そういうお話でした。
前世の俺は、凡骨の人間だった。
小学校五年生の時、両親が離婚した。原因は何だったのか、詳しく覚えていない。ただ、何かと理由を付けて、家族が一緒に食事をする機会が無くなっていたことだけは覚えている。
両親が離婚した後、俺は父親に引き取られることになった。
理由は単純、養育費の問題だ。
母親の稼ぎでは子供を養えない。故に必然と、俺は父親に引き取られることになった。
両親が離婚した後でも、俺の生活は特に変わらなかった。
元々、両親は共働きで遅くまで帰ってこない人たちだったのだ。
他の友達が家に帰るギリギリの門限まで外で遊んで、家に帰ったらネットで動画を漁る。食事は冷蔵庫に残っている総菜とご飯を温めて、それで終わり。
まぁ、この生活習慣のお陰で、必然と家事ができるようになったし、友達も人並にできたのでさほど恨んではいないが。
俺の生活が変わったのは、高校生の頃――父親が再婚した後。
三人の義妹が出来た後の話だ。
父親が再婚した相手は、美しい女性だった。
三十代半ばを過ぎているというのに、まるで大学生のような若々しい容姿の人。
結婚の決め手は、専業作家ということでいつも家に居る職業だった、などと父親はほざいていたが、確実にその美貌にやられたのだろう。
そして、新しく母親になった人には三人の連れ子が居た。
三姉妹の美少女が居た。
長女は俺と同い年の高校二年生。
次女は中学三年生。
三女は中学一年生。
どの妹も、母親の美貌を受け継いだ美少女だった。
そして何より、天才だった。
三女は中学生にして、男子よりも遥かに運動性が高い天才。陸上部のエース。
次女は中学生なのに、俺よりも遥かに賢い天才。全教科満点は当たり前の優等生。
長女は高校二年生にして、『超高校級』と称させるほどの文武両道。
凛とした声で多くの人間を虜にするそのカリスマは、現代における英傑の如く。
では、俺は?
運動? まぁ、それなり。
勉強? 中の上程度。どれだけ頑張っても上位十位には入れない。
カリスマ? この凡骨にそんなものがあるとでも?
だからまぁ、この時から俺の人生の評価は決まった。
三姉妹のおまけ。
できない方の兄。
そういう扱いだった。
「でも、血の繋がらない美少女姉妹って、ラノベみたいな境遇だろ? 正直、僕は憧れちゃうんだけどなぁ」
稀に、このような言葉を貰うこともあったが、残念ながら現実はラノベとは違う。
考えても見て欲しい。
常に自分よりも優秀な人間が周囲に居る生活を。
考えてくれ。
常に自分が劣っていると思い知られる環境を。
つーか、普通に察してくれ。
いきなり『赤の他人』だった奴らが四人。しかも、全部美形の異性なんだぞ? 仲良くなる以前に気圧されるわ。
だから正直、俺と義妹たちの関りは少ない。
高校を卒業したら、寮のある大学に入学してそれっきりだ。
大学を卒業して、会社に入る頃には互いに疎遠になって、ろくに会話もしたことも無い。
盆や正月で里帰りしても、気まずいだけの関係だった。
ああ、わかっているさ。
俺は逃げたんだ。
比較されることからも、新しい家族からも逃げて。
弁えている振りをして、きちんと向き合うことを恐れていたんだ。
だから、俺と言う人間は結局のところ、そういう臆病者で――――え? あっちむいてホイの話?
いや、まぁ、うん。あるけど? あるけどさぁ…………まぁ、どうせ最後だからね。
あっち向いてホイはさ、昔から強かったんだ。
そうだな、負けたことは無かったんだ。んでもって、大学生になってから『あっちむいてホイバトラー』みたいなサークルに入って……そこからだったな、世界の壁を感じたのは。
明鏡止水を会得したバトラー。
行動心理学を極めたバトラー。
人間離れした反射神経を持つバトラー。
出会ったバトラーは誰もが強かった。誰もが常人を超える素質を持った強敵揃いだった。
俺が勝てたのは単に運が良かったか――多少なりとも勘が良かっただけだ。本来、バトラーでなければ俺よりも遥かに優れた相手ばっかりの奴らだった。
――――それでも、最後に勝利して、世界一位になったのは俺だった。
ああ、そうだね、そうだった。
思い出したよ、確かに。
どうでもいいことかもしれないけどさ。
俺はあっちむいてホイなら、義妹たちに一度も負けなかったんだ。
誰かに負けたとしても、最後にあっちむいてホイで勝利したのは俺だったんだ。
それだけは、誇りにしてもいいかもしれない。
いいや、誇るべきだろう。
どんな死に方をしたにせよ、『悪くない人生だった』ってさ。
…………そうだな、うん、そうだった。
だから俺は、二度目の人生もそう思って終わりたい、それだけだったんだ。
大切な人たちも、故郷も滅ぼされた俺だけどさ。
せめて、『悪くない人生だった』と思って終わりたい。
俺が復讐をする理由なんて結局のところ、そんな身勝手な理由だったのかもしれない。
――――でも、今は違う。
俺は今、剣を取るのは。
俺が今、復讐を果たそうとするのは。
一人でも多くの人間を、エリュシオンから守るためだ。
仲間たちのおかげで、ようやく俺はそういう風に考えられるようになったんだ。
◆◆◆◆
エリュシオンの目的は、王都でのテロ行為である。
さて、この話を聞いた時、王国の事情を多少知っている者ならば、大体俺と同じことを思っただろう。
――――なにその自殺行為? と。
王都は単なる国の中心ではなく、国家の戦力が集中している要所である。
精強なる王国兵は、鍛錬と連携によってどんな強者も狩り殺すほどの練度を持つ。
六神武貴、七本槍など強者たちは、『最強』の座を争うに相応しいほどの力量を持っていて。
軍神である我らが王、ラインハルトを中心とした王族は、控えめに言っても『頭がおかしいんじゃないか?』と思うほどの武闘派揃い。
権威によって守られている者たちではなく、武威によって民を導く超人たちである。
そんな軍事国家の首都に、滅びかけのテロリスト組織が結集したとしても、大した傷跡も残すことができずに抹殺されるだろう。
舐めるな、悪党どもと消し飛ばされるだろう。
間違いなく、王都でのテロは成功しない、これは【決定事項】だ。
――――では、王都は犠牲をゼロで全てのエリュシオンを討伐可能なのか?
これに関しては、論ずる方が愚かだ。
他者に万能や全能を求めるのは、愚かとしか言いようがない。
何故ならば、どれだけ強かろうが、どれだけ賢かろうが、人の手で掬い取れる量には限界があるから。例え、王都の戦力であっても――いや、どこのどんな戦力であっても、一人の犠牲を出さずに終わらせるのは不可能だ。
エリュシオンにはそれだけの戦力が残っている。
ナユタ・スイカ。
包帯男。
二人の特記戦力だけでも、かなり厄介だ。
もしも王都に潜伏され、戦闘力の無い住民を狙って攻撃を繰り返されれば、少なくない数の人間が道連れにされるだろう。
故に、『王都がなんとかしてくれるから放置』という選択肢はあり得ない。
犠牲を最小限にするために、王都に向かうエリュシオンを討伐するのは当然のことだ。
そもそも、領主側からすれば、自分の領地から発生した賊を王都まで侵攻させるなどあり得ない。可能な限り、領地の中での抹殺を図るべきだ。
無論、王都に速達で連絡は行っているだろうが、この連絡を杞憂にするに越したことはない。
そして何より、個人的な感情で物を言わせて貰えば。
「これ以上、あいつらに何も奪わせない」
エリュシオン討伐に参加する理由はこれだけで十分過ぎるほどだった。
冒険者、兵士。その他、領主が雇った戦闘員と共に、俺たちは王都に向かうエリュシオンを追撃する。
可能な限りの準備をして、戦力を調達して。
俺たちとエリュシオンの最終決戦が始まるのだった。
エリュシオンの教主の逃亡ルートは、四つまで絞ることができた。
そのため、討伐隊は四つのグループに分かれて行動している。こちらが騙されて居なければ、四つの内の一つが当たりだろう。
そのため、四つの戦力は均一に分けられた。
どれもエリュシオンの幹部クラスを殺せるだけの戦力を有している、という過程の上で。
俺たちのグループは主にワンダリングモンスターズの仲間たち三人と、情報連絡用の工作員が数名。雇った傭兵が数人程度だ。
古龍、魔人という討伐歴のため、俺たちワンダリングモンスターズが主な戦力である。
いざエリュシオンの幹部を見つければ、工作員たちは他のグループへと即座に連絡を入れるため、戦闘領域を離脱。傭兵たちはモンスターや野盗などの横槍を防ぎつつ、敵の逃走経路を封鎖する役割という役割分担だ。
――――この役割分担は、確かに正しく機能した。
「こんにちは、久しぶり」
その声は、朽ちた城壁の中から聞こえた。
まともに機能を果たせず、放棄された古城。大部分はモンスターによって崩され、ほとんど機能していない遺跡。野盗だろうとも仮宿に選ばないような場所の中から、鈴が鳴るが如き清涼な声が響き渡ったのである。
俺は、この声を一度たりとも忘れた時は無かった。
「ターゲットを発見! 奇襲を警戒!」
仲間たちに叫びつつ、俺は魔剣を抜き放つ。
煮えたぎるような感情が赴くまま、声の方向へと走り出す――――わけではなく。
「『二度目』が通じると思ったか?」
周囲に散らばる瓦礫の山。城壁が崩れた後に積み重ねられた岩石の影。
そこに潜む、包帯男に向かって剣を振るう。
――――ぎぎぎぃん!
数合のやり取り。
包帯男は腰に下げた刀で魔剣イグニスと打ち合って来たが、最後の交差で刀身をへし折ってやった。
魔剣イグニスに収束した竜闘気を込めて放つ斬撃。
それは並大抵の武器では受けることができない一撃となる。
事実、包帯男は最初に刃を交差させた時に気づいたのか、最初から刀は使い捨てるつもりの動きだった。
故に、刀身をへし折れたとしても、俺はまだ包帯男に刃を届かせていない。
「連絡員と傭兵は当初の予定通りに! ワンダリングモンスターズは古城内に潜む教主を見つけ出してくれ!」
包帯男から視線を外さないまま、周囲の仲間たちへ指示を飛ばす。
「で、でも、コタロウ! そいつの強さは――――」
「頼むよ、タイザン」
拳闘士であるが故に、包帯男のただならぬ気配を感じ取ったタイザンから心配の声をかけられるが、生憎、フルメンバーでこいつの相手をしていたら教主を逃がしてしまう。
足止めが必要だ。
「っつ! 行くよ、タイザン!」
「コタロウさん! 後で合流しないと怒りますからね!」
俺の意図を察してくれたのか、リリカとマッジがタイザンを引っ張って古城の中へと進んでいく。
「…………」
包帯男はその進路を妨害しない。
無言のまま、無手のまま、俺と相対している。
恐らく、あちらの目的も足止めだろう。
足止めと各個撃破。
戦力を分散させた後、全てを撃破して教主と合流する予定なのだろう。
なるほど、確かに。あの夜に見た包帯男の実力ならば、それも可能なのかもしれない。
「吠えろ、才牙ども」
「紫電狂乱」
この場に、魔剣イグニスの継承者が――餓竜王スタルヴェイグと契約を交わした、後天的な竜人モドキが存在しなければ。
――――ギキィンッ!
幾重にも響く、硝子が割れたような音は、無数の才牙が破砕された音。
俺が振るった紫電狂乱によって、その構成が乱されて、自壊してしまった音だ。
《ぎひひひっ! やっぱりなぁ! 話を聞いた時から考えていたのだ! 一度に幾つも振るえる才牙ならば、当然、その構成も歪で脆い物だとなぁ!》
魔剣から伝わるスーの声は、包帯男が持つ無数の才牙の欠点を証明するものだった。
才牙。
本来、竜人にしか扱えぬ武具。
例外でない限り、一人に付き一つしか形成できない、とっておきの武具。
それを無数に展開する時点で、『何かの弱点を数で補おうとしていること』が丸わかりだと、スーは語っていたのだ。
《やはり、その才牙どもは紛い物か!》
呵々大笑するスーの言葉を受けて、俺は静かに笑みを浮かべる。
これで暴風の如き、広範囲に広がる殺戮の技は使えない。
包帯男の装備は、外見からでは旅装の外套と腰に下げた刀の鞘のみ。外套の内側にいくつか仕込みの武器があったとしても、それはあくまでも緊急時の間に合わせのはず。
もはや、包帯男にまともな武器は存在しない――――なんて思える相手ならば、きっと俺の師匠は死んでいなかっただろうさ。
「才牙抜刀」
包帯男が胸から引き抜くように形成したのは、一振りの刀。
刀身をへし折った刀とは比べ物にならないほど、力の密度を感じる武具。
先ほど扱っていた才牙が泥細工に感じるほど、その才牙は一部の隙もなく形成されたものである。紛い物ではない。
恐らく、あれを紫電狂乱で崩すのは不可能だろう。
それほどまでに、あの才牙には高密度の竜闘気が凝縮されているのだ。
――――何より、その才牙を手にした瞬間、明らかに包帯男の威圧感が跳ね上がった。
「タカオ・リュウセイだ…………推して参る」
包帯男――タカオ・リュウセイは名乗りと共に、自然体で才牙を構える。
その姿は腹立たしいほどに強者の風格を纏っていて、ここからが本番なのだと俺に理解させるには十分過ぎるものだった。
◆◆◆◆
【視点変更】
【タカオ・リュウセイ:エリュシオン所属】
形見の才牙が砕けた時、タカオの心中に渦巻いたのは怒りではなく安堵だった。
硝子が割れるような破砕音は、タカオには奇妙な弔いの鐘にも聞こえた。
――――ああ、ようやく。
武器が長い年月を経て、その役割を果たした。
長すぎる感傷はようやく終わりを告げ、タカオの中から不純物を削げ落ちる。
「ふぅうううう」
深々と息吹を吐きながらの歩法。
それは瓦礫だらけの足場でもなお、神速を持ってコタロウの懐へと潜り込む。
「―――っづ!?」
コタロウの反応が間に合ったのは、偏に死角に対する事前のアプローチによる物。
剣術、武術に於ける『神速』とは大抵の場合、速度ではなく人体の間合い、生理的作用による死角など、『見えない攻撃』であることが多い。
故に、見えないと感じた時点でコタロウは既に剣を振るっていたのだ。ある程度、『見えなくなったらこう来るだろう』という想定した通りの軌跡で。
「ほう」
神速の人たちを防がれたタカオに浮かぶのは、動揺ではなく感心の笑み。
研鑽を重ねる一人の剣士として、タカオはコタロウの剣技を気に入っていた。
「歪だ。だが、悪くない」
「う、る、せぇっ!」
賞賛と悪態が混じり合い、響き渡る剣戟の音が死闘を奏でる。
殺戮者と称されるタカオであるが、己の才牙を振るう時、その型は『守護』を基軸としたものだった。
それは自らと他者を守り抜く剣技。
剣、槍、弓、銃、魔法。
あらゆる攻撃を想定し、それを防ぐことを目的とした守護者の剣技だ。
だからこそ、タカオの剣は驚くほど面白味が無く――――隙が無い。
ただの基礎。
ただの基本。
ただの最善。
奇抜な理論も、目を見開くような秘技など存在しない。
誰もが知っている武術の基本を積み重ね続けただけ。
数百にも渡る死線を乗り越え、生存し続けただけの守護の剣。
それは酷く、コタロウの剣技との相性が悪かった。
「くそが、堅物すぎる」
二十四回にも及ぶ剣戟の結果に、コタロウは悪態を吐き捨てる。
コタロウの剣は真っ当なものではない。
あらゆる技術を接ぎ合わせた、キメラの如き怪物の剣。
だが、それ故に『初見殺し』や『隙を穿つ』という行為に特化した剣だ。
万華鏡の如く分れる剣技を持って、万に一つに生じる隙を咎める。
蜘蛛の糸の如く張り巡らせたフェイントにより、相手の命運を絡めとる。
奇剣と呼んでも過言ではない、そういう剣技だ。
格下に対する安定した勝率を捨てる代わりに、格上に対する勝算も残る。
不安定なハイリスクハイリターンの戦術。
けれども、タカオにはそれが通じない。
「ふぅううう」
深く、静かな呼吸と共に振るわれる刀は、さながら流水の如く。
コタロウが振るう斬撃を受け流す。
どれだけ竜闘気を込めたとしても、タカオの才牙はそれを弾く。
どれだけ工夫を凝らしたとしても、タカオの経験はそれを凌駕する。
その守勢には一分の隙も見当たらない。
《おいおい、最悪な相手じゃねーか》
下剋上を繰り返したスーは、魔剣の中で劣勢を笑う。
知っているのだ。
この手の相手が、どういう奴なのか。
生真面目に積み上げられた剣技の持ち主が、どういう領域に辿り着くのか。
「来い、復讐者。泥沼の戦いを続けよう」
奇策や奇襲、奇剣の類が極端に通じづらい。
倒したいのならば、実力で上回らなければならない類の達人。
面白味も何もなく、ただ単純に、敵の剣技を受けきって、当たり前に敵を切り伏せるだけの剣士。
つまりは、下剋上の天敵だった。
「《竜装憑依》」
戦術と意識を切り替える。
復讐者は見切りも判断も早かった。
「ふむ」
眼前のコタロウの気配が変わった瞬間、タカオはあえて踏み込んだ。
この手の類の相手は、退いた分だけ不利になる。
長年の経験により、タカオは最善の行動を取る。
「ぎひひひひっ!」
そして、その最善を凌駕するのが、人型の竜だ。
振るう剣は暴風の如く。
荒々しい癖に、妙に精緻な技術で放たれる高速剣。
織り込まれるのは、数多の牙。
スーが歴代の魔剣所持者との交流により、会得していた数多の技術である。
暗黒剣。
竜闘気の凝縮。
紫電狂乱。
刹那の見切り。
それらの牙はタカオの守護を噛み砕き、堅牢なる守勢を切り刻む。
「――――」
だが、それでもタカオは崩れない。
肉体を切り刻まれても、致命傷までは受けない。
紫電狂乱の影響だけは、竜闘気の全開で弾き飛ばす。
暴風の中で散らばる己の鮮血にも、まるで動揺せずに最善を貫き――――適応する。
「そこだ」
がぎん、という鈍い金属音は、タカオの才牙がスーの魔剣を止めた証。
例え暴風の如き剣技だろうとも、振るうのは一本の剣。
ならば、それを止めれば攻撃も止まるという自明の理。
「《ダブルアーツ》」
無論、それはスーとコタロウも百も承知。
だからこそ、スーの剣技に更なる変化が加わる。
コタロウが持つ、怪物の如き『読み』と『引き』の能力。
それをスーが継承し、コタロウの時に仕込んでおいた伏線動作を回収する。
「づ、ぐ」
先読みされる動き。
誘引される思考。
タカオはこの瞬間、自らが死の淵に追い詰められたことを直感した。
「――――イグニッション」
故に、タカオは燃やす。
己の命脈を燃やし、竜の因子を活性化させ、死に繋がる斬撃を防ぎきる。
反射速度と肉体速度を無理やり強化し、無様なれども致命の一撃を弾く。
「んなぁっ!?」
スーが紡いだ驚愕の声は、タカオのしぶとさへの称賛だ。
顔面を覆っていた包帯が弾け飛び、そこから『できそこないの竜と人との混じり物』が露出したからではない。
無論、タカオも己の醜悪など気にしない。
死の境界線上を踊る時、その程度のことは何の意味を為さないと知っているからだ。
「お、お、おおおおおおっ!!」
「ぐっぎぃいいいいいいいっ!!」
守勢の剣技は吠え猛る。
攻勢の剣技は唸りを上げる。
どちらも時間制限付きの力なれども、流石に命の燃料の方が長い。
「しぃっ!」
拮抗は崩れる。
タカオが鋭い呼気と共に放った、一撃によって。
「つあっ!? ま、まだだっ!」
竜装憑依は解除された。
スーの干渉は以後、最低限しか行えない。
伏線動作の回収は終わっている。
コタロウの剣技では、命を燃やす竜魔人――その出来損ないによる剣を防ぎきることはできない。
「が、あああああああっ!!?」
コタロウの全身が刻まれる。
先ほどとは形成が逆転したように。
コタロウが必死に致命の一撃を防ぎ続け、タカオの才牙がそれを打ち砕かんと切り刻む。
単純な理屈だ。
実力は格上。
経験は比べるのもおこがましい。
覚悟は互いに命を薪にするほど。
この条件で、格上であるタカオが負ける方が難しい。
「終わりだ、復讐者」
告げる言葉は、油断ではなく純然たる事実。
死闘を繰り広げる二人の剣士は、互いに三手先の決着を幻視する。
一手、コタロウの魔剣がタカオの才牙を受ける。
二手、才牙による弾き飛ばしを受けて、コタロウの体勢が仰向けに崩れる。
そして、三手。
倒れ込む体勢を制御しようと、足を退くコタロウの胴体へ才牙を振り下ろす。
二人の剣士が互いに見た光景は、間違いなく互いが共有した未来だった。
否が応でも理解させられる、死闘の果てに見た決着だった。
《ぎひひひひっ!》
故に、その刹那を。
死の未来に現実が追い付くまでの間隙を、もう一体――否、もう一人の竜が穿つ。
「づぅうおおおおおおおおおおおおっ!!」
それは一本の尻尾。
コタロウの背中から地面まで伸びた、人間大に合わせた竜の尾。
化身を編み上げる技術の応用で形成した、スーが動かせる最低限。
体を支えて、起こす。
たったそれだけの補助が、死に体のコタロウを動かす。
死に至る未来を覆す。
「――――か、あ?」
定められた結末を覆すからこそ、タカオはその一撃を避けられない。
勝利を幻視したが故に、それを覆された刹那の隙に反応することはできない。
紫電狂乱を纏った斬撃が、タカオの胴体を深々と切り裂く。
「悪いが、俺の終わりは予約済みだ」
魔剣・餓竜転生。
相対する二者が共有した死を覆し、その刹那に必殺で穿つ。
魔法の剣ではなく、下剋上の理論によって構築された格上殺しの剣技。
二心一体だからこそ可能な魔剣は、ここに完成した。
「…………そう、か」
つまりは単純な理屈。
タカオは、子供でも分かる単純な理屈で己が敗北したことを悟った。
「俺の終わりは、『相棒』に捧げる……これは決定事項なんだよ」
《ぎひひっ! 照れるなぁ、おい!》
一人よりも、二人の方が強い。
そんな当たり前な理屈と共に、タカオは振り下ろされる剣を受け入れた。
【タカオ・リュウセイ ロスト】
◆◆◆◆
【視点変更】
【ナユタ・スイカ:エリュシオン所属】
地獄を見た。
繰り返される地獄を見た。
いくら善を積み上げても。
いくら幸福を祈っても。
繰り返される中で、それらは塵芥の如く消えていく。
病で苦しむ少女を救った。
→ 少女はモンスターに食われて死んだ。
悪党から街の住民を救った。
→ 次の周回の時、街は滅んでいた。
英雄の夫婦共に巨悪を滅ぼした。
→ 英雄の子供は巨悪の残党によって無惨に殺された。
自分一人だけならば、まだよかった。
繰り返される地獄の中でも、傍らに咲く花を愛でることができたから。
けれども、自分以外に地獄を味わって欲しくなんてなかった。
幸せに生きて、悔いなく死んでほしかった。
願いはたったそれだけ。
良き人が、良い人生を送ること。
ただそれだけだったのに、ただそれだけを叶えられる人はこの世界では極わずかだ。
少なくとも、目に見える限りでは本当に少ない。
まともに寿命で死ねる人間はどれくらい?
子供を為した後、その子供が親よりも長生きする可能性はどれくらい?
悪意と脅威に抗えるだけの、優しくて強い人たちはどれくらい居る?
ほとんどの弱い人たちは、世界の理不尽に抗えずに死んでいくだけ。
そこに救いなんてない。
そこに奇跡なんてない。
だから、だからせめて――――楽園だけはあっても良いと思った。
当たり前に人が生きて、人生で最も幸福な瞬間に、悔いなく死ぬ。
そういう場所があっても良いと思えた。
最初はただそれだけの願いだった。
しかし、繰り返される死の中で、その願いは歪む。
醜悪に歪む。
極論に変わる。
この世界に生きる価値は無く、死の救済が必要なのだと。
全ての人類は滅ぶべきなのだと、純粋な少女の願いは外道の答えに辿り着く。
故に、エリュシオン――ナユタ・スイカにとっての救済とは、殺戮を意味していた。
指揮者の如く指を振るえば、大地が隆起する。
視線を一つ向けるだけで、炎が津波の如く押し寄せる。
足を一つ踏み鳴らせば、荒れた大地から木々が湧き上がる。
「うおらぁっ!」
そして、鬼人の拳だろうとも触れ得ない。
高密度の魔力の障壁――魔王級、あるいはそれ以上の月衣が、干渉を阻む。
戦略兵器。
人ならざる怪物。
単独で相対するべき存在ではなく、屈強なる精鋭たちで構成された部隊で討伐に挑まなければならない。
ナユタ・スイカという魔法使いは、そういう領域の規格外だった。
「ごめんね、苦しませて」
申し訳なさそうな言葉と共に放つのは、無詠唱の魔法。
大魔法ではない。
ナユタには無詠唱で大魔法を放てるだけの才覚は無い。
だが、魔力でゴリ押しに強化することにより、大魔法にいくらか劣る程度の威力の魔法を、呼吸の如く連発することは可能だった。
「ああもう、ふざけてるなぁ!」
「わわわっ!? あっぶ!? こげっ! 帽子が焦げましたぁ!」
古城の廃墟はさながら、砲撃でもあったかのような有様である。
絶え間ない魔法による破壊が、廃墟を更に砕き、跡形もなく消し飛ばしていく。
その破壊に抗えているのは、偏にリリカの尽力による物だった。
マッジを抱えたまま、風魔法による高速移動。
ナユタの魔法を、周囲の大気ごと押し流すことによって無理やり直撃を避けている。
リリカがこの場に居なければ、ワンダリングモンスターズの仲間たちは即座に全滅していただろう。
「マッジ! 次の奴は!?」
「ご心配なく! 帽子が焦げてもきっちりと――――周囲のマナ制御は維持しています!」
そして、リリカが稼いだ時間を使い、マッジが森魔法を発動させる。
廃墟の下から、枯れた大地から障害物となる木々を生やして、即席の防壁へと変える。
「次は、穿つよ!」
即席の防壁を利用し、タイザンはナユタとの距離を肉薄。
赤熱した拳を構え、先ほどとよりもさらに威力が上がった一撃を振るう。
――――どぉんっ!!
タイザンの拳はさながら、戦車の砲弾が着弾したかの如き衝撃音を鳴らした。
未熟、けれども有り余る身体能力、魔力強化の才覚により、タイザンは単独でナユタの月衣を着実に削り取っていた。
「やっぱり! あの魔人よりも、こいつの月衣は動きが下手だ!」
加えて、拳の手ごたえから希望を見出している。
ソリテールという魔人に比べれば、月衣は強固であっても柔軟ではない。流れる水の如く衝撃を受け流された月衣とは違い、こちらは力比べに勝利すればどうとでもなるものだと。
事実、タイザンの考察は間違っていない。
ナユタが巨大すぎる魔力と、強靱な月衣を手に入れたのはつい最近の事。
明らかに練度不足であり、ナユタ本人も持て余している。
今、曲がりなりにもナユタという規格外と辛うじてやり合えているのは、そういう隙があるからだった。
「うん、その通りだよ。ぼくは下手くそなんだ、だからごめんね?」
ただし、その猶予もここで終わる。
「慣れるのに時間がかかっちゃった」
ナユタの左手に三つ。
ナユタの右手の二つ。
それぞれ付けられた『指輪』が煌めく。
五色の魔力属性が虹の如く織り交ぜられたかと思えば、それは極限まで圧縮され、次の瞬間、音も無く弾けた。
―――がおんっ!
何かが削られる音。
空間ごと周囲の物質が失われるような奇怪な音。
それはワンダリングモンスターズの三人を覆うように響いて。
「……はぁ、はぁ、はぁっ」
「やっばいなぁ、あれ」
「な、なんとか間に合いました」
けれども、ナユタの眼前からその三人は消え去っていない。
タイザンは左半身の腕と肩の肉が削げているが、まだ動かせる範疇。
リリカは魔力の大半を使い果たしているが、肉体に欠損は無い。
マッジは全身から汗を流すほどに疲労しているが、魔力はまだ残っている。
ナユタが放った恐ろしき『空間を削り取る』魔法。
その範囲から素早く逃れるため、タイザンは他二人を掴んで跳躍。リリカが放つ全力の風魔法で高速移動。直撃を避けた後、マッジがどうにかナユタの魔法に対抗し、仲間を守り切ったのだ。
「ごめんね、ぼくはやっぱり下手くそだ……無駄に苦しめちゃう」
だが、ナユタにとってその魔法は渾身の一撃ではない。
単なる通常技の延長に過ぎない。
当然の如く、連撃が可能だ。
「おやすみ、勇ましい冒険者たち」
そして再び、ナユタの指輪が煌めいて。
「生憎、眠るにはまだ早い」
紫電を纏った魔剣が、周囲のマナを狂わせた。
「気分良く眠るには、殺さないといけない相手が居るからな」
竜闘気を纏った剣士――コタロウは仲間たちとナユタの間に立ち、不敵な笑みと共に宣戦布告する。
「というわけで、俺たちの安眠のために死ねよ、エリュシオン」
ナユタを討ち、復讐者としての本懐を果たすために。
「なるほど、そっか。タカオは死んだんだね?」
ナユタはコタロウの姿を見た瞬間、自らの半身とも呼べる幹部の末路を悟った。
死ぬように思えない強さの人間でも、あっさりと死ぬ。
理解していたつもりでも、ナユタにとってタカオの死は少なからず感情を揺らすもので。
「――――だったら、その死を幸いなものにしないと」
けれども、その揺らめきは次の瞬間に消え去った。
今までは多少人間らしい情動が見られたナユタだったが、この時、完成してしまった。
タカオの死により、その人間性は永劫に失われたのである。
故に、ここからのナユタには一切の迷いは生じない。
「さぁ、君たちに安らかなる眠りを」
聖女の如き微笑みと共に放たれるのは、五色の魔法。
そのどれもが大型モンスターさえ、一撃で屠るには十分の威力を持つ。
それを絶え間なく撃ち出す姿は、まさしく人型の兵器だ。
「俺が前で斬り進める! 皆はフォローをよろしく!」
だが、人を一瞬で消し飛ばすような破壊の中に、コタロウは踏み出していく。
暗黒剣での切断。
紫電狂乱での妨害。
限りなく全力に近い竜闘気で全身を纏い、ナユタとの距離を斬り進めていく。
「コタロウさんが来たのなら!」
「こっちのもんだよ!」
コタロウの島着により、仲間たち三人は奮起。
マッジは先ほどよりもさらに短い速度で詠唱し、背後から森魔法でコタロウのために木々の遮蔽を生やしていく。
リリカは虚空を蹴り上げて、残像が生まれるほどの速度まで加速。ナユタの目に捉えられない高速移動のなか、風の砲弾を次々と打ち込んでいく。
「気合を入れれば、魔法は弾ける! よしっ!」
そして、タイザンはコタロウの背中を守るように、ナユタの『魔法を殴り飛ばす』という暴挙に出た。
明らかに進んでダメージを受けに行くようなものだが、今日、ここに至ってタイザンのボルテージは最高潮。
鬼人の中でも、更に並外れた耐久力と魔力強化によって魔法を殴り飛ばし、コタロウが対処する魔法の数を減らしていく。
「なるほど、リーダーである君が来たから、今までとは比じゃない連携が可能となったわけだね? 確かに、これは少し不味いかもしれない」
ワンダリングモンスターズとの戦いの中、ナユタは冷静に状況を判断する。
性能と火力。
消耗具合。
魔力の残量。
何もかもが総合的にナユタにとって有利。まともに考えれば、このまま魔法を連発していれば、順当に相手をすり潰せるだろう。
しかし、戦いとは得てして想定通りには進まないもの。
タカオがコタロウに敗れた時点で、ナユタは戦いに於ける楽観視は捨て去っている。
五色の属性を混ぜ合わせて、一時的に万能属性を得る色彩魔術も二度は使えない。
精緻な魔力操作が必要となる色彩魔術に於いて、紫電狂乱の刃による妨害を受ければ、下手をすれば自爆で死んでしまう。
いくら戦況が有利だったとしても、一瞬の気の緩みから『即死』もあり得るかもしれない。
「仕方ないね」
故に、ナユタは決断した。
コタロウの間合いに入る前に。
コタロウの魔剣が、己の月衣を切り裂く前に。
ナユタは正真正銘――――人間を辞める決断をした。
「ジングウ」
ぱぁんと柏手が一つ。
ただそれだけのことで、暴力的なまでの魔力の奔流が周囲に巻き起こった。
一瞬の出来事だった。
魔力の奔流に、コタロウも含めた誰もがナユタの姿を見失う。
次いで、五色の魔力の流れの中心、そこに居るはずのナユタの気配が膨れ上がって。
『疑似神体固定完了』
魔力の奔流が止んだ頃には、ナユタが居たはずの場所に『巨人』が君臨していた。
――――切り絵の鎧を纏う影の巨人。
推定、四十メートル超のそれは、そう呼ぶに相応しいだけの外見だった。
巨大な人型の切り紙。
その中身が、影のように光を通さない闇で構成されている。
だが、それは虚ろには見えない。幻ではない。実体がある。しかも、風船の如く膨れ上がったこけおどしではなく――――特撮映画に出てくる怪獣のような、重みの伴った実体が。
『神威顕現』
そして、ワンダリングモンスターズの面々が巨人に攻撃を仕掛ける前に、既にそれは発動していた。
領域の展開。
周囲のマナを支配し、〈神〉が君臨するに相応しい場を作り上げる力。
そして、その巨人が展開した領域の効果は一つ。
【【死人以外は生きてはいけない】】
従って、ワンダリングモンスターズの冒険者たちは、即座に地面へ倒れ込んだ。
そう、君臨者である巨人――ナユタ以外の者は全て。
即死領域。
ジングウと呼ばれる神化の技術によって、人間を超越したナユタが展開するマナの領域。
その効果は文字通りの即死だ。
領域内に存在する全ての生命体は、領域のマナに汚染され、その精神に『死んだ』という誤情報が書き込まれる。
無論、これは錯覚であり、この即死によって肉体は死なない。即死した精神も時間が経てば、元に戻る程度の効力しか及ぼさない。
そう、あらゆる生者を死体の如く戦闘不能にする程度の効力しか無いのだ。
これから逃れるには、浄化術で己の生存領域を確保するか、【自分は死んだことがある】と明確に認識しなければならない。
疑似的に輪廻転生を繰り返した、ナユタのように。
故に、この領域は卓越した浄化術を持つ者を除き、ナユタのように【死んだことがある者】以外の者を無力化する必殺となるのだ。
『…………ああ、足りない』
けれども、倒れ伏す冒険者たちを見下ろして。
己が神威の効果を見下ろして、ナユタは嘆くように言葉を響かせた。
『この程度じゃあ、まるで〈神〉には届かない』
そう、エリュシオンの計画が失敗したことを意味する言葉を。
『この程度じゃあ、王都は落とせない』
嘆くナユタは知っている。
王国の強さを。
人々の強さを。
世界の悪意に抗う、強い人々のことを。
故に、ナユタは人間を超越した力を得てもなお、『足りない』と嘆いているのだ。
この程度では、王都の住民たちを全て救済するには足りない、と。
王都を楽園に塗り替えることなど、到底不可能だろうと。
『ごめん、ごめんね、皆』
ナユタは嘆く。
長年に渡る計画が失敗したことを。
仲間たちの犠牲が無為に帰したことを。
『ぼく、失敗しちゃった……でも、うん。できる限り、頑張るからさ』
それでも、ナユタの心は折れない。
狂気は収まらない。
せめて、王国の者たちに討伐されるまで、できる限りの人々を救済してみせると決意を固めていた。
『この世界から、可哀そうな人たちを一人でも多く救済してみせる』
これこそがナユタ・スイカ。
聖人の感性で、外道の回答を選んだ怪人――否、もはや人とも呼べない『戒神』である。
「魔器解放」
そう、修羅でもなく、戦士でもないが故に、抗う者の動きにすら気づかなかった愚者である。
『え、あ、なんで――』
「竜闘気、全開」
ナユタは知らない。
コタロウもまた、一度の死を経験した転生者であることを。
コタロウが振るう、魔剣の正体も。
――――否、魔剣の正体に関してはコタロウも、それどころかスーも知らない。
だが、スーの記憶に中にはある。
初代魔剣保持者が、魔剣イグニスについて語った言葉がある。
曰く、これは逆襲のための剣。
曰く、これは試作品。本命を作るためのプロトタイプ。
曰く、これは――――
「
神の如き超越者を殺すための剣。
『づ、あ、あぁああああああ!!?』
故に、コタロウが振るった斬撃は浸食する。
斬り飛ばした足の部位から、まるでひび割れの如くどんどんと神体が浸食されていく。
さながらそれは、がん細胞のように。
保有する力が大きければ大きいほど、その浸食は加速し、やがて――――弾けた。
『あ』
崩壊する。
巨人の神体は崩れていく。
展開していた領域も崩れていく。
いずれ、冒険者たちは何事もなく目を覚ますだろう。
けれどもその前に、敗北者たるナユタは死ぬ。
『あ、ははは……まいったなぁ、これは』
砕け散った影の如き神体の一部。
辛うじて、ナユタの面影が残っている肉塊は、諦めを滲ませた言葉を吐く。
理解しているのだ。
既にもう、自分は死んでいるのだと。
ただ、死に切れていない肉体の一部が、残響のように動いているだけなのだと。
『負けるなら、王国相手だと思ったのに……ねぇ、何が悪かったと思う?』
崩れ行くナユタの問いかけに、コタロウは呆れたように答えた。
「魔法使いが護衛から離れたこと」
それは、あまりにも身もふたもない答え。
ドライ極まりない、一切の同情が含まれない、ただの客観的な意見。
『……ああ、そっかぁ。タカオと、離れたら駄目だったかぁ』
しかし、それはナユタにとってはまさしく的を得た答えだったようで。
『確かに、一人で死ぬのは寂しいね?』
自嘲するように、小さくナユタは呟いた。
そして、最後の最後、残った肉塊が崩れ去るまでの僅かな猶予の時間。
『ねぇ、復讐者の君。君はさ、この世界が好き?』
聖人でも、教祖でもなく、一人の少女として問いかける。
『繰り返される悲劇。途切れない悪意。ありふれた理不尽。積み上げた善意は蹴飛ばされて、折角守った幸福も蹂躙される。強くなければ生きていけないような世界だけど、君は好き?』
「…………」
『ぼくはね、嫌いだよ。大嫌い。こんな世界は大嫌いだ』
「…………」
『だから、変えようとした。楽園を作ろうとした。それで、それで…………ああ、そうだね。でも、結局はぼく自身も、ぼくが大嫌いな世界の一部で――』
「あのさぁ」
独り言のような問いかけを、コタロウは遮る。
遮って、とても当たり前の答えをナユタに告げる。
「話が長い」
悪党の戯言に、復讐者は興味なんてない。
故に、コタロウはさっさと残った肉塊を消し飛ばして終わりにする。
念入りに周囲を紫電狂乱で焼き払って、万が一にも復活しないように後始末をして。
「はー、すっきりした」
復讐の終わりを宣言したのだった。
【ナユタ・スイカ ロスト】
【視点変更 → コタロウ】
◆◆◆◆
後日談。
当然ながら、エリュシオンは壊滅した。
元々、教祖であるナユタのカリスマで統一されていたような組織だったらしい。ナユタの訃報を聞いた瞬間、自害してしまう残党も多かったのだとか。
ともあれ、復讐は完遂した。
王都にも被害は出ていない。王都に届く前に、エリュシオンの残党は全て掃討された。これでどうにか、領主も面目が立つ結果になっただろう。
ただ、ナユタの死骸から『指輪』が五つも出て来たので、それは俺たちが確保した一つも合わせて、厳重に封印されるらしい。
ちなみに、俺たちワンダリングモンスターズも、『指輪』と共に王都に運ばれている。
その理由の八割は治療と休養のため。
残りの二割はナユタ・スイカが見せた不可思議な『変身』に関する事情聴取と言ったところだった。
…………いや、我ながらなんで勝てたんだろうな?
仲間もバタバタと倒れるし、ナユタはなんかすっごく巨大化するし。
正直、魔剣イグニスがよくわからない感じでその機能を解放しなければ、負けていたのは俺たちだったかもしれない。それほどまでの存在感があった。
とはいえ、勝ちは勝ちだ。
復讐は自分が積み上げた力だけで勝ちたい、なんて思い上がれるような余裕は無かった。どんな偶然だろうとも、復讐を果たすことができたのだから、それでいいだろう。
だから、契約の時を迎えても、俺の心に後悔なんてない。
《本当にいいのか?》
「ああ、契約は遵守しなければならない」
《…………仲間に何か伝えなくていいのか?》
「そうなると最悪、魔剣が折られるじゃん? いや、厄ネタが増した魔剣をへし折るのは賛成だけど、スーが消えてなくなるのはちょっとね?」
《なんだ、貴様。我に情でも湧いたか?》
「んー、まぁ、そんな感じだ。だから正直、この体を君に渡すという終わり方は、結構気に入っているんだ」
対価を支払う場所に、特別性なんて必要ない。
王都の宿の一室、そんなものでいい。
スーはもはや、契約で縛っていなくても『モンスター』とは呼べない存在だ。『悪党』とも呼び難い真っ当さも持ち合わせている。
ここで自由を手に入れたとしても、悪いことにはならない。
俺は今、そう確信しているんだ。
《貴様が良くても、貴様の仲間に説明する我が困るんだが?》
「大丈夫、こっそりと荷物に遺書を忍ばせている。悪いようにはならないさ」
《…………はぁ。本当にいいのか? もう少し先延ばしにすることも可能だが?》
「これでいいんだ、スー。先延ばしにすると未練が生まれてしまう」
上等なベッドの上で、俺は鞘に入ったままの魔剣を握る。
長いようで短かった、復讐者としての日々を思い出す。
ワンダリングモンスターズの仲間たちとの日々を思い返す。
――――悪くなかった。
強がりや皮肉ではなく、俺は今、純粋な気持ちでそう思えている。
悪い人生じゃなかった。
大切な人を殺されても、故郷を滅ぼされてもなお、俺は大切な仲間たちと出会えた。
死に際、ナユタという仇が色々な諦観を並べ立てていたが、俺には全く響かなかった理由がこれだった。
確かに、この世界は過酷だ。
この世界では、寿命を迎えられる者の方が少ないかもしれない。
弱者は蹂躙されるのかもしれない。
強者であろうとも幸福を手に入れるのは難しいかもしれない。
それでもなお、俺は断言しよう。
この世界に生まれてよかった、と。
どれほどの理不尽があったとしても、確かにこの世界には『幸い』があったのだから。
「頼むぜ、相棒。最後ぐらいは格好つけたままで終わらせてくれ」
俺はこの世界が好きだったのだと、胸を張って死んでいこう。
《…………わかった。魔剣を握ったまま目を瞑れ》
淡々としたスーの声に導かれて、俺は目を閉じる。
やがて、ゆっくりと俺の体を安らかなる眠りが包んでいく。
かつて体験したような、けれども何一つ心配することはない眠り。
深い海底に沈んでいくような気分で、俺は自らの意識を手放した。
………………。
…………。
……。
「…………あれ?」
目を覚ますと普通に死んでいなかった。
けれども、見慣れない天井だった。
なんかこう、全体的に桃色というか? やたら派手というか? 例えるのなら、そう。ちょっと方向性がトンチキに振り切れたラブホテルの天井みたいな―――うん?
「起きたか、馬鹿」
気づくと、俺の腹の上にスーが乗っていた。
金髪ツインテールの美少女モードである。
特に重いわけでは無かったが、スーが座っているポジションが段々と危うくなっているので、そっと退けようと思って、そこで気づく。
俺は今、両手足を頑丈な蔓によって、ベッドに縛り付けられている。
「あ、起きたね、コタロウ……ご愁傷様」
「マッジ、初めてだと思うけど大丈夫? 娼館に『初めてのサポートサービス』があったけど、読んでおく?」
「あははは! 大丈夫ですよ、リリカさん! とっておきの薬がありますので!」
ベッドの周囲には、笑顔でぶち切れている仲間たち三人。
しかも、マッジの手には『原液で使うと丸一日お猿さんになっちゃうから、取り扱いに気を付けてくださいね!』と注意を受けたお薬が一瓶。
ここでようやく、俺は気づく。
この流れは色んな意味で不味い奴だ、と。
「契約通り、貴様は我の物だ。故に、我は命じよう。我の所有物に命じよう」
だらだらと冷や汗を流す俺に、スーは輝かしい笑顔で告げる。
「我らと共に生きろ、大馬鹿者」
「…………いいの?」
「逆に訊ねるが、今更我が貴様の命を奪うとでも? というか、最初から肉体を得ても、貴様の意識ぐらいは残そうと思っていたわ。そっちの方が色々と便利だし。なのに、このクソボケ大馬鹿野郎と来たら!」
段々とスーの笑顔が引き攣って、獲物を狙う竜に似た表情になっていく。
そして、その横でマッジが静かに薬液の量を試験管で測り始めた。
恐らく、猶予はもう存在してない。
「いや、いやいやいや、待って欲しい、ちょっと君たち。俺が思っていたよりも、俺を大切に思ってくれるのは嬉しい。何も言わずに、遺書を荷物に仕込んだのは悪いと思っている。でも、でもね? 自分なりに復讐を完遂させて、格好つけて死ぬ予定から、いきなりこれは流石に精神がついてかない――」
「うるさい、馬鹿」
あ、これは駄目です。
目が『餓竜』の目をしています。
「じゃあ、僕らはこれで……後で遺書を目の前で朗読してやるからね?」
「あははは! 覚悟しておいてねー!」
しかも、タイザンとリリカが退室したので、完全に状況はレッドである。
もはや逃れることはできない。
だが、俺はいつもこの手の窮地を諦めない心で乗り越えて来た男。
そうとも、手足が縛られて、契約によって逃げられないように肉体の操作権が制限された状態でも、俺にはまだ言葉がある!
「ふぅ…………よし、二人とも。落ち着いてまず、話し合おう――」
「「駄目」」
そっかぁ、駄目かぁ。
「精々、我らの下で無様に喚くがいい」
「えへへへ、色んなお薬を試してあげますね! 健康に害が無い範囲で!」
かくして、俺の尊厳は色んな意味で終わりを迎えることになった。
傭兵を退けて。
古龍を討伐して。
魔人に打ち勝って。
復讐を果たした。
それでも、俺は格好良く死ぬことはできない。
都合の良い終わりなんて来ない。
多分、相棒や仲間に色々とみっともない姿を晒しながら生きていく。
ついでに言えばこの後、王都の偉い人とのお話も残っているし、その後に何故か、やたら強い武人たちとの『その場のノリで始まった七番勝負』で、エリュシオンの幹部よりもさらにきっつい試合を経験することになるのだが、それはまた別の話。
ただまぁ、あえて俺の後日談を纏めるとするのならば、一つだけ。
「ああもう、格好悪いなぁ、俺」
今日も、明日も、明後日も。
俺は情けなく、格好悪く、惨めったらしく――――それでも、仲間たちと共に生きている。
この世界で生きている。
凡才極まりない俺でも、それだけは保障しよう。
これにて健康的な復讐者の物語は終わりです。
最後まで付き合っていただき、ありがとうございました。