ドラクエ3リプレイ   作:蛍蛍

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発酵の美少女

 

 

 10月になった。

 ヨーロッパは北大西洋海流の影響で暖流が流れ込み、北緯の割に日本より温暖な傾向にある。

 しかし南東に進む俺達はヨーロッパ大陸を脱出する寸前まで達しており、ここまでくると暖流の影響も減ってきていた。

 つまり、10月らしく寒い。なんなら日本の10月より寒いかもしれない。

 

「誰だよ、南行くから気温は心配しなくていいって言ったヤツ」

 

「お前だよ……」

 

 エイダちゃんのツッコミも力がない。

 

「エイダちゃん、最近元気ないよね」

 

「んなことねーよ……」

 

 そう言いつつも、彼の目は虚ろだ。

 

「やっぱり、寒くて調子崩してるんじゃない?」

 

「……そんなんじゃねーよ」

 

 そう言いつつも、エイダちゃんの返答はおぼつかない

 病気のなりかけだとしたら、この寒い旅の中で本格的に体調を崩されたら大変だ。

 

「ルナリア、町についてからの仕事は俺達で割り振ろう。エイダちゃんは休ませる」

 

「そうですね、了解しました」

 

 ルナリアが賛同し、俺達はエイダちゃんを馬車の中に寝かしつけて護衛に戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 宿場町に到着した。

 赤い屋根に白い壁の建物が、壁のような急な坂に張り付くように町並みを広げている。

 まるで雛人形の雛壇だ。港町特有の潮の匂いと高低差の激しい町並みは、それだけで異国情緒がある。

 

「エイダちゃん、大丈夫? 今晩は部屋でゆっくりしてろよ」

 

 大部屋では休めなさそうなので、カリーム氏に許可をとって俺とエイダちゃんは宿の個室を借りた。エイダちゃんは体調不良を訴えることこそなかったものの、明らかに元気がない。

 

「お前らだけで行ってこいよ……」

 

「ダメだよ、ちゃんと休めるかどうかも心配なんだから」

 

「お前がいるとイライラする……どっか行ってくれ」

 

「わ、わかった」

 

 俺は率直に言われ、おずおずと部屋を出た。

 最近は鳴りを潜めていたが、やっぱり俺はエイダちゃんに嫌われているらしい。

 やっぱり人の心っていうのはそう簡単には変わらないみたいだ。

 

「大丈夫ですよ、彼も本当は感謝しています。ただ照れくさいのでしょう」

 

 ルナリアがフォローしてくれる。

 

「そ、そうかな」

 

「はい、私はそう思います」

 

 ルナリアの笑顔に、俺は勇気づけられた。

 

「あ、ありがとう」

 

「どういたしまして。さ、人手が減ったのです。必要物資の買い出しを頑張りましょう」

 

「そうだな」

 

 俺は買い出しに繰り出した。

 港町なだけあって、魚介類は豊富に手に入る。だが旅に持っていけるのは乾物や干物ばかりだ。

 

「魔法の袋が時間も止まってくれれば、旅中でも刺し身でもなんでも食べられるんだけどな」

 

「サシミってなんでしょうか?」

 

「生魚をスライスして、豆から作ったソースをかけて食うんだ」

 

「……加熱するといった過程がなかったのですが、まさか生で食べるんですか?」

 

 ルナリアがドン引きした表情で俺を見ていた。

 しかし市場のおば……ご婦人が俺達の会話を聞いていたのか、割り込んで指摘してきた。

 

「お嬢ちゃん、ここらじゃ生の魚をスライスして食べるわよ」

 

「えっ。ほ、本当に?」

 

「マジかおば、お姉さん。ここで刺し身食えるのか」

 

「サシミって呼び方じゃないけど、あそこの店で出してるはずよ」

 

 俺達はご婦人が示した店に入ってみた。

 

「おおっ、これぞ刺し身! ジャパニーズノンファイアーフィッシュ!」

 

「本当にお料理として出てくるんですね……」

 

 喜ぶ俺に、慄くルナリア。

 華やかに盛られた魚には、ドレッシングのようなものがかけられている。

 レタスや玉ねぎといった野菜も爽やかで、まるで刺し身というかサラダのようだ。

 

「カルパッチョじゃねーか! 刺し身じゃねーよ!」

 

 ジャパニーズじゃなかった。

 

「なるほど、とてもさっぱりしていますね。火を通さない魚というのも悪くないのかもしれません」

 

 当初拒絶感を示していたルナリアだが、色々なものを食べてきたとあってさすがに度胸がついていたらしい。

 すぐに覚悟を決め、カルパッチョらしき料理を食べている。

 

「この調子で幼虫料理も食べられるようになればいいな!」

 

「それはいやです」

 

 生魚は食べられたようだが、それでも虫は駄目らしい。

 やだもーこのこったら好き嫌いが多いんだからー。

 

 

 

 

 

 

「エイダちゃん、これお土産」

 

 宿に戻り、俺はエイダちゃんにこの町の名物だという食品を渡した。

 器に入った白い液体。粘度が高く、少し酸っぱい匂いがする。

 

「お、おい、なんだこれ」

 

「簡単にいえば、腐った牛乳」

 

「馬鹿野郎!  嫌がらせか!」

 

「違うって、美味しいんだって。騙されたと思って食べてみてよ」

 

 腐った牛乳といえば聞こえは最悪だが、ようするにヨーグルトだ。港町だが乳製品も多く流通しており、チーズのみならず他の発酵食品も売っていた。

 他にも乳酒なんてものも売っていたけど、ルナリアに見つかる前に撤退した。っていうか牛乳腐らせた場合の汎用性やべーな。

 ヨーグルトは牛乳を元にしているだけあって栄養価が高い。砂糖はないけど、はちみつを加えることで食べやすく調整されているし、病人食としても良さそうな気がする。

 

「ほら、食べてみて」

 

「いらん……」

 

 エイダちゃんはベッドに横たわりつつ、そっぽを向いてしまった。

 困ったなぁ……せっかく買ってきたのに。

 

「美味いんだけどな」

 

 俺は一口食べる。はちみつのほのかな甘みを付けられたヨーグルトは、どこか懐かしい味だ。

 

「ああもう、わかったよ!  食べればいいんだろ!」

 

 エイダちゃんは俺のしつこい勧めに根負けしたようだ。スプーンで掬ったヨーグルトを口に含むと……エイダちゃんの動きが止まった。

 

「え、うそ。なにこれ美味しい」

 

 エイダちゃんはスプーンですくったヨーグルトを、繰り返し口に運ぶ。

 

「美味しいだろ?」

 

「ああ……」

 

 それからエイダちゃんは無言でヨーグルトを食べ続けた。

 俺も自分の分を食べる。

 普通に日本で食べたのと同じいつもの味だ。

 

「そうか、ここは地球でいうところのブルガリアだ」

 

 正確に同じかはわからないけど、たぶん同じあたりだと思う。

 ブルガリアでは日本でおなじみのヨーグルトを作るのに使用された酵母が、それこそ紀元前から伝えられてきた。

 ぶっちゃけ歴史の教科書で習う古代4大文明より、この地のヨーグルトの歴史の方が古い。それくらい古い伝統技術だ。

 そして現代日本で販売されているブルガリア国と同名の商品もその酵母が使用されており、日本におけるヨーグルトのスタンダードになった。

 他のブランドのヨーグルトはブルガリア国の許可をとっていないので別の酵母を使っているのだが、それでもブルガリア名のそれに近い味に近づけて開発されている。

 長々と何を言いたいかというと……

 

「懐かしいな」

 

 日本でお馴染みのヨーグルトの味の源流は、紀元前から変わらず受け継がれてきたもの。

 中世風の異世界ですら、その味が同じだった。

 俺はしみじみとヨーグルトを味わい……

 

「おいー! そこのバカ男どもー! あはははっ!」

 

 酔っぱらいが乱入してきた。

 くそ、ルナリアのやつ自力で乳酒を見つけやがったか……。

 

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