仮面ライダーエリシア   作:teru@T

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第十九話「復讐と向き合って」

 ───復讐。

 あの美味しそうに、楽しそうにご飯を食べていたルシエ。

 少し抜けていて美人なルシエ。

 その素顔を隠した仮面の下で口から出たのは怨嗟の叫び。

 戦いの最中だと言うのに思わずその手を止めてしまうほどに盈月にとって衝撃的なことだった。

 

「……あぁ、なるほど。あの時の少女ですか。あなた」

「そうか……忘れてなかったか……なら、死ね!」

「ルシエ、待っ……」

 

 制止を聞くよりも早く、ルシエはタイガーに向けて突撃する。

 糸で加速したスピードを乗せて突き出された棍をタイガーは杖で受け流す。

 続けざまに振るわれる蹴りを爪で受け止めるタイガーの顔に先程までの笑みは消えていた。

 

「そうですか。あなたが……えぇ、合点がいきました……よ!」

「ッ!?」

 

 反撃とばかりに振るわれる爪。

 軽く振るわれた割には強烈なその一撃にルシエは盾で防ぐも弾かれ後退してしまう。

 その直後、タイガーは更にルシエと距離を取った。

 

「カープくん、知りたいことも知れましたしちゃんと女帝の言いつけも終わりましたからそろそろ帰りますよぉ」

「……まぁ、興が削がれた以上仕方ない、か。恨むぞ、タイガー」

「はは、すみませんねぇ」

 

 無防備を晒すエリシアに対しても刃を振ることのなかったカープはタイガーの言葉で2刀を鞘へと収めるとタイガーの元へ。

 エリーゼとレディッシュも隙を狙おうとするも一瞬たりとも隙を見せることはない。

 そしてタイガーが灰色の結晶を砕くと次元に裂け目が産まれる。

 

「ではでは、ごきげんよう」

「レディッシュ、エリシア、エリーゼ。次こそは決着を付けよう」

「逃さない……!」

「っ! ルシエ、ダメ!」

「あのバカ……!

 

 裂け目と消えた2人を逃さまいとルシエが駆け出す。

 裂け目の先は恐らく敵の拠点、1人で乗り込んだとしても生還できる見込みは薄い。

 エリシアとエリーゼはルシエを止めるべく駆け出した。

 しかし、2人が止めるよりも早く、ルシエは閉じかけた裂け目へとその身を投げ出す───

 

「っ!? がぁっ!?」

「ルシエ!!」

 

 直後、裂け目の中から飛び出した赤黒い刃がルシエへと迫る。

 咄嗟にシールドで防ぎ、厚い装甲も相まって貫かれることこそ無かったが勢いよく突撃していたはずのルシエが踏ん張ることもできずに吹き飛ばされてしまう。

 駆け寄っていたエリシアがルシエを受け止め、静止するが攻撃を受け止めた腕にはビリビリとした衝撃が残り、僅かに痙攣している。

 

「今の攻撃、カープともタイガーとも違う奴か!」

 

 追撃に備え武器を構えたエリーゼだったがその備えは杞憂に終わる。

 裂け目の奥に見えるフードをかぶった大型のスコアノート───アリゲーターはただこちらを睨んだまま刃を引いてゆく。

 

「お前……いやあんたは……」

 

 ───エリーゼ(エリシア)スコアノート(アリゲーター)が対面するのはこれが初めてのことだ。

 フードに隠れまともに姿をみることもできない。だが、彼女の心がざわついた。

 ()()()()()()()()()()()

 心の奥で誰かがそう囁くようなそんな既視感。

 

「にげ、るなぁあ!」

「きゃっ!?」

「っ!」

 

 思考が何処かへと引っ張られていたように動きを止めていたエリーゼ、その意識を引き戻したのはルシエの叫び。

 ハッとしたように声の方を見れば支えていたエリシアを突き飛ばし、再度ルシエが裂け目へと向かう瞬間だった。

 だが、もう間に合わない。

 開いていた裂け目は彼女の眼の前で閉じて何事もない空間へと戻ってしまう。

 振り下ろされた棍は正確に裂け目のあったところを通り過ぎ空を切り、アスファルトを割り砕いた。

 

「ルシエ……さん」

「……盈月、突き飛ばしてすまなかった」

 

 戦いは終わった。

 それを示すかのように4人は変身を解除する。

 不安げな顔を浮かべてルシエを見つめる盈月、何かを思案するエリシア、3人に背を向け表情を見せないルシエ、そしてそんな彼女たちを見守る温斗。

 四者四様それぞれの思いを抱えたままライダーたちは勝利を収めた。

 

「あ、あのルシエさん! この後ね、うちで吉美と詩歌に午後の授業の内容教えてもらうの! だから、一緒に……」

「すまない、盈月。今日は多分、君たちに気を遣わせてしまう……また、明日学校で会おう」

「うっ……うん、分かった。また、明日ね!」

「ロバート博士のところで良ければ僕が送るよ。どちらにしろ、置いてきた煌琉を迎えに行かなきゃいけないからね」

「分かった。頼む、アツト」

 

 ルシエは1度も振り返ることのないまま、温斗に促され車へと乗り込んでしまう。

 ヒトツボシ隊に指示を出しエリシアと2、3言葉を交わした後に温斗が運転席に乗り込むと車が走り出す。

 ミラーに映ったことで見えた盈月の顔には悲しみが浮かんでいた。

 その原因が自分であることは自覚している、それでも今掛ける言葉は持ち合わせていない───自らに言い聞かせるようにルシエはそう思考する。

 

「これは言うべきじゃないかもしれないけど」

 

 ミラーを見つめるルシエへと温斗はミラー越しに視線を合わせる。

 怒りと憎しみを必死に抑え込まんとしているのだろう。ポーカーフェイスを装っているがその手は爪が食い込みそうなほどに握り込まれていた。

 

()()()()()に君が納得していないことは分かってる。それでも警察として()()は認められない。君の境遇がどうであれ法の下に裁くべきだ」

「……リョーが言っていた。アツトならそう言うと。だから、自分は聞かなかったことにするとも」

「兄さんらしい答えだね……僕はそういう柔軟なことは出来ないんだ。ごめん」

「いや……きっとアツトが正しいんだ。それでも───」

 

 ミラー(アツト)から視線を外し流れる町を眺める。

 彼女にとって見慣れない日本の町並み。

 しかし、彼女の瞳に映るのはあの日の光景。

 雪深い森と赤く色付いた雪。大切な人───そしてそれを貫く、タイガーの爪。

 

「───私はあいつを許さない」

 

 

******

 

 

「いやぁ、助かりました。といえば良いんですかねぇ? アリゲーターさん?」

「不要だ。侵入者を防いだだけだ」

「珍しいな。お前がゲートの間にいるのは」

 

 帝国の城へと帰還したカープとタイガーの2名。

 ゲートの間、そう呼ばれたその部屋は無機質な壁で囲われている城内と大きくは変わりはなかった。

 1点だけ違うのは部屋の中央にアーチ状にそして天井を囲うようにぐるりと大きな円形に設置された灰色の立方体で構成されたオブジェ───ゲート。

 スコアノートたちを()へと送り出し城へと帰還させるための設備だ。

 

「なにか外に用事でもあったか?」

「いや……女帝からの招集だ。お前たちを迎えに来た」

「なるほどぉ。なら、向かいましょうかぁ、待たせると何されるかわかりませんからねぇ」

 

 足早に女帝の待つ謁見の間へと歩み出すタイガー。

 それに続く形でアリゲーターとカープも歩み出した。

 

「タイガー」

「なんですか、カープくん?」

あの女(ルシエ)と何かあったか?」

「……まぁ、そうですねぇ」

 

 カープの問いかけにタイガーは目を伏せる。なんと言うべきか。言葉を選び、選び終わると何も無い天井を見上げる。

 

「やり残し……というのが正しいんでしょうかねぇ」

 

 カープが天を仰ぐタイガーの表情を伺うことはない。ただ一言、「そうか」と告げるだけだった。

 

「必要ならば言え。手は貸そう」

「カープくんのそういう所、美徳ですねぇ。もしもの時は頼らせてもらいますよぉ」

「……あいも変わらず仲がいいな。お前たちは」

「付き合いが長いだけですよぉ。アリゲーターさんともそこそこですけど本性は見せてくれませんからねぇ」

「……私は女帝の盾であり剣。そこに自我は不要なだけだ」

 

 自らに言い聞かせるように冷たく言葉を放つアリゲーター。

 その様子に困った様子でカープの方を見たタイガーだったが興味がなさそうに首を横に振るカープを見て肩を竦めるだけだった。

 会話も程々に3人は無機質な廊下を奥へと進んでいった。

 

 

******

 

 

「なるほど。2人ともルシエのことを聞いたのか」

「詳しいことはまだだけどな……あんたたちも知ってたってことでいいのか?」

「えぇ、詳しく聞いたのは本人ではなくロバートさんたち他の研究員の人たちからですけど」

 

 夜、夕食を食べ終えてもどこか悩んだ様子の盈月に何があったのかと心配していた遊舞と朔夜。

 エリシアが昼間の出来事を説明すると合点がいったようだったが当然ならその表情は明るくはない。

 

「……おかーさん、おとーさん。ルシエさんに何があったのか私にも教えて!」

「おい、盈月。聞いてもお前が辛いだけかも知れないぞ」

「うん……それでも教えて欲しい」

 

 厳しい目線を向けるエリシアに怯みそうになった盈月だったが意を決し両親へと目を向ける。

 それにエリシアは「勝手にしろ」と持ち込んだノートパソコンを開き、遊舞たちはその盈月を見つめ返した。

 

「分かったよ。盈月がそこまで言うなら教えよう。まぁ、朔夜の言う通り又聞きなんだけどな」

「なら、お茶淹れてきますね。エリシアさんも飲むでしょう?」

「あ、いや……ありがとうございます」

「ふふ、そんなにかしこまらなくても良いのに」

 

 人数分の紅茶を用意し、盈月の肩に止まっていたガルダの分の水を朔夜が用意すると遊舞が話を始めた。

 

「まず、俺たちとルシエ……というかボブたちと出会ったのは4年前だったかな。知っての通り、スコアプレートに使われている鉱石の解析のためにボブが会いに来たのが始まりなんだ」

「あの頃はまだご飯の時以外は退屈そうにしてたのよね。だから漫画を教えてあげたらすごくハマってね。色々買ってあげたのよ」

「なんでこんな子がいるんだと思って事情を聞いて流石にビックリしたんだけどな」

 

 遊舞が語るところによるとルシエが研究所に来たのは遊舞たちが来るより更に数年前、ボブが研究所へと所属した直後に届いた匿名のメールが始まりだった。

 メールの内容は簡潔、場所を示した地図と『化け物を見た』と言った内容の短い文章のみ。

 不審に思いながらも示された場所───まだ雪の降り積もる北アメリカのとある森の奥へと向かった先、そこで見つけたのがルシエだった。

 

「胸を貫かれた女性の()()を抱えて泣いていたところをボブたちが保護したんだとさ」

「遺体……その人がルシエさんが言ってたビエンさん?」

「あぁ、なんでもルシエを拾って育ってくれた人……まぁ、詳細は彼女本人しか分からないけど母親代わりだったんだろうね」

「……保護した理由は分かった。それでもそのままボブがドライバー渡すとは思えないがな。アイツはああ見えても子どもを戦場に立たせるの良しとしないだろ?」

「彼女が使ってるバットスコアプレート、あれが彼女のものなのよ」

「正確にはビエンさんの物だったみたいだけどね」

 

 遊舞と朔夜の告げた言葉にエリシアは驚き、パソコンから顔を上げる。

 

「待て、そのビエンって女がスコアプレートを?」

「あぁ、最も破損していてデータを抽出するので精一杯だったらしいよ」

「色は? 何色のプレートだ?」

 

 ノータイムで出てきたエリシアの質問に遊舞は思わず笑みを浮かべる。

 

「さすが、察しが良いね。()だよ。今でもボブが研究用で預かってるはずさ」

「あの野郎そんな大事なこと隠してやがったのか……」

 

 舌打ちをしながらエリシアは即座にスマホを取り出しどこか───恐らくボブの元へとメッセージを送り始める。

 その横で遊舞が楽しそうに「これ言っちゃダメだったかな?」と朔夜に聞き彼女が困った様子で首を傾げていた。

 

「あの、おとーさん! ルシエさんはプレートで戦えることを最初から知ってたの?」

「いいや、ボブに説明されて初めて知ったらしいよ」

「そこで使い方次第で戦えることを知って……自分が使うことを条件に預けたらしいわ」

「そう……なんだ。じゃあ最初から復讐が目的でライダーに……」

「私たちもボブさんも彼女がそれだけに執着してほしくないから色々教えたり与えたりして……初めて会った時よりは明るくなったんだけれどね」

 

 2人の話を聞いた盈月は悲しそうに顔を伏せてしまう。

 しかし、僅かな時間ですぐにその顔を上げる。

 

「明日、学校で会った時にルシエさんと話を───」

「やめとけ。お前が話してもアイツは多分止まらないよ」

「なんで! だって、ルシエさん止めないと……倒すだけじゃなくて殺そうとしてるんだよ? 悪いことはしてるから捕まえなきゃいけないとは思うけど……」

「……捕まえられないんだよ」

「えっ……?」

 

 エリシアの言葉に盈月は呆けたような声で首を傾げる。

 再びノートパソコンに目を落としたエリシアはそちらから目線を外さず───盈月とは目を合わせずに言葉を続けた。

 

「今、スコアノートにされてた奴の扱いがどうなってるかちゃんと知ってるか?」

「扱い? えっと……事情は聞くけどみんな覚えてないから帰されてるって温斗さんに聞いた気がする」

「そうだ。スコアノートはスコアプレートの影響で凶暴化させられ暴れている被害者……それは意識があるマウンターでも変わらないんだよ」

「ッ! それじゃあ……」

「そのビエンが本当にタイガーに殺されてんなら……それが本人の意志であるかどうかに関わらずスコアプレートの()()()ってことになる。ルシエはこのことも知ってるんだろうよ」

 

 被害者。

 普段ならばそのことに異論を唱えることなどないだろう。スコアプレートに心を乱され、暴れさせられていた人々を守ることも盈月にとっての使命だ。

 それがマウンターであっても変わりはない……そう思っていたからだ。

 

「……復讐が良いことだと言うつもりはねぇ。マウンターが現れた以上、中の人間の精神面も考慮されて扱いもいつかは変わるだろうさ。それでも納得できるかはアイツ次第だ」

「……でも」

「私たちよりも付き合いの長いお前の両親が止められてないんだぞ? まだ出会ったばっかりの私たちの言葉なんて聞くと思うのか?」

「うぅ……」

 

 反論の材料を探すように静観していた遊舞と朔夜へと目線を向ける。

 しかし、2人は困ったような笑みを浮かべながら首を振るだけ。エリシアの言葉の通り、彼らも止めようとして止められなかったことが伺えてしまう。

 反論は思い浮かばない、その余地がない。肩を落とす盈月を慰めるようにガルダが寄り添う。

 

「別に止めるなとは言わねぇよ。だけどやり方は考えろ」

「……うん、考える。えっと、今日はもうお部屋に行くね」

「おとーさんたち一緒に寝なくていいか?」

「ちょっと惹かれるけど……ガルダちゃんがいるから大丈夫! おやすみ!」

 

 最後に無理やり笑顔を作り、ガルダを肩に乗せて盈月はパタパタと2階の自室へと駆けていった。

 パタリと扉が閉まる音をが響いたのを確認するとエリシアはパソコンから顔を上げ、遊舞たちへと頭を下げた。

 

「アイツにキツイこと言ってすみませんでした」

「顔を上げてください、エリシアさん。むしろ私たちが言わなきゃいけないことを言わせてしまってすみません」

「なるべく自主性に任せてた……って言えば聞こえは良いけど知っての通り娘1人を残して仕事に行ってた薄情者ですからね。言うに言えないってのも少しあるんですよ」

「薄情者なんてそんなことないと私は思いますよ」

 

 自嘲する遊舞と朔夜だったがそれに対するエリシアの答えに2人は目を丸くする。

 エリシアは盈月の部屋の方へとちらりと視線を向けながら笑みを浮かべる。

 

「少なくとも薄情者ならアイツがあんなに毎日楽しそうにすることないって思いますから」

「……ありがとうございます。エリシアさん」

「あなたみたいな人に面倒を見て貰えていているなら安心だ」

「いや……まぁ、食事とかそういうところで私のほうが世話になってるところもあるんですが……」

 

 笑みで返されたエリシアだったが普段の生活態度を思い出し、バツの悪そうに目を逸らす。

 だが、すぐに思い直し「それよりも聞きたいことが」と話題を変えた。

 

「さっきメールが届いたって言ってたけど直接研究所に届いたんですよね?」

「そう聞いてるよ。不可解なことにね」

「……警察や軍じゃなく直接研究施設に連絡。そしてそこにいたスコアプレートを持ってた女か……」

 

 スコアプレートやスコアノートは一般には普及していない。それはアメリカであっても日本と変わらない。

 今のようにスコアノートの騒動も少なかった当時であれば尚の事だろう。

 すなわち、メールを送った人物はそんな環境の中で少なくともそれらのことを知っていたことになる。

 

「気にはなるが……考えても仕方ないか。今は()()()の方が大事だしな」

 

 悩むのをやめたエリシアは再びノートパソコンへと目を落とす。

 そこに映し出されていたのは何らかの機械の設計図。

 箱の様な形状は一見、イマージュリーダーの様にも見える。

 

「これが完成すれば私も今以上に戦力になるはずだ……!」

 

 

******

 

 

 ───雪が積もっていた。

 冬はいつもこうだ。視界すべてが白くなる。

 白い森はいやじゃないがさむいのはいやだ。さむいから。

 

「よいしょ……っと」

 

 川の水をバケツに汲むとズシリとした重さが腕にかかる。

 満タンだと重いから少なめ、何度か行き来が必要だろうか。

 横目には普段バケツの代わりをしてくれているホースがある。今は故障しているが。

 

「ふふん、だが半分より多い。これはビエンに見せなければ」

 

 少し見栄を張って多めに入れたために歩くのが大変だ。

 ゆっくり歩いていくと白い景色の奥に茶色い建物が見えてきた。私の家だ。

 産まれた時から……いや、ビエン曰く、産まれた場所は違うらしいが私が知ってる家はビエンと暮らしたあそこだけだ。

 昨日から調子が悪そうだったがそろそろビエンは起きているだろうか?

 

「……? なんの臭いだこれは?」

 

 ───いや、知っている。ビエンが獣を仕留めたときの臭いに似ている。

 そうこれは、()()()()

 

「───ビエン?」

 

 バケツを投げ捨て、臭いの元へと私は駆け寄った。

 臭いの元へとたどり着いた私の視界に映るのは赤。

 白い雪の上に広がった()。倒れたビエン、その胸に空いた鋭利な爪に貫かれた穴の()

 そして───

 

「おやぁ……まだ、誰かいたのですかぁ」

 

 ()を滴らせる爪を持った白と黒の服を着た白いトラの化け物。

 瞳だけをこちらに向けて天を仰ぐトラの化け物。

 

 ビエンの口が動いてる。何か喋っていたが私の耳には何も聞こえない。

 全神経が目の前の化け物を見ていたことを覚えてる。

 私のすべて(ビエン)───私のお母さん(ビエン)を奪った憎くて怖い、化け物を。

 

 

******

 

 

「───夢、か」

 

 瞼を開けたルシエの目に映ったのはようやく見慣れ始めた天井。窓の外へと目を向ければ先ほどまでは明るかった空も今では夕焼けを超えてほの暗くなっていた。

 休日を利用して普段よりも多めのトレーニングを終えて帰宅したルシエは眠ってしまっていたようだった。

 日本に来て半月、学校に通い始めて1週間が経過していたルシエは本人が想像するよりも疲労を蓄積していたようだ。

 

「……いや、それだけじゃないか」

 

 あの日以来、盈月が時折、視線を逸らすことにルシエは感づいていた。

 普段は変わらぬ態度なので恐らく、彼女もこちらに気を遣っているのだろう。

 

「エーゲツは優しい。だからこそ、復讐のことを触れないでいてくれているんだろうな……」

 

 やめるつもりも止まるつもりもない。

 それでも心の奥に溜まったモヤがギュッと締め付けてくる、そんな不快感。

 周囲の態度で感じることのあったそれがここ最近は多く感じるようになった気がしていた。

 もしかすると記憶の中だけであった相手が目の前に現れたからだろうか───

 ぐるぐると何度も同じことを思考していたルシエだがくぅぅと小さく腹が鳴ったことでその思考を中断する。

 

「何か美味しいものを食べて気分を変えよう……甘いものも欲しい」

 

 スマホを取り出し、フードデリバリーのアプリを開く。

 何を食べようかと眺めていた時、玄関のチャイムがなった。

 来客の予定はなくボブならば事前に連絡が来るはずと訝しみながらもルシエはドアモニターを覗いた。

 

「エーゲツ?」

『あ、ルシエさん! ご飯! 一緒に食べよ!』

 

 画面に映し出されたのは笑みを浮かべた盈月の姿だった。

 

 

「おお……全部エーゲツが作ったのか? これを」

「えへへー。おかーさんにも手伝って貰ったけどね!」

「サクヤのご飯なら絶対に美味しい……!」

 

 一人暮らし用の小さなテーブルの上に所狭しと並んだハンバーグをメインとした2人分の夕食。

 盈月が持ってきて温めたものだ。皿などもルシエの家には無いと()()()()()ため、すべて盈月が持ち込んでいる。

 

「あ、デザートもあるからね!」

「なんと……なら、早速頂こう」

「どうぞ、召し上がれ!」

 

 ルシエが先にハンバーグを口へと運ぶ。

 口の中に肉の旨味とデミグラスソースの味が広がり、その美味しさに頬を綻ばせながら次々口へと運んでいった。

 その様子を盈月も嬉しそうに眺めながら自身の食事へと口を付ける。

 

「美味しい……!」

「えへへ、おかーさんがいっぱいあると良いって言うからおかわりもあるんだよ?」

「なんと……流石サクヤだ。早速貰おう!」

 

 複数用意されていたハンバーグをはじめ用意していた料理を2人で食べ切ってしまう。

 満足した様子で笑みを浮かべるルシエ。

 盈月は皿を片付け、デザートを用意しようとするがそれをルシエが静止する。

 

「エーゲツ。すまない、デザートの前に話を済ませたい。話したいことがあってわざわざ来たのだろう?」

「……バレちゃってた?」

「あぁ、学校で無理をしていたことは察している。そんな時にわざわざ来たんだからそうだろうなとは思っていた」

「そっか……なら、デザートの前に」

 

 和やかだった2人の雰囲気が一変する。

 僅かな逡巡の後、盈月は再びルシエへと向き合う。

 お互い笑みは崩していない。だがそれは相手に心配させないため、そして自らの本意を覆うための笑み。

 

「ルシエさん。私ね、やっぱり復讐は良くないことだって思う。多分、これは私以外もみんなそう思ってると思う」

「……だろうな。だが、私はやめるつもりはない」

「うん。そうだと思う……みんな()()()()()()()()から言わないっていうのも分かったよ。おかーさんとかおとーさん、それにボブさんたちにも話を聞いて」

「あぁ……だろうな。彼らのおかげで私が生きてこれたことも()の私がいることも分かってる───それでも、私にとってビエンはそれ以上に大切なんだ……この想いだけは止められない」

 

 沈痛な面持ちで答えを絞り出すルシエ。

 心が締め付けられ、食べた物が出てくるのではないかという程の吐き気と不快感。

 その意味を理解できずとも止まるつもりはない。

 

「うん……だからこそ、ルシエさん。私もね、ルシエさんを止めないよ」

 

 盈月がルシエへと手を伸ばす。

 咄嗟に手を引こうとしたルシエだったが思い留まると2人の手が触れ合い、盈月は彼女の手を握りしめる。

 

「でも1つだけ。お願いしたいの」

「……聞こう」

「───後悔はしないで欲しい」

 

 真剣な眼差しでルシエを見つめて吐き出した盈月の言葉。

 思わずルシエはオウム返しに聞き返し首を傾げてしまう。

 

「それは……私がタイガーを、ビエンを殺した怪物を殺して後悔するということか?」

()()()()

「全部……?」

「そう。もし()()()()()()後悔しないで欲しい。私たちの止めたいって思いを聞けなかったことを後悔しないで欲しい───だってルシエさん。私はね、ルシエさんともっと仲良くなりたいもん。この後もずっとずっと大人になっても!」

 

 ルシエを握る盈月の手に力が籠る。

 それに呼応してその手が僅かに震えている。力を込めすぎて震えているのではない、その証拠にぽたりぽたりと感極まった彼女の瞳から落ちた雫が机を濡らす。

 

「この先の人生で楽しい時に復讐のことで後悔して悲しくなって欲しくない! そんなルシエさんの姿を私は見たくない!」

「それ……は……」

「───全部、私のワガママだって分かってる。それでも本心だよ」

 

 涙を流しながら盈月の顔に笑みが浮かぶ。

 面を食らったルシエはただ、見つめるだけしかできない。

 復讐さえできれば後はどうでも良い。本当にそうだろうか? 復讐以外にやりたい事はないのだろうか? ()()()()()()()()()()()()()

 ルシエの中で燻っていたモヤ、それが盈月の言葉を受けて輪郭を形成していた。

 

「……エーゲツ、すまない。私は君の想いに答えることはできない」

「そっ、か……うん、ごめんね。言いたいだけ言っちゃって」

「勘違いしないで欲しい。今はまだという話だ」

「えっ……?」

 

 シュンと盈月だったがルシエがすぐに言葉を取り繕う。

 顔を上げるとルシエは困ったような優しい笑みを浮かべていた。

 

「正直に言うと復讐の後、何をしているのか今は全く想像できないんだ。でも、エーゲツに言われてちゃんと考えないといけない、そう感じたんだ───いや、きっとずっと感じてたんだ。君に言葉にして貰ったことで気づけた……んだと思う」

「そうなんだ……えへへ、それなら良かったのかな?」

「勿論、考えた末に君の望む形にはならないかもしれない……それでも後悔をしないように努力しよう」

「───うん! 約束だよ!」

 

 ルシエの言葉、迷いのない笑みに盈月は満面の笑みで頷き返す。

 新たな友情を確かめあった2人は気を良くした盈月の手で用意されたデザートを2人で頬張り、夜が更けていくのだった。

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