俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。   作:true177

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005 傘も無ければ遠慮も無い


 天気予報の『おそらく』を鵜呑みにすると、厄介な事態に遭遇することになる。転ばぬ先の杖とばかりに、通学カバンにでも折り畳み傘を入れておくことをお勧めしたい。

 

 最も、この天候になってから悪態を付いても遅いのだが。

 

「……聞いてない……」

 

 こと切れた麻里は、光を失った目で大空を見上げていた。口も半開きになって、絶望を呟く。

 

 視界には、暗雲が立ち込めている。お釣りを排水溝に落としたのではなく、急速に発達した雨雲がこの地域一帯を包み隠してしまったのだ。

 

 最近は異常気象が頻発する世の中、大事に備えていて損は無い。保険の掛け金を無駄な出費だと甘く見ていると、しっぺ返しを食らう。

 

 しとしとと静まった校庭には、人っ子一人目視出来ない。普段はくっきりと映る校門も、バケツをひっくり返した雨粒に光が跳ね返されて白くくぐもったままだ。

 

 屋根の先っぽから一歩でも外に出れば、たちまち不純物の混じった滝行をする羽目になる。ホコリと化学物質を含んだ雨水で、宗教を経験する気にはなれない。

 

 ……俺は大丈夫なんだけど……。

 

 いつ階段で悠奈に背中を押されるかと全神経を研ぎ澄ませている健介に、一滴の憂いもない。通学路が通行止めになることも想定して、抜け道マップを暗記してあるのだ。

 

 問題なのは、右方で佇んでいるお嬢様。手ぶらで雨を掴もうとしているのは、末期症状もいいところだ。

 

「……これ、いつ止むのかな……。プールの蛇口を、誰かが閉め忘れたのかも……」

「プール一杯分如きでゲリラ豪雨は起きないぞ」

 

 プールに蓄えられた水が水蒸気として立ち上ったのなら、地表は今頃大洪水に襲われている。発言が本当になる世界を発見したとして、麻里を連れていくことは出来なさそうだ。

 

 健介持参の折り畳み傘も、複数人が雨宿りする設計にはなっていない。小型化の代償として、利用人数を削っているのである。

 

「……だれか、いませんかー! 傘、貸して欲しいんですけどー!」

「犯罪に巻き込まれたみたいな叫び方だな、おい」

 

 喉を酷使して吐き出させた金切声も、土砂降りの壁に阻まれて消えた。ヘルプコールを受信したとて、雨具を恵んでくれる大富豪はいないだろうが。

 

 一歩ずつ、麻里から体が遠ざかっている。見えない障壁に押し戻されて、健介はちょっかいがかからない出口まで足を運んでいた。

 

 帰宅部が活動内容を遵守しなかった結果灰色の曇天に取り残されるのは、不運と形容する以外に見つからない。律儀に課題を進めていたのが仇となった。

 

 ……正直、一人だけなら今すぐにでも下校したいんだけどな……。

 

 単身で包囲を突破するのはたやすい。付き添い人が側にいないのなら、鋼鉄の箱にだけ気を付けて道路を大爆走しているところだ。

 

「ほら、張り紙にもあるだろ? 貸し傘があるから、それを使っても良い、って」

「返すの忘れちゃいそうだから、嫌。……健介くんは持ってるんでしょ、折り畳み傘」

「これ、一人専用のやつなんだよ。……無理すれば入らないこともないけど」

「……二人でもできるなら私を入れて、健介?」

 

 下駄箱から忍び寄っていた影が、ここぞとばかりに飛び出してきた。照明にしてはゆらゆら揺れていると感じたが、勘は正しかった。

 

 刺客に背後を突かれて、金縛りに遭った麻里。列に割り込んできた邪魔者を追い払おうとしない。

 

「この傘だよね、健介?」

「勝手に人のカバンを物色するなよ。……悠奈じゃないけど、昔誰かに千円札を抜き取られてたことがあったからな……」

 

 金欲は、聡明な人間を愚者に変えてしまう。悠奈も欲望を持ちうる人間であり、目をドルマークにさせて財布を振り回す……ことも無いとは言い切れない。

 

 悠奈は手際よく詰まっているプリントを掻き分け、彩られたプラスチックの取っ手を掘り当てた。所有権は健介から動かない。

 

 ……構造に詳しすぎないか……?

 

 物品に隠れたポケットの仲にしまってあったはずなのだが、彼女はGPSで探知しているかのようにポケットへ手を突っ込んだ。

 

 バッグにおける効率のいい探索方法を眺めていると、多田家がスリを家計とする一家だと思えてきた。家の風貌が厳かなのはあながち間違っていない。

 

「……悠奈、部活は……?」

「健介がいたからサボって来た……わけじゃないよ。雨だったから、トレーニングだけして解散。帰ろうとしたら、たまたま健介がいたから」

 

 正義の鉄槌を下す執行官が部活の規範も守れないようでは、ヒーロー失格だ。最低限のルールは、戒めとして守っているらしい。

 

「……そんなことよりほら、健介、行こうよ。……それとも、そこのマリちゃんと相合傘しようとしてたの?」

「しようとしてない。相合傘って、カップルがするやつだろ?」

「……つまり、私と健介くんは仲が良くない……!?」

「……麻里、意識を取り戻せ―」

 

 大根役者でもやらない台詞の棒読みで、健介は麻里の両肩を揺さぶった。心電図を横に表すとしたら、数値はゼロを指していそうだ。

 

 水をゴッソリ抜かれた魚は、寿命を永らせられない。蛇口を全開にした雨が降り注いでいる横で、麻里は乾いたスポンジになっていた。

 

 ……水やり、してやるか……。

 

 健介の天秤は、公平そのもの。激烈な恋愛感情がメーターを狂わせたのは過去のお話で、今は一グラムの重量差も正確に読み取る。

 

 都合のいいエサが、健介の周辺にへばりついていた。

 

「……なあに、いきなり……。私が可愛すぎるから、冷静さを装うとしたとか?」

「……文句を言いたいのはこっちの方だよ、多田さーん……」

 

 冷気を宿らせた怪物が、節約気質な赤色LEDを放つ眼をして怒気を吹き出していた。

 

 この豪雨の中、アンテナが電波を受信できない状況が続いている。光線がどんなものでも通り抜けられると考えているのなら、それは大間違いである。

 

 悠奈の危機管理を担う触覚は、立ち込める湿気で無力化されていたようだ。

 

「……いっそ、三人で傘に入ればいいじゃん! 名案だよ!」

「……多田さん、今日のところは黙っておいてもらおうかな……」

 

 言い切るが早いか、麻里は悠奈の右腕を掴んでいた。利き腕を封じるあたり、伊達にケンカ慣れしていない。

 

「冗談はやめて? どうしても決闘したいなら、私の家で……」

「つべこべ言わない! 健介くんと二人きりになれないなら、多田さんもそうさせない!」

 

 我武者羅に轟音の中を突き進むお嬢様と、流れに身を任せて引きずられていく腐れ縁の幼馴染。

 

 ……なんだこれ。

 

 そうこうしない内に、二人の姿は校門へ消えていった。

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