ウチの庭にダンジョンがあります   作:ShilonkS

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97『高嶺の花』

 学校は楽しいか。

 そんなありきたりな質問をされたとしよう。

 それに対して、錦地 美寧(にしきじ みねい)の答えは決まっている。

 クソだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業の終わりを告げるチャイムと共に、化学を担当している教員が 「では、これで本日の授業を終わります」 と口にする。

 相も変わらず時間に正確な教師だ。堅苦しい人生を送っていそうである。

 大して面白くもない勉強が終わり、ぷー、と美寧はため息のように息を漏らす。授業は息が詰まって仕方がない。

 ようやく全ての授業が終わったことに周りの生徒も気が抜けたのか、途端にがやがやと教室の中が騒々しくなった。

 うるさい。頭に響く。軽い悪態を心の中で呟きながら、シャープペンシルをノートの上に転がして、教科書代わりであるタブレットの電源をぽちりと押す。タブレット授業は楽と言えば楽ではあるが、どうしても目が疲れてしまうのだ。

 後は帰りのホームルームで、学校は終わりである。

 

 あの家に、帰るのか。

 

 ぷー、と、再びため息。

 美寧は部活動に所属していない。

 する気がないし、興味がない。

 姉もそうだった。

 同じくこの学校に進学していた姉も、部活動には所属しておらずに最期の最期まで帰宅部の女であった。

 まあ、あちらは天才的なその才能を生かし、あちらこちらの部活へ助っ人として参加していたので、帰宅部と言って良いのかどうか怪しいのだけれど。

 言わば、姉は帰宅部のスタメン、上級エースだった。

 出涸らしの妹は、この通り帰宅部ベンチの屑女だが。

 今日は宿題らしい宿題もないし、どっか寄って帰ろうかなと思いつつ、ノートを閉じながら天井を見上げる。汚い天井だ。汚いところばかり目につく自分の心が汚いのだろうか。そうかもしれない。

 学年末試験も近いし、図書館で勉強でもするか。

 母も、父も、気にしているのはどうせテストの順位だけである。

 1位は、まあ、どうせ取れない。

 勉強に関しては同じ学年に、姉のような化け物というか、天才がいるからだ。

 だとしても、テストの点数に対して手を抜くつもりは一切ない。

 やはり図書館に行くか。

 家で勉強は、したくない。

 3度目のため息は、はぁぁ、と大きくなってしまった。

 

「よぉ、ため息デカいねぇ!」

 

 と、後ろから急に声を掛けられた。

 なんだよ、と美寧は振り返ると、クラスの男子だ。

 あー、誰だっけ?

 いや、ああ、そうだそうだ、石川だ。

 石川、なんとか。

 名字だけ思い出した美寧は、声を掛けてきた男子に対し、にへら、と笑顔を作って向けておく。

 

「レディに向かって酷くない?」

 

「わりぃわりぃ。それでさ美寧、今日ってこの後ヒマある?」

 

 うぜぇ。

 何に対して、それで、なのか。

 前後の文脈考えろよ。脳味噌あるのか。暇を確認するなよ。先に用件を言えよ。普通に図書館行くつもりだよ。用件によって優先順位が変わるに決まってるだろうが。

 明るい髪色に染め、美寧と同じく、にへら、とした軽い笑みを浮かべながら声を掛けてきた男子に対し、美寧の頭の中では罵倒の嵐である。ただし、作り笑いの表情には一切その嫌悪感を滲ませない。

 別に機嫌が悪いわけではない。

 美寧は常にこんな感じである。

 もしくは、常に機嫌が悪いのだ。

 

「用事はあるから暇はないよ。残念」

 

「えー、うっそ、一発でフる? 駅前の方にさ、新しい店できたじゃん? みんなで行こうぜー、って話があってさ」

 

「あー、うん。また今度ね」

 

 お前の言う 『みんな』 の中に勝手に含めんな。

 にへらとした作り笑いは少しも崩さず、心の中で毒を吐きながら、取り付く島もなく美寧はあっさりとその男子の誘いを断った。

 放課後になってまで一緒に居たくはない。

 大して仲良くもないし。

 いや、仲の良いクラスメイトなんてそもそもいないし。

 

「ちぇー、相変わらずつれねーなー」

 

 遊びの誘いを断るのは、別にこれが初めてではない。

 むしろ、そういう誘いは常に断っている。

 ぶつくさ言いながら下がっていく今の男子が特殊なだけで、何回か誘いを断っていると、そもそも自然と誘われることすらなくなっていた。

 清々する。

 

「やっぱ駄目だったー」

 

「でしょー?」

 

「どうせ来ないって」

 

「錦地さんは独りの方が良いんだよ、きっと」

 

「でも華が欲しー」

 

「私らに喧嘩売ってんのかお前」

 

 今し方美寧にフられた男子が仲間グループに戻って嘆けば、その友達が色々言って慰めている、ようである。

 男子女子の混合グループだ。

 仲の良い男女を見ると、微妙に嫌悪感が湧いてくる。浮気という火遊びにお盛んな、母と父の顔が脳裏にちらつくからだろうか。

 まあ、仲良しグループなんて、どうせ自分には関係ない。

 どうせ、自分はクラスで孤立しているクソぼっちだしね。

 ノートやタブレットをスクールバッグにしまいつつ、美寧は静かに苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錦地 美寧は、高嶺の花である。

 それは雫金高校、1年B組の総意と言っても過言ではない。

 

 なんと言っても、見た目が良い。

 

 切れ目の美人で、黙っているとかなり冷たい印象が強いものの、人と喋るときは柔らかい笑みを浮かべるのでギャップが凄い。

 背は高すぎず、しかし足はすらりと長く、均整のとれたプロポーションをしており、ぱっと見ればクール系のモデルかなにかのようである。化粧は濃すぎもせず薄すぎもせず、美寧のその美貌へ実にマッチした具合に整えられているのは、同じ女子生徒から見ても尊敬に値している。

 

 そして、人当たりが良い。

 

 あまり自らクラスメイトへと喋りかけることはしないものの、喋りかけられさえすれば、嫌な顔1つせずに柔らかい笑みで気楽に返してくれのだ。

 見た目良し、人柄良し。

 人気が出ない、わけがない。

 

 さらに追加すれば、それ以外のスペックもかなり高い。

 

 定期テストは常に学年上位1桁前半に名を連ねており、スポーツでは運動部の者達に勝るとも劣らない、と言うか上級生と普通に競り合える程の運動神経を有している。

 勉強に関しては、同じ1年生に全国模試トップクラスの生徒がいて、運動に関しても、流石にそのスポーツの部活動でのレギュラーメンバーには及ばないものの、それを加味したところで文武両道の天才児であることには変わりがない。

 いや、天才というのは失礼か。

 勉強にしても運動にしても、日々黙々と励み続けているのは誰の目にも明らかであり、努力あっての結果であるのは周知の事実であった。

 そして美寧は、それを鼻に掛けることをまるでしない。

 下を見て自慢するのではなく、上を見て悔しがるタイプなのである。

 美人で、スタイルも良く、勉強ができ、運動もでき、向上心が強く、人当たりも良い。

 完璧超人か。

 ただ、積極的に他者と交流するタイプではなく、クラスでは独りで勉強をしていたり本を読んだりしていることが多い。

 クラスメイト達は是非とも仲良くしたいのではあるが、なんと言うか、完璧すぎてちょっと近寄りがたい感じがするのである。

 

 それは正に、高嶺の花、であった。

 

 本人はどう思っているかは知らないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 寒い中、図書館へと辿り着いた美寧は、入り口に置かれているその看板を見て思わず変な声を漏らしてしまった。

 休館日。

 まさかの休館日である。

 嘘だろ、ここの図書館の休館日は火曜日じゃなかっただろうか。

 

 今日は1月24日、木曜日だ。

 

 火曜日ではない。

 自分がボケたのかと思ってスマホの画面をつけて確認するが、どう見たって今日は木曜日である。

 もう一度看板を見る。

 臨時の休館日、ですって。

 

「うそだぁ……」

 

 本当である。

 現実逃避をしたところで、閉まっている図書館が開くはずもない。残念。

 がっくり、と美寧は肩を落とす。

 今日はこのまま家に帰るしかないのか。嫌だな。今の時間は両方とも家に居ないが、とにかく家に居るのが嫌である。

 とは言えども図書館は閉まっている。今更学校の図書室に戻るというのも、なんだかな、という気分だ。

 どうするか、と美寧は少し考えて。

 

「……あ」

 

 肩に掛けたスクールバッグ。

 その中に、学校で使っている体操着のジャージが入っているのを思い出した。

 そうだ。

 

 ジムに行けるじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美寧がジムを利用する時間は、決まって深夜であった。

 冬休みが終わってからは、流石に平日に行くことはないが、それでも、休みの日の日付が変わってからの時間には今でもお邪魔させてもらっている。

 なので、こんな日の出ている時間にジムを利用するのは初めてである。

 

「おー、車がある……」

 

 ジムのある場所まで辿り着いて、真っ先に覚えた違和感は駐車場に車が駐まっているという、当たり前のような光景に対してであった。

 未明の時間は、いつも駐車場はガラガラなのだ。

 そしてガラス戸から見えたジムの中は、それなりの人が精を出している様子であった。

 他の人がたくさん居る。

 これもまた違和感である。同じく未明のジムは、美寧以外に誰も居ないのが普通であったからだ。

 

「いや、先生がいるけどさ」

 

 訂正。

 真夜中ジムには、悪役プロレスラー真っ青の見た目ヤバい奴が出没するので、美寧以外にも人は居る。

 昼間のジムはあんなゴリゴリのマッチョばかりなのかなと考えると、ちょっと気が引けてしまう。いいや、あのゴリラは体格もヤバいが、とにかくヤバいのは顔つきと雰囲気だ。マッチョな体型だけなら怯む必要もないだろう。

 

「い、行くかー……」

 

 少し腰が引けながらも、美寧はスマホでQRコードを読み込んで、ジムの入口をガチャリと開く。

 

 ジムの中が、何とも賑やかだ。

 

 誰かが騒いでいるというわけではなく、流れている洋楽のBGMははっきりと聞こえているのだが、美寧がジムに入って最初の感想は、とにかく賑やかだな、というものである。

 ランニングマシンで走り込みをしている人。

 その音が響く。

 パワーラックでバーベルを使った筋トレをしている人。

 その音が響く。

 フリーウエイトコーナーでダンベルを使って筋トレをしている人。

 その音が響く。

 マシンを使って筋トレをしている人。

 その音が響く。

 静かに、されど確かに。

 ガシャン、ガシャン。ガコ。トントントン。ジャー。ドス。

 黙々とトレーニングに励んでいる人達の、それらの音が響いて賑やかである。

 それなりに人が居る。8割程は男性だが、少数ながら女性も居る。これがこのジムの普通なのか。

 いつもとは様子の違うジムの光景に違和感を覚えつつ、美寧はスクールバッグをぎゅっと握る。

 

 自分が場違いなところに来てしまった、そんな気がした。

 

 今、このジムには何人居るだろうか。

 10人は居る。20人は、居ない気がする。

 それぞれなかなかに筋肉質な人ばかりに見えた。

 この集団に混じって、トレーニングをするのか。何故だろう、後ろめたいような気まずさが、ぼんやりと胸に湧いてくる。

 

 

 

「それでは、事前の説明は以上となりますが、着替えなどはどうされますか?」

 

「あ、前のジムで使ってたのがありますから、それに替えて良いですか?」

 

「はい。それでは更衣室はこちらになりますので」

 

 

 

 ふと、隣から話し声。

 入口近くに設置されている申し訳程度のテーブルスペースに、スタッフと思われる男性と、高校生くらいの線の細い少年がいた。

 ああ、いや、高校生ではない。

 あのブレザーは、近くの中学校の制服だったはずだ。

 去年まで美寧が通っていた中学校の隣の学区にある中学校が、あんな制服を採用していた気がする。セーラー服だった美寧は、ブレザーも良いなぁ、と思っていたので微妙に記憶にある。

 

「あ、そうだ。友達紹介のカードって今渡した方が良いですか? あとの説明のときに渡した方が良いですか?」

 

「どちらでも大丈夫ですけど……お預かりしましょうか?」

 

「そうですね、お願いします。忘れちゃいそうなんで」

 

 中学生のその男子は、スタッフにカードを1枚手渡す。

 友達紹介の新規入会なのだろう。

 初心者さんなのか。

 いや、美寧自身もまだまだ初心者なのだが。

 そう言えば、今日は1月24日で、クリスマスに美寧が入会してからそろそろ1ヶ月である。

 最初の頃にあの凶悪ゴリラに出会わなければ、筋トレのフォームがご臨終していた自分は今頃関節もご臨終して体がぶっ壊れていたことだろう。今思い出しても恥ずかしい、あの頃のアホみたいなフォームよ。

 

 

 

「……あ、棟区さんからのご紹介ですか」

 

 

 

 と、聞き覚えのある名字がスタッフの口から聞こえ、美寧は思いっきり2人の方を見てしまう。

 棟区。

 たった今思い浮かべていた、未明に出没する恩人のマフィアマッチョの名字である。

 

「あれ、ご存じなんですか?」

 

「有名人ですから。たぶんここだと、彼が1番のパワーリフターですよ」

 

「そうですよね……ベンチプレス180㎏ってどう思います?」

 

「え、どこの大会の話です?」

 

 若干引き気味のスタッフに、ですよねー、と中学生も苦笑いを浮かべる。

 その重量は、間違いなく美寧の知っている棟区さんで間違いないだろう。確かこの前、それくらいの重量でベンチプレスをしていた。同じ名字で同じ重量のトレーニングをしている別人、なんて可能性は限りなく0であろう。

 となると、この中学生は先生の教え子か何かだろうか。

 いや、教職員ではないと言っていたはずなので、それは違うか。

 いったいどんな関係なのか、美寧はまじまじと中学生の男子を観察していると、その視線に気がついたのだろうか、その子がふっと視線を上げ、美寧の方へとその目を向けてきた。

 おや、線の細い爽やか系のイケメンくん。

 ではなく。

 

「…………? こんにちは」

 

「…………ども」

 

 なにか凄い見られていることに不思議そうな顔をしつつ、丁寧に挨拶をしてくれた中学生の子に対し、思わず美寧はぶっきら棒に会釈で返してしまった。

 いけない。出入り口で立ち止まり、知らない人をジロジロ見てしまうとか、普通に不審者である。

 危ない危ないと美寧は慌てて更衣室へと逃げ込んだ。

 

 

 





ジム①「なんかヤバい人が他のジムの会員を引き抜いてきてくれたぜ!」
ジム②「なんかヤバい人がウチのジムの会員をNTRカマしてきたぜ!」

 言わない気持ちは、ないのと同じ。
 性格がどれだけ悪かろうと、それをそもそも表に出していないので、美寧ちゃんは普通に良い子だと周りからは思われています。
 なお自己評価は死んでいる。
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