オーガが死んだ。
その一言を示す現実が目の前に横たわり、その傍らに無様に斬り刻まれた肉塊を掻き抱いて馬鹿な女が泣いている。
「オーガ隊長ぉぉぉ! 隊長にまで置いていかれた私はどうすれば良いのでありますか!」
自身の父に続いて師であるオーガも凶賊によって惨殺され、怒りと悲しみに慟哭するセリューにコロも気遣わしげに寄り添っている。
帝都警備隊の本部詰所がある帝都のメインストリートを中心に強権を揮っていたオーガの死は、多くの一般帝都民に喜ばれてるんだがな。
セリューのようにオーガの死を悼む者は、他にいない。
オーガと取引のあった油屋のガマルは同日に賊の手により殺されており、ガマルのようなオーガと繋がっていた小悪党共は、早々にオーガの次に警備隊を預かる俺に賄賂を贈ってきている。
奴らにとって取引相手はオーガである必要はなかったってことだ。
自分たちの悪行の尻拭いをしてくれる者なら誰でも良いのだろう。
俺の懐に飛び込んできた金は当然もらっておいたが、奴らに便宜を図ってやるとは言っていないので馬鹿な奴らが馬鹿をしたらキッチリ裁いてやろうと思う。
これからも続くであろう馬鹿どもの狩りも捗りそうだ。
それにしても半刻もたつのに泣き止む様子のないセリューの姿は、さすがに鬱陶しくなってきたのでセリューを蹴り飛ばしてオーガの死体から引き剥がすことにする。
「ッぁ! がぅぉぉぇぇ」
嗚咽で息を吐き続けていたセリューは、横合いから脇腹を蹴飛ばされたせいか壁まで転がったところで体内からワンダフルソースをリバースした。
苦痛の呻きもおよそ乙女らしくないな。
「ぐ、何をするでありますか!」
並の兵なら行動不能になるくらいの力で蹴ったのだがやはり改造人間と化しているセリューはすぐに立ち上がって生意気にも俺を睨みつけてくる。
「ギャーギャーうるせえんだよ、馬鹿女。いつまで生ゴミに抱き付いてんじゃねぇ唯でさえ油と獣臭さが染みついてんのに生臭さまで加わったら俺でも喰いきれねぇぞ?」
「た、隊長を生ごみだとぉ! いくらヴォイド副隊長でも隊長を愚弄することは許さ、あがぁッ」
「警備隊の隊長は今日の正午で俺になったんだよ、ボケが」
口ごたえをするセリューに最後まで喋らせるはずもなく、壁際で立ち上がっていたセリューの顔面を足裏で蹴りつけ壁に押さえつけてやる。
ただでさえ面倒な隊長につくのに部下がいつまでも使い物にならないなんてたまったものではない。
「ぅぐうッ。わ、私の隊長は、オーガ隊長だけでありま、アアァッ!!」
人の話を聞かない馬鹿の空っぽの頭を壁に圧し付けている足裏にじわじわと力を込める。
「だから隊長は俺だって言ってんだろ?」
「ぐぅぅぅあああッ! こんの外道ぉおめぇえ!」
普通なら頭蓋が砕けているであろう圧力でもまだまだ元気なセリューは壁に頭をめり込ませながらも反撃として鋭い蹴りを放ってきた。
「テメェに言われたかねえよ、絶対正義(笑)ちゃんよ?」
「ッ!? あッ―――あガァァァッ!」
上司を足蹴にしようとするような狂犬には躾が必要だ。
跳んできたセリューの蹴りを掴み、そのまま握力のみで骨をへし折ってやった。
オーガも自分に従わない部下を何人も拷問したり、斬り捨てたりしていたしな。
こいつも見た目は良い女だから骨を折るくらいで済ませた俺ってすげぇ優しい。
「そら、どうだ? テメェが尊敬するオーガと同じように隊長の言うことを聞かない馬鹿を痛めつけてやってるんだ。嬉しいだろ?」
「オーガ隊長は、このようなこと――」
「テメェがされてねぇだけだろぉが。テメェの同期が警備隊に一人も残っていないのは何でだろうな?」
セリューと同時期に入った隊員は、全部で5人。
虐めぬかれて自殺した奴、辺境へ左遷されて変死した奴、見たこともない盗品が自室から見つかり逮捕されて獄中でほかの囚人に殺された奴など今も生きている奴は辞職して帝都のスラムでゴミ漁りをしている奴くらいだ。
「か、彼らは、悪に染まってしまっていたから仕方なくオーガ隊長が断罪したのです! オーガ隊長は、絶対正義の隊長であります!」
この馬鹿の正義基準がわからん。
俺も外道畜生と呼ばれる人種だが、オーガも立派に外道畜生の類。
ちなみにセリューも毛色は違うものの同類だ。
自分が人道に反する存在であることを理解していない分、俺やオーガよりも質が悪い。
「はぁ~。これ以上この生ごみに縋り続けるようならテメェ警備隊クビにすっからな」
「んなッ!? そ、そんな理不尽が」
「許されんだよ、馬鹿女。オーガだってよく分からん理由で要らない奴らを解雇してたんだからな」
「ぐぐぐッ。ヴォイドォ!」
「だから、隊長をつけろよ。学習しねぇな」
セリューの言う通り、俺の言葉はあまりに理不尽だ。
いくら前隊長がやっていたことだと言っても警備隊の隊長が直接的に隊員を解雇することはできない。
隊長職にある人事権は、部隊内の配置・班編成くらいだ。
隊員をクビにするならその隊員が警備隊として不適だと上に報告し、その報告から上が判断してからの決定になる。
このような理不尽がまかり通っていた事実だけでも帝国の法が隅々まで腐敗しているのがよく分かる。
帝国軍内部で古き良き規律が残っているのは、ブドー直轄の組織くらいだろうな。
「ヴォイドさん! 本部から緊急の――って、何てことしてるんですか、隊長!?」
セリューの躾をしているところにガチガチと金属音を伴っておぼつかない足取りで入ってきたのは、整った顔立ちに幼さを残す長い黒髪の少女だった。
「何って、部下の躾だが?」
「だが? じゃないですよ! 女の子の顔を足蹴にするなんてどんな神経しているんですか!?」
金属音を伴う足音の元たる銀の輝きを纏う金属製の右足を持つ少女がセリューの顔面を壁に圧しつけていた俺の脚を押しのけて崩れ落ちるセリューの身体を支える。
「大丈夫ですか、セリューさん? はやく、Dr.スタイリッシュのところに行かなきゃ」
「ぅ……ぁ、ありがとう、サヨちゃん」
意識が落ちかけていたセリューが自身を支えている黒髪の少女サヨに弱々しく礼を言う。
「おい、サヨ。テメェは当分安静にしてろって言われてなかったか? というか、まだ躾は終わってな――」
「もう治りました! それとこれ以上馬鹿なこと言わないでください!」
「いや、明らかに強がりだろ? それと俺、お前の上司な?」
「あと命の恩人でもありますよ! それでも悪いことは悪いって言わなきゃいつまでも悪いままになってしまいますから」
セリューに肩を貸しながら訳の分からないことを言うサヨに俺はため息がとまらない。
「どうして良い女は、俺の言うことを聞かねぇんだろうな?」
「――ッ! それはヴォイドさんが気の強い女性に責められるのが好きな性癖だからじゃないんですか?」
「それは俺がMだと言いたいのか?」
なんていうセリフを残してセリューを運んでいったサヨの背に投げた俺の問い返しに返答はなかった。
馬鹿みたいな嫌疑だけ言い残して早々と出ていった新入りの部下の態度に俺はまたため息が出てきた。
「マゾの奴が相性が良いと感じるのはサディストだが、真のサディストが求めるのはサディストなんだぜ?」
痛めつけて喜ぶ奴を痛めつけるような俄かサドは、本質的には奉仕型のマゾ豚であることが多い。
真のサドは加虐対象を喜ばせない。
ゆえに俺は真のマゾを嫌悪する。
「何をされても喜ぶマゾ豚……無敵だな!」
「だな! 頭湧いちゃってるんですか?」
「……おう、さっき言い忘れたことの件か?」
セリューを連れ去ったはずのサヨが汚物でも見るかのような視線を俺に向けてきやがるので先にサヨの失態について言及してやった。
そのせいでサヨは綺麗な黒髪のせいでより白く見える頬を紅色させたので内心で地団駄を踏んでいるだろうことが簡単にわかる。
俺のような奴に命を救われた運命を呪っているのだろう。
「――ッ! 最近帝都内に出現していると情報がある通り魔“首切りザンク”の討伐命令がブドー大将軍から降りてきました」
「は? そんなモノ言われなくたって警備隊で見つければ即逮捕or即殺だっての。何で近衛のブドーが警備隊に命令を出すんだ?」
帝国のとある監獄に勤めていた首切り役人だったザンクは、度重なる処刑業務に精神を病んで殺人鬼となった。
身内の恥といえばそうだが、ブドーが直属でもない警備隊に命令を飛ばすなんてありえない。
あいつは良くも悪くも規律を重んじる。
大将軍だろうとブドーは近衛隊のトップだ。
帝都内の治安維持は帝都警備隊の仕事であり、管轄外の部隊に命令を飛ばすようなことをブドーがするとは思えない。
そんな俺の考えを呼んだわけではないだろうが、付け加えるようにサヨが俺の疑問に答えを齎す。
「命令は『警備隊』や『警備隊隊長』にではなく、ヴォイド隊長一個人に対してきています。そして、ザンクが保有する帝具を必ず回収するようにと」
帝具の回収を帝具持ちにやらせる、その意味をブドーが理解していないはずがない。
ザンクが保有する帝具は、あらゆるモノを見通す五視万能スペクテッド。
俺が現在保有する帝具は、あらゆるモノの生死を視通す蒼褪死神アポカリプス。
視るという能力が付与されているのは同じだからそれも理由の一つだろうか。
まあ一番の理由は、スペクテッドが持つ「幻視」に対応できる者でなければいくら数を揃えても意味がないからだろう。
セリューだと隠し武器なんかを読まれる可能性が高いからコロを交わされれば相手になるまい。
帝都内に在中していて「幻視」に対応でき、ザンクと対峙して対等以上に戦える戦闘能力を有し、尚且つ帝都内を平時から巡回できる人材。
ほかに対応できる暇人がいないのも事実だ。
「ヴォイドさん……?」
「ああ、気にすんな。命令の件は了解だ。今日明日中には『首切り魔の生首』を帝具付きでもってきてやるってよ」
考え込む俺に不安気な表情を見せるサヨの肩に手を置いて命令無視なんてしないことを伝えてやる。
「……ヴォイドさん」
俺の応えにまだ不安なのか自身の肩におかれた俺の手にサヨが自分の手を重ねる。
そんな可愛げのあるサヨの仕草に俺は気分が良くなったので安心させるように微笑みを作って言う。
「心配すんな。通り魔くらい一撃でぶっ殺してや、やややあああたただあッ!」
俺のグッドスマイルに何を思ったのかサヨが彼女の肩に置いていた俺の手の指を握ってへし折りにかかった。
「セクハラです、ヴォイドさん」
仮にも命の恩人で新たに上司にもなった目上の者に対してこの仕打ち。
どうして俺の周りの良い女は、馬鹿ばっかりなんだよ!