俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。   作:true177

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カップラーメン
017 空腹


 高校の昼食で定番なのは、学食の激安定食セット。経済力に乏しい学生の味方で、健介も小遣い欠乏期に何度お世話になったか。街中の子規模な定食屋の半分で栄養豊富な料理を提供しているとあって、人気が枯れることは無い。

 

 持参の弁当派は、財布を持って食堂へ繰り出す生徒とは対照的に自席から動こうとしない。二段弁当を開く者、袋に入った菓子パンを頬張る者、道中に仕入れたコンビニ弁当を高値で売りつける者……。昼食の教室は、ガラパゴス諸島となる。

 

 普段食堂で慎ましくかつ丼にがっつく健介の身は、教室にあった。とある人物の要望で、教室に呼び留められたのである。

 

「……お金を忘れたんなら、耐えてもらうしかないけど?」

「そんなのじゃない! ……仮にお金が無くても、貸してはくれないんだね」

「金銭問題は面倒くさいし、麻里なら横領して知らんぷりしそうだし……」

 

 まっさらな机に両手を打ち付けたのは、このクラスの女王こと麻里だ。殺気が健介の背中を撫でたのは、部下に監視されているからだろう。

 

 健介が近くに居ると厄介ごとが発生するせいか、お目付け役が常駐するようになってしまったらしい。因果関係を洗いざらい磨いてくれるまで、窮屈な生活は続きそうだ。

 

 ……悠奈には、悪いことしたよな……。

 

 衛星のように周りを付きまとっていた悠奈は、健介を放って学食へと行ってしまった。

 

 女友達の大切な闘争本能をむき出しにできる機会を、嘲笑って奪った罪は重い。滅多に過去を引きずらない悠奈がフラストレーションを撒いているほど、外道な手段を用いた二人に対しての怒りが収まらないのだ。

 

 散々崖からライバルを蹴落とそうとしていた麻里も、軽はずみに置いた罠で傷つけてからは別人になった。

 

 意図せず他人を陥れてしまう気分は、決して涼風が髪をなびく気持ちよさではない。実際、悠奈が空き教室を出て行った後の蝉の抜け殻に魂が戻るまで、五分ほどかかった。

 

「……多田さん、さ。大分機嫌悪かったね……」

「そうだな……」

 

 返す言葉が見つからない。首の凝りをほぐそうと頭を一回転させたが、一発逆転の案は思い浮かばなかった。

 

 悠奈は陸上部で、大会もそう遠くない未来に開催される。アキレス腱となりうる足首を切ったとなっては、練習に出ることは出来ないだろう。

 

 ……明日になったら、ケロッと元に戻ってたりしてな……。

 

 楽観的観測に自分を委ねると、甘いエイムで外した弾丸が自身に返ってくる。

 

 まだ、健介と麻里は許されていない。無期限の執行猶予を付けられている犯罪者だ。

 

 審判の時を休日に設定しておけば、罪悪感がここまで残留しなかったのだろうか。現実になりえた無駄な世界を創造してしまう健介がいた。

 

「……健介くんは、髪をくくった女の子がタイプ? それとも、束ねてない子がタイプ?」

 

 麻里が、自身の手入れが行き届いた黒髪を撫でる。黒い色素が沈着した綺麗な長髪が、宙ぶらりんになって揺れていた。

 

 彼女は、キャタピラで荒地を均すことで話題を作ってきた。縛りの無い世界で、最強の武器を存分に使えていたのだ。

 

 制限のかかった場所では、麻里もただの女子高生。必殺技を封じられて、手足をばたつかせた結果が先ほどの苦し紛れ話題転換だった。

 

「……俺か? 俺は……、短髪の子が好きかな……」

 

 髪型で恋愛対象が決まるのなら、麻里も悠奈も初めから対象外。髪の量が少なく、さっぱりとした雰囲気の女子がストライクゾーンなのである。

 

 受け取ったバトンを手放しては、深海から水面へ浮上するチャンスを不意にしてしまう。

 

 健介は、平均台をすり足で進んでいく。

 

「……麻里こそ、好きな人の傾向とかあるのか?」

 

 ややタブーを踏み抜くかもしれないが、だんまりを決め込むよりは小さな突破口をこじ開けたかった。クレバスに滑落した時は、不運だと運命を享受するしかない。

 

 高校生が掲げる『好きな人』は、幼少期から形成されてきた理想像であることが多い。外見至上主義のひねくれた人もいれば、性格が良ければどうでもいい猛者も存在する。

 

 この女子たちに共通することは、心が純粋なことだ。

 

 ……収入を得るようになったら、もう対等な会話が出来なくなるからな……。

 

 これが社会人となると、お金でレンズが歪んでしまう。地獄の沙汰も金次第、理想の男性像も金次第になる。

 

「……えーっと……、こんな私でも話しかけてくれる人、かな?」

 

 放たれたシュートは、健介の模範解答に無い異次元空間の意見であった。身を賭けて腕を伸ばしたが、無情にもサッカーボールはゴールネットを揺らした。

 

 麻里がクラスの帝王に就いているのは、他クラスにまで知れ渡っている。歴史上に存在した悪女のイメージが先行して、誰も彼女にコンタクトを取ろうとしない。

 

 独裁者には、孤独が付きまとう。大国ソ連の指導者でも、孤独は避けられなかった。

 

 健介も、権力を掌握した後の麻里には近づこうとしなかっただろう。

 

「……それ、俺も入るのか? 今の麻里と会ってたら、俺も避けてたはずだけど」

「でも、今こうやって話してくれてるでしょ? 立派なオトモダチ、だよ」

「……それじゃあ、悠奈も……」

「女の子は基本、敵ばっかり。どこにも味方なんかいないよ」

 

 麻里はそう吐き捨てると、一人でうなずいた。目を繋ぎ合わせて語ることを信条にする彼女が、そっぽを向いて諦めムードを発している。

 

 巨大組織をまとめ上げた手腕があっても、周りに信頼できる部下がゼロ人。縦に結合されているのは、友情ではなく主従関係。全員が日和見主義で、一度麻里が権力を失えばたちまち瓦解する。

 

 一言指示すれば駆けつける部下が、ある日いきなり後足で砂をかけてくる恐怖。クーデターの前兆に敏感でならなくてはいけない苦痛は、他の誰にも理解されない。

 

 ……言われてみれば、麻里が誰かと親しく会話してるのを見たこと無いな……。

 

 人が集まって賑やかな麻里の周囲も、サーモグラフィーで観察すると真っ青。本心で、彼女の伴侶となって運命と共にしたい真の仲間はいなかったのだ。

 

「麻里と悠奈、意外と相性良いかもよ?」

「そんなこと、あるわけない!」

「……それは無いかなー……」

 

 健介の横から、グイッと頭を乗り出してきた幼馴染がいた。昼食を終えているのなら、早食い選手権に出場することを勧める。

 

「……多田さん!? 腹の虫がおさまらなくて学食に行ったんじゃ……」

「チョコは残念だったけど、いつまでもクヨクヨしてたって楽しくないよ? ……二倍にするのは本当だからね?」

 

 悠奈は、留められていない黒髪をたなびかせている。隙間風も吹いていないのに、どのような魔法を使ったのだろうか。

 

 正義執行官の突然の登場に、トラウマを植え付けられた麻里は椅子を後退させた。持たれかけていた彼女のカバンが横倒しになり、内容物が雪崩で出てきてしまった。

 

「……もう、多田さんのせいで私のお昼御飯が……」

 

 カバンから漏れ出たそれは、円柱形をしながら外側に向かって膨らんでいた。握力の弱い子供でもめくれるよう、蓋には大きめの持ち手がついている。

 

「……お昼ご飯……?」

 

 謎の箱の正体は、インスタントラーメンだった。

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