帝都というところは騒動のネタに事欠かないびっくり箱だが、最近のネタは帝都の闇に潜む殺人鬼。
次々と帝都の住民を無差別に殺しまわっている連続殺人鬼。
その正体は、かつて帝国内のとある監獄で首切り役人をしていたザンクという男だ。
オネスト大臣の影響で処刑される罪人が増大した時期に活躍した首切り役人だったが、あまりにも斬首刑を行いすぎてその行為に取りつかれてしまったらしい。
「ザンクも現政権の被害者なんだろうな」
「それでも一般市民を無差別に殺しまわっている時点で情状酌量の余地はありません」
ブドウ大将軍から勅命を貰ったからには多少優先順位を上げ、いつもはシフトから外してもらっていた警備隊の通常業務である夜のパトロールを行うことにした。
夜の帝都を男一人で練り歩くのもつまらないので今回のパトロールに新隊員のサヨを同行させている。
戦力的に優秀なセリューは少しばかりお仕置きをやりすぎて一週間の安静を言い渡されているため、その代替品として警備隊の女性隊員の中でセリューの次に高い戦闘力を持っていたサヨを連れてきた。
普通ならまだ安静にしていなければいけないはずだが、蒼褪死神と神ノ御手を使った治療を受けたサヨは本人の生命力にも支えられ、常人を遥かに上回る回復力を見せた。
「情状酌量、ね。ザンクじゃなくとも帝都の罪人にそんなものが適用されたなんて聞いたことねぇな」
現在の帝都で罪人とされる者の半分以上は、権力を持った外道たちが邪魔になった奴らを排除するために繕われた連中だ。
それゆえに時として軽犯罪ですら死刑台直行ということも珍しくない。
「そんなことが罷り通ってしまうんですね」
「国も人も食い物も同じ、腐り始めたらもう終わり。最悪、腐った部分は切り取ってしまう以外に治しようがなくなってしまうわけさ」
どれも完全な形を損なうのだから治すとは言えないかもしれないがな。
腐ってしまったモノは、腐った要因があるのだからその要因を排除しなければまた腐敗が始まるだけのこと。
「この世の万象に永遠なんてモノはない。人も国もいつかは朽ち果てるんだ」
腐ったからにはそれが広がる前に処分するしかない。
帝都の場合は、腐敗の原因が強大な権力を持って国を動かしているために腐敗を切り取ることができない。
それを憂いて至極まともな意見を持つ良識派の官僚や地方貴族などは、どうにかできないかと頭を悩ませており、中には反乱軍の活動を支援するようなやつらまでいる。
国を憂う者たちが国に刃向う奴らに肩入れするなどという異常な事態が当然のように起こっている帝国は本当に救いようがない。
「これほどの破綻が起きているなら帝都内部でも大臣排斥の動きがもっと大きくなっても良いはずなのに」
自身と大切な友の命を弄んだ貴族とそんな所業が罷り通る下地を作っている帝都の闇の要因に強い憎悪を持つサヨは、帝都内において致命的な失言を漏らす。
「おいおい、力のない奴が大臣の悪口を言うのは命取りだぞ?」
「え? ヴォイド隊長はいつも大臣の悪口を言ってるじゃないですか?」
こいつは俺のことをどこぞの小悪党と同レベルに考えているんじゃないだろうな?
それだったらきついお仕置きをしないといけなくなるな。
「これだからお子ちゃまは。酸いも甘いも噛み分けた大人な俺がどこぞの木端役人の小悪党と同じなわけないだろぉが」
「子供扱いしないでください! それとオーガ前隊長のことを悪く言っているとまたセリューさんを怒らせますよ」
「知ったことか。俺をビビらせたければ、神級超絶淫乱美女を連れてくるんだな。お子ちゃまサヨちゃん?」
「ムガーッ! この変態セクハラ上司、サイアクです!」
肩を怒らせて掴みかかってくるサヨを軽くいなしながら慎ましいその胸を揉んでみる。
「ガッチガチだな!」
「それは鎧です! というか、ホントもう最低サイアクです!」
セリューは鎧の上からでも弾力がわかるくらいはあったけどな。
サヨはまだ十代だからあと4、5年もすればもう少し俺好みの身体になるだろうな。
「ま、お子ちゃまならこれくらいでも十分だ。今後の成長に期待だな!」
「もうホント黙ってください! というか、死んでください!」
サヨは半泣きになりながら胸を庇って俺から離れる。
その表情には純粋な嫌悪があり、猥雑な俺に対する無垢な拒絶がある。
サヨやセリューが良い女なのは、こういった表情を俺に向けてくれるからだ。
本気で嫌がっていながら心が折れていない姿を見ると苛めがいがある。
「おやおや~? 帝都警備隊ともあろう者たちが、パトロール中に乳繰り合っているなんていけませんね~」
「ッ、何者です!」
サヨで遊んでいたところに街角の影から一人の男が現れる。
男を警戒して剣を抜いて構えるサヨを背に庇うように男の前に立つ。
「おいおい、空気読めよボケが。今日一日くらいは見逃してやろうと思ってたんだぞ、ザンク?」
「ほっほ~ぅ?」
「隊長!?」
せっかくサヨと乳繰り合っていたのにむさいオッサンの辻斬り野郎なんて出てきたら萎える。
「一目で俺の正体に気付くとは。愉快愉快、さすがは噂の新隊長殿だな~?」
生き生きと喋るザンクの瞳は爛々と輝きに呼応するようにザンクの額に装着されたいかしたバンダナ風の帝具も怪しい気配を放つ。
「ばっか、そのイカレた見た目で自分は一般市民ですとか言うつもりだったのかよ? テメェはどっからどう見てもケチな人殺しだ」
「へぇ~言ってくれるネェ」
俺の安い兆発にザンクが両腕の袖口から刃を出現させた。
ジャマダハルのように拳を突き出せば突き刺すことができるような作りだが、刀身が長いために突くより斬ることを主としていることがわかる。
しかし、あの作りで首切りを行おうとすれば固定している腕部や手首部分に負担が大きく、道具の破損にもつながりやすい。
はっきり言って機能性を無視した趣味全開の武器としか思えない。
両腕の刃を構え、額にある帝具五視万能スペクテッドを開眼させてこちらを観察している。
そんなザンクの姿に俺はため息を吐きながら背後に庇っていたサヨを前に出す。
「サヨに譲ってやる」
「はい? ちょ、いきなり何言ってるんですか! 相手は凶悪な殺人鬼なんですよ? 二人掛かりの方が確実なのに」
俺の言葉の真意を理解できないのは良いが、命令に口ごたえするのは駄目だろうよ、サヨちゃん。
「危なくなったら助けてやるから、とりあえず命令に従って目の前の変態を捕まえるかぶっ殺すかしてみろ」
「……私の実力を見るつもりですか? それとこの人は凶悪犯で、変態は隊長です」
俺の命令にしぶしぶの体で構えた剣をザンクに向けて悪態を吐くサヨの背に声をかける。
「変態だよ、そいつは。教えておいただろ? 五視万能スペクテッドの能力が一つ『透視』。今、隠し武器を探すふりをしてサヨの育ちかけのちっぱいとつる●ンを嘗め回すように見てるんだぞ?」
「「なっ!?」」
俺の言葉にサヨとザンクがそれぞれ別の意味での驚きを示した。
今にも泣き出しそうな羞恥と嫌悪と侮蔑の入り混じった睨みを向けてくるサヨ。
帝具の能力を発動させて注意深く、俺たちを観察しながら厭らしい笑みを浮かべるザンク。
「殺します! 隊長もこの変態もきっちり殺してさしあげます!」
やる気が出たのかサヨは、構えた剣を振りかぶってザンクに襲い掛かる。
「帝具の発動を感じとるなんて、愉快愉快! 思っていた以上に今日の獲物は大物のようだ。生首コレクションでも一番になりそうだ!」
言いながら襲い掛かってきたサヨの剣戟を半身を逸らすだけで回避し、サヨの剣と身体が通り過ぎる瞬間にザンクの腕がサヨの首目掛けて振り下ろされる。
俺の実力はそれなりに噂で知っているだろうが、どれほど強いか理解できていないザンクは、サヨを俺を仕留める前の前座とでも位置づけたのか、初撃から斬首の一撃を狙った。
前座には変わりないが、これまで斬ってきた一般市民や警備隊員と一緒だと思っていると痛い目を見るのはザンクの方だ。
俺のサヨは強いぞ?
「見え透いた誘いです」
「何ッ?」
サヨにとって完全な死角である頭上後方からの首を狙ったザンクの一撃は空を切り、サヨがザンクの横を抜けるとザンクの右腿が裂かれるという結果が残った。
斬首の一撃を読んでいたサヨは、ザンクの攻撃タイミングを計って急加速で一撃を回避し、さらに抜け際に相手の機動力を殺す一撃を放った。
走り抜けたサヨは、すぐさま反転してザンクの背に斬りかかる。
「うおぉお!?」
予想外の一撃を腿に受け、動揺を魅せながらも隙は最小限に抑えたザンクは背後への一撃を腕を回してギリギリでサヨの刃を弾く。
「ふはッ! 鋭く速い攻撃だが軽過ぎるなぁ!」
「当然です、単なる誘いですから」
「何!?」
ギリギリのタイミングでサヨの一撃を弾いたザンクは、大きな体を無理やり捻って背後に回ったサヨを引き裂こうと腕を向けたが、すでにそこにサヨの姿はない。
「ぐぉ!?」
気付けば脇腹に奔る鋭い痛みにザンクが呻く。
「身体の大きな変態さんの癖によい動きをしますね?」
本来であれば先の腿への一撃も今の脇腹の一撃ももっと深手にできると思っていたサヨもザンクの実力を上方修正したようだ。
「こ、の小娘ッ! ッちょこまかとォオ!」
サヨの声の方向へ再び身を捩るザンクだが、またしてもサヨの姿が掻き消えている。
「その帝具の能力は、隊長から聞いています。『洞視』『未来視』『幻視』、どれも貴方の視界に入らなければどうということはありません」
声を置き去りにサヨはザンクの周囲を鋭い切り返しを繰り返しながら張り付いて次々と刃を奔らせる。
もともと帝国が保有していた帝具であるスペクテッドは、その能力を調べるのは容易かった。
手の内が知られるということはそれだけ戦場では不利になるが、知りえた情報を生かせなければ意味がない。
「ちぃぃ! こんな小娘にぃ!」
悪態をつきながらも急所への致命傷を避けることに専念しながらザンクは両腕の刃でサヨを追う。
刃を交えてようやくサヨが強敵だと気付いたザンクは俺の存在を思考から排除して戦いに集中し始める。
サヨには知りえた情報を生かす実力がある。
スペクテッドの能力を封殺することができてもザンク自身が弱いわけではない。
それでもザンクの視界に映らないほどの体捌きで戦えているサヨの実力は、ヘカトンケイルを抜きにすれば現在のセリューを上回る。
これで相応の帝具を与えて育てれば若くして帝国の将軍になれるほどの才能がある。
辺境育ちで幼馴染たちと共に厳しい鍛練を行い、危険種狩りもしていたということだが、才能がなければそれほどの鍛練や狩りができるわけがない。
セリューは才能限界を人体改造で補っているが、サヨならこのまま鍛えても帝国軍上位に食い込むだろう。
さらに言えば、俺やセリューと違ってサヨは頭も良い。
いずれは帝国軍で出世して将軍にでもなってくれるのであれば、今のうちに弱みを握って後々楽をさせてもらうのもよいかな。
「ぬうあああ! 死んでたまるかあああ!」
次々に襲いくる死角からの斬撃にザンクが咆哮をあげる。
これはそろそろ決着かな。
そう思った俺の予想を裏切ったのは、サヨでもザンクでもない第三者の介入によるものだった。
「サ、サヨ? お前、サヨだよな!」
何とも素っ頓狂な場違いの声に俺たちの意識がそちらに向かう。
声をあげてサヨの名を呼んだのは、サヨと同じ年頃の少年だった。
その手に剣を携え、俺やザンクと比べて血の臭いこそ薄いが戦場に身を置く者特有の気配がある。
少年を目にしたサヨは、今の今まで死闘をしていたとは思えないほど緩んだ表情をする。
「タツミ……? 本当にタツミなの!?」
サヨも少年を知っているらしく、その名をタツミと呼んで少年の方へゆっくりと近づき始める。
そんなサヨの反応に少年タツミもその表情に驚喜を広げてサヨに駆け寄る。
「やっぱりサヨだ! お前、生きてたんだな!」
「タツミ! それはこっちのセリフよ! あんたこそ生きて「サヨ! 後ろだ!!」」
戦闘中だということを忘れてしまうほどの感動なのか知らんが、それでも馬鹿すぎる。
少年もサヨの背後に迫った兇刃を目に剣を振りかぶってサヨを庇おうと声を張り上げる。
「感動の再会を邪魔してごめんなさいネェェッ!」
「ッ!」
唖然としていた状況の中で即座に復帰したザンクが無防備に晒されたサヨの背を見逃すはずがない。
完全に背後を見せてしまったサヨやザンクの視界に入り込んでしまっている少年タツミもザンクの斬撃を止めるには足りない。
間合い的に俺の剣でもザンクを仕留めるには足りない。
「サヨォォォ!」
「タツミッ! 迂闊に飛び込むな!」
サヨに迫る凶刃を止められないと悟って叫ぶ少年の後ろからさらにもう一人黒髪の少女が駆け込んでくる。
少女の手にも剣――刀が握られている。
その顔には見覚えがあった。
首切りザンクに斬られそうなサヨ。
サヨを助けようとしている少年タツミ。
タツミの背後から姿を見せた黒髪の少女。
どいつもこいつも面倒な状況を作ってくれる。
せっかくサヨの実力を計りながら俺は楽してザンクを仕留めようと思ったんだが、世の中うまくいかないものだ。
それにこのタイミングでザンクなんて小者が霞むほどの凶賊が現れるなんてな。
どうやら今夜の俺は、久々に真面目な仕事をしないといけないようだ。
乾いた笑いが止まらんね。
「――刈り取れ、アポカリプス」
蒼褪めた死神が揮う鎌は、首切り役人なんて目じゃないぜ?