「カラオケに行きたいです」
「え?」
また屋根裏部屋にサボりに来たナギサは、唐突に口を開いた。困惑するミカに対し、彼女はさも当然かのように続ける。
「もう一度言います。カラオケに行きたいです」
「えっと……つまりそれは……」
「はい、連れてって下さい。ミカさん」
一応サボっていることが大っぴらにならないよう、ティーパーティーの制服から一般生徒の物へ着替え、意気揚々と街に繰り出したミカとナギサ。そしてトリニティから歩いて15分、最寄り駅からは10分程のそれなりの立地に『それ』はあった。
「……!ここが……!」
「そう!『ファウンドワン』!!」
カラオケ、ボウリング、卓球、ビリヤード、ゲームセンター……大体の娯楽が揃っているアミューズメントチェーン、それが『ファウンドワン』。現在キヴォトスに100を超える店舗を構える業界最大手である。中でもミカが今回彼女を連れてきたのはつい数ヶ月前にオープンしたばかりの新店舗。
「ナギちゃん初めてでしょ?今までそういうの興味なさそうだったし!」
「はい。……いえ、出店打ち合わせで確か……一度だけ……」
ナギサが思い出したように呟くと、「そういえば偉そうな人来てたな」とミカも少し思い出した。
「まあ折角だし、今日は思いっ切り遊ぼ!ティーパーティーじゃなくて普通のトリニティ生としてさ!」
「はい、今から楽しみです」
「えっと……会員登録、は……」
「もう大丈夫だから、あとハンドルネームだけ入れて!」
平日でもそれなりに混んでいる店内で自分達の案内順が来るのを待ちながら、ファウンドワンの会員登録に悪戦苦闘するナギサ。なんとかミカの手ほどきを受けながら会員登録を終え、名前を入れるところまでたどり着いた頃には待ち時間は残り数分となっていた。
「ハンドルネーム……ですか?本名じゃなくて?」
「そう!ほら、みんな本名なんて使ってないでしょ?」
そう言って、ミカはファウンドワンのアカウントと結び付けられた、インターネット上の様々な投稿をナギサに見せる。『一般ペロロ様ファン』『All need is 閃光弾』『正義の徒』『わっぴー☆』……などなど、個性豊かなユーザーの投稿が並んでいた。
「……ですね」
「ほら、パッと決めちゃいなって!」
「お二人でご予約の『Mikamika』様ー?」
「はーい!」
急かすように受付の女性の声が響く。
ナギサは少し悩んだ末に『Nagi』とシンプルなハンドルネームを打ち込んだ。
「ファウンドワンの会員登録はされてますか?」
「あ、はい。これ……」
「……『Mikamika』様と『Nagi』様ですね!それではご案内致します!」
「それではごゆっくり〜」
店員さんが扉を閉めた後、ナギサはソファに腰掛けて深く息を吐いた。
「ナギちゃんガチガチじゃん!たかがカラオケだよ?」
「それはそうなんですが……その……」
「やっぱり、緊張してしまいまして」、そう呟いて彼女ははにかんだ。
「も〜、今回ドリンクバー付き3時間だからそれなりに時間はあるけど……そんなんじゃ、歌いたい曲歌えないよ?」
「……ドリンクバー……」
「そう。せっかくなら何か持ってこようか?ナギちゃん」
「ぜひお願いします。種類はミカさんにおまかせしますので」
「オッケー☆」
そう言って立ち上がったミカ。店員さんから渡されたグラス二つを手に部屋を出ようとしたが、直前で「言い忘れてた」と言わんばかりにナギサの方へ振り返る。
「そうだ、好きな曲入れていいからね!分かんなかったら『ランキング』から選ぶのもおすすめだよ!」
「ランキング……」
「そう!要は最近人気の曲ってこと!んじゃ行ってくるね!」
ナギサは戸惑いながら、デンモクと呼ばれるカラオケ用の端末を操作し始めた。
「ただいま〜☆」
「おかえりなさい、ミカさん」
結局「どれが一番面白いナギちゃん見れるかな」と考えて、ミカが選んだのは強炭酸のコーラ。こういったジャンキーなフードにもドリンクにも耐性のない彼女ならさぞかしいい反応が返ってくるだろう、そんなことを考えながら戻って来たミカを、ナギサは笑顔で出迎えた。
「ナギちゃんもう曲入れた?」
「はい、まもなく始まると思います」
「どれどれ……『可愛くてごめん』……?!えナギちゃん『可愛くてごめん』歌うの?!」
「ミカさんがおっしゃっていた『ランキング』の一番上にありましたので。……もしかして、何か間違えてますか?」
「ううん!そういうのじゃないから!大丈夫!」
ミカは心の中で頭を抱えた。なんか最近キヴォトスの学生の間で馬鹿流行りしている楽曲、『可愛くてごめん』。ポップなメロディに乗せて、いわゆる『地雷系ファッション』を好む少女が周囲の嫉妬などに晒され、強みも弱みも見せながらも自らの『好き』を貫く様子を歌った名曲なのだが……。
(よりによってそこ選んじゃったかぁ……)
彼女達はかれこれ十数年の付き合いになる。そんなナギサにとって唯一無二の幼馴染であるミカから見て、それはいささか無謀な挑戦に思えた。なんならたまにカラオケに通っていたミカからしてもまだ歌いこなせない壁であった。
(でも採点モードは付けてない……ああ良かったぁ〜〜!!)
流石に幼馴染が無惨な点数を取る様子は見たくないとミカが悩んでいる内に、軽やかなイントロが流れ始める。ナギサは少し緊張しながらも、口の前にマイクを運んだ。
「……私が私の事を愛して、何が悪いの?嫉妬でしょうか?」
「……!」
透き通るような、歌声が響いた。
「Chu!可愛くて、ご・め・ん♪努力しちゃってて、ご・め・ん♪Chu!尊くて、ご・め・ん♪女子力高くて、ご・め・ん♪」
気がつけば最後のサビ。ミカはせっかく持ってきたコーラも飲まずに、彼女の歌声に聞き惚れていた。
「ムカついちゃうよね、ざ・ま・あ♪」
そして最後の一節を歌い上げ、彼女はカタンとマイクを置いて大きく息を吸った。アウトロが流れる中で、ナギサはミカに問いかける。
「……上手く歌えたでしょうか……?」
「上手!ナギちゃん天才!最高!っていうかほんとにカラオケ初めて?!」
「はい、初めて……なんですが、この曲はすごい歌いやすかったというか……」
「でも私も負けないからね!」
そう言って、ミカはナギサの手元にあったデンモクを取り、素早く操作した。残り2時間50分、まだまだこれから。
「あー……歌った歌った!!」
「カラオケ……またいつか来てみたいです」
ミカは十八番のアイドルソング、ナギサは愚直にランキングを上から歌ったり、或いはテレビで少し耳にした曲を入れたり。好きな曲を好きなだけ歌い、ドリンクバーを沢山お代わりし、サイドメニューをお腹いっぱい食べた彼女達。カラオケを目一杯満喫したと言って差し支えないだろう。
時刻は12時30分。もう少し何かしたいな、そう考えたミカの視界に、あるものが映る。
「プリクラ……衣装貸出……」
「……ミカさん?」
「ナギちゃん!」
彼女に合わせて足を止めたナギサの手を、ミカはぎゅっと握る。
「プリクラ撮ろ!!」
「プリ……クラ……?」
「はーい、今日も張り切ってパトロール行くっすよー!!」
正義実現委員会の後輩を引き連れて、仲正イチカはパトロールに励んでいた。
「最近授業やらをサボって昼間っから遊んでるトリニティ生がいるらしいっすからねー、みんなばっちり見ておくんすよ!」
今日の担当区域は駅前の繁華街。デパートやらブティックやら、遊ぶ場所には困らない。だからこそ、正義実現委員会がしっかりと見回る必要があるという訳だった。
「いやあ、そうは言っても今日もあんぜ……ん?」
「どうかしましたか、先輩?」
最近出来たばかりのファウンドワンで、彼女は足を止めた。ガラス張りの入り口の側を、見知った影が横切ったような気がしたからだ。
「……いや、少し先行っててほしいっす」
「りょ、了解しました!」
指揮を有望な後輩に任せ、イチカはファウンドワンに足を踏み入れた。あの影が向かった方向を見ると、プリクラ機のコーナーがある。
「……あっちっすね」
プリクラ、それはその場で写真撮影、加工、描き込み、印刷まで全部出来てしまうスーパーマシン。学生がゲームセンターに来たら、もう鉄板と言っても良いほどに根付いた文化だ。トリニティ生がいてもおかしくない、そう考えて彼女は慌てずに一歩一歩進んでいく。
「ミカさん、次はどれにしましょうか?」
「うーん……じゃあ、これなんてどうかな☆」
入り組んだ奥からは、楽しげな少女の会話が聞こえてくる。十中八九
「……ナギサ様?」
「……あ……」
丁度着替えスペースから出てきた彼女と、目が合った。時刻は12時55分。ティーパーティーはまだ業務時間中のはずだ。
「どうしたの、ナギちゃん?なんかトラブルでも──」
「お久しぶりっすね、ミカ様」
思ったより楽しかったプリクラ撮影の最中、唐突に彼女は現れた。ミカもナギサも、今の衣装は少し露出度の高いバニーガール、その上二人共トリニティをホイホイ抜け出して良い身分ではない。トリニティの後輩に会うには最悪のタイミングだった。
「……えっと、なんでそんな格好なんすか?」
「その……撮影していましたら……」
「興が乗っちゃったっていうか……」
「はぁ……」
少しため息をついたイチカだったが、彼女はまたゆっくりと引き返し始めた。
「……まあ、私からは何も言わないっす。お二方幼馴染の蜜月にこれ以上水差すのも無粋っすからね」
「え……?」
「そりゃあ、ナギサ様がミカ様と遊ぶために頑張って書類を片付けてるなんて話聞いたら見逃さざるをえないっすよ。そんじゃ、失礼するっす」
そう言って、彼女は颯爽とその場を去った。
「っていうか私と遊ぶために仕事終わらせてるの、ナギちゃん?」
「……ノーコメントで……」
しばらくその場に立ち竦んでいた二人。彼女達が正気に戻ったのは、既にお金を入れていたプリクラ機の「後一分!」という機械音声だった。
「いやあ、楽しかったね!」
「はい、中々得られない経験をしました」
夕焼けの空の下、二人は手を繋いで道を歩く。出費は数万を下らないだろうが、それでも彼女達の思い出、特にメイドやらバニーガールやらが詰まったプリクラと比べたら、彼女達にとってはタダ同然の金額だろう。
「また来ない?いっぱい歌って、プリクラ撮ってさ」
「また機会があれば、ぜひ」
「ふふっ、そう言ったってさ、私が「遊び行こう」って誘ったらいつでも来てくれるんでしょ?仕事終わらせてさ」
「……そうかもしれませんね」
ナギサの顔が少し赤くなったのが夕焼けのせいじゃないことを、ミカは誰よりも知っていた。
ミカは多分日向坂とか歌ってそう