もうひとりの私《まふゆ》   作:水が死んでる

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朝、目覚める。

 

目を開けた後、私の意思でベッドから出るのは実に久しぶりだった。

少しでも彼女が彼女であれる時間を大切にしたいのと、外からかかる負担は軽減したい、という想いが合わさった結果だったのだが、今では『雪』はセカイで気の向くままに過ごしているのだろう。

 

あのセカイに娯楽要素があるかどうかはわからないが…1人でいるわけじゃないのだから、何とかなるだろう。

 

カーテンを開けて陽の光を浴びる。

日光浴によって物質が生成され、それが午後以降は別の物質に置き換わって睡眠の深さに関わってくる、というのをどこかで見た気がしたが…ああそうだ。セロトニンとメラトニンだ。

 

実際の私の目的は、体内時計を合わせる事。

人間の体内時計は一般的には、25時間だと言われている。だが1日は24時間だ。それでは1時間ずれてしまう。

私たち人間はその1時間を、外的要因による刺激によって修正をしているのだと言う。

その中でも最も刺激の強い要素が、光なのだ、という研究結果が出ているんだとか。

 

学校の教科書などでは載っていなく、精々がネットで調べた物なのでどの程度信じられたものなのかは不明だが、朝から気持ちのいい1日を過ごせるような気がする、という気の持ちようも改善されるのだから、人間は案外単純だ。

 

熱めの温度、高めの水圧でシャワーを浴びて頭の次は体を起こす。シャワーは末端から体の中心にかけて。こうすることで老廃物が流れていくんだと言う。

 

朝から気分を上げたい時には、せめて匂いだけでも楽しいポイントを作ろうと思って、シャワージェルを使う。

私のお気に入りはグリーンアップル。店でサンプルの匂いを確かめていたら『雪』の反応が一番良かったのがこれだった。

 

今日は…どうしようか。

 

「…うん、使っちゃおう」

 

今日の予定を思い出して、特にこれといった用事が無かったことを再確認し…ただ使いたい気分だったから使う。

これを『雪』に問いかければ、どっちでもいい、とだけ返ってくるので、結局使う事にはなっているのだけれど。

どっちでもいい、なんていう割には、使った後少し上機嫌なのだから、我ながら可愛い。

 

もう今では、我ながら、とは言えないほどに別人のようになってしまったものだけど。

 

浴室から出て水気をタオルで優しくふき取り、制服に着替えたらリビングへと向かう。

既にお父さんは仕事へと向かったようだ。お母さんが鼻歌交じりにパンをトースターに入れていた。

匂いが食事の楽しみになっている私からすると、今日の朝食はあたりだ。

とはいえ、普段は朝食は米を勧めていたはずのお母さんにしては珍しい。

 

「あらまふゆ、おはよう。この間知り合いにいいところのパンをいただいちゃって。普段はお米なんだけど、今日はパンにしちゃった」

 

「お母さんおはよう。うん、たまにはいいんじゃないかな」

 

ぶっちゃけお米とパンの違いなんて、腹持ちの良さとダイエットがどうとかその辺りぐらいなはずだ。

どこかの論文を見あさっていた時に、パンの方が吸収が早いせいで血糖値が急上昇する、なんて話を見た気がするが…気の持ちようだろう。

 

お母さんが用意してくれる朝ごはんは基本的にはお米だから、その話を信じているのかもしれない。

 

私の席にパンを用意してくれたお母さんに礼を告げて、そうだ、と声をかけた。

 

「お母さん、パンの耳って捨てちゃった?」

 

「何かに使うかと思って取ってあるけど、どうかしたの?」

 

「ちょっとそれを使って、お母さんとお父さんのお菓子でも作ろうかなって」

 

「へえ、さすがまふゆね。じゃあ、袋にまとめてお部屋に置いておくわね」

 

「うん、ありがとう」

 

「足りなかったら、後で領収書頂戴ね。じゃあお母さん、出かけてくるから、まふゆは学校行く時に鍵お願いね」

 

お母さんはそれだけ告げると、私に手を振って家を出て行った。

 

思えば、私1人で食事をとるのは久しぶりかもしれない。

今は、というか。最近までは頭の中では常に『雪』がいたし、そもそもお母さんと一緒だった。

私が出来た最初の頃は、『雪』も戸惑っていたのか私たちの間ではほとんど会話は無かったのだけど。

 

さて。

私がパンの耳を使って何をするかと言えば、まぁ適度にやっておく必要のあるアピールだ。

作るものはラスク。メイプル風味のものを作って、余ったものは学校の友達にでもあげよう。

運が良ければ同じ弓道部の、忙しさゆえにあまり顔の出せない子に渡せるかも。

 

まぁ、今日作れるわけじゃないので、今日会えれば次来れそうな日を聞いておくとしようか。

 

味は感じないので、お母さんが用意してくれたパンを無心で食べて、牛乳を一気に飲み干す。

無味な飲み物を調べていた時に、検査の際に飲むバリウムが無味無臭という記事を見かけたので、私は毎日バリウムを飲んでいる気分、なんて。

 

棚を開けて、ココナッツオイルがあることを確認。

お母さんが何にココナッツオイルを使ったことがあるのかは不明だが、運がいい。これを使うとしよう。あとはメイプルシロップがあれば完璧だったのだが、残念ながら見当たらなかったので、これは放課後買おう。

部活の後に予備校があるから、予備校に行く前にさっと見つけることが出来れば早いのだが。

 

皿を洗って水をふき取り、元の棚に戻したタイミングでスマホのアラームが鳴る。

そろそろ私も家を出なければ。

 

一度部屋に戻り、カバンを手に取って、スマホを充電器に繋げて部屋を出た。

私にスマホは必要ない。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

「ねねまふゆ。この前近場にオシャレな服屋がオープンしてたんだけどさ。もしよかったら、私にコーディネートさせてくれないかな?」

 

午前の退屈な授業を終えて昼休み。

食事を終えて友人たちとのんびり会話をしていると、後ろから別の友人に声をかけられた。

 

コーディネート、と言われても。

 

「…私は別にいいけど、今日はいけないかな。部活の後予備校に行かなくちゃいけないし」

 

「まふゆが忙しそうなのは知ってるから大丈夫、いける日あったら教えてよ。私がお金出すしさ」

 

お金を出す、と言われて思わず首を傾げる。

自分が着るわけでもない、他人である私を着飾ってどうするつもりなのだろうか。日頃宿題を見せているお礼、にしては代価が高すぎるような気がする。

 

私の怪訝そうな顔を見て、友人は慌てたように手を振った。

 

「あ、いやいや違う違う。別に恩を売っておこうって考えたわけじゃなくてね。まふゆって勿体ないなって」

 

「勿体、ない?」

 

「私の本能がうずくのよ。普段何かケアをしてるのかと聞けば、最低限の洗顔とかその程度。だと言うのにそのパフォーマンス! テレビの女優にだって負けない美貌をしてるのに、それを活かさないなんて…私が我慢できないのよ!」

 

妙に熱の入った友人に気圧されていると、先ほどまで話をしていた友人が補足のように私に教えてくれた。

 

「あの子、将来の夢はファッションデザイナーみたい。パリコレに出るのが夢なんだって」

 

「…へぇ~。なんだかすごいね」

 

「いろんな伝手を頼って、過去にパリコレに出たことのある日本人に卒業後弟子入りすることが決まってるんだって。専門の大学に行くよりかは、その人の下で勉強した方が身になる、って、向こうから提案されたみたい」

 

正直、羨ましく思う。

私が全くの別人として、一から生まれているなら話は別だったかもしれないが、私の根底にあるのはどこまでいっても『朝比奈まふゆ』でしかないのだ。

 

看護師になりたいと過去に思ったことはある。

近場のゲームセンターに寄ってみたいと思ったこともある。ただそのどれも、私にはできるできないの話ではなく、そもそも選択肢が無かっただけで。

 

『雪』のように半ば恨みの領域までいっているわけじゃないが、羨む気持ちはある。

ただ羨むだけで、『雪』のように、見失いわからなくなった何かを見つけようと足掻いているわけでもなんでもなく、ただ流されるように生きているだけなのだけど。

 

思うだけ。行動には起こすことはない。

 

「ま、まぁ理由はわかったよ。元々疑ってなかったのもあるし、時間雄のある時に連絡するね」

 

「言質いただきました!! 絶対連絡してね!! 私のお師匠さんかっこかりにも連絡するから!!」

 

「う、うん」

 

すごい圧だ。これは、早いうちに解決してしまいたい案件である。

早く解決したいのにはいくつか理由があるが、その中でも一番大きな理由なのが、恐らく、私の時間はもう少ないだろうからだった。

 

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

現状『雪』の周りが何のアクションも無ければ、人生の8割方はひきこもって終わるだろう。

たまに作曲をしに帰ってきてくれるかもしれないが、そもそも作曲の仕方を私に教えて帰ってこないかもしれない。

ミクちゃんは本心では心配はしていても、きっと『雪』の望むままにというスタンスだろう。何せ私がそうだ。同族みたいなもの。

 

つまり、今のメンツではどうにもならないという事だ。

 

外的要因。外からの刺激をもたらさなければどうにもならない。彼女の闇を照らしてくれるような光になり得る存在が。

そんな存在が来てくれたその時こそ、私はお役御免なはず。

 

今日の授業を終えて、先生に配っておいて、と頼まれたプリントを生徒に配り終えたところで、廊下から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「朝比奈さん、一緒に部活行きましょ~」

 

廊下を見れば、そこには日野森さんが立っていた。

珍しい。部活で顔を合わせるだけでも珍しいのだけど、廊下まで来ることはそうないのではないだろうか。

 

日野森雫。

『Cheerful*Days』のセンターを務めており、同時にその美貌からモデルをこなすことも多い少女だ。

以前彼女の名前を検索にかけたところ、クールでミステリアス、という印象を持たれているらしい。

同じく弓道部に所属しており、そこそこ仲良くなった今ではクールでミステリアス、といった前情報から、天然で心優しい、という風に変わっている。

あえて取り繕っているのかは分からないが、ファンの目というのは非常に厳しいと聞く。それらからも隠し続けているのは、偏に彼女の努力の賜物なんだろう。

 

ちなみに彼女はD組で、私はB組だ。

 

「日野森さん。珍しいね、教室までくるなんて。今日は部活に来れるんだね」

 

「ええ。しばらく仕事しっぱなしだからって、マネージャーさんが気を使ってくれたの。1週間お休み」

 

これはいいことを聞いた。

「おのれ顔面国宝コンビめ…」と絞り出すような声を背中に受けながら、筆記用具を入れ終わったカバンを背負って教室を出る。

 

「日野森さん、もしよかったらなんだけど、明日ラスクを作ってくるから、もらってくれない?」

 

「まあ! とっても楽しみね!」

 

それにしても。

私1人で歩いている時もそれなりに見られていると思っていたけれど、2人揃って歩いていると視線の量が倍増だ。

学校の中だし、私たちも2年だ。そろそろ慣れてほしいものだけど、すれ違う人全員に見られて、そのまま視線が固定されるのは微妙な感じだ。

別にスターでもなんでもないのだから。1年下の学年で、最近復学したと言う国民的人気アイドルグループの子なら、わからないでもないけど。

まぁその子もそれなりにストレスをため込んでいそうだな、と内心ため息を吐きだした。

 

そういえば、日野森さんから見た他のアイドルっていうのは聞いたことがなかったな。

 

「ねえ日野森さん。日野森さんの…そうだなぁ、憧れているアイドルとかって、いないの?」

 

「そうね…今はもう引退しているのだけれど、私と同じクラスの愛莉ちゃんかしら」

 

「愛莉ちゃんっていうと…桃井さん?」

 

若干自身の無い他人の名前を引っ張り出すと、私の隣を歩く日野森さんは先程の5割増しで笑顔を浮かべた。

 

「そう! 昔、研究生時代の時の同期なの。その時に愛莉ちゃんとお話し…と言うより、あの時は愛莉ちゃんに話しかけられたのだけど。その時からファンなのよ」

 

「じゃあ、ファン第一号、ってことだね」

 

「言われてみればそうね…。私の自慢できることが増えたわ」

 

そう言って笑顔を深める日野森さんを、私はそれ以上見ていられなかった。

私には、多分、一生手に入れられない代物だ。

 

今ほど、私の仮面の有用性に感謝したことはない。

私の内心とは別に、表情はきっと満面の笑みだから。

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

いつもであれば、部活に顔を出せそうだ、と言っても多忙な日野森さん。

来れない日もかなりある影響で、使われていないといっても手入れのされていない時間が続く道具を準備しないといけない。

最初から顔を出すのは、本当に久しぶりだ。

 

更衣室で弓道着に着替えた私たちは、道具を手にもって射場へと向かう。

まだ他の生徒も来ていない上、顧問もいない状況では弓を射ることは出来ないが、日野森さんが懐かしむような顔で歩いていくので、私もそれについていく形だ。

 

弓道上での的への向きは、南を向くのが最善とされている。次点で東。

西だと西日の影響を受け、北だと的の置いてある土部分が直射日光にさらされ乾燥してしまうのだと言う。

最初方角の話を聞いたときは風水関連かと思ったものだが、実際には科学的な根拠のある話だったのだ。

 

「そういえば、私たちが使わせてもらっているここの的までの距離より、もっと遠い距離の的もあるって聞いたのだけど、本当?」

 

「うん。60mくらいが一般的かな。ただ的の大きさも離れた分、直径1mの大きさの的を置くみたい」

 

「大きいわね。でも、遠い分難しそうね…朝比奈さんは、打ったことがあるの?」

 

「ううん。私も知ってるだけで、実際に経験したことはないよ」

 

「でも、朝比奈さんなら外すことはなさそうなのよね。普段から外さないから、外すイメージがわかないというか…」

 

流石に初めてなら外す可能性の方が高いと思う。1日もらえれば慣れるとも思うけれど。

 

それから他愛ない話をしているとそれなりに人も集まり、顧問もやってきたので、私たちの雑談は一旦終了。

顧問がそれぞれの実力のあった練習法を言い渡され、部活が始まった。

 

 

 

 

 

 

〈♪〉

 

 

 

 

 

部活終了後、一緒に帰りたそうにしていた日野森さんだったが、なにやら用事があるとの事だったので、帰り道は私1人だ。

その足で店へと向かい、大体あの辺りだろうと予想していた場所にメイプルシロップを見つけたので、支払いをすませて店を出る。

思ったよりも匂いが強い。予備校に人には迷惑をかけるかもしれない。

 

「…一度家に帰ろう。美味しそうな匂いをしてたらお腹すかせちゃうからね」

 

少し歩くスピードをあげて、自宅のカギを手早く開ける。

リビングにシロップを置いて、そのまま家を出る。予備校を通り過ぎる形で家に帰ってきたので、若干損をした気分だ。

 

しかし、メイプルシロップを売っている店は恐らく今日行った店だけで、予備校を終えた後は店が閉まっている時間帯だ。

ため息を1つ吐き出した私は、来た道を戻るように歩き出した。

 

先程家の中で時計を見た限りだと、予備校の時間にはまだ余裕がある。

ゆっくり歩いていると、建物の上の巨大なモニターに、日野森さんが映っていた。

CDか何かの紹介だろうか。

『Cheerful*Days』としてその場にいるのだろうけど、日野森さん以外にカメラが行くのは少ない。喋るのは基本別の人なのに。

 

司会の人もわざわざ日野森さん名指しで話を振るものだから、日野森さんは一瞬困った表情を浮かべて受け答えしている。

正直、面白くはない。面白くはないが、テレビとはそういうものなのだろう。

 

一般人とは画した何かが無ければ、一般家庭の中にある薄い板で存在を主張できない。

厳しい世の中だ、と思うと同時に、日野森さんなら問題なさそうだ、とも同時に思った。

彼女の意思は別として。

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