俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。   作:true177

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039 おふとん争い

 当日にお泊り会の連絡がきたことで、情報漏洩に定評のある健介は監禁されずに済んだ。男子陣に噂が広まれば、教室の出入口にスクラムを組まれて脱出できなくなるからである。

 

 悠奈の家に足を運んだことは有れ、お泊りまで進展するのは今日が初。波乱や爆弾の爆発が起こったとしても、心は休まるだろうと約束を受け付けた。

 

 ……まさか、出荷される直前まで行くとは思わなかったけど……。

 

 友達の家へ遊びに行って、数百円のひき肉に加工されるとは思いもよらなかった。胸の圧迫感が、和室で膝を伸ばしている今になっても残っている。

 

 被害者となった麻里は、電池切れで机に突っ伏していた。車のエンジンに搭載されている大型電池でないと、等身大の人間は動きそうにない。

 

 和室と直接つながっている台所には、悠奈が夕飯の皿洗いに勤しむ。何でも予定時刻を間違って覚えていたようで、食べ終わったころに急支度で家から出たのだそうな。

 

 家庭科の実技試験で満点をマークした彼女に、皿洗いは機械に頼るまでもない。家政婦の採用試験も主席で通過できそうな、洗い物の速さだ。

 

 そもそも、この家で機械化されているのはコンロにミキサー、電子レンジだけである。カップラーメンは、悠奈の家において三分で食事をとれる代物ではない。

 

 日本人の主食である米だが、ここには炊飯器が無い。家の外に設置してある釜で、木材を調節しながら炊くそうだ。外見だけでなく、内装も昭和初期に戻っている。

 

「……晩御飯は、悠奈一人で作ったのか……?」

「スーパーの買いだめを冷蔵庫から出してきて、それをお皿に乗っけただけだけど……?」

 

 手作りチョコのレシピを見て一晩中苦闘する彼女に、自炊は出来なかった。釜で米を炊くのはともかく、千切りキャベツにキュウリとトマトを適量添えたサラダなら健介にも作れる。

 

 夕食は事前に食べるように、と悠奈に指示されていた健介たち。彼女のお手製を拝む機会は、大分先になると予測してしまう。

 

 ……家庭科も、なぁ……。

 

 実技試験は満点だったのは、得点の付く事柄が単純作業であったから。日常で使用頻度の少ないリンゴの皮むきなど、完璧にやり遂げたところで料理センスの証明にならない。

 

「……もし、俺か麻里が晩飯を食べ忘れてたら、どうするつもりだったんだ……?」

 

 身も蓋もないことを、問いかけてみる。冷蔵庫にしまってある既製品ですませてしまうのか、それとも。

 

「そうだなぁ……。それは私の手料理に期待してるってことだから、奮発しちゃうかな?」

 

 無い長袖をたくしあげ、ガッツポーズで悠奈は応えた。

 

 やる気が漲る彼女には申し訳ないのだが、悠奈の手料理は食べ物の形を成している。メシマズヒロインの定番は炭化料理だが、普通の頭を持っていればそうならない。

 

 悠奈には、決定的にレシピを解読するスキルが欠けている。国語の評論文から主張を抜き取っても、レシピが言わんとすることは読み取れないのだ。

 

 ……調味料の概念が、抜けてるんだよな……。

 

 最初に敷くべき油を、フライパンに入れない。野菜の炒め物が、あっという間に味付け無し焼き野菜セットに変貌するのだ。美味しくなるわけが無い。

 

 幸いなことを挙げるとするならば、悠奈自身がメシマズを自覚していることだろうか。

 

「……これでよし、と。マリちゃん、まだ寝ぼけてるの?」

「あんな光景見させられて平気でいられる悠奈がおかしいんだよ……」

「そうかな……? ネズミが切り刻まれてることがよくあって、目が慣れちゃってるのかも……」

 

 悠奈はエプロンをつっかえ棒にかけ、和室の机へと戻ってきた。麻里が気難しい妹、彼女が穏やかな母親に思えるのはなぜなのだろう。

 

 家にネズミが湧いているのも気になるが、凄惨な光景に脳が慣れていると言う。ホラー映画でも、キンキン声の悲鳴が会場を支配する中で、悠奈一人ガニ股で鑑賞していそうだ。

 

 ……メンタル、やられちゃったか……?

 

 顔を伏せている麻里は、手先こそ飛び上がるが正座のまま固まってしまっている。死の恐怖が間近まで接近して、メッキが剥がれたのだ。

 

「……マリちゃん、元気だしなよ。私の言いつけを守ってれば、危険なことにならないから」

「……多田ちゃんに指図なんか……、されたくない……」

 

 防護壁を作成して、その内部に閉じこもる。引きこもりの典型例だ。

 

 冬眠状態の熊は、ちょっとやそっとの刺激では目覚めない。冬眠状態が解除されれば、最後エサを求めて人里に降りてきてしまうのだ。

 

 いくら悠奈や麻里と遠い道を選ぶ健介でも、このお泊り会にはいくつかの期待を持ってここにやってきた。平凡で波乱万丈な日常直線に、少しの傾きが付くことを望んで。

 

 麻里が恐怖に駆られて生まれたての子猫のように震えている姿は、虐げられてきた女子たちにとって待ちに待った光景だ。独裁政権が終わりを告げ、雪解けの春が到来すると信じてやまない。

 

 ……俺が見たいのは、こんな麻里じゃない。

 

 親友がのびのびと居られない様子を目にしていると、健介まで引っ張られて気分が落ち込む。脳梗塞でもないのに、腕が肩の高さまで上がらなくなる。

 

「……健介、マリちゃんはどうしたら復活するかな……?」

「水やりしてやればいいんじゃないか……? 並大抵の水じゃあ吸収してくれなさそうだけど……」

 

 植物の蜜を選りすぐりする虫はいるが、水の質が生育を左右する植物を目の当たりにするのは初めてだ。

 

 水は、科学的に全て同じ構造をしている。純度の高い低いはあれど、水やりに使うのであれば大差ない。唯一、巨大甲殻植物麻里を除いては。

 

 上の空で最適な水を選別していた悠奈だったが、やがて健介に目配せした。頷き返すと、柔らかい微笑みで返事をしてきた。

 

 おもむろに、悠奈が立ち上がる。

 

「……健介の寝る場所、決めないと……。三人で寝たいのはやまやまなんだけど、この和室に布団が三つも入りそうも無いなぁ……」

 

 呼びかけても反応しなかった重度の熱中症患者が、額を少しだけ上向かせた。まだ御尊顔を拝見するには至らないが、悠奈の声が防音壁をも突破したようでなによりだ。

 

 なおも、悠奈は机の周囲を歩き回る。

 

「……ここで二人、寝ることになるね……。……健介、こっち来て?」

 

 何となく、意図は掴めてきた。

 

 悠奈一人が寝起きする和室に、敷布団が三つ入る面積が無いのは事実。見ただけでも、概案で良そうは出来る。

 

 麻里にとっての特効薬は、健介をおとりに話を進める事。彼女に不利益が生じる内容に会話が変わっていけば、必ずや麻里は飛び跳ねて悠奈に戦いを挑むであろう。

 

 ……悠奈が麻里を止められるから、出来る技だよな……。

 

 悠奈の武術でねじ伏せられている印象だが、麻里も女子同士のケンカなら自力で倒せる実力は備えている。運動不足で筋肉が神経に逆らう健介など、一瞬で海の藻屑と消えるに違いない。

 

 健介は、麻里の背後を避けて和室の出口へと寄った。

 

「……マリちゃんもぐっすりおねんねしてるし、マリちゃんが別室でいいかな?」

 

 気に障る言葉遣いを、彼女はいくつ知っているのか。煽り合いの世界選手権で、日本代表に選ばれるべきは悠奈だ。

 

 アドリブ漫才で、種は撒かれた。跡は、突っ込み役がどう回収するかだ。

 

 悠奈に断られた春の悲劇は、いつまでも記憶に刻まれ続ける。忘れられた日は、一時も存在しない。

 

 それでも、衝撃が薄れてきているのも事実。お泊り会を成功させるためならば、いくらでも嘘を吐ける。

 

「……俺もそれでいいと思う。……悠奈よろしく」

 

 ここまではっちゃけてしまった方が、逆に良い。中途半端に遠慮しては、茶番だと感づかれる。

 

「じゃあ、ひとまず布団を取りに行こっか! じゃあね、マリちゃん……」

「待ちなさい、この健介泥棒!」

 

 牙を潜めていた虎が、遂に草むらから姿を現した。獲物に不意打ちで首に牙を立て、頸動脈を裂こうとする。

 

 野生動物は、一旦肉食に捕まってしまうとなすすべが無くなる。手足をジタバタさせ、その生命を散らすのだ。

 

 麻里の狩りは、完璧だった。飛び掛かった獲物が、正義執行官でなければ。

 

 次の瞬間、麻里は畳の上に沈められていた。

 

「……大丈夫だよ、健介。気絶はさせてないから」

「……これ、麻里が後々暴れないか?」

「その時は、いつでも私がいるよ」

 

 幼馴染が胸を叩くのを見ていて、強い信頼が構築されていった。

地の文について

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