俺達はちょくちょくと隠し部屋を抜け出して、いざないの洞窟の全貌を調べていった。
エイダちゃんから聞き出した秘密結社の活動時間、その合間をこそこそと歩き回って地図を埋めていく。
最近の主食はアルミラージとオオアリクイだ。
アルミラージはアリアハンでは見慣れたウサギ肉なので、ぜんぜん美味い。
問題は水分だ。
「バブルスライムだ!」
俺達は緑の溶けたようなスライムを見つけ、二人で囲んで普通の皮袋に詰めた。
信用出来ないエイダちゃんは留守番。俺達はなんとか袋に収まったバブルスライムを隠し部屋とは別の部屋に持ち込み、仕留めてから魔力ストーブで熱する。
鍋で煮詰めると、とんでもない悪臭とともに蒸気が生じる。
それを集めて、なんとか小鍋に貯まる程度の水を確保するのだ。
「よし、撤退!」
「はい!」
隠れ家でこの明らかに有毒っぽいガスを発生させるわけにもいかず、蒸留作業は外でやるしかない。
かなり危険な作業ということもあり、俺達は慢性的に水不足となっていた。
なんとか隠し部屋に駆け込み、なけなしの水を少し飲む。
「まずい」
バブルスライムから得た水は臭い。
蒸留とは混合物を一度蒸発させることで真水を得る作業……なんて学校では習うが、それは間違いだ。
水より沸点が低い物質なんて星の数ほどある。
この単純な実験器具で分離した水は、多くの不純物が混ざるのだ。
よって昨今の食事事情は焼いた肉、臭い水、乾燥野菜をそのまま齧る。以上だ。
「ひもじい」
「はい……」
ルナリアの声色も力がない。
既に当初の予定を超えて、籠城2週間。
持ち込んだ食料も枯渇気味で、モンスター肉に頼るしかない。
水が致命的に足りていないので、身体なんてずっと洗えていない。
もう鼻がいかれてるが、たぶんこの美少女もすげー臭い。
灯りはモンスターの油を集めて松明を燃やす。いつの間にか取得していたメラが大活躍だ。
なお悪臭。
やっぱり既に鼻がいかれてるけど、最初に火を付けた時の経験からすると魔物油の松明もすげー臭い。
「俺、町に戻れたらしばらく文明人らしい生活するんだ……」
「高級宿に泊まりましょう……ちゃんとお湯を張ったお風呂に入りましょう……」
「なんかごめん……俺、じゃなくてあたし、勇者ってもうちょい華やかな生活してると思ってたわ……」
エイダちゃんですらドン引きする状況。
色々やばかった。
「あのさ、聞きたいんだけど」
エイダちゃんがおずおずと訊ねてくる。
「親父、まだ生きてると思うか?」
「盗賊バコタか?」
頷くエイダちゃん。俺は思わず難しい顔になった。
「ルナリア、どう思う?」
俺の知識だと、中世時代の悪党なんて速攻で断頭台送りだ。
いや、断頭台ってギロチン台だったっけ。
この世界にギロチンがあるかはわからないから、この表現は正しくないのかもしれない。
地球だとギロチンはフランス革命のちょっと前に発明された処刑道具であり、つまり近代の産物だ。
よく中世を舞台にした小説でギロチン処刑が行われているけど、あれって完全に誤用なのだ。
いや処刑方法は関係ねえわ、そうじゃない。
とにかく、この時代の罪人は軽犯罪でない限りは簡単に処刑される。
されるわけだが、厳密に俺はこの世界、この国の法律を知らない。
「そうですね……」
ルナリアはやや悩み、答えた。
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盗賊バコタの生存確率をサイコロで決定します。
9
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「ほぼ確実に生きていると思いますよ」
「ま、マジか!?」
驚くエイダちゃんに、ルナリアは冷静に頷く。
俺も驚いた。そして、同時に落胆した。
「アリアハンに死刑制度はありません。重罪人は労働を以て罪を償うものとされています」
「つまり終身刑ってわけか」
「はい。とはいえ苦役には違いありません、どこかで体調を崩して亡くなる可能性はあります」
エイダちゃんは口をパクパクと開き、うむむっ、と頭を抱えた。
「あー、どうすっかな。なんか予定全部狂ったわ……」
「エイダちゃんの目的ってなんなんだよ、結局」
「アンタをぶっ飛ばすことだよ。それが一番気持ちよさそうだ」
エイダちゃんはギロリと俺を睨む。
俺は憮然と睨み返した。
「うるせえお前の身体で一番気持ちいいことすっぞ」
「ひえっ」
エイダちゃんはしばし怯えたように震えていたが、やがて俺を睨んできた。
「こうなると自棄になるわけにもいかねーわな」
「きみの言う「予定」って、どう自棄になって暴れるかって方針かよ」
「るせーよ。なあ。親父が開放されるのは、どうしたらいい?」
「開放って、釈放? それは……」
俺はルナリアに視線で問いかける。
「無理でしょう。既に判決は出ています」
ルナリアが首を振る。そりゃそうだろうな。
エイダちゃんは歯軋りした。
「なんとかなんねえのかよ」
「そうだな……俺の故郷では民間人を人質にされて、テロリストを渋々釈放したって事例はあったけど」
「まじかよ。それ使えねえ?」
「いえ、難しいと思います。アリアハン王家は歴史的に、そのような交渉に応じた事例はありません。というか勇者様の故郷ってどういうことですか?」
「そこは気にするな」
「……クソっ」
エイダちゃんは自分の膝を叩いた。
「なんかねえのかよ。親父を助ける方法」
「……ないわけじゃないが」
俺は思案した。あまり、この手は使いたくないのだが。
「脅迫じゃなくて成果でもって交渉するって手もある」
「成果……?」
つまるところ、こういうことだ。
「魔王討伐パーティーに加わって、魔王倒したから親父を釈放しろって交渉すればいい」
「え……」
エイダちゃんはきょとんとし、次に真っ青になった。
「そ、そうか……いやでも、それは」
「確か、世界を救うほどの成果を持って帰れば、重罪人の開放も可能かもしれません」
ルナリアも同意してくれる。
「ですが、これは……」
「まあ、途方も無い困難だろうな」
父親を助ける為に魔王を倒す。
口で言えば簡単だが、そんなもの、普通の神経で出来るものではない。
だがエイダちゃんの目的を達するには、これくらいのことを達成しなければどうしようもない。
「わ、わかった」
エイダちゃんは顔色を悪いままに、しかし確かに頷いてみせた。
「俺はアンタが嫌いだ。勇者って立場が嫌いだし、アリアハンの連中が大嫌いだ」
「全方位に噛み付くスタイル嫌いじゃないぜ」
「そういう余裕ぶってるところも嫌いだ」
嫌われたもんである。
9割8分八つ当たりってのがどうしようもない。
だが、あるいは―――それくらい無茶でもはっきりとした目標があった方が健全なのかもしれない。
人間、しんどい時に立ち止まってたら、そのうちもっとしんどくなる。
「俺は―――あたしは、魔王を倒す。そんで、親父を釈放させる!」
拳を握り、決意を新たにするエイダちゃん。
まだまだ先の話だ。この弱い盗賊少年が、本当に旅についてこられるかは判らない。
それにこのゲーム、魔王討伐後は―――
「ま、やってみてから悩むことだな、これは」
今から考えても仕方がない。
俺達の関係は利害が一致しただけ。エイダちゃんは俺を憎たらしく思っているし、俺達もエイダちゃんを信じてはいない。
ただ―――俺としては、懸念が増えた。
エイダちゃんにとっては、父親を助ける光明が見えた朗報かもしれない。
だが、俺にとっては悲報だ。
「勇者様?」
「いや、なんでもない」
……実は俺は、処刑云々言っておきながらバコタ生存がありうると思っていた。
なぜなら、ゲーム中ならバコタはずっと牢屋に入っているからだ。
それはわざわざバコタが処刑されるイベントなど用意していないだけという理由でしかないが、それでも。
死ぬべき人間がゲームの都合で生きている。
なら、生きて欲しい人間もゲームの都合で死ぬのではないか。
この現実となった世界において、死という事情は覆せないのか。
勇者の父オルテガの死のイベントは止められない、という結論に行き着いてしまうのだ。
中世世界観で死刑が廃止されているのはさすがにないだろう、と思うかもしれません。
でもサイコロ神の思し召しなのです。神はサイコロを振るのです。アインシュタインも爆笑です。