キャラバンは馬車から帆船に乗り換え、大河を渡っていた。
曰く、この大河を超えてからが本格的な砂漠となるらしい。
「……流れているのですか、これは……?」
ルナリアが困惑の声を漏らすが、気持ちはわかる。
大河はあまりに流れが緩やかすぎて、一見湖のようにしか見えない。
「カリームさんが言ってた船って言うのはこれか」
俺達が乗り込む船は渡し船のような小さな船ではなく、海で運用するような大型船だ。
勿論精々排水量100トンくらいの船だけど、日本人の感覚としては、この大きさの船を川で運用するというのが驚きである。
大河が文明を育むというのは有名な知識だが、その要素の中で忘れがちなのが運輸における利便性だ。
人里は水場に出来る。そして、大河というのは多くの水場につながっている。
これほど流れが緩やかな川であれば船が流れに逆らうのも難しくはなく、つまり船さえあれば人里同士を船一つで駆け回ることが出来るのだ。
自動車どころか馬車も何もない時代、ある程度の荷物を一気に運輸出来る手段があるというのは文明にとってどれほど寄与するか。
古代の人々が大河に神の気配を感じたのも、けっして大げさなことではないのだ。
「いや、違うぜ。これは対岸に渡るだけだ、カリームのおっさんが言っていた船はその先で乗り込むことになる」
「ちがうんかーい」
ガザルに否定された。
モノローグとはいえ語った俺がバカみたいじゃないか。
「しかし不思議なもんだな、水の川が道になるなんて」
「なんじゃそりゃ?」
彼の不思議な物言いに、俺は首を傾げる。
ガザルは語った。
「俺の故郷じゃ冬には川が凍るんだ。そうなると、川が道として使えるようになるんだ」
「冬のほうが輸送効率があがるってことか?」
常識的に考えると逆なのだが、雪国には不思議な考え方もあるらしい。
「ノアニールの川はここみたいに流れも波も小さくてな、凍ると真っ平らになる」
「ああ、スケートリンクみたいなやつか」
「そうそう、スケートは知ってたか。ノアニールは深い森が多くて夏は人里が孤立気味になっちまう。逆に冬は、広くて立派な氷の道が開通するってわけだ」
まさかスケートで物流するってことはないだろう。ソリで物資を輸送するのか。
確かに国中に張り巡らされた大河が真っ平らに凍ったならば、それは冬季に極めて幅が広い幹線道路が出現すると解釈することも出来るかもしれない。
生活スタイルってのは、本当に地域で千差万別だな。
「…………。」
踊り子姿の少女が通りかかった。
アミーラだ。首から紐で板を吊るしている。
絵でも描いているのかと思ったが、よく見るとそれは立ち売り箱だった。
駅弁売りが首からかけてるやつ。
「アミーラちゃん、なに売ってるんだ?」
勇者パーティーの1人が現地で勝手に商売始めているのはまあまあ異常事態だが、きっとこの子は根底が商人なのだろう。
聞いたわけじゃないけど、たぶん売上を旅の共通資金に供出してくれたりはしない気がする。
そして、彼女が商っていたのは……
「この前食べた芋餅じゃないか。この辺じゃ珍しくもないだろ、売れるのか?」
葉っぱで包まれた、あの白い餅であった。
聞いても答えは帰ってこなかった。相変わらずの無言キャラだ。
だが彼女が見せつけてきた箱の中は随分とスカスカになっている。売上は好調らしい。
どういうことだろうと不思議に思っていると、その匂いに気がついた。
「……砂糖醤油?」
いや砂糖も醤油もないのだから、たぶんなにか別のもので代用したのだろうけど。
この子、俺が何気なく言ったアレンジ方法を商売に使ってやがる。
一つ買って開いてみると(普通に有料だった)芋餅は固めた上で焼き目を付け、甘い匂いのタレを塗られている。
うなぎの匂いとはよくいったもので、この独特の香りに船の乗客達はつられてしまったのだろう。
俺は2つ入りだったので、芋餅を重ねた。
「何をしているのですか?」
「鏡餅」
1月なのでやってみた。
ルナリアは「なるほど」と適当に頷き、再び視線を川に戻す。
知識欲が強い彼女が興味を示さなかったあたり、俺のことだからどうせくだらないことをしているのだろう、程度に思われているらしい。
神国ジャポンのアルティメットアーティファクトの依代であるというのに、まっこと不敬な奴である。
むしろこういうことをやっているのは北欧ではなくシベリアな気がします。