町の教会に辿り着いた。
神官に声をかけ、霊安室の扉を開けてもらう。
棺桶の1つには、損傷したままのエイダちゃんの亡骸が収められていた。
町について、まずここに預けに来たのだ。
「旅の方、明日旅立たれるのでしたな。すぐに埋葬を行いますか?」
「少し、彼と話させてください」
頼み、神官に退室してもらう。
「彼?」と訝しんでいたのは気にしない。
「亡骸が損傷してたら駄目なんだよな。死体にホイミをかけられるか?」
「不可能です。心の臓が止まった相手に、回復魔法はかけられません」
予想通りの回答だ。ゲームでも、死亡したキャラのHPを回復させることはできなかった。
「……心臓?」
ルナリアの言葉の違和感に、俺は疑問を抱く。
「その心臓が止まった相手って、死んだ相手って意味か?」
「何をおっしゃりたいのか判らないのですが……」
訝しむルナリア。
ああそうか。死の定義が違うんだ。
「教会では心臓が止まったら死亡したって判断になるのか」
「いえ、心の臓というより、呼吸が止まった時点で治療を諦めます。止まった呼吸を戻す方法はありません」
そうなるのか。そうか、人体の原理自体ほとんどわかってないんだ。
俺はエイダちゃんを棺桶から、そうっと取り上げた。
床に寝かせ、彼の上着をはだけさせる。
「ええっと、その、何を……?」
「仕方がないだろ、俺はちゃんとした訓練を受けてるわけじゃないんだ。服の上からじゃ、どこを押し込むのかわからないんだ」
男なんだから胸なんてないけど、つけっぱなしだった神秘のビキニのせいで犯罪臭がヤバい。
顎を引き、上を向かせて気道を確保させる。
「ルナリア。エイダちゃんに、回復魔法をかけてみてくれ」
俺はエイダちゃんに唇を重ね、息を吹き込んだ。
驚愕するルナリアに視線を向け、指示に従うように促す。
いつだったか、学校で習った通りに呼気を送り込み、続いて胸に手を置く。
骨が折れても構わないと言わんほどに、思い切り手の平を押し込んだ。
小さな彼の身体が跳ね上がるほどに強く、何度も押し込む。
エイダちゃんの身体が光に包まれる。回復魔法が始まったらしい。
俺は辛抱強く、何度も心臓マッサージと人工呼吸を繰り返す。
「まさか、外部から無理やり心の臓と呼吸を行わせようというのですか……!?」
正気の沙汰じゃない、という感じの声が背後から聞こえる。
心肺蘇生法は「死ぬよりはマシ」という、本当に緊急用の蘇生法だ。
身体へダメージが及ぶことを覚悟した上での、無理やりな生命維持なのだ。
この世界、中世時代ではあまりに意味不明な行動だろう。
それでも俺の意図を察して、魔法を続けてくれるルナリアはやはり地頭が賢い。
……やがて、エイダちゃんの肉体が戻っていく。
最低限の心肺機能を強引に動かしているからか、その速度は遅い。
だが、確かに回復魔法が作用していた。
「はあ、はあ、はあ……」
しばらく続け、遂にエイダちゃんの外傷は完全に塞がった。
微かな腐臭も収まっている。どうやら肉体が腐り始めていたのも修復されたらしい。
……地球だと、腐った肉体を治療するのは難しい。大抵の場合、諦めて腐った部分を切断するのが地球の医学だ。
そう考えると、魔法は部分的に地球の医学を超えているのか。
「いや、その場で回復している時点で超えてるか……」
俺は呼吸を整えつつ苦笑した。
この世界では、抗生物質は発展しないのかもしれない。
「あ、貴方様は、何をしたのかわかっているのですか?」
「片棒担いだルナリアがどうこういうことじゃないだろ。何をしたのか、検討はついているんじゃないのか?」
「わ、わかりますが……とんでもないことです。貴方様は、死の定義を更新したのですよ!?」
死の判断基準は時代によって変わってきた。
ルナリアの言う通り、中世の時代は呼吸や意識の喪失を死と定義した。
少し人体への理解が進むと、次は心臓の停止が不可逆の死と定義された。
そして近代になると、人は呼吸や心臓が止まったくらいでは諦めなくなった。
心肺蘇生……脳が死ぬまでがタイムリミットだと、定義を改めたのだ。
「外部から無理やり心の臓を動かすなんて……これが有りだというのなら、即死した者であっても魂が乖離していない限り、蘇生可能ということになってしまいますっ!」
「そうか、この方法ならエイダちゃんもあの場で助けられたのかもしれないんだな。つくづく俺は考えが足りていないみたいだ」
いやどうなんだろう? 回復魔法って脳細胞まで治すのか?
こんなモンスターが跋扈するご時世だ、頭……脳髄より上が吹き飛ぶような死に方をした人間だっているだろう。
そういった場合、人間の人格を保管する脳機能部分がほぼ消失しているにも関わらず、心臓が動き呼吸すら続けている場合がある。
だが呼吸出来ているならこの世界の僧侶基準では生きていることになり、回復魔法を使えばたぶん失われた大脳も復元される。
しかしその場合、人格はどうなるのか。
「いやでも、魂なんてものを持ち出されたらなぁ……ちゃんと人格も戻ってくるのか?」
人体実験するわけにもいかないし、これ以上考えても仕方がない気がする。
「肉体を復元出来た、ということは……世界樹の葉による蘇生を試みるつもりでしょうか?」
「ああ。魔法の袋で死体を持ち運んで、毎日心肺蘇生法と魔法を使っていけば、何年かかっても世界樹に辿り着くまで新鮮な死体を維持できる」
「それは、言葉でいうよりずっと大変な作業だと思いますよ?」
ルナリアはあえて、作業という冷徹な単語を使ったんだと思う。
この聖女様はそういうことをする。
「頼む。俺の迷惑に付き合ってくれ」
「承知しました。付き合いましょう。投げ出したらシバきます」
ノーウェイトで了承するルナリア。
彼女には迷惑かけてばっかりだ。
俺達は「やっぱり故郷に連れて帰って埋葬してやりたい」と神官に頼み、迷惑料として寄付をして宿に戻った。
肉体の復元されたエイダちゃんの亡骸を魔法の袋に詰めて。
「昨日はあのように言いましたが、蘇生が成功するとは限りません。条理を覆す軌跡の法です。あまり期待しないでください」
「わかってる」
馬車が再び旅路に出る。減った人員を載せ、魔物の報告が激増した危険な道へと。
「強く、ならないとな」
「はい」
此処から先の旅路は、モンスターに警戒してより急ぎの行程となった。
そのせいもあってか、行程は若干短縮され。
そして新年を迎える頃―――俺達は、常夏の国アッサラームに到着したのだった。
エイダの死については色々と悩んだのですが、主人公の気持ちを考えるとやれることはやってみることにしました。
世界樹の葉に辿り着いたとして、どうなるかはサイコロ神に任せようと思います。