俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。   作:true177

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023 世話が焼ける

 敵前逃亡の可能性を頭によぎらせたが、目の敵である悠奈をこの場に残して退散する性格ではないのだ。場合が場合なら、寝ぼけた健介の目が折り重なった女子二人を捉えていたかもしれない。

 

 悠奈はカーテンを半開きにし、校内の風景が反射する窓の外をじっと見つめた。

 

「マリちゃんも、ついさっきまでここにいたよ。夜は塾で予定が詰まってるから、って帰っちゃったけど」

「……今、何時くらいだ?」

「もう七時だよ……」

 

 陽は地平線に沈み、漆黒が制空権を奪っていた。二階以上に位置する教室は消灯され、健介に人類絶滅後の廃墟を思い出させる。

 

 放課後すぐ、女子軍団の手によって身体の自由を封じられた健介。いつ保健室に運ばれたかにもよるが、かれこれ長針が二回転したことになる。

 

 ……麻里も悠奈も、なぁ……。

 

 二人の故意と過失で病室送りにされたとは言え、生活に支障をきたすまでの害は受けていない。悠奈のニュアンスを真に取ると、二時間付き添ってくれていたことになる。

 

 散々外で遊んでから高校によったとしても、健介に真偽の判別は出来かねる。彼女の言葉を鵜呑みにするより無いのだ。

 

 幸いにも、麻里のように勝利の為ならいかなる手段も辞さない全身勝利至上主義者ではない。個人の独断と偏見満載のランク付けで、情報の取り扱いにおいて悠奈はトップクラスを受賞している。

 

「……グラウンドを貸してもらって、ようやく練習って言う時になって気付いたんだ……。恋人、失格だよ」

「誰がいつから悠奈の彼氏になったんだよ。……俺も悠奈も、お互いに一回ずつ振ったし」

 

 友達的アプローチと恋愛的アプローチを一緒くたにしてもらっては困る。恋愛道場から破門を言い渡された悠奈が再申請しようとしても、許可を出すわけが無い。

 

 恋に発展する余地のない、腐れ縁で異性の幼馴染。週刊誌にスキャンダルされて炎上する可能性は、ゼロに収束する。

 

 ……仮に、この雰囲気を利用して悠奈がラブレターを渡してきたとしたら……?

 

 答えは、脳に聞くまでも無く『ノー』だ。

 

 初恋の心は、中まで透明なガラスである。固い床に落とせば割れ、ぞんざいに扱えば傷がつく。キャッチボールで暴投することは、万に一つも許されない。

 

 悠奈が無情にも紙一枚で関係を終わらせた時、彼女と健介を結んでいたハートの矢は壊れたのだ。替えの効かない一品物を、彼女は適当に捨ててしまったのだ。

 

 決定的な溝が埋まることは、一生かかってもあり得ない。ガラクタを投げ入れて埋め立て用としても、地球内部から吹き出すマグマによって蒸発してしまう。

 

 それこそ、過去に起こった出来事がひっくり返されでもしない限り。

 

「……このネタ、使うのダメかな?」

「正義感を売りにしてるヒーローが、人を不快にさせていいのか?」

 

 医者が質素な生活を患者に勧めながら、自身はアルコールに溺れるのとそう変わりはしない。彼女自身で引っ提げた肩書きがあるのなら、整合性のバランスは自らとっていかなくてはならないのだ。

 

「……うん、そうだね。今から、自分を成敗するから」

 

 自らの腹に目をやり、日本刀を手に持った悠奈。潔く切腹するつもりだ。

 

「ここでするのはやめろ」

 

 自害するのは彼女の勝手であるが、意識を失うのはまずい。高校の保健室は、二十四時間対応の救急病院ではないのである。

 

「……正義執行(じゃすてぃす)……」

 

 己に対しても法を適用する厳格っぷりは、認めてやってもいい。健介が上から目線で評価することでもないが。

 

 ものの一秒もすれば、幼馴染は気力を霧散させてベッドに突っ伏せる。代金とお持ち帰りは、残った一人に課せられること間違いない。

 

 なぜベッドに寝かされているかも分からなくなるほど、体力は有り余っている。補強でランニングを命じられても、今ならこなせる自信があるのだ。

 

 健介は休息でリフレッシュさせた体を跳ね起きさせ、一直線に腹を切るよう構えられた腕に突撃した。悠奈の小指が研磨されて舌なめずりする包丁であるように感じるのは、周囲の光沢があるからだろう。

 

 ……どうなるにせよ、俺が連れて帰らなくちゃいけなくなるから……。

 

 悠奈の為でもなんでもない、利己的な理由。軟弱な意志で飛び出した鍛錬不足の体が、日々の練習を怠らず振られてきた手刀に勝るはずは無かった。

 

「……健介!?」

 

 素っ頓狂な叫び声が、静寂を必要としている保健室中に広がっていった。天井に防音の穴が開いていたとしても、反響は免れない音量だった。

 

 ……これは、意識の一つや二つくらい、吹き飛ぶよなぁ……。

 

 格好を決めようとして転倒し、ポールに股を強打した若かりし健介。悪魔がゆっくり込み上がってくるあの感覚を、正義を進行する女子の必殺技は再現した。

 

「……ちょっと待って……。しっかりしてよ……」

「……これくらいで死ぬほど……、ヤワな体じゃないんでね……」

 

 全身から、骨格と臓器を支える力が失われていく。動力を司る源が、悠奈の一撃によって破壊されたようだ。

 

 一世一代の輝きを放った健介は、瞬く間に白色のベッドへと舞い戻ってきた。激痛が体中を駆け巡ると表現するよりかは、切断箇所から生力が吸い取られていくと言った方がいいだろうか。

 

 ……全く、世話の焼ける幼馴染だ……。

 

 筋肉から栄養分をふんだくった正義の一振りは、脳に供給されるはずだったブドウ糖までも無慈悲に奪い取っていく。

 

「……健介、本当にごめん……」

 

 悠奈が手を合わせて薄暗い洞窟へ潜っていったのが、健介の脳が認識した最後の光景であった。

地の文について

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