先に述べた通り、俺はこの地域、地球でいう中東あたりのことをよく知らない。
よって立ち寄った町でどんなものが食べられるかと、ちょっとだけ期待していた。
いや、お遊びの旅行じゃないんだ。俺もグルメな道楽の旅をするつもりはない。
ないけど、それでも人間生きるかぎり食事しないわけにはいかない。
なにより、人間息抜きは必要だ。
「自己正当化はこれくらいでいいか?」
「よろしいのではないでしょうか」
聖女様のお許しが出たので、俺達は意気揚々と店に突入した。
細かな模様を編み込まれた、鮮やかな絨毯が壁に飾られた飲食店。
なんでもこの地域では絨毯は床に敷くものではなく、壁にかける付け替え可能な壁紙みたいな使われ方をしているらしい。
よく考えればこれほど緻密な手工業品だ、踏みつけて痛めていくなんて出来ないのは普通かもしれない。
例のごとくメニューなんてない。供されるのは「今日のおすすめ、日替わりメニュー」だけだ。
出てきたのは、スープと白パンだった。
「ここでは白いパンが食べられているのですね」
ルナリアが少し驚いたような声を漏らす。
これまで旅してきた国々ではライ麦のパンを黒いパン、小麦のパンを白いパンと区分していた。
日本で普通に売られている小麦のパンは、白いと言いつつ別に白くない。茶色だ。
だがパンの茶色は焦げ色だ。食パンの中身が白いように、別に焦がすことはパンの調理に必須ではない。
この香ばしさが好きって人も多いだろうけど、食パンの中が柔らかいように、表面を焦がさないように慎重に焼いた白いパンは中も外も全部柔らかい。
その手間隙も含め、本当の白パンはこの世界では高級品なのだ。
その白パンが、目の前に普通に出てきた。
ルナちゃんが驚くわけである。
「…………。」
アミーラちゃんが首を横に振る。
まあ、何が言いたいかはなんとなく判る。たぶん白パンじゃないんだろう。
こんな場末の宿場町で、最高級白パンが出てくるはずがない。
俺は自前の箸でパンを突いてみた。
なんで箸を持参してるかって? 別に特別なことじゃない、この世界の旅人は使い慣れた食器を持ち歩いている。
どうせ持ち歩くならと、箸をエイダちゃんに作ってもらったのだ。
器用な彼らしく、随分と完成度の高い箸。
彼の形見だ。
不謹慎勇者ジョーク。
まあ箸のことはおいておいて、パンを箸で突いてみたところ……
ふにゅん。
「あ、これ餅だ」
触感でなんとなくわかった。
少なくともパンじゃない。なんか潰して練って固めた料理だ。
一口食べてみると、もう完全に納得した。
芋餅だこれ。砂糖醤油がほしい。
少しねちゃねちゃしているし、雑味があるが、それでも一口目の印象は日本で食べられる芋餅に近い。出来ればもうちょっと香ばしく焼き目を付けて、砂糖醤油で戴きたい味だ。
いやいいんだけどね。美味しい。うん。
スープについては、あまり知らない味だ。
伝統料理らしく完成度は高いが、正直ピンとくる味じゃない。
豆っぽい気配を感じる。
たぶん味噌汁ポジションのようなものなのだろう。100点を目指す選手じゃない。毎日いてほしい補欠選手だ。
……我ながら例えの意味が判らん。
おっかなびっくり食する俺達に対して、アミーラちゃんは黙々と食べ続けている。
人見知りの割に物怖じしない性格なのか、それとも食べたことがあるというだけなのか。
不思議な子である。
「なんで火を通した段階で食べられる食材を更に潰しちまうんだ?」
「んんっ?」
男が会話に割り込んできた。
誰かと思えばガザルだ。
「ガザル、お前こっちのキャラバンに参加してたのか?」
「えっ。ひどくね? いたよ。ずっと居たよ」
若干ショックを受けた様子のガザル。
本当に、ここに至るまで護衛に参加していたことに気付かなかった。
「で、なんでだ?」
「知らん。餅だって叩いて保存性が良くなるんだから、これも同じような理由だろ」
「いいえ、違うと思います」
ルナリアは俺の保存性向上説に異論があるらしい。
「保存食ならばともかく、飲食店で提供される食事に保存性は必要ないでしょう。手間が増えるだけです」
「じゃあなんで? 言ってみい」
「なんですかその口調……」
ルナリアは溜め息を吐き、彼女の推論を述べた。
「そういう文化なのでしょう」
「その回答は身も蓋もなさすぎると思う」
「極端な話、もっとも保存性が高い食材の食べ方は製粉した粉をそのまま喰むことです。加熱しないので薪の節約にもなります」
「それは人間として終わってるだろう」
「あの吸血鬼くらいだろ、そんな食べ方するのは」
ガザルの中ではキューレは粉をムシャムシャ食べてもおかしくない生物という印象らしい。
へ、ヘイトスピーチ……!
よく分からんのですが、そもそも白米より餅のほうが先に食べられてたっぽいです。