俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。   作:true177

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018 こんにちは

 手頃なインスタントラーメンで昼食を済ませようとするのは、現代に生きる人間として間違ってはいない。外出して弁当やおにぎりを買ってくるより、冷房の効いた室内から動かずに食事が出来る利点は大きいのだ。

 

 ただし、問題点も山積みであることを忘れてはいけない。

 

 学食で主要な栄養源となる炭水化物の受け入れを拒否するなど、麻里はダイエットに傾倒気味である。塩分汁とも読み替えられるラーメンを主食に選んだのは、やらかし認定されても文句は付けられない。

 

 ……それに、最大の問題があるよな……。

 

 片手間で完成させられる即席麺を信仰する面倒くさがり人間は、日本のいたるところに在住している。思い立ってから三分で飯にありつけるのが、レンジを使う食品と並んで魅力的なのだ。

 

 残念ながら、学校ではその要件を満たしていない。

 

「……マリちゃん、お湯は何処で手に入れるの?」

 

 そう、干からびた具材たちをふやけさせる熱湯だ。

 

 家庭科室を占領すればできなくも無いが、一般開放されていない。当たり前だ、包丁を無断で持ち出される危険を見逃しては学校の重過失になる。

 

「……麻里、そうだんしたかったことって……」

 

 健介が最後の一押しでドミノの背に指をかけると、麻里は深くうなだれた。

 

「さっさと食べ終わっちゃえば、その分自由な時間が増えると思ったんだけど……」

「お湯が供給されないのを忘れてたな」

 

 財布は持っているだろうから、出遅れた感は否めないが食堂へ遠征するしかない。麻里を除いた全員(二人)が、そう上辺で事を流していたはずだ。

 

 もっと深層部へ踏み込んでみるべきだった。麻里がその気なら、学食へ行こうとする健介を呼び止めはしない。流れ作業で一緒になれば、自身の失態を知られることも無いのだから。

 

 麻里は、投げやりで首を横に振った。

 

「……実は、さ……。金欠で何もないから、インスタントラーメンを持ってきたんだ……」

 

 彼女の基本感情を司る神経が渋滞を起こして、脳まで伝わっていない。昼の足しとして残されたのは、非常食と化けた固い乾麺だった。

 

 上流階級の家に生まれた子供が金欠に陥ることなど無い……と断言できたのは、中学校まで。お小遣い制と異常な金銭感覚がマッチすると、たちまち擬似貧困の麻里が出来上がる。

 

 神経活動を停止させた手で、麻里がカップ麺の蓋を開ける。出来立てほやほやのラーメンが顔を出すはずもなく、フリーズドライの具が乾いた音を立てただけだった。

 

 ……これを食べろって……?

 

 乾麺の形をしたお菓子と似ているが、いざ食すとなると中々飛び込めない。

 

 お湯をかけてラーメンに戻すことを前提としている即席カップ麺は、硬度に配慮がされていない。たかが麺だとなめてかかると、歯が折れてしまうかもしれないのだ。

 

「……これ、食べれるかな……?」

「流石にやめなよ。お湯はなくても、水でなんとかなるかもよ?」

 

 カップ麺の側面を舐めまわしていた悠奈は、与えられた手段で解決方法を提示した。

 

 駄々をこねても、お湯が空から降ってくることはない。熱湯の雨で救急搬送が増えることは考慮しないこととする。彼女の折衷案は妥当なものだ。

 

 冷ましたチーズ料理のことを思えば、冷やしラーメンがそこまで味を落とすことは無さそうである。熱分子の活動が弱まったところで、しみ込んだスープの味は変質しない。

 

「……そうするしかないのかな……? ……木をあつめたら、火を起こせるかも……」

「原始時代に戻る気かよ。教師に止められるのが関の山な気がするけど」

 

 木の棒をこすってすぐに火の手が上がるなら、ライターやマッチ棒は廃れている。原始的な方法では非効率だからこそ、現代文明が発達したのだ。

 

 麻里は、手のひらでカップ麺を転がしている。机の木材との摩擦熱でせめてもの温かみを得ようとしている。努力の方向性を誤った、意味の無い作業だ。

 

「……それがだめなら、水を入れた後に思いっきり振れば……!」

「中身がラーメンじゃなくなるぞ?」

 

 いつから、麻里の机は大喜利大会の会場となったのだろう。精度に重心を置いても、地方大会で予選落ちするネタしか出していない。彼女の芸人道は建たれたも同然だ。

 

 空高く舞い上がった太陽は、慌てふためく麻里などお構いなしに日光を浴びせている。体を温めれば困惑の氷も溶けだすという算段か、一層強まった日差しを注いでいた。。

 

 ……いい加減、折れないのか……?

 

 どう転んでも、熱々のラーメンをすすることは出来ない。意地を張り続けていては、胃が授業中に暴れ狂って恥をかいてしまう。

 

 悠奈と健介の降伏勧告を頑として突き返し続けた麻里だったが、粘り強い交渉の末に陥落した。文書に直筆のサインをし、水論争は終結を見たのだった。

 ライバル関係の悠奈が降参を促したとあって、負けず嫌いの麻里は船を降りようにも降りられなかったと思われる。純粋な武力では劣っていると理解していながら果敢に攻める彼女のことだ、素直に聞き入れる選択は無いに等しかった。

 

 戦国時代でも、食料不足で戦は起こせない。時の大名も、百姓の協力なくては自領土を維持できなかった。根性だけで空腹を耐え忍べるほど甘くは無いのである。

 

 給水機までカップラーメンを持ち運ぶ麻里を、多くの生徒が蔑みの目で捉えていた。直接目を合わせることなく、通り過ぎざまに嘲笑う陰湿な輩たちだ。

 言ってやりたいことがあるなら、本人に言論をぶつけてみればいい。裏に檄の書かれた紙をこっそり貼り付けても、現状は何も変えられない。

 

 猛暑のシーズンが外れていたのが幸いして、給水タンクには水が大量の蓄えられていた。外に設置してある自販機は赤い売り切れの文字が目立つのとは光と影である。

 

 ……所詮、水道水もどきだしな……。

 

 消費者視点から舌ざわりを良くしようと企業努力を怠らないペットボトル飲料と、水道水を申し訳程度に洗浄しただけの水。水筒が切れて泣く泣く補充する運動部以外はお金を出して自販機に群がるのも、無理はない。

 

「……塩素と何かが反応して、食べられなくはならないよね?」

「学校の授業、家で一旦整理してみたら? 水道水が体に悪いなら、私たちはみんな病院送りになってるよ」

 

 化学の元素を引き合いに出されると、専門家が監修していると勘違いして情報を鵜呑みにする人がいる。池に浮いている虫に食われかけた落ち葉と同じで、風に吹かれるまま岸に辿り着く。

 

 ……『これは塩素水だから危険!』って街中で叫んだら、一人くらいはミネラルウォーター生活を強いられるんだろうな……。

 

 塩素は、浄水場の最終段階で消毒用として入れられるもの。人体に入っても、胃壁を壊したり内壁をただれさせたりしない。

 

 悠奈や麻里にリテラシーを問うのは愚問だと健介は考えるが、とにかく上っ面の釣り針には魚が一定数引っかかる。気を付けなくては、デマ情報で親友との仲を引き裂かれることにもなりかねない。

 

「……しかたない、か……」

 

 給水口の下にカップを持ってきて尚、家でのラーメンが忘れられずに渋る麻里。よもや運命が変わらないことを悟り、奇跡が起こるのを祈って時間を引き延ばそうとしているのだ。

 

「……お水で戻しても、美味しそうに思えないのが、なぁ……」

「つべこべ言わない!」

 

 往生際の悪い麻里にしびれを切らしたのは、昼食を一かけらも腹に入れられていない悠奈。学食を買いに行くのか弁当がバッグに入っているのかは知らないが、このままだと昼休みが潰されると判断したのだろう。

 

 悠奈が、カップの中を覗いて意識が逸れている麻里を差し置いて栓に手をかけた。遠慮の『え』の字も見られない思い切りの良さで、守られていた結界を消失させたのだ。

 

 突如出現した脱出口に、水はあれよあれよと殺到した。女子高生の些細で無謀な夢が、多量の水に洗い流されていく。

 

 麻里は、水を吸ってラーメンの体を成していく工程を見守っているだけ。悲鳴を上げて抗議もしなければ、スープ粉をかき混ぜようともしない。

 

 ……まあ、即席麺を学校に持ってきた時点で……。

 

 この結末を予想できなかったとは言わせない。家庭科室が封鎖されている高校で、どうお湯を調達する計算だったのだろうか。頭を三枚おろしにして、中身を詳しく調べて見たくなった。

 

「……ほら、マリちゃん、行くよー」

 

 まだ麻里の名前を把握できていない悠奈は、背後を確認もせず教室へ戻ろうとした。

 

 麻里を細い目で眺めていた健介だったが、ふと彼女の手が細かく振動していることに気付く。

 

 雪解け水が紙の容器を伝わってかじかんでいるのでは無さそうだ。冬は冷たく夏はぬるいことで悪評高い給水機が、この春に冷やされているはずがない。電気光熱費の無駄遣いである。

 

 ……さっきから、動こうともしないな……。

 

 悠奈が栓を適量で閉じていなければ、今頃床で大洪水が起こっていた。さりげないファインプレイだ。

 

「……健介くん、上から見てみて……」

 

 お化け屋敷で魂を抜かれた、身のこもっていない声だった。水でふやけた麺は、閲覧注意のタグを付けなければならない程グロデスクなのか。

 

 慢心状態で、健介は麻里の側から頭を出した。

 

「……何か、表面を泳いでる……」

 

 濁ったスープの表面で、透明な白い謎生物が元気よく泳ぎまわっていた。

 

「……それ、寄生虫じゃないか? ……まともに食べなくて、良かったな……」

「……うん……」

 

 体育の授業でなくとも返事の大きい麻里が、空気を吐き出してしぼんでいる。

 

 インスタントラーメン騒乱は、結果的にもっともよい終幕を迎えたのであった。悠奈以外にとっては。




カップラーメン編はここで終了です。

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