後日、俺たちは卑弥呼が手配した籠に乗り、近場の町へと移動していた。
行き先はお江戸近郊の温泉町だ。古代ローマにテルマエがあったんだ、ジパングに温泉町があることは不思議ではない。この時代、貧しい農村などはともかく、町住まいの人間ならば近郊への旅行くらいは行われていたはず。
ジパング列島は船での流通に有利な地形だ。無資源国家などと揶揄されることもあるが地下資源は意外と取れるし、地政学的な観点から見て物流チートな地域であるのも間違いではない。
住んでいると不便さばかり目につくが、意外と有利な部分も多い土地柄なのである。
そんな船どんぶらこ式経済に特化したジパング列島であるが、さすがに温泉町は近場すぎるので卑弥呼が人数分の籠を用意してくれた。
もちろん荷物を入れるカバンとしての籠ではなく、日本特有の乗り物の籠だ。
しかし籠、初めて乗ったけど狭いし揺れるし大変だ。日本で馬車が発達しなかった理由に「山が多かったから」とか「参勤交代で大名の体力を削ぐため」とか言われているが、なんにせよ乗り心地はよろしくない。
目的地に到着して籠から降りて伸びをしていると、億劫そうにエイダちゃんも籠から出てきた。
「あたた……慰安のために来たのに、逆に腰を痛めちまうぜ」
年寄りのように腰を叩くエイダちゃん。
俺とルナリア以外の面々も、どこか疲れた様子を見せている。
「若い奴らは大変だな、お婆さんや」
「そうですね、お爺さん」
ルナリアが老婦人ごっこに付き合ってくれた。
俺とルナリアがノーダメなのは、自分に回復魔法をかけられるからである。
「でもさすがに腹減ったな、お婆さんや」
「ご飯は昨日食べたでしょう、お爺さん」
「毎日食わせて」
卑弥呼との一騎打ちの場として選ばれたこの地だが、ここを指定したのは卑弥呼側だ。
そりゃ町中でヤマタノオロチ状態の卑弥呼とやり合うわけにはいかないけど、彼女がいうには別の理由もあるらしい。
卑弥呼曰く、
「わしは炎属性じゃから、こっちのほうが力が発揮できるのじゃ」
……とのこと。
普通に自分が有利な場所を決闘の場に選ぶあたり、狡いぞこいつ。
というわけで俺と卑弥呼が決闘をしている間、仲間たちはのんきに温泉旅行とすることとなったわけである。
「おい! 温泉はどこだ!」
船長をはじめとして、オッサン連中が嬉々と温泉へと向かっている。
回復魔法なしでも元気な連中がいた。楽しそうで何よりです。
魔王討伐の旅ってもっと殺伐としてるもんじゃねーかな本来。
俺はこれから重要アイテムを賭けての決闘なんですけど。
ぞろぞろと宿に入っていく面々。俺も後に続こうとしたが、卑弥呼に呼び止められた。
「ちょっと待つのじゃ」
「なんだ? 部屋割りはさっき聞いたから大丈夫だぞ」
「いや、お主なにをのんびりしようとしておるのじゃ。さっさと決闘するぞ」
「えー。旅館の部屋に置いてあるしみったれた小さい茶菓子食べたーい」
あれって茶菓子であると同時に、売店にあるお土産の宣伝らしい。
つまりは観光地価格。だからどうにも割高で、小洒落ているという名分のもとにケチくさいサイズであることが多い。
「決闘は腰を落ちつかせてからでいいじゃん? つーか明日でもいいじゃん? 今日は飲もうぜ! 宴会準備してるんだろ?」
うぇーい、と卑弥呼の肩を馴れ馴れしく抱く。
彼女はとくに嫌がる様子もなく、むしろからかうように訊ねてきた。
「なんじゃ、わしを酔い潰してどうする気じゃ?」
「ははは。俺は紳士だ、なんにもしないぜ!」
否定するが、じつは図星だったりする。
ドラゴンなんていつの時代も酒で酔わせて討伐するものだ。
泥酔したところをふんじばれば、オーブ入手も楽勝というもの。
「勝ったな。ちょっと温泉入ってくる」
「だから落ち着くなというておるじゃろうに」
いや、やっぱり後が怖いな。卑弥呼とは友好関係に至っているが、その正体は強大な魔族なのだ。
一対一の決闘形式であるが、もしパーティー戦であっても俺は仲間を戦わせるつもりはなかった。
もしエイダちゃんやソニアを参戦させた場合、また死者が出かねない。
ルナリアは別に参加させてもいいのだけど、まあ一騎打ちと言われてしまったし。
「仕方ないな、じゃあここでやるか。じゃんけんでいい?」
「阿呆。町中でそんなことするか。あと勝負の方法を勝手に決めるな。わしの命を拳に賭すな」
じゃんけんは駄目らしい。
「俺、勇者よ? 勝ち目ある? じゃんけんのほうがまだ勝ち目あるよ?」
「ムッカつくのう、この勇者……いいから行くぞ」
言われるままに彼女の後についていき、町を出た。
そしてしばらく歩いて、少しひらけた場所に出る。
「ここならよかろう。よしっ」
卑弥呼はぽいぽいっと着物を脱ぎ捨て、全身に力を込める。
その姿が徐々に巨大になっていき、やがてヤマタノオロチへと変貌する。
「ぐおおおおおおおおおおお!! 久しぶりじゃのぅ!!」
ぐんぐんと巨大化する卑弥呼。
そして5つの首で俺を見下ろし、高笑いを上げた。
「くははははははは! では行くぞ!」
そういって、卑弥呼……ヤマタノオロチは浮上する。
そして、俺に背を向けて飛び去っていった。
「決闘の場に! 勇者よ、お主もさっさと山中の洞窟にくるがよい!」
ポカーンと俺はそれを眺める。
「……行くか」
俺は卑弥呼の後を追って走り始めた。