哲学好きな男性から離れ、次に声をかけたのは顔見知りの中年男性であった。
「ごくごく、ひゃーうまい!」
水汲み場で水をがぶ飲みしてらっしゃる。この暑さだ、気持ちはわかる。
「や、どうも。奴隷は捌けましたか?」
「おや、どうもこんにちは。いやあ、砂漠は喉が乾いて大変ですなぁ!」
彼はカリーム氏の部下の商人だ。いちいちリアクションが大きい芸人気質の男である。
「奴隷は売れましたぞ。ここは奴隷の需要が常にありますからな」
「そうなんですか?」
気分のいい話ではない。俺の価値観は現代地球のそれだ。
だがそれはさておいて、イシスは奴隷の需要が大きいというのはどういうことだろう。
俺のイメージだと、豊かで安定した土地では奴隷の需要は減る感覚なんだけど。
「ああ、皆さんは砂船から降りてすぐにオアシス側まで入りましたからな。外側は見ていらっしゃらないのですか」
「外側? ……オアシスから距離がある地帯ということですか?」
外側なんて魔物は強いし水場は遠いしで、ろくに生活出来ない場所っぽい気がするんだが。
この国での水の重要性は揺るぎないものだ。人は水に頼るというより、水に依存するレベルで寄り添って生きている。
「こんな熱く乾いた土地で、オアシスから離れて生きられるものとは思えないんですけど」
「その通りです、この国はオアシスありきで成り立っている。だからこそ、力がないものは水から離れた地に追いやられる。魔物の恐ろしさに震え、喉の乾きに苦しみ……この国は、内側と外側で明確に格差が生じているのですよ」
俺は周囲を見渡した。
まるで夢の国かのような、砂漠の中に忽然と現れた豊かな国家。
しかしそれは、この国の一面でしかないらしい。
「この国では水を制する者は人を制する、というわけですか」
「その通り。この国の水はあらゆる部分が利権で雁字搦めとなっております。飲料水も、漁業も、排水も、本当に全部が有料です」
ある意味現代社会っぽいかもしれない。
世の中タダのものなんてない。全てに値札が付けられるのが現代だ。
「例えば外周に住まう貧民がオアシスの水を飲めば、それだけで水泥棒として首を刎ねられるのです」
「えっそこまで?」
この人さっき、オアシスの水がぶ飲みしてたけど。
俺の視線を感じたのか、商人は苦笑した。
「我々は入国時に滞在中の水使用権を購入していますよ。ほら、大仰な入国の手続きをしていたでしょう?」
そういえば兵士に連れられて王城に向かう時、彼らは何やら話してた。
夢の国(有料)。
千葉の東京ランドだってあらゆる場所が有料だ。世知辛い。
地球であろうと異世界であろうと変わらない、世界の真理を見た気がした。
俺は水使用権なんて買ってないけど、国賓だからどっかから許可が出ているんだろう。
……黄金の爪、回収失敗しましたってパターンもまずいかもしれない。
こんだけ厚遇したのに「ハァーつっかえねぇー」みたいに言われるかも。
「貴方がたのような無能な勇者パーティーには厚遇特権なしでーす」みたいに言われちゃうかも。
スポンサーのいない勇者なんてただの旅人である。
……いやそれでもいいのか? 今までもそうだったんだ、根無し草が一番気楽かもしれない。
資金面の不安? バグ技で貴重なアイテムを増やしてあるから金はある(どやぁ)。
「くわばらくわばら。っていうか、外周の住人とやらはいわゆる『奴隷』なんですか?」
「いえ、この国には奴隷制度はありません。それどころか王族を除いて、国民の大半は等しい身分であることを法律で保証されています。ただ経済活動の結果、格差が大きくなっているというだけです」
資本主義社会だと富裕層と貧困層の格差が広がるというが、ここもそういう力の原理が働いているのだろうか。
平等というのは不平等への近道なのかもしれない。
ならば不平等はといえば、これは普通に不平等への直通路だ。
人の世はひたすらに不公平へと邁進するらしい。
やべーな人類。いっそ魔物の弱肉強食ワールドの方が、人の世より一発逆転の目があるのかもしれない。
「我々が運んできた奴隷も、名目としては富裕層の使用人として雇用していただきました。この国としてはあくまで移民を受け入れた形です。我々の目からすればどこまでも奴隷でしかないのですが」
「奴隷の定義は国によって違うということですか」
「その通りです。ロマリアのように奴隷といいつつ下級市民程度の扱いの国があれば、この国のように奴隷身分でなくとも不平等な生活を強いられる国もある。……まあ、その境界の線引きについては後世の歴史家に任せるとしましょう」
商人は気まずげに頭をかいて苦笑した。
売買しておいてなんだが、彼としても楽しい話題ではなかったらしい。
「それより気付きましたか、イシスは美女の国と呼ばれている美しい女性が多い国なのです」
「ほう」
俺は神妙に頷いた。
言われて周囲を見渡してみれば、確かに美しい女性が多い。
「聞きましたぞ、女王様に謁見したとか。その、やはり絶世の美女だったのですか?」
「え、ええ。それはもう、女王の美貌の前ではスフィンクスも恥じらうほどです」
「なるほど。……なるほど?」
周囲を見渡した感じとしては、綺麗な女性が多いのは確かだ。
いや厳密には垢抜けているというべきか。貧富の差が激しいからこそ、富裕層の女性は美容に労力を割く余裕があるのかもしれない。
いかんな、彼の話を聞いたからかどうしても穿った見方をしてしまう。
俺は反省し、次は近くの女性に話を聞いてみることにした。
「えっ? アリアハンからきたの? でもそんな国知らないわ、どこの田舎の国かしら」
美人でも性格は悪かった。