帝都警備隊の一日は、帝都の散策という名のパトロールが主なモノだ。
他にもいろいろ仕事はあるのだが、面倒な事務処理関係はそれを得意とする連中にすべて任せてある。
警備隊副隊長の肩書も単純な武力とオーガの独断で与えられたモノ。
近衛隊にいる時は、それなりに自分で書類仕事もこなしていたし、出世するためのスキルとして事務能力もそれなりに高めたつもりだ。
出世街道から外れた今となっては面倒な仕事はやりたくない。
今の帝都は力さえあればどんな無法も許される。
現在の帝都腐敗を生み続けている淀みの首魁である皇帝の補佐を務めるオネスト大臣も絶大な権力を有しているからこそ好き勝手帝国を腐らせているに過ぎない。
オネストも権力がなければ裏稼業の大ボス程度が精々だっただろう。
天性の才とカリスマをその身に宿しながらもその幼さから危うい立場にあった現皇帝を後継政争の中から救い出し、幼い皇帝から絶対の信頼を勝ち取った手腕は、間違いなくオネスト自身が優秀である証拠だ。
時の運とオネスト自身の手腕がかみ合った結果、誰も逆らうことができない強大な権力者が出来上がった。
誰も彼もオネストを悪党の象徴のように見ているが俺はそうは思わない。
あいつはあいつなりに自分だけの正義を遂行している過ぎない。
自分の思う通りにしたいというのは、意思を持つ者なら当然のことだ。
誰でも力があるのなら自分の正義を押し通そうとするはずだ。
世界は力がない者たちが集まったからこそ共通の正義を必要としているが、それは個人の正義とはまったくの別物だ。
だから自分の邪魔になる奴らを排除するというオネストのやり方は共感できるし、俺も同じようにしている。
完全に日が落ちた帝都内をパトロールという名の夜遊びをしていたところ、とある貴族の屋敷の前で“犯罪の臭い”を感じて堂々と門を蹴破って家宅捜索を強行することにした。
「ぐ、このような無法が許されるというのか!?」
「力があれば許されるんだよ、貴族様」
屋敷の主が眠っていた寝室にたどり着いた俺は、その貴族を殴り倒した。
「警備隊如きに何の権限があって私を――」
「俺でも現行犯ならアンタくらいの貴族ならしょっ引くことができるんだよ」
言いながら寝室の床に血を流しながら転がる半裸の少年の頭をつま先で小突く。
垢抜けていない雰囲気の幼さを残す少年は男娼として稼げそうな程度には整った顔立ちをしているが、その首には絞められた痕があり、身体にも鋭利な刃物でつけられたと思われる傷がいくつか見受けられる。
「アンタみたいな性癖を否定はしないが、お互い合意の上でやらねぇと犯罪だぞ?」
「くっ、私はオネスト大臣とも懇意にしているのだぞ! 貴様のような木端役人に捕えられると思ってい、ぐぁッ!?」
床に倒れたまま口角から泡を飛ばしてわめく貴族のおっさんの頭部を踏みつける。
「オネストを怖がる奴にこんなことができると思っているのか?」
「ハ、ハッタリだ! たかが警備隊風情がこの国を牛耳る大臣に逆らえるわけがない!」
踏みつけられて床に顔面を擦り付けられながらも憤怒の形相で睨んでくるおっさんの言葉に笑いが漏れる。
「何がおかしい!」
「いや、ホント馬鹿な貴族ってのは言うことが同じ過ぎて笑えるんだよ。毎度毎度さ」
「な、何を言っているんだ、貴様は!?」
オネストの名を出しても余裕を崩さない俺を見てようやくことの異常性に気付いたのか怒りの感情が過ぎ去り、さざ波のような恐怖がおっさんの身体を侵し始める。
「俺は警備隊に所属してから何人も貴族の犯罪を暴いているが、一度としてオネストが俺を消そうとしたことはない。何故だと思う?」
「ありえない、貴様のようなヤツを大臣が生かしておくわけが――」
オネストは自分の邪魔になるような者は、例え帝国に貢献してきた忠臣だろうと容赦なく排除している。
現在でも帝国の政治が維持できているのが不思議なほどに多くの高官たちも消されている。
そんなオネストが自分の協力者たる貴族を捕まえるような役人など生かしておくはずがない。
そう思い込んでいるだろう貴族のおっさんに疑問の答えを魅せてやることにする。
「おっさんも耳にしたことくらいはあるはずだぞ?」
「そ、その仮面は!!」
懐から取り出した蒼い仮面は、近衛隊から追放されてから警備隊に入る少し前に請け負った遠征任務中に反乱軍の部隊を相手にした時奪取した帝具の一つだ。
蒼褪死神アポカリプス。
名前と基本能力のみが伝えられている帝具の中でも適合確率は魔神顕現デモンズエキス並に低い全貌が明らかにされていない帝具だ。
こいつは警備隊に入ってからの俺を示す象徴だが、失われたかつての相棒に比べれば見劣りすると言わざるを得ない。
「貴様は、万物両断のヴォイド――」
「正解だよ、貴族様」
かつて俺を帝国最強にまで押し上げた相棒の名は、今でも俺を示す名となっている。
帝国最強の近衛騎士だった青二才は、最高の相棒と共に最強の称号も約束された地位も名誉も失った。
そのなれの果てが今の俺、帝都警備隊副隊長ヴォイドだ。
もっとも過去の俺の名を理解した者にとって今の俺の肩書など毛ほども関係ない。
「か、金ならいくらでも出す! 見逃してくれ!」
オネストの名を出しても意味がなく、むしろ逆効果になるですらある可能性に思い至ったおっさんは先ほどまでの憤怒が嘘のように命乞いをする。
これもまた今まで仕留めてきた貴族と同じだ。
「見逃すわけがないのであります!」
「な、なんだ!?」
今にも泣き出しそうな貴族のおっさんは、突如として寝室の窓を突き破って入ってきた二つの影に驚愕する。
「自身の快楽の為に罪なき人々を傷付ける貴様らは、悪そのものッ! 絶対正義の名の下に悪を此処に断罪する!!」
寝室に飛び込んできたのは、帝都警備隊の制服を纏った女セリュー・ユビキタスと帝具としての能力を解放して乱杭歯が除く大口の怪物となったコロこと魔獣変化ヘカトンケイル。
その姿を確認したおっさんが、大口の怪物たるコロを視界に収めると同時にその口から飛び出ているあるモノに気付く。
「ア、アリア……なのか?」
コロの口からはみ出ているのは、年若い少女の下半身だ。
「うへぇ、相変わらず勿体ねぇことしやがる。いつも言ってんだろ? 良い女は俺が事情聴取してから食わせろよな」
「この家の者たちは唾棄すべき悪です! この少女も母親も断罪する値する悪い女、ヴォイド副隊長の手を煩わせるまでもなく私とコロで断罪しました」
「妻も……娘までも、殺したというのか?」
鬼の形相と化した絶対正義(笑)の執行者たるセリューと怪物化しているコロの姿に恐怖を増しながらおっさんが信じられないというようにつぶやく。
「当然の報いであります。そして、貴様も悪! コロ、捕喰!」
「■■■■ーッ!」
セリューの命令に従って喰い残しの少女の下半身を飲み下したコロが再び大口を開け、俺が踏みつけているおっさん目掛けて襲い掛かってくる。
「って、危なッ!」
「や、やめ――」
寸でのところで俺が飛びのいたと同時に大口が貴族のおっさんを獰猛な牙で噛み砕いた。
「正義執行、完了であります!」
骨と肉が砕け、裂け、潰れる生々しい咀嚼音をまき散らすコロを傍目にセリューはやり遂げた感のある満面の笑みで宣言する。
「完了であります! じゃねぇよ、ボケ」
「あがぁッ!?」
ドヤ顔のセリューの頭に拳骨を落とす。
「いきなり何をするんですか、ヴォイド副隊長!」
「何度も言わせるな。テメェが言う悪を狩る時には、他の悪の情報を引き出してからにしろ」
警備隊に所属してから続けている悪徳貴族狩りにセリューがついてくるようになって三回目だが、こいつは問答無用で悪をコロに喰わせちまうから面倒だ。
一人でやっていた時は、情報を搾り取ってから牢に居れるなり、殺すなりしていたんだがな。
セリューにこの活動を気付かれてからは同行させているのだが、これ以上足を引っ張られるようならキッパリ諦めさせるしかないな。
「しかし、悪が真実を話すとは限らないではないですか? それに隙を見せれば悪が卑怯な手を仕掛けてくるかもしれないのであります」
「いや、確かにそうなんだが……それでも悪・即・斬はないだろ?」
稀でるセリューの正論に呆れてしまう。
「悪は、断罪しなくてはいけないのです! 悪を生きながらえさせては更なる被害が出てしまいます。だからこそ、悪を見つけたら逃がさず即座に断罪するのであります!」
悪を許さないその心意気は良い。
自分の行いを絶対正義と言い切るのも構わない。
その点は好感が持てる部分でもある。
オネストやエスデス、オーガも同じようにそういった部分は認めている。
自分を疑う者に明日を見ることはできない。
自分を疑う者は過去に縛られる。
かつての俺のように――。
「ま、テメェのその信念だけは買うがな。とりあえず、証拠品の回収だ」
「はい! すでに応援を呼んでいるので裏手の倉庫に監禁されていた人達も生きている方は保護してあげましょう」
俺の指示に従い、セリューが駆け出す。
「ここのご婦人は、自分の趣味を日記につけていたらしい。それに人買い関連の売買契約書もどこかに隠してあるはずだから探しといてくれ」
「了解であります!」
走り出したセリューの背に指示を飛ばし、俺はセリューの言葉にあった裏手の倉庫へ足を運ぶ。
倉庫の近くには屋敷の護衛らしき者たちだったと思われる人体の一部が散らばっていた。
おそらく、婦人か娘が倉庫に逃げ込もうとしたところでセリューに追いつかれてコロに捕食されたんだろう。
「相変わらず、正義とは程遠い帝具だな」
コロの性質と悪を断罪する時のセリューの表情を思い出すとため息しか出てこない。
「さて死臭が漏れてるってことは、ここもいつも通りなんだろうな」
倉庫の扉を開くと中からは今にも消え入りそうな命の灯火がいくつもあった。
「死の形はいろいろだが、貴族たちが作る死の形はどこも似たり寄ったりだな」
蒼褪死神アポカリプスを徹して視ると有用な命と無為な命が見分けられる。
「あ、アンタだれ、だ?」
入口に近いところに設置された檻の中からか細い声が聞こえた。
そちらに目を向けるとそこには全裸の少年が身体のあちこちの皮膚が爛れており、見た目以上に内面が相当ひどい状態になっていることが帝具を徹さなくてもわかる。
「俺は、帝都警備隊の者だ。この屋敷の奴らを捕え……断罪しに来た」
「助け、が来たってこと、か?」
症状からルボラ病に罹患させられたようだが、末期一歩手前といったところだな。
ここまで来ると薬じゃ治せない。
無為な命だ。
「テメェはもうすぐ死ぬ。その身体の傷は、拷問を受けたんだろう? そこにルボラ病がそこまで進行していたら今の帝都じゃ治せない」
「言われ、なくても分かってる……」
自分の死期くらいは把握できているようだ。
見た感じと言葉のイントネーションに含まれる訛りからどこぞの田舎から出てきたばかりだと予想できる。
「俺は、いい。けど、サヨは助け、てやってくれ。頼む」
言いながら少年は天井から吊るされた死体の中の一体を指さす。
「俺には死んでるように見えるんだが?」
「か、仮死状態って、ヤツだ。アリアって、奴が拷問、の時以外、はサヨを生かさ、ないって変な薬を使ってやがった」
「なるほど……ぶっそうな薬もあったもんだ」
その薬は是非とも個人的に着服させてもらうとして、改めてアポカリプスを徹して少年が指さした宙づりの死体、黒い長髪の少女を視る。
確かに命の鼓動は止まっておらず、冬眠する生物のように恐ろしく緩慢な生命活動を繋いでいる。
身体には殺さないように、それでいて痛みを増大させるような拷問の跡が見て取れる。
「……テメェもそうだが、この嬢ちゃんもそれなりに鍛えてるんだな」
「へ、ヘヘッ。サヨは、俺、なんか、よりずっと、強ぇんだぜ? あのくそ女に、拷問されて、も、弱音、ひとつ漏らさな、いんだ」
自分はいつ死んでもおかしくないような状態でよく口が回る。
この少年も宙づり少女も拷問に対する耐性、というより苦痛に対する忍耐力があるってことか。
肉体的には、それなりに使えそうな奴らのようだ。
この屋敷の奴らに捕まっていたということは、人を見る目はあまりよくないようだが、駒として使う分には有用そうだ。
少年の方は病のせいで手遅れになっているが、少女の方は拷問のみで仮死状態から覚めるのであればまだ生きられるだろう。
「よし、テメェの願い叶えてやる」
「へへ、ありが、とう……」
俺の答えを受けて少年は力尽きるように檻の床に横たわる。
「礼を言われる筋合いはねえな。……他に何か言っておきたいことはあるか?」
口にしてから後悔した。
これから死にゆく奴に変な希望を持たせるのは偽善でしかない。
俺が少女を助けるのは、使えそうな人材であることとあと数年もすれば良い女になりそうだからだ。
そんな俺の気の迷いに何かを思った様子の少年は、掠れる声を漏らした。
「タツ、ぃを、みつ、て……頼み、ぁ……」
内容は聞き取れなかった。
「聞き取れなかったってことは聞いてやる必要はないってことだ。わからんことは叶えてやれねぇからな」
横たわる少年からは命の灯火が消えていた。
そして、残虐の限りを尽くした悪徳貴族の家族は、より凄惨な残虐性を持つ絶対正義により断罪された。
因果応報と言えば聞こえは良いが、因果という者は得てして弱者にのみ返ってくるものだ。
「……ぁ、ぁ?」
「おやおや、屍姫のお目覚めか」
それなりに鍛えた少年が最後に託した少女がどれほど使えるのか。
「とりあえず、傷を完治させてからだな」
雑草狩りに使えるセリューという戦力は、まだオーガ寄りの戦力なので出来れば俺の好きに使える戦力を持ちたい。
それにどうせなら良い女である方が気分も良い。
これを契機にそろそろ俺も自分の勢力を作っておくべきかな。
いつまでも過去の亡霊を引き摺ってばかりも居られない。
オネストが亡霊の影を警戒しているうちに地盤固めをしておくのも良いだろう。
今更出世するのも面倒だし、めぼしい将軍を選別して売り込みでもしていくか。
「さて、たまには真面目ちゃんぶって上の連中に媚びでもうってみるか」
到底できるはずのないことを口にしつつ屋敷の外に集まりつつあった応援を率いてきたオーガに見つかる前に少年の遺体と少女を“取り込んだ”俺を帝国の朝日が包み込んだ。