明らかにやばめな封印をされている女の人の封を解いたら気に入られる話   作:澱粉麺

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追憶の彼方より

 

 

 

 

…それは、まだ子どもの頃の思い出だ。

幼女であったころの、想い出。

親の急な都合で引越しをしてきてからというもの、周囲に馴染めず、むしろそれを理由に虐められていた。

 

青タンを作りながら、泣きべそをかいて、かといって親に知られては過剰な保護が周りを傷つけてしまうと、知られる訳にもいかず。どうしようもなく人のいない場所を求めて誰もが入るのを厭う山の中に行った。

昔になにがあった、とかの何かしらの理由で、確かに立ち入りは禁じられてはいた。ただそもそも入ろうとするものも居なかった。

故に、行くことにしたのだ。

 

 

否。正確には、行こうとして、行く最中にその中途の崖道を踏み外して行き損ねた、のだが。

 

転んで転がって行った先。それ以上に身体が痛くなることは無いだろうという程に打ちのめされた先に、とっくに人の来なくなった、寂れて、錆びれた場があった。

欠けた鳥居、鬱蒼とした苔蔓が建物らしきものに絡まり合って崩れて、当然の如くそこに人の気配は無い。

 

 

そうだ、無かったというのに。

そのか細い声は聞こえてきた。

確かに、脳に響くように。

 

 

「うわぁっ!…こ、こんにちは。

…こんな辺鄙な場所に、人ってくるんだね。

おれびっくりしちゃったよ」

 

 

お互いに、腰を抜かしかねんほどに驚いて。それでも平静を保って声をかけてきたのはその少年だった。

 

髪色、眼の色ともに虚のように黒く、その服装は甚兵衛のように頼りの無い、すかすかと素肌が覗き見えるもの。靴すら履かない裸足で、舗装もされてる訳がなく枝が至る所から突き出している山中にそぐわない、そぐわな、すぎる格好だった。

 

 

「…うわ、すごい傷だ。

これは、転んできたのと。………

…うん。ごめんな、ちょっとうごかないで」

 

その少年がするりと近づき、頬の青痣に触った瞬間の、若草の匂いを未だに覚えている。全ての痛みが即座に消えた不可思議よりもずっと色濃く。

 

 

「どう?もう、いたくないだろ」

 

ぎこちなく、笑い慣れていないように笑う。

それでもその少年の優しさだけは伝わった。

何が何だかわからずとも、お礼を言って、でも、何故そうしてくれたのかも聞いて。

 

 

「べつに、何か代わりに、なんて言わないよ。ただ…なんていうかな。

おれとそっくりだから、放っておけなかったんだ。

前の、前のおれに。辛かったころのおれに」

 

「だから助かって、少しでも楽になってくれたなら、少しでも君を救えたならそれでおれは嬉しい。

…おれも、ちょっとだけでもあのひとみたいになれたような、誇らしい気持ちになれるんだ」

 

 

そう言って、少年がその傷を治した時のままに、頭をそっと撫でる。

少年、少年の筈なのだ。その声音も小さい肢体もあどけない顔も。だけれど何故か微笑みそうする姿には、背伸びをした少年らしさすらない、落ち着きがあった。

 

「さあ、もう行ったほうがいい。

こんなとこに居てもなににもならないからね」

 

 

じゃあね。癒しを受けたまま、そう優しく言って振る手を背中に浴びながら、その場を去って。

 

 

その日以降、そこに通い詰めた。

その日以降に不思議と、周りが自分に暴力を振るうこともなくなったことも都合が良く、走り回って。

 

初日は山で遭難しかけて、泣きじゃくる姿に慌てて助けに来てくれたという経緯もあり、三回目以降は案内をしてくれるようにしてくれた。毎回、呆れながら。

 

よく、遊んだものだ。

少年は、少年。

名前も互いに知らないまま、野山を駆け回って。

前時代的な遊びだらけを、飽きずに楽しく。

毎日毎日、それが楽しかったから。

 

 

ある日のこと。

すっかり、馴染んだ顔にため息をついていた少年。

 

 

「はぁーっ。きみは、変わった子だね。

またおれなんかに会いにきて…って、あっ」

 

 

それを口にしてから、ばっと口を抑えてしまったというように周りをきょろきょろと見まわしたことが、あった。それを、鮮明に覚えている。

 

 

「…『おれなんか』、って言わないようにしてるんだ。それ、言うと本当に怒るって言われちゃってて」

 

 

誰に?そう聞いた。

 

 

「だいすきなひとに。

おれが、宇宙でいちばんすきなひとだ」

 

 

即座に、答えられて。心の底から嬉しそうに、愛おしそうに言っている姿を見て。

 

この時に、失恋をしたのだ。

そうだ。この場面をくっきりと覚えている理由は、落ち着き払い、どこか可愛らしく、底知れなくてそして優しい。そんなこの少年に恋をしていたから。

その恋が絶対に実らないと、頭の何処かが弾けるように理解をした時だったから。

 

 

だけどそうなってからも毎日毎日、通い続けたのだ。それは、その存在そのものに惹かれたから。俗っぽい言い方をして、明らかにやばめなものと分かっていても。しかしその『少年』に逢い続けるのが心の底から落ち着いたから。

 

 

だけれど、暫くその日常が続いてから、そこに行くことは無くなる。それは、物理的な距離の隔たりによるもの。

ある日、親に山積みにされた荷物を目の前にどすり、と置かれたと思うと。そのまま何も言われずに引っ越しをさせられてしまって、もうこの土地に足を踏み入れることすら、無くなってしまったのだ。

 

曰く、『こんな曰く付きの場所と知っていたなら引っ越してなんてこなかった』『ここは呪われてる』。

 

『おそろしい、おそろしいなにかが、見ている』。

 

子どもだから、何を言ってるかは一つもわからなかった。ただ、もうあの子に逢えないかもというそれだけが悲しくていつまでも泣きべそをかいていた。

 

 

儚げな少年。

あの子に、あいたい。

せめて最後に、お別れを言いたかった。

 

 

 

 

……

 

 

 

…その後の人生は特筆することも無いほど、平凡だった。平凡な土地に戻り住んで、平凡な学生生活を送り平凡に結婚して、孫子を産んで、平凡に年老いて。

 

平凡な、重病に侵され。

平凡に、余命いくばくもないぞと言われて。

ただ特に思い残したことも思いつかないと、そう考えていた時。この、小さな時の思い出が、心の底にへばりついて剥がれていなかった。

 

あの時の若草の匂いが少しも薄れず脳裏に漂ったから。杖を持って、探さないでくださいの書き置きと共にそのまま家を飛び出した。やけに浮遊感があるのは、勘違いではないと冬の外気に身を切りながら。

 

 

その土地の様相は少しずつ変わっていたけれど、山にはまるで手をつけられていなく、杖をつき杖をつき、必死に歩いた最中の風景は、記憶の中で駆けずったまま。

 

その、追憶に微睡んでいたからだろうか。

ずるりと転び、崖道を転がり落ちた。

 

 

…血だらけで、どこもかしこからも激痛が走る。きっともろくなった骨があちらこちらで折れたのだろう。立ち上がる事もできそうに無い。

冬の立ち枯れた殺風景な木々の中、草なども枯葉しかない中で、私はそのまま死ぬのかな、と。

 

 

 

あ、ああ。

 

うめいた。うめき声を、あげた。

それは苦痛や人生の徒労への嘆きではない。

その霞みかけていた視線の先の光景で。

 

 

壊れた鳥居。

青々と、萌えて茂げる、蔓苔。

 

そして、その鳥居の上に座り込んで佇む、姿。

冬の只中というのに、甚兵衛と裸足姿。いつか会った時のように、こっちに手を差し出して、傷に触る。

若草の、匂いがした。

冬の山にはあり得ない匂いが。

 

 

 

 

「ひさしぶり、きみ。

また、会いにきてくれたんだな」

 

 

少年が。

『少年』が、微笑んでいた。

記憶と全く変わらない姿。

追憶の彼方より、そのまま現れたように。

 

 

すっかりと老いさばらえた枯れた腕を取るその手は、恐ろしいほどに、あの時に出会ったあどけない少年のままで。何も変わらない景色のままで頭を撫でて。

あの時と何も変わらないまま、あそぼう、と笑って。

 

 

どうでもいい。もう一度会えたなら、と割り切れたならよかった。でも無駄に歳を重ね、賢しさを覚えてしまった頭はそれだけで処理しきれず。

 

どうしても、聞いてしまった。

あなたは、あなたは一体なんだ、と。

 

 

「おれ?おれは…ジエーっていうんだ。

それがおれの名前だよ。

そういえば、きみの名前もしらないや、おれ。

もしよかったら、教えてほしい」

 

 

そういうことでは、ない。

そう思いながら、そうでなくてもいい。

そう思って、答えを呟いた。

 

 

「うん、きれいな名前だ」

 

 

 

 

「……一応、聞いておくな。

きみが望むなら、きみはこのまま生きられる。勿論それは、おれと同じようなものとして」

 

「どう、だろ。そう、なりたい?」

 

 

一瞬。瞼の裏に、蒼い、蒼い光を感じる。

 

傷の痛みはない。

出血も無い。

だけれど身体は動かず、目は霞むまま。

彼の聞くことはつまり、そういうことだ。

 

だから、目を閉じた。

私は、人として、いたいと。

 

 

 

「そっか。そうだろうなって、思った」

 

「…うん。たのしかったよ。

きみと遊ぶの、おれ、たのしかった。

きみにとってもそうだったら、おれは嬉しい」

 

 

 

すう、蒼い光の感触が消えた。

代わりに残るのは心地のいい虚のような黒。

 

 

「じゃあね」

 

 

 

優しく手を振る感覚を受ける。

追憶の奥へ。奥へと、溶けるように………

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「………」

 

 

「や。どうだった?里帰りは」

 

 

「…うん。たのしかったよ」

 

「そっか。それなら良かった。

…だからそんな顔はやめなよジエーくん」

 

 

「……ん」

 

 

 

ぎゅっ、と抱き合う『二つ』。

それらを数える単位はそれが一番近しいから。

悠久なる刻はそれを刻む事の意味をも忘れていて、故にどれだけそれをしていたかは何にもわからない。

 

 

「…あの日、あの時。実を言うと、『なんでおれなんかをこうしてくれたの』と思ってたんけどさ」

 

「うん」

 

 

「少しだけ、気持ちが分かった気がするよ。

…すごく、寂しいね」

 

 

「私のは、そんな安っぽいセンチメンタリズムじゃなかったんだけどなー。

…でも、そうだね。あの時キミをこうしようと思った気持ちはつまり、結局、そういうことなのかも」

 

 

口付けを、した。

空と虚を埋め込むように、それぞれの二つの構成する要素が埋め合うように、濃密に、深く淑やかに。理解をできないほど、グロテスクに交じり合う。

 

 

 

「ねーえ。ジエーくん。

ずっと、約束してね。

私を絶対に、どこにも置いていかないで」

 

 

「うん。

代わりに、イエトさんも約束して。

おれと、ずっと、ずっと一緒にいて。

せかいがほろびても、宇宙がこわれても。

おれと、あなたで、ずっと……」

 

 

 

約束。

約束。

呪いのような、祝福のような。

その指切りは、追憶から彼女たちを呪うように。

因果をいまだに縛るように、結んでいる。

二度とほどかれることはないように。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

……ざあああああ……

 

 

 

「──先月、某山中にて、行方不明になっていた◻️◻️さんの死体が見つかった事件についてですが─」

 

「『探さないでほしい』などの書き置きがあったこともあり、自殺との方向で操作を進めており──

…引き続き、事件性の有無についての捜査を行う予定です─」

 

 

「………」

 

 

 

…………ぷつん………

 

 

 

 




人外ものはお姉さんとショタじじいで二度美味しい
私の好きな言葉です
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