アリアハンの町を歩く。
ゲームとしての町並みの知識は現実となったこの世界では信用出来ないし、そもそもはっきりと覚えていない。
これが初めて訪れた町なら道を訊ねればいい話だが、困ったことにアリアハンはアルスにとって地元だ。
町の地理を知らないはずがない。
というか知り合いだってそれなりにいるはず。
うっかり声をかけてしまったら面倒になる。さてどうしたものか……
「若いの、どうされた?」
と悩んでいると、ご老人から声をかけられた。
内容から明らかにアルスのことを知らない。俺はこれ幸いと、老人に困った顔で訊ねてみた。
「すいません、旅の者なのですが。ルイーダの酒場ってどっちでしょう?」
「ああ、なるほどな。ルイーダの酒場はあっちじゃよ」
示された方向はどこか饐えた、煩雑な印象を与える町の一画であった。
「酒場は幾つかあるが、看板があるし大丈夫じゃろう。大きな酒場じゃ」
「繁華街?」
口にして、自分で当たり前なことを言っていると気付いた。
酒場なんだから飲み屋街にあるのは当然だ。
「ふむ、旅人ということならアリアハンについて詳しくはないのかのう?」
あっこれは長話の気配だ。
どうしようかと悩んだものの、情報収集を兼ねて話に耳を傾けて見る。
「はい。軽くでいいので教えて頂けますか?」
「うむうむ、殊勝な若者じゃ。よし、話してしんぜよう」
そう言って老人はベンチに座り、隣のスペースをぺちぺちと叩く。
想像以上に長話になりそうな気配であった。
かつてこの国アリアハンはすべての世界を治めていたのじゃ。
しかし色々な戦争があってな。多くの人々が戦いで命を落とした。
それからは海の向こうに通じる旅の扉を封じ込めたということじゃ。
朗々と話す老人の言葉に、俺は思う。
……本当かよ?
世界征服。男なら誰もが一度は夢見るロマン。
だが、世界統一国家なんて簡単なことじゃない。
擬似的な世界統一、つまり自治を現地政府に任せる世界帝国に妥協したところでやはり同じだ。
少なくとも、全世界を完全統一出来た事例なんて地球では存在していない。
アリアハンは大陸国家だ。世界の南側に存在するこの大陸は、大陸としては小さい方だがそれでも広い。
中世時代において中央集権は成されていない。王も貴族も互いを信じてはいないし、互いに影響力を及ぼす手段がそもそも存在しない。
つまり、アリアハンがこの大陸全土を支配出来ているか、その時点でかなり怪しい。
だが……外敵が海の向こうにいる以上、戦力はおそらく陸軍より海軍に重きを置いているはず。
強い海軍を有するということは、短期的ながら強い遠征能力を有するということ。
つまり俺の予想では、アリアハンはおそらく世界各国に領有権を有する小さな港を確保していたのではないか。
そうすれば貿易において関税や補給で有利に立ち回れ、影響力を世界全土に広げる事が出来る。
この限定的ながら日の沈まない統治体制のことを、老人は世界を収めていたと誇張しているのではないか……俺はそう考えるのであった。
「少し話し込んでしまったのう」
そういって、老人は立ち上がった。
気が付けば日は傾き出している。王様との謁見と老人の長話で1日を浪費してしまった。
「ではな、道中気をつけなされ。わしは失礼する」
「あ、はい、お話ありがとうございます……」
若干疲れ声で、俺もベンチから立ち上がる。
さて、今日はどうしようか。
「実家に帰るものなぁ……深く会話したら、俺が息子じゃないってバレそうだし」
軽く話す程度ならともかく、一晩誤魔化しきる自信はない。
しかし、この流れで家に挨拶もせず旅立つのも親不孝だ。
城から直帰せず老人の話に付き合ってる時点で親不孝かもしれないが。
「帰るか」
宿屋の位置は道中で確認した。
さて、なんて説得しようか。
「おかえりなさいアルス。王様にはきちんと挨拶できた?」
出迎えてくれた母親に、俺は頷いて答える。
「大丈夫だ。王様も応援してくれたよ」
「そう。それなら良かったわ。アルスがあがってしまってなにか失敗してしまわないかと、お母さんは心配していたのよ。でもいらぬ心配だったわね。アルスはもう立派に一人前ですものね」
理屈しては判る。きっと、親というのはこういう生き物なのだろう。
いつまでも、どこまでも、子供を子供扱いする。
大人になれば変わるかもしれないが、高校生の俺にはちょっと鬱陶しい。
「とにかく今日は疲れたわよね。さあ、もうおやすみなさい」
「お母さん。俺、今日からもう家を出るよ」
「そう。……え? え、ええっ?」
母親はとても驚いた。
「ど、どうしたのアルス? なにかあったの?」
「……お母さん。俺は、これから魔王を倒す旅に出るんだ。そんな勇者が、いつまでも親の世話になっているわけにはいかない」
「そ、それはそうだけれど、今日くらいはいいじゃない」
「駄目だよ。そうやって甘えたら、俺はいつまでも旅立てない」
「で、でも……。アルス、そんな……」
母親は戸惑い、しかし渋々声を飲み込んだ。
「そう、よね。ごめんなさい、いつまでも子供扱いしちゃ駄目よね」
「わかってくれてありがとう」
「うん。でも、せめて明日くらいまで……」
「それは駄目だよお母さん。俺は魔王を倒す勇者だ。だから、勇者らしく早く魔王を倒さなくちゃいけない」
俺は焦燥感を感じていた。
この人は、いい人だ。
ひしひしと伝わってくる。彼女は勇者の母であり、アルスという少年の母なのだ。
だが、アルスの魂は死んだ。
この肉体に今宿っているのは、異世界の他人の魂でしかない。
彼女は息子が既に死んでいると知ったらどう思うだろう。
「……そうね。でも、夕飯だけは食べていきなさい。もう作っちゃったのよ」
「うん。ありがとう、お母さん」
俺はこの人を騙しきる覚悟をしていた。
物語の終わりまで、息子が死んだことを隠す覚悟を。
とんだネタバレだが、ドラクエ3の主人公は最後に家族と別離する。
原作通りであろうとなかろうと、この人はいつか息子を失う立場にあるのだ。
「――――――。」
本当に、そうなのだろうか。
俺は元の世界に変えるという無茶な願いを抱いている。それは空間を超えるということだ。
空間を超えられるくらいなら、母に待ち受ける別離も回避出来るのではないか。
「アルス?」
台所に向かおうとした母が、俺を見て首を傾げる。
俺はこの時、よほど変な顔をしていたらしい。
「いや、なんでもないよ。お腹すいた」
俺は食卓についた。
きっとこれが最後の親子団欒になるだろう。それが偽りであったとしても。
旅立ってしまえばあとは疎遠になればいい。俺は今日を演技しきってしまえばいい。
気の休まることのない、偽りの夕食。
だというのに、彼女の料理はやたらと美味しく思えた。
単純に料理上手なのか、それとも身体が味を覚えているのか。
俺は噛み締めながら、最後の食事をとったのだった。
マジでなにも考えず主人公を動かしてるので、彼の性格ふわっふわです。
世界帝国の定義について考え込む主人公って何こいつ……