いざないの洞窟に突入して3週間。物資もいよいよ心細くなり、精神的にも追い詰められてきた。
ルナリアは黙り込み、エイダちゃんはイライラと小さな動きを繰り返している。
タイムリミットが近いという予感。俺達は、思い切った行動を起こすことにした。
「洞窟の内部構造は完全に把握した。秘密結社の人員もおおよそ理解した」
地面に描いたいざないの洞窟の地図。
旅の扉を作ったであろう古代人の遺跡部分、そこから現代人が掘り進んだ坑道部分。
秘密結社の目をかいくぐっての捜索により、ようやくこのダンジョンの全景が明らかになった。
そして、俺達が向かうべき「旅の扉」の場所も。
「未捜索の場所は秘密結社のアジト本拠地だけだ。エイダちゃんの情報通り、この先に旅の扉はあるんだろう」
いざないの洞窟下層、枝分かれした道の1つ。
秘密結社本拠地の奥だけが、未だ未捜索な場所である。
こちら側に寝返ったエイダちゃんによりもたらされた情報こそ、「秘密結社が旅の扉を独占している」というものだった。
「魔法使いにとっては興味深い研究対象らしいぜ。それに……」
「ロマリアとの密貿易、ですか」
そう、秘密結社……というかサンセットの有力者は、アリアハンには内密にしたままにロマリアとの密貿易を行っているのだ。
この世界の貿易は色々とザルなので別に国に届け出る必要もなく、厳密に言えば「都合のいいことを黙っているだけで、あくまで正規の貿易」らしいが……
後ろめたいからこそ、コソコソと秘密結社のアジトで蓋をしているのだろう。
「ってことはロマリア国はサンセット地方を支援しているのか?」
他国が対象国を衰退させるために、反乱組織を支援する事例は多い。
この場合はロマリアは貿易することで利益を上げ、更にアリアハンのパワーバランスが崩れ内部で削り合うことで弱体化を狙える。
一石二鳥のお買い得な作戦なわけだ。
「少なくとも表向きは無関係でしょう。風評が悪すぎます」
「そりゃそうか。やるにしてもダミー会社作るわ」
第三者に風評を肩代わりさせるのは歴史上でもよく見る手だ。
アメリカとかは特に表向きの評判を気にしいなので、よくやってた気がする。
「とにかく、旅の扉を通過するにはこの本拠地を突破しなくちゃならない」
「それって……やっぱ、戦いになるんだよな」
エイダが若干顔色を悪くする。
「あぁ。秘密結社本拠地に襲撃をかけて、強行突破する」
エイダちゃんの仲間をこちらから襲う。
これまでの自衛とは違う。目的の為に、明確な敵意をもって攻撃を仕掛ける。
「俺もルナリアもここで野垂れ死ぬ気はない。きみも父親を救うという覚悟をするのなら、天秤にかけろ。何を救い、何を切り捨てるかを」
「俺は……」
エイダちゃんは、歯を食いしばって俯いた。
そして、顔を上げてこちらを見た時。彼女の瞳から迷いは消えている。
「俺は、俺の目的を果たす……! 親父が捕まった途端に態度を引っくり返したアイツ等なんて、もう俺の仲間じゃない!」
「俺?」
「あ、あたしは目的を果たしまぁす」
しおれつつ女口調に訂正するエイダちゃん。
苦労の耐えない少年である。
秘密結社の本拠地は堅牢な隔壁に守られている。
当然だ、あそこは侵入者に対する最後の防衛線だ。
ただでさえ行動を限定されている坑道内ということもあり、防御しなければならない範囲が狭いからこそ防壁は強固。
土嚢を積み上げて木製の門を構えた大部屋前を、普通の方法で突破することは出来ない。
更にいえば、いざないの洞窟の下層は長い直線が多い。
敵本拠地の前も長いストレートが伸びており、そこを走破した後に隔壁を破ることになる。
つまり、見張りを立てている賊はかなり早い段階で襲撃しようと走ってくる俺達を見つけてしまう。
だからこその強襲。入り組んだ坑道、地道に歩き回って歩数で測量した結果を披露するのだ。
洞窟内に轟く爆音。吹き抜ける爆風。
俺は、原作通りに壁をぶち破ってやることにしたのだ。
正面突破が難しいのなら―――横から侵入すればいい。
「て、てめえら、どこから―――!?」
舞い散る土埃と閃光の余波に、予め身構えていた俺達以外は動きを止めている。
秘密結社の賊達は、「壁をぶち破って」突入してきた俺達に驚愕していた。
俺達は煙に紛れ、隔壁部分すらスキップして本拠地の大部屋に突入した3人。
「いやなんだよあの魔法!? あんなの持ってたのかよ!?」
「レーベ名物魔法の玉だ、あと幾つかあるぞ」
「もうそれ魔王の城にぶちこめよ!」
エイダちゃんが叫ぶが、実際それはありだと思う。
戦争ってのは、戦力をどれだけ集中出来るかというノウハウの戦いだ。
たとえば大国と小国が戦うとする。
大国が人海戦術で挑んできたとして、小国はこう、魔法技術とか使って国民の力を一点集中させて、一騎当千の英雄を作り出して対抗するとする。
そうするとあら不思議、小国にも勝ちの目が見えてくるのだ。
「戦いは数だよ兄貴」という格言もあるが、それも程度問題。
一騎当千の文字通り、常人の千倍の力を発揮出来る超人が生み出せるのなら、それを敵国の王暗殺に向かわせばいいのだ。
人はそれを、「特殊部隊」とか「アサシン」とか「勇者」と呼ぶわけで。
とにかく、魔王を倒したいのなら……レーベに住むアルディラ爺さんをアリアハンに招集して魔法の玉を量産し、魔王城に対してドッカンドッカンやればいい。
「玉の運搬方法は、旧日本軍に倣って風船爆弾でも使えばいい!」
「なにを仰っているのか判りませんが、今は走ってください」
秘密結社の本拠地を抜ける。
雑多な物資や粗雑な椅子を脇目に走り、混乱する男達の合間を駆ける。
だが、いつまでも上手くいくはずがない。
やがて我に返った男達は、俺達を打倒すべく次々と立ち上がった。
「待てやこらぁー!」
「壁壊しやがって!」
「女だけでも置いてけやクソが!」
「男だけでも構わんぞボケェ!」
走る3人。予想通りに秘密結社本拠地には更に奥に続く通路があり、俺達はそこに飛び込んだ。
「おいもっと速く走れ! 追い付かれるぞ!」
盗賊らしくすばしっこいエイダちゃんが先行する。俺はエイダちゃんに盗賊の鍵を投げ渡した。
それを咄嗟にキャッチした彼は、困惑顔を俺に向ける。
「この先に扉があるはずだ、先行して開けといてくれ!」
「……わかった、じゃあな!」
鍵を受け取り加速したエイダちゃん。
俺は魔法の玉を幾つか取り出し、魔力を込める。
「貴方様、どうするつもりですか?」
「そりゃこうするんだよ!」
導火線に魔力の火が灯る。
俺は壁の亀裂に魔法の玉を詰め込み、ルナリアの手を引いて少し加速。
曲がり角を曲がった途端―――轟音が、俺達の背を焼いた。
ガラガラと崩壊する坑道の天井。
やっべ、強すぎたかもしれん。
「走れ、走れ走れぇーっ!!」
パラパラと破片が頭に落ちてくる。トンネル全体に亀裂が走る。
完全に想定外ってレベルで崩壊が始まってる。
「こっちだ! アンタが言ってたヤツがあったぞ!」
待っていたエイダちゃんが旅の扉らしき青い光の渦を示す。
最初に飛び込んだのはエイダちゃんだった。
これは実験台とかじゃなく、彼女が盗賊という斥候役の訓練を受けているからこそ事前に打ち合わせていた行動だ。
最初に危険に飛び込み、先の安全を確保する。
それに続きルナリアも飛び込む。
最後に俺が殿として迫る敵を見届け―――なんて余裕もなく、崩れ落ちる瓦礫から逃げる為に旅の扉に飛び込む。
「うおっ―――」
青い光の渦巻きに飛び込んだ瞬間、空間が変わったのが判った。
上に落ちてる。
そんな、本来の在り方とは違う違和感。
初めて感じる浮遊感は一瞬で、俺は次の瞬間には尻もちをついていた。
「あいたっ」
先程までの非現実感とは打って変わっての生々しい現実感。俺を見るルナリアとエイダちゃん。
俺は慌てて立ち上がり、旅の扉に向けてブーメランを構える。
俺達を追って旅の扉でこちらに来る者がいるかもしれない―――そんな危機感は、しかし光が収束し、途絶えることで消え去った。
「旅の扉が閉じた……?」
「いえ、閉じたと言いますか……」
ルナリアが言いよどむ。
「向こう側が崩壊してしまったのではないでしょうか」
苦い沈黙が流れた。
炭鉱において最も恐ろしい事故の一つが崩落だ。
あの場には何人いたか。あそこで爆発が生じて、果たして脱出出来るのか。
「アリアハン国に怒られる……!」
「え? そこ?」
「いやだって旅の扉の所有は国だし」
旅の扉は現代技術では作れないワープ装置。
地球でいえば、大橋を2度と修復出来ないまでに破壊したようなものだ。
現在は賊に制圧されていたとはいえ、国がこんな便利アイテムの所有権を手放しているはずがない。
……よし。
「さすがは魔法秘密結社、洞窟を崩すほどの爆発を起こすとはな」
なに言ってんだこいつ、という目を俺に向ける二人。
俺は素知らぬ顔で何度も頷く。
「旅の扉を壊したのは賊。いいね?」
「はい」
「わ、わかった……」
ぎこちなく頷くルナリアとエイダちゃん。
俺達の正義は守られた。