。もう一つは人手不足という切実な理由がある。
我々、ワンダリングモンスターズは、街や村が幾つか滅びてもおかしくない窮地を乗り越えて来たので、ギルドからの信頼はそれなりにある方だ。
加えて、俺が古龍を討伐したことによって手に入った『指輪』という点もあり、ギルド側としては俺たちに依頼を任せるのが、ベターな選択肢だったのだろう。
そして、大襲撃後にも関わらず、エリュシオンというテロ組織の動きが活発らしく、Aランクの冒険者パーティーや、戦闘特化のBランクなどは依頼で出払っていて人手不足。
俺たち以外のパーティーに任せるとしても、中々適任者は出てこないだろう。
従って必然と、俺たちのパーティーが依頼を受けることになったのである。
「もう一度訊くけど、いいのか? これはあくまで俺の復讐に関わる依頼だ。危険性も高い。皆が無理して依頼を受ける必要はないんだぞ?」
とはいえ、エリュシオンに関わる依頼を仲間たちと受けることに、俺は少しの抵抗があった。
無論、一人で何もかもこなすのは無理があるのは理解している。
それでもなお、俺は恐怖してしまっているのだ。
幼馴染と同じように、仲間たちもエリュシオンとの戦いの中で、失われてしまうのではないかと。
「え、今更じゃない?」
「むしろ、放っておくほうが問題ですよ!」
「水臭いことを言わないでください! 僕たちは、四人――いえ、五人揃ってワンダリングモンスターズなんですから!」
とまぁ、そのようなことを研究施設への道中で訊ねると、仲間たちはノータイムで即答してくれた。
それはもう、勢い余って俺の尻を叩いてくるような元気溢れる答えばかりだった。
「仲間の復讐を手伝って、悪い奴をぶち殺す! うん、吟遊詩人が歌ってくれそうな物語になりそうじゃない? 私が求める冒険譚っていうのは、まさしくこれだね!」
リリカは冗談めかした口調で、きっぷうのいい笑みを浮かべて。
「仲間の危機を放っておくことなんてできません! というか、私たちは冒険者なのに、危険性が高いとか野暮なことを言わないでください!」
マッジは帽子の両端を引っ張りながら、怒ったように言葉を紡いで。
「こういう時、素直にリーダーが仲間を頼ってくれないと困りますから! そうしないと、僕らも困った時、皆を頼れなくなっちゃうじゃないですか!」
タイザンは割と深刻そうな顔つきで、俺の『余計な気遣い』を指摘してくれた。
ああ、まったく。俺にはもったいないぐらいの仲間たちばかりで困るぜ、本当に。
《ぎひひっ! だとさ、コタロウ。わかるな? 仲間にここまで言わせておいて、今更『やっぱり無し』はダサすぎるぞ?》
しかも、追い打ちとばかりにスーが激励を飛ばしてくるので、先ほどまでの俺が、どれだけ野暮なことを言っていたのかがわかってしまった。
「確かに、悪かった。野暮で馬鹿なことを聞いた――――皆、すまん。俺の復讐を終わらせるために、力を貸してくれないか?」
「「「もちろん!」」」
モンスターの奇襲に警戒しながら、俺が深々と頭を下げると、仲間たちはすぐに答えを返してくれた。躊躇いなんて一つもない、真っ直ぐな答えだった。
俺たちが異変に気付いたのは、目的地である研究施設の周辺まで辿り着いた時。
街に着いたところまでは、違和感は無かった。
門番の兵士とも挨拶を交わし合い、街外れにある研究施設までの地図を受け取った。そう、ここまでは違和感が無かったはず。
では現在、俺は何に対して違和感を抱いているのか?
「コタロウ、静かすぎる」
その疑問に対する答えは、リリカが告げる言葉が教えてくれた。
そう、静かすぎるのだ。
いくら住宅地から離れた街外れの場所とはいえ、人の気配が無さ過ぎる。
街外れの道中にあった薬草園からも、人の生活音がしなかった。聞こえるのはただ、自然の風が生み出した僅かな環境音のみ。
「リーダー。研究施設の門に誰も居ません。僕たちの迎えが来ないというレベルではなく、警備の兵士たちすら見当たりません」
次いで、視覚に優れたタイザンから報告を受ける。
これにより、俺の警戒段階は一気にレッドラインまで引き上げられた。
「マッジ、戦闘力の無い簡易の使い魔で門番まで連絡。内容は『研究施設に異常あり、これより調査に向かう』と」
「わかりました!」
「リリカ、風を使った周辺探知を頼む」
「うん、任せて」
「タイザン、隊列の後ろで警戒。俺を先頭にして、研究施設を調べに行く」
仲間たちに指示を飛ばすと、俺は静かに魔剣イグニスを抜刀。
警戒を保ったまま、小走りの状態で研究施設の門を開こうとして。
――――ドォンッ!!
――――ドドドォンッ!
数多の爆発音が、二つの方向から響いた。
一つは直ぐ目の前。研究施設が爆発させられた音。
もう一つは後方。街の住宅地の方から、複数の爆発音が断続的に響いている。
「安心していいわ、君たち」
そして、前方。
研究所の中から、小柄な人影が姿を現す。
爆発によって生じた炎も煙も、まったく気にせずに悠々と歩きながら。
「きちんと薬品は爆発に巻き込まれないように対処しているから。毒ガスが溢れ出ていることは無いと思うわ」
濃厚な魔力の衣――上級月衣を纏った小柄な少女は、こちらを気遣うように微笑んだ。
「だから安心して? ゆっくりとお話できる時間はあるの。そう、『指輪の護送依頼を担当した冒険者』の君たちと、相互理解を深めるだけの時間は、ね」
一見すると、ただの町娘のような服装。
けれども、その身に纏う上級月衣と合わせた装備は、平服を装っても間違いなく一級品ばかり。なおかつ、穏やかな口調とは異なり、周囲に与える威圧は本能的に体が震えてしまいそうになるほど。
上級魔人。
それもかなりの強者だろう。
けれども、今、それよりも大切なことが一つ。
「いいや、相互理解は不要だぜ、エリュシオン」
その魔人の美しい顔立ちに、俺は見覚えがある。
故郷の村を滅ぼした、怨敵の一人として。
「手早く死んでくれれば、それだけでいい」
俺は剣を構えて、静かに呼吸を繰り返す。
復讐すべき相手の一人。
エリュシオンの幹部と、俺はようやく邂逅を果たしたのだ。
◆◆◆◆
【視点変更】
【ソリテール:エリュシオン所属】
研究施設の警備を担当していた兵士たちは、既にソリテールによって皆殺しにされていた。
だが、決して彼らが弱かったわけではない。
王都の精鋭たちには一枚劣るものの、領主が少なくない費用をかけて育て上げた人材たちだ。戦闘の専門職だ。少なくとも、冒険者に換算すれば、一人一人が戦闘特化のBランク以上の実力を持っていた。
連携をすれば、犠牲を支払ってでも上級魔人すら打倒する。
それだけの実力と士気を持った兵士たちのはずだった。
故に、彼らがソリテールに殺された理由は単純明確だ。
ソリテールという魔人は、慣れていたのだ。
連携し、力を束ね、格上を討ち取らんとする人の集団。
――――それをバラバラに引き裂いて、皆殺しにすることに。
瞬時に構成された刃は五十六。
そのどれもが大剣の如き、無骨な刃。
たっぷりと魔力が込められた魔力撃、五十六発分の刃。
それらが念動力の如き力場に弾かれて、ワンダリングモンスターズのメンバーへと襲い掛かる。
マッジとリリカにはそれぞれ十本分。
タイザンにはニ十本。
残りの全てはコタロウに向けられた。
――――遠隔操作の刃。
――――瞬時に魔術で構成した物質。
――――受けて、弾いて、消し飛ばす。
マッジ、リリカ、タイザンの三人はそれぞれ最善の判断をした。
問題ないはずだった。
数多の死線を乗り越えたメンバーは、既に戦闘力だけならばAランクにも匹敵する実力者ばかり。
数ばかりの刃など対処できる、そのように判断した。
「紫電、狂乱!」
即座に奥の手を切り、ソリテールに斬りかかったコタロウ以外は。
「ふふふっ、素晴らしい」
微笑むソリテールの魔法を乱し、崩して斬り込む。
当然、魔力で構成された刃などは塵芥の如く消し飛ばされる。
故に、紫電狂乱の剣を止めたのは、魔力で生み出した刃ではなく、焼け落ちる研究施設の中から飛び出した一つの大剣だった。
重厚な刃を持つ、無骨な大剣。
恐らくは、魔法で構成した刃の参照元。
実体を持った大剣による防御は、確かにコタロウの一撃を防ぎ切った。
けれども、この時、コタロウは既に目標を達していたのである。
「ちっ、やっぱりか」
周囲から聞こえる轟音は、コタロウの仲間たちが辛うじて襲い来る刃を防いだ証拠。
紫電狂乱によってソリテールの魔法を乱し、精密性を崩したことでようやく、仲間たちが攻撃を防げたという絶望の知らせだった。
「わひゃあ!?」
脂汗を流しながら、マッジはとっさに無詠唱の魔術で刃を逸らして。
「……っづー、手が痺れたぁ!」
顔を顰めるリリカは、バッドで刃を弾いた反動を使って避けて。
「こ、これは、ヤバいのでは?」
全ての刃を拳で叩き割ったタイザンは、その手ごたえに戦々恐々としている。
そう、三者とも辛うじて防げているが、その脇には、刃によって為された破壊の痕がある。
一つ一つの刃が、深々と地面を切り裂いた痕が。
「皆、刃の軌跡に騙されるな! ただの力任せに見せかけて、一つ一つに『技』を仕込んでいる! 対象の間合いに近づいたら、速度も動きも急変するぞ!」
コタロウはソリテールと斬り合いながら、後方の仲間たちへと警戒を促す。
そう、ソリテールという魔人は恐ろしいことに、瞬時に構成した五十六の刃。その一つ一つに『技』を体現させるほどの操作技術を持っているのだ。
しかも、それぞれの『技』は英雄殺しに繋がる、必殺の連携を行っている。
歴戦の兵士が、格上の強者を狩る時に用いる連携。それを複数人に対して、たった一人で実現させることが可能な操作能力。
これを初見で防ぐことが可能な者は限られるだろう。
現に、ワンダリングモンスターズ仲間たちも、コタロウが初手で紫電狂乱を使わなければ、その時点で全滅していた。
それほどまでに、隔絶した力量差が存在するのだ。
「凄い、即座に見抜いたのね? 良い目を持っているわ」
「はっ! ありがとうよ! そっちも、細腕の割には随分と重い剣を振り回すよなぁ!?」
「ありがとう、これでも力持ちなのよ?」
しかも、このソリテールは剣士だ。
魔力で構成した『使い切りの刃』ではなく、無骨なる実体の大剣。
それを身体強化と上級月衣の操作により、巨漢の戦士の如く悠々と扱っている。
「そして、少し器用なの」
「――――っ! 第二弾だ!! しかも、さっきよりも数が多い! 固まって対処!」
竜闘気を纏う剣技を受けながらも、ソリテールには余裕があった。
再び、魔力で刃を構成して、コタロウの仲間たちへ攻撃を仕掛けるだけの余裕が。
「ちぃっ! 紫電――」
「させないわ」
加えて、ソリテールは人間観察を得意とする魔人だ。
コタロウの紫電狂乱のタイミングも見切っていた。
それを連続で使えないことも。それを使うには『呼吸』を整えなければならないことも。
故に、ソリテールはボルテージを上げて大剣を振るう。
さながら暴風の如く。
無骨な大剣が、何もかもを刈り取る刃の嵐として顕現する。
「くそっ!」
眼前に迫る圧倒的な暴威を前に、コタロウは即座に思考を遮断。
仲間たちは刃の群れに対処できると信じて、目の前の攻撃を丁寧に処理する。
迫る刃に魔剣の軌跡を合わせて。
暴風の中を木の葉の如く動き、一つ一つの斬撃を受け流す。
コタロウ自身は卑下するだろうが、この時、コタロウの剣技は一流の物に達していた。少なくとも、気が長くなるほどの研鑽を経た魔人の剣技を受け流せる程度の技量を持っていた。
――――だが、超一流には達していない。
「あはっ」
刃が交差する地獄の如き間合いの中、ソリテールは歓喜に微笑んだ。
素晴らしい、と眼前の剣士の力量を賞賛し、謳うように笑う。
それが必殺の合図だった。
「――――――ごっ!?」
突如として、コタロウの体が衝撃を受ける。
例えるのならば、何の前触れもなく拳闘士の一撃をわき腹に受けたような衝撃。
竜闘気を纏っていなければ、それだけで致命傷に繋がる威力だった。しかも、その衝撃は殺すことではなく、『崩す』ことを目的としたものだ。
必殺ではなく、必殺に繋げるための一撃。
行動の起こり、魔術の発動の予兆を限りなく削った、無拍子の無詠唱魔法。
「さぁ、どうするの?」
振り下ろす刃と共に問いかけるソリテール。
崩された体勢。
迫る死の刃。
瞬き一つにも満たない思考の中、コタロウは選択する。
竜装憑依による状況の打開――――ではなく。
「リーダーァ!!」
「危機一髪だねぇ!!」
仲間を信じて、一呼吸分、体勢を整えることを。
仲間たちが刃の嵐を乗り越え、この場にやってくることを信じて、コタロウは剣を構えていた。
そして、予想通りに振り下ろされるソリテールの大剣を防いだタイザン、リリカと共に連携による息も吐かせぬ猛攻を始める。
これには流石のソリテールもおしゃべりをしている余裕は無い。
刃を構成するよりも、大剣による剣技と無拍子の魔法で対処する。
コタロウの刃を大剣で弾き、リリカの肉体を魔法で弾き飛ばし、流動する上級月衣でタイザンの拳を受け流す。
「ホーリージャッジメント!」
けれども、マッジは僅かに三人が離れた瞬間を見逃さない。
精緻にコントロールされた大魔法により、仲間たちを上手く避けて、光のレーザーを放つ。
「あははっ!」
それを防いだのは、ソリテールが構成した極小の刃の群れ。
砂粒よりも小さい無数の刃は、鏡の如くレーザーの収束率を切り刻み、大魔法の威力を散らせた。上級月衣で受け流せる程度まで。
「そぉれ!」
当然、ソリテールは防いだだけでは終わらない。
極小の刃の群れで、コタロウとタイザンの呼吸器をずたずたに切り裂こうとして。
「風よ!」
リリカが風の魔法によって刃の群れを押し流す。
「風使いを前に、それは悠長じゃないかなぁ!」
「さぁ、二発目をぶち込みますよぉ!」
「今の感覚……掴んだ。次は、当てます」
リリカ、マッジ、タイザンは戦いの中で段々と実力を上げていく。
ワンダリングモンスターズ。
新進気鋭の冒険者たちが、自らのパーティーをこう名付けた理由。
それは、このパーティーに所属する誰もが周囲から、『怪物だ』と揶揄された経験があるからだ。その経験を卑下することなく、誇るようにパーティーの名前に使ったのである。
そう、つまりは――――ワンダリングモンスターズとは『規格外の才能を有した冒険者』たちのパーティーなのだ。
「まったく、頼もしい限りだぜ」
そんなパーティーの中で、唯一凡人気取りのリーダーは、仲間たちよりも先んじて剣を振るう。
魔剣イグニスの効果により、上位月衣を切り裂き、仲間たちに突破口を示すために。
「あははっ、素晴らしいわ、君たち」
そんな怪物たちの躍動を歓迎するように、魔人は笑みを深める。
壮絶なる殺し合いは、まだまだ始まったばかりだった。
冒険者たちと魔人の戦闘は、拮抗状態にあった。
魔人の手札は、数百年単位に及ぶ研鑽と経験則。圧倒的な実力差により、冒険者たちをすり潰そうとする。
冒険者たちの手札は、数秒ごとに最高を更新し続ける成長率。圧倒的な才能により、魔人の経験を食らい尽くそうとする。
常識で考えれば、魔人であるソリテールの有利。
けれども、冒険者たちはどれもが常識を超えた怪物揃いである。
無論、突如として怪力乱神に目覚めるわけでも、未知なる魔法が頭に浮かんでくるわけではない。ただ単に、凡骨が数か月かけて成長することを、数秒で超えているだけの話である。物理的な不可能を超越するのではなく、『当たり前』を幾つも飛躍して成長するだけの良くある怪物たちの成長だ。
非現実的な話ではない。
スポーツ。
遊戯。
学問。
あらゆる分野において、怪物としか言いようがない天才は実在する。
この場にはそれがそろい踏みしている、ただそれだけの話だった。
「タイザン君、あれをやりましょう!」
「え、この場であれを!? 正気ですか!?」
「狂気だとしても! 打開策は必要でしょう!?」
「ええい! もう、わかりましたよ! どうにでもなれ!」
そして、怪物たちはまた一つ飛躍する。
拮抗を崩すため、常識外の戦術を展開する。
「「合体!!」」
ワンテンポによる合流。
前衛のタイザンが素早く下がり、後衛のマッジが前に進んで合流。
その後、マッジはタイザンの背中にしがみ付き、そこから森魔法を展開。さながら、外骨格のようにタイザンの肉体を覆い、補強し、即席のパワードスーツを作り上げる。
「「樹装炎鬼っ!!」」
あまりにもふざけた状態。馬鹿げた奇策の如き戦法。
けれども、その効果は絶大だった。
「お、おおおおおおおおおおおっ!!」
両こぶしの部分だけ樹木の装甲を外して、炎のエンチャントを集中。
更に、幾度も死線を共に超えた経験と、直接触れ合うことで筋肉の動きを感知して、マッジはほぼタイムロス無しの強化を実現させる。
即ちそれは、『突如としてタイザンの身体能力が倍化』するほどの効果を発揮していた。
「あはははっ、凄い!」
繰り返される炎の連打。
拮抗状態とは比べ物にならない精度の攻撃。
更には、これは即興ではない。馬鹿げた戦法だろうとも、仲間たちは幾度の冒険の中で、これを経験している。故に、連携が途切れることは無い。
コタロウの魔剣が。
リリカの打撃が。
四人の力が織り交ざって、ソリテールとの拮抗を崩す。
「素晴らしい――なら、私も『馬鹿』で返さないとね」
押しきれる、と冒険者たちが確信を得る前に、ソリテールは奥の手の一つを切った。
「化身、爆砕」
上級魔人が可能とする化身。
魔力で編み上げた肉を被り、更なる力を得る強化の技。
ソリテールはあえてそれを失敗させる。自ら化身状態になる途中で魔力の収束を失敗させ、結果として、無差別に魔力の衝撃波をばら撒く自爆技。
「ご、ほ」
当然、それはソリテールが一番ダメージを食らう。
装備の一部は損傷し、肉体からは流血が途絶えない。体の一部は重篤な火傷を負っているだろう。それでも、この奇策を発動させた時から、ソリテールは一度たりとも止まっていない。
吹き飛び、連携が崩れる瞬間を狙いすまし、冒険者たちを刈り取らんと動き続けている。
「っづぅ! リリカ、タイザンのカバー!」
「わかってる!」
コタロウは爆風と切り裂き、竜闘気で守られていたため軽傷。
風使いのリリカには爆発などは軽々といなせる一撃だ。
「……ぐぅ」
ただ、タイザンが不味かった。
背中に居るマッジを気にした所為で、まともに爆風と衝撃を受けた。
樹装によって重傷は負ってはいないものの、数秒、動きを止めてしまう程度にはダメージを受けている。
「仲間想いなのね」
そして、ソリテールにはその数秒で十分だった。
無茶な爆破の後で、刃を構成することはできない。
動かせるのは自身の肉体と、無骨な大剣のみ。
だが、ソリテールという魔人は小柄ながらも卓越した剣士である。
たった一本でも剣を振るえるのならば、鬼人だろうとも殺すには十分過ぎる。
「くぉんのぉ!」
リリカの打撃。
縦横無尽に空を駆ける魔法戦士の一撃を、ソリテールは最善最速の動きで避ける。一度も速度を落とさずに、軽業の如く走り抜けていく。
「させるかぁ!」
振るわれるコタロウの魔剣。
紫電狂乱の斬撃。
けれども甘い。剣筋が温い。爆風を切り裂き、竜闘気で耐えていたとはいえ、全身を打ち据える爆破の衝撃からでは、肉体的な問題で全力の剣を振るえない。超一流ではないコタロウでは、それが限界。
「まずは一人」
そして、大剣は振るわれる。
無骨な刃はタイザン――――ではなく、『タイザンにしがみ付いているマッジ』を狙う。樹装の中に隠された、この場で最も脆い者へと刃は振るわれる。
「――っ! マッジさん!!」
悲鳴の如くタイザンが吠える。
しかし、刃は避けられない。
樹木の装甲は切り裂かれ。
鮮やかな赤の液体は勢いよく周囲を汚し。
黒衣の切れ端が、刃に切り裂かれて舞い散る。
――――だが、そこにマッジの姿は無い。
赤い液体は果実の物。
切り裂かれた黒衣の中に、少女の肉体は無い。
一瞬の空白。
数百年に及ぶ戦歴を持つソリテールをして、一瞬の思考時間を奪う事実。
それは爆破の瞬間よりも前。
四人の冒険者たちが仕掛けたミスディレクション。
樹装炎鬼という戦法を使った時点で、最初から織り込み済みの仕掛け。
そう、タイザンは確かにマッジを庇ってダメージを受けた。
樹装から射出して、上空へと飛翔する、マッジを庇って。
「射貫け、ミストルティン」
上空。
ソリテールの視線が届かぬ空中。
魔女軟膏という魔法薬により、一時的な飛行を成し遂げていたマッジは、下着姿でそれを放つ。たった一本、装備の中から引き抜いた切り札。
魔力の力場を貫く、植物性の手槍を。
「っぐ、う!?」
ソリテールがとっさに展開した上級月衣も意味を為さない。
緑色の手槍は確かに、ソリテールの右足を貫き、その場に射止めて見せた。
「一打入魂」
「ふふふっ」
そして、リリカの必殺とソリテールの全力がほぼ同時に交差した。
上位月衣すら震わせる打撃は、ソリテールの内臓を揺らし、少なくないダメージを与える。
だが、当然リリカのダメージも軽くない。
無拍子の魔法はリリカの肉体を、ビリヤードの玉の如く勢いよく弾き飛ばした。
「う、ふふふっ」
爆破による自傷。
右足の負傷。
内臓への打撃。
それでもソリテールは止まらない。
構成した刃で、緑色の手槍を切り裂いて行動制限を解除。
眼前に迫るコタロウを待ち受ける。
「さぁ、人類賛歌を謳わせて」
閃光の如き輝きを持つ人間の強さを堪能しようと、魔人は死闘を続行する。
「生憎だが、ここからは竜の時間だ」
しかし、ソリテールは知らない。
これから死闘を演じる相手は人間ではなく、一体の竜であることを。
「《竜装憑依》」
切り札が発動する。
人から竜へ、意識が切り替わる。
――――下剋上が始まる。
「ぎひひひひっ!!」
スーは、下品な笑いを響かせながら魔剣を振るう。
歴代の魔剣所持者の技術を再現した高速剣。
魔剣イグニスに紫電狂乱を纏わせた状態での高速剣。
それは、僅かな傷だろうとも致命傷へと導く、格上殺しの剣技である。
加えて、スーの動きは雑にならない。一撃でもまともに入れば勝利する剣を用いながらも、歪まない。下剋上に於ける注意点を、スーという竜は知り尽くしている。
必殺の剣技だからこそ、丁寧に粘り強く、油断しない。
「あはっ」
けれども、スーと相対するソリテールもまた、下剋上を狙われる経験は豊富だ。
眼前の相手の気配が変わるなど、動揺に値しない。
一撃で死ぬ? その程度、毒使いを相手にする時には想定済みの難易度に過ぎない。
そして、今までソリテールは卓越した毒使いを幾度も放って来た実績がある。
無骨な大剣を振るいながらも、隙を見せず。
小柄でありながら、荒々しい暴風の如き剣技で雷を纏う高速剣を迎え撃つ。
――――無数の剣戟。
――――削られる体力。
――――刹那に交わし合う視線。
互いに即死を躱し合う二人の剣士は、言葉に出さずとも通じ合っていた。
次で終わり。
次が互いの必殺であると。
「剣竜創牙」
ソリテールの必殺は、美しき刃細工。
暴風の中で生まれた無数の刃が、竜の咢を作り出す。
それは周囲の横槍を封じる盾でありながら、対象を切り刻む必殺の刃。
なおかつ、一番恐ろしいのはそれを背負いながら放たれるソリテールの剣技だ。
背後に控える剣竜に意識を割けば、ソリテールの大剣は易々と相対者の命を奪うだろう。けれども、ソリテールの剣技に集中すれば、背後の剣竜に刻まれて死ぬ。
まさしく、必殺。
隙を生じさせぬ二段構え。
「さぁ、楽しみましょう?」
ソリテールは花咲くような笑みを共に、必殺を放つ。
自らが放つのはシンプルな上段からの振り下ろし。
長年の研鑽、実戦によって磨かれた一刀で、相対者を屠ろうとする。
「《ダブルアーツ》」
しかし、ソリテールは気づいただろうか?
その動きが、『誘引された動き』であることに。
コタロウと幾度も剣を交えた結果、仕込まれた伏線動作が回収されたことに。
竜と人、二つの気配が混じり合っていることに。
「か、ふ」
二心一体の剣技。
コタロウによる行動誘引。
スーによる高速剣。
二つの技術が混ざり合ったダブルアーツ。
それは易々とソリテールの必殺を潜り抜け、すれ違いに紫電狂乱の一刀を斬り込む。
「――――吹き飛べ」
次いで、ソリテールの背後に控えた剣竜に対して、最大出力の竜闘気を振るう。
紫電狂乱の一撃ではない。
空間を焼き焦がす、竜の息吹の如き一撃で剣竜を構成する刃を崩壊させたのだ。
「あははっ」
崩れ、散って行く刃の中。
花吹雪の如き刃の中。
ソリテールは力なく倒れていく己の無様を嗤った。
「――――お見事」
そして最後に、自らを仕留めた冒険者たちに賞賛の笑みを送って。
無名の上級魔人は、静かに死を受け入れた。
【ソリテール ロスト】
【視点変更 → コタロウ】
◆◆◆◆
後日談。
さて、何度も死にそうになりながら…………本当に今回はガチで死ぬかと思った死闘であるが、俺たちはどうにかあの魔人を討伐することに成功した。
その後、街の方ではまだ騒ぎが続いていたので、街の兵士や冒険者たちと合流。エリュシオンの残党と共に排除して、何とか平穏を取り戻すことができたというわけだ。
無論、輸送中の『指輪』も無事である。そこは抜かりない。
ただまぁ、エリュシオンの幹部である魔人を生け捕りできなかったのは残念だが、一瞬でもそんなことに意識を割いていれば、今頃全滅していただろうし、そこは仕方がない。
かくして、俺たちは冒険者ギルド経由で、領主からの指示が出るまで街で待機となった。
正直、今回の戦いはかなり心身を削った自覚があるので、次の指示が来るまではゆっくりと体を休めよう…………そう思ったのもつかの間、指示は俺たちが思っていたよりも早く届いた。しかも、尋常ではない急ぎっぷりで、連絡員が乗っているチョコボの精強さから察するに、明らかに緊急の指示である。
「王都にエリュシオンの総勢が結集しようとしているので、討伐隊に加わって欲しい」
連絡員は指示の他のも、合流の予定や地図、エリュシオンが向かうであろう王都までの経路の情報を伝えてくれた。
どうやら、俺たちとは別にエリュシオンの幹部を襲撃した冒険者、領主の工作員たちが、王都襲撃計画を察知したらしい。
無論、俺の答えは決まっている。
疲れ切っているはずの仲間たちも、『野暮なことは言うなよ?』とばかりに視線を向けてくる。
うん、それじゃあ、やってみようか。
「わかりました。Bランク冒険者パーティー、ワンダリングモンスターズ。これよりエリュシオンの討伐依頼を引き受けます」
待ちに待った復讐を始めよう。
ただし、無理なく健康的に。
仲間たちを犠牲にしない、清く正しいやり方で。
二度目の人生に、決着を付けよう。
●原作付きの奴ら
・ソリテール
即死級の全体攻撃を放ってくる魔剣使い。
『葬送のフリーレン』のソリテールから。
ただの上位魔人なので、原作よりも人間の理解度が高い。
その分、ゴリゴリに戦力が盛られた模様。