女王の居室までは、さすがに他の兵士もやってこない。
砂の中庭を抜けて、あとは城内に入るだけだ。
「ルナリア、アミーラ、行くぞっ」
「はい」
「…………。」
俺達は頷き合って、扉を蹴破る。
中にいたのは二人の人物。
「あ、ああっ、あああああぁぁぁ」
乾いた声で悲鳴を上げるイシス国の女王アリアと。
「―――来たのか、勇者」
悠然とそれを見下す、ガゼルだった。
「ガゼル? なんで、ここに?」
俺は困惑していた。
勇者パーティーから離反したガゼルが女王の側にいるなんて、誰が想像するだろうか。
こいつは今、来たのか、と言った。俺達を待ち受けていたという風ではない。
ガゼルはガゼルで、なにか目的があってここにいる。
「か、返して、返しなさい、それは私の力よっ」
女王アリアは般若のような形相でガゼルに手を伸ばしている。
今気がついたが、女王の顔は国中に轟いた美貌が失われ、老婆のように老け込んでいた。
「不老の邪法を奪ったのか?」
そんなことが可能なのかは判らないけど、俺はなぜかそう確信していた。
俺の指摘にガゼルが片眉を吊り上げる。
「まあ、そういうことだ。この手の邪法は対価を求められるが、それを自分で支払う必要はない」
「あー、つまり邪法の効果だけ奪って、デメリットは女王に押し付けたと」
その結果が、急に老化した女王の姿というわけか。
「そんなっ、それは私の力よ、返せぇっ」
女王アリアはなりふり構わずガゼルに飛びかかったが、軽く避けられる。
「あ、ああぁっ」
そのまま床に叩きつけられてうめく女王アリア。
「馬鹿を言え、これはお前の力ではないだろう。この国の人間を何十人も生贄にして搾り取った、おぞましい力だ」
「え、そうなの?」
俺は目を丸くした。
この女王が魔王軍に奴隷を出荷しているとは聞いていたが、邪法のために自国民を生贄にしているなんて話は初耳だ。
「それでガゼル、お前はそんな邪法を奪ってなにをする気だ。お前も永遠の若さがほしいのか?」
「俺もちょっとデリケートな年頃だからそれも魅力的だが、そうじゃない」
不老にもちょっと興味はあるらしい。
おっさん乙。
「俺は嫌なんだ、奪われる側でいるのが」
「だから、奪う側にまわると?」
「ああ、そういうことだ。俺は勇者であるお前や、聖女であるルナリアのように―――誰かの身勝手に運命を左右されない存在でありたいんだ」
そういって、ガゼルは懐から宝玉を取り出した。
「勇者アルス、聖女ルナリア。ああ、あとアミーラ嬢」
「……! ……!」
おまけ扱いされたアミーラがプンスカ怒っている。
ちょいちょいシリアス脱線させるのやめてくれねえかな。
「俺は、これまでの自分を捨てる。人間であることを、やめてやる!」
宝玉が砕け散り、ガゼルの体が黒い霧のような魔力に覆われる。
「これはっ」
ルナリアが驚きに目を見開く。
ガゼルの気配が変化し、衣服が弾け、その全身を漆黒の魔力が覆う。
それは、魔物――否、魔族の姿だった。
「ガゼル……それはちょっと、やけっぱちになりすぎじゃないか」
俺はガゼルの変わり果てた姿に嘆息する。完全に人間やめてるじゃないか。
「俺だって、できればこんな真似はしたくなかったさ。だがな勇者アルス、お前は考えたことがあるか? 自分の運命を他人に勝手に決められて、お前の意思とは無関係にすべての生活を奪われる理不尽さが!」
「いやまあ、わかるけどさ」
俺だってすべてを奪われて、この世界に放り出された身だ。
誰も知り合いもいない、頼る相手もいない。そんな世界に来て、俺は随分と図太くやってこられたのかもしれない。
なぜ耐えられたのかといえば、やっぱりルナリアの存在が大きい。
ずっと旅を共にしてきた少女。応対も蛋白なようで、けっこう気を使ってくれるいい娘なのだ。
「だから俺は共感したんだ。大地をルビスに奪われ流浪の民となった哀れな魔族に、俺と何が違うのだと」
ガゼルは雄たけびを上げた。
ぬるっと新情報出してきやがる。
「俺は魔王軍と契約を交わして、魔族の力を得た。俺はもう一つの正義だ。この世界を魔族の土地とする」
ガゼルは闇の魔力を全身から放ち、俺達を威圧する。
「俺は勇者になる。よく聞け勇者アルス。俺は勇者ガゼル。魔族の勇者、ガゼルだ!」
キューレどころではない。ガゼルが放つ闇の魔力は、これまでのどの敵よりも強烈だった。