レイアムランドに上陸した。
船長の天測によると、ここはやはり地球でいう南極大陸らしい。
「正確にいえば、ここはまだ陸じゃねえ。氷だ」
「なるほど」
船長が補足する。ここはあくまで氷床、まだ上陸してなかった。
「で、どうするよ? 船を陸上仕様に組み替えるか?」
「いや……変に焦っても仕方がない。まずは停泊して様子を見よう」
俺たちがまず行ったのは、南極という地で生活可能かという実地実験だった。
アリア号はエンジン強化イベントを経てパワーアップしたものの、それでいきなり大陸内部へ向かうほど俺はチャレンジング精神に溢れていない。
まずは、最悪立ち往生しても安定して引きこもって生活できるかを確かめることにした。
数日後、俺たちはこの地のヤバさを痛感していた。
俺は南極という地をとにかく寒さが過酷、という程度に考えていたが、どうやらそれ以上にヤバい土地らしい。
まず、風が思った以上に強い。
正確な様子を知るには長期的な観察をすべきだが、とりあえず数日滞在した感じ、常に強風が吹いている。
これが想像以上に厳しい。体温をガンガン削ってきやがる。
しかも大量の雪が積もった環境だ、風は容赦なく氷雪を飛ばし、まるで吹雪のような状態となってしまう。
これで本当に夏なのか。これで温暖だというなら、冬の期間となるとどうなってしまうのだ。
他に気付いたことといえば、南極の地面は氷なのに滑らないらしい。
氷が滑るのは、物体と氷が擦れた時に摩擦熱が生じて水の層ができるから。
だから水の層ができないほど寒い環境だと、氷は滑らないそうだ。
アリア号南極仕様はプロペラ推進の雪上ソリだ。まだアリア号の変形を行っていないが、これはまずいかもしれない。
最悪、俺が魔法でソリのブレードを温め続けるか。
「ひょっとしたら魔界より過酷なんじゃないか?」
「お前、地下世界を何だと思っているのだ……」
アンヤにジト目で見られた。
どうでもいいけどこいつ、なんで魔族なのに勇者パーティーについてきてるんだろう。
キューレもいる。どうやら虜囚ポジションのつもりらしい。確保した覚えはないけど。
捕虜になるのは恥、されど立場の放棄はそれはそれで恥、とか思ってそう。
めんどくさいからさっさと逃げてくんねーかな、この兄妹。
「断っておくが、地下世界の生活は地上より発展していて楽だったぞ。少なくともルビスが我らの領域を侵すまでは」
「え、ルビスのほうが侵略者なの?」
「立場によるだろう。たとえば人と魚が戦争したとして、人が海を埋め立てて土地を増やすのも、魚が土地を沈めて海を広げるのも、お互いに『地域を住めるように正常化した』といえるはずだ。どちらが正しいというものではない」
ルビスは海の埋立工事を行って、魔族という魚を苦しめているのか。
いや埋立事業の魚への影響ってどんなものか知らないのだけど。
この手の話は素人意見で首を突っ込んではいけない。やぶへびやぶへび。
「ん、その理屈でいうと、地上世界は魔族にとってあまり楽しくはない領域のように聞こえるけど」
「その通り……というより、地下と地上、両方の環境に対応できるように自らを作り変えた存在を魔族というのだ。地下世界の多くの者はいわゆる魔族ではないし、地上世界で生活できる力はない」
「へー」
にしても、戦争なんて互いに正義を掲げている、というのはかなり近代的な思想だと思う。
中世では敵国は悪魔の軍団のように広報されるし、近代でも第二次世界大戦は正義vs悪の国々みたいな扱いをされている。
冷静になって考えれば、正義が勝つはずがない。(勇者として問題発言)
いやでも本当に、同等の国力であれば戦争に勝つのは悪辣な方だ。優しい国はだいたい負ける。正義は勝つ? はいはいワロス。
とにかく、一歩引いて相手には相手の事情がある、と考えられるのはその下地に充分な教育と思想があるから。
地下世界、とくに魔界って本当になんなんだろう。アンヤや闇の勇者ガゼル曰く、かなり発展してるイメージある。
「魔族というと一概に強力な存在に思えるかもしれないが、我々の戦闘能力の高さは結果論、環境適応の副産物なのだ」
「それはそれで、お前らにとってどんだけ過酷なんだよ地上。ひょっとして地下世界の魔物が強いのってこっちより負担が少ないからなんか」
人間でいうと、潜水艦みたいな装備がないとお魚さんみたいな水中生活できません! といったところか。
その過程で鋼の船体を手に入れて魚より強くなったわけだけど、それが目的というわけでもなく。
ただただ、魔族にとって地上で生きるというのはそれほど無茶なことなのだ。
「つまるところ、俺も寒い」
「そうか」
長々と語っておいて、結論が「魔族も寒い」だ。
なんだったんだろう、この数分間。
「お前もソリ温め係やる?」
「面倒だが、まあ必要なら呼ぶといい」
さすがに終始魔法を使い続けなければならない、なんてことはないだろう。
いちおう南半球では夏なのだし、日中であれば基本的にソリも滑るはずだ。
……なんて思っていたのだが、予想外の事態となった。
「夜が来ない……」
低く這うように空を巡る太陽。それが、沈まずに再び少しだけ浮き上がる。
終わらない昼。そう、白夜である。
「話には聞いていたけど、本当にずっと明るいんだな」
いや、実際にはずっと夕方、あるいは明け方という感じだ。さして明るくはない。
だけど、わざわざ照明を用意しなければならないほどじゃない。というか目が慣れたらもう普通に生活できるようになる。
これが白夜。これが、極地の夏。
「まあ寒いんだけどな」
俺は天体観測を打ち切って船の中に戻った。
ストーブは偉大だ。人類は火を手に入れて、ツンドラ以北以南などを開拓して生存圏を広げていった。
身近な例を言えば、北海道はツンドラ気候、人類の生存不可能圏に近い。
アイヌの人とかもいるけど、あれはかなり無理してる。彼らは火を使っていたが、もちろん排煙の仕組みを持つストーブなんてなかった。
それでも囲炉裏みたいなものがあれば大丈夫、と思うかもしれない。けど極寒の地ではそうもいかない。
室内の空気を完全に換気すると、結局気温が氷点下になってしまう。ツンドラ気候での暖房は上手くやならければ逆に室温を下げてしまうのだ。
屋外に近い環境でガンガン焚き火をすればいい? 当時にそんな燃料はありません。
というわけで、ストーブは偉大なのだ。効率的に熱を生み出し、室内の換気も必要ない。人類にもっとも貢献した発明品かもしれない。
あるいは、俺たちの極地探索が成功すれば、レイアムランドも一時的生存圏に含められるかも。
ちなみに群馬はアネクメーネ(持続生存不可能圏)だ。最近も植民団が全滅したらしい。
一般に出回ってる群馬の画像やニュースはプロパガンダである。日本政府も国内に未開拓地があるとは認めたくないのだろう。
「腹減った」
さっきホッキョクグマみたいな魔物を狩ったから、あれを捌くとしよう。
ジパングで調達した味噌も使って、熊鍋と洒落込むか。