ようこそマイナス至上主義の教室へ   作:かつおのたたき

6 / 8
試しに台詞の間の空白を消してみました。
読みづらい場合は戻しますので、ご意見待ってます。


第マイナス六話『楽しい勉強会』

 

 

 5月初日から一週間が経った。先月までは私語や居眠りまみれだった授業中も驚きの静かさ。あの(いけ)たちでさえ、授業に耳を傾けている。唯一、須藤(すどう)だけは堂々と居眠りしていたが、誰にも咎められなかった。未だポイントをプラスにする手段が見つかっていない以上、矯正のしようがないという判断だろう。

 

 ここを乗り越えれば昼飯、辛い時間帯だ。誘惑に負けて眠ってしまいたい気持ちもあるが、眠れば隣から何をされるか分かったもんじゃないから耐える。

 昨日なんて腕にコンパスを刺されたのだ、二の舞にはなりたくないからな。

 

 眠気に苛まれる授業を終え、クラスの各々が昼食に席を立とうとする頃。平田(ひらた)が口を開いた。

 

「茶柱先生の言っていたテストが近づいている。赤点を取れば即退学だという話は全員理解していると思う。そこで、参加者を募って勉強会を開こうと思うんだ」

 

 Dクラスのヒーローはそんな慈善事業をするらしい。

 

「もし勉強を疎かにして、赤点をとったらその瞬間退学。それだけは絶対に避けたい。僕はこのクラスの誰にもいなくなって欲しくないんだ。それに、プラスポイントに繋がる可能性もある。クラスみんなで高得点を取れば査定も良くなっていくはずだよ。成績上位の数人でテスト対策に向けた用意もしてる、少しでも不安のある人は参加して欲しい。もちろん誰でも歓迎するよ」

 

 平田は須藤の目をじっと見つめ、そう優しく話しかけた。

 

「……ちっ」

 

 すぐに目を逸らし、目を閉じる須藤。

 

「今日の5時から毎日2時間やるつもりだ。参加したいと思ったらいつでも来て欲しい、もちろん、途中で抜けても構わない。僕からは以上だ」

 

 そう話を終えた途端、数人の赤点生徒が席を立ち平田の下へ集まる。

 平田の下へ駆けつけなかった赤点組は、須藤、池、山内の三人。須藤以外の二人は迷っているようだった。

 

 そんな教室を見渡し、声を上げた男がいた。

 

『はいはーい!』『僕からもいいですか!』

 

 クラス中の視線が教室の前に立った球磨川(くまがわ)(みそぎ)に集まる。

 

『偽善極まる平田くんの勉強会に絶対に参加したくない!』『って人のために堀北(ほりきた)さん主催で勉強会を開きまーす!』『僕たちも誰でも歓迎なので、いつでも声かけてねー!』

 

 この一言で禊のクラスでの立ち位置は決定した。クラスの人気者である平田を偽善と扱き下ろして憚らない破綻した精神(マイナス)。クラスメイト、主に女子からの視線が禊に突き刺さる。

 

「球磨川くん、堀北さん、助かるよ」

 

 意味もなく敵を作る禊の発言に平田は笑顔を絶やさずにそう答えた。

 

「当然、僕のことが苦手な人だっていると思う。僕のことが苦手だから、なんて理由で退学になる人が出て欲しくない。成績上位の堀北さんがそんな人たちにも手を差し伸べてくれるなら安心できるよ」

『気にしないで! 僕たちは仲間じゃないか!』

 

 さすがイケメンといった様子で禊の言葉を受け流した平田。禊の告知が終わり、昼食の時間ということもあり教室の生徒が席を立っていく。教室を出ていく生徒の声には、禊の悪口なども聞こえてきた。

 突飛なことを言い出した禊のことも気になるが……何よりも気になるのは隣だった。

 隣から感じる冷えきった空気。この席周辺だけ気温が下がっているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 まぁ、オレには関係の無い話なので気にする必要は無いか……。

 

「綾小路くん」

「……はい」

「関係ない、って顔をしているようだけど。あなた、球磨川くんにお弁当作って貰ってたわよね」

「まぁ、はい」

「櫛田さんと結託して嘘で私を呼び出したわよね」

「あの件は責めないって言っただろ。今更持ち出すのはずるいぞ」

「それは櫛田さんに対してであって綾小路くんを許した覚えはないわ」

「うわ、汚ねぇ」

「あなたの言うところの友情の見せどころよ」

 

 徐々に強くなる語気に押し負けてしまった。何が言いたいのかは分かる。要は今の禊の話を聞いた上で、教室から出ていった須藤たちを説得しろ。という話だろう。堀北にとっては幸いなことに、オレが仲良くなった三人だから。

 

「にしても意外だな。お前が赤点組の救済に動こうとするなんて」

「Aクラスに上がるために必要なことだから、ってだけよ」

 

 堀北はそう言うが、本当に自分のためだけということは無いだろう。堀北がそこまで冷徹な人間だとは思えない。禊と普通に会話出来ている時点で、な。

 

『二人とも仲良さげだね』

「全然、全く、一切、欠片ほども、そんなことは無いわ」

「そこまで否定されると傷つくぞ」

 

 さすがに言い過ぎだ。

 

「にしても球磨川くん。私は勉強会をする、なんて言った覚えは無いのだけど」

『え?』『そうだっけ?』『じゃあやめとく?』

「いえ、するつもりではあったから今回は良い。勝手なことはしないで、という話よ」

『ごめんごめん』『Aクラスに1秒でも早く上がりたいって気持ちが先行しちゃって』『気をつけるよ』

 

 禊はいつもの笑顔でヘラヘラと言う。オレがそんなことを言えばノータイムで手刀が飛んでくるだろう。それを堀北にため息ひとつ吐かせるだけで済ませるとは……呆れるべきか感心すべきか。

 

「まぁいいわ。じゃあ彼らを集める役、よろしくね。二人とも」

『よろしく! 清隆ちゃん!』

「正気か?」

 

 堀北はともかく、禊まで……。

 

「正気よ、彼らはあなたの()()()だったわよね」

「それは……そうだが」

「じゃあ任せたわ。大丈夫、あなたたちなら全員集められると信じているから」

『頑張ってね!』

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして、あっという間に放課後が来た。オレは授業間の休み時間に須藤たちに声をかけてみたものの……見事に撃沈。オレだけの力では集めるのは正直難しい。堀北はすぐに教室を出て家に帰ってしまったようだし、禊も気づかないうちに教室から去っているようだ。堀北は嫌がるだろうが櫛田(くしだ)を頼ることにしよう。

 

「櫛田、ちょっといいか?」

「珍しいね、綾小路くんから声をかけてくれるなんて。私に何か用かな?」

「ああ、もし良かったら少しいいか? 教室の外で話がしたい」

「この後友達と遊びに行くから、あんまり時間ないんだけど……いいよ」

 

 嫌がる素振りも見せず、美少女スマイルでついてくる。

 

 廊下の隅に連れて来られた櫛田はワクワクした様子でオレの言葉を待っていた。

 

「協力してもらいたいことがあって……」

「協力?」

「ああ、少し困っててな……」

 

 かくかくしかじか、オレは堀北が須藤たちを救済するための勉強会を開こうとしていること。しかし当の須藤たちに参加を断られてしまったことを伝えた。

 

「この機会を通じて堀北と仲良くなれるかもしれないし、どうだ?」

「仲良くはなりたいけど…そういう心配はいらないよ? 困ってる友達がいたら助けるのは当たり前じゃない? だから手伝うよっ」

「じゃあ、是非頼む。櫛田が居れば百人力だ」

 

 なんて良い奴なんだ。入学1ヶ月でクラスの人気者なだけはある。

 

「あ、でも……」

 

 櫛田が何かを言おうとした時、オレの背後から楽しげに会話する声が聞こえた。

 

『その時ロドリゲスがさ……』『ってあれ?』『清隆ちゃんと櫛田さんじゃん』『何してるの?』

 

 こちらに声をかけてきたのは禊だった。既に帰ったものだと思っていたが…それよりなんの話しをしているんだ。

 

「ん? ああ、ちょっとな。そっちこそどうしたんだ?」

『え?』『あぁ』『ちょうど清隆ちゃんを探してたんだよ』

「オレを?」

『ほら』『勉強会するじゃん?』『将来(さき)を考えない須藤くんたちの楽観的姿勢は実に僕好みだけど』『我らが女王様はとりあえずやると決めたみたいだからさ』『清隆ちゃんを手伝おうかなって』

「なるほどな、だが手伝うと言っても、もうやることないぞ。櫛田が手伝ってくれるらしいからな」

『へー』

 

 オレからの報告を聞き、禊は興味なさげに答えた。そんなにオレの力になりたかったのか? 

 

「よろしくね、球磨川くん」

『よろしく、櫛田さん』

 

 素っ気なく、よそ見をしながら櫛田と握手をする禊。態度が悪いな…。まぁ、今はそういう気分なんだろう。

 

「嫌われちゃったかな?」

 

 櫛田が不安そうに聞いてくる。

 

「そんなことは無い……はずだ。今はそういう気分ってだけだと思う……多分」

 

 禊の気持ちなんて分からない、気持ちなんてないんじゃないかとまで考えてしまうほどだ。

 

「そういえば、櫛田。何か言いかけてなかったか?」

「お手伝いするのは構わないんだけど、一つだけお願いがあるの」

「お願い?」

「うん、私もその勉強会に参加させて欲しいの」

「は? そんなことでいいのか?」

「うん。私もみんなと勉強したいし」

 

 こちらとしては願ったり叶ったりだ、ただでさえギスギスしそうな勉強会なんだ。櫛田がいるだけで癒しになるってもんだ。問題は堀北が絶対に嫌がるだろうということだけだが……人を集めてくれるんだ、そのくらいの願いは許してくれるだろう。

 

 オレと櫛田のやり取りを聞いて、禊が口を開いた。

 

『そういうことらしいけど』『どう?』『堀北ちゃん』

 

 電話の相手は堀北だったようだ、切ったものだと思っていたが…それよりも問題は堀北に聞かれてしまったことか。

 禊が通話をスピーカーモードにすると、堀北が話し出した。

 

「私は櫛田さんが手伝うなんて話は聞いていないわ」

「ついさっき決まったからだ。よかったな、櫛田の協力があれば須藤たちも集まると思うぞ」

「許可を取るべきじゃないの? あなたたちの口振りじゃ許可も取らずに参加するつもりだったみたいだけど」

「事後承諾で問題ないと思ってたんだよ。オレが声をかけ続けるより、櫛田が持つクラスとのネットワークを頼る方が効率がいいのは明白だろ? 堀北ならそれをわかってくれると考えてだな」

「……分かったわ。人を集めるまでの協力は許可する。けど、勉強会に参加するのは認められない。第一、彼女は赤点候補者じゃないでしょう」

「……いや、だからな? それが櫛田の手伝いをする条件なんだよ、無茶言うな」

「櫛田さんが勉強会に参加することは絶対に認めないわ」

「それで人を集められなかったら本末転倒だろ」

 

 プツッと通話が切れる音がした。

 

「堀北さん…すごく嫌がってたね」

「ここまで来ると人嫌いがすぎる……。すまない、櫛田。気分悪いよな」

「ううん! 全然大丈夫だよ! 確かに悲しいけど、堀北さんが私の事嫌いだろうなってわかってたことだから…これから仲良くしてもらえるよう頑張るよ」

 

 櫛田は健気にもそんなことを言った。オレの頭に過ぎるのは【不良品】の三文字。櫛田と堀北が同じクラスであることが信じられないくらい社交性に差がある。それを矯正しよう、なんて気持ちには間違ってもならないが。

 

『もう良いんじゃない?』

 

 禊が言った。

 

『須藤くんたちも勉強する気ないみたいだし』『堀北ちゃんは人を集められなくても構わないみたいだ』『もう清隆ちゃんたちが気にすることじゃないでしょ』

 

 妥当な提案。須藤たちをオレだけで説得するのは望みが薄い、説得ができない以上勉強会を開催することも出来ない。堀北の方を説得する手もあるが……それも難しいだろう。オレに出来ることは十分にやったはずだ。

 

「……それもそうだな。櫛田、時間を取らせたのにこんな結果になってすまなかった」

「ううん! 全然気にしてない……って言ったら嘘だけど、平気だよ。でも、やっぱり須藤くんたちのためにも勉強会はした方がいいと思うの。私が人を集めるから堀北さんには勉強会をするように伝えておいてくれないかな?」

 

 間違いなく気を悪くした直後だと言うのに、悪態のひとつもつかずに須藤たちのことを考えているとは。さすがの人の良さ。

 

「堀北さんには断られちゃったけど、私に考えがあるの。任せてくれないかな?」

 

 俺の手を握り上目遣いにそんなことを言ってくる。この上目遣いに勝てる男はそこまで多くないだろう。何より須藤たちのためだと言うなら是非もない。

 

『……』『ふーん』『ま、君たちがそうしたいって言うなら僕から止めることは無いけどさ』

 

 つまらなそうに禊が言った。何を考えているのかは分からないが先程のは禊なりにオレたちを気遣っての言葉だったのだろう。

 

「あ! そろそろ行かなきゃ」

 

 櫛田が声を上げた。そういえば予定があると言っていたな。

 

「櫛田、改めて時間を取らせてしまってすまなかった。また明日」

「ううん! 大丈夫だよ! またね、綾小路くん、球磨川くん!」

 

 そうこちらに挨拶しながら去っていった。櫛田の背中を見送り、ぼちぼちオレも帰るため鞄を持ち上げると禊がこちらを見ているのに気づいた。

 

「ん、どうかしたか? 禊」

『んー?』『別になんでも』

「いやに気になる言い方だな」

 

 それから、寮まで禊から何か言葉を発することは無かった。普段なら騒がしい禊が静かなことに少し違和感はあったが、禊に声をかけることは無いまま一日が終わった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 翌日、放課後の図書館。勉強会が終わった。いや、終わったと言うよりは堀北が終わらせた。というのが正しいか。

 

「あまりにも無知、無能すぎるわ」

 

 勉強を始め数分ほどで中学までの内容すらも出来ない須藤たちに堀北が言い放ったセリフである。

 あえて、堀北を擁護するとするのなら、櫛田が無理を言って勉強会に参加した段階でストレスが溜まっていたのだろう。

 

 それから口論になり、堀北が須藤の夢を馬鹿にした辺りでみんなが帰り始めた。まずは須藤が、次に池、山内と順に去り。残ったのがオレと櫛田と禊の三人。そんな櫛田も堀北に耐えかねたのか、去ってしまった。禊は何も言わずその後を追うように出ていくし、図書館にはオレと堀北の二人きりになってしまった。

 

「ご苦労だったわね。これで勉強会は終わりよ」

「そうみたいだな」

 

 そう言うと、堀北も図書館を後にした。

 

 そんなこんながあって今、オレは屋上に通じる階段の中ほどにいる。

 

 こんなところで何をしているのか。一言で説明するが、驚かないで聞いて欲しい。

 

球磨川禊が櫛田桔梗の胸を掴んでいる現場を見ている。

 

 以上だ。

 

 理解し難いと思うが、オレは悪くない。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。