ようこそマイナス至上主義の教室へ   作:かつおのたたき

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第マイナス五話『歩と云うよりは負』

 

 

『すみませーん!』『茶柱先生いますかー?』

 

 職員室の扉を勢いよく開くと隣に並んだ禊はそう言った。

 

 時は放課後、オレと禊は茶柱先生により職員室に呼びつけられていた。

 

「サエちゃん? えーとね、さっきまでは居たんだけど」

 

 禊からの声掛けに答えた若い先生は、セミロングでウェーブのかかった髪型で如何にも今どきといった印象の女性。

 

「うーん、ちょっと席を外してるみたい。中に入って待ってたら?」

 

「いえ、じゃあ廊下で待ってます。禊も良いか?」

 

『別に構わないよ』『僕、廊下大好きなんだよね。実家の間取りの八割は廊下だし』

 

「八割が?」

 

『もちろん嘘だよ』『本当は九割』

 

「九割か……」

 

「いや、そんな家無いでしょ」

 

 オレが若い先生を横目に禊と楽しく会話していると、先生がツッコミをしながら廊下へと出てきた。

 

「ふふっ、君たち面白いのね〜、私はBクラス担任の星之宮(ほしのみや)知恵(ちえ)って言うの。佐枝(さえ)とは、高校の時からの親友でね。サエちゃんチエちゃんって呼び合う仲なのよ~」

 

 聞いてもいないのに、使い道のなさそうな情報を提供してもらった。

 

『へ〜、茶柱先生と仲良いんですね!』『いいな〜、僕もサエちゃんって呼んでみようかな?』

 

「にしても、サエちゃんにはどういう理由で呼び出されたの? ねぇねぇ、どうして?」

 

『さぁ?』

 

「分かってないんだ。理由も告げずに呼び出したの? ふーん? 君たちの名前は?」

 

 質問攻め、ジロジロと観察するようにオレたちを見る。

 

球磨川(くまがわ)(みそぎ)です!』

 

綾小路(あやのこうじ)、です」

 

「球磨川くんと綾小路くんか〜、何と言うか、二人ともかなり格好いいじゃない〜。モテるでしょ〜?」

 

 かなり軽いノリで褒められる。悪い気はしないが、茶柱先生とは違う、学生に近いノリに少し困るな。

 

「ねぇねぇ、もう彼女とかできた?」

 

 禊が元気よく自己紹介をすると、星之宮先生の細く綺麗な手が禊の腕を掴んだ。

 

『いや〜、確かに僕は可愛らしい顔立ちですけど……』

 

 禊は距離の近づいた星之宮先生に、顔を赤くして照れている。禊が顔色を変えているとは珍しいな。

 

「確かに整った顔してるわね〜。意外、私が同じクラスに居たら絶対放っておかないのに~。ふふっ、顔赤くしちゃって可愛いわね。つんつんっと」

 

『清隆ちゃん清隆ちゃん』

 

 赤く染まった頬を指で突かれながら、呼びかけてくる。

 

「なんだ?」

 

『今からでもBクラスに入れないかな』

 

「無理だろ」

 

 せっかく、一ノ瀬さんもBクラスなんだし──と浮かれた様子の禊が呟いた。

 

「あら、一ノ瀬さんと知り合──」

 

「何やってるんだ、星之宮」

 

 背後から突然現れた茶柱先生が手に持ったクリップボードでスパン! と星之宮先生の頭を叩いた。痛そうに頭を押さえて蹲る星之宮先生。

 

「いったぁ。何するの!」

 

「うちの生徒に絡んでるからだろ」

 

『いやぁ、茶柱先生。別に構いませんよ』『ほら、いい思いもさせてもらいましたし』

 

 禊は先程までの赤面が嘘のように胸を張り、ピッと制服を整える。

 

「はぁ、まあいい。待たせたなお前たち、ここじゃ何だ、生徒指導室まで来てもらおうか」

 

「いえ、別に大丈夫ですけど。生徒指導室って……禊はまだしもオレなんかしました? これでも目立たないよう普通に生活して来たつもりなんですけど」

 

『全くだね!』『歩く問題児である僕はまだしも清隆ちゃんが……』

 

「球磨川、歩く問題児はただの問題児だ。口答えはいい、ついてこい」

 

 何なんだよ、と思いながら茶柱先生のあとを着いていく。するとオレの右側に笑顔で並ぶ星之宮先生。そして左側を笑顔で歩く問題児(球磨川禊)。これがオセロならオレも笑顔になっているところだな……。

 

 着いてくる星之宮先生に即座に気づいた茶柱先生が鬼の形相で振り返る。

 

「お前はついてくるな」

 

「なんでぇ? 別にいいじゃない、減るもんじゃないんだし〜。だってサエちゃんって個別指導とかしないタイプじゃない?」

 

 星之宮先生はちらりとこちらを一瞥して、笑みを浮かべながら言う。

 

「なのに球磨川くんと綾小路くんを指導室に呼び出すなんて……なにか狙いがあるのかなぁ? って」

 

 ニコニコとそう茶柱先生に返すと、禊の背後に回り肩に手を置いた。星之宮先生のどこか圧力のある笑顔がピリピリとした気配を作り出すのを感じた。

 

「もしかしてサエちゃん、()()()でも狙ってるんじゃないのぉ?」

 

 下剋上、その意味がわからないまま禊と目を合わせる。

 

「バカを言うな。そんなこと、無理に決まっているだろ」

 

「ふふっ、確かに。サエちゃんには無理よね〜」

 

 どこか含みのあるセリフを呟き、星之宮先生は依然として着いてこようとしている。

 

「どこまで着いてくるつもりだ? これはDクラスの問題だ」

 

「え、一緒に指導室だけど? ダメなの? ほら、私もアドバイスするし〜」

 

 星之宮先生が無理して着いてこようとした時、1人の女子生徒がオレたちの前に立ちはだかった。見覚えのある、薄いピンク色の髪をした美人の生徒。

 

「星之宮先生、少しお時間よろしいでしょうか? 生徒会の件でお話があります」

 

 一瞬オレたちと目が合うと片目をパチッとウィンクした。その整った顔から繰り出されるウィンクを受け、伸びそうになる鼻の下にグッと力を入れた。

 

『あれ、一ノ瀬さんじゃん!』『こんな所で奇遇だね』

 

「禊……」

 

 一ノ瀬の気遣いをまるまる無視する形で声をかける禊。気遣いをあるがままに受け入れられない、これこそが負け犬(マイナス)たる所以なんだろう。

 

「にゃはは……二人とも奇遇だねぇ。星之宮先生借りてもいいかな?」

 

 禊に気遣いを無下にされたことを気にする様子もなく、言葉をかけてくれる。

 

『どうぞどうぞ』『それにしてもどうしたの? 一ノ瀬さんも生徒会に入るのかい?』

 

「いや、私は───」

 

「球磨川、悪いが話はあとにしろ。ほら、星之宮。お前にも客だ。さっさと行け」

 

 嫌に時間を気にした様子の茶柱先生が、禊からの質問に答えようとする一ノ瀬を遮りながら、パン、とクリップボードで星之宮先生のケツを叩く。

 

「もぅ〜、これ以上からかってると怒られそうだから、またね、球磨川くんっ、綾小路くんっ。じゃあ職員室にでも行きましょうか、一ノ瀬さん」

 

 オレたち一人一人と目を合わせると、踵を返し職員室へと入っていく。

 

「はい! またね、綾小路くん、球磨川くん」

 

 そう言うと一ノ瀬は星之宮先生を追うように職員室へと入っていった。

 

 そして二人を見送ると、茶柱先生は指導室へ向けて歩き出した。程なくして、職員室の近くにある指導室へと入る。

 

『それで?』『僕たちを呼び出した理由はなんですか?』

 

「うむ、それなんだが……話をする前にちょっとこっちに来てくれ」

 

 指導室の壁に掛けられた丸時計をチラチラと確認していたかと思うと、指導室の中にあるドアを開く。そこは給湯室になっているようで、コンロの上にはヤカンが置かれていた。

 

「お茶でも沸かせばいいですかね。ほうじ茶でいいですか?」

 

『あ、僕ココアがいい』

 

 禊の図々しい要望を無視して、オレはほうじ茶の缶を手に取る。

 

「余計なことはしなくていい。黙ってここに入ってろ。いいか、私が出てきて良いと言うまでここで物音を立てずに静かにしてるんだ」

 

『出たらどうなるんです?』

 

「退学にする」

 

「は? どういう────」

 

 説明を受けることも出来ず、給湯室のドアが閉められた。一体何を企んでいるんだか。

 

『いやー! そんなこと言わ────』

 

 大きな声で話そうとしだした禊の口を慌てて押さえる。禊を黙らせ、一応言われた通り静かに待っていると、程なくして指導室のドアが開く音がした。

 

「まあ入ってくれ。それで、私に話とはなんだ? 堀北」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「………そうですか。改めて学校側に聞くことにします」

 

 堀北は諦める様子のない声音で、そう言った。

 

 堀北がこの指導室に来た理由は単純だった。自分は優秀であり、Dクラスに入ってしまったのは何かの間違いだと直談判するために来たらしい。

 

 それに対し、茶柱先生は懇切丁寧に──入試の答案なんかも用意して──優秀なだけで上のクラスに配属される訳では無いと説明をしていた。説明をしていた、と言うには給湯室に居るオレたちへ語りかけるような言葉が多かった気がするが。

 

「学校に掛け合っても同じだ。それに、悲観する必要は無い。朝も話したが、出来不出来でクラスは上下する。卒業までにAクラスに上がれる可能性は残されている」

 

「簡単な道のりとは思えません。未熟な人間が集まるDクラスがどうやってAクラスよりもポイントを取れると言うのですか、どう考えても不可能じゃないでしょうか」

 

 堀北の苦言も、もっともだ。ただでさえ未熟なDクラスの現在のクラスポイントは0。誰が可能性を感じられるというのだろうか。

 

「それは私の知ったことじゃない、その無謀な道のりに挑むかどうかはお前たち個人の自由だ。それとも堀北、Aクラスに上がらなければならない理由でもあるのか?」

 

「それは……今日のところは、これでふぃふふぇふぃふぃふぁふ(失礼します)

 

 堀北の声が、頬でも引っ張られたかのような声になる。舌でも噛んだのだろうか? 居るはずの場所に何故か居ない禊から目を逸らすのに忙しくて、理由を考える時間はない。

 

「出たら退学と言ったはずだが?」

 

『退学如きで僕を縛れるなら、僕は今こんな所にいませんよ』『ねぇ、清隆ちゃん』

 

 何故このタイミングでオレを呼ぶんだ。居ないフリをしよう。

 

「はぁ、出てこなければ退学だ」

 

 茶柱先生からため息と共に出たその言葉を聞き、オレは観念して給湯室から出る。

 

「茶柱先生、禊が出ていったのは、オレ悪くないっスからね」

 

『うんうん』『全く清隆ちゃんは悪くないよ』『確かに僕は清隆ちゃんに背中を押されたけどね』

 

「やめろ、押してない」

 

「私の話を……聞いていたの?」

 

 堀北は驚き戸惑いながらオレたちに質問を投げかけてくる。

 

「話? 何か話しをしているのは分かったがよく聞こえなかったな。意外と壁が厚いんだ」

 

「そんなことはない、給湯室はこの部屋の声がよく通るぞ?」

 

 どうやら茶柱先生は何がなんでもオレを舞台に引きずり出したいらしい。隣に乗り気な禊がいるんだから、そちらで我慢してもらいたいものなんだが。

 

「先生、何故こんなことを?」

 

 何かを仕組まれたことに気づいた様子の堀北は随分とご立腹なようだ。

 

「必要なことと判断したからだ。さて、綾小路、球磨川、お前たちをここに呼び出したワケを話そう」

 

 茶柱先生は堀北からの疑問を適当に流し、オレたちへと話題をシフトする。

 

「私はこれで失礼します……」

 

「待て堀北、最後まで聞いていた方がお前のためにもなる。それがAクラスに上がるためのヒントになるかもしれないぞ」

 

 大層気分を悪くした様子で背を向けかけた堀北が席に座り直した。

 

「手短にお願いします」

 

 茶柱先生クリップボードに目を落としながら、ニヤニヤと笑った。

 

「お前たちは実に面白い生徒だな」

 

『いやぁ、先生の苗字ほど面白くはないですよ』

 

「全国の茶柱さんに土下座してみるか? んん?」

 

 全国探しても茶柱なんて苗字はなかなかいないと思うんだが……。

 

「まずは綾小路からだ」

 

「オレに面白いところなんてそんなないと思うんすけどね」

 

「いやいや、お前は最高に面白い男だよ」

 

 茶柱先生はニヤニヤとそう言うと、クリップボードから見覚えのある入試問題の解答用紙を取り出し始める。

 

「国語50点、数学50点、英語50点、社会50点、理科50点……おまけに今回の小テストの結果も50点。これが意味するものが何かわかるか?」

 

 堀北は驚いた様子でテスト用紙を食い入るように見て、こちらに視線を移した。

 

「偶然って怖いっスね」

 

「ほう? あくまでも偶然全ての結果が50点になったと? 意図的にやっただろ」

 

「偶然です。証拠はありません。なんなら試験の点数がこんなことになってるなんて今初めて知りましたよ。宝くじでも買ってみるべきですかね?」

 

「お前は実に憎たらしい生徒のようだな。いいか? この数学の問5、正解率は学年で3%だった。が、お前はその間の複雑な照明式も含め完璧に解いている。一方こちらの問10は正解率76%、それを間違うか? 普通」

 

「世間の普通なんて知りませんよ。偶然です、偶然」

 

「全く、その割り切った態度には敬服を覚えるが、将来苦労することになるぞ」

 

「当分先ですし、その時になったら考えます」

 

 どうだ? と言わんばかりに茶柱先生は堀北を見る。

 

「あなたは……どうしてこんなわけの分からないことをしたの?」

 

「いや、だから偶然だっての。隠れた天才とかそんな設定はないぞ」

 

『いやぁ、どうだろうね?』『もしかしたら堀北ちゃんよりよっぽど頭脳明晰だったりして……』

 

 ピクリと堀北が反応する。禊、お前はどちらの味方なんだ? 

 

「まぁいい、次は球磨川だ」

 

 茶柱先生は視線を鋭くして禊の解答用紙を取り出す。

 

『お!』『待ってました!』

 

「お前の解答用紙を見た時は本当に驚いたぞ。国語0点、数学0点、英語0点、社会0点、理科0点、今回の小テストの結果は78点」

 

 禊の解答用紙は氏名欄に球磨川禊、と書かれているだけの白紙だった。

 

「見ての通りだ、入試試験の結果は全て0点。学年で最も正解率の低かった問にだけ努力の後が見える、が、それも間違っている。小テストの結果を見るに勉強ができないというわけでもないというのに、何を考えているんだか」

 

『いやぁ、全くお恥ずかしい』

 

 変わらない笑顔で禊が頭を搔く。その様子に、堀北は信じられないものを見る目を向ける。

 

「あなた、どうやってこの学校に入ってきたの……?」

 

『さぁ? 僕にもさっぱり』

 

「ここだけの話だが、球磨川。お前は面接の結果のみでこの学校に入ることができたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『いやー』『ほんとに不思議ですよね』『僕の恩師になってもらうつもりだったんですけど』

 

 どこからか取り出したお茶を啜りながら禊は飄々と口にする。オレは禊が何をしたのかは知らないが、碌でもない何かしらがあったのだろう。

 平然とそんなことが言える禊に対して、堀北は恐ろしいものを見るような目を向けた。

 

「その3人に何かしたの……?」

 

『何も?』『僕は普通に入試を受けたし』『普通に面接を受けただけだよ?』

 

「普通って……」

 

『普通も普通』『世間一般で言われる普通と全く同じさ』

 

 飄々とする禊を堀北が言葉を失った様子で見る。

 

「ふっ、全く不思議な話だよ。全ての点数が揃っている生徒と面接のみで何故か入れている生徒。その特異な二人が同じクラスで共に授業を受けている。球磨川に至っては、入学できていなくてもおかしくはないと思うんだが……()()でもあるのかもな?」

 

「その理由って?」

 

 つい気になり聞いてしまった。

 

「詳しく聞きたいか?」

 

 茶柱先生の眼光がより鋭くなる。どうやらこちらの話に誘導されているようだ。

 

「いや全然全くこれっぽちも聞きたくないです」

 

「ま、話はこれだけだ。これからの学園生活を満喫してくれ」

 

 そのセリフはオレたちへの皮肉にしか聞こえない。あまり気分のいいものじゃないな。

 

『茶柱先生』

 

 立ち上がった茶柱先生の背中に禊が声をかける。そういえば──と

 

『僕は先生(弱者)の味方ですからね!』『()()()ならいつでも言ってください!』『協力しますから!』

 

 ついさっき、星之宮先生が言っていた言葉を禊は耳ざとく覚えていたようだ。その言葉を聞いた茶柱先生はその顔から完全に表情を消し、オレたち三人を部屋から追い出し去っていった。

 

 結局、茶柱先生がなぜオレたちと堀北を鉢合わせさせたのか分からないままだったな。意味の無いことをするタイプには見えないと思っていたが、今回のことがオレの学校生活に吉と出るか凶と出るか。

 

「とりあえず……帰るか」

 

 堀北と禊の確認を取らず歩き出す。今は、一緒にいない方がいいと判断した。必要以上に詮索されても困るからな。

 

「待って」

 

 堀北はそんな俺を呼び止めたが、無視して歩き続ける。寮まで逃げ切ればゴールだ。止まる理由がない。

 

「さっきの点数、本当に偶然なの?」

 

「当事者が偶然だって言ってるだろ、それとも意図的だって根拠でもあるのか?」

 

『根拠なんてどこにもないよね?』

 

 禊がオレの隣に並びそんなことを言う。それに続くように堀北も並んできた。

 

「確かに根拠はないけれど……。綾小路くん、少し分からないところがあるし。Aクラスにも興味無さそうだし」

 

 それに──と続ける。

 

「分からないって言うなら、私には球磨川くんの方が全く分からないわ。あなたは世間一般の普通、と言っていたけど。私の普通は入試で0点は取らないし、面接官が消息不明にもならない」

 

 オレたち二人を見ながら分からない、と言葉にして伝えてくる。

 

「オレたちとは違って、お前はAクラスに並々ならない思いがあるようだな」

 

「……いけない? 進学や就職を有利にするために頑張ろうとすることが」

 

「別にいけなくはない、自然な事だ」

 

「私はこの学校に入学して、卒業することがゴールだと思ってた。でも、実際は違った。まだスタートラインにも立てていなかったのよ」

 

『ふーん』『じゃあ君はこれからAクラスに上がるつもりなの?』

 

 禊が少し前に出て堀北と目を合わせながら問う。

 

「まずは学校側に真意を確かめる。もしそれで、茶柱先生の言う通り私がDだと判断されていたなら……その時はAクラスに必ず上がって見せるわ」

 

『えー』『結構大変だと思うけどな〜』『ほら、僕みたいなのもいるし』

 

 そもそも、と禊がつまらなそうな表情をした。

 

『Aクラスに上がる〜って言うけどさ』『問題児を抑えても良くて±0だぜ?』『しかもポイントのプラス要素も分からない』『それならさっさとこの境遇を受け入れて』『みんな仲睦まじく底辺を生きるべきじゃない?』

 

 楽な方へ、苦労しない方へ。堀北を導くように手を引くような甘言。この1ヶ月で禊が度々見せている甘さ。

 

「……分かっているわ。あなたの言う通り、簡単な道ではない。それでも、私にはAクラスに上がる資格があるし、能力にも自負がある」

 

 自身を優秀であると言って憚らない堀北。その瞳に揺るがない自信を宿しながらオレたちに言う。

 

「ただ、私だけじゃ難しいのも事実。そこで、あなたたちに協力をお願いしたいの」

 

「……なんて?」

 

『協力?』

 

 露骨に嫌そうな表情で聞き返したオレと、喜色満面と言った様子で笑顔になる禊。

 

「当然拒否権はあるんだよな?」

 

 オレたちは暗に断る。そもそもオレはそんなことに興味はない。その様子を見て堀北は目を丸くした。

 

「綾小路くんは断るの?」

 

「オレが喜んで協力するタイプに見えるか?」

 

「喜んで協力してくれる、とまでは思っていなかったけれど、断られるとは思わなかったわ。もしも本気で断ると言うのなら……」

 

 堀北がグッと拳を握り込みながらこちらを見る。

 

「いえ、よしましょう。今からその先を考えても仕方の無いこと。それで? 協力して貰えるのか貰えないのか、どちらなの?」

 

 その握りこぶしについて問い質したい気持ちを抑えながら毅然とした態度で宣言する。

 

「断る」

 

『喜んでするよ!』

 

「良かったわ。球磨川くんと綾小路くんなら、協力する、そう言ってくれると信じてた。感謝するわ」

 

「全然言ってない」

 

「いいえ、私には分かるわ。綾小路くんの心の声が確かに聞こえたもの。協力する、と言っていた」

 

 怖っ、おかしな電波でも受信したのか? 

 

 堀北に協力するということはAクラスに上がるため行動しなければいけないということだ。オレは目立ちたくないし平穏で平静に平均的な生活が送ることができるならそれでいいのだ。

 

「オレよりもよっぽど力になれる奴がいるだろ」

 

「例えば?」

 

「例えば……平田(ひらた)とか櫛田(くしだ)とか。お前と仲良くなりたがってるんだから、堀北から手を差し伸べればすぐにでも食いつくと思うんだが」

 

「彼らはダメよ。確かに一定の才能は持っているけど、私には受け入れられない。そう、例えるなら将棋の駒。私が求めているのは金でも銀でもない、歩なのよ」

 

「禊は【歩】と言うより【負】だけどな」

 

「協力してくれるなら同じようなものよ」

 

「どうだかな」

 

 禊が協力する以上、面倒なことになるのは間違いないと思うが。

 

『まあまあ堀北ちゃん』『清隆ちゃんだって鬼じゃない、困ったら助けてくれるさ』『ね? 清隆ちゃん』

 

「まあ面倒じゃない範囲なら手助けするのだって吝かじゃないが」

 

 堀北はオレの返事を聞くと、渋々といった様子で口を開いた。

 

「……まぁいいわ、じゃあ考えがまとまったらまた連絡するから。その時はよろしく」

 

 結局、協力しないという意思は届かなかったようだった。

 

 

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