「ひどい目にあった……」
この女には、今後酒を飲ませてはいけない。
例え美人でも、酒に狂う相手の面倒を見るのは大変なのだと俺は知った。
いやあの量を一気に飲んだからこそかもしれないが、それが可能であり、実行しかねないというだけで十二分に危険の温床だ。
散々楽しそうに飲んで歌って暴れたルナリアは、他の客にさんざん迷惑をかけた挙げ句にぶっ倒れて沈黙した。
俺は360度に謝り倒しての宿屋直行だ。
せっかくの料理も、ろくに味も楽しまずに胃に詰め込む羽目になった。
勿体ないのでちゃんと全部食べてからの撤退だ。
「はよこのアバズレを連れて帰れ」という店員が放つプレッシャーとの戦いだった。
「疲れた」
せっかくの町での休息だというのに、今日は散々だった。さっさと休みたい。
外では鉱山町らしく、夜も遅いというのに未だに男達が酒に肴にと騒いでいる。
男社会の鉱山労働者とあっては、酒を飲まねばやってられないのだろう。
対して俺達はといえば、町の探索もしないままのおやすみなさい。
物資の補給や物見遊山は明日から。疲れていた俺達は、早々に休息を選んだ。
2つ並んだベッド、隣からはルナリアの寝息が聞こえる。対して俺は、昼間の出会いが頭から離れず眠れなかった。
娼婦のエイダちゃんが、なぜか炭鉱町ブッシーにいた。
物理的には不可能ではない。内海ルートか外海ルートかは判らないが、船に乗れば俺達より早く山脈のこっち側には来れる。
娼婦という職業は気軽に遠出できる立場なのだろうか。そもそも、高級娼婦というのはどういう職業なのだろうか。
「…………。」
土下座すれば、あの夜の続きを出来ないだろうか。
こっちでも仕事をしているんだろうか。俺達の貯金はどれくらいあっただろうか。
俺は静かに立ち上がった。
炭鉱町はただでさえ肉体労働の町だ。町を見た限りでも、屈強な男性が多い。
そういうサービスを提供するお店がないはずがなく、エイダちゃんもこっちの店に出張しているのかもしれない。
「俺は勇者だ」
そうだ、俺は勇者なのだ。
娼婦一人になにを臆しているのだ。ここは精強なる聖剣の威光を照らすべきなのだ。
「そろそろ我が剣も手入れが必要だと思っていたところだ」
ルナリアと二人旅をしていると、どうしても一人でいたすことが出来ない。
思い出すと、急にむずむずしてきた。
よし。ルナリアが寝ている間にこの町の娼館を探そう。
そして、今度こそエイダちゃんとしっぽりするのだ。
「さあ、覚悟を決めろ」
「……さすがは、勇者というわけか」
闇夜より、小さな人影が現れた。
俺はビビって飛び上がった。
「ひゃーっ!?」
「うるせえっ」
人影は俺の悲鳴にのけぞった。
「なっ、なんですかっ?」
俺の声にルナリアも目を覚ましたが、それどころではない。
「な、なんだお前は!? 泥棒か!」
「……まさか、さっきの独り言は俺に気付いてのものじゃなかったのか?」
訝しみながら闇から現れた人物。
それは、俺の最愛のハニー、エイダちゃんだった。
なぜか男言葉だし、服装は軽装ながら戦装束だったが。
「デリバリーか?」
「は?」
「知ってるぞ。男が店に行くんじゃなくて、女の子を宿に呼び出してしっぽりする営業形体もあるんだろ。今晩はよろしくお願いします」
「死ねっ」
エイダちゃんが短刀を抜き、襲いかかってきた。
どうやら、事態は俺の想定よりずっと深刻らしい。
俺はベッド側に立て掛けておいた武器を振るう。それをひらりと躱したエイダ。
しかし、俺の武器は飛ぶのだ。
「なっ、ブーメラン!?」
俺が放ったブーメランをエイダちゃんは更に回避する。
しかし2回連続の回避は難儀だったらしく、足元の荷物に躓いて派手に転倒した。
「うわっ!」
「なんかごめん」
俺は倒れたエイダちゃんにのしかかる。マウントポジションだ。
こうなっては脱出は困難。見るからに筋力体格で劣るエイダちゃんからすれば絶望的。
押し倒して拘束したエイダちゃんを前に、俺は申し訳なくなった。
俺はかつてドラクエ3の勇者は最弱の勇者、みたいなことを言ったが、それでもやっぱり普通の人より資質が高いのかもしれない。
あるいはレベル差か。なんにせよ、殺意全開なエイダちゃんと困惑している俺の戦いは、不意打ちをされたというのに逆に一方的なものとなった。
「くそっ! 離せよ! 殺してやる!」
「貴方様、これはどういう事態でしょうか?」
寝起きのルナリアが訊ねてくる。酒は抜けているようだ。
今思い返すことじゃないけど、俺の「俺はアルスじゃない」発言をどう解釈したのか、ルナリアはあれ以来意識して俺のことを名前で呼ばなくなった。
何かしら気を使っているらしいけど、俺は思うのだ。
貴方様じゃなくてアナタだったら、嫁っぽくていいのに。
「判らん。俺もこれからそれを聞こうと思ってる。ルナリア、俺が押さえているから手足を縛ってくれ」
「かしこまりました」
エイダの動きを封じ、腕力にものをいわせて手を掴み上げる。
手首にルナリアが縄を巻き、続いて足も同じように縛り上げる。
顔を赤くして拘束された、銀髪細身美少女の出来上がりだ。
「…………。」
思わず息を呑む。
よし。
よしじゃない。
俺は何を考えているんだ。
「ふふふ。いい眺めだ」
エイダちゃんの白い首筋に指を這わせる。
すると、エイダちゃんが短い悲鳴を上げた。
「貴方様、事態の説明をしていただきたいのですが」
「ああ、なんてことはない。さっき―――」
説明しようとして、ふと気が付いた。
エイダちゃんは窓からなどではなく、普通に扉から入ってきた。
「ルナリア、部屋って鍵締めたよな?」
「―――貴重品は袋に入ったままです。行けます」
「頭のいい女は好きだぜ」
宿の部屋の鍵を開けての襲撃。
そして、昼間のスーンの「どこからどこまでが賊なのかわからない」という言葉。
そうだ。この町は、安穏と休んでいい場所じゃなかった。
「次が来る、逃げるぞ」
扉の向こうから、男が複数人迫ってくる。
俺はエイダちゃんを持ち上げ、目の前に掲げた。
「動くな! この子がどうなってもいいのか!」
「てめっ、それでも勇者か!?」
エイダちゃんの身を盾に掲げ、男達へと突撃する。
俺の後ろを袋を抱きかかえたルナリアが追従した。
男達は武器を持っていたが、さすがにエイダちゃんごとやろうという気はないらしい。好都合だ。
宿を飛び出し、エイダちゃんを改めて米俵のように担ぎ直す。
「持って行くのですか?」
「事情くらい聞きたいじゃん?」
「まあ、そうですね」
驚くべき、というべきか。
宿の外の喧騒は、酒に酔う男達の物音ではなかったらしい。
大勢の男達が武器を、あるいは杖を構えてこちらを見ている。
土と埃の町を舞台に、不毛な追いかけっこが始まった。
「エイダちゃん、きみって人質としての価値ないの!?」
「お前のせいだよ! くそがっ!」
なるほど。俺のせいで彼女のこの町での地位が下がり、それに憤って俺を憎んでいるらしい。
たぶん八つ当たりだとは思うけど、さてどうなんだろうか。
俺達は全力で夜の町を走る。
あちこちから飛んでくる攻撃魔法が実に鬱陶しい。
「まずいな、町の出入り口とは逆方向に追い込まれてるぞ」
「どうするのですか、勇者様」
「俺が知るか。事情知ってるエイダちゃん頼りだ。何とかしてくれ」
「こんな事態になるなんて聞いてねえ! くそがっ!」
エイダちゃんの悪態を聞きながら町の裏通りを疾走する。
どうやら俺達は袋小路へと追い込まれているらしい。
後方からは敵が続々と追いかけてきている。
完全に追い詰められた状況だ。そして、いよいよ逃げ場がなくなった瞬間、ルナリアが声を上げた。
「勇者様、あそこです!」
彼女が示した先にあるのは横穴。深夜だが、その入口には松明が掲げられ煌々と輝いている。
「あれは、そうか、坑道か!」
ここは炭鉱町なのだ。地下への入口があっても不思議ではない。
横穴へと飛び込む。明かりに松明をくすねて俺が先行し、その後をルナリアが続く。
こうして俺達―――俺達3人は、ろくに休息も取れぬままに再び戦場へと身を投じるハメになったのだった。