明らかにやばめな封印をされている女の人の封を解いたら気に入られる話   作:澱粉麺

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笑った未来の先
未来の先の合わせ鏡: 瓶詰地獄


 

 

 

 それは、笑い顔の未来

。結局の

  ところ

    怪物と人間が心を

通わすことなど不可

      能なのだと

そう、示されて

       しまった

  未来。

 

 

 

 

…

 

 

……

 

 

 

ザリザリ…ザリザリザリ………

 

耳の奥、脳髄に砂が詰まったような音。蝸牛が壁を齧る耳障りな暗唱が脳を貪っていく。不愉快なそれは果たして耳の内の蝸牛がその実何を喰ろうたものだったか。果たして蝸牛は本当に自らの三半規管だったか。

いつか夢を見る。

 

ザリザリ…ザリザリザリ………

 

 

いつか、夢となる。

 

 

「うわああああッ!はぁっ、はぁっ!」

 

少年は錯乱でその目を覚ます。気が狂いそうな程の恐怖、正気を蝕まれた絶叫。自らの声で内側から脳が破壊されてしまいそうなほどの悲鳴は喉が枯れ果てるまで続き、そうしてなお続いた。

 

「ジエーくん、ジエーくん!

どうしたの、落ち着いて!」

 

手足の神経が睡眠からまだ覚めやらぬままに必死に手先を振り回して暴れんとする慈英少年を、その近くから現れたイエトは必死に宥めながら抱きしめた。必死に心音を与えて、落ち着くまで抱き合ったままで。幾時程そうしていたか。

錯乱はいつしか恐怖の涙になり、暴れる両手はがたがたと震えながらイエトにしがみつく手になった時に、ようやく言葉が出てくる。

 

 

「ひぃっ、ひぃっ…おれ、おれは…

なんだ、なんなんだろう、これ…」

 

「…怖い夢でも、見たのかな?

大丈夫、全部忘れさせてあげるから。

だからやなことを、ぜんぶ忘れてね」

 

「いやだ!もう寝たくない!

こわい、こわい!目を閉じるのが怖いよ!」

 

歯の根を揺らしながら裂けかけた喉で必死に叫ぶ少年を、目を閉じたままそっと唇を近付けて、焦らすような距離のままになだめ続ける。眠りたくないのなら、その横にずっと居て自然と寝つくまで待ってあげればいいのだと。

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ少年。

キミにはもうなにも近づけない。

だから安心していいんだよ。ゆっくり、ゆっくり」

 

ひゅっ、ひゅっ、と落ち着かない呼吸は次第に、階段式に落ち着いて終いには一定で繰り返されるリズムになる。

その寝顔を見てイエトは心から安息した。

 

 

「……本当はずっと、寄り添っててあげたいくらいなんだけどね。だけどちょっとごめん。お客さんみたいだから、また後でね」

 

意識のない慈英にそう微笑んで呟く。そうして立ち上がり踵を返す。その先では既にその貌はぞっとするような無の貌になっていた。何の感情も浮かばない。怒相、怨相よりも血の気の引く表情。

ヒトには浮かべようのない面。

 

扉を開ける。

慈英宅から一歩先に出たそこには真っ赤な世界が広がっている。その村に存在していた生物の全てが惨殺されている事を表す赤。衝動などではなく、少年の安寧に必要な為やった事。だけれどそれはどうしても目立ち、このような来客を招いてしまった。

 

 

笑う。

咲う、嗤う。

怪物は嘲る。

世界を、正気を、にんげんを。

全てを嘲り騙して欺き、弾ける笑顔を見せた。

彼女の笑い顔はつまりそれだ。

 

 

「やあいらっしゃい!早速だけど、今取り込んでるから帰って欲しいんだ。そしたら命までは取らないからさ!…取り込んでる、のに取らない、なんてちょっと不思議だね、くすくす…!日本の言葉っていうのは面白いよね。私、こういう言葉遊び好きだよお」

 

 

集団、重武装をした男達。大した大きな声を出していないのに、その声はくっきりと男達に届いた。耳元で囁かれたように、頭部を握られているように。男達は誰も反応しない。否、返事こそしなかったが、短く味方と会話をしていた。狩り立てるものの掌中に乗ってはならないと。被害者の仇と、捉えられた少年を救うと。

最後の言葉に、ぴくりと眉根を挟ませる。

 

「おや、それは見解の相違だな。

ジエーくんは救われることなんてないよ。

むしろ逆。私が今、救っているんだ。

故にお前達は必要ない」

 

「そうだねえ、この村の犠牲は謝ってあげるよ。

だからそれで手打ちにしてあげる。

私たち二人の時間を邪魔した、無作法をね」

 

 

ぱぁん。

銃声が鳴ってイエトの頭部を貫いた。

次々と続いて鳴って全身を撃ち貫かれる。

どぼどぼと血が流れ垂れて、破壊の音が鳴る。

だのに少しも動かない。撃ち込まれた衝撃も、破壊も、反動も何一つ無かったように。すり抜けたように何一つ彼女を害さない。

 

 

「莫迦どもが」

 

 

この、男達は覚悟をしていた。

死を伴う危険な征伐であることなど。

永劫に囚われた少年をそれでも救出出来たならと。

 

 

「図に乗るなよ。

私は譲歩してやったんだ」

 

 

わかっていた、つもりだったのだ。

目の前に居る存在が慮外の化物である事。

常識が通用しない怪物である事を。

 

外の宇宙をも支配する神格。

目の前の美貌は崩れた。

代わりに或るは青白く半透明に明滅する鱗。

触手と複眼は魂を狩り尽くす為の檻。

 

 

『ワタシは二度とあの子を手放さない。

キサマらのような俗物ドモに傷付けられた子を』

 

 

蒼い光が正気を奪った。

もはや廃人と化した男達の魂を喰らって尽くして、永遠に苦しむ末路を与えた。死体の中で意識のみが残り続ける。

霊魂ごと二度と、捕えて離さない。

そうだ。手放すことは二度としない。

あの温もりが消えた瞬間をイエトは今でも凍えるほどに恐怖している。故にもう手放しはしない。

 

 

例エソレガ 君ノ望ミダトシテモ。

 

 

 

 

 

…

 

 

……

 

 

 

 

「はあ。また全然違う日になっちゃった。私は少年と、あの七日とまったく同じ日々を過ごしたいだけなのになあ」

 

そっと、手を振るうとイエトは綺麗な服の姿に戻る。それまで穢れていた姿が想像だに出来ない程に。彼女の貌にはまた何も、表情は存在しない。ただ人に似た顔があるだけだ。

 

 

「ならしょうがない。『最初から』だ」

 

最初から。その言葉が示す事はつまり一つ。

もう一度。彼らが出会った日々の初めに。

幾度も幾度も繰り返した地獄の最初に。

 

 

「…待ってっ…!げほっ、えほっ…!」

 

 

世界が歪み始めた瞬間に、彼女を止める小さな声。掠れて弱々しいその声はしかし、先程の勇者たちの声よりもよほどイエトの行動を阻害し、耳に届いた。心配の顔が、彼女に浮かぶ。

 

 

「わ、ジエーくん…起きてたの?

それに咳が…無理しないで、寝てなよ!」

 

「おれのことなんかどうでもいい!

…やめてよ、そんな事、するの!」

 

「……へえ。君は、私が何をすると思うの?

それがダメな事だって、いいたい?」

 

 

「わかんないよ!何が起きてるかなんて、おれなんかにはわからない!

けど、だけれど…!

お姉さんが、苦しんでるのはわかるよ!」

 

 

「……」

 

 

そっと、貌から表情が消えた。

ほんの少しだけ残った情が亡くなる音。

笑みも心配も、そっと消えた顔。

いいや、それらも勘違い。消えたわけではない。ただ、もっと救いようのないこと。彼女が向けるそれらの感情はもう、ヒトに理解出来るところにないのだ。ヒトが、読み取れる所にはもう存在しない。

 

きっと、そうだ。別の未来では、新たな眷属を生み共に歩む未来もあったのだろう。別の未来では、力も、心も、彼女が陳腐なまでに人間化する未来もあったのだろう。だけれどこの未来は結局の所。

 

 

「ざぁんねん、少年。

大外れだよ。

私は少しも苦しんでなんかない」

 

 

「私は君と、同じことを何度も何度も繰り返すのがね。楽しくて楽しくて、仕方ないんだ。嬉しくて楽しくて、堪らないんだ」

 

 

「いえと、さ……ッ!ひっ…!」

 

 

ひゅっと、息を呑んで絶望の顔を見せた少年。

そしてそれと対照的に。

イエトは、弾けるような、可憐な笑顔を浮かべた。

怪物の笑み。正気を奪う程、美しい笑顔だった。

そうだ。この未来は結局の所。

怪物はそのまま、怪物のままであった終わり。

 

 

 

そうしてまた時空が歪む。

今度は、今度こそは。

『いつも』が乱れるイレギュラーを消してから。

あのような者達もいない。

目覚める予定もない。

そうして、これらの記憶も少年には無い。

再スタート。

リセット。

もう一度。

回春。

回春。

回春。

回春。

回春。

回春。

回

 

 

 

…………

 

……………

 

………………

 

…………………

 

……………………

 

………………………

 

 

……………アア 

オ父サマ、オ母サマ、ドナタカ。

ボクラハナカヨク。

タッシャニ、クラシテイマス。

ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。

ハヤク、タスケニ………

 

ハヤクタスケニ

 

̶ハ̶ヤ̶ク̶タ̶ス̶ケ̶ニ̶

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎

 

シ

  ワ

⬛︎ア⬛︎セ

 

 

 

 

 

 

…

 

 

……

 

 

 

 

 

ザリザリ…ザリザリザリ………

 

 

脳味噌を雑音が蝕んでいく。

何か大事な事があった筈。

蝸牛が記憶を蝕んでいく。それは果たして本物か?

精神を、魂を心を喰らわれた残響音か。

 

ザリザリ…

ザリザリ、ザリザリ…ザリザリザリ……

 

 

 

 

さあ 私とずっと一緒にいよう

 

 

 

「うわああああああッ!!はぁっ、はあっ…!」

 

 

「どうしたの慈英くん?」

 

「……また、怖い夢見たの?

大丈夫。お姉さんがずっと横にいるから。だから、君は全部忘れてゆっくりして、いいんだよ」

 

「そう。全部忘れて、ね」

 

 

 

 

…

 

……

 

 

 

…嘯いた怪物の貌は、誰にも見えない。

ただあるのは淀んだ瓶底の奥の地獄。

 

 

 






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