「おきなさい。おきなさい、私のかわいいアルスや」
優しい声。俺を揺する女性のことを、俺は画面越しに知っている。
「おはようアルス。もう朝ですよ」
瞼を持ち上げる。
朝日に霞む天井を背景に、俺はこの世界における母親の顔を見た。
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ステータス外要素をサイコロで決定します。
年齢 39
容姿(かっこよさ、かわいさ) 1
頭の良さ 1
運動神経 1
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……まあ、なんだ。
ドラクエ3の主人公アルス、その父親オルテガ。
彼は、きっと女性の内面を愛せる大した男だったのだろう。
「今日はとても大切な日。アルスが王様に旅立ちの許しをいただく日だったでしょ。この日の為にお前を勇敢な男の子に育て上げたつもりです」
「う、うん。おはよう」
初対面の母親にどう接すればいいのか。
俺は悩む時間稼ぎの為に、着替えるからと彼女をやんわり部屋から追い出した。
「確か主人公は16歳だったよな。顔は……」
男部屋だからか、鏡台なんてものはない。
だが手鏡があった。さて、勇者のご尊顔を拝謁しよう。
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ステータス外要素をサイコロで決定します。
年齢 16(ゲーム設定に遵守)
容姿(かっこよさ、かわいさ) 10
頭の良さ 2
運動神経 5
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勇者顔面補正すげええええぇぇぇっ!
イケメンだイケメン! それも映画俳優級の超イケメン!
「これは異世界ライフも楽勝ですわ……勇者でイケメンとか最強だわ」
母親の容姿の割に息子がこれだ。
ひょっとして、勇者の父オルテガもとんでもない美形だったのだろうか。
「元の世界に帰っても顔だけ引き継げねーかな……魔王倒すならそれくらい特典があってもいいよな」
「アルス? どうしたの? 騒がしくして」
「あ、いや、ごめんなんでもない! すぐ着替える」
確かこの後、この国の王様と謁見するイベントに続く。
こういう場合正装なんだろうか。この世界の正装なんて判らないぞ……
と、タンスを漁っていると小さな袋を発見した。
「種? ああ、力の種か」
袋にご丁寧に名前が書いてあったので、それがステータスアップアイテムだとひと目で理解出来た。
取り出してみると、なかなか大振りな種が1つ。これを食べれば力が上がるのだろう。
「っと、そんなことどうでもいい。着替え着替え……」
「ちょ、ちょっとアルス? その格好で王様に会う気?」
やっぱり違ったか、と俺は焦った。
部屋から出てきた俺を見て、母親は困惑した。
俺は、明らかに正装ではない旅装束を着込んでいたのだ。
元々準備しておいたのだろう、この一式が目立つところに置いてあった。
「お母さん、ちゃんと仕立てのいい服を用意しておいたでしょう?」
やっぱり、部屋のどこかにそういう服があったのか。
俺は予め考えておいた言い訳をする。
「うん。でも思うんだ……これからつらい旅に出ようっていうのに、この服装こそが正装なんじゃないかって」
学生の正装は学生服。
勇者の正装は旅装束。
小綺麗な服装で旅立ちの宣言をするなんて、それこそ覚悟を疑われるのではないか。
……という名目の、正装を見つけられなかった言い訳である。
「だから俺、この服で行くよ」
「俺? どうしたの、いっつも僕って言ってたのに」
「あ、いやほら、勇者様がいつまでも僕なんて情けないかなって」
苦しいか?
内心焦るも、母親はそうは思わなかったらしい。
「わかったわ。王様はお優しい方、きっと貴方の覚悟を汲んでくださるでしょう。さあ、お母さんについていらっしゃい」
彼女は特に不信を抱いた様子もなく頷き、背を向けて歩き始めた。
家を出る。
そういえば、異世界の建物だというのに室内でさして違和感を感じなかった。
中世と呼ばれる時代がかなり長く多様なことはよく知られているが、ドラクエ3の世界はどのあたりなのだろう。
確か望遠鏡があったはずだ。眼鏡をかけたキャラもいたはず。
ということは、割と近年なのだろうか。
「アルス?」
「うん」
俺は慌てて母親の背を追った。
この旅立ちの町アリアハンは、塀で囲まれた町だ。
モンスター対策なのだろうけど、壁に囲まれた王都と言う割に狭い感覚がない。
建物の間も広く、道も広い。まるで近代国家の区画整理された町並みだ。
「それともあれか、閑静な住宅街ってやつか」
なにせ世界に名を馳せた勇者オルテガの実家だ。立派でないはずがない。
ここらへんの家が富裕層である可能性は高い。
やはり広々とレイアウトされた並木道を進む。やがて道は王都のメインストリートに合流し、そして遠目に見えていた城に続いた。
城はいかにもといった様子の、中世らしい城だ。
現実にはこんな華美な城はなかったと聞くが、それを指摘するのは野暮だろう。
城に近付くと、左右に兵士が並ぶ門に辿り着く。
兵士は自分達の顔を見て、特に訝しむ様子もなく敬礼した。
顔見知りらしい。
日本人の習性で会釈する。と、母親が立ち止まった。
「ここがアリアハンのお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ。さあ、いってらっしゃい」
「……はい」
ここで丁寧にハイと返事をするのは、気合を入れる風で違和感ないだろう。
頷き、俺は門を抜けて城に入った。
……ところで、主人公のアルスにとってもこの町は地元のはずだ。
なんで母親同伴なんだろう。彼女も謁見するというなら解るが、ここで母は引き返すみたいだし。
まあいいや、少なくとも俺は道案内されて助かった。
俺は足を進め、城に入り……はせず、城と堀の間の狭い道を進んで建物の裏に回り込んだ。
仕方がないじゃん。RPGってそういうもんだし。気になるし。
ぐるっと城を回り込むと、そこには裏口、というか勝手口があった。
こんな大きな建物だ、出入り口は沢山あるに違いない。
そこではメイドが大きなタライで洗い物をしていた。
「おお、メイドさんだ」
声を上げた俺に、彼女も気が付いて顔を上げた。
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ステータス外要素をサイコロで決定します。
年齢 28
容姿(かっこよさ、かわいさ) 6
頭の良さ 1
運動神経 4
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大人の女性メイドさんは、慌てた様子もなく変な場所に現れた俺に微笑んで問いかける。
「まあ、こんなところまで会いに来てくださったのですか?」
「は、はい」
メイド服は装備だと思い知った。
女性の魅力度がアップして思える。ズルい。
「嘘でも嬉しいですわ。だから、1つ教えて差し上げます。この大陸の東の果てには、旅の扉という装置があるのだとか」
「旅の扉……あのワープ装置か」
「あら、ご存知でした? 旅の扉の向こうにはどんな世界が待っているのでしょう? 憧れてしまいますわ」
くすくすと上品に笑うメイドさん。
そうだ、この世界にはワープが実在するのだ。
いうまでもなく地球では実現していない、科学より魔法の方が優れている部分。
もし俺が天才なら、空間を操作する部分を改変して、ブラックホール爆弾とか作って魔王を倒せるのかもしれない。
「出来ないことを考えても仕方がないか……」
そもそもゲーム中に登場する旅の扉は全て固定式だ。現代の魔法使いには作り出せないロストテクノロジーなのかもしれない。
ルーラという移動魔法も存在するが、これについては描写からして空を飛んでいると思われる。
俺は対魔王用決戦呪文というロマンを諦めて、城の内部に続く扉に手をかけた。
鍵がかかっていた。
メイドさんを見ると、苦笑とともに首を横に振る。
「そこを通したら私が叱られてしまいますわ。勇者様でしたら、正面から通してもらえるはずです」
「あっはい」
勝手口から入る勇者はいまい。
まったくもってその通りだった。
「アリアハンの城へようこそ! さあ王様がお待ちかねですぞ」
促されるがままに城門から内部を真っ直ぐ進むと、そのまま謁見の間に辿り着いた。
マジで真っ直ぐだった。とにかく前進していけば、階段を登ってそのまま玉座に辿り着いたのだ。
ゲーム的に考えれば何度も来る場所なので上ボタンを押し続けていれば辿り着く便利レイアウトなのだが、現実の城としては無防備が過ぎるのではないだろうか。
王様が来るまで暇だったので、道案内をしてくれた兵士に訊いてみた。
「ああ、勿論そういう要塞としてのお城も世界にはありますよ」
「ここは要塞としての能力がないんですか?」
「そうですね。自分達のように兵士は詰めていますが、城はあくまで行政を取り纏める施設です」
つまり政治を行うことに特化した役所のようなものらしい。
国家を守る体制としては、むしろ近代的。
「なぜそのような防衛体制に? なんていうかほら、城に防御を集中させた方がよくないですか?」
「魔法が発展する以前は確かに、そのような城が多かったそうです。しかし大火力の魔法が編み出されると、強固な城はかえって的になるようになりました」
「ああ―――なるほど」
地球の歴史においてなぜ城が衰退したかといえば、大砲の発展により要塞が簡単に攻略されるようになったからだ。
一点集中の重防御は大砲の前には通じない。むしろ大砲に対する防衛は基地拠点を広く薄く広げることや、地下に隠すことで達成される。
同様の原理が、この世界では魔法で達成されたのだ。
城なんて目立つ防衛拠点は、大砲の前には彼の言う通り「的」でしかない。
「って、魔法って物によっちゃ城を破壊出来るってことですか……」
「ええ。ここらのモンスターは弱いので魔法使いにもそこまでの練度を求められませんが……世界には、城を砕くほどの大魔法もあるようです」
そんな雑談をしていると。
ざわり、と謁見の間の気配が変わった。
兵士と顔を見合わせて、頷きあう。
そして教えられた通りに片膝を付き、顔を伏せた。
「―――面を上げよ」
告げられ、俺は顔を上げる。
そこには、一国の王がいた。
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ステータス外要素をサイコロで決定します。
性別(6以上で女性) 2
年齢(あまりに不自然であればやり直し) 69
容姿(かっこよさ、かわいさ) 5
頭の良さ 7
運動神経 1
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王はかなり高齢な男性だった。
容姿は凡庸だが、深い思慮を讃えた眼差しを持った男。
なんとなく、王として過不足なく国を守ってきたのだろうと思えた。
「よくぞきた! 勇敢なるオルテガの息子アルスよ!」
声でけえ、という感想を俺は飲み込んだ。
「既に母から聞いておろう。そなたの父オルテガは、戦いの末に火山に落ちて亡くなってしまった。しかしその父の跡を継ぎ旅に出たいというそなたの願い、しかと聞き届けたぞ!」
実は死んでいません、とここで言ったらどうなるんだろう。
あ、そうだ。1つ思い付いた。
「そなたならきっと父の遺志を継ぎ、世界を平和にみちびいてくれるであろう。敵は魔王バラモスじゃ! 世界のほとんどの人々は未だ魔王バラモスの名前すら知らぬ。だがこのままではやがて世界は魔王バラモスの手に……それだけはなんとしても食い止めねばならぬ!」
「王様、1つ、よろしいでしょうか?」
俺は言葉を挟んだ。
ところで王様の呼び名って王様でいいのか? 陛下とかっていうべきだったか?
「む。なんじゃ?」
「実は昨晩、夢にルビス様のお告げがありました」
「なんとっ! 神からのお告げじゃと、お主はやはり勇者としての運命を背負っているというのか!」
驚愕する王様。
俺は真摯な眼差し(だと自分なりに思う顔)で王に報告する。
「ルビス様曰く、バラモスはただの手下。その背後に、大魔王なる存在がいるようです」
「なんじゃと……!?」
王様は目を見開く。
「大魔王、それはいったい何者じゃ!」
「大魔王ゾーマ。神をも封じる、邪神に匹敵する存在です」
その場に居合わせた全員がざわめき、息を呑む。
この時点では、この世界にゾーマの存在を知る者はいないはずだ。とんだネタバレである。
「して、ルビス様はどうしろと仰ったのじゃ?」
「何も。ただ、倒してみせよ―――と」
緊張に満ちる謁見の間。
出来るのか。この若い勇者にそれを為せるのか。
そう問いかける視線が、俺に集中する。
いや、わかんねーけど。
なぜこの場で大魔王ゾーマの存在を明かしたかといえば、この王様、魔王バラモス撃破後に大魔王がこの場に襲撃してきたことでショックで臥せてしまうのだ。
ゲームをしている時点ではちょっとオーバー過ぎるとも思ったのだが、実際に見ると分からなくもない。
このご高齢だ。そりゃショックで寝込む。
更に言えば、この場にいる兵士達も多く死ぬ。
さっきまで城の防衛について教えてくれた兵士が死ぬ役回りかもしれない。
王様が意気消沈するのも、国家的に避けたい事態だろう。
そう考えると、現状に不安だらけで逃げ出したいと思っている俺だって、多少は思うところもある。
「お任せください王様」
いや、待て。
言うなよ。やめろ、落ち着け俺。
「俺は勇者の使命から逃げるつもりはありません。魔王であろうと大魔王であろうと、尽くを打倒してみましょう」
あああああああああああああああ。
言うなよおおおおおぉぉぉぉ。
そんなテキトーだからおっちょこちょいって言われるんだよぉぉぉぉ!
内心はともかく、王様は俺の言葉に胸を打たれたらしい。
彼は深々と頷き、俺に命じた。
「アルスよ、魔王バラモスを倒してまいれ!」
「御意」
ぎょい、じゃねーよ。
「しかし一人ではそなたの父オルテガの不運を再び辿るやもしれぬ。街の酒場で仲間を見つけるのだ。支度金はこちらで用意した!」
使用人が俺に袋を渡してくる。餞別らしい。
「ではまた会おう!アルスよ!」
俺は首肯して、さっそうと踵を返して城から立ち去った。
城を出た後、俺は袋を開けた。
「服と、うどんを伸ばす棒? あと……50G」
俺は脱力した。
ちょっとせこくないっすか、王様。