「もともと、地下世界は魔族の世界だった。彼らは独自の技術を研鑽し、地上とは関わりなく繁栄していた」
目の前を妖艶に踊る娘が通過した。
「ビビアンちゃあああぁぁぁん!! 一番好きだー!!!!」
「ビビアンちゃあああぁぁぁん!! 誰よりも愛してるー!!!!」
「はっはっはっは」
腹からの歓声を上げ、ビビアンちゃんを見送る。
「……だがある時、地下世界の一画、アレフガルドと呼ばれる地域に異変がおきた。光が溢れ、魔力が満ちて、生物に活力が溢れ……」
「いいことじゃん」
「地上の人間にとってはな。だが、地下に住んでた魔族にとってはそれは毒だった」
地下が地上化したってことだろうか?
「いやでも、魔族も普通に地上世界で活動してるじゃん。毒の中で活動してるのか?」
「あー、いや、生存には影響しない。ただ、魔法が使えなくなる毒なんだ」
「魔法? 使ってるぞ、魔族だって魔法は普通に」
「俺は地上世界出身だからよくわからんが、地下世界には地下世界特有の魔法があるそうだ。それはとても便利なんだが、地上の環境では使えないらしい」
魔族特有の魔法か。てきのわざ、みたいなものだろうか。
そんなの見たことないけどな、と思ったけど、地上じゃ使えないなら見たことなくて当然だ。
「とにかく、突然世界の一地方が毒の沼地みたいになったんだ、そりゃもう大混乱だったらしい」
ドラクエ3の地下世界は終盤で行ける別の世界だ。今でこそドラクエ3に地下世界があることは有名だが、発売当時は情報が伏せられていたために、プレイヤーはかなり衝撃を受けたらしい。
俺は原作ゲームの世界地図を思い浮かべた。
ドラクエ3の地下世界と一言でいっても、更にドラクエ1バージョンとドラクエ2バージョンの2つがある。
ドラクエ1の世界地図はドラクエ2の世界地図に内包されており、作中においてもドラクエ1のラストで「王様なんてやってられるか! 俺は海を渡って別の土地に行くぜ!」みたいな終わり方なので、たぶん1の時点でも普通に海の向こうには2の世界が広がっていたと思われる。
つまり、ドラクエ1の世界は地下世界の1地方、アジアやヨーロッパを旅しましたレベルの規模感となる。
「地下世界ってこんな感じ?」
俺は手帳にサラサラと地図を書いた。
現実世界をモデルにしてる地上世界と違って、地下世界はゲームオリジナルの地形だからうろ覚え。
まあだいたいあってるだろう、という感じの出来だけど、おおよその形はわかるだろう。
「……これはアレフガルド地方の地図だな。異変がおきて、住人が避難している地帯だ」
「ふーん。なるほど。この広さが毒の沼地になったんなら、そりゃ大惨事だな」
「それはもう、な。避難民は1億人にも達するそうだ」
思ったより多い。
いつだったかルナリアが言っていたが、地上世界の世界人口はおおよそ5億人くらいらしい。
戸籍制度が適当な世界なので正確な数字ではないけど、俺の印象でもさほどおおきく間違った数字ではないと思う。
「地下世界の総人口ってどれくらいなんだ?」
「確か20億人くらいだったはずだが」
俺はため息をついた。
地上より多いじゃん。
「魔王軍側って、相当手加減しているというか、やる気がないんだな」
5000万人殺戮をしておいてやる気がないというのも妙な言いようだけど、俺の考えもそう間違ってはいないと思う。
「戦争ってのは、数が多い方が強い」
「当たり前だろそんなの。なにいってんだ、馬鹿じゃないのか」
俺はガゼルを殴った。
不戦協定を結んでおきながら攻撃した俺に対して、ガゼルがびっくりしているが知らん。
なんかむかついた。
「世の中には、大国ほど物量作戦に頼りがちとか、小国のほうが技術力に優れているとか勘違いしているやつも多い。けどそれは間違いだ。世の中強いやつの方が強くて、時間が経つほどにより強くなる。そういうものだ」
大国のほうが戦術的に洗練されてるし、技術的にも優れている。
技術面での優勢は誰もがピンとくるだろう。大国のほうが優れた兵器を揃えられるのは当然だ。
戦術的な優勢については、それこそデータ量の違いから得られる成果だ。
オペレーションズリサーチという手法がある。膨大なデータを数理的、統計的に分析して意思決定に反映する手法だ。
軍隊のみならず、昨今では民間企業でも使用されているデータ分析手法である。
アメリカ軍はもちろんロシア軍だって、この手法を駆使して戦術を日々最新バージョンに更新し続けている。
大国の戦術が大雑把なんて迷信だ。大国ほど、緻密で個人に依存しない戦術を持っているのだ。
まあ、その緻密な戦術を政治家や指導者がめちゃくちゃにするのもテンプレなのだけど。
とにかく、ソフト面でもハード面でも強い上に、数でも勝る。それが小国と大国の戦争というもの。
俺はてっきり地下世界の方が人口が少ないせいで、地上を攻めあぐねているのだと思っていた。
「それは個人単位でも同じだ。俺はてっきり魔族が強いのは魔族という種族だからだと思っていたが、単純に母数が多く、魔法技術、軍事技術が進んでいるからってのもあるんだろうな」
なにせ単純に人口が4倍だ。
地上世界に勇者が1人いるとすれば、地下世界には勇者が4人いる計算だ。
勇者が主人公ならば、彼は四天王感覚で同格の相手に勝ち続けなければならないのだ。
もちろんそれは四天王がバラバラに襲ってきたらの話。
「魔導将軍スゴイマホーがやられたか」
「ヤツは四天王の中でも最弱、四天王の面汚しよ」
「かといってこれ以上の消耗はよろしくない」
「うむ。次は我々3人で一気に挑むぞ」
となるかもしれない。
俺ならそうする。誰だってそうする。
「というか20億人の人口に対して1億人の難民か……よく受け入れられたな」
「まったく受け入れられてない。地下世界は今、超重税で世紀末状態だ」
「だろうね!」
地球でいえば、日本国民が全員難民になるようなものだ。
昔そんな日本列島が沈没する映画があったけど、現実的に考えれば映画放映当時の世界人口40億人の国々が、1億人の難民を受け入れられるはずがない。
間違いなく紛争を超えて、戦争が始まる。
「地下世界で争いに至ったのか?」
「いや、だいぶ不景気になったそうだが、勢力が分裂しての争いは起こらなかった」
「すげえ。どんな政策打てば20人に1人の難民を受け入れられたんだよ」
「魔王の強権でなんとか抑え込んだんだと」
「すげえ。絶対王政がいい方向で機能したな」
民主主義だったら絶対グダグダの果てになあなあの対応で死者出てた。
「だがアレフガルドの一帯は穀倉地帯だったらしくて、地下世界は致命的な食糧危機に陥ったそうだ」
「すげえ! それでよく戦争にならなかったな!?」
俺が地下世界の指導者だったら首くくるか夜逃げするレベルの状態だ。
ひょっとして魔王ゾーマったら、今頃胃痛に苦しんでるんじゃないだろうか。
「魔王、っていうか、そのなんだ、お前その辺も知ってるのか?」
「ん? 大魔王ゾーマのことか?」
「魔王軍の内情バレバレ過ぎるだろ……その大魔王ゾーマも当然調査をして、結論に至った。どうにも地上を支配する精霊神ルビスの影響が地下世界に及び始めているんだって」
「あー」
ルビスは確か、原作ゲームでも地下世界を創造したとかなんとか言ってた。
それが地下世界の原住民、魔族の穀倉地帯を奪ってのことであれば……
「そりゃ戦争するわ」
地下世界の魔族ブチギレ案件だ。
怒る。絶対怒る。ガンジーだってブチギレて核弾頭打ち込むレベル案件だ。
「でも魔王軍はネクロゴンド帝国を皆殺しにしてる。食糧難だっていうなら、やっぱ食料を徴発すべきじゃ? あ、魔族は人間と食べるものが違うのか?」
「魔族だって生き物だし、食べ物は変わらないと思うぞ。少なくとも四天王の奴らが変なものを食べてるところは見たことがない」
いるのか、四天王。
やっぱ5人いるのかな。
「精霊神ルビスは、地上の人間が増えすぎてこれ以上住めないと判断したらしい。だから地下世界を開拓、移民させる為に地下世界を地上化した。大魔王ゾーマはそう判断した」
俺のこれまでの経験上この世界は地球とほぼ同じ大きさだ。たった5億人しか住めないなんてことはないと思う。
この世界には魔物がいるから、これ以上人間の生存領域を増やせないという判断なのだろうか。
まあ、ここまで聞けば俺もおおよそ魔王軍の思惑が見えてきた。
「大魔王ゾーマは決断した。地上の人間を間引くことを」
「手段じゃなくて、殺戮自体が目的だったわけか」
「5000万人殺すことでルビスの地下侵攻を食い止めて、20億人を救う。それが、魔王軍の戦略目的だ」
必要とあらば損得勘定で小をばっさり切り捨てるの、まさに絶対王政の魔王様って感じ。