黒川あかねはただの女優   作:釜飯喰らい

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偽りの私

その後私は警察の厄介となり、母も今回の事件のことについて知った。

今ガチメンバー全員が私のことを心配して警察署にきてくれて、私は彼らに背中を押されてまたあそこに戻ることを誓った。

 

私の自殺未遂の件はメディアにも取り上げられ多くの人の注目を浴びているが、誹謗中傷が止んだわけでもなく事務所からしばらく休むようにと無期限休養を言い渡され、学校もしばらくの間休むことになった。

 

でも私は自分のことよりもアクアくんのことについて気になっていた。

「(彼は台風の中私を探してくれるほど優しいのに、その目の奥には恨みや罪悪感で溢れてる。何か辛い過去でもあったのかな。。。)」

私はこの炎上事件で彼の心が垣間見えた気がした。彼のことを私が理解出来なかったのはその幾重にも張り巡らされた演技のせいでもあるが、彼の芯の周りに私が理解したことがなかった感情。強い罪悪感や自殺念慮に近いものが渦巻いていたからだった。

「(なんとか彼を救えないかなぁ。まぁ私もそういえるほど良い状況じゃないんだけど)」

今ガチメンバーで撮った写真を眺めながら私は眠りに落ちた。

 

 

 

その動画があげられたのは3日後のことだった。

1時間越えの長い動画だった。そこにはいつもの今ガチメンバーの光景が映され、そこには私の姿もしっかりと映されていた。

「みんな私のために作ってくれたのかな・・・こんなに長い動画を私のために・・・」

しっかり見なきゃいけないはずなのに視界がぼやけて一時停止と巻き戻しを繰り返した。

結局私は3時間かけその動画を見終え、ゆっくりと目を閉じた。その日はいつもよりもぐっすり眠れた気がした。

 

 

 

 

 

 

翌日私は今ガチの楽屋に向かった。そこは撮影がなくとも今ガチメンバーの誰かはいるくらい私たちの居場所の一つになっていた。

「あっ あかね!!」

MEMちょが私に気付き声をかける。

ユキちゃんも私に気づいたようで駆け寄ってくる。

私は今は元気であること、次回の収録には復帰することを彼女達に伝えた。

「よかったぁ。あかねがやめちゃうかと思って心配だったんだよぉ」

MEMちょは心底嬉しそうに私に微笑みかける。

「あかねもさ。これからはもっとキャラ付けした方が良いんじゃない?やっぱりそっちの方がダメージ少ないし」

彼女は頭の後ろに腕を組みながらそう続ける。

「そうだな。何かしら演じていたらその「役」が鎧となる。素の自分を曝け出しても傷つくだけ」

ポーカーフェイスを崩さず彼が横から口を出す。多分根はバカ優しいんだろうなぁ。

「アクアくんはさ。どんな女の子が好みなの?」

なんとなく聞いてみた。

「は?いきなりなんだよ」

彼は少し目を見開いて私を見つめる。私がこんなことを言うのが意外だったのだろうか?

「どんな女の子が求められてるのか私分からなくてさ。アクアくんの理想の女性像で大丈夫だよ」

とりあえず弁解するように続ける。

彼は少し悩んだ後不意に口に出す。

「顔の良い女」

最悪だ。アクアくんってそう言うキャラだっけ?MEMちょとユキちゃんも彼を責め立てる。

彼は仕方がなさそうに続ける。

「太陽みたいな笑顔  完璧なパフォーマンス 

 まるで無敵に思える言動 吸い寄せられる天性の瞳」

抽象的で難しい。とりあえずメモをするが具体的にどういう人物なのか分からない。

悩んでいるとMEMちょが思いついたように話す。

「B小町のアイみたいな?」

聞いたことがある。確か私が幼稚園くらいの頃殺されてしまったアイドルの人だ。当時はずいぶん世間を騒がせた気がする。

彼は少し驚いたようにそれを肯定する。

「アクアくんの好みの女の子やってみるね」

そう私は言い残しその場を去った。

 

 

 

 

 

 

私は家に帰るとB小町のアイの映る映像作品を片っ端から集め始めた。

幸い彼女の出演する映像作品は少なくなく映画賞にノミネートされた作品や主演を演じたものもあった。

「(なるほどなぁ)」

彼女についてなんとなく分かった気がする。アクアくんと同じで何重にも嘘が重ねられているがその本質は承認欲求、いや的確には「愛してほしい」という感情だ。

彼女の引き込まれる瞳は嘘を本当に思わせるものからだろう。本質的には役者である私と同じだ。

 

彼女の仕草、言動を繰り返し見て同じように自分を動かす。まるで彼女に操られているかのように。

 

 

「アクア愛してる」

なんとなく口に出してみた。愛を知らない彼女がこんなことを言うだろうか。だけど彼女ならなんとなく言いそうだ。YouTubeの彼女の数本の動画を見ながら私は思った。

 

「(私はアクアくんのことどう思ってるんだろ)」

ふと自分の感情にも疑問符がつく。私のそれは恋だとか軽いものではない気がする。なにしろ彼は命の恩人なのだから。

かといって愛とも言えない気がする。私は彼について殆どわからないし。

「(結局恋愛ってなんなんだろうなぁ)」

当初の目的を私は全く達成出来てないことに項垂れパソコンを閉じようとする。しかしふと関連動画に彼女がいるのが見える。

「かなちゃん。。。。?」

何故だかよく分からないがヒヨコのマスクを被った彼女が1時間踊る動画がそこにあった。

かなちゃんともう一人。私と同じくらいの年齢の子も頑張って踊っている。ただひたすらにそれだけの動画。そこそこキツイ体勢を取らされ踊っている彼女たち。再生数は良いがコメント欄は酷いことになってしまっている。

「(かなちゃん・・・そこまで落ちちゃったんだ・・・」

私は悲しみとも失望とも言えない目で彼女たちを見つめる。

1時間を踊り終え彼女たちはマスクを外す。

「有馬かな!!自称アイドルです!!こんにちは!!」

上気した彼女の顔が映し出される。

「(んふふふ・・・かなちゃんかわい)」

いけないいけない。他人に見せてはいけないオタクの顔をしていた気がする。

もう一人もマスクを外し自己紹介をする。

「苺プロ所属・・・星野ルビー・・・自称アイドルです!」

金髪を汗で濡らし、顔を紅葉させた彼女は確かにそういった。

「(星野。。。?それに金髪。所属もアクアくんと同じで苺プロ。確かアクアくんには妹さんが居たような。。)」

画面の彼らは私の今の心境など知る由もなくさらに続ける。

「2人のユニット名とかあるの?」

 

えっとじゃあ私達の名前は・・・

       『B小町』!!!!!」

 

 

『B小町』!?アイが所属していたアイドルグループ!!それをアクアくんの妹が復活させた?

 

そもそもなぜ彼らはこんなアイドルを知っているのだろうか。彼らにアイとの接点があった?

 

そこでふとアイが出演した映画のデビュー作を思い出す。

「(かなちゃんの隣にいた男の子。今とは全然違ってもっと元気だったけど、アクアくんと同じ性格をしている気がした。。。)」

急いでスタッフロールを見返す。そこには確かに彼が出演している。

 

彼の罪悪感にはアイが関連している。。?

13年も前のことを未だに。。。。

 

今度は私が彼を救わなきゃ。

そう決心し、私はパソコンを閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

カメラが回る。

私たちのもう一つの日常を撮る。

だけどそこにいるのはもう私じゃない。『アイ』を演じる私。

彼女がどんな人がタイプでどんな食べ物が好きかなんて私にはわからない。

だけど彼女の心の中はなんとなくわかる。

「愛したい」「愛してほしい」

それを私はアクアくんに向けるだけ。

 

「行くぞ」

いつも仮面を被っている彼が声をかける。変に悪ぶってるけど根は優しいんだよね。

私は

「そうだねアクア!」

彼女の声に

「ふぁぁ〜眠いんだよねー収録早すぎてさ」

彼女の抑揚に

「テヘッ⭐︎」

彼女の発言に極限まで似せる。

彼女のしそうな仕草、しそうな息遣い。

私に彼女の理解なんてこれっぽっちも出来ない。だけどそんなことする必要はない。ただ彼女を演じれば良い。

彼は驚いたような顔をして私をみる。

彼は十数年間待ち望んだ光景を目にしたような、苦悩にまみれた日々を解放させたかのようなそんな表情。

 

ごめんねアクアくん。私は彼女を演じてるだけ。だけどそれでアクアくんが解放されるなら私はずっとアクアくんのそばにいるよ。

 

「ア・・・あかね?」

「アクアどうしたの?幽霊とか見たような顔して」

本当にアイの幽霊になってしまえれば彼のことを救えるのに、私にはそれは出来ない。私はただ彼女を演じてるだけ。

 

「あかね!おかえり!」

MEMちょを先頭にみんなが駆け寄ってくる。

「みんな待たせてごめんね」

私の感情を彼女のフィルターを通して喋る

「ほんとだよぉ待ってたぞぉ」

「また楽しくやろうね」

ここは本当にあったかいみんな優しくしてくれる。

「なんか元気そうでよかったけれど、もう大丈夫なのか?」

正直に言うとまだ心残りはある。まだネットを見るのは怖い。でも彼女が言いそうなことは

「えっ何が?」

彼女はどんな苦しみも悲しみも表に出さない。だからこそ無敵と呼ばれる。私はただ彼女を演じる。

 

 

 

 

 

アイを演じてから全てが楽になった。もちろん自分を隠したお陰でもあるのだけど、彼女が言いそうなこと。やりそうなこと。はどれも前向きで無敵であったから。

そして彼女には視線を向けざるを得ない不思議な引力があった。私は彼女を演じるだけでメンバーのみんな、スタッフのみんなを惹きつけた。

 

「聞いたよ。あの動画アクアが作ってくれたって。嬉しかったな ありがとうアクア」

私の感情を彼女の声に乗せる。

アクアくんはポーカーフェイスを頑張って保とうとしているが手は震えている。

彼は椅子に座り視界から私を外す。

 

「ねぇアクたん、そこのポーチとって?」

MEMちょが揶揄うように彼に話しかける。きっと先ほどからいつもと違うアクアくんをためそうとしているのだろう。彼は「自分で取れよ」なんて言いながら動こうとしない。確かにいつものアクアくんらしくない。

私も彼女に乗ってみる。

「良いじゃんそれくらいとってあげなよ?」

私がそういうと彼はすんなりとポーチを渡した。

「ほらあかねにだけなんか素直!!」

MEMちょが喚く。きっと彼が好きなのは私じゃなくて、私が演じる彼女なのだろうけど。

「ほらほら好きなんか〜」

「こういうあかねが好きなんか〜」

彼女たちは私たちを近づける。覗き込んだ彼の顔は紅潮し、少年時代の彼のようであった。

「マジ・・・やめ・・・」

そう呟きながら彼は教室を出た。

「あかね!どうするどうする!?

これガチでガチの奴あるよ!?」

「どうするどうする!?」

彼女たちはそう喚いているが、実際アクアくんのあの表情は私の今抱いている好意とはまた違ったものだろう。

でももし私を見てくれるなら。

そんなことを想像してしまって彼女の演技が途切れてしまう。

「ど・・・どうしたら良いのかなぁ」

「「あっいつものあかねに戻っちゃった!!」」

「えっあかね的にガチで来たらガチで返すの!?」

「マジで来たらマジで返すの?」

多分アクアくんから来ることはないだろう。それに来たとしてもそういうものではないような気がする。

でも「ありかなしかで言ったら・・・ある」

「「面白くなってきたー!!」」

 

その後も私はアイの演技をして話しかけ続けた。その時の彼はいつもより安らいでいた気がする。多分私への好意はあまりないのだろうけど、彼が幸せなら私も嬉しい。

番組側としても私たちを大きく取り上げ始め、世間ではアクあかとして私たちに注目し始めた。

クラスのみんなも私に話かけるようになってきた。だけど結局あれはアイさんの演技をした私が人気なだけでそれで人気になってしまって良いのかとも思う。だけど何故だかアイさんなら「いいよいいよそんなこと!!」なんてとぼけた顔で言いそうな気もする。

「(まぁアクアくんが幸せならそれでいいか)」

教室から夕日を眺めながら私はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ撮影も終わりかぁ寂しいなぁ。

アクアくんの言う通りのキャラ付けしたら人気もかなり出て助かったよ。ありがとう」

アクアくんと離れるのが悲しい気持ちを押し殺しながら彼に感謝を伝える。

「アイの演技・・・いや役作りか。まるで夢を・・・本物を見てる気分だった。いったいどうやってるんだ?」

彼は私から目線を外しながら質問する。

「どうやってると聞かれると難しいな。演技をしてる人ってどこを隠そうとしてるのか。どこを強調しようとしてるのかでなんとなくその人の人柄が見えてくるんだ。アイさんはいつも演技をしてる人だったから分かりやすかったんだ」

ふーんそうなのかと彼は少し期待外れのような顔をする。

私は続けて本題に切り込む。

「それでねアクアくん。アクアくんも自分こと隠してるでしょ?だからなんとなくアクアくんの気持ちが理解出来るんだ。まぁあくまで私の気持ちの拡大だからピッタリに当てはまるかはわからないけどね」

彼は少し驚いたようにこちらを見つめる。自分の気持ちが他者にバレてると思わなかったのだろう。

「罪悪感かな。。。特にアイさんに向けてアクアくんは強い罪悪感を感じてる・・・

ねぇアクアくんとアイさんってどういう関係なの?なんでアクアくんはそんなに苦しそうに生きてるの?私にだったらアクアくんが抱えてるもの吐き出していいよ」

 

「あかね・・・俺は・・・」

彼は一瞬戸惑った顔を浮かべた後、

苦痛に悶えた表情を浮かべ壁にもたれかかった。

「アクアくん!!!」

彼は尋常では汗をかき、呼吸も整っていない。

典型的なパニック発作だ。

 

どうしよう。アクアくんを助けようとしたのに・・・・・・私はアクアくんのことを傷つけてしまった。数々の誹謗中傷を思い出してしまう。

私はただ泣きながら彼の背中をさすることしかできない。

「アクア!」「アクたん!」「あっくん!」「どうしたアクア!」「アクアくん」

みんなが近寄る。

「今日の撮影は中止!中止!」

外でスタッフさんも騒いでいる。

私はまたみんなに迷惑をかけた。私のせいで。。。

でも彼は泣いている私を見て

「・・・大丈夫。あかねのせいじゃない」

と小さな声で囁く。

 

本当にアクアくんは優しい・・・優しすぎるよ・・・

 

 

彼の状態を第一に今日の撮影は中止。来週に持ち込むことになった。

 

「じゃあ星野くん。何かあったらすぐ言ってね。まだ保護者さんの方には伝えてないけど、大丈夫?」

「大丈夫です。家族には迷惑かけたくないので」彼は弱弱しい声で答える。

「じゃあ黒川さん彼をよろしくね」

そう言って私たちは2人撮影場所を出た。

 

「アクアくん本当に大丈夫?」

「俺の方はもう大丈夫だ。それよりあかねそんな顔をするな。今回のは完全に俺が悪い」

お母さんの車が車で私たちは真っ昼間の公園のベンチで話す。

「あっお母さん!コッチ」

お母さんの車が見えたので手を振る。お母さんは私たちの座るベンチの近くに車を停める。

「大丈夫アクアくん?立てる?」

彼に肩を貸しながら車に乗せる。

「星野くん大丈夫?ごめんねうちの娘が迷惑かけちゃって」

お母さんは運転しながら声をかける。

「いえあかねさんのせいでは・・・それよりすみません。車出して貰ってしまって」

「良いのよ、そんなこと。それよりアクアくんの家ってどこら辺?それとも家じゃない方がいい?」

「それなら・・・〇〇町のコンビニを右に曲がったところにある黒い屋根の一戸建てのところに行ってもらえますか?五反田って表札がかかってる」

「分かったわ。まぁ私が居ないと思ってゆっくりあかねと話してて良いわよ。ここから20分近くかかるし」

「すみません。お気遣いありがとうございます」

それからの私たちの会話は・・・あまり弾まなかった。母がいるのもあるし、さっきのこともあるからアイの演技をするのも憚られた。元々人見知りの私とあまり人と関わるのが得意そうではない彼の間で何を話せばいいのかよくわからなかったのだ。

でもある話題だけ盛り上がった。「かなちゃん」についてのことだ。世間ではカップル目前と言われている私たちが他の女で盛り上がってるのはおかしなことだと思うが、それほど私も彼もかなちゃんのことが好きだった。

「ついたわよ。ごめん星野くんあかねも迷惑にならないんだったら連れて行ってもらっていい?ちょっとこれから仕事だから・・・」

「大丈夫ですよ。監督は優しいですから」

「ありがとね星野くん。じゃああかね5時ごろには迎えに来れると思うから連絡ちょうだいね」

「分かったお母さん。じゃあまたね」

そう言って私たちは車から降り、五反田監督の家に入った。

 

 

 

彼女に見られているとも知らずに。

 

「あれってアクア!?と隣に居るのは黒川あかね!?なんで一緒に監督の家に入ってるのよ!!!」

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