バクダの研究室は書類だらけだった。
模型の一つもなく、数字と文字羅列が続く紙が積み重なっている。
「招待しておいてなんだが、面白みのない研究室ですまんな」
バクダはバツが悪そうに後頭部をかいた。
もっとバツを悪くすべき点があるのではなかろうか。
部外者を人体実験でノーロープバンジーさせたこととか。
「なんだいこりゃあ、まったく意味がわからんさね」
無数の数式を前に、女海賊シャキアが思考停止した表情で理解を放棄している。
他の仲間達も研究室の殺風景さに困惑していたが、俺としてはバクダについて評価を改める部分もあった。
「ずいぶんとしっかり基礎研究してるんだな」
「うむ。飛行機械はあまりに繊細だ、すべてを数字で導き出す以外にない。他の研究者は模型などを先に作ったりしているようだが……」
「いや、それでいい。それでいいんだ」
高望みして模型や実機を作ったりせず、基礎研究から進める姿勢は好感が持てる。
「航空機は発明するものではない。開発するものなんだ」
「勇者様? お疲れですかぁ?」
しみじみと持論を語ると、ソニアが俺の頭を撫でた。
普段騒がしい彼女がガチで慈しんでくるのがしんどい。
本気で心配されてる。なんですかなんなんですか。
「いやいやいや、航空機てのは基礎原理というか、アイディアは昔から存在してるんだよ。ただ実際に飛べないだけで」
航空機は軽航空機(気球や飛行船)と重航空機(飛行機やヘリ、あるいはロケット)に二分されるが、これらは全て古代人が既に原理を思い付いている。
思い付いておきながら、近代に至るまで実現できなかった。そういう部類の技術なのだ。
「とにかくあらゆる要素で正解を選ばないと航空機ってのは飛ばないんだ。間違いが一つでもあると落っこちる。さっきみたいにな!」
航空機は超複雑なヤジロベエだ。一つでも崩れると飛べなくなる。
気球や翼が飛ぶ、なんてことは子供だって知っている。
小さな模型レベルであれば、素人でも飛ばすことができる。
研究の果てに航空機が完成することは、誰でも予想できた。
だが、それを実現するまでが長かったのだ。
「黎明期の個人飛行家なんて、マジでカンとセンスで作ってた。それと比べて、バクダ氏はちゃんと計算してるんだから偉い」
初期の試作飛行機が羽ばたき飛行機であることは、まさにその典型例だ。
鳥は飛行機械として理想形ではない。
そのことに気付き、全てを洗い直して飛行機械を作り上げた兄弟こそが、ライト兄弟だった。
ライト兄弟が作り上げた世界初の実用飛行機ライトフライヤー1号は、まったく鳥とは異なる外見だった。
飛行機は鳥より大きい。
飛行機は羽ばたきではなくプロペラで前進する。
飛行機の翼は鳥の翼のようにしなやかに曲がらない。
鳥と飛行機は問いが違う。だから、答えも違うのだ。
「だがバクダ氏にも、漠然としたものでも『こういうもの』っていう完成形のイメージはあるんだろう?」
「むっ? それがのう、考えれば考えるほどに迷走してしまうのだ。こんなものを衆人環視に晒すのも恥ずかしいのだが……」
そういって、バクダ氏は『飛行機械概略図案』とラベルが貼られたノートを見せてくれた。
……さらっと大学ノートみたいな白い紙が出てくるあたり、この町の技術レベルの高さがヤバイ。
そして無造作に開いたページに書かれていた『前世のわし』という項目もヤバイ。
「名前 焔
身長 173センチ
髪色 赤いメッシュが混ざった漆黒の黒髪
瞳の色 朱と黒のオッドアイ
服装 紋章が刻まれたロングコート
性格 クールで他者を寄せ付けないが胸に強い正義感を秘めている
詳細設定
幼少期に魔王より闇の力を授かりし少年。しかしその力を幼少期の彼は制御しきれず、家族や友人から疎まれる日々を送る。しかしそんな彼の前に現れたのは漆黒の使者を名乗る
「やっ、やめろおおぉぉぉっ!!! 音読するなあああぁぁぁっ!!!」
俺の情感たっぷりな音読に感激したバクダが殴りかかってきた。
作者は航空機マニア。
ライト兄弟も結局晩年は羽ばたき飛行機を研究していた…というエピソードを作中に盛り込もうとしたのですが、ネット上で検索しても出てこなかったので情報に確信が持てず取りやめました。
ちなみに作中において「飛行機の翼は鳥の翼のようにしなやかに曲がらない」とありますが、ライト兄弟の飛行機は鳥のようにグネっと曲がります。