昨日の貴族狩りから一夜明けた帝都警備隊隊舎内。
その隊長室に俺は呼び出されていた。
目の前には鬼のような容姿と体躯の隻眼男、帝都警備隊隊長 オーガが自分の椅子にどっかりと座っている。
「おい、ヴォイドさんよぉ? 昨日はずいぶんとお楽しみだったらしいじゃねえか?」
「ああ、お陰様で良い女が手に入ったよ。これも日頃のパトロールの賜物ってやつかな?」
余裕ありげなオーガの言葉に俺も薄ら笑いを浮かべて応える。
そんな俺の態度が可笑しいのかオーガはさらに笑いを深める。
「ガハハッ! オメェの女好きは相変わらずだな? 大抵のことは揉み消してやれるが、今回の狩場はちったぁ不味くねぇか?」
昨夜セリューとともに襲撃した貴族の家は、オネスト大臣とも関係がある家柄だった。
オーガは賄賂を貰って悪徳商人や貴族の罪科を立場の弱い者に被せるなんてことをしているが、オネスト大臣と関わりのある貴族の殺害を偽装できるほどの力はない。
それでもオーガが俺を責めず、余裕の態度でいるのは俺の答えを知っているからだ。
「今に始まったことじゃないだろ? 大臣が何かするつもりならとっくの昔に警備隊ごとまとめて処刑されているさ」
「ハッ、違ぇねえ。ブドー大将軍の庇護下から外れたはずのオメェが今でも生きてるんだ。どんなタネがあるか興味が尽きねぇなぁおい?」
出来ることならそのタネを自分も手に入れたいと言外に言うオーガに苦笑する。
「今の俺にあるのは、警備隊副隊長の肩書だけさ。ま、失くしちまった帝国最強の肩書を味わってもらった奴らには、そっちの方が効いているんだろうがな」
「帝国最強ねぇ……オメェの最強は万物両断とかいう何でもかんでも真っ二つにしちまう化け物みてぇな帝具があったからって聞いてるぜ?」
しかし、それは数年前に失われた。
自分の失態であることは認める。
例え、それが仕組まれたモノであったとしてもあれは俺自身の失態だった。
「ああ、かつて俺を帝国最強に押し上げたのは、間違いなくエクスタスの力だ」
エクスタスを手にした瞬間から俺に斬れないモノは存在しなくなり、人も危険種も木も岩もなんでも真っ二つにしてやった。
俺がかつての相棒との逢瀬を思い出しているとオーガが怪訝な表情を見せた。
「それなんだがよぉ? 最近巷を騒がしてるナイトレイドとかいう賊どもの中にその万物両断を使ってる奴がいるみてぇだが、オメェが言うほどすげぇ力を持ってるようには思えねぇんだがな」
オーガが言うナイトレイドという賊は、帝国に仇を為す反乱軍が有する暗殺部隊の名だ。
現在のところ依頼を受ける形で暗殺を行っているようだが、その暗殺対象は悪逆非道がまかり通る帝都においても度し難いと評判の奴らばかり。
世間の評判は暗殺者というより世直し人といった印象が大半を占めている。
その中で人相や名前が判明しているのは、4人。
ナイトレイド首領を務める元帝国軍所属の将軍だったナジェンダ。
かつて帝国軍で一度だけ同じ任務についたことがある女だ。
ブドーやエスデスほど突き抜けたところはないが若くして将軍の地位に就いた実力は伊達ではなく、浪漫砲台パンプキンを用いた遠距離砲撃はそれなりの腕だったし、近接格闘もなかなかのものだった。
帝国のやり方についていけず、ある任務中に自分が率いていた一軍まるごと反乱軍に合流してしまった。
現役の将軍が反乱軍に寝返るという現在の帝国を象徴するかのような出来事と共に敵となってしまったが、あれは良い女だからどうにか生きた状態で手にしたい。
そして、ナジェンダと同じく帝国軍から離脱した元軍人の男、ブラート。
超級危険種の中でも上位にある竜型危険種タイラントを素材にして作られた帝具、悪鬼纏身インクルシオの使い手であり、帝国軍時代は「100人斬りのブラート」と呼ばれた有能な兵士だった。
こいつも帝国の腐敗を知って軍を抜けた口だ。
さらにこれまた帝国軍の裏組織である暗殺部隊に属していた、アカメ。
幼い頃に妹とともに売り飛ばされてきたアカメは、帝都の養成機関で暗殺者として育てられた生粋の暗殺者だ。
暗殺者として高い技量と掠り傷でも対象を死に至らしめる帝具、一斬必殺 村雨の持ち主。
その手に掛けた命の数は、帝国暗殺部隊の時も含めれば凄まじい数に上るだろう。
こいつも容姿・実力ともに俺好みなのでいずれは手元に置きたいものだ。
判明している4人の最後の1人にして、俺の相棒を手にした眼鏡の美女。
万物両断エクスタスの担い手、シェーレ。
元は帝都の下町で暮らしていた一般人だったが、とある事件をきっかけにして暗殺者家業を始め、その後にナイトレイドに入ったらしい。
こいつは、純粋培養の暗殺者であるアカメと対極をなす天然原石の暗殺者だ。
過去の資料を見ればわかることだが、シェーレが一般人として生活していたことがわかる最後の記録から暗殺者として活動を開始した時期はあまりにも感覚が無さすぎる。
この女は、自分自身の才能が何に特化されているかを知った瞬間にすべてを受け入れたのだ。
思い切りの良さも容姿も含め、こいつも好みに合う。
俺の相棒を扱うに足る奴であることを祈っているところだ。
「しかし、強い女たちは、どうしてこうも美女ばかりなんだろうな?」
「いや、俺が聞きてぇのはオメェの女の好みじゃなくて、賊が使っているエクスタスとオメェが使っていたエクスタスは同じ能力なのかってことなんだがな?」
「ん? ああ、すまんすまん。ナジェンダやアカメは帝国時代に見知っていたが俺の相棒を使ってやがるシェーレって奴も手配書通りならすっげぇ俺好みだもんだからな」
「だからオメェの好みなんてどうでも良いんだよ。つうか、答える気がねえのか?」
容姿が良い女を思い浮かべるとどうしても思考がそちら方向に振り切れてしまうようだ。
そんな俺の態度に怒るでもなく、呆れてため息を漏らすオーガの姿が笑える。
こいつは身内として付き合う分なら本当に気の良い奴だ。
「間違いなく、俺の相棒だ。まだ完全に扱えているわけじゃないようだがな」
「なるほどな。つまり、今のうちならオメェが直接やり合えば倒せるってことだな?」
オーガの問いに俺は頷く。
「エクスタスの力を100%引き出されてない今の状態なら俺一人で十分だ」
俺以上にエクスタスを扱える奴はいないんだからな。
俺の答えを聞いてオーガは膝を打って笑みを深める。
「そうと分かればオメェの相棒を取り返せるようにこのシェーレって奴を優先して仕留めるように警備隊全員に言っといてやるぜ」
「おいおい、どんな風の吹き回しだ?」
いくら身内には良い奴でも何某かの便宜を図ることはないと思っていたんだが。
「何、俺様もかつての帝国最強って奴を見てみたくなったんだよ」
「また何に利用されるか分かったもんじゃねぇな?」
俺の読みにオーガは悪ガキみないに破顔一笑する。
「ガハハッ、分かるか?」
「たりめぇだろ? テメェともそれなりに長い付き合いだからな」
「ハッ、腐れ縁にならねぇ内に斬って起きてぇがな?」
「それはこっちのセリフだっての」
くだらないことで笑いが出るってのは良い関係だと思う。
俺もオーガも互いが内心でどう思っているかなど分かったもんじゃねぇが、割り切った付き合いってのは男も女も楽で良い。
人間、深い関係にならずとも十分に暮らしていける。
むしろ軽い関係の方が心地よいのだ。
俺やオーガのような明日には互いの命を奪い合う関係になりかねない外道なら特にそう思うし、オーガもそう思っているだろう。
例え、通じ合うところがなくとも今この時を自分の思うように生きるのが俺たち外道だ。
ゆえに何も考えずのその場限りの笑い共有するのもたまには許されるだろう。
馬鹿みたいに軽いノリで笑いあったオーガは、この数日後にナイトレイドと思われる賊にその命を奪われた。