さて、現状の整理をしよう。
『雪』の変化としては、K、Amia、えななんの3人に恐らく無意識に興味を示しているということ。
他人のどうこうしたいなんて、今まで私に任せ切りで考えたことも無かったんじゃないだろうか。
問題はそれを言われた彼女たちがどうして消えたがっているのか、という話だが…これに関しては他人である以上、現段階で解決出来るものじゃない。
精々傷の舐め合いぐらいか。
「ねぇ『雪』。消える時私がいるから、みたいな話をしてたと思うんだけど、私作詞とかは出来ないよ?」
「…教えるから」
「非効率じゃない? 元々出来る人がいるのに」
「……」
私の言葉に反論が浮かばなかったのか、彼女は体育座りをしてそっぽを向いてしまった。
まぁあえて『雪』の感情を言葉に起こすなら。
自分を見つけたい→見つからないなら消える→私の能力が欲しいならもう1人の私に、って具合だろうか。
うん、まぁ教えられたら覚えられるだろうし、代わり自体は問題なくこなせるだろう。現状の代わりは。
その先の進化はない。私は彼女の仮面であって、本来の彼女ではない。
…なんとかしなくちゃいけないんだろうな。
「それじゃあ、私は戻るね。『雪』も、あんまり詰め込みすぎないようにね。人生は長いんだし」
「…先のことなんて考えてられない」
「…しょうがないなぁ。ミクちゃん、ちゃんと見てあげてね。『雪』が例え大丈夫って言ってても辛そうに見えたら、すぐに連絡してね」
「うん、わかった」
「分からないで。必要ないから」
頑固である。
これ以上は何を言っても無駄なので、大人しくスマホを取り出す。
PCから入り込んだセカイだが、私のポケットには半透明のノイズが走っているスマホが入っていた。セカイから出られる手段があるのはありがたい。
『雪』が自主的にどうこうは期待できないので、最後に初音ミクに目配せしてセカイから出る。
瞬きした後に広がるのは、いつも通りの私の部屋。
開きっぱなしになっているPCでナイトコードを立ち上げ、Kのアカウントを確認しておく。
「これでよし」
これで、新アカウントを作成してそちらから連絡するための準備がほぼ終わった。
要は『雪』に見られないためだ。Kには、『雪』を救うための曲を作ってもらう必要がある。
「大体1週間で出来ればよし。出来なくてもこれからは『雪』のために作り続けることを条件に、彼女をこちらに留まらせる、でも大丈夫」
K頼りになってしまう事がネックだが、これに関してはどうしようも無い。
MVでも、絵でも救うことは出来ない。
もちろん、私にも。
私が曲を作っても、中身のない薄っぺらな曲になるだろう。
世間的にはヒットするかもしれないが、今回求められているのはただ1人に届く曲だ。
Kなら適任だろう。何やら誰かを救うことを念頭に置いて曲を作っていそうな節がある。
ベッドの上に寝転がりながら、スマホでナイトコードの新アカウントを作成。
ひとまず今日は眠たいので明日以降動くとしよう。
…『雪』は、眠れているだろうか。
〈♪〉
「さて、『雪』のいない間に、連絡を取らないと」
わざわざKに連絡を取るのは、もちろんKに曲を作ってもらうためなのだけど…曲を作るだけなら、私がこんなことをしなくても彼女は作り続けると、私は思っている。
ただ、以前にも思った彼女の曲を作ることに関する執着は異常だ。それは自分の身を省みずに行われるだろう。
要は、それを管理する人間が必要だ、という話だ。
ひとまずKに連絡を送信し、その返信を待つ。
運が良いことに、今日は休日である。メッセージが返ってきたらすぐに返信するために、椅子に座ってその時を待つ。
「…さすがにすぐに返信は来ないか」
時刻的にはまだ朝で、どちらかと言うとこの時間に気絶するように眠っている可能性もある。
時間をつぶすために、本棚からお母さんが買ってきてくれた医者になるための参考書を取り出す。
まだ高校生である私が読むというよりかは、研修医になりたての人が読むような参考書だが、知識を詰め込んでおくに越したことはないだろう。
カモフラージュにもなる。
そうして読み進めていること3時間ほど。ようやくKから返信が返ってきた。
「…うん、あんなことがあった後だもんね。事情をしってる人も限られてることから、いたずらだとは思われなかった。…もしかしたら、Kがあんまり疑わないだけなのかもしれないけど」
純粋な少女で非常に助かるが、大人になった後大丈夫なのだろうか、と心配になる。
ひとまずKから彼女の住所を聞きだして、服を着替えて外に出る。
お母さんは家にはいなかったので、どこかに出かけているのだろう。私に何も言わずに出かけるのは珍しい。いつもは一言あってから出かける。
Kの家にお邪魔するのだし、休日だからご家族の方もいるだろう。手ぶらでお邪魔するわけにもいかないが…何が好物かよりかは、何が苦手かを考えなければ。
「まぁ、これが無難かな」
駅前で売っていたお土産用のクッキー。ポップには、ネットで評判、と書いてあったのでこれで間違いないだろう。実際に食べて確かめても、水分が口から失われていく感覚しかわからないだろうし。
買い物を済ませた後は、さっさと彼女の家へと向かう。
思いのほか早くKの家についたので、スマホの時刻を確認してしまう。
大体14時。さすがにご家族はお昼ご飯を食べ終えているだろうか。
…考えたらまだ今日は何も食べていないことを思い出した。
味を感じないから食欲は湧かないが、身体的には良くないだろう。
気休め程度に、カバンに常に入っている栄養剤を呑み込んで、彼女の家のチャイムを鳴らした。
チャイムの音が鳴ってから数十秒後、確認の声も聞こえずに、扉が開いた。
そこから出てきたのは、先日セカイで見たKの姿と全く同じで、少し安心。
「あ…えっと、まふゆ、だっけ」
「うん、今日はありがとう。少し話があって…あがっても大丈夫かな?」
「あ、うん。家は私1人だから、大丈夫」
それは、今日は出かけているという話だろうか。
まぁKなら誘われても断って部屋の中にこもり続けていそうだけど。
Kの背中についていき、その道中に恐らくゴミの日に捨てるであろうゴミ袋を見かけた。
外からわかる程度に見たが、中身は恐らく全てカップ麺。よく死んでいないものだ。
Kの部屋に通され、しばらく使われていないだろう椅子に座らされる。
埃に被っている訳じゃないので、誰かが掃除しているのか。…流石に両親のどちらかだろうな。Kが掃除している様子が浮かばない。
「えっと…じゃあ、ひとまず自己紹介からかな。宵崎奏です。…ニーゴ内での担当は、一緒に作業してたし知ってるか」
「うん。朝比奈まふゆです。セカイで私が2人いたのが気になると思うんだけど、主人格は向こうで、私は途中から生まれた存在だから、あんまり気にしないでね」
「気にしないで、って言われても…。いつも通話に参加してたのはまふゆだったんでしょ?」
「うん、まぁね。誰かと話す時は私担当だから」
Kの…奏の、いっそ病的なまで白く細い指が、机の横にあるMIDIキーボードに触れる。
いちいちPCのキーで入力しなくても、鍵盤1つ押し込むだけでその音が入力される便利な機械だ。便利とは言ったものの、最早必需品と言っても過言ではないかもしれない。
「それで、私に相談って?」
「奏は、あのセカイで『雪』が言っていたことを覚えてる?」
「…少し救われた気がした、って言葉なら、忘れるわけない」
「うん、その言葉。ずっと同じ体で過ごしてきた私が保証する。『朝比奈まふゆ』にとって、少しでも救われた気がしたものは奏の曲が初めてだったんだよ」
「…でも、足りなかったって」
「だから諦めるの?」
「…」
「…少しきつい言い方になってごめん、でも、もう少し、一歩だけでも踏み出してみない? そのためのサポートは、私もするから」
サポート、と私が言ったところで、奏が不思議そうに首を傾げた。
「サポートって言っても、それだと今までと何も変わらないんじゃ」
「ううん、変わるよ」
サポートと言っても、詳しく意味を言っていないから、奏の頭の中では曲を共同で製作する想像が浮かんでいるだろう。
それだとだめだ。私が曲に少しでも関与しては、『雪』をわずかでも揺らめかせた曲になりえない。不純物になるし、むしろそれが理由で『雪』の消えるタイミングが早まる可能性もある。
「『雪』を曲で救うのは、奏だけなんだよ。少しでも期待してくれることになれば、あとは大丈夫。Amiaもえななんも優しいから、寄り添ってくれる。でも今はそのとっかかりがない。それは奏じゃなきゃ」
「…私に、出来るのかな。誰かを救わなくちゃいけない、でも、私の曲じゃ誰も救えてなかった。足りなかった。今のままの私じゃ…」
「変わる必要はないんだよ。…少し、証拠を見せにいこっか」
今の奏は、自分に自信がなさすぎる。それでは困るので、論より証拠だ。実際に見てもらおう。
自分が作った曲が、どれだけ影響をもたらしたのか。
私は椅子から立ち上がると、ここ最近ますますノイズの激しくなってきた半透明のスマホを取り出した。
「それ、スマホが」
「今はこれのことはいいから。いくよ」
そして奏の手を取って、『Untitled』を再生。視界が煌めきで溢れて、収まった時にはあのセカイにいた。
このセカイに私が来たことは、本当に片手で数えらえるかどうかほどの回数。
それでもこのセカイに来るたびに、聞こえてくる歌声があった。
「…っ、この曲…」
「ミクちゃん、こっちにおいで」
「~♪ うん」
段差になっている場所に座り込んで歌っていたミクちゃんをこちらに手招きして呼び寄せる。
素直にこちらに来るミクちゃんはかわいい。『雪』もこの一面性があるので、なるほど、確かに私たちのセカイでできた場所だ、とますます納得する。
「ねえ、ミク。なんでこの曲を…」
「この歌は、最初からこのセカイにあって、私は知っていた。私は、それを歌っていただけ」
「最初から…」
「そう。最初から。…でも、これは奏が作った曲だったんだね。あの子の想いでできたこのセカイは、何もなくて真っ白だったけど。でも、この曲だけはあった」
気付いたら変な仮面も落ちてたけど、とミクちゃんはそう付け足した。
変な仮面と表現されて、私は微妙な気分になったけど、それでもこのセカイに奏を連れてきて良かったと思う。
「…届いてた? 私の作った曲が…。でも、足りてないって…」
「…あの子は、本当の自分を見つけたくて、ずっと曲を作ってた。どれだけ苦しくても、泣きながらもがいて作り続けてきた。…あの子の本当の想いは、消えたいなんてものじゃない」
「…私の曲は、雪を救えるの?」
「それが出来るとしたら、きっと奏の曲しかない」
ミクちゃんのそう告げられ、私の顔を見て、奏は一つ深呼吸をした。
そして、私はまた一つの罪悪感。
この一つの呼吸は、覚悟を決める呼吸だ。息を吸って、吐いて、切り替える。
私は奏に、『朝比奈まふゆ』の人生まるごと背負わせようとしている。まだ成人すらしていない少女に、私は。
「私は、作らなくちゃ。今度こそちゃんと、雪を救わなくちゃ」
そして私たちの、『雪』を救うための、恐らくチャンスは一回限りの挑戦が始まった。
〈♪〉
時刻は既に日付を回った頃。
『雪』に言われた通り既に作られていた曲をアップロードし、一息ついたタイミングでセカイから『雪』が返ってきた。
ちょくちょく帰ってくるとはいえ、この時間に帰ってくるのは珍しいな、と思っていると、体を動かしてOWNの動画についたコメントを見ていた。
そこにあるのは、自分勝手な考察ばかりするコメントたち。
曲をすごいと褒めるものはあるものの、どこの表現がどのように凄かったのか、それすらもない。
それらを見通した『雪』は、ため息を吐き出した。
「くだらない。やっぱり見つからない。私は…本当の、私は………どこ…?」
そのままDAWを起動し、慣れた手つきで曲を作り上げていく。
入力して、消して、聴いて、消して。
数時間ぶっ通しでタイピングし続けていた指がふと止まり、無意識に『雪』は呟いた。
「いつから…見つからなくなったんだろう…」
いつから、と明確にタイミングを出すのは難しいだろう。
じわじわと『雪』の心は蝕まれていたのだから。誰が悪いわけでもないと、『朝比奈まふゆ』にとって都合の良い存在として生まれた私はそう思う。
『雪』は優しすぎた。誰かの求めることをして、誰かが笑ってくれるなら、嬉しいならその方が良いと判断してしまうような、優しすぎる少女だった。
周りは憧れを彼女に重ねた。理想を彼女に託した。
『朝比奈まふゆ』は、多人数の理想をかき集めた集合体のような存在になり始めた。
運が悪かったのは、『雪』がまだ自分で自分のやりたいことを口にできている間に、認めてくれて、尊重してくれるような存在がいなかっただけ。
両親は…ぶっちゃけ判断が難しい。
完全に毒親と表現するのは少し違うかもしれないと、最近は思っている。
直接的に体罰をしてきたこともないし、必要だからとPCを買い与えられている。シンセサイザーだって、よく許可してくれたと思うほど。
これらに関しては、これからの『朝比奈まふゆ』にとって必要であると思わせられるようなことがなければなくなってしまうかもしれないものだが、それでもここにあるだけで驚きだ。
だから、まだ全てを諦めて絶望するのは早いと、私は思うのだ。
「…あ、セカイに戻っちゃった」
気付いたら体の主導権は私に戻ってきており、『雪』はセカイへと戻っていた。
〈♪〉
また、1週間が過ぎた。
その間私はナイトコードに浮上せず、時間を見つけてセカイを経由して奏の部屋へと向かっていた。
その間なんとなく察したのは、奏の家には両親が返ってきていないということ。
お手伝いさんがどうやらいるらしく、お手伝いさんが来ている間は私はセカイを経由して、自分の部屋へと戻っている。
たまにお母さんが部屋をたずねることがあるので、リサイクル店で格安で販売されていた機械を買い、誰かが私の部屋の前に来るタイミングで、私のスマホに通知が飛ぶようにした。何気にこの作業に一番時間を取られたかもしれない。
本来私が部屋にいる時間帯なのに、たずねてみたら私がいない、となっては元も子もない。
先日奏に、曲が出来上がりそう、と言われていたので、恐らく今日中には出来上がるはず。
そんな事を考えていると、奏から終わったとメッセージが届いていた。
「…ここが勝負所」
奏がAmiaとえななんに既に事情を説明しているかどうかは不明だが…いや、しているのだろう。
そして、一緒にセカイへと向かうはず。その時が、私の___。
「___あっという間、だったな」
学校の行事予定表を見たところ、もうすぐ体育祭の準備期間が始まる頃だった。
宮益坂女子学園は進学校であることを鑑みてあまり力を入れることはないかもしれないが、それでも楽しみだったのは本当。
せめてその時まで、と思わなくもなかったけど、きっとその先も、なんて考えてしまうからこのタイミングがベストだ。
やり残したことはない。これでだめなら、最初から駄目だったんだ。
私は自分を納得させ、すかりノイズで画面の見えなくなったスマホを感覚だけで操作し、セカイへと飛び込んだ。