「えっと、お噂はかねがね」
「あ、ああ。そっちも頑張ってるみたいだな」
「……酒、飲む?」
「い、いただこうだぜ」
この2年間、ガゼルの噂は本当にいろいろ聞いてきた。
俺の活動地域が現在ヨーロッパ大陸に集中しているのに対して、ガゼルは地球でいうアメリカ大陸やアジア地方で活動しているらしい。
あっちの方で国を落としたとか、民族を粛清したとか物騒な話に事欠かない。
ガゼルは小心者なので、きっと日頃の心労を癒やすべくアッサラームに立ち寄って推し活をしているのだろう。
ちょっと休息を欲して立ち寄った俺達とタイミングかぶっちゃうのなんなん。
「おや、お知り合いですかな?」
エルマン氏が柔和な笑みで「紹介しろ」と圧をかけてきた。
おいおい人の心がない選手権代表のエルマン氏と、人の心を捨てきれない半端者の闇の勇者ガゼル。
こいつらをかけ合わせたらどうなるんだ。どうなっちゃうんだ。
「こちら、魔王軍幹部にして闇の勇者ガゼルです」
「ちょ、おまっ」
焦るガゼル。
かまへんかまへん! やったれやったれ!
混ぜるな危険? そんなの混ぜてみなけりゃわかんねーだろ!
「こちら、商人ギルドのギルドマスター、エルマン氏だ。クレムリン宮殿から原子力空母まで、金さえ出せば売買する魔族よりやべー人だ」
「はっはっは。お初にお目にかかりまります、闇の勇者殿」
「あ、ああ。……魔族よりやばいって言われて否定しなかったぞこの人……」
笑顔で握手をする二人。
ガエルの方の笑顔は引きつってるけど。
「さっそくですが、魔王軍でご入用な物はございませんか? ぜひ我々でお手伝いいたしましょう」
「おいおいなんだこのオッサン、普通に人類裏切り始めたぞ!?」
困惑するガゼル。
「てめえ、俺達は敵だぞ!? なに日和って仲良くしようとしてるんだよ!? ふざけんな、今からでも―――」
「やめておけ」
俺は冷たい声でぴしゃりと制止する。
「勇者同士の戦いなんて町中でしたら、どれだけ被害が出ると思っている」
「そんなこと、俺には関係……」
「貴様! ビビアンちゃんを巻き込む気かッ!?」
俺の一喝に、ガゼルはしなしなと浮かせかけた腰を降ろした。
「―――そう、だな。いいだろう。今は鉾をおさめてやる」
「うむ」
目の前を妖艶に踊る娘が通過した。
「ビビアンちゃあああぁぁぁん!! 好きだー!!!」
「ビビアンちゃあああぁぁぁん!! 愛してるー!!!」
「はっはっは」
腹からの歓声を上げ、ビビアンちゃんを見送る。
「―――俺もこの2年間、何もしていなかったわけじゃない。魔族の目的について調査したぞ」
「ほう? それで、結論は出たのか?」
「いいや、さっぱり」
俺は肩を竦めた。
「てっきり魔族がネクロゴンドの土地に移民してくるのかと思ったけど、そんな様子もない。お前が2年前に言っていた、『大地をルビスに奪われ流浪の民となった哀れな魔族』という言葉もピンとこない。そも、この場合の『大地』ってのはどこのことだ? 地下か?」
「地下世界のことは普通に知ってるのな……」
呆れた様子のガゼル。
知ってますとも、原作知識で。
「俺、というかイシスが魔王軍と密貿易をしているのは知ってるだろ?」
「ああ、それがどうした?」
「あれは魔王軍にとってイシスが必要な存在だと思わせる為の小細工だけど、それ以外にも使いみちがある。魔王軍内部の『需要』を探ることで、その内情を探ろうっていうスパイ活動だ」
「……そんな数字の変動だけで、敵対する軍隊の内情なんて見えてくるのか?」
「見えてくるんだな、これが」
いや俺が偉そうなことを言えるわけじゃないけど、見えてくるものはある。
「吸血鬼のキューレは『好き好んで戦争するやつはいない』と言っていた。国家が戦争に踏み切る理由は2つ、国民生活が困窮するほど行き詰まってるか、指導者がキチガイかだ」
後者については理屈が通じないのでさておいて、現実的なのは前者だ。
国民の困窮。これを理由に戦争が始まる事例は多い。
「魔王軍、というか魔族って食糧難だろ。その解決を戦争に頼るくらいに。だが食糧難を殺戮で解決しようってのもおかしな話だ。他国の人間を殺し回ったところで、自国の食料流通が増えるわけじゃない」
軍隊だけを無力化して占領、食料を摘発するならわかる。
なぜ国家を非戦闘員ごと皆殺しにしたのか、これがわからない。
「それこそ魔族らしく人間を直接食べるのかとも思ったが……」
「お前は魔族をなんだと思ってるんだ……」
「そう、魔族は人間を食べられない。少なくとも好き好んで食べたいとは考えていないはずだ」
根拠なんてない。強いていえば、勘だ。
これまで俺が話した魔族は、みな人間に等しい知性を持っていた。
それだけの思慮を持っていれば、普通は見た目が近い生物を食用とすることに抵抗を覚えるものだ。
「最近の漫画やアニメ……ええっと、物語では人間に対して根本的に価値観が異なり殺害に抵抗がない異種族が描かれることも多い。けど、あれっておかしな描写なんだよ」
「へえ? 俺はそういった物語に詳しくはないけど、なんでおかしいと思ったんだ?」
「他者を捕食するのは強者の道理、っていうのは生物学における弱肉強食の理屈だ。けど、実際はこれは間違いなんだ。実際世の中には弱者だっている。弱者の生存が許容されているのが生物の道理だ。弱くとも環境に適応できれば生存できる、この考えを適者生存という」
強くなければ生き残れない、優しくなければ生きる資格がない。
常に切れたナイフのように他者を攻撃し続ける奴が、ここまで生き残れるわけがないのだ。
「魔族は現代まで生き延びている。だから、彼らもまた生きる資格を得られる、優しさもある生物なんだろう」
「よくわからん理屈だが、まあそうだな。俺の私見としても、魔族はけっして人間の肉を貪るような存在じゃない」
おかしそうにガゼルは笑った。
「そうだな。お前にも、彼らの窮地を教えてやろう。お前の優しさが剣を鈍らせるかもしれないからな」
こいつかわいくないぞ。