コーラルの紅き鴉、ISにて空を駆ける   作:黎殲神 祟

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いや……書き始めてからやたらと時間が掛かってしまって申し訳ない。此又酷い難産な上に文字数も二万文字を越え、自分史上一番の駄文になってしまったと自覚してます。そんな面も含めて生暖かく読んで貰えると助かります。
追記:パルワールドとSEKIRO楽しい。あと、AC6のランクマでフヨフヨしてるだけの四脚諸君。もっとPSを磨いて下さい、思ったより追い回してるだけで撃墜出来るのはちょっとにっこり出来ないです。

ではホンへ


第二話:出撃

「………」

 

一日の全課程を終えた烏は、一人溜息を吐いて背もたれに全身を預ける。たったの一日だというのに酷く疲れた、表情からではなく姿勢から全てが滲み出ている。

 

一日の授業課程お疲れ様です、レイヴン。入学初日から大変な事になってしまいましたね

 

(これ以上は無いと願いたい。オールマインド(ポンコツAI)の相手をしてる方が圧倒的にマシだ)

 

それは……確かにそうですが。この一週間の間は特に期待出来なさそうではありますね

 

 

エアとそんなやりとりをしながら身支度を整える。

途中一夏が辞書や教科書が乗せられた机に伏して唸っていたが、覚えられない一夏が悪いとして直ぐに切り捨てた。なにより、烏の覚え方はISをACに例えて覚えている為、ACが何なのか分かっていない一夏に教える事は不可能なのである。

そして、死に体の一夏が此方を認識する前に退出しようとしたものの、教室の外は他クラスや他学年の生徒達でごった返しており、とても出られる様子では無かった。

なにより厄介なのは一夏か烏が教室から移動するとそれに付いて来るのだ。昼食時は仕方なく教室から出たものの、それとトイレ以外は徹底的に教室から出ない様にしていた。

しかし、それにも限度はある。そう、一日の全課程が終わった場合である。

その為、完全に生徒達が教室の外に陣取っていて教室から出た所で一人になる様な状況にもならないだろう。そんな二人の元へ山田先生が書類を片手にやって来た。

 

「ああ、織斑君、詠月君、まだ教室に居たんですね。良かったです」

 

「はい?」

 

「何か用事でもありましたか?」

 

そう問い返し、山田先生に向き直る。丁度席を立っていた為、否が応でも山田先生との身長差が際立つ。

 

「えっとですね。寮の部屋が決まりました」

 

そう言って部屋番と鍵を一夏と烏に渡す先生。ちらりと見えたが、如何やら部屋番が違う為、完全には部屋を一つ用意出来なかったらしい。しかし、そうなると同室は女子になる。面倒ではあるが、暫くの間待てば男部屋の一つくらいは確保出来るだろう。

 

「にしても。一週間は自宅からの通学と聞いていましたが、又随分と早く部屋を用意出来ましたね。中々無理をしたのでは?」

 

「出来れば一部屋丸ごと確保したかったみたいですけど……流石に其処までは厳しかったみたいです」

 

「寮の部屋を確保出来ただけ有難いです。自宅からの通学の手間が省けるだけで今は十分なので」

 

「もう暫くすれば一部屋ちゃんと確保できると思うから、それまで待ってて下さいね」

 

「了解しました」

 

「分かりました」

 

実際、自宅からだと手間なのは事実だった。ISを動かせる二人目の男だと知れ渡った途端に様々な国使や企業、マスコミや学者等が押し掛けて来た。数日それ続いた結果、烏は鬱陶しいので誰か見せしめにしようと手頃なマスコミを一人捕まえて地面に張り倒し、「次は無い」と言い放った。その効果故だろう、企業や其の他学者関連、マスコミはそれ以降関わってくる事は無くなった。国使を除いては。

連中は自分達が同じ目に遇わないとでも思っていたのだろう。だからこそ、連中は見誤った。烏という男を、公権力すら敵に回した独立傭兵である。幾ら生きる世界が変わったとしても根幹となる部分は変わらない。だからこそ、烏は国使の内一番近くに居た人物の喉を掌底で潰した。

その結果、怖じ気付いた国使達も烏に近付く事は無くなり、進学決定後も平穏に生活していけたのだ。

しかし、まさか其処までやって国からのお咎めが無かったのには少々驚きはしたが、其れ以降特に気にする事は無かった。

恐らく、強引に部屋割りを変えて烏たちを入寮させたのも、これ以上烏を野放しにしてその暴力の餌食を増やさない為でもあるのだろう。

 

「お二人にも心当たりはあるでしょうが、そう言う訳で、政府特命もあって兎に角寮に入れるのを最優先したみたいです」

 

「俺に至っては二つ程心当たりがあるので特に問題はありません。」

 

「いや、お前は何したんだよ」

 

「え、えっと……詠月君にはちょっと色々あって……」

 

「マスコミと国使の一人に重症を負わせて黙らせただけだ」

 

端的に自分がやった事を話すと、山田先生は涙目で此方に非難の眼差しを送り、一夏に至っては引いた様な顔をしている。

何一つ嘘は言っていない上に誰からも口止めされていない為非難される謂れは無い。

 

「しかし、そうなってくると荷物を取りに行く必要が出て来るな……」

 

「そうだな。この時間からだと入寮は明日になるかも知れないな」

 

「あ、いえ、荷物なら───」

 

「私が手配してやった。ありがたく思え」

 

突然背後から千冬の声が聞こえた。如何やら今後の事を考えている内に接近を許した様だ。如何にも世の中が現状平和である所為か気が抜けている。流石にこの弛みは修正した方が良いだろうと思い、烏は気を引き締め直した。

 

「それはもしや……俺の分も、と言う事ですか?織斑先生」

 

「ああ、生活必需品だけだがな」

 

「其れだけあれば十分です。ありがとうございます」

 

「ど、どうもありがとうございます」

 

千冬に礼をした烏は、如何したものかと教室の外を見る。教室から出ようにも女子達が邪魔で出るに出られない。いっそ窓からか、或いは……などと考えていたが、流石に不味いだろうかと意識を現実に引き戻した。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行って下さいね。夕食は十八時から十九時、寮の一年生用食堂で摂って下さい。因みに、各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もありますよ。学年ごとに使える時間は違いますけど……えっと、その、織斑君と詠月君は今の所使えません」

 

存在を知れただけ十分だろうが、やはり大浴場に入れないのは少々残念ではある。何れ使える様になる可能性があると考えれば肩を落とすにはまだ早いだろう。

 

「え、何でですか?」

 

「まあ、そうなりますよね」

 

「阿呆かお前は、まさかど同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」

 

「あー……」

 

「同年代で無くとも通りませんよ、それは」

 

「ふ、二人ともっ、女子と一緒にお風呂に入りたいんですか!?だっ、ダメですよ!」

 

「いえ、それは結構です」

 

「お、俺も入りたく無いです」

 

彼女の頭の中は随分とピンク色な様だ。それは二時間目の段階から大体分かっていたが、こうまで酷いと何も言えない。

 

「ええっ、女の子に興味が無いんですか!?そ、それはそれで問題な様な……」

 

流石にそれは肥大妄想が過ぎるだろう。実際、俺は興味が無い。

しかし、少なくとも一夏はあるだろう。

寧ろ、本来はある方が正常なのだ。

 

「……」

 

存外に山田先生の声が大きかった所為か、周囲の生徒達が再び騒ぎ始めた。恐らく内容に尾鰭が付いている事だろう。

事実、聞こえて来る話し声は一夏と烏が男色か否かで盛り上がっている様だ。

ただ共にあると決めた存在が人間では無かっただけ《の事だ、失礼にも程がある。

 

「えっと、それじゃあ私達は会議があるので、これで。二人とも、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草食っちゃダメですからね」

 

道草も何も無いだろう。寮と大した距離は無いのだから。唯一道草を食う原因と言えば教室の出入り口に居座る生徒達だろう。現時点で寮以外の施設に用は無いので真っ直ぐ向かいたいところだが、そうするには労力が掛かり過ぎてしまう。千冬と山田先生を見送りながら考えを巡らせて視線を彷徨わせる。

すると、決然とした表情で立ち上がるのが見えた。如何やらあの中を抜けて行くらしい。

ならばと気配を殺して一夏の背後に着いて行き、人波が割れるのを確認した瞬間右ステップで一夏を避けてから全速力で教室を飛び出し、最短ルートで寮へと駆け抜けた。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

「此処か……」

 

鍵とドアの部屋番を見比べて確認し、鍵と扉を開けて入室する。

パンドラの箱は開かれた。後は中身を確認するだけである。箱の中身は──現時点で考えられ得る最悪のものであった。

 

「なっ……!?」

 

「…………」

 

思わず大きな溜息が出てしまった。同室となる相手とは、つい先程対戦相手となったセシリア・オルコットであった。

如何やら風呂上がりだった様で、身体にバスタオルを巻いており、既に顔は怒りと羞恥で真っ赤に染まっていた。

恐らく、同室が女子だと思っていたのもあっただろう。

 

「なっ……何で貴方がこの部屋に入って来てますの!?この変態!」

 

小物家具が多く飛んで来るが、特に対して見もせずに対処していく。そんな中でも顔色一つ変えずに自己紹介を始めた。

 

「今日付で同室になった詠月烏だ。よろしく頼む」

 

セシリアは烏の自己紹介を聞き、唐突且つ余りにも自然体だったが為に完全にフリーズしてしまう。

それから数秒の沈黙の後、漸くセシリアが再起動した。

 

「ど、同室……?わたくしと貴方が?」

 

「そう言う事だ、文句なら政府関係者に言ってくれ。最低でも一ヶ月の間は変わらんだろうがな」

 

「そうですか……では一ヶ月ほど我慢すればよろしいのですね?」

 

「最低でも、だがな。場合によっては伸びる可能性があるが」

 

不承不承ながらもセシリアが引き下がり、平静を取り戻す。そのまま普段の調子を取り戻したのか腰に手を当ててふんぞり返り始めた。

 

「一ヶ月という短い間とは言えわたくしと同室である事を光栄に思いなさい!」

 

「それは別に構わんが、先ずは服を着ろ。この季節はまだ少し冷える、風邪を引くぞ」

 

今の今迄忘れていたのだろう。再び顔を赤くしたセシリアは、物を投げて来る事は無かったが、代わりとばかりに怒鳴って来た。

 

「やっぱり我慢出来ませんわ!今直ぐ出て行って下さいまし!」

 

言うだけ言って直ぐ様脱衣所へと飛び込んでいった。それを見届けると、烏は部屋へと入り、黙々と自らの縄張りを構築し始めた。

それから少しして、丁度烏の縄張り構築が終わったタイミングでセシリアが脱衣所から出て来た。そちらに目を向けると髪をしっかりとセットされている。そして、服装はラフなルームウェアであるネグリジェであり、完全に男の存在を考慮していない物であった。かと言ってルームウェア自体殆どが男の存在を考慮していないであろうものばかりなのか、仕方なく着ている様な印象を受ける。

 

「戻ったか。もう少し時間が掛かるものだと思ったが、思いの外早かったな」

 

「当然ですわ。貴族たる者、準備には時間を掛けず完璧に仕上げる者ですわ。貴方は何をしてましたの?」

 

セシリアは自分が身支度を調えている間何をしていたのか気になったのだろう。特に隠す事も無い為素直に話した。

 

「荷物の整理と縄張りの構築だ、俺はベッドさえあれば特に問題は無いから必要最低限のスペースでしか無いがな」

 

「流石にそれは狭すぎではないですか?」

 

流石のセシリアでも少し引いてしまう程度には狭い縄張りを張っていた。それに対し、烏は何を言っているのか分からないと言う様に言葉を返す。

 

「所詮は只の居住スペースだ。共有出来る場所は共有して個人の保有する空間は必要最低限でも死にはしないだろう?」

 

「い、いえ。スペースがそれだけというのは少し可哀想なので。もう少し広げる権利をあげても良くってよ。わたくしに感謝なさい」

 

「……了解した」

 

此処で断ると状況が悪くなり得る可能性が高いと判断し、仕方なく自らの縄張りを広げる事にした。それによって烏はベッド一つと人一人分のスペースを確保する事になった。

 

「そ、それだけで良いんですの?次はありませんわよ……?」

 

「十二分だ」

 

これには最早セシリアも呆れてものも言えなかった。確かに烏は自分の保有スペースを広げたが、結局人一人分しか広げる事はなかったのだ。今まで如何いう人生を歩めばこんな人間に人間になれるのかが不思議でならなかった。

実際、セシリアがぱっと見ても虐待等の痕跡は見られなかった。寧ろ、虐待を受けていたのならばあの様な物言いは出来る筈が無い。それに、体付き等を見ても確実にそれなりの生活は送っていた事は明らかな為、本当に何故こんな性格になったのかが理解出来なかった。

そのまま烏とセシリアの間で沈黙が流れていると、俄に外が騒がしくなってきた。何事かとも思ったが、ある意味其れ処では無いとスルーするつもりだったセシリアだが、烏が行動を起こした。

 

「外が騒がしいな。俺は少し外の様子を見てくるが、オルコットは如何する」

 

「貴方一人で行ってきてはいかがです?」

 

その言葉を聞いて烏は一人部屋を出た。そして、騒ぎの元を探って視線を巡らせると、女子達が一夏の周りに群がっており、二つ程穴が空いた扉の前に釘付けになっていた。

如何やら何かしらのトラブルがあり、部屋から飛び出した所で騒ぎを聞き付けた女子達に囲まれてしまった様だ。しかし、同室の人物から許しを得たのだろう、一夏が部屋へと引っ込んで少しした辺りで女子達が一夏の部屋へと突入を仕掛けた。

それだけ確認し、烏が部屋へ戻ろうと扉に手を掛けたその時、女子の一人が此方に気が付いて駆け寄って来た。

 

「あ、詠月君だ」

 

その声に反応して外に居た女子数名が此方に顔を向けた、完全にターゲットが此方に切り替わったのを理解した烏はどうすべきかを考え、即座に部屋の扉を開いて人一人漸く入れる程度の隙間に滑り込んだ。

そのまま部屋の鍵を掛けてセシリアの元へと戻る。

 

「何の騒ぎだったのですか?」

 

気になるのならば自分で見に行けば良かったのでは無いかとは思ったが、口には出さず端的に状況を伝えた。

 

「一夏の部屋バレと女子達の室内突入だ」

 

「……聞いて損しましたわ。所で、先程より外が騒がしい様な気がしますが?」

 

セシリアが大きな溜息を吐き、うんざりした様に額に手を当てた。そして大体の事情は分かっているだろうに自分達の部屋の外が騒がしくなった事を指摘してくる。

嫌味のつもりなのだろう。何とも可愛らしい嫌味だ、スネイルご本人ネチネチと小言と嫌味、愚痴を同時に垂れ流していた事だろう。

 

「……女子達に見付かって急いで部屋に入り込んだからな。今頃扉の前で耳を欹てている事だろう」

 

少し間を開けて返答すると、セシリアがあからさまに嫌な顔をする。余計な事をしてくれたなとでも言いたげである。

 

「……貴方が撒いた種なのですから、対処して来て頂けますこと?」

 

「……承知した」

 

ここまでやって報酬一つ出ないのは如何なものかと思いつつ、仕方ないと意識を切り替えて物音を立てずに玄関へと蜻蛉返りする。

配置の詳細は分からないが、扉の向こう側に五名程居るのは感覚で分かる。後は相手の配置だけだ。

 

(エア、扉の向こうに居る女子達の配置は分かるか?)

 

周囲の防犯カメラ映像から入手した情報によると、蝶番側に二人、ドアノブ側に三人です。何方も身体を扉の外側へと避けている為、万が一の心配もありません

 

エアに防犯カメラをハッキングして自室前の様子を確認して貰い、女子達の配置を確認する。烏は、これで準備は整ったと一つ頷いてから拳を握り締めて大きく振りかぶり、思い切り振り抜いた。

バキィッ!という凄まじい音と共に烏の拳は、木製とはいえそれなりに厚いであろう扉を()()()()()()()

 

「「「「「えっ……?」」」」」

 

女子達が一体何が起こったのか分からずフリーズしてしまう。それから間もなくして腕が引っ込み、鍵が開けられる音でハッと意識が現実に引き戻され、急いで扉から少し離れた。

すると否が応でも扉に空いた風穴に目が行き、先程の出来事が幻覚では無い事を実感させられてしまい、揃って引き攣った顔をしてしまう。部屋の奥で一部始終を見ていたセシリアに至っては顔を青ざめさせて目を見開いている。

 

レイヴン。彼女達がドアから離れました、扉を開けるなら今かと

 

エアの言葉を聞き、少々やり過ぎたかと思いながら扉を開き、出歯亀達と向き合う。

 

「すまない、()()()()()()()()()()()

 

「す、少し……?」

 

彼女達も人間の腕がそれなりの厚さを持つ木製の扉を素手で貫通したと言う現実を呑み込み、顔を青ざめさせる。

 

「俺に何か用でもあるのか?」

 

「い、いや……大した用じゃ無いって言うか何て言うか……」

 

烏に最も近い位置に居た女子が代表して如何にか、と言った様子で言葉を紡ぐ。その内にもう一つの騒ぎの種が部屋から飛び出して来た。

 

「何事だ!さっき此所から大きな音が……」

 

先程の音を聞き付けたのだろう一夏と同室の相手──篠ノ之箒が部屋から飛び出して此方へ駆け寄り、扉に空いた風穴を視認した瞬間に言葉が止まる。

烏は、其方の扉からも似た様な音はしていた。でなければこの様な二次的な騒ぎも起きていないだろう。箒に至ってはご丁寧に木刀も持って来ている。

 

「……一夏と篠ノ之か」

 

明らかに状況が拗れるのは分かり切っていた為、溜息と共に二人の方を向く。

 

「詠月烏!貴様彼女達に何をした!」

 

「何もしていない」

 

「問答無用!」

 

まるで猪武者だ、幾ら何でも状況の把握も無く、只確認しただけで突撃するのは阿呆のする事だろう。

その阿呆が目の前にいるのだが。

しかし、その技術は本物であり、初歩の段階から既にトップスピードまで持って行っている。構えは上段、確実に面を取りに来ている事は確実であり、突きよりは対処しやすい。

しかし、相手は全国大会優勝者であり、真面に受け止めでもすればどれも手痛い一撃である事に変わりは無いが、リスクを負わねば落ち着いて状況の説明も出来ない。

だからこそ、烏は躊躇無く振り下ろされる木刀を右手で掴んだ。

 

「なっ……!?」

 

渾身の一撃だったのだろう。重い衝撃が右腕全体を痺れさせるが、手放す様なヘマはしない。幾ら木刀を引いてもビクともしない烏に次第に焦りを覚えたのか、顔からは冷や汗が滝の様に流れている。

ちらりと一夏に目を向ければ唖然としているのが良く分かるが、この様子では話しどころでは無い。

小さく溜息を吐いて木刀を握る手に更に力を入れる。すると木刀からミシリ、と言う鳴って良いものでは無い音が鳴った。

 

「落ち着け、篠ノ之。そんな有様では状況の説明も出来ん。それともお前は木刀をへし折られたいのか?」

 

「くっ……何者なんだお前は……」

 

「俺は単に鍛えただけの学生に過ぎんよ」

 

不承不承と言った様子で引き下がった箒の問いに軽口で返し、状況を説明する。

 

「事の発端は手を滑らせて扉に風穴を開けてしまってな。彼女らを怯えさせてしまったといった次第だ」

 

「な、なるほど……」

 

一夏と箒が扉に空いた風穴を見て引き攣った苦笑を浮かべる。手が滑っても普通はこうならないだろうと。

しかし、相手は箒の渾身の一撃を完全に受け切った烏である。有り得なくも無いかと納得してしまっている部分もある為何も言えない。

 

「しかし……手を滑らせたとは言え扉に風穴を開けたんだ。先生に怒られはしないだろうか」

 

「篠ノ之、お前が言えた事では無いだろう。扉を木刀で貫いておいて自分は素知らぬ顔をするというのか?」

 

「あ、あれは一夏に原因があるだろう!」

 

「お、俺!?」

 

一夏が何をやらかしたのかは知らないが、実際にやったのは箒の方である。如何足掻いても言い逃れは出来ないだろう。

 

「一夏が何を仕出かしたのかは知らんが、実際にやったのはお前だろう。その事実だけは変え様が無いだろう」

 

「くっ……帰るぞ、一夏」

 

「ちょっ!ちょっと待てよ、箒!」

 

足早に部屋に戻る箒を追い掛ける一夏を見送り、すっかりその場に置いて行かれた女子達に向き直る。

 

「お前達も部屋に戻ったら如何だ。用が無いなら部屋でゆっくり休んだ方が良いだろう」

 

「……え、あ、う、うん」

 

完全に蚊帳の外に置かれた状態から行き成り声をか掛けられた所為か少々口籠もりながらも返事をし、何処か疲れたような足取りで各々の部屋へと戻っていった。

それを見送った烏は、部屋へと戻ったのだが……玄関で怒り心頭に発す、と言った表情で拳を腰に当て、仁王立ちしているセシリアが立ち塞がっていた。先程の青ざめた表情は鳴りを潜め、完全に気を持ち直した事が良く分かる。

 

「貴方。対処を頼んだ身で言うのもなんですが、流石にやり過ぎではなくって?」

 

「すまない。少々加減を間違えてしまった」

 

「少々……?あれが……少々ですって……!?」

 

何やら随分と驚いた様子で詰め寄って来るセシリア。確かに中学進学辺りから劇的に身体能力が上昇し、その件で良く驚かれた。しかし、その中でもセシリアが群を抜いて大きなリアクションを取っている。

 

「抑も、木の板を拳で打つ事自体初めてだったんだ。加減事自体無理があるだろう」

 

「抑も、扉を打つ事自体しなくても良かったのでは無くって?」

 

「それはそうだろうが、やはり、初撃のインパクトは大切だろう?」

 

実際、セシリアは全くの正論を言っているのだが、此方に気付いていない相手に初手で多数のミサイルとSG-027 ZIMMERMAN(重ショ)でスタッガーを取り、WB-0010 DOUBLE TROUBLE(チェンソー)で解体する烏に通用する様な道理などでは無かった。

 

「そ、そうですか……生身で戦う様な時代で無くて本当に良かったと思いますわ」

 

随分と引いた様子でセシリアが反応を返しす。その後聞き取られない様に言ったつもりだろうが、烏の鋭敏な耳はしっかりと拾っていた。烏は、それに返事を返すこと無く会話を切り上げる。

セシリアも疲れていたようで、それに対して何も言わずにベッドに倒れ込んだ。

烏は今後の立ち回りを考えながらエアとの他愛ない雑談に興じ、其れ以降は何事も無く一日を終えるのだった。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

二日目の朝を迎え、やけに機嫌の悪い箒とその機嫌を伺う様に話し掛ける一夏を食堂で見掛けた。恐らく部屋へ戻った後に何かやらかしたのだろう。

そう当たりを付けた烏は周囲の様子を観察しながら黙々と食事を進める。同室で固まっている一夏達とは対照的に、烏は一人で食事を摂っている所為か、烏に声を掛けようとしている様子の女子達の割合が少しばかり増えた様に思える。

しかし、未だに声を掛けていないのはそれだけ互いに牽制し合っていて、尚且つその中で声を掛ける勇気がある者が居ないからだろう。昨日の一件が広まっていると考えれば尚の事である。

 

「御馳走様でした」

 

誰に言うでもなく小さく手を合わせて完食を示す。すると、周囲の女子が驚いた様な、或いは機を逸したと言う様な表情で一斉に此方を見る。

ビュッフェ形式とは言え、少なくとも一夏の二倍近い量の食事を摂っていた筈だが、五分足らずでその全てを完食していたのだから無理も無いだろう。

それらを無視して早々と食堂を後にした。

 

「詠月か。来るのが少し遅かった様だが、しっかり食事は摂ったんだろうな?」

 

「普段通りの量をしっかりと。では、俺は少し走ってから教室へ行くので」

 

短い会話の後、烏はグラウンドへと向かい、食後の運動を行ってから予鈴が鳴る頃には教室で待機していたのだった。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

三時間目の受業中の内容のページを軽くみていると、山田先生が読んでいる部分に強く興味を惹かれ、受業中に珍しく耳を傾ける。

 

「───また、生体機能も補助する役割があり、ISは常に操縦者の肉体を安定した状態へと保ちます。これには心拍数、呼吸量、発汗量、脳内エンドルフィンなどが挙げられ───」

 

「先生、それって大丈夫なんですか?なんか、身体の中をいじられてるみたいでちょっと怖いんですけども……」

 

なるほど。そう言う視点もあるのか、その位は常識的なものだと思っていたが、如何やら此方の常識はそうでは無いらしい。

ただ、話しに聞く限りではCOMに限り無く近い性能をしている。

他のAC乗り達がCOMを扱っていたかは分からないが、あれのおかげで常に安定したバイタルを保てていたのは確かだ。

それに限り無く近いものがISにも搭載されていると言うのは十分な収穫であった。

 

「そんなに難しく考える必要はありませんよ。例えば皆さんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそすれ、それで人体に悪影響が出るという事は無いわけです。ただ、自分に合ったサイズのものを選ばないと形崩れしてしまいますが───」

 

山田先生と一夏の視線が交錯する。如何やら其処まで言った辺りで男二人を思い出したのだろう、一気に顔が赤くなり、クラス全体は微妙な空気が流れ出した。

烏にも事情が分からないでも無いが、毎年この喩えを使っているのかと思うと男の居ない環境の恐ろしさを思い知る。この空気を払拭する為に自分には独自の喩えがある事を示すべきだろうか、などと考えていると山田先生が手遅れではあるがお茶を濁し始める

 

「え、えっと、いや、その、お、お二人はしてまいせんよね?わ、分からないですね、この喩え。あは、あははは………」

 

平然とする男性陣と変に意識して胸元を腕で隠す女性陣、この不思議な何の関係も無い第三者から見れば笑える状況だろう。実際、カーラならば確実に大笑いしている絵図面が容易に想像出来る。

 

「んんっ!山田先生。受業の続きを」

 

「は、はいっ」

 

千冬は、咳払い一つで教室内の空気を一変させてみせた。そのまま受業の続きを促し、山田先生が教科書を取り落とし掛ける勢いで再起したが、流石に其処まで急がなくても良いだろうとは思えてしまう。

 

「そ、それともう一つ大事な事は、ISにも意識に似た様なものがあり、お互いの対話……つ、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うと言うか、ええと、操縦時間に比例して、IS側も操縦者の特性を理解しようとします」

 

エアと烏の関係性に近しいものがあるだろう。実際、強化人間(C4-621)としての烏を知り、真人間(詠月 烏)としての烏も知っている。正しく二つの生を共に歩んで来たパートナーである。

しかし、コーラルについては未知の部分が余りにも多い。少なくとも個としてのエアについてはよく知っているつもりである。

 

「それによって相互的に理解し、より性能を引き出す事が出来る訳です。ISは道具では無く、パートナーとして認識して下さい」

 

烏は、それ自体はパートナーというよりは半身と大差無いのではないかと思った。実際、それは徐々に自身の肉体と同調していくと言う事だろう。結局の所、ACと特に変わりない。

しかし、何処にでも理解と認識の相違とはあるものである。周囲の山田先生やクラスメイト達が良い例だろう。

 

「先生ー、それって彼氏彼女みたいな感じですかー?」

 

「そっ、それは、その……どうでしょう?私には経験が無いので分かりませんが……」

 

再び教室内が騒がしくなった。今の段階で教室中が恋バナに華を咲かせる事態になった。特にこの受業では少々多い様な印象を受ける。

恐らく、山田先生の喩えがそうと捉え易いのが起因だろう。千冬の方に視線を向けてみれば受業終了間際を確認して黙っている様だが、その目付きは明らかに鋭い。

 

「単純に自身の半身が身体に馴染み、己の肉体と共に成長していくだけだろうに……」

 

そう小さく独り言ちたのと時を同じくして、終業のチャイムが校内に響き渡った。

 

「あ、えっと、次の受業は空中におけるIS基本制動の受業をやりますからね」

 

教科書を見る限り最もつまらない部分である。ISの機能面は大体理解している為言える事だが、次の受業内容で教えられるのはLC(ライトキャバルリー)の劣化版とも言えるQB無しの単なる滞空移動である。

IB(イグニッションブースト)と言う技能があると言うが、あれは何度も連発出来ない上に恐ろしく燃費が悪い。その上、距離も必要最低限の移動が出来ず、正面への直線的な機動だけでQBを織り交ぜた機動も出来ない為動きも読み易い。

戦闘などを想定されているにしては余りにも機動面が甘い設計となっている。

ワンオフなのはまだ良い、状況に応じた汎用性が無いのは少々厄介ではあるが如何とでもなるからだ。しかし、ブースター周りだけはISの致命的な欠点とも言えるものだと烏は考えている。

その答えは単純だ、ブースター周りとはその機体の機動全てを支える部分であり、高速機動中に細かな移動が出来るか否かで戦闘での勝率が圧倒的に変わってくる。

それが出来ないのならば小型化や人型化する必要性は全くないと言っても過言では無い。それならば普通に戦闘機を使った方が効率的である。

しかし、小回りが利く上に人型故に手脚を簡単に動かせるという利点があるのは事実である。恐らくほぼ全ての兵器を過去のものとしたのはその利点が非常に大きいだろう。尤も、篠ノ之束のやらかしが最も大きいのは確かだが。

長い様で短い思考から意識を現実に引き戻すのと同時に、三人の少女達に声を掛けられた。

 

「ねえねえ、織斑君と詠月君さあ!」

 

「はいはーい!質問しつもーん!」

 

「今日のお昼ヒマ?放課後ヒマ?夜ヒマ?」

 

如何やら一晩明けて様子見を終えたらしい女子達が一夏と烏の机を包囲する。

座席の配置上包囲網は必要最低限で収まっている。

 

「いや、一度に聞かれても───」

 

「悪いが暇では無いな」

 

一夏は何かを見付けたのか言葉の途中で止まってしまった。大方箒とでも眼が合ったのだろうと当たりを付けた烏は短く返して全ての質問を一蹴した。

その後烏は特に質問を受けること無くやり過ごし、丁度一夏が千冬の個人情報を流出しかけた所でその当事者から手痛い一撃を貰って休み時間の終了が宣言された。

 

「ところで織斑、詠月。お前達のISだが準備まで時間が掛かる。特に詠月。お前の動きにISが付いて来られない可能性を考慮してそれに合わせた調整を行っているからな」

 

「へ?」

 

「随分と唐突ですね……」

 

「予備機が無い。だから学園で専用機を用意するそうだ」

 

「それは……とても素敵なサプライズですね。楽しみです」

 

思わずブルートゥと同じ台詞回しになってしまったがこればかりは仕方が無いだろう。

 

「???」

 

これは明らかにセシリアとの戦闘に於いて機体面でフェアな状態を作る事が目的だろう。一夏は何の事かさっぱり分かっていない様子だが、この男は察する以前に思考が停止してしまっているのだろうか。

普通、このタイミングで専用機を用意されると言う事は専用機持ちとの戦闘に於いて少しでもフェアな状態に持って行くための措置以外に考えられない。実際、汎用機と専用機では使い手次第ではあるがその性能には圧倒的な差が出る。

具体的な差で表すのならアリーナ上位ランカーと四脚含むMT部隊クラスの差が出るのだ。

尤も、現時点で専用機を持った所で精々アリーナ中位ランカーとラスティ程度の差があるだろう。こればかりは経験と才能がものを言う土俵である為、機体性能だけでは如何する事も出来ない。

思考時間は1秒にも満たない筈だが、意識を周囲に向けてみれば教室内が少々騒がしくなっている事に気が付いた烏は、周囲の声に耳を欹てる。

 

「せ、専用機!?一年の、この時期に!?」

 

「つまりそれって政府からの支援が出てるって事で……」

 

「良いな~。いいなぁ……。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

恐らく学園側からの申請だろう。そして国としても世界初の男性操縦者のちゃんとした戦闘データが欲しいから入学早々、それも一介の一般生徒に専用機を与える事が受諾されたのだろう。

実際、一週間後にはセシリアとの実戦が控えている。最初の戦闘データを得るには又と無い機会だろう。特に、烏は入試の段階でISでは有り得ない戦闘機動を行ったのだ。その結果ISが壊れてしまった訳だが。

この教室内で一体どれだけの生徒がこう言った政治的な思惑に気付いているのだろうか。

生徒だけで言えば烏以外には居ないだろう。一夏に関しては論外である。

その様子に千冬が呆れた様な溜息と共に教科書を開く様促した。

 

「教科書6ページ。音読しろ」

 

そう言われて一夏がアラスカ条約におけるISコアの存在可能な数と製造や取引に関わる法規定を読み始める。

あの有様は最早公開処刑と言って相違無い。

 

「つまりそう言うことだ。本来なら、IS専用機は国家或いは企業に属する人間にしか与えられない。が、お前達の場合は状況が状況だけにデータ収集のを目的として専用機を用意される事になった。理解出来たか?」

 

「な、何となく……」

 

「分からない方が可笑しいとは思いますが……タイミングがタイミングですし。大体の予測は付きます」

 

「あの、先生。篠ノ之さんってもしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……」

 

恐る恐ると言った様子で一人の女子が質問をする。

篠ノ之姓は先ず見る事が無い苗字だ。恐らく、箒とその血縁くらいなものだろう。其処だけは一夏も心当たりがある様で少々微妙な表情をしている。

 

「そうだ、篠ノ之は彼奴の妹だ」

 

流れる様に教師が生徒の個人情報をバラした。それで良いのかとは思ったが、これで一夏と箒の関係性が確認出来た。あの物言いから分かるのは家族ぐるみでの関わりだったのだろう。

あのぎこちない空気感は恐らく長い間会っていなかった事で距離感を測りかねているのだろう。

 

「えぇぇぇぇーっ!す、凄い、このクラス有名人の身内が二人も居る!」

 

「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!?やっぱり天才なの!?」

 

教室内がドッと沸き上がり、女子達の興味は烏達から箒へと移り変わった。

当の本人はこう言う状況になった事が多いのだろう。随分と辟易した表情をしており、明らかに嫌そうにしている。よく見れば拳を固く握り締め、それは微かに震えており、彼女の怒りを如実に表していた。

実際───

 

「あの人は関係無い!」

 

箒が大声で怒鳴り付けた。“あの人”という呼び方が篠ノ之箒と束(この姉妹)の溝を理解するには十分である。恐らく、その距離感は最早姉妹と呼ぶには遠く、他人と言って差し支え無いものとなっているのだろう。

しかし、その眼に宿る一握りの寂寥は、恐らく見間違いでは無い。

 

「……大声を出してすまない。だが、私はあの人では無い。教えられるような事は何も無い」

 

目を伏せて静かに告げた箒は、席に着き、逃げる様に窓へと視線を移した。姉妹である以上、元々仲が悪かった訳では無いだろう。原因があるとするならば恐らくISの発明と白騎士事件だろう。

実際、アレを発端として篠ノ之束は家族を放棄して世間から姿を眩ましたのだ。妹からすれば幾ら恨んでも足りないだろう。元々は自慢の姉だった筈なのだ、それが何も言わずに突然姿を消せば悲しむものだ。恨まない方が可笑しい程である。

たとえ、根本の原因が国家や企業にあったとしても、そんな事は幼い妹からすれば知る由も無いのだから。

 

「さて、受業を始めるぞ。山田先生、号令」

 

「は、はいっ!」

 

生徒全員が着席したのを確認した千冬が、山田先生を促し、受業が開始となった。山田先生は箒の様子を気にしていた様ではあったが、流石にプロとして受業を開始する。

そして、千冬の方を見てみれば、その眼からは申し訳程度の罪悪感が窺える。

 

彼女達にも色々とある様ですね

 

(千冬と篠ノ之の事か)

 

はい

 

(人間はと言う生き物は複雑なものだ。俺も、エアも、感情や思考がある以上は他者が推し量れる程単純には出来ていない)

 

そうですね。私達に出来る事は彼女達の選択を見守る事だけです

 

エアとのやりとりをしながら、教科書に目を走らせるふりをして何事も無く受業を終えた。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で戦おうとは思ってなかったでしょうけど」

 

「正直なところ専用機を貰えるとは思ってなかったからな。訓練機で専用機に挑むのも覚悟していたよ。しかし、専用機が得られた御陰で機体面では同じ土俵に立てたな。尤も、経験の面は如何しようも無いが」

 

「それもそうですわね。何方にせよ勝負は見えていましたが、詠月さんの言う通りフェアですわね。ですが、特に貴方は折角貰った専用機を壊さない事ね」

 

やはり此奴は此奴で中々痛い部分を突いて来る。とは言え、戦闘での動きを変えるつもりは毛頭無い。たとえISが壊れたとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

結局の所、俺の私見ではIS専用機もACも、自身の半身であるべきだと思っている。その為、自分の技術に機体が付いて来ないのならば銃弾と大差無い。

 

「それは難しいだろうな。機体に合わせて妥協する様では手加減しているのと特に変わりは無い。」

 

「それはそうですが……それでは元も子もないと思いますが?」

 

「これは俺の私見だが、量産機や訓練機ならばいざ知らず。専用機ならばパイロットの半身であるべきだと思っている。そのパイロットの動きに機体が付いて来られず自壊するというのなら、それは只の消耗品に成り下がる。そうなってしまえばそんなもの、あって無い様なものだ」

 

烏と一夏の二人に向けたであろう言葉は、烏の返答によって完全に一夏を置き去りにして、そのまま進んでいく。

それ処か、セシリアですら多少言葉の意味を咀嚼しかねている様な印象さえ受ける。そして、烏が私見を話し始めた段階で、周囲が静まりかえり、皆烏の話しに耳を傾けている気配を感じていた。

実際、セシリアもその真意については気になっているといった様子を見せている。

 

「と、言いますと……?」

 

「つまり、自分の動きで壊れる自分の肉体なぞ、そんなもの病以外であって堪るかと言う話しだ。これは、ある意味では三時間目の受業で出て来た喩えの答えの一つだと認識している」

 

「なるほど……確かにそう言われればそうですわね。専用機が自身の全力に付いて来られないのは嫌ですわね」

 

「そう言う事だ。恋人ならば自身の全力に付いて来られないと言うのは割と在ることだ。しかし、自分の身体の一部ならば如何だろうか」

 

「全力に付いて来られない方が可笑しいですわね……」

 

烏の言葉にセシリアを含む周囲で耳を傾けていた女子達、延いては周囲との関わりを極力避けている様に見える箒ですら何かの部品が綺麗に嵌まったかの様に頷いた。

何が何だかさっぱり分からずに宇宙を感じた猫の様な顔をしているのは一夏だけである。

烏は狙い通りだと言う様に小さく頷いてから話しを進める。

 

「これについてはほぼ全員知っての通り、|()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()4()6()7()()()()()()()()()()()()()IS、その操縦者はISの総数よりも多く存在するが、その中でも専用機持ちはごく稀だ。それこそ1割居るか居ないかくらいだ」

 

「ええ、だからこそ専用機持ちであると言う事は凄い事なのですわ。貴方は良く分かってらっしゃるのね」

 

「それはそうだろう。何時の時代も、どの戦場も、“ネームド”と言うのは憧憬、羨望、畏怖、畏敬、恐怖の対象だ。ISに於いてはそれが専用機というだけだからな」

 

「流石に恐怖の対象は言い過ぎでは無いでしょうか……」

 

「そうでも無いさ、いざ戦争になればネームド、それも二つ名持ちは確実に周囲から怖れられる。味方の士気は大きく向上し、敵からは戦意を奪う。本来それだけの存在であって然るべきだ」

 

烏の言葉に誰もが引き攣った顔を浮かべる。その言葉に宿る意志、覚悟の重さが、明らかにうら若き少女達、延いてはもう一人の少年との差を生む。そして、その重みは戦闘に於いても大きな差となる。

事実、二つ名持ちとはそれだけ多くを殺した者、或いは不殺を貫いて尚高い戦果を挙げ続けた者、戦場で其の他大事を成した者等に与えられるものである。

例としてあげるのならば、ミシガン、フロイト、カーラ、ドルマヤン、キング、元のレイヴン、シャルトルーズ、そして、織斑千冬が自身を除けば烏が知っている限りの二つ名を持つ者達だ。非常に稀有な存在だが、それ故に効果は大きい。

 

「少なくとも、二つ名持ちはブリュンヒルデを除けば殆どが戦争の英雄。つまりは数えるのも億劫になる程に多くの敵を殺してきた者達だ。それは、人殺しで得た血塗れの勲章、敵に怖れられない筈も無いだろう」

 

とうとうクラスメイトが黙ってしまった。凍り付いた空気の中で、烏は思い出した様に立ち上がった。

 

「ああ、食事の時間だったな。それでは、また後で」

 

そう言うや否や、烏は周囲を置き去りにして一人食堂へと向かうのだった。

この世に悪魔が居るというのなら、場の空気を凍り付かせた挙げ句一人マイペースにその場を後にする様な人物の事を指すのだろう。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

食事を開始してから既に出された分の3分の2を食べ終えた頃。ふと周りに目を向けると、一夏と箒(主に一夏)が三年生と思しき生徒に声を掛けられているのを発見した。その様子は如何やら箒を見て驚いている様に見える、その後、少々引き気味に一夏達の許を離れた。

しかし、彼女は烏に気付いた様で捨つる神のあらば拾う神のあり、天は未だ我を見放さずといった表情で近付いてくる。食事も丁度終わっているので、気付いていないといった風体を装って烏は食器の返却へ向かう。

そして、食器を返却し終えて振り返ると、案の定息を切らした彼女が居た。

 

「君って、噂の子だよね?」

 

推定だが一夏にもこんな調子で声を掛けたのだろう、やり口が完全にナンパ師のそれである。

そして、噂とは恐らくセシリアとの決闘だろう。

 

「そうですよ。噂の内容が俺の予想通り代表候補生との戦闘ならば俺ともう一人の事ですね」

 

「君素人だよね?IS稼働時間いくつくらい?」

 

定型文でもあるのかと思う程すらすらと言葉が出て来る。恐らく此処までは一夏相手にも割と上手く行っていたのだろう。

隣に箒が居なければ一夏は実際ほいほい付いていった事が容易に想像出来る。

 

「20分未満、と言ったところですね」

 

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものを言うの、その相手、代表候補生なんでしょ?だったら軽く三十時間はやってるわよ」

 

烏は、余りにも少ないと思ってしまった。何故なら、打ち倒した相手には五十年以上ACに乗り続けた古強者、そうでなくても少なくとも数千時間はACに乗っていた者達も居たのだ。

斯く言う烏とて少なくとも千時間はACで戦場に出ていたのだ。三百時間と言えば素人の枠を出ない新兵の様なものである。

 

「でさ、教えてあげよっか?ISについて」

 

行動の端々から餓えに似た物を感じる。事実、しっかりと距離を詰めている。

本来ISについて教えて貰えるというのは渡りに船なのだろうが、烏からすれば間に合っているとしか言い様が無い。その為、少し芝居を打つ事にした。

 

「ISに付いては粗方頭に入っているので特に困っては居ません。それに、俺はISの操縦に関しては現状先生の監督の元でないとさせて貰えませんので」

 

「それは……どうして?」

 

随分と困惑した様な表情で問いを投げて来る。それもそうだろう。普通ならばそんな事は有り得ないのだから。

但し、烏には尤もらしい理由が存在する。実際にそうなっても可笑しく無い事を烏はやったのだから。

 

「入試の時に負荷を掛けすぎて試験用の機体を壊してしまいまして。その結果、機体の限界を見極められる様になるまでは教師の監視が必要との事です」

 

「そ、そっか……でも、如何してそうなったの?」

 

「単純に俺の戦型と機体性質相違ですよ。機体が俺の動きに付いて来られる構造だったってだけです」

 

「それって、人型がダメだったって事?」

 

「いえ、人型なのは良いのですが。ブースター配置とその耐久ですかね。難度も連続で瞬間的な加速と常時トップスピードを維持したブーストを行っただけです」

 

「そんな事出来るの!?ホントに20分位なんだよね?」

 

随分と驚いた様子で尋ねてくる。それ自体は特に驚くべき事では無い筈だが。ISの性質上ほぼ不可能な挙動である事は間違い無い。

しかし、|()()()使()()()()()()()()話しは変わってくる。

 

「やってるのは俺だけですが、理論上は可能です。後は機体を使い潰すだけの気概があるか如何かの問題になりますが」

 

「さ、流石にそれは……」

 

「当然そうです。俺自身ISはそう言う挙動が|()()()()だと思っていたのでそんな事は考えていませんでしたし」

 

そう言葉を切って烏は時間を確認する。食後の軽い運動の時間は無くなってしまったが、まあ良いだろうと彼女に目を向ける。

 

「急に話を切って申し訳ないですが、時間も無いので。申し出はありがたいですが此方にも事情がありますので、教練のお話は遠慮させて貰います」

 

「そっかぁ、それじゃあ仕方ない……のかな……?」

 

可能な限り丁寧に断り、極力相手に不快な思いをさせずに断る。

先輩は困惑した様子ではあったものの一夏の時程肩を落とす様子も無くその場から立ち去った。

それを見送った烏は教室へと向かうのだった。

それからは特に何事も無く一日の課程を終えた。その後も特に大した事も無く日常を過ごしていた。放課後は基本的に箒による一夏への稽古を冷やかし、挑んでくる箒を適当に躱す一週間を終える。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

そして、遂に入学から一週間が経ち、セシリアとの対決の日を迎えた。

専用機はと言えば結局未だ調整が追い付いていないらしく、まだ来る様子は無い。

一夏の方も同様であり。訓練機での実戦になりそうだ。

烏は何時もの事として、一夏と箒も沈黙している。そして、烏に至っては特に気負った様子も無く壁に背を預けてじっとしている。その意識は完全に戦闘モードであり、エアも戦闘に備えて情報を収集している為、完全な沈黙が場を支配してるのだ。

 

「お、織斑君っ!詠月君っ!」

 

最初に第三アリーナ・Aピットを支配する静寂を破ったのは慌てて駆け込んできた山田先生だった。

今にも転びそうな勢いで走って来ており、停止する際につんのめって転びそうになっている。

 

「山田先生、そんなに急いだところで何の得もありませんよ」

 

「山田先生、落ち着いて下さい。はい、深呼吸」

 

「は、はいっ。す~~は~~、す~~は~~」

 

深呼吸とは、と問いたくなる程度には過呼吸気味な深呼吸を行う山田先生。全く落ち着けているとは思えない。

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

一夏も一夏で深呼吸のやり方を1から叩き込んでやりたいと思う程度には雑なタイミングで止めさせている。

結果と言えばただ山田先生が呼吸に窮しただけである。

 

「山田先生、深呼吸は息を止める必要はありませんが」

 

「ぶはぁっ!そ、そうなんですか!?」

 

残念な人だと思いながら烏は事実を伝える。

 

「はい。何なら一夏の悪巫山戯なので───」

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

気にしないで下さい。そう言おうとした矢先に小気味良い音と共に一夏の頭を出席簿が通り過ぎた。

何時も思うがよくもまああぁも素晴らしい音色を奏でるものだと感嘆する。

 

「千冬姉……」

 

一夏の頭にもう一撃打ち込まれる。この男、本当に学習しない。先生と呼ばねば手痛い一撃を貰う事は分かり切って居ただろうに、何故こうまでやらかすのだろうか。

 

「織斑先生と呼べ。学習しろ、然もなくば死ね」

 

随分な物言いだが前半は尤もである。幾ら姉とは言え学校の教師である以上は先生と呼ばなければならないのは当然の事だ。

 

「ふん、馬鹿な弟に掛ける手間暇が無くなれば、見合いでも結婚でも直ぐ出来るさ」

 

誰に対して言ったのかが直ぐに分かる言葉に対し、烏は弟の心を読めるレベルは重度のブラコンが原因だと指摘したかったが、此方も手痛い一撃を貰いそうなので口を噤む。

それに、結婚出来ない原因はそのブラコンにあるとも思えた。

 

「そ、そ、それでですねっ!来ました!織斑君と詠月君のIS!」

 

「詠月、お前にはもう少し時間があるからお前のISはもう少し調整を詰めるそうだ。織斑とオルコットの戦闘が終わる頃には整備も終わっている事だろう」

 

「有り難う御座います。初見での実戦になりますが、十全に扱える様努力します」

 

「よろしい。さて、織斑、直ぐに準備しろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

「この程度の障害、男たる者軽く乗り越えて見せろ。一夏」

 

「一夏、仕事の時間だ」

 

「え、え?なん……」

 

完全に状況に置いて行かれ、一夏がしどろもどろになり始める。

 

「「「「早く(しろ)!」」」」

 

見事にその場にいた一夏以外の声が重なる。如何やら全く状況を飲み込めていない一夏に対して思っていた事は同じらしい。尤も、烏は周囲と違って声を荒げることは無かったが。

鈍い音と共に隔壁扉が開き、一機の白いISが姿を現す。恐らくそれが一夏の専用機なのだろう。そう当たりを付けた烏は、第一ピットの出口へと向かう。

 

「俺は出番が来るまで客席で見ている。お前は真正面から受けたんだ、無様は晒すな」

 

「わ、分かってるよ。お前こそ大丈夫なんだろうな?」

 

「コンディションだけなら完璧だ。後は機体が付いて来てくれる事を祈るだけだ。先生方も良いデータが取れる事を期待していて下さい戦型を変えるつもりは毛頭ありませんので」

 

それだけを言い残して烏は第一ピットを後にする。

観客席に着いて直ぐ、一夏とセシリアの戦闘が開始された。

 

(開始早々試合展開は大きく動いたな。既に上を取って引き撃ちの姿勢を取るオルコット、不慣れなISの習熟に難儀して攻められない一夏か)

 

そうですね。このまま行けば織斑一夏は負けてしまうでしょう

 

(そうなるだろうな、だが、この一戦はどの道一夏の負けになるだろう)

 

レイヴン、貴方の言いたい事は分かります。彼は肝心な所で一歩至らない気質がある様には見受けられるので

 

(そうだ、確実に良い線は行く。だが、あと一歩、それが相手に届かない。戦場では致命的な状況を招く事になるだろう)

 

ところで、レイヴン。セシリア・オルコットと織斑一夏の機体情報を入手しました。確認しますか?

 

(頼む)

 

先ずは今回の対戦相手、セシリア・オルコットの乗機ブルー・ティアーズ。見ての通りですが、中距離での戦闘を得意とするISです。兵装はメインウエポンのレーザーライフル、四機のレーザーオービットと二機のミサイルオービット

 

そして、申し訳程度ですが近接兵装も備えている様です』

 

(なるほどな。シールドこそ無いが戦型はイグアスと同様の引き撃ちか、厄介だが詰めれば崩すのは容易いな。)

 

次に、織斑一夏の乗機、白式──そろそろ試合が終わりそうですね

 

(そうだな、一夏の機体については後で聞かせてくれ)

 

分かりました。では行きましょうか、レイヴン

 

勝敗が決するであろう状況を察知した烏は、観客席を後にする。結果もある程度読めているのもあるが、流石に遅れる訳にもいかない。時間通りに作戦を開始しても大惨事になっている事すらあったのだ。

早めに移動するに越した事は無いだろう。

第一ピットに到着すると、箒と千冬、真耶、そして一機のISが安置されていた。

恐らく、これが烏の専用機なのだろう。メタリックグレーを基調とした機体は、何処となくルビコンで駆っていた愛機(AC)を思わせる。

気が付けば、機体の装甲に身を委ねていた。慣れ親しんだACにそうした様に、全神経を機体に預ける。

瞬間、真紅の輝きが機体と烏を包む。

 

「これは……!」

 

流石の烏も驚きの声を上げる。無理も無いだろう、外部が見えていなくても分かる。

これは、正しくACなのだから。重厚な全身鎧(フルプレート)タイプISと言う分類に収まるサイズではあるが、フレーム、内装、武装は正にACと言える。そしてこれは、オールマインドと殺り合う前提で、確実に潰すために組んだ機体。エクスキューショナー(処刑者)である。

 

 

【挿絵表示】

 

 

兎に角崩して破壊する。それだけを主眼に置いた典型的な重量二脚であり。内装面を考えれば実質的にアイビスシリーズと言って過言では無いものとなっている。

 

『メインシステム、起動完了。通常モードに移行します』

 

懐かしいCOMからのシステムメッセージを聞きながら、情報の海に身を委ねる。まるで、自分の身体が機体と一体になる様な感覚すらも懐かしい。

そんな感慨に耽っていると、COMから新たに音声が流れる。

 

『強化人間C4-621、接続完了しました』

 

嗚呼……そう言う事か。これは、この機体が俺に最適化された訳では無い。正しくI()S()()()()()()()()()()()()()()したのだろう。

恐らくだが、これはコーラルリリースの影響と考えても良い。それを裏付けるのは、この世界に存在しないエネルギーを利用するコーラルジェネレーター、それが正常稼働している事が裏付けとなっている。

しかし、これは好都合だ。正直な所、専用機も使い潰すつもりでいた為、非常にありがたい誤算だった。

 

嬉しそうですね。レイヴン

 

(仕方ないだろう。ACが手に入ったんだ、機体の機能面を心配する必要も無い。それに、文字通り俺の半身だったからな)

 

自然と笑みが零れる。

“威圧する蜘蛛”と言う鉄の仮面の下で、エアを除いて誰一人見る事の無い笑み。それは、烏の人生に於いて初めての笑顔であった。

山田先生はと言えば烏の機体を見るや否や、驚きの余り腰を抜かしてしまう。箒も又気圧された様に冷や汗を流し、表情を強張らせている。

しかし、流石の世界最強、千冬だけは別の驚愕こそある様子ではあるが、恐れる様子も、過剰に緊張する様子も見えない。

 

「織斑先生。フォーマットとフィッティングが完了しました。これならば俺の全力に応えてくれるでしょう」

 

「それは結構だが。それは本当にISなのか?」

 

「第一世代型ではありませんが、全身鎧装甲タイプのISと言うだけですよ。確かにフィッティング前は他のIS同様のタイプでしたが」

 

言い終わると共に、勝敗を告げるブザーの音が鳴り響いた。

それから少しの間を置いて第一ピットのハッチが開き、一夏が入って来る。

 

「惜しかったな、一夏。まあ、ゆっくり休むと良い」

 

「お、おう……?っていうか、俺は何で負けたんだ……?」

 

「それは織斑先生に聞いてみると良い。原因など一つしか無いと思うが」

 

「それは後にするとしてだ、詠月、オルコットの準備が整った様だ」

 

「意外と早かったですね。もう少し掛かると思ってましたが」

 

ビットもやられていた筈だが、まさかとは思うがそのまま続けるつもりなのだろうか。

そう思った烏に対して、千冬が答えを示す様に話す。

 

「壊れたビットについてだが、スペアを使うらしい。それに、シールドエネルギーも全くと言って良い程削れていない為、連戦は出来る状態という訳だ」

 

「なるほど……了解しました。では、また後で」

 

そう言って烏は、直ぐに同室であり、最初の敵であるセシリアの待つアリーナ、その戦闘エリアへと向かう。

その姿は、ブースターを軽く噴かして地を滑る様に移動するというISと言うには異質なものだった。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

(何ですの……?アレは……)

 

それが、入場してくる烏の機体を見たセシリアの感想だった。

巻き込む形になったとは言え、挑戦状を叩き付けた者として、相手を待ち受けるのは礼儀として烏を待っていた。その上投げ掛ける言葉も考えていたと言うのに、その入場してきた対戦相手(異常者)のおかげで頭が真っ白になってしまった。

目の前にやって来た全身鎧(フルプレート)を見てまさかこの男の専用機は第一世代型かと思ったが、データがそれを否定しているのを確認して目を疑った。

正直な所、先程戦った一夏がそうであった様に、現行世代の自分や一夏と同じ様な機体だと思っていたのだ。そこに現れたのはメタリックグレーを基調とした全身鎧、思考停止に陥らない方が可笑しい。

しかし、そこは代表候補生、何とか意識を対戦相手へと向けて言葉を投げ掛ける。

そこに油断や慢心は無く、注意深く相手の機体を観察する事を忘れはしない。

 

「貴方が退くと言うならばわたくしは止めませんわ。元より貴方は巻き込まれただけの身ですから、誰も咎めはしないでしょう」

 

口ではそう言うものの、実際のところは烏と余り戦いたくない。この一週間クラスメイトとして、同室として共に過ごしてきたが、その間の彼の行動を見ていれば当然だとすら言える程に。

先ず、やけに高い身体能力に加え、彼の反応速度や反応可能な範囲が異常なのだ。一度だけ授業に遅れた事があったが、その際にセシリア、延いては他の生徒達も目を疑う光景を作り出して見せたのだ。千冬からの一撃を、まるで背後に目でも付いているかの如く一瞥もせぬままに防いで見せた。

それには、クラス全体が驚愕に包まれていた。それは、千冬も同じであり、彼女と山田先生、そして一夏が最も驚愕していたのは記憶に新しい。

 

「俺がここに来た時点で答えは分かっていた筈だ。それに、如何やら俺もこの瞬間を楽しみにしていたらしい。これ以上の言葉は不要だろう。互いに後腐れ無く行こう」

 

言い終わると同時に、烏から尋常では無い圧力を感じる。それは、ただの学生が放てる様な圧力では無い。

何方にせよ、セシリアには烏を相手取るにあたって遊んでいる余裕は全くと言って良い程無かった。それもそうだろう、訳も分からぬままとは言え一夏に辛勝し、烏はこれだけの圧力を放っている。

とは言え、烏の装備も又肩部以外は完全な近接型な為、近付かれる前に対処出来れば良いと気を引き締めてスターライトMk-Ⅲを構え、引き金に指を掛けようとした時──既に直ぐ目の前のに約十発のミサイルを引き連れた烏が居た。

 

「え──」

 

速過ぎる───。

そう思った次の瞬間には重装故の重量の乗った強烈な蹴りによる衝撃がISと自身の全身を駆け巡る感覚を覚えた。

それに続いて約十発のミサイルの直撃を受ける。最早、何が起こったのかすら確認する余裕すら無い。体勢を立て直さなければ、最早それ以外に集中力を割いている余裕など存在しない。

そんなセシリアを、無慈悲にも爆煙を撹拌しながら高い威力と衝撃力を持つ散弾が襲う。その直後、再び十発のミサイルの直撃を受けた。

避けられない、避け様が無い。烏の攻撃はほぼ全てがセシリアの動きを封じる。そんな中でセシリアは見た、見てしまった。

自分の真上から、()()()が落ちてくるのを。

直後、それはセシリアの至近距離で爆ぜ、3度目の絶対防御発動を示すアラームと共に、掻き乱すような衝撃がその場に残る稲妻と共に機体を苛む。

そして遂に───姿勢制御装置が負荷限界(ACSスタッガー)状態に陥った。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

セシリアの降伏勧告に対してただ本心で返した直後、セシリアが動く前に一瞬の溜の後にブースターを全開で噴かす。

狙うはACS負荷限界。幾ら人にサイズを合わせていようと姿勢制御を主導するのはシステムだ。それは何故か、人間が姿勢を維持出来る衝撃や動きには限度があるからである。

それは、空中であるならば最早人の力だけでの姿勢維持はほぼ不可能と言えるだろう。それは、ブースターがあったとしても同じ事だ。

この機体のAB時の速度は時速392Kmであり、烏の現在位置からセシリアまでの距離は、最早無いに等しい。ABを噴かして直ぐにWS-5001 SOUPとVvc-70VPMからミサイルを放ちながらセシリアに急迫し、此方の存在に漸く気付いたのか呆然と此方を見つめるブルー・ティアーズへとブーストキックを叩き込んで吹き飛ばす。

その直後に先程撃ったミサイルがセシリアを直撃し、ブルー・ティアーズの姿が爆煙に包まれる。その全てを無視して再びWS-5001 SOUPからミサイルを放ってQBを行い、時速にして418Kmで接近し、SG-027 ZIMMERMANを発砲する。

そして、十発のミサイルがセシリアに命中すると同時に五発のプラズマミサイルが命中し、遂にその時が来た。

 

狙い通りですね、レイヴン。ブルー・ティアーズのスタッガーを確認しました。畳み掛けましょう

 

(ああ、ACSの存在自体は半信半疑だったが、確認出来た以上は此方のものだ。これで決める)

 

すかさずWB-0010 DOUBLE TROUBLEのブレードを展開し、QBで至近距離まで詰める。その光景に観客席から小さな悲鳴が聞こえるが、これが現実だと示すかの様にその暴力を解き放つ。

    ───ギャリリリリリリリリッ───

という金切り声を響かせる。チェンソーの攻撃が完了する迄後半分と言った頃、勝敗を決するブザーが鳴り響いたのを確認した烏は、即座にQBでセシリアから離れる。

恐らく、最後まで行っていればセシリアの機体を破壊していたのは想像に難くない。

しかし、この機体で無ければ勝負はもう少し(もつ)れていただろう。

そんな事を考えながら、烏はセシリアに手を伸ばす。

しかし、反応が返って来なかった事から恐らく意識を失ったのだろうと当たりを付けて第一ピットへと戻って行った。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

千冬達が居る第一ピットの空気は、異様な空気に包まれていた。初めこそ一夏に説教をしながらセシリアと烏のやりとりを見ていたが、戦闘が始まった途端にその場に居た誰もが口を噤み、その戦闘を注視していた。

誰もが驚愕に目を見開き、言葉を失っている。

一夏も、ちゃんとした戦闘を経験した今だからこそ分かる。あの機体は、本来のISを逸脱した速度で動いているのが確かだと。それ以上に異常なのは、烏がそれを完璧に制御している事だろう。

流石の千冬でもアレだけの速度の機体を制御しろと言われれば無理だと答えるだろう。

そして、誰もが驚く理由は他にある。烏の機体は、ブースト時常にトップスピードを維持しているのだ。イグニッションブーストならトップスピードへと瞬間的に持って行く事が出来る。

しかし、それは瞬間的に過ぎず、その状態をブースターを噴かした瞬間から常に維持する事は出来ない。だが、烏の機体はそれを実現している。

時折、イグニッションブーストの様に瞬間的な加速を見せるが、何れもトップスピードより更に速い速度が出ている事が画面から得られるデータが示していた。

それが烏の機体の異常さを際立たせる。そして、紅い燐光と共にセシリアを完封する姿は、熟練のパイロットのそれである。

その動きは洗練されており、ISの操縦が2回目の学生とは到底思えなかった。

そして、千冬達が多数の疑問と共に烏の戦闘を流れていると。セシリアの体勢が崩れて硬直してしまう。

千冬と真耶は目を見開いた。学生だろうとプロだろうと誰もやろうとは思わない、其れ処か連続で高い衝撃力を持つ攻撃を当て続けられないが故に狙われる事の無いACS負荷限界を、烏はやってのけたのだ。

確かに、時折ACS負荷限界に陥る状況はあるが、非常に稀であり、それ故にACSの存在を知らない操縦者も多い。

その一因には稀であるが故に教科書にも載っていない事にあるだろう。

烏が引き起こした余りにも珍しい事象について、授業に組み込むべきかを思案していると、真耶のか細い息を吸うような悲鳴が聞こえ、短い思考を終えて視線をモニターへと戻す。

そして、千冬は理解した───()()()()()()()。烏は偶然ACS負荷限界を起こさせたのでは無い、意図的に引き起こしたのだ。負荷限界を迎えたセシリアのシールドエネルギーはまだ半分近くは残っている。

対する烏は、左腕のチェンソーを展開していた。そう、千冬はこの姿を見て、確信したのだ。

───この男は、この時を待っていたのだと。

 

(詠月烏、この男は一体何者だ……たったの二度ISに乗っただけで戦型の確立など有り得はしない。しかし、入試の映像を確認した限りでは、彼奴は初めての操縦で始めから戦型が確立されていた。……考えた所で分からん、直接聞き出させて貰おう)

 

烏がチェンソーを左から右への逆袈裟へ振るい、そのまま押し当てると、耳を(つんざ)く様な金切り声と共に凄まじい勢いでセシリアのシールドエネルギーが減少していくのが見て取れる。

そして、攻撃が終わる前に決着を迎えた。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

「詠月。先ずは代表候補生撃破おめでとう、とでも言っておこうか」

 

「あの機体だからこそ成し得たものです。しかし、オルコットの方はトラウマになっていないかが心配所ですが。()()()()にやり過ぎたなとは思っています」

 

烏が戻って来て早々に投げた皮肉は、謙遜という形で流された。とは言え、納得出来る部分もある。

現行の機体で烏の動きを真似ようと思えば明らかにブースターが持たないだろう。そうなってしまえばあの勝負はセシリアが獲っていただろう事は明白だった。

だからこそ気になったのだ。烏の機体は明らかにISの性能を逸脱した代物であり、現在の技術では不可能とも言える物だったのだからだ。

 

「……詠月、お前に二つ、聞きたい事がある」

 

だからこそ、千冬問いを投げたのだ。その答えは誰からも得られないと断言できる。例えISと開発者である幼馴染みであったとしても、答える事は出来ないだろう。

しかし、この男だけは答える事が出来る。そんな不思議な予感が、千冬にはあった。

 

「俺に答えられる様な事であれば」

 

「では、単刀直入に聞こう。お前の機体と動きについてだ。先ず、機体についてだが、あれは本当にISか?」

 

一切の淀みなく承諾した烏に対し、千冬は自らの疑問をストレートにぶつける。

対する烏は、相変わらず表情に変化は見られない、其れどころか動揺している様子も見受けられなかった。

 

「そうですね、此処で言うのならばISの様ではあるが厳密にはISでは無いもの、とだけ言っておきましょう。それ以上の事は言うべきでは無いでしょうし」

 

予感は当たった。

烏は自身の機体の正体が何なのかを知っている。とは言えこれ以上言及するつもりが無いのならばこの男からこれ以上聞き出すのは不可能だろう。

そう当たりを付けた千冬は、もう一つの問いに移ろうと口を開きかけたが、其れより先に烏がその問いに答えた。

 

「戦闘機動については戦闘中のデータを参照して頂きたい。口頭での説明は非常に難しいので」

 

「ああ、解った。最後にもう一つ、聞いても構わないか?」

 

「問題ありませんよ」

 

「瞬間的なブーストと恒久的なブーストには100㎞以上の差があったが。あれは如何言った仕組みだ?イグニッションブーストでも其処までの差にはならないが」

 

その質問に対しての答えは、皆が思うよりも単純で、簡単なものだった。

 

「ABとQBの違いは瞬間的にジェネレーターから供給されるEN量の違いですよ。ABは一定の量を緩やかに供給するのに対して、QBは多量のENを瞬間的に供給するだけですので」

 

「なるほど……何はともあれ協力に感謝する」

 

千冬は納得した様に頷き、烏に礼をしてから後ろに下がる。それと入れ替わる様にして烏の話しを聞いてただ頷いていただけの真耶が前に出て、やたらと分厚いマニュアルを一夏と烏に渡す。

如何やらこれは、ISを扱う上での規則が記載されたものらしい。又読み込むべきものが増えたと一つ溜息を吐いた。

この日最後に聞いた千冬の言葉から、ウォルターの面影を感じ、帰路の途中で小さく天を仰いだが、エアを除いて誰もそれに気付く事は無かった。




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