考えなしに宿を飛び出した俺達は、雑踏行き交う道路の交差点である円形広場で相談した。
「旅に必要なものってなんだろう?」
「衣食住という言葉があります。衣服、食事、住処……住処は野宿と各地の宿屋に頼ることになるでしょうから、服と食料でしょうか?」
「服は……嵩張る荷物になるだろうから、たぶん他の冒険者も最低限しか持ち歩かないんだろうな……」
水場などがあれば洗濯出来るかもしれない。
だがおそらく、基本的に数日間は着たきり雀なのだろう。
「そうですね。魔法の袋があればあるいは、とも思いますが……国宝級のアイテムなど望むべくもありません」
「魔法の袋?」
「物語などで語られる、無限の容量を持つ収納袋です」
魔法の袋という名前のアイテムは知らなかったが、それらしい物については知っていた。
ゲームシステムに組み込まれた、容量無制限のアイテムイベントリ。
だがそんな非常識な物など持っては……
「あっ」
俺は腰に吊るした袋に触れた。
王様にもらった、実にしょっぱい装備品を入れた袋。
冷静に考えると―――この大きさの袋に棍棒が入るのは、おかしくないか……?
「どうかしましたか?」
ルナリアが不思議そうに見上げてくる。
俺は袋を腰から外して、背負った銅の剣(初期装備)を入れてみた。
袋の大きさはおおよそ40センチくらい。
その袋に、80センチはある長剣がスルスルと入ってしまった。
「まあ」
「すげえ、魔法だ!」
ルナリアも俺も驚いた。
俺としては、この世界に来て初めて魔法らしい魔法を見た。
試しに腕を突っ込んでみると、まるで手品のように肘まで飲み込まれる。
いや、手品(マジック)ではなく魔法(マジック)なのだけど。
「良かった。こんなものを下賜されるということは、貴方様は本物の勇者様なのですね」
「いままできっちり疑ってたんだな……」
袋の中で物を手放したり、逆に特定のアイテムを引き寄せたりなどと試してみる。
おおよそイメージ通りの操作が可能なことに俺は安堵した。
「でも、これ、本当に容量無制限なのか?」
「伝聞ではそう書かれていました」
「本当に『無制限』なら、これを海に沈めればやがて海が干上がることになるぞ。本当に無制限なのか?」
「そ、そう言われると……限度はあるのかもしれません」
まあ、そうなんだろう。
これで海が干上がるなら、最後の鍵を真っ先に入手しにいくんだけど。
「そういえば、俺がやったドラクエ3だと、ふくろを使ったバグ技があったよな」
ゲームバランスを完全崩壊させる技だったが、実際こうして空間を操っているアイテムを前にすると、「ああいうこと」も出来るのかもしれないと思ってしまう。
「これがあれば旅の困難が大きく軽減されますね」
「そうだな。食料は日持ちする物を買い込んで、服はある程度着回して町についたらまとめ洗い、ってことにすればいいか」
「それでよろしいかと」
ちなみに洗濯については、宿屋に自分でやるスペースがあった。
地球においても、昔は仕事が専業化されておらず、人が生活するにはなんでも出来なければならなかったらしい。
この中世ヨーロッパモドキの世界でも同じだ。基本的に、人は自分でなんでもやらないといけない。
「メイドさんを雇いたいな……」
「否定出来ません」
意外なことに、ルナリアは俺のボヤキに同意した。
「ひょっとして、ルナリアの家にはメイドさんいた?」
「はい」
首肯するルナリア。
さすが下級といえど貴族。家にメイドがいたらしい。
「メイドさんを引き連れて旅するってわけにもいかんよな」
「メイドが自衛出来なければ危険でしょう。そうなればただの冒険者です。家事が得意な者を仲間に入れて、賃金を払って雑務をしてもらおうという手もありますが……それは不和の元になると思います」
とはいえ、雑務に忙殺されて旅が進まなければ、それはそれで問題だ。
「まあメイドさんにアテがあるわけでもない現状は、おとなしく自分達でやっていこう」
ルナリアに聞き、食料品を扱う市場に向かう。
俺としては市場は生鮮食品のイメージがあったのだが、日持ちする食料も普通に売っているらしい。
「あれってナン?」
「ダムパーリングですね。膨らませないパンです」
「生肉が吊るされてるぞ」
「塩漬け肉です。古くから食される保存食ですね」
「乾燥野菜か。フリーズドライとは違うんだろうな」
「貴方様は本当に無知なのですね」
ルナリアに色々と聞きながら、手当り次第に食料を購入していく。
文字は難しいが、数字の読み方だけは宿屋でサクッと教わっていた。
値札を見ていくと、なんとなく物価が判ってくる。
ゲーム中では最低額が1Gだったが、どうやらこれは高額硬貨らしい。
漠然とした印象だが、1Gはイコール1万円くらいなんじゃないだろうか。
つまり目の前の店にある薬草は一回分で8万円。
お鍋の蓋は50万円だ。
「いやおかしいだろ」
命を守る為の貴重な薬草が8万円なのは、まあわかる。
でもお鍋の蓋がなんで50万円するんだ。
ひょっとしてお鍋の蓋っていうのは外見から名付けられた通称で、実は普通にラウンドシールドだったりするのか。
いやでも見た目はまんまお鍋の蓋だし……
「ですが本当に助かりました。旅慣れない我々にとって、大荷物は大きな枷になっていたでしょう」
「そうだな。軍人とかはフル装備で荷持が40キロに達するらしい。そんな状態で旅をする羽目にならなくて良かった」
大きな荷物を担いで歩き、魔物が現れたら荷物を放り出して剣を振るう。
そんなストロングスタイルの旅はちょっと勘弁してほしい。
いつ旅立つんでしょうねこいつら。